昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第二部 各  論

第三章 苦境に見舞われた東南アジア諸国の経済

第三節 東南アジア諸国と日本

(一) 貿  易

東南アジア諸国は日本にとつて伝統的な輸出市場といわれてきた。そこで,前節でのべたように,これら東南アジア諸国が,第一次商品の輸出不振による輸入余力の減少,および,経済開発計画の遂行による輸入品目構成の変化,すなわち,資本財輸入の増大傾向が強まつてきたことなどの事態に直面して,日本と東南アジア諸国との貿易関係はどのように変化してきているであろうか。

まず,貿易額でみると,日本と東南アジア諸国は,一九五八年には輸出,輸入とも大幅な減少を示した。すなわち,日本からのこれら地域向け輸出は,約六億四,〇〇〇万ドルで,前年の約七億四〇〇〇万ドルに比べると一三%も縮小している。一方,輸入は約四億二,三〇〇万ドルで,前年の約六億一,六〇〇万ドルに比べると三一%も大幅に減少した(第3-14表参照)。

国別にみてみると,フィリピンに対しては,機械類五四%増,卑金属四六%が増加したが,輸出品のうち大きな部分をしめる綿織物が一七%も減少したために,輸出総額は約八,九五五万ドルで,ほぼ,前年なみにとどまつた。輸入は,木材(六五%増),銅鉱石(五三%増)がふえたが,日本の大幅な在庫削減のための輸入切詰めによつて,麻類(三一%減),鉄鉱石(一八%減)の輸入が大幅に減少したために,約九,九七六万ドルと前年に比べて一二%も大幅に低下した。とくに,鉄鉱石に対する日本の買付の減少は,日本を主要な輸出先の一つとするフィリピンの鉄鉱業に大きな打撃となつた。パキスタンに対しては,非鉄金属製品,機械類,車両等の輸出もあつた上に,鉄鋼製品の輸出が二倍以上も激増したために,輸出額は二,二〇〇万ドルと,前年に比べて三二%も増加した。一方,輸入はおもな輸入品目である綿花の輸入が,日本の綿業不振を反映して四三%も削減されたために,約三,四〇〇万ドルと,前年よりも,二八%の減少となつた。このため,日本の対パキスタン貿易は,一九五六年も一九五七年も約三,〇〇〇万ドル以上の入超であつたのが,一九五八年には,入超額は一,二〇〇万ドルと縮小した。マラヤとの貿易は,繊維製品の輸出がのびたが,機械類の輸出が減少(三七%減)したために,約一,三〇〇万ドルで前年水準より八%も低下した。輸入も,食品類が若干,増加したけれども,輸入の大宗である,生ゴム(二五%減),鉄鉱石,くず鉄(四六%減),石油(七七%減),錫(一二%減)等の輸入が大幅に減少したために,一億一,四三八万ドルと,前年に比べて二六%の大幅減少となつた。セイロンは,東南アジア諸国のうち,対日貿易で,輸出,輸入とも増加した唯一の国である。日本の輸入は前年に比べて一五%も増加し,七二五万ドルとなつた。輸出額は,三,四六〇万ドルと前年に比べて四○%も激増してやる。日本の輸出品目は繊維製品等の消費財が主である。

インドネシアに対する日本の貿易は,インドネシアの外貨枯渇や,政情不安,日本側の対インドネシア債権のこげつきによる精算取引の停止措置などのために,一九五七年,一九五八年と減少の一途をたどつた。一九五八年の貿易は,輸出額では,繊維品(三四%増),鉄鋼(一八%増)の輸出は前年に比して増加したが,繊維品のうち綿織物(五四%減),機械類(七八%減),非鉄金属類が,大幅に減少して,前年よりも二八%減の四,九一二万ドルとなり,一方,輸入も,石油製品(一一%増)が若干増加したほかは,油用種子(五六%減),。生ゴム(八六%減),鉄鉱石(七六%減)や,砂糖の輸入が激減したために,前年よりも四五%も減少し,三,四二二万ドルとなつた。対インド貿易は,繊維糸(二八%減),鉄鋼(二七%減),車両(四三%減),繊維織物(六三%減)等々,のきなみに激減したために,輸出額は八,四七九万ドルと,前年よりも二五%も下回つた。輸入額も,綿花はほぼ前年なみに輸入されたが,鉄鉱石,くず鉄が三九%と減少したために,前年よりも三〇%減の七,三五〇万ドルにとどまつた。ビルマに対しては,鉄鋼は若干の輸出増をみたが,繊維製品(七六%減),機械類(七八%減),鉄道車両(八〇%減)等が大幅に減少し,輸出額は四,六四〇万ドルで,前年よりも三九%も減少した。一方,輸入は米をはじめとして,とうもろこし,油用種子,綿花などの輸入が激減したために,前年よりも五〇%も減少し,わずか一,二二五万ドルとなつた。

しかし,前年が約五,一〇〇万ドルもの出超であつたのに比べると,一九五八年の出超額は約三,四〇〇万ドルで,出超額は若干緩和されている。タイに対する貿易は,化学製品,機械類の輸出が五〇~六〇%も増加したし,綿糸,綿織物がほぼ前年なみを維持したために,鉄道車両類の輸出が大幅(五六%減)に減少をみたにもかかわらず,前年よりも三%増の八,三七八万ドルに達した。一方タイよりの輸入は,米その他穀類の輸入が減少したために,前年水準を三〇%下回る,二,一七三万ドルとなつた。

以上のように,日本の対東南アジア貿易は輸出入とも大幅な減少を示した。一三%余の輸出額の低下は,東南アジア諸国の輸入削減率一四%にほぼ見合う低下率であるが,アメリカの九%減,西ドイツの一一・五%減,イギリスの四%増に比べると減少度は大きい。第3-15表によつて,日本,アメリカと西欧,および,西欧のうち,イギリスと西ドイツについての東南アジア諸国の輸出入額合計にしめる比率の変化をみると,輸出については,アメリカがほぼ横ばいであるが,西欧の進出は増大する傾向にあるのに対して,日本の輸出額の比重はかえつて低下してゆく気配があることが示される。西欧諸国のうち,イギリスも輸出を著増させてはいるが,西ドイツの進出ぶりは目ざましいものがあり,一九五三年当時よりみれば,一九五七年には,比重を倍加し,さらに,一九五八年にも著増を示している。このような西欧,とくに西ドイツの東南アジア市場に対する進出状況を商品別にみてみると,第3-16表に示されるごとく,これら諸国が東南アジア諸国に輸出する・品目のうち,機械類,および化学製品が大幅に増加していることがわかる。日本の機械,および化学製品の輸出も比重を徐々に増加させてはいるが,イギリス,および西ドイツの進出ぶりには及ばない。さらに,イギリス,および西ドイツの両国の東南アジアに対する輸出は,機械類と化学製品でそれぞれ五五%,および七〇%を占めるのに対して,日本のそれは,二四%にすぎない。すなわち,日本の東南アジアに対する輸出品目構成は,繊維製品や,日用消耗品等が主力をなしており,なかんずく,繊維製品は,減少した輸出総額中,さらにその比重を減少させていることになる。すなわち,東南アジア諸国が外貨危機に直面して,よぎなくされた輸入引締政策の主要な対象となつた消費財の輸出が激減したうえに,これら諸国がかなり無理をしても,経済開発のために輸入をつづけた資本財についても,西欧諸国との競争で後退しつつあることが明らかとなろう。さらに,東南アジア諸国に対する日本の消費財輸出については,絶対額ではまだ自給の段階には程遠いとしても,急激な発展率を示しつつあるこれら諸国の消費財産業の成長ぶりからみると,将来にわたつては不利化するであろう。一部諸国については,国内産業保護のための輸入制限策もとられようとしているし,インドの綿織物などはすでに,マラヤ,ビルマ等の市場にかなりの進出をみせている。さらに,最近における中共の東南アジア市場に対する進出ぶりも,その輸出品目が,絹布,陶器,その他,軽工業製品で,その多くが日本の輸出品目と競合するに加えて,価格の低廉であることなどから将来無視しえない競争相手国となりそうである。一九五八年中における中共製品の東南アジア市場に対する進出状況については,完全な数字がないために,くわしくは不明であるが,第3-17表に示される数字によつても,一九五四~五五年頃から一九五七年までにみられたような急速な増加率はやや鈍化したようであるが,なお,かなりの増加率で,東南アジア市場に進出していることは十分にうかがえよう。

(二) 賠償および経済協力

東南アジア諸国の国内産業の漸次的成長にしたがつて,日本の対東南アジア貿易も,より高度な工業製品の輸出において,欧米先進諸国と競争してゆかねばならないことが,もはや当面の要請となつているが,これには工業製品の品質,価格面で十分に,欧米先進諸国の商品と対抗しうるよう,国内の生産力を強化しなければならないことはいうまでもないが,それとともに,東南アジア諸国における欧米先進諸国の経済的地盤,すなわち,過去における多額の投資額や,それから生じる商品に対する伝統的信頼感および戦後,新たないきおいで活発化した商社の活動などに対抗して,資本財輸出の地盤を確保してゆくためには,強力なマーケッテイングに対する努力も不可欠である。このばあい,インドネシア,フィリピン,ビルマ,ベトナムの諸国については賠償,および賠償協定に付帯する経済協力協定が有力な一手段であることは疑いない。ラオス,カシボジア両国については,賠償に代る,経済協力協定が締結されて借款が供与され,日本商品の買付,および役務の支払いにあてられている。これらの他,民間ベースによる合弁事業は直接,資本財が輸出されるのみならず,宣伝的効果も無視できない。さらに,政府による各種の技術センターの設立等も適切な規模でなされればかなりの効果をあげえよう。

日本の対ビルマ賠償協定は,一九五三年一一月に調印され翌年四月に発効した。協定によると,日本はビルマに対し年間七二億円(二,〇〇〇万米ドル)に相当する。日本国内の生産物,および,役務を一〇年間にわたつて支払うことになつている。調達方法は直接方式により,ビルマは賠償使節団を日本に常駐させ,年間の調達品目,金額について,日木政府と協議し,合意が成立し次第に,使節団は日本の業者に入札によつて,発注し,日本政府は調達に必要な金額を使節団に供与することによつて,同金額だけ免責されるという仕組みでなされている。この賠償協定の他に,日本はビルマに対し年間五〇〇万米ドル(一八億円)をもつて共,同事業を設立する経済協力協定が同時に締結されている。賠償協定によるビルマの調達額は一九五八年末までには,発注額では二九六億円,支払額では二五九億円に達している。調達品目は,バルーチャン水力発電所(出力八万四,〇〇〇KW)建設のための役務,機械,資材の調達,鉄道車両,中小プラント,軽機械,耐久消費財等である。経済協力協定による共同事業には,合弁の紡績工業,鉄鉱石,アンチモニーの鉱山の共同開発事業の交渉が進捗しつつある。

フィリピンに対する賠償協定は,一九五六年五月に調印,七月に発効をみているが,ビルマのばあいと同じく直接方式により,最初の一〇年間に毎年二,五〇〇万米ドル,次の一〇年間に毎年三,〇〇〇万ドル,合計五億五,〇〇〇万ドルを支払うことになつている。五億五,〇〇〇万ドルのうち,五億ドルは生産財の調達,五,〇〇〇万ドルは調達に伴う役務に割当てられている。この賠償協定とは別個に二億五,〇〇〇万ドルが,両国民間商社間の長期貸付として取りきめられることになつているが,これは純然たる商業ベースにもとづいたもので,政府は通常借款のばあい以上に立入らない。賠償は一九五五年一二月から調達が始められているが,三三年末までの認証額は二三六億円で,支払済総額は二二一億円(六一四〇万ドル)に達した。調達された品目は,船舶,自動車,鉄道車両,航空機,機械類,鉄鋼,セメント,送電線材料などである。

インドネシアに対する賠償協定は一九五八年四月に発効をみたが,同じく直接調達方式によつている。総額八〇三億八八〇万円を一二年間に支払うもので,初年度(一九五九年四月三一日まで)計画として七二億円を,貨客船一〇隻と,それに必要な役務にふりむけることに両国の同意をみた。さらに,一九五九年一月に,製紙工場,道路建設機械,綿紡機,農業機械,肥料,繊維品,蟻酸工場プランー等,約六三億円を初年度計画に追加することとなつた。賠償協定に伴う,経済開発借款が取極められたが,具体的な取りきめはまだ決定をみていない。

ベトナムに対する賠償は,一九五八年五月に調印されたが,三,九〇〇万ドルを最初の三年間に一,〇〇〇万ドルつつつ,次の二年間に四五〇万ドルずつ,五年間に分けて支払うことになつている。調達は値接方式で,三,七〇〇万ドルをもつてダニム・ダムの建設に,二〇〇万ドルを工業センター設立に使用することになつている。このほか付随協定として七五〇万ドルをダム建設に対する借款として,三年間以内に供与し,経済協力として九一〇万ドルを尿素工業建設のために,一〇年間中に供与することになつている。

東南アジア諸国に対する賠償は上述のように,毎年の支払額もかなりの額に達するので,賠償による調達が,民間ベ―スの貿易を減少させることも懸念されるが,東南アジア諸国の外貨事情からみて,日本の輸出拡大が相当困難視されている現在,賠償によつてでも日本の商品,とくに資本財が少しでも進出してゆくことは,追加的需要を生ぜしめるほか,デモンストレーション効果も大きい事を認識しなければなるまい。

日本の東南アジア諸国に対する経済協力は,政府間の取りきめによるものは,インドのルールケラ鉄鉱山の開発事業提携や,インドネシアにおける国営紡績工場,国営ソーグ工場の建設,フィリピンのマキリナ・ダム建設,および電気通信設備拡張計画に対する借款(返済不能のばあいは賠償引当)をはじめ,コロンボ・プランによる技術者の派遣,研修生の受入れがあり,民間企業によるものには,セイロンにおける,漁業,ガラス瓶製造業,シャツ製造業貿易会社等の合弁企業,マラヤにおける合弁鉱山会社,インドにおける,万年筆,インク製造業,魔法瓶製造業,板ガラス製造業,漁業等の合弁企業,インドネシアのラシー工場建設,フィリピンにおける,銅鉱,鉄鉱山開発会社,ラワン材開発会社,変圧器製造会社に対する融資(フィリピンでは直接投資はみとめていない),タイにおける錫およびタングステン鉱山開発の合弁会社などがあり,ビルマにも紡績,鉄鉱石,アンチモニー合弁事業の商議が進捗しつつある。しかし,これらば数においても,規模においてもまだ微々たるものである。東南アジア諸国では,最近に至つて漸く外資に対する不信感がうすれ,積極的に外資を受入れようとする傾向が強まつてきているが,外資規制が緩和されるにつれて,現地資本との合弁による企業提携という形での経済協力も推進されなければならない。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]