昭和35年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和35年11月18日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第3部 国際貿易の構造

第2章 アメリカの輸入需要と西欧・日本の対米輸出

3 日・独・英3国の対米輸出

(1) 日・独・英の対米輸出量および相対価格

われわれにとって問題なのは,日本の輸出品に対するアメリカの輸入需要要因はどのように働くかということである。同時に,他の工業国からの輸出についてはどうかということも問題になる。そこで,ドイツ,イギリス,日本からの輸出についてアメリカの輸入函数を,前と同じように作つてみたい。

しかしこれらの国の輸出数量指数および価格指数とアメリカ向け輸出金額j式わかるけれども,アメリカ向けの数量および価格指数は得られない。勿論これらの国の総輸出と対米輸出では品目構成に違いがあるので,総輸出に関する価格指数で対米輸出金額をデフレートして対米輸出数量指数とするのは誤りであろうが,一応のメドとするためにこれを試みてみよう。

この3国の輸出金額,数量指数および価格指数は第97表 のとおりである。

次に,対米輸出金額および前掲の価格指数でデフレートした対米輸出数量指数は第98表 のとおりである。

最後に,この3国の輸出品はアメリカの国内市場で競争ずると仮定する。すなわち価格による代替関係は,アメリカの平均輸入価格とのにらみ合わせではなく,アメリカの国内物価との間で発生するという想定である。アメリカの国民総支出のうち95%までは国内産業によって供給されており,しかも日,独,英からの輸入品は大部分が国内製品によって代替可能であること,アメリカの輸入の中には西欧・日本の輸出品目とは異質のものが多量に含まれているためである。そこで,この3国の輸出価格と第96表のアメリカ国内物価の比をとり(アメリカにとっての)輸入相対価格とする。

以上によりわれわれは(イ)3国の対米輸出価格は総輸出の平均価格と同じ変動をした, (ロ)3国の輸出相対価格は,アメリカのGNPのデフレーターとの対比によってきめられる,というきわめて思いきつた―おそらくは非常に欠陥のある―仮定をもうけることにより,3国の対米輸出量および相対価格を計算したわけである。これをアメリカの総輸入量と比較して図に示せば次のようになる(第65図)。

第99表 3国からの輸入相対価格指数

日本からの輸入量は1950年の96から10年間で480へ5倍,ドイツからのそれは44から307へ約7倍になっている。日本の対米輸出は1953年からは急角度の上昇を見せているが,1951,2年の朝鮮動乱期における輸出コストの上昇のための停滞期があるため,10年間通算の増加率でばドイツの方が高くなっている。

(2) 3国からの輸入函数と弾性値

第2節におけると同様にして,3国からの輸入需要を説明する相関式をつくると次のようになる。

これらの相関式の適合度を図に示したものが第66~68図である。

第66図 ドイツからの輸入

第67図 イギリスからの輸入

第68図 日本からの輸入

この計算の基礎になっている数量指数および相対価格指数はもともと正当に作成されたものではないが,それにもかかわらず3つの場合とも第2節で行なったアメリカの総輸入や完成品輸入の函数と矛盾しないでしかもある程度高い相関係数が得られたということは注目すべきであろう。このことは,アメリカ向けの輸出数量指数と価格指数を貿易統計から作り,これと適当なアメリカの輸入需要要因を組合わせれば,かなり信頼できる国別の対米輸出函数を作れる可能性を示している。しかしこれば工業国についてのみ可能であろう。

この相関式から価格と所得の弾性値を計算すると次の通りである。

図表

ドイツとイギリスの価格弾性値はほぼ2であって,アメリカの完成品輸入需要の価格弾性値とほとんど一致している。日本のそれは約1であって,価格効果が他の工業国商品にくらべて低いように見える。日本とドイツ,イギリスの輸出品の性格はかなり異なっており,特に日本の対米輸出品には労働集約的商品とぜいたく品が多いことから,価格代替効果が相当低くその代わりに所得効果が高いという考え方も成立するだろう。しかし一方,その相関係数はきわめて低く,日本の対米輸出商品の構成(1950年以降非常大きなにウェイトを持っていた船舶輸出が含まれず,その他資本財輸出も後進国向けのウェイトは高いがアメリカ向けにはほとんど出ていない)からみても,ここで使った数量指数は最も信頼できないという問題がある。

日本の輸出政策を立てるうえに,価格効果を大きくみるか小さくみるがということは,経済政策全般との関連においてきわめて重要な点であるから,マクロ分析による場合においても,もつと信頼度の高い対米輸出数量および相対価格指数を作り,慎重に検討すべきである。

日本とドイツの商品に対する所得弾性値は完成品輸入の弾性値2.3にくらべて非常に高いが,これは果たしてその商品に対する需要の所得弾力性が高くしかもアメリカの国内産業が供給できない性質を持っているのか,それとも日独両国の供給力の増大と輸出意欲―必ずしも輸出価格に反映されない―が実績に反映しているのかは断言できない。数値の大きさは問題としても,日本の対米輸出に関してば所得効果が非常に大きく働いていることに間違いないと思われる。所得,価格いずれの面からみても,イギリスの商品に対するアメリカの反応は完成品輸入に対する場合に近い。

(3) 日本の今後の対米輸出

われわれはアメリカの輸入ことに完成品輸入のそれについて既存統計からの観察を行なった。日本にとっては1年後あるいは数年後の対米輸出がどうなるかということはきわめて重要な問題ではあるが,以上の検討だけでは―たとえアメリカの景気や物価を正確に見通すことができたとしても―対米輸出の見通しや計画を立てるに十分な資料とはならないことは勿論である。しかし少なくとも次の諸点は指摘することができるだろう。

アメリカの完成品輸入需要は相当規則的な変動を示しているので,与件の見通しさえ誤らなければマクロ的な輸出見通しが相当よく適中する可能性はある。日本がそれを可能にするためには,基礎統計から使用に耐える諸指標をつくり各種の統計分析を試みる必要がある。

アメリカの完成品輸入需要が所得効果と価格効果だけで相当よく説明できるのは,政府の規制が少なく自由輸入の原則が比較的よく守られているからである。したがってこのような国は,需要要因の不安定,不確実な国にくらべて,日本にとって好ましい輸出市場であるといえよう。

日本の対米輸出増加を支えている商品としては,構造的にアメリカの国内産業がとうてい競争できないような特殊な―主として労働集約的な―ものと,競争関係にあるがコスト的に日本の方が有利になりつつあるもの―現段階では軽工業品とかトランジスター,カメラなど―の二種類がある。

前者は所得効果が大きく後者は価格効果が大きいと推定されるが,このいずれかに重点をおくべきだという議論は一方的である。しかし日本の経済発展にともない主力は次第に後者に移つてドイツ型になるだろうし,またその中でも品目構成が変わってくるだろう。ただし前者に対するアメリカ人の嗜好からいって,当分の間は高い所得弾力性を持ち続けるだろうということが確信されれば,これに力を入れることは勿論必要である。ここではサービス輸出はとり上げなかったが,たとえば海外観光旅行のごときは,アメリカの国内産業とは競争関係にないもので,しかも所得弾性値が―特に日本向けについては―きわめて高いだろう。この場合,価格代替効果は低いとみられるので,前者の商品に比較できるものである。観光収入は産業構造の重化学工業化となんらの関係もないが,ドルをかせぎ国民所得に寄与する効果が大きいとみればその伸長に努力するのがよいことはいうまでもない。商品についても,何を伸ばすかということにおいて他の工業国の品目構成をみてこれにならう必要はないのである。


[前節] [目次] [年次リスト]