昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第二部 各  論

第四章 ソ連の七カ年計画開始と東西の経済競争

第二節 七カ年計画と経済成長の諸問題

(一) 七カ年計画と一九五九年度計画

(1) 七カ年計画の基調

一九五八年を準備期として一九五九年から発足したソ連の新七カ年計画は正式には「一九五九~一九六五年ソ連邦国民経済発展統制数字」と呼ばれるもので,本年一月二七日から二月五日にわたるン連共産党第二一回大会の主な議題とされ,最終的に決定された。この最終決定までに七カ年計画の立案は多くの曲折を経てきた。すでに述べたように,一九五六年における生産,建設計画の過大,原料,資材の供給不足,経済拡大の行過ぎを契機として第六次五カ年計画は再検討されることになつた。一九五六年の実績を問題とした同年一二月の党中央委員会総会は,第六次五カ年計画を「精密化」した上で一九五七年上半期中にソ連邦最高会議に上程することを決定した。だが,この決定は結局実行に移されなかつた。他方一九五七年,一九五八年度の計画は一九五六年の行過ぎに対する調整を企図し,第六次五カ年計画は事実上棚上げされていたのである。

第六次五カ年計画を七カ年計画に切換えることを公式に発表したのは,一九五七年九月二六日付の党と政府の決定であつた。この決定は長期計画切換えの理由として,計画立案方式が変つたことおよび新資源が発見されたことの二つをあげている。このうち,とくに重要視されなければならないのは第一の理由である。

従来,ソ連の計画作成には中央集権が行過ぎる傾向があつた。中央の計画機関や経済関係の各省が,個々の生産部門や企業の現場の実態をはつきり把握せず,下部との連絡を十分とらずに計画を上から押付けた。前述の一九五六年一二月の党の会議ははじめてこれを公式に認め,それが経済管理機構の「過度の中央集権」に起因するものであることを指摘した。そして,これを契機として,一九五七年五月に国民経済会議を中核とする地方分権的な経済管理機構への移行が決定され,それにともなつて計画立案方式も変つたのである。もちろん,計画経済体制をとつているかぎり,計画の作成に当つて地方や企業現場の自主性が高められたにしても,中央の計画当局たるソ連邦国家計画委員会は地方の提出した計画案を修正ないし調整して総合的な国民経済計画を立案する。しかし,連邦自体の総合的な計画は従来のものとかなり違つて,ソ連邦全体の発展の重要な方向,テンポ,プロポーションを決定する目標数字と連邦構成各共和国の計画に具体化されているそれらの相互関連のみを含むに止まり,細目にわたる計画指標は各共和国以下の下部機構の諸計画で規定されるようになつた。このような新方式のもとで,各経済地区,および各共和国の自主性を多少とも生かした計画を総合したものとしての連邦全体の長期計画は,中央集権的傾向の強かつた当時作成された第六次五カ年計画とはかなり違つてくるはずである。

長期計画の切換えのもう一つの理由としてさきの党と政府の決定があげているのは,新資源が発見され,あるいは従来困難と見られていた資源の開発が可能になつたことである。すなわち,近年鉄鉱石,燃料をはじめ各種の新資源が発見ないし開発されるようになつたため,第六次五カ年計画で予定されていなかつた企業や工業中心地を建設する可能性が生れ,それを実現するには五カ年計画の残りの期間では不足であつて五年ないし七年以上が必要になつたというのである。

七カ年計画への切換えの理由としては以上のように公式にあげられていることのほかに,一九五六年一〇月の東欧動乱以後の内外の情勢も一つの要因に数えられよう。ポーランドとハンガリーの動乱を契機として,ソ連はこの両国はもちろん,他の東欧諸国に対しても直接経済援助を与えなければならなくなり,これらの諸国に対する経済関係全般にわたつて政策転換をよぎなくされた。また国内でも,国民生活向上に一そうの配慮をするようになり,たとえば住宅建設計画を拡大するとか,化繊,プラスチックス等の増産を中心とする化学工業の振興を取上げるとか,各種の施策を講じた。このような内外の情勢も長期計画を再編成することを必要にした要因の一つである。しかしなんといつても,その主要な要因は,前述したように,第六次五カ年計画の不備と,それが直接現われてきた一九五六年計画の過大なことにあつたのでぎる。そして,当時五カ年計画の修正が企図されたにもかかわらず,結局一九五七,五八年の二カ年の調整期間をおいて,いわば第六次五カ年計画期間の残り二カ年とそれに続く五カ年とを含めた七カ年計画が作成されたのである。

(a) 主要軽済指標

この七カ年計画の主要経済指標を過去の計画および実績と対比すると第4-11表のようになる。

第4-11表によつて,第一にすべての指標について七カ年計画の伸び率が第六次五カ年計画や経済拡大の行過ぎた一九五六年の実績より低いことが注目される。このことは,前述のように七カ年計画が第六次五カ年計画に対する批判と反省の上に作成されたことからも当然であろう。この点に七カ年計画の一般的な基調を認めることができる。

つぎに七カ年計画案にも謳われている「重工業優先」について見ると,消費財生産の年平均増加率を一〇〇とした場合の生産財生産の年平均増加は,七カ年計画では一二五~一二九であるのに対して,第六次五カ年計画では一一二,また第五次では目標が一一八,実績が一一五となつている。すなわち,過去に比べて七カ年計画の重工業優先度は高くなつている。これは七カ年計画の注目すべき特徴の一つである。

さらに,国民所得の支出配分では,七カ年計画における国民所得の増加は六二~六五%であつて,そのうち「消費フォンド」の増加率は六〇~六三%(第2-11表の実質賃金,実質農民所得の増加はともに四〇%)とされており,わずかながら国民所得の伸び率より低い。

国民所得の支出配分に関する正確なデータは発表されていないけれども,以上の数字から見ると,七カ年間に「消費フォンド」の比率は低下し,逆に蓄積率が上昇することが分る。これは前述した重工業優先度の問題とも関連して七カ年計画の一つの特徴と見ることができる。

以上は七力年計画の一般的な特徴である。では,各部門の目標はいかに設定されているか,それを以下に見てゆこう。

(b) 生産財生産

まず基礎物資の生産目標および増産率を先行の増産率と対比すると第4-12表のとおりである。すなわち,主要基礎物資の年平均増産テンポは,ほとんどが第六次五カ年計画の場合より低くなつていることは明らかである。さらに立入つて部門別に見ると,七カ年計画における各工業部門の計画目標にはつぎのような特徴がある。

(イ) 冶金工業

鉄鋼生産は近年増加率がきわめて低く,ソ連工業の隘路の一つになつていたのであるが,七カ年計画の増産率は最近二カ年の計画および実績を上回ることになる。これは,とくに現存鉱山での鉄鉱石の採掘増加と主として露天掘の可能な新産地の開発による鉄鉱石の増産にまつところが多い。また質的には,鋼材の質を高めるために合金鋼,半合金鋼の生産を大幅に増産し,天然ガス,酸素の利用などによる生産技術の近代化,機械化,オートメーション化を促進することが予定されている。

非鉄金属工業ではとくにアルミニウムの増産に重点がおかれ,その生産目標は一九五八年の約二・八倍に定められている。そしてアルミを機械製作,造船,建築,日用品の生産に広く使用することが予定され,生産地としては豊富な原料(霞石)と電力に恵まれている西部シベリアのクラスノヤルスクが重視され,著しい低コストが見込まれている。

(ロ) 燃料工業

上掲第4-12表に見られるように,燃料工業では石炭の増産率が著しく低いのに対して,石油,ガスの増産率はかなり高い。石油では採取条件を改善することが増産のカギとされ,これにより石油製品の需要の完全充足が可能となるといわれる。またガス採取はきわめて大幅に拡大されるが,全採取ガスの八〇%は工業用に利用することが予定されている。とくに注目されるのは,第六次五カ年計画においても唱えられていた「燃料バランス」の改善がさらに促進されることである。すでに最近二カ年にも石油,ガスの増産率は第六次五カ年計画の年平均を上回るほどであつた。このように,石炭の増産率に比べて石油,ガスの増産率が著しく高いという傾向は,七カ年計画にも見られる。これは「燃料バランス」の改善をねらつているものであつて,全燃料生産において高効率,低廉な石油およびガスの占める比率を現在の三一%から一九六五年の五一%まで高め,逆に石炭の比率を同じく五九%から四三%に引下げようとするものである。ただ,ウラル以来の露天掘が多く,したがつて採炭コストも安い産地では四二~四五%と,かなりな石炭増産が行われ,また鉄鋼増産のため鉱石と並んで,粘結炭の採掘は六〇~六六%と大幅な増産が予定され,一九六五年には一億五,〇〇〇万トン~一億五,六〇〇万トンに達するはずである。なお,石油鉱業の重要課題としては,労働条件の改善,作業の「技術・経済指標」の引上げ,労働生産性の向上,コストの引下げなどがあげられている。

さらに,鉱業全体を通じて,地質調査活動を約六五%拡大することが予定され,とくに石油および天然ガスの地質調査と新企業の配置から見て有利な経済条件をもつ鉄,非鉄鉱石の採掘と試掘に重点がおかれることになつている。

(ハ) 電 力

電力生産の増加テンポは最近二カ年のそれより速くなるが,工業の電化の促進と並んで鉄道の電化が二万キロに達する。電源開発では最近までの大規模な水力発電所の建設の方針から火主水従(新規総出カ二倍増のうち火カ二・三~二・四倍)の方向に転換し,一キロワット当りの建設費の削減,建設期間の短縮,安価な石炭,天然ガス,重油の利用を図る。また,電圧三五~一〇〇キロボルトの送電線で結ばれるヨーロッパ・ロシアや中央シベリヤその他の単一電力系統を創設し,小規模の不経済な発電所の建設をとりやめる。他方コルホーズの共同出資による発電所建設は拡大され,一連の原力子発電所の建設が行われることになつていることが注目される。

(ニ) 化学工業

化学工業の総生産高は七カ年に三倍に増加する予定である。とくに新合成物資の生産は大幅な増産(化繊四倍,そのうち合成繊維一二~一四倍,プラスチック,合成樹脂それぞれ七倍の増産)を遂げる。これは一九五八年五月に党の決定した化学工業振興策が織込まれたものである。これらの物資の生産は石油ガス,天然ガスをも利用して新原料産地で行われ,建築材料や消費財の増産に寄与することになつている。また化学肥料の生産は,後に述べる農業増産方針とも関連して,三倍に増加して,三,五〇〇万トンに達する予定である。

(ホ) 機械および金属加工工業

この部門の生産高に七年間に二倍に増加し,とくに電気機器および複雑な機械化,オートメーション化のための機器に重点がおかれる。また老朽設備の更新,近代化と並んで生産の専門化については,この工業部門で特別の注意が払われ,鋳造,鍜造等の専門工場七五ないし八〇が建設されることになつている。

(c) 消費財生産

(イ) 軽工業

軽工業の総生産高は七カ年に約五〇%増すことになつている。その主な品目の目標と増産率を第六次五カ年計画のそれと対比して見ると,第4-13表のようになる。

これによると綿および毛織物以外の品目の七カ年増産率は第六次の五カ年間増産率より低いが,一九五八年の生産水準は綿織物を除き,第六次の基準年次であつた一九五五年に比べるとかなりの高さに達しており,七年後には織物,靴の一人当り生産でアメリカの水準に近づくものとしている。なおこれらの製品では,さきにも述べたように化繊の混紡,交織,人造皮革の使用などによる増産がかなりの役割を占めることになる。

(ロ) 食品工業

食品工業の総生産高は七年間に七〇%増加する(一九五八・一一・一四,フルシチョフ演説)。その主なる品目の生産目標は第4-14表に示すとおりである。

ここでは,魚獲高を除いて,他の品目はすでに一九五八年に第六次の目標に比べても相当な水準に達しており,肉,乳製品,砂糖などは七カ年計画での増産が著しく,国民一人当り生産量で先進国に追いつくことを謳つている。とくに砂糖の生産能力は二倍以上となり,また個々のコルホーズまたはいくつかのコルホーズ共同で農産物加工工場が広範に設立されることになつている。

なお,以上の軽工業,食品工業のほかに,家庭用器具の生産額は七年間に二倍になるといわれる。

(d) 農業生産

七カ年計画における農畜産物の生産目標を過去の計画および実績と対比すると第4-15表のようになる。

まず穀物でば,その生産目標はかつて第六次五カ年計画で一九六〇年の目標として掲げた数字である。このことは,過去七カ年間に大幅な増産が行われたにもかかわらず,長期的に見ると穀物の増産が立おくれ,延引していることを物語るものであつて,七カ年計画では全農業生産の基礎として穀物の増産にはあらゆる手段を講ずべきだとされている。ただ過去七カ年の穀物増産が西部シベリア,カザクスタンを中心とする未墾地と休耕地の開拓によるところが多かつたのに対して,七カ年計画では開拓はより遠隔の地域で小規模に行われるにすぎず,しかもその開拓地の大部分が工芸作物や休閑地に振向けられることになつている。このようにしていわば緊急増産の行われた過去七カ年の増産テンポに比べて七カ年計画の増産率がはるかに低いことは第4-15表に見られるとおりである。

穀物以外の農畜産物もほとんどすべて七カ年計画の増産率は第六次五カ年計画の五カ年間の増産率を下回つており,農作物の増産テンポはかなり低目に計画されている。しかし畜産は過去七カ年の増産実績をはるかに上回つて,今後のソ連農業発展に重要な地位を占めることになつている。

農業増産の方策としては,農作物については播種面積の拡大よりも,むしろ単位面積当りの収量の確保と向上とが強調されている。また畜産については家畜頭数の増加(来るべき七年間の年平均増加頭数を過去七カ年のそれに比べると,牛三・二倍,そのうち乳牛二・二倍,羊約二倍)をはかるとともに,いわゆる家畜の生産性を高めることが指示されている。そして一九六五年における農地一〇〇ヘクタール当りの農畜産物の生産高は現在のアメリカの水準を上回ることになるとされている。

このように,農業生産をより集約化しようとする意図が見られることは明らかである。そこで,農業資材の供給の面を見ると,七カ年にトラクター一〇〇万台余,穀物コンバイン約四〇万台となつている。これは第六次五カ年計画のトラクター一六五万台(ただし一五馬力換算),穀物コンバイン六八万台を下回つている。ただ,機械化が従来立おくれている綿花,テン菜,馬鈴薯,野菜の栽培および畜産などの諸部門では,機械化に一そうの努力が払われる。集約化の一つの指標は化学肥料の増産で,七カ年計画で三倍となり,第六次五カ年計画における二倍余の増産に比べ多少大幅に計画されている。

以上のような資本集約化の傾向のある反面,農業部面で最も重要な方策と見られているのは労働生産性の向上(七年間にコルホーズでは約二倍,ソフホーズでは五五~六〇%),生産物一単位当りの労働および資金の支出の削減である。とくに注目されることはソフホーズの農産物の原価の引下げが穀物三〇%,肉一〇%,牛乳二三%,羊毛八%,綿花二〇%と予定され,概して全工業製品の原価引下げ率一一・五%を大きく上回つていることである。このように農業生産で原価引下げという課題が大きく提起されて,従来あまり顧みられていなかつた採算が重視されてきている。

(e) 投  資

以上のような工業および農業の増産方策に即応した七年間の固定投資額は,ソ連政権が成立して以来四一年間の投資総額に匹敵すると誇称されているが,その内容は第4-16表のとおりである。

ここでまず注目されることは,従来のように生産部面への投資が「非生産的」な外部経済への投資より大幅に増加してきた傾向がなくなり,これら二つの部面への投資がほぼ同率に増加することである。これは,ソ連経済における新しい動向といわねばならない。

投資の方向については,最小の資金で生産能力の増大,生産性の向上,コストの引下げ,最短期間内の生産力化を可能にするような効率を発揮することが要請されている。その基本方針としては,第一に新開発の資源を有する一部の地域では石油,ガス,電力,原料生産などの新企業の建設に投資を振り向けること,第二に一連の工業部門,とくに加工工業では総合的な機械化とオートメーション化,広範な設備の更新と近代化のための現存企業の改造と拡張,技術的再装備の投資を主とすべきことを謳つている。

さらに,固定投資を生産部門別にみると,第4-17表のとおりである。

以上のうち工業投資については,さきに述べた工業増産方針に対応した傾向が明らかに見られる。また農業投資は上掲の国家投資以外に,コルホーズ自体の投資約三,五〇〇億ルーブルが見込まれ,両者を合せて過去七年の約二倍に達し,工業投資の増加に歩調をそろえていることが注目される。

七カ年計画における投資の一つの特徴は,ウラル以東への投資が全体の四〇%と大きな役割を占めることである。

ことにシベリアではヨーロッパ・ロシア南部,ウラルと並んでいわゆるソ連の「第三鉄鋼基地」の一部が創設されるほか,石炭の増産目標は一億八,二〇〇万~一億八,六〇○万トン(四〇%が露天掘),電源開発(三五〇万KWのブラーツク発電所稼動開始,四〇〇万のクラスノヤルスク発電所の建設開始),木材,パルプ,製紙工業の発展,油送管の敷設,シベリア本線の電化,新線の敷設等が行われる。

シベリアを含むいわゆる「東部諸地域」の開発は,すでに第六次五カ年計画でも強調されていたが,その開発の重点は西部シベリアや中央アジアにおかれていた。ところが最近になつて開発地域は次第に東部シベリアにも及ぶ動きを示してきた。これを,示すものは昨年八月に行われた東部シベリア生産力発展会議であつた。この会議はイルクーツクでソ連邦科学アカデミー,同ゴスプラン,ロシア連邦共和国閣僚会議の共催で各地代表,研究,計画,経済各機関代表約二,五〇〇名を集めて行われた。会議の目的は,天然資源の調査の成果を総括し,もつとも合理的な資源利用の方法,経済各部門の発展と配置の見通し,今後一五年ないし二〇年にわたる開発の順位などを決定することにあつた.。

さしあたり,シベリア全域における鉄鋼業の基礎の一部を創設し,電源開発を中心として非鉄金属,化学,木材加工等の工業を発展させることに重点がおかれ,七カ年計画末までに東部シベリアの工業生産は四倍に増大するといわれる。問題は労働力の供給困難にあるが,カナダ,オーストラリアなどの経済開発の経験にかんがみて,高度の電化によつて,労働力の不足に対処すべきだとされている。

(f) 対外経済関係

七カ年計画による国内経済の成長は当然対外経済関係の伸展をともなう。同計画によれば,ソ連の共産圏諸国との貿易額は一九六五年には一九五八年に比べて五〇%余増大する。これは一九五〇~五七年の二・三倍余に比べると,はるかに増大テンポが緩いとはいえ,ソ連と,他の共産圏諸国との関係が初期の段階からより高い段階に移つていることを打ち消すものではない。いまや共産圏諸国との経済関係は貿易面だけに限られておらず,圏内の経済協力機構である経済相互援助会議(略称セフ,英略称コメコンCOMECONまたはCMEA)を通じて長期計画の調整(すでにポーランドは本年から七カ年計画開始,チェコ,東ドイツ,ブルガリア等もソ連と同一歩調をとる措置をとつた模様),一九六五年を目標とする各産業部門別の専門化と協業化が進められる。こうして,七カ年計画は社会主義諸国間の国際分業の発展に新段階を画するものとされている。七カ年計画は「対圏外貿易については,もちろん不確定要因が多いためもあつて,予定数をあげていない。だが,第二一回党大会ではミコヤン副首相が,対圏外貿易を七カ年に二倍に増加させることが可能であると述べている。後にも見るように一九五八年にはいつてからは,世界景気の後退の影響を受けて一部の圏外諸国との貿易額が減少したけれども,傾向としては近年ソ連の対圏外貿易は圏内貿易をしのぐ急速なテンポで拡大してきた。とくに未開発諸国との貿易は一九五三年から一九五七年にかけて五倍余に拡大した。このことはこれらの諸国に対するソ連の借款借与の事実とともに,七カ年計画下におけるこの方面へのソ連の動きを注目させるに足りる。

しかし貿易の拡大の可能性は対後進国関係に限られない。一例をとると,化学工業,とくに化繊,プラスチック,合成ゴム生産の振興のために,東ドイツ,チェコなど圏内工業国と並んで圏外先進国からもプラントの輸入,技術の導入をはかることが声明された。七カ年計画に当つてはこのような新規産業のプラントをはじめ,高度な技術水準を要する設備,国内生産の不十分な設備,原料に対するソ連の輸入需要から見れば,共産圏外先進国との間の貿易も拡大する可能性があると見てよいであろう。

(2) 一九五九年度経済計画とその遂行状況

一九五九年は,以上に見た新七カ年計画の第一年度である。過去二年間の例によると,年次計画はソ連邦最高会議に上程され,その内容が公表されてきた。ところが,一九五九年度については一九五八年一二月二二日に開会されたソ連邦最高会議にソ連邦国家予算のみが上程され,経済計画の上程は見送りとなつた。このことは近年の慣例を破るものではあるが,七カ年計画自体が当時まだ最終決定を見ていなかつたことから考えれば,むしろ当然かもしれない。しかし,ソ連邦最高会議に引続いて一二月二六日から開会されたロシア連邦共和国(「ソ連邦」を構成する一五の共和国の一つ)の最高会議には同共和国の国家予算とともに一九五九年度経済計画法が上程されたことから見ると,各共和国ないし国民経済会議の経済計画が経済計画の体系の中核をなすようになつた計画作成方式の変更に伴つて,あるいは連邦の年次経済計画の取扱い方になんらかの変更があつたのでないかとも推測される。

いずれにせよ,一九五九年度経済計画については二,三の指標が公表されているにすぎない。しかし,一九五九年度計画は,七カ年計画がどのように実行に移されるかを知るためにも見のがすわけにはいかない。

(a) 経済成長率

前掲第4-11表に見るとおり,一九五九年度計画に定められた国民所得の増加率は過去二年の計画の場合と同じく八%であり,七カ年計画の年平均増加率七~七・五%を上回つている。また工業総生産の増加率も一九五八年の計画増産率とほとんど同率で,これは大幅な増産を予定している七カ年計画の年平均増産率より低くなつている。これから知られることは,一九五九年度経済計画が過去二カ年の計画に示された経済成長のパターンをほとんどそのまま継承していることである。いいかえるならば,七カ年計画が実施されることになつても,その初年度の計画は,国民所得と工業生産に関するかぎり七カ年計画の年平均成長率よりは,むしろ過去二年の計画に近い成長率を示し,七カ年計画の本格的な発足とは見なしがたいのである。とくに注目されることは,近年ソ連工業の伸びを抑える傾向にあつた鉄鋼生産とエネルギー部門の状況が昨年来好転してきたにもかかわらず,一九五九年の工業生産計画が比較的控え目なことである。一九五九年の場合には過去二カ年と異なり,工業増産のテンポが低いのは増産をさまたげる重大な隘路が存在することによるよりも,むしろ計画策定に対してより弾力的な態度がとられていることによるのではないかと思われる。このような態度は一九五七年の経済管理機構の改革にともなう計画作成方式の変化の一つの面を示すものであるかもしれない。

もう一つ考えられることは,工業増産,さらに一般的にソ連の経済成長を抑える要因が労働力にあるということである。一九五九年計画における雇用総数の増加は一三〇万の予定であつて,七カ年計画の年平均増加一六四万(単純平均)よりかなり少く,工業雇用は前年比わずか二%増加で,工業の増産に主として寄与するのは工業労働生産性の六%引上げである。このような状況は,第二次大戦当時の出生率の低下が現在の生産年令人口の増加に限界を与えてきていることを示している。そして七カ年計画の指標によれば,ソ連の計画当局は同計画の終り近くに雇用数の大幅な増加を期待していることになるのである。

(b) 投資計画

一九五九年の国家固定投資は二,二四二億ルーブルと予定され,一九五八年計画一,九八八億ルーブルに比べて一二・七%の増加,同じく実績(計画の九七%遂行)に比べて一六・一%の増加に当る。これを一九五八年計画の前年実績比七・五%の増加と比較すると,投資の増大が大幅になつていることがわかる。さらに,さきに見たように,一九五八年計画でも一部の部門へ超重点的な投資が行われたのに引続いて,一九五九年にも隘路産業の増強,新規産業の育成,設備の近代化に関連のある部門への投資の増大が目立つている。いま限られた公表のデ―夕をあげると,第4-18表のようになる。

以上の重点産業部門のほか,住宅建設投資も前年に引続き増加する。住宅建設に対する予算支出は四一四億ルーブルで固定投資に対する予算支出総額一,六二一億ルーブルの四分の一をこえ,前年に比べて一三・七%を増す。住宅完成面積は全国家資金および個人に対する銀行貸付によるものを合計して七,九八〇万平方メートルであり,一九五八年の計画六,一〇〇万平方メートル(前年実績比二七%増)に対して,三〇%余の増加に当り,近年の住宅建設の盛行が続いている。

一九五九年度計画による固定投資総額二,二四二億ルーブルは七カ年計画の固定投資の年平均二,七〇〇億~二,八〇〇億ルーブルに比較すると,いまだかなりこれを下回つている。したがつて,七カ年計画を実現するためには今後も固定投資が大幅に増加し続けなければならないことになる。

次に,在庫投資を見ると,その指標である流動資金増加額は,一九五八年計画の二三七億ルーブルに対して,一九五九年計画の二三五億とほとんど横ばいである。このことは,第一に新七カ年計画の発足にともなつて新規建設事業が増して操業の開始ないし拡大のテンポを上回ること,第二に資材,資金の不足を解消するため一九五七年,一九五八年の二年間にわたつて行われた流動資金の補充が一段階したことを示している。とくに,すでに述べたように,流動資金や資材のダブつきが現われてくるようになつたことは,本年の流動資金増加がほぼ前年計画なみに抑えられた理由の一つであろう。

(c) 一九五九年計画の遂行状況

本年七月一四日の中央統計局発表によると,上半期には工業総生産高は上半期計画を五%上回つて,前年同期に比べて一二%増大した。これを工業部門別に見ると,前掲第4-3表にあげたとおり,一九五ハ年年間の増産率に比べて食品工業が前年の豊作のあとを受けて増産テンボを早め,機械,金属か工工業も増産率が向上している。その他の部門の増産率は前年年間とほぼ同率か,多少それより低目である。しかし機械金属加工工業の増産が影響して工業総生産高は前年年間より増加率が高まつているものと思われる。

以上のように,工業生産計画の遂行状況が比較的順調であるのと対照的に,投資計画の実現はおくれているようである。本年上半期に固定投資額は前年同期に比べて一〇%,そのうち建設,据付作業は同じく一五%それぞれ増大したと報告されている。これを年間の投資増加計画一六・一%と比較すると,投資と建設作業の立おくれは明らかである。そしてその原因は依然たる資金,資材の分散,新規事業に対する設備の供給の不十分,したがつて操業開始のおくれにあるもののようである。

このような投資活動と建設作業の立おくれにもかかわらず,七カ年計画発足後数カ月ではやくも計画の繰上げ達成が強調されている。本年四月ロシア連邦共和国が一九五九年度計画以上に鉄鋼を増産することを決定したのに引続いて,ウクライナ共和国も同様の措置を講じた。また農業部門では,一九六五年の目標を達成するには七カ年では余りあるものとされ,各地で肉の生産目標を二,三年早く達成するとの誓約が行われている。このような動きと三月におけるクジミン前国家計画委員会議長の解任とを結びつけて,ロンドン・エコノミスト(五月二日号)は,計画が十分野心的なものでなかつたことをクジミン解任の理由と見,後任のコスイギンは増産余力を過小評価しないように指示を受けており,七カ年計画の目標の全般的引上げあるいは重工業,農業の目標引上げが発表されるとしても驚くに当らないと評している。

事実,最近党の中央機関が地方の七カ年計画繰上げを認める決定を出すということが行われている。すなわち六月一〇日にスウェルドロフスク経済行政地区の七カ年計画の一年早期達成を認め,投資の効果,現有能力の移動率向上,新技術の導入,設備の近代化に留意しつつ,各地において七カ年計画の早期実現の可能性を検討するよう勧告したのをはじめとして,各地区の同様の措置を承認する決定を出している。さらに,六月二四日から二九日まで開かれた技術の問題に関する党中央委員会総会でも発言者の多くが七カ年計画を予定より早く達成するであろうと述べたと報ぜられている。

第4-14表 食料品の生産目標と増産率

(二) 七カ年計画下の経済成長

(1) 経済成長とその諸要因

七カ年計画は,今の後ソ連経済の基本方向を示す基準として国内的に重要な意義をもつているばかりでなく,ソ連国外においてもアメリカはじめ先進工業諸国に対していわゆる「平和的経済競争」をいどみかけたものとして注目を集めている。

この経済競争において,ソ連は人口一人当りの工業生産量でアメリカに追いつき,これを追いこすというソ連のいわゆる「主要な経済課題」を一九七〇年までに実現するものとし,究極的には「社会主義の資本主義に対する優位」を実証しようとするものである。このような「主要な経済課題」の現実という一種の政治的目標は,すでに一九五六年の第二〇回党大会で第六次六カ年計画が審議された際にも掲げられたものであつて,国民を計画実現に動員するために必要であるのみならず,ソ連圏諸国はもちろん,圏外諸国とくに低開発諸国に対する影響を考慮に入れているのであろう。

しかし,ソ連の提唱する「経済競争」は単にそのような政治的効果をねらつたスローガンにはとどまらない。それは,ソ連の経済成長の問題として,また先進工業諸国との比較の問題として純経済的観点からも重要視されなければならない。「平和的経済競争」とは,その言葉の意味するところでは,異る経済体制のもとでの経済成長の優劣にほかならないからである。このような視角からソ連国外でも経済成長の比較が重視されている。現に,ソ連が競争相手としているアフリ力でも,ソ連の経済成長と関連して自国の将来の経済成長が問題になつてきている。

(a) 経済成長の諸要因

七カ年計画における経済成長を示す主要な指標は,すでに前掲第41U表にあげたとおりである。ここでは,とくにこの経済成長を規制する二,三の要因に関するデータを列挙しておこう。

(イ) 投資と消費

七カ年間の国家固定投資は先行の七カ年に比べて八〇%増加し,他方個人消費は七カ年計画期に,すなわち一九六五年の一九五八年に対する比率で六〇~六三%増大し,また被雇用者一人当りの実質所得(社会保険,社会施設による諸給付,諸特典を含む)は四〇%,コルホーズ農民の実質所得は四〇%余向上する。なお賃金については,低額層を七二~八六%引上げて賃金格差を縮小し,平均賃金としては二六%引上げることが予定されている。上掲の個人消費の増大率六〇~六三%を国民所得の増加率六二~六五%と対比すると,国民所得に占める消費の割合は低下し,逆に蓄積の割合が増大することになる。

(ロ) 就業者数

七カ年計画では雇用総数(労働者,職員)が二一%増すことになつており,他方コルホーズ生産部面の就業者が若干減少すると予想されているので,結局就業者総数は一〇~一一%増加するものと推定される(コムニスト誌,一九五八年第八号,ソ連邦中央統計局次長イ・マルイシェフの論文による)。

(ハ) 労働生産性

さきにも見たとおり,労働生産性の向上は七年間で工業四〇~五〇%,建設六〇~六五%,鉄道三四~三七%,農業生産でコルホーズニ倍,ソフホーズ五五~六〇%と予定されている。また上掲の国民所得と就業人口の増加率から見て就業者一人当りの国民所得,いいかえれば,国民経済全体の労働生産性は四七・-四九%向上することになる。

以上にあげたデータを総合すると,七カ年計画下における経済成長をつぎのように特徴づけることができる。

第一に,七カ年計画による経済成長率は第六次五カ年計画の場合の経済成長率(計画)より低く,また概して最近二カ年の実績を下回り,それらの計画に近い水準にある。このことは計画成長率が比較的低く抑えられたという最近二カ年の傾向が七カ年計画の場合にも続いていることを意味する。

第二に,このような経済成長を支える要因の一つとして投資をみると,七カ年計画の期間中における固定投資が先行の七カ年に比べて大幅に増加するのみならず,七カ年計画最終年度には国民所得に占める投資の比率が先行年度である一九五八年に比べて多少上昇する。このように,七カ年計画における経済成長を支える要因のうちで投資はかなり大きな役割を演ずることになる。

第三に,就業者総数の増加は七カ年計画の全期間を通じてもわずかであり,したがつて上述の経済成長を保障するには,労働生産性が大幅に向上することが必要となつている。とくに農業のうちコルホーズ生産における労働生産性を著しく引上げることによつて,コルホーズから他の部門に労働力を送出することが,七カ年計画における経済成長を支える労働力を確保するための重要な条件となる。

(2) 産業構造の改変

七カ年計画は以上のような経済成長を予定し,これを先進工業国との経済競争という形で打出しているのである。

だが,この経済成長は,単なる量的拡大ではなく,質的変化,構造的変化を内包している。さきにも見たように,七カ年計画は石油,ガスの大幅増産による燃料バランスの改善,電化の促進と電源の火主水従への転換,化学工業の総生産の三倍増大,機械,金属加工工業の総生産の二倍増産,さらには農業における機械化の推進,とくに施肥の三倍増加,鉄道運輸における電化とディーゼル化の向上(鉄道貨物総輸送量のうち電気およびディーゼル牽引の比率は一九五八年の二六%に対して一九六五年には八五~八七%となる)を予定している。これは産業構造の改変,さらに広い意味でのトランスフォーメーション,生産力の質的な高度化を意味する。

(a) 経済成長との関連

この産業構造の改変は経済成長を支持し,促進する有力な要因となつている。産業構造の改変は技術の進歩と結びついており,技術革新と新規産業の創設,発展にもとづいている。もつと具体的にいえば,それは電化,オートメーション,電子工業などと関連した設備,装置の生産が大幅に増大し,石油化学,電気化学などの新規産業が急速に拡大することである。

七カ年計画において新しい技術装備と新しい原料資材の生産の高度な成長がいかに全体としての成長率を高める要因となつているかは,第4-19表によつても明らかなところである。すなわち,七カ年計画では技術的に進んだ生産設備と新しい原料資材の増産率はいずれも工業全体の成長率八〇%,生産財生産の成長率八五~八八%を上回つている。

このような産業構造の改変は,ソ連ではいわゆる共産主義への移行の基礎をなすものとされる。

すなわち共産主義の物質的,技術基盤の創設にとつて大きな意味をもつているのは,生産の規模のみではなく,それに適合した産業構造の創出であつて,これを基礎として,第一にあらゆる形態での技術的進歩と労働生産性の向上を可能にし,第二に国民の福祉の向上と物資の豊富さとを保障することができるというのである(コムニスト誌,一九五八年第一七号,ア・ノートキンの論文参照)。この点で,経済成長および産業構造の改変と制度上の変化との間に緊密な関連が認められている。

(b) 産業構造改変の経済効果

このように,産業構造の改変,生産力の高度化は,共産主義の基盤の創設という政治的色彩の濃い表現と結びつけられ,大きな意義を付されている。のみならず,それは費用の節約,とくに建設コストの引下げという経済的効果を伴つている。

いま,その事例を二,三あげてみよう。

    (イ) まず,新しい産業構造の経済効果を示すものとして以下のような各種の推計が行われている。合成ゴムの生産においてアルコールを石油採取ガスに代えることによつて約一三億ルーブルの投資を節約できる。同様に,窒素肥料の生産に主として天然ガスを利用することにより四〇億ルーブルを節約でき,ケーブルの生産にアルミとプラスチックスを用いることにより一〇〇億ルーブルの資金と四〇万トンをこえる鉛および同じ量の銅が節約される。それ以外にも,化繊の使用,建築への鉄筋コンクリ―ト・ブロックの採用などがあげられている。

    (ロ) 「社会的労働生産性」の向上は電力業の発展と結びついており,七カ年計画でも電力生産のかなり大幅な増大がみられるが,この場合従来のような大規模水力発電所の建設のみならず火力発電所の建設をも重視するようになつた。それは建設資金と建設期間の点で火力が有利であることによる。すなわち一〇〇万KW当りの建設費は水力が四○~六〇億ルーブルであるのに対して,火力は約一〇億ループルである。また建設期間は水力が四~七年であるに対して火力は約三年にすぎない。一方発電コストは一KWHにつき水力の二五コペークに対して火力はこれよりはるかに高いにもかかわらず,「時間をかせぐ」ため七カ年計画でばむしろ火主水従となつている。この火力優先によつて七年間にさらに一,〇〇〇万KWだけ出力の増加が可能となり,二三〇億ルーブルの資金を節約することができる。

    (ハ) ソ連の燃料採取構造はより経済的になる。すなわち,それは燃料バランスに占める石油およびガスの割合を三一%から五一%に高め,石炭の割合を五九%から四五%に引下げ,さらに石油およびガス輸送管の増設を行おうとするものであるが,それによつて基準燃料一単位当りの投資額は削減さ本,輸送費も節約される。このよ→に,石炭から石油および天然ガスへの転換にともなつて一,二五〇億ルーブルを上回る節約がなされると見積られる。

以上にあげた事例に見るように,新しい産業構造は,いわゆる「共産主義の基盤」という名のもとにその重要性が強調されているのみならず,その実質的な経済効果,いいかえれば費用の節約,ひいては「社会的労働生産性」の向上という点から見て,きわめて重要視されていることがわかる。このように,七カ年計画における経済成長は量的拡大とともに質的な変化の点からも注目すべき動きを示しているのである。

(3) 経済成長に関する若干の問題点

七カ年計画下の経済成長率は,過去のそれに比べて明らかに鈍化するけれども,産業構造の改変という質的変化をともなつて,先進工業国としてはなおかなり高い水準を維持しつづけることになつている。しかし,それはすべてが計画通り円滑に進行することを意味するものではない。すでに,二,三の問題点について少しく触れておいたが,ここにさらに立入つて若干の問題点について述べよう。

(a) 成長率

さきに見たとおり,国民所得および工業生産の成長率では,七カ年平均が第六次五カ年計画(一九五六~六〇年,本年から七カ年計画に切換えられた)と,これにもとづく一九五六年の実績より低くなつている。

前掲第4-11表に見るように,七カ年計画における国民所得の成長率は年平均七~七・五%で第六次五カ年計画の年平均一〇%,一九五六年実績の一二%よりはもちろん,一九五七,五八両年の計画の八%(実績はそれぞれ六%および九%)よりも低くなつている。なお七カ年計画の初年度である本年度の計画は過去二年の計画と同じ八%である。

このような,七カ年計画における国民所得年平均七~七・五の成長は,近年の実績からみてほぼ達成が可能と考えてよいであろう。アメリカの国務省も国民総生産年七%の成長を可能とみている(Dep of Sino-Soviet Economic Offensive in the Less Developed Countries May1958)。

次に工業総生産の成長率をみると,国民所得の場合と同様,七カ年計画の年平均は第六次五カ年計画の年率と一九五六年実績より低いが,過去二年の計画よりはかなり高く,八・五%となつている。過去二年の計画は,鉱業,鉄鋼業,エネルギー部門などが成長を阻止する要因となつていたため,一九五六年実績より著しく低い工業増産率(一九五七年が七・一%,一九五八年が七・六%)を見込んだのであるが,実績は両年とも一〇%の増産となり,隘路の一つである鉄鋼生産も一九五八年の低調から立直つている。したがつて七カ年計画期においても,数値自体の正否は別として,工業総生産の増産計画は達成される可能性が多い。さらには,ソ連中央統計局次長イ・マルイシェフも述べているように,七カ年計画の目標設定には一定のゆとりがあり,工業生産の増産予定は間違いなく超過遂行されるといえるかもしれない(コムニスト誌,一九五八年第一七号,イ・マルイシェフの論文参照)。

ここで,七カ年計画がなぜそのような余裕をもつて作成されているか,逆にいえば,なぜもつと高いテンポの工業増産が予定されなかつたかという問題がおこる。その解答は,いうまでもなく,すでに述べたような過去の計画,とくに第六次五カ年計画とその初年度一九五六年の計画に対する批判と反省のなかに与えられている。前掲のマルイシェフによれば,従前のような限度一ぱいの計画課題を設定すると,計画に対する裏付けが不十分になり,資材の供給の中絶や生産のリズミカルな進行の破壊や労働力の遊休が生ずる。反対に,今度の七カ年計画の場合のように増産テンポが実際の可能性より低められ,余裕をもたせられておれば,計画の遂行が十分保証されるのみならず,工業のより合理的な運営と生産のより経済的な組織化を行う好条件が生まれ,したがつて増産のテンポは実際には過去の諸年度より落ちることなく,しかも計画をこえる生産に要した費用は安く,生産の収益性は高まるというのである。

このように,七カ年計画における経済成長率,とくに工業生産の成長率が第六次五カ年計画の成長率より低められていることは,ソ連における計画作成方式の新しい傾向を明らかに示している。一九五七年の計画では一九五六年の経済拡大の行過ぎに対する調整措置として成長率の引下げが行われたとも考えられるが,それはこの年についてだけの一時的な措置ではなく一九五八年計画から,さらには七カ年計画にも延長された恒久的な計画方式上の変化であつたのである。過去における計画がしばしば現場の企業の能力,とくに原料資材の手当を上回るような,限度一ぱいの生産課題を上から押付け,しかもなによりもまず総生産高という指標の点でその課題の「超過遂行」にかり立てるという傾向をもつていたのに対して,新しい計画化方式では現場の自主性を生かしてある程度の余裕をもたせた計画を立て,「超過遂行」 に当つては費用の面にも考慮を払うことになつたのであろう。こうした新しい傾向は,企業の自主性を重んずるという経済管理機構の改革とこれに伴う計画作成方式の改善を反映しているのである。

七カ年計画の経済成長率のなかで,もつとも問題の多いのは農業生産であろう。農業総生産は七カ年で七〇%,年平均で七・九%の増加が予定されている。これはスターリンの死後フルシチョフの指導のもとでいわば緊急措置として農業振興策が推進された一九五四年以降の成長率(一九五四~五七年平均で七-一%)を上回つている。ことに,七カ年計画の増産率の基準となつている一九五八年の農業生産鉱,未曾有の豊作を謳われた高い水準にあることから考えると,七カ年計画の目標がきわめて高いものであることがわかる。このように七カ年計画の農業生産は,その培加率からみても,その目標の絶対的水準からみても,著しい増大を予定されているのであつて,この計画の達成はかなり困難を伴うものと思われる。ソ連側の論者も,基準年次の一九五八年の水準が高いこと,農業が気象条件に依存していることをあげて,七カ年計画における農業部門の「任務」が工業部門の課題などに比べてより「複雑」なものであることを認めている。

以上の問題のほかに,なお統計上の問題がある。七カ年計画の指標によると,国民所得の成長率六二~六五%に対して,工業総生産の伸びが八〇%,農業総生産の伸びが七〇%となつている。ソ連の国民の国民所得はサービスを含まず,かつ純国民所得として算定されるものであるから,国民所得のうちでは工業および農業の純生産が圧倒的に大きな割合を占め,したがつて国民所得の成長率は工業および農業の純生産の成長率とほぼ等しい動きを示すはずである。

ところで,前掲の数字では国民所得の成長率が工業総生産と農業総生産の双方の成長率を下回つている。このことから,工業総生産と農業総生産のいずれか,あるいは双方がそれらの純生産の成長率より大きく表示されており,いわゆる上向バイアスを含んでいるのではないかという推測が生まれる。この総生産と純生産の成長率のひらきは,主として加工段階の高い,あるいは迂回距離の長い生産の伸びが比較的に大きく,したがつて総生産の算定において重複計算される部分の割合が大きくなることによるのである。

まず,これを工業についてみると,七年間に工業総生産の増加率が八〇%(そのうち生産財は五八~八八%,消費財六二~六五%)に対して基礎物資のうち鉄鋼,石炭の増産率はそれを下回り,石油,ガス,電力,セメント等の増産率ははるかにそれを上回つている。さらに機械および金属加工工業の総生産は七年間に二倍となる予定である。これから見ると,きわめて漠然としてはいるが,工業総生産の増大率がその総生産の伸びより多少大きく表示されているのではないかと推測される。

農業に関する数字では,この傾向がさらに強くなつているように思われる。七カ年計画によれば,農業総生産の増加率は七○%であるのに対して,各農畜産物の現物表示による増産率は第4-20表のとおりである。

これによると,七カ年計画においては農作物,とくに穀物の生産の増加率に比べて畜産物の増産率が著しく高い。このことは,一九五三年から一ル五八年までの増産率と対比すると一そうはつきりする。ことに,一九五八年に至る時期には耕地の開拓,穀物の増産が強行されたのに対して,七カ年計画では開拓は遠隔の地域に小規模に行われ,しかも播種面積の拡大は主として工芸作物に限られるといわれる(第二一回党大会におけるフルシチョフ報告)。他方,農業総生産は,前述のよう゛に一九五四~五七年に年平均七・一%(一九五七年は不作,一九五八年は豊作であつたから,一九五八年までの年平均増加率はこれより大きくなる)であつたが,七カ年計画では年平均八%の増加が予定されている。しかるに七カ年計画では,前者に比べて穀物の増産率がはるかに低く,畜産物の増産率が高い。このように,七カ年計画において農業生産に占める畜産の地位が高まることは,飼料作物・畜産物という二重計算の比重を増大させることによつて,農業総生産に一種の上向バイアスを生じさせているであろう。このように,もし農業総生産の数次について上向バイアスが強いとすれば,この数字だけからみた七カ年計画における農業の「任務の複雑」さは若干割引される。もつとも,主要農畜産物についてみれば,穀物その他の農産物の増産に比べて畜産物の計画どおりの増産には大きな努力を要することになろう。

(b) 投資と消費

投資と消費との配分については前記のイ・マルイシェフは次のような問題を提起している。すなわち,七カ年計画において経済の拡大テンポをさらに高く定め,これによつて「基本的経済課題」を達成する期間を短縮すべきではないかということ,そしてこのために,一人当りの消費を現在の水準に抑えて国民所得のうちの消費フォンドを人口増加に比例する範囲請で増加させ,国民所得の増加の大部分を蓄積に振向けることはできないかということである。このことは,ソ連の計画機関の内部で実際に問題になつたであろう。この問題に対する答えとしてマルイシェフは,労働生産性の向上が消費の増大によつて絶えず刺激を与えられなければならないことをあげている。そして,マルイシェフは,ソ連が工業化に発足した当時の第一五回党大会の決議に触れて,「蓄積と消費の相対的な対立,それらの相互作用と結びつき」があること,長期にわたる発展の見通しを考慮に入れれば,蓄積と消費の利害は一般的には一致するのであつて,これらの要因の最適の結合から出発しなければならないということを明らかにしている。

ここで,「最適の結合」すなわちバランスとはなにかが問題となるが,それは消費と蓄積が四対一といわれる水準から絶対に動かしえないというものではなく,可変的なものである。

七カ年計画では,さきにも述べたように,国民所得が六二~六五%増加するのに対して,消費フォンドは六〇~六三%増大することになつている。これによると,七カ年計画の指標の基準となつている一九五八年に比べて最終年度の一九六五年には蓄積と消費のパランスは若干前者の方に傾くことになる(このことはマルイシェフも述べているし,「新時代」誌本年第九号への寄稿でジョン・ロビンソンも指摘している)。さきにも見たとおり,バランスは可変的なものであり,バランスの変化そのものには別に問題はないが,ただ七カ年計画における経済成長を支える要因としての投資の重要性には注目しなければなら,ない。

他方,「生産性の向上を刺激する」一人当り消費の増加は次のようになる。すなわち七カ年計画における消費フォンドの六〇~六二%増加に対して,労働力(全就業者)の増加は一〇~一一%と推定される。これによれば,就業者だけについての一人当り消費をとれば,四五~四六%の増加となる。これに対して,国民所得(純生産)と就業者との増加からみた,いわば全国民経済的な労働生産性は四七~四八%向上するが,一人当り消費と労働生産性との相関関係は前述の蓄積と消費とのバランスの変動と表裏をなすものであろう。

以上は投資と消費との配分の関係であるが,投資自体については経済効率の問題がある。これには,投資の生産力効果を大きくすること,投資の生産力化の期間を短縮することの二つの面が考えられる。これについてマルイシェフは,投資の経済効率を決定するに際しては,各経済部門への投資配分の仕方によつて異なつてくる生産国民所得の総量を考慮すべきだといい,また時間の要素の経済的内容が全国民経済にとつて意義をもつているともいう。

七カ年計画におけるもつとも包括的な投資配分を見ると,七カ年の固定投資の先行七カ年に対する増加率で総額が八一~八四%,生産施設が同じく八一~八四%,住宅および公営企業施設が八〇~八三%,教育,文化,保健各施設が七九%となつている。このように,生産部面への投資と住宅などの「非生産的」な外部経済への投資がほぼ同一歩調で増加することは,過去の投資パターンとはかなり違つた投資配分を示しているもののようである。この投資配分は,生産部面への投資がより急速に増大する場合に比べて,いわゆる「全国民経済的な投資効率」は低い。しかしさきにのべたように,蓄積と消費の配分において消費を抑えて蓄積を極大化することが必ずしも「最適」ではないのと同様,生産部面と「非生産」部面とへの投資の配分においても生活水準の引上げを通じて労働生産性の向上を刺激することが企図される。現にマルイシェフ自身,七カ年計画における全蓄積フォンドのうち約二〇%が「将来のための消費資料の蓄積」であるとして生産部面以外への投資の意義を認めているのである。

七カ年計画では一般的な投資政策として,第一に未開発資源を有する地域では石油,ガス,電力などのエネルギー部門と原料生産部門の新企業の建設に振向けること,第二に一連の工業部門,とくに加工工業では総合的な機械化と自動化,広範な設備の更新と近代化のための現在企業の改造,拡張,技術再装備への投資に重点をおくこと,第三に,従来からいわれてきたような,投資の分散を極力避けることなどが謳われている。このような投資パターンには投資効率を低めるような要因が含まれている。さきに見たように,工業に対する七年間の粗投資は過去七年間に比べて二倍になるのに,工業生産増加は過去と将来の七カ年を比べで五〇%しか増大しない(フルシチョフ・テーゼによれば,両七カ年の年平均工業生産増加額はそれぞれ九〇〇億ルーブルと一,三五〇億ルーブル)。工業部門で投資効率が低くなるのは,設備の更新,東部地域の新建設,新規産業への多額の投資など,当面生産力効果の現われないものが上述の投資パターンに含まれているからであろう。

このような傾向を緩和するため,極力投資効率を高めることが企図されでいる。生産力効果と時間的要因の二つの面から,とくに注目されるのは火主水従の発電所建設への方向転換であつて,これによつて単位当りの建設費を削減し,かつ建設期間を短縮することに主力がおかれている。

以上を通じて七カ年計画の投資についていえることは,次のような諸点である。

    (イ) 蓄積と消費の配分において,過去のソ連に見られたような,消費を極力圧縮して蓄積率を高め,これによつて経済成長のテンボをできる限り速めようとする政策はとられておらず,一人当り消費の増大によつて労働生産性の向上を刺激することがますます重要視されてきている。これは,経済のみならず社会生活全般の高度化からくる帰結であろう。

    (ロ) このように投資を量的に極大化する政策がとられない反面,投資効率を高めることに主カが注がれている。国民経済的な生産力効果を高めるには投資の部門別配分が重要なのではあるが,これも蓄積と消費の配分の場合と同様過去におけるように生産部面への投資を極力増大させるという政策はとられず,非生産部面への投資も重視されている。そして,生産力効果とその時間的要因との面での投資効率を高めるため,七カ年計画の一般投資方針として未開発資源地域における新建設,既存企業の近代化,投資の集中などが謳われている。これらは,いずれも時間的要因を,含めた投資効率を向上させようとするものであることは明らかである。

(c) 労働力と労働生産性,

七カ年計画における経済成長を支える要因のうちで,もつとも問題の多いのは労働力と労働生産性であろう。

七カ年計画によると,雇用(労働者および職員)総数は七年間で約一,二〇〇万人(二一%),年平均一七〇万人余増加することになつており,一九五八年までの七年間の年平均雇用増加一九七万をかなり下回つている。これは第二次大戦開始以来の出生率低下の結果が労働力の増加を鈍らせつつあることを示すものである。以上の雇用数はコルホーズ農民やわずかに存在する産業組合員などを除いたものであるが,これらを含めた全就業人口は七年間に一〇~一%の増加にとどまるものと推定されている。

このように全就業人口が一〇~一一%,労働者職員総数〈工業雇用は発表されていない)が二一%増加するに対して,七年間に国民所得が六二~六五%,工業総生産が八〇%増加する予定であるから,この経済成長を支えるためには労働生産性が大幅に向上しなければならない(この場合ソ連の国民所得はサービスを含まないこと,また「経済の諸問題」 一九五八年一二号でアルズマニャンも指摘しているように,物的生産部面に雇用される労働者の比重が増大することを考慮すると,全就業人口の増加と国民所得の伸びを直接,厳密には対比できない)。事実,工業の場合には増産の四分の三は生産性の向上によるものといわれている。

労働生産性の向上は七年間で工業四〇~五〇%,建設六〇・~六五%,鉄道三四~三七%,農業のうちコルホーズ二倍,ソスホーズ五五六〇%と予定されているが,ここでは工業と農業における労働生産性について検討を加えよう。

まず工業の労働生産性をみると,近年は年六~七%ずつ向上しているので,このすう勢が続げば,七カ年で四〇~五〇%の向上という計画は十分に達成することができる。しかしこの場合考慮に入れなければならないのは,七カ年計画中に労働時間が短縮されることである。すなわち,一九六〇年には労働者職員の七時間労働制(地下作業は六時間)を全面的に実施し,一九六二年には週四〇時間制とし,さらに一九六四年以降週三五時間制(地下三〇時間)に移行することになつている。この週労働時間の約一六%短縮を考慮すると,労働時間職員数は,総労働時間に換算すると一〇%程度の増加にとどまることになる。したがつて工業の場合で,一人一時間当りの労働生産性は約八〇%向上しなければならないといわれる。1これは年平均では八・六%に当つており,最近二,三年の六~七%向上という実績に照して,その達成にはかなり困難を伴うであろう。このように,七カ年計画の工業増産目標を達成するためには,労働生産性がきわめて大幅に向上することが必須条件となるのであつて,前述したような,オートメーション化を含めた近代化投資の重要性が改めて確認されよう。

次に農業における労働生産性をみると,七カ年間にソフホーズでは五五~六〇%,コルホーズでは一〇〇%の向上が予定されている。コルホーズの場合をとると,その労働生産性は最近五カ年間に三六%向上したといわれているので,七カ年計画では約二倍のテンポで向上しなければならないことになる。

農業,とくにコルホーズにおける労働生産性の引上げは,ソ連の経済成長にとつて,いろいろの意味で重大な問題である。現在,コルホーズの就業者はソ連の全就業入口の三〇%を占めているが,従来コルホーズにおける労働生産性の向上が遅々として進まなかつたことは,ソ連の全社会的な労働生産性に否定的な影響を及ぼしていたのである。

さらにコルホーズにおける労働生産性の引上げによつて,コルホーズから他の経済部門へ労働者を送出することは,労働力の確保にとつて必須の条件である。

七カ年計画では農業の労働生産性の大幅な向上が予定されているが,少くとも潜在的にはその可能性はあるとみてよい。それは,現在のソ連の農業労働生産性は国際的にもきわめて低いからである。たとえば,アメリカでは就業人口の約一〇%の農業人口で国内の農産物需要を賄つて余りがあるのに対して,ソ連では農業人口が就業人口の四三%に達している。この場合,ヴァルガ(「世界経済と国際関係」本年第三号所収「労働生産性と七カ年計画」)によれば,ソ連の農業部門へは毎年学生などの都市住民が収穫の援助にいくこと,また逆にコルホーズ内には機械の修理,建物の建設と修理に当る就業者も含まれていることを考慮しなければならないが,ソ連農業の生産性の立遅れは明らかである。このことは第4-21表のデータからもうかがわれる。

このようなソ連農業の生産性の低さは,もちろん自然的,地理的要因によるところもある。アメリカが温帯圏にあつて,山脈地帯と西部高原を除けばほとんど肥沃な土地から成り,降水量も十分であるのに対して,ソ連は領土の大きな部分が寒帯に属しており(そのため農事作業が短い期間に集中される),荒原が多く,またしばしば干ばつに見まわれるというように,さまざまな不利の条件のもとにある。しかしこの自然的,地理的要因のほかにも,歴史的,経済的な要因がある。ヴァルガによれば,それらの要因として革命前の農業生産力発展の低位,戦争,コルホーズの生産計画の過度の中央集権化などがあげられる。

いずれにせよ,ソ連の農業労働生産性が大幅に向上する潜在力をもつていることは間違いない,このことは,単に農業部面に関する問題だけでなく,ソ連の経済成長,とくに労働力の確保にとつてきわめて大きな意義をもつている。さらに技術的には,総合的な機械化,畜産部門の機械化が遅れていることは,農業の労働生産性の低い決定的な要因であろう。ソ連の経済成長に対する一つの隘路といわれる労働力の不足は,以上の点から見ると,潜在的なものであり,農業の労働生産性向上によつて解消されるはずのものなのである。もちろん,七カ年計画期中に農業労働生産性が計画どおり引上げられるかどうかは,別問題である。とくに機械化の遅れた労働集約的な畜産部門に増産努力が注がれるので全体としての農業労働生産性の引上げには多大の困難がともなうものと思われる。