昭和36年

年次世界経済報告

経済企画庁


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第1部 総  論

第5章 国際通貨と国際決済問題の展開

1. 金ドル問題の論争とドル危機のてん末

1960年第2四半期頃から恐ろしい勢いで流出を始めたアメリカの「金」は,それまで国際通貨として絶対の信用を誇っていたドルの価値に対する不信をあおり,金価格の問題,各国通貨価値の問題,国際決済機構の問題に関する熾烈な論争を呼び起こした。

その代表的なものは,ハロッドの金価格引上げ論,トリフィンの新しい国際通貨創造論,ミードの屈伸レート採用論である。彼等はいずれも現行制度すなわち,公定為替レートおよび固定金価格のもとにおける金ドル本位制の欠陥を指摘しその改革を要請している。その論拠には二つのものがある。一つは世界貿易の伸長に伴う国際流動性増大の必要額に対して現行価格では「金」の供給が不足することであり,一つは固定レート下においては主要国際通貨の相対実勢レート価値―他国の国際流動性が増大すればするほど,すなわちそれに対する債権が他国で累積すればするほど―下落してくるということである。これに対して現行制度を支持する論者は,「金]価格の引上げは流動性必要の増大テンポに応じて少しづつ行なうわけにいかないため急激に引上げざるを得ないのでンョックが大きく,一部諸国および投機者を利するだけで結果的にはマイナス面の方が大きいこと,IMF機能の拡充と改良によって必要な流動性は創出できること,ドルの信用はアメリカの国際収支の改善によって回復しうること,固定レートであっても余り実勢と遊離した場合には改定すべきであり,それによって問題を回避しうること,等の点をあげて反論した。アメリカの政府当局者が後者の見解をとったことは当然である。

1960年11月アメリカはドル防衛措置を発表し,1961年2月にはケネディ新大統領が国際収支と金問題に関する特別教書を発表,ドル価値防衛の決意を強力に宣明した。これはその頃相次いで採られた西欧諸国の金利調整措置と相まって金ドルに対する思わくを鎮静させるのに多大の効果を上げ,61年第2四半期に至って金の流出は止まりドル危機は一応解消した。また同年3月にはマルクが5%切上げられた。切上げ幅は不充分との意見が強かったが,為替レート不均衡に対する是正策としてレート切上げも可能であることが立証された。しかし一方ではドル流出が止まった反面,それまで短資流入によって隠弊されていたイギリスの国際収支難が表面化し,1961年7月にはイギリス政府がポンド防衛のための緊急対策を発表するような事態が起こってきた。

1960年のドル危機は,1958,9年を通ずるアメリカ経常収支悪化の上に,60年にいたって欧米景気局面の相違から西欧では金利引上げ,アメリカでは金利引下げ政策が採られた結果,金利,差によるドル流出が生じ,これがドルの平価切下げという思わくを生んであのような事態となったのである。ここで問題となるのは,(1)世界貿易の拡大に伴って金価格を上げて行かなければ世界貿易は流動性の面から行きづまるか,(2)アメリカの国際収支赤字が累積して行った場合ドル価値の下落を防ぐことができるか,(3)短資の移動を規制する各国の金利差の操作に当たって,国際協調と国内景気政策の調和を期待できるか,という諸点であろう。


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