昭和35年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和35年11月18日

経済企画庁


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第3部 国際貿易の構造

第3章 西欧における貿易自由化の背景とその影響

1 貿易自由化と地域間相互依存

数量規制のもとにあった貿易が自由化されると,その地域の経済の構造はどのように変化するだろうか?第1章において述べたごとく,本格的自由化を行なおうとする日本にとってこれは最大の関心事であり,西欧諸国の実例はこの点に関して貴重な参考資料を提供している。この問題について,まず抽象的に考えてみよう。A,Bの2国のみで形成される経済ブロックにおいて,ある物資iの生産と貿易が次のように行なわれているとする。

図表

A国の生産は50,うち10をB向け輸出,40を国内消費にあてている。B国の生産は140で,A向け輸出は60,国内消費は80である。A国では総国内消費100に対し自国の生産は50にすぎないから,50の入超だが,B国では逆に50の出超になっている。それぞれの自給度と輸入依存度を計算すると

図表

このような構造が,貿易制限下に成立していたとする。すなわち,比較生産費的にはB国の方が有利であるが,A国は物資えの輸入を制限している結果,その輸入依存度が0.60に押えられていたと考えよう。iの輸入制限がはずされると,AのBに対する輸入需要は増大するだろう,一方Bの側の輸入は,制限があったために押えられていたとは思われないから,自由化によつては変化しないと考えよう。

そこで,自由化後の構造が次のようになるだろうと考えることができる。

図表

この場合,両国の生産,消費,貿易,および自給度(輸入依存度)は次のように変化する。

生 産  輸 入  輸 出  消 費  自給度 輸入依存度 出 超

A  -10    +10   変化なし 変化なし 0.4→0.3  0.6→0.7  Δ50+Δ60

B  +10  変化なし  +10    11  変化なし 変化なし 50→60

この例では2国の生産および消費の合計は前と変わらないから,これだけでは貿易自由化は拡大効果を持たない。しかしここでもう一つの物資jを考えてみよう。

jについてはA国の方が比較生産費的に有利であり,これについてもまた同時に貿易が自由化されたと仮定しよう。

A国ではiの生産が10減つたので,これに相当する生産要素(労働,資本,原料等)をjの生産にふり向けるだろう。その場合jの生産コスト―生産物1単位当たり必要な生産要素―はiのそれよりも少ないので,jは10以上増産することができる。一方B国ではその逆だから,iを10増産したことにより起こるjの減産は10よりも少ない。

したがってlの生産は前と変わりなくても,jの生産はA国で10以上ふえ,B国では減り方が10より少ないために,2国を総合すればjは前より増産になる。域内のjに対する需要が前と変わらないとしても,余つた部分を域外へ輸出することができる。この結果A国においてもB国においても,iとjを総合した産出量はふえ,したがって所得がふえるから,i,j2物資に対する国内需要が増大し,さらに生産と貿易が増大するという循環が起こる。すなわち貿易自由化は拡大効果をもつにいたる。

以上は極端に単純化された考え方であるが,貿易を自由化すれば域内の貿易依存度が上がりながら経済が拡大していくだろうということは推測される。

しかしこの考え方は,同質の物資の地域交流が存在する地域間では適用できるが,そうでない場合には適用できない。もし,iはB国のみ, jはA国のみで生産され,Aはiを,Bはjを,全部輸入しているとすればどうか。

生産の構造を変えて生産要素のより効率的な使用をはかろうとしても,もともとAはiに,Bはjに,生産要素を全然使つていないのだからぞのようなことは起こりえない。しかしこのような構造が―初めからムダがないからといって―最も有利であるかというと,そうとはいえない。経済の特化と多様化とは別個の意義があることを忘れてはならない。

西欧諸国は発展段階のほぼ等しい工業国で,多様化した産業構造を持ちしかも同質の商品の相互交流が活発であるといわれる。しかし果たしてそのとおりであるのか,またその相互交流は数字で示せばどうなっているのか,そしてそれが貿易自由化にともなってどう変化してきており,前述したような現象―域内の貿易依存度が上がりながらの経済発展―が果たして現実に起こつているのかどうか,これらの諸点について生産および貿易統計から検討を加えてみよう。


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