昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1部 総論

第3章 EECを中心とする世界貿易体制の再編成

1. EECを中心とする世界貿易の発展

(1) EEC貿易の発展とその影響

世界貿易はいまEEC貿易のすばらしい発展を中心に拡大している。すなわちここ数年のEEC貿易の増加率は第3表にみるように,世界貿易のそれを大きく上回っている。また,最近の2年間の実績をみても,世界貿易増加額の過半は,輸出入ともにEEC貿易によって占められている。その結果,世界貿易に占めるEECの比重も第5図にみられるように急速に高まりつつあり,61年には輸出で27.2%,輸入で25.8%に達した。

EEC貿易の発展をさらに域内,域外に分けてみると,域外貿易の伸びに比して域内貿易のそれがきわだって高い。そしてEECの貿易総額に占める域内貿易の比重が,EECの発足以来とくに急速に高まっていることは同じ第3表および第6図に明瞭である。このことからEECの域内外関税差別によるいわゆる貿易転換があったとただちに結論するわけにはいかないけれども,域内貿易のこの顕著な発展の原因の一部はEECの制度的発展に帰することができよう。

このようにEECは市場規模が大きくしかも急速に発展しつつある市場であるだけでなく,そこでは経済統合が急速に進められその経済力が強化されると同時に関税面における対外差別性が次第に強められつつあるところから,外部世界は自衛上なんらかの形でそのようなEECの発展に対処せざるをえなくなってきた。イギリスのEEC加盟決意とアメリカの通商拡大法はその最も端的なあらわれであるが,そのほかラテン・アメリカ,アジア,アフリカの低開発地域における経済統合機運の高まり,あるいは共産圏におけるコメコン体制の強化も,EECの経済的,制度的発展に対する反応の一つとみるべきであろう。このような外部世界の対応はそれぞれ今後の世界経済および貿易に対して大きな影響をおよぼすものと思われるが,なかでもアメリカとイギリスのEEC接近措置は世界貿易体制の再編成をもたらすものとして特に注目されるにいたっている。

そこでわれわれは以下において,EEC貿易の実態分析を通じて,世界貿易体制再編成の方向を明らかにするとともに,そこから生じてくる諸問題について検討することとしよう。

(2) EEC市場の特質

このように発展を続けるEEC貿易とくにその輸入を商品構造と地域構成から分析すると,まず,つぎの二つの特質を指摘することができる。

その第1は,貿易商品構造からみて,工業製品とくに重化学工業品のウェイトが急速に高まりつつあることである。その反面,食糧,原燃料など一次商品はいずれも大きくその比重の低下をみているが,この貿易商品構造の重化学工業化は第7図にみられるように輸入の面でとくに顕著である。ここにわれわれは最近のEEC経済の高成長が前章で述べたように,旺盛な設備投資と消費需要の多様化による急速な重化学工業化にあったことの端的な現われをみることができる。これを主要品目別の輸入の伸び率でみても,第4表のように重化学工業品の伸びが最も大きく,軽工業品がこれにつづいている。重化学工業製品のなかでは化学製品あるいは金属などの半成品よりも設備財および耐久消費財を中心とする機械類の増加がいちじるしく,軽工業製品のなかでは雑製品や繊維製品よりも精密機器の伸び率が大きい。一般的にいえば,EECにおける国際分業の発展は,投資財あるいは耐久消費財など高度の加工と技術を要する工業製品を基軸とするものであるといえる。

第2は,域外からの輸入に比較して域内輸入の増加が,需要の伸びの低い一次商品において著しいことである。これは第4表によって説明することができるが,とくに同表の域内比重増加率の欄の数字が端的にこれを示している。すなわち域内比重の上昇度は,食糧,原燃料など一次商品のばあいに大きく,工業製品について小さいのである。食糧の場合はEEC各国の農業保護政策の影響が大きくあらわれているものと思われるが,原料についても域内である程度生産される農産原料の増大がみとめられる。一次商品のばあい,市場転換が次第に進み,域外からの輸入が域内貿易によって代替もしくは圧迫されているのである。

これに対し工業製品の場合は,域外からの輸入の伸びが,域内貿易のそれより若干小さいとはいえきわめて大きい。とくに一般機械,電気機械については域外輪人の伸びの方が域内の増加率を上回っている点が注目される。一般機械の場合には域内の供給力を上回る投資財需要の強さが現われているとみてよく,電気機械にはそれに加えて近年耐久消費財の貿易自由化が行なわれたことが影響していよう。これに比べて各種軽工業品の域内輸入増加率はやや大きいが,これは軽工業品にはセンシティブ品目が多いことが影響していよう。つまり弱小企業の多い軽工業は農業の場合と同じように政治的要因から保護されることが多いことを物語っているのであろう。

このようにみてくると,重化学工業化の急激な進展が域内貿易を飛躍的に発展させ,また域外工業諸国との間の貿易をおし進める原動力となったのに対し,一次商品のばあいは需要の伸びが低い上に市場転換が加わって低開発諸国の対EEC貿易を不振にしているということがわかろう。第8図からも明らかなように年を追って域内貿易の比重が高まっていく過程で,域外の工業諸国がEEC市場におけるシェアをほぼ維持しているのに対し,主として一次商品産出国であるその他諸国はここ2,3年の間に大きくそのシェアを喪失してきているのである。

最近の世界貿易の特徴の一つは,第1章でもすでに指摘したように工業国間貿易の発展と他面での低開発国貿易の不振というところにあるが,EEC市場のもつ上述の二つの特質がこのような世界貿易の傾向をーそう促進しているといえる。

(3) EECを中心とする工業国間国際分業の発展

このように,EECの貿易はまず域内の貿易の発展を中心とし,ついで域外工業諸国との間に展開されている。そしてそのEECを中心とする工業国間国際分業の中軸となっているのは,重化学工業製品とりわけ設備投資財および耐久消費財を内容とする機械類であった。そこでつぎに機械類におけるEEC中心の国際分業の実態を概観してみよう。なお,機械類は61年でEECの輸出総額のうち32役(域外輸出のなかでは46%),イギリスの輸出の44%,アメリカの輸出中35%を占めており,この三者にその他西欧諸国 (EECとイギリスをのぞく在欧OECD諸国)を加えた北大西洋地域全体の機械輸出総額241.3億ドルは世界総輸出額の20%に達している。

第9図は機械類におけるEEC各国の域内貿易の発展を図示したものであり,つづく第10図はEECを中心としてOECD諸国間で展開されている機械類の貿易図である。この両図からもうかがえる工業国間の機械類の貿易についてはつぎの4点が注目される。

第1は,先進工業国間のいわゆる水平分業が大きな規模をもち,しかも年を追って拡大を続けていることである。このことはEEC域内においてもっとも明瞭に現われている。すなわち域内各国は一般産業用機械,電気機械,輸送機械など各機械類の域内貿易を輸出入両面で,すばらしいテンポで拡大させているのである。もちろん域内諸国のなかではヨーロッパの機械工場である西ドイツの供給能力が他を圧する規模をもち,その輸出を伸ばしているが,その西ドイツも他面では機械類の輸入を急速に拡大しており,同じ機械類において域内分業を実現している。また6ヵ国のなかでは,イタリアとフランスの機械輸出入の伸びが急速であり,また域内への依存度を高めている。この両国は周知のようにEECの発足以来EEC内で最も高い成長を達成してきた国であるが,ここに広域市場における分業と競争というEECの実験の典型的な成功例を看取できよう。

域外に眼を転じても,その他西欧諸国およびイギリスが先進国間の水平分業によって貿易の拡大を達成しつつある。ただ,アメリカは機械の輸入が59年以降急減しているが,これはもっぱら欧州小型乗用車の輸入減によるものであって,その他の機械類の輸入は伸び率こそ小さいが着実に増大しており,アメリカにおいても先進工業国間の水平分業の発展という世界貿易の大勢は進展している。このように,世界の主導的な機械工場であるアメリカ,西ドイツ,イギリスなどにおいても,相互に多額の機械の輸入が行なわれるという形で工業国間貿易が進んでいるのである。

第2に,この先進国間国際分業は,EECを中心として展開されている。EECの機械の輸出入規模はイギリスはもちろんアメリカをも大きく上回り,しかもその伸び率の大きさは他の諸国の増加率をひき離している。すなわち第10図から明らかなように,EEC市場はアメリカやイギリスの機械類輸出にとって成長市場であると同時にEECは域内のみならず西欧諸国をはじめとする第三国向け輸出を急増せしめているのである。

第3に,その他西欧諸国の成長が注目される。まず61年の輸入は40億ドルに近く,その輸入規模は極めて大きい。それに機械輸入の中では,乗用車などの耐久消費財だけでなく,おもに投資財である一般機械の輸入も57年の8.8億ドルから5年間に16.6億ドルへと約倍増している。他方で機械類の輸出も,その規模が小さく伸び率もやや低いとはいえ年々増大している。これらの諸国は,EEC諸国と比べれば経済発展がおくれているが,EECの発展に刺激されて,EEC諸国と同じように重化学工業化の道を着実に歩みはじめているものとみられる。

第4に,これら欧大陸諸国に比べて,イギリスとアメリカが機械類の貿易において比較的に停滞的である。もちろん両国とも,EECおよびその他西欧諸国向け機械類の輸出を近年急増させ工業国間の水平分業への参加の度合いを次第に深めてきている。しかし,その間両国の第三国向け輸出は,イギリスが英連邦市場への機械類輸出の停滞に悩み,アメリカもラテン・アメリカその他の重要な第三国向け輸出で伸びなやんでいるごとく,きわめて停滞的である。この停滞の原因には,第三国市場での競争の激化,低開発諸国の輸入能力の減退など多くの要因が複雑にからんでいるが,ただとくにイギリスについては,後にも指摘するように輸出力の弱さもまた原因の一つにあげなければならないことであろう。

最後に,わが国について簡単にふれると,わが国の機械類貿易の規模はイタリア程度の水準に達しているが,第10図にみられるように,その大きさは米英両国やEECに比べれば格段に小さい。それに第11図からも明らかなように,対工業国貿易においてはその他西欧諸国と同じように入超である。しかもその工業国向け機械類輸出の内容は,船舶をのぞけばミシン,トランジスターラジオなどが多い。工作機械,重電機器などの重機械あるいは乗用車においては,上述してきたEEC諸国の水平分業にほとんど参加しえていない点が特に指摘される。