昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第二部 各  論

第二章 西  欧

第五節 通貨交換性の回復と欧州共同市場の発足

(一) 通貨交換性の回復

一九五八~五九年はじめにかげて,イギリス,エール,西ドイツ,フランス,オランダ,ベルギー,ルクセンブルグ,イタリア,スエーデン,デンマーク,ノルウェー,フィンランド,スイス,ポルトガル,オーストリアの一五ヵ国が通貨交換性の回復に踏み切つた(その後本年五月にギリシャがドラクマの交換性を回復した)。ただし通貨交換性の回復といつても,非居住者の経常勘定についてのみの交換性回復であつて,非居住者の資本取引と居住者の経常および資本取引についての交換性は回復されなかつた。したがつて完全な交換性回復ではなく,部分的大交換性回復であり,しかも従来は非居住者の経常・取引について事実上の交換性が存在していたのであるから,事実上の (de fascto)交換性回復から公式の(dejure)交換性回復へ転換しただけだともいえる。

しかしながら,この居住者経常勘定の交換性回復ですら,五〇年代はじめから欧州諸国がアメリカの支持の下に達成せんとして達成できなかつた悲願であつて,それを五八年末から五九年はじめにかけて欧州諸国が一斉に断行しうるにいたつたことは,なんといつても欧州経済の実力充実を反映したものとみなければならない。のみならず,非居住者の経常取引だけの交換性にしろ,それが正式に回復されたことはさらに資本取引や居住者の取引自由化を促がす衝撃として働くであろう。現に本年にはいつてから,西ドイツは資本取引はもとより居住者の取引についても完全自由化を実現しているし,フランスもまた資本取引の部分的自由化を実施した。このほか旅行者外貨持出額の制限緩和ないし撤廃,海外送金制限の緩和など各種の為替自由化措置が各国によつて漸次とられてきている。こうした自由化措置により,西欧諸国は非居住者の経常取引についてはほぼ完全に交換性を回復した(ただしイギリスと西ドイツを除く他の諸国はいずれも若干の双務協定相手国については自由交換性を認めていない)。また非居住者の資本取引についてはスイス,西ドイツ,ベルギー,イタリアのばあいほぼ完全に自由化されている。

いずれにせよ西欧主要諸国による通貨交換性の回復は戦後の世界経済史において一つの時期を画する出来事であり,世界貿易と決済の自由化というブレトン・ウッズ以来の理想への大きな前進といわねばならない。

従来存在していた軟貨圏と硬貨圏の区別が解消されたために,為替自由化は当然貿易の自由化を促進するであろうし,現に貿易面での自由化がかなり進行している。このようにみてくると,通貨交換性の回復は戦後の世界貿易の障害を撤廃することによつて国際貿易を促進し,最も安い地域から輸入して最も高く売れる地域に輸出するという経済合理性の貫徹に役立つであろう。しかしながら反面において,この交換性回復に伴う貿易市場の転換は裸の実カ競争の増大を意味するから,そうでなくても激化してきた世界的な輸出競争をさらに激成させることとなろう。

(二) 交換性回復とヨーロッパ経済

交換性回復がもたらした影響,もしくはもたらすであろう影響をヨーロッパだけにかぎつてみると,まず第一にポンドをはじめ欧州諸通貨に対する信頼の高まりがあげられる。

交換性回復後におけるヨーロッパ諸通貨の動きをみるに,その対ドル・レートは概して強調を持続,とくにポン下の対ドル・レートはしばしば上限たる二・八二ドルに接近し,為替平衡資金がポンドの売操作に出動しなければならぬほどであつた。最近ではむしろドルのほうが相対的に軟貨化したといわれている位である。このような交換性回復後におけるポンドをはじめ主要欧州通貨の強調は,基本的には国際収支の好調を反映したものにほかならないが,それと同時に交換性の回復が欧州通貨に対する信頼を高めた結果であるとみられる。交換性の回復はある意味においてはドルに対するポンドの挑戦であるとも解されるが,これまでのところポンドは少なくともドルに劣らぬ国際的信認をかちえたようである。

(三) EPUの解消とEMAの発足

交換性の回復に伴ない,従来ヨーロッパの多角決済と自動的信用供与の機構として活動し,ヨーロッパ経済の拡大に重要な役割をはたしてきたEPU(欧州支払同盟)が解消されて,EMA(欧州通貨協定)が発効した。これは一九五五年にOEEC諸国が将来欧州主要通貨の交換性が実現したばあいにとるべき措置を規定したものであつて,それがEPUと異なる点は何よりも多角的決済による自動的信用供与の機能をもたない点にある。EPUのばあいには二国間の決済尻がEPUに持ちこまれて多角的に決済されるばかりでなく,多角的決済の結果として生ずる純債務のうち七五%を金またはドルで支払い,残りの二五%については自動的に信用が供与されていた。しかるにEMAの下では,加盟諸国間の取引は原則として全額現金によつて決済されることになつている。したがつて自動的な信用の供与は行われない。一時的に国際収支難に陥つた加盟国に対する信用供与の機構は存在するが(欧州基金),その信用供与は当該国の申請にもとづき,かつ個別審査をへた上で行われ,ときには当該国に対する経済政策上の勧告が行われることになつており,またその期間も二カ年という比較的短期である。したがつてEMAの信用供与は従来のE PUの自動的信用供与のメカニズムにくらべてかなりきびしい条件をもつということができる。またEMAにおいても形式的には多角決済機構が残されているが,実際には殆ど利用されぬであろうとみられている。それはEPUの下では欧州諸通貨は金または米ドルに対してのみならず他の欧州諸通貨に対しても一定の変動幅(為替平価の上下それぞれ四分の三%,合計して一・五%)を定めていたが,EMAの下では金または米ドルに対してだけ任意の変動幅(実際には従来と同じ一・五%)を定めるだけで,欧州諸通貨間には直接的には何ら変動幅を定めない。その結果欧州通貨間の変動幅は各通貨の対ドル変動幅の合計(したがつて実際には三%)となる。このようにEMAの下では欧州通貨間のレート変動幅がEPU時代にくらべて拡大されるところから,もし月末決済をEMAの多角決済機構に持ちこむと,持ちこんだ国にとつて最も不利なレートが適用されることになり,むしろ為替市場で相手国通貨を買入れ5 て決済したほうが有利となる。そこで,EPUのばあいには実際の取引の約半分がEPUの多角決済機構を通じて決済されていたが,EMAの下では特殊なばあいのほかはEMAの多角決済機構に持ちこまれぬであろうとみられている。事実またEMA成立後半歳をへた今日までの経験からみてもEMAの多角決済機構はあまり利用されていないようである。

次にEMAの信用供与機関たる欧州基金であるが,その資金総額は六億ドル,そのうち約三二八百万ドルは加盟国からの新たな拠出により,残りの二七二百万ドルはEPUからの継承資産をもつてあてる。とりあえず一一三百万ドルの運転資金で事業を開始した(各国の出資割合は次のごとくである。イギリス(二六・四%),フランス(一二・八%),西ドイツ(一二・八%),オランダ,(九・一%),ベルギー,ルクセンブルグ(九・一%),スイス(六四%),イタリア(四・六%),ノルウェー(四・六%)デンマーク(四・六%),スエーデン(四゜六%)・オースートラリア(一・五%),ポルトガル(一・五%),トルコ(○・九%),ギリシャ(○・九%),アイスランド(○・五%))。

欧州基金は成立以来現在までトルコに二一・五百万ドル,ギリシャに一五・〇百万ドルの融資(いずれも期限二カ年)を行つたほかは何ら活動していないが,現在OEEC諸国の国際収支はこの両国を除けば概して好調であるので,当分欧州基金の活動の余地はあるまいとみられている。

EPUの解消に伴つて生じるいま一つの問題は各国がEPUに対してもつ債権債務の清算の問題である。第2-66表から明らかなように,各国の対EPU債権総額一三・二億ドルの約九割に相当する一〇・三億ドルが西ドイツの債権であつて,EPU清算の問題は,主として西ドイツ債権の清算の問題に帰着する。(西ドイツはこのほか一九五八年はじめにEPUからフランスに供与された特別借款一五〇百万ドルのうち一〇〇百万ドルを拠出しているので,その清算の問題があるが,これは一九六〇年はじめから一九六一年までに賦払いで返済することになつている)。

西ドイツの対EPU債権一〇・三億ドルのうち一・三億ドルは一月中旬にEPUの資産から現金で返済された。残る八億ドル余は債務諸国と双務的に協定を結んで清算されるわけであるが,最大の対独債務国であるイギリスおよびイタリアとの間には現にEPU時代に賦払返済に関する協定ができていたし,他の諸国にしても三カ年ないしそれ以上の期間に返済すればよいので,EPU解消にともなう債務清算が債務国に大きな負担となることはないとみられている。

EPUの解消とEMAの発足に伴う第二の問題は,前述したようにEPUの自動的・信用供与のメカニズムが失われたことから,将来ヨーロッパ諸国間における国際収支の不均衡がおこつたばあい,それが当該国の外貨準備に直接的に反映してくることであり,したがつて従来よりもきびしい国内引締め政策をとらざるをえないのではないか,という問題である。

たしかにその可能性は存在するが,昨年末の交換性回復にさいしてイギリス,ドイツ,オランダ,ベルギーの中央銀行からフランス銀行に対して一億余ドルのスタンドバイ・クレジットが供与された例からも察せられるように,今日ではヨーロッパ諸国の連帯意識がつよいから中央銀行同士による短期的融資が一時的な国際収支難の克服に利用されるであろうし,前述した欧州基金やさらに最近資力を強化したIMFからの融資も期待される。

しかも欧州において従来最も国際収支の不均衡に苦しんだフランス経済が最近著しく改善され,西欧間の収支不均衡の問題がかなり是正されてきていることから考えると,EPUの自動的信用供与メカニズムの廃止が欧州貿易の円滑な運行をさまたげるようなこともないとみられる。のみならず,共同体諸国は条約の規定にあるように今後は経済政策の調整につとめるであろうし,「他の七カ国」(小自由貿易地域諸国)にしても小自由貿易地域が成立すればある程度まで経済政策調整の方向にすすまざるをえないであろう。また共同体と「他の七カ国」を含めたOEECの枠内においても経済政策の国際的調整に対する要望が高まつているので,前回のブーム期にみられたように一部の国がインフレ街道を独走して重大な国際収支危機をまねくというような事態は,今後は比較的少なくなるのではないかと思われる。

第2-66表 1958年12月27日現在における各国の債権,債務残高

(四) 貿易自由化の進展

交換性回復にともない非ドル地域からの輸入もドルその他の硬貨によつて決済されるから,ドル商品だけを差別的に制限する理由はなくなつたわけで,ドル商品の輸入制限は当然緩和の方向に向うことになる。ただし西欧諸国は為替自由化と貿易自由化とを一応別個に考え,貿易の自由化は漸進的に行う方針をとつているので,通貨交換性の回復後もドル貿易自由化はかなりおくれていたが,最近の情勢でみると各国とも積極的にドル輸入の制限をとりはずしつつあるようだ。本年にはいつてから西ドイツ,フランス,デンマーク,イギリス,オランダ,イタリアなどがドル輸入緩和措置をとつており,とくに五月下旬に行われたイギリスのドル輸入制限緩和はかなり大幅で,昨年八月と九月に化学製品,産業機械,農業機械,事務用機械,新聞用紙,サケ罐詰の輸入を緩和したあとをうけて主として消費財の輸入制限が撤廃ないし緩和された。その結果,ドル商品はおおむねOEEC諸国からの輸入と同じ待遇をうけることになつた。このイギリスのドル輸入制限緩和は昨年九月のモントリオール英連邦会議で予告されていたところであつたが,時期的に一般の予想よりやや早められた理由は,昨年九月の制限緩和がドル輸入の大幅増加をもたらさなか四月間に前年同期比で約四〇%も増加し,その結果対米貿易尻が過去約百年来はじめて出超を記録したからであるとされている。

またイギリスのあとにつづいてオランダがドル輸入自由化をほぼOEEC並みに引上げたし,イタリアも六月中旬にドル地域から紡織機械,工作機械,事務用機械,電気機器,光学機械などの自由化を断行した。

上表に明らかなように西欧諸国のドル輸入自由化はドル不足問題が緩和されはじめた一九五三年頃から漸次実施されてきたが,一九五九年一月一日現在においてもその平均自由化率(一九五三年におけるアメリカおよびカナダからの民間輸入実績を基礎としたもの)は七三%で,OEEC域内における自由化率八九%(おおむね一九四八年の民間輸入実績を基礎としたもの)にくらべてかなりの開きがあつた。国別にみると,スイスとギリシャの殆ど一〇〇%自由化を別とすれば,ベネルックス,ノルウェーが約八七%で高く,それについでは西ドイツ(七七%),イギリス(七三)%などである。ただし本年にはいつてから前述したように西ドイツ,フランス,イギリス,ベネルックスなどの自由化が進められてきたので,現在の自由化率はかなり高い水準にあるものと思われる。

ドル輸入自由化はおそらく今後も漸進的に推進されるであろう。西欧商品の競争力が最近強化され,アメリカ商品の競争力が相対的に弱化した結果,ドル商品に対する恐怖感も薄らぎ,むしろヨーロッパの自信の高まりが感じられる。過去における漸進豹なドル輸入の自由化過程においてもドル商品の氾濫はおこらなかつたし,むしろドル輸入の自由化がヨーロッパ産業の生産性の向上と競争力の強化に役立つたとされている。たとえばドル輸入自由化の影響に関するOEECの調査「欧州のドル貿易自由化」(一九五七年六月)はこの問題について次のように指摘している。

「一部諸国のドル輸入自由化の推進に伴いドル商品の輸入が増加したことはたしかだが,この輸入増加の原因は正確には定めがたい。欧州の好況で需要が旺盛だつたことも一つの原因であつたようだ。いずれにせよドル輸入自由化により自由化された商品の輸入が国内産業に不安を与えるほどに増加したわけではなく,むしろドル輸入の増加は,ヨーロッパの経済拡大を容易ならしめた。貿易のパターンの著しい変化はみられなかつたし,また輸入におこつた若干の調整は主として非ドル地域で供給が限られている商品か非弾力的な商品に関するものであつた。ヨーロッパおよび非ヨーロッパの原料,食糧生産者が打撃をうけた事実もなかつたようである。また工業製品のばあいも(これは主として欧州の生産者に関係がある)これまでのところ特別な問題はおこらなかつたようである。ドル輸入自由化はヨーロッパの輸出品の生産性の向上と競争力の強化に役立つた。競争の増大にもかかわらず重大な困難はおこらなかつたし,ヨーロッパ産業は高度の適応力をもつことを実証した。」また欧州諸国のなかでも特にドル輸入自由化率の高い西ドイツとベネルックス諸国の経験についてロンドン・エコノミスト誌(五八年九月二七日号)は次のような興味ある諸点を指摘している。

I これら諸国のドル輸入が近年増加したことは事実だが,これは輸入制限の撤廃よりもむしろ国内経済拡大のせいであつた。

II 一次商品のばあい,自由化により一部商晶一綿花,採油用種子,果実など一の輸入の非ドル地域からドル地域への転換が行われたが,それも大したものではなかつた。

III 工業製品の輸入自由化による外貨への圧迫ば比較的わずかであつた。

IV 資本財についてば,標準機械の輸入は自由化により必ずしも激増しなかつたが,西ドイツ製品の値段を抑えるのに役立つた。また西ドイツの産業自体も欧州で造られていない各種の機械や装置を自由に人手することができた。

V 一部の化学製品については,アメリカ製品からの競争が激化したが,反面オランダや西ドイツの化学工業はアメリカの中間製品を自由に輸入することで利益をえた。

VI 消費財のばあい,西ドイツは自国の弱い産業である皮革,ミシン,紙,一部繊維品については自由化していないが,自動車その他の耐久消費財についてはほぼ全面的に自由化している。ラジオ,電気洗濯機,冷蔵庫,真空掃除器,乗用車などの諸産業はアメリカ製品からの競争に大した困難を感じなかつた。ベネルックス諸国はその点もつと慎重で,自動車その他耐久消費財については自由化していない。しかしスエーデンは西ドイツと同じく各種の耐久消費財を自由化しており,その経験も西ドイツとほぼ同様である。

VIII 消費財に関するアメリカの競争があまりきびしくない理由の一つは,アメリカの大会社が欧州に子会社を持つているからだろう。たとえばゼネラル・モータースがシボレーを欧州にダンピングすることによりオーペル社(西ドイツにおけるゼネラル・モータースの子会社)を破産させることなどありえないからだ。

VIII ドル輸入自由化がアメリカの対欧投資を減少させるかどうかという問題については,むしろアメリカから部品を自由に輸入できるようになることが,欧州に子会社をもつことを促進するとみられる。欧州の低い労働コスト,欧州内部に拠点をもつことの必要性,運送費の節約,関税障壁の回避などの諸要因は,今後もアメリカ企業の対欧直接投資を促進するとみられる。

IX イギリスの労働コストは西ドイツやオランダよりも高いから,その点アメリカとの競争において両国ほど有利でない面がある。しかしスイスや西ドイツ,ベネルックス諸国が従来ドル輸入を自由化して生産性を高め物価水準を抑えてきたことでその通貨を間接的に強化した点を見のがすべきではない。

このエコノミスト誌の慎重な楽観論は,昨年の九月のモントリオール英連邦会議で発表されたドル輸入の大幅自由化を契機として書かれたものだが,本年五月末のドル輸入自由化に関連してステーティスト誌(五九年六月六日号)も次のようにコメントしている。

「今回のドル輸入制限緩和によつてポンドは米ドルと少なくとも対等の立場に立つたといえよう……多くのアメリカ商品が現在価格上の問題から海外市場への進出に困難を感じていること,イギリスの多くの工業製品を運賃や関税上の不利にもかかわらずアメリカ市場でアメリカ製品より安く売ることが可能であることから考えると,今回の措置により,イギリスの市場にアメリカ製品が氾濫する恐れは殆どないようだ。それよりもドル輸入の自由化により,イギリスの輸入業者はアメリカまたはカナダで相対的に安い商品を買入れることができるので,ドル輸入自由化はむしろポンドの立場をさらに強化するという効果をもたらすであろう。」他方アメリカ側においても最近欧州製品恐るべしとの声が至るところで散見される。たとえばフォード会長ブリーチ氏の欧州視察旅行談はその典型的なものだ(USニュース誌,五九年二月一九日号)。「自動車メーカーとしてのわたしは,ヨーロッパの全域,にわたつて自動車その他耐久消費財のデザイン,製造方法,販売技術の真に驚くべき改善に強い感銘をうけた。今日のヨーロッパは大量生産の利益を強く意識しており,大企業がぞくぞくと発生している。

のみならず西欧諸国は近代的経営技術をとり入れ,設備の近代化のために多額の投資を行つている。カルテルと少量生産,高コストを特徴としたふるいヨーロッパは姿を消した。

従来アメリカは賃金は高くともその巨額の投資,優れた工場,設備,経営技術および大量生産により欧州の低賃金からの競争に打ちかつことができた。

だが今ではわれわれはこれらの利点の大部分を失つた。とくに工業生産ではそうである。ヨーロッパが投資の増加,生産方法と機械の改善,大量生産などの点でアメリカの水準に近づきつつあるかぎり,賃金の格差がわれわれにとつてますます重要となろう。」またUSニュース誌(五九年四月二七日号)は「アメリカは価格割高同のために市場を失いつつあるのか」という論文のなかで,釘,鉄条網,自動車,ミシン,タイプライター,時計,カメラ,ディナー・セット,合板,綿布,毛織物,自動車タイヤ,自動車,トランジスター,ラジオ,タービン発電機などについて外国品とアメリカ品のコストと価格を比較し,アメリカ商品の割高を具体的に指摘し,次のように結んでいる。「諸外国の工業は戦後大いに近代化され,アメリカ式生産方法を学んだ。アメリカの生産費は上昇の一途をたどつてきたが,諸外国の゛生産費はアメリカほどには上昇しなかつた。少なくとも最近ますます多量にアメリカに輸入されている鉄鋼,機械その他の商品についてはそういえる。

そこでこうした競争にさらされたアメリカのメーカーが,破産を免れるためには次の二つの方法しかない。オートメーションをさらに推進してなるだけ人間を使わないようにするか,それとも生産基地を外国に移すかだ。」以上のような諸家の論調から察せられるように,ドル商品輸入の自由化によつて西欧にドル商品が氾濫するおそれもないようであるから,ドル輸入自由化は今後もさらに推進されるものと思われる。

第2-67表 ドル輸入自由化率

第2-68表 OEEC貿易自由化の進展

第2-69表 1958年年末および1959年年央における各国のOEEC自由化率

(五) 欧州共同体の発足

西ドイツ,フランス,イタリア,オランダ,ベルギー,ルクセンブルクの六カ国から成る欧州経済共同体(いわゆる欧州共同市場)は種々な問題を包蔵しながらも予定通り五九年一月一日から発足した。これら六カ国は欧大陸のなかでもその人口,天然資源,工業力ならびに経済の発展力において中核的存在をなしている。この六カ国が域内関税と輸入制限を漸進的にとり払うのみならず,すすんで資本と労働力を相互に融通し合い,農業,交通,社会,経済等の諸分野において共通の政策を実施し,域内低開発地域の開発と共通的利益になる事業に対して共同投資を行い,さらにアフリカの属領を共同体内に包含して共同的開発にあたり,いわゆるユーロアフリカ圏の確立をめざすというのであるから,欧州共同市場の発足がヨーロッパ経済のみならず世界経済に対して深刻な影響を与えることであろうことは当然予想されるところである。現にその影響は意外に急速にあらわれつつあるようだ。それは一方において米,ソに匹敵する一大広域経済圏を造出し,大量生産と国際分業を推進し,資本と労働力の効率的利用を助け,生産性を向上させることでヨーロッパ経済の発展を促進するであろう。欧州経済の発展は域外諸国からの輸入や域外諸国に対する資本輸出を増加させることで世界経済全体に対して繁栄の原動力をもたらすとも考えられる。その点,アメリカやソ連とちがつて欧州の海外原料に対する依存性の高いことに特別な意義が認められよう。しかし他方においては,ヨーロッパ内部で差別的ブロックが形成されることから,戦後培われてきたヨーロッパの政治的経済的協力体制が破壊される危険性を内包するのみならず,ヨーロッパ以外の地域においても自衛的ブロックの形成を促進することで,世界経済のコムパートメント化を助成する恐れがある。

共同市場の結成はその地域内部においてはたしかに自由化の促進ではあるが,他の地域との関係においては差別化の進展にほかならない。世界的規模における自由化が究極の目標であり理想であるとしても,この理想像はすぐには実現しがたいからまず手近かなところから地域的自由化を行うというのが,ローマ条約起草者達のロジックであつた。このロジックにはたしかに人を納得させるものがある。しかし現実の事態としては地域的自由化をもつて閉鎖的ブロックの結成とみなし,それに対抗するために別なブロックが形成されがちである。現にそうした気配が世界的に看取されないでもない。またかりに欧州共同体の成立が世界的なブロック形成を助長しないとしても,共同体の結成自体が外部世界にとつて差別化の拡大を意味するから,共同体諸国を重要な輸出市場とする諸国,とくに他の西欧諸国にとつてはこの差別化の問題が重大な問題となつてくる。共同体を含む全欧州を打つて一丸とする自由貿易地域の成立のためにイギリスはじめ他の西欧諸国が過去二年間努力をつづけてきたのも,そうした差別化を回避せんがためにほかならない。

欧州共同体の発足が外部世界に投ずる渦紋は,単に貿易上の差別化だけにあるのではない。共同体を構成する六カ国はおおむね高度工業国であつて,工業製品の主要な輸出国である。共同体内部における国際分業の推進と生産性の向上により六カ国の輸出競争力は当然強化されるであろうから,共同体以外の工業諸国は第三国市場における輸出競争の激化にさらされることになる。日本の立場からみたばあい,共同体発足の影響としてむしろこの面を重視すべきであろうと思われる。

以上のように欧州共同体の発足は外部世界に対して良い影響を与える面(貿易創造効果)と,悪い影響を与える面(貿易転換効果)の両面をもつている。この両面のいずれが自己を貫徹するかは,(一)共同体諸国がどんな政策をとるか,(二)世界経済が拡大傾向にあるか停滞ないし縮小傾向にあるか,(三)第三諸国が共同体発足という新事態に対してどんな適応を示すかで決定されるであろう。

(六) 共同体の規模と成長力

共同市場六カ国の人口は約一五,〇〇〇万人でほぼアメリカに匹敵する。

国民総生産は公定為替レートで換算するとアメリカの約三五%程度であるが,公定レートは欧州の物価の相対的な低さを十分に反映していないので,その点を考慮してOEECの専門家が算出した購買力平価にもとづいて計算すると,大体においてアメリカの四割程度となるようである。ヨーロッパ内部についてみると,共同市場の六カ国の国民総生産はOEEC一七カ国の約六割を占め,イギリスの二・五倍に達する。

経済規模はこのようにアメリカの四割程度だが,アメリカと違つて共同体六カ国は貿易依存度が高いので(たとえばガットの研究によると,商品生産額に対する商品輸入額の比率を一九五三~五五年間の平均でみたばあいアメリカ九%に対して六カ国は二五%であつた),貿易額ではむしろアメリカをしのいでいる。

共同体六カ国の輸入額(一九五七年)はアメリカの約二倍,イギリスの約二・五倍である。輸出額ではほぼアメリカと同じであり,イギリスの二倍余に達する。ただし六カ国の貿易は他の西欧諸国と同じように域内貿易が高い比重を占めているが(約三割),それを除いた域外輸入額をみても五七年において約一五〇億ドルに達しており,アメリカの輸入額より二割近く多く,イギリスの輸入額を五割ほど上回つている。さらに後進諸国からの輸入額をみると,前述したガットの研究によれば,一九五三~五五年間において一次生産諸国の輸出額の約二三%が六カ国向けであつた。この比重は他の西欧諸国合計の比重またはアメリカの比重と殆ど変らない。

輸入市場としての規模が現在すでにこのように大きいばかりでなく,経済の発展力からみても共同体六カ国は典型的な成長市場である。戦後西欧の経済成長率は概してアメリカよりも高いが,その西欧のなかでも共同体を構成する六カ国は特別に高い成長率を示している。次表から明らかなように一九五三~五七年間における実質国民総生産の成長率はイギリス一二%,アメリカ一〇%,OEEC一七カ国二一%に対して共同体七カ国の成長率は二六%に達している。この成長率の較差は鉱工業生産についてみたばあいもつと大きく,アメリカ七%,イギリス一六%,OEE C平均三一%に対して,共同体六カ国の平均は四〇%という高率であつた。共同体諸国のなかでは西ドイツの成長率がとび抜けて高いが,フランスとイタリアも西欧の平均以上の成長率をみせており,ベネルックス三国にしても決して低い成長率ではない。

このような高い経済成長率を反映して共同体六カ国の輸入額も同期間に六四%も増加した。アメリカの二〇%増,イギリスの二二%増にくらべるといかに急速な拡大であるかがうかがわれる。

こうした共同市場六カ国の高い成長率の原動力となつたものは固定投資とくに生産的な設備投資の大幅な増加であつた。上表にみるように五三~五七年間に共同体六カ国の生産的投資は四八%増加しており,他の西欧諸国や北米のそれをはるかに上回つている。投資の増大は所得を増やすことで国内市場を拡大すると同時に輸出競争力を強化する。共同体諸国の個人消費は総額においても一人あたりでみても他の西欧諸国や北米諸国より早いテンポで伸びているのである。輸出の伸張率も著しも高い。

第2-70表 共同体の経済力

第2-71表 共同体の生産と輸入の成長率

第2-72表 共同体の投資,消費および輸出の増加率

(七) 共同体発足後における動き

まず共同体自体の動きをみると,本年一月から予定どおり域内関税が一〇%引下げられ,従来の双務的な輸入割当がグローバル割当計に切換えられると同時に二〇%引上げられた。また輸入割当が国内生産の三%に達していない商品については三%までの割当が認められた(いわゆる三%条項)。それと同時に関税の引下げと輸入割当の増額が域外諸国についてもある程度まで認められた。すなわちガット加盟国に対して関税が一〇%引下げられた(ただし一九五七年一月一日現在における加盟六カ国の算術平均,すなわち将来設定さるべき共通関税率を下回る税率については引下げられない)。また六カ国以外のOEEC加盟諸国に対しても輸入割当の二〇%増額が認められた(ただし三%条項は適用されない)。この関税引下げと輸入割当増額のほか,共同体機関である欧州投資銀行や海外領土開発基金も既にその活動を開始し出した模様である。すなわち欧州投資銀行は去る三月に,イタリアの開発計画(亜炭採掘用の発電所建設と油田開発計画)およびルクセンブルグの水力発電計画に対して総額約二四百万ドルの融資を決定した。また海外領土開発基金は四月にベルギー領コンゴ,ルアンダ・ルルンデイの開発計画三件に対する約三五〇万ドルの融資,六月にはトーゴにおける病院,学校の建設に対する融資を決定した。この開発基金に対する融資申請は三月末現在で既に二〇二件,総額一六七百万ドルに達している。その後イ領ソマリ―に対する融資を含めて七月央までに総額七九四万ドルの融資が決定された。

さらに共同体条約にもとづいた農産物長期買付契約の第一号が独仏間に成立した(三月)。

こうした共同体機関または政府レヴェルにおける活動と並んで,民間経済界においても共同体の発足に伴い,もしくはそれに刺激されて各種の注目すべき現象があらわれている。それを大ざつぱに分類すると次の三つに分けられよう。(一)域内民間企業の国際的合同や企業提携の進捗,(二)域内における資本交流の活発化,(三)アメリカ企業の進出。

(八) 企業合同と提携の進展

共同市場の成立に伴い,六カ国内部における産業間の国際的な協力ないし提携が顕著となつてきた。

この種の協力ないし提携はこれを二つに大別することができる。第一は,業者団体間の協力であつて,六カ国の電力,運輸,ゴム,綿業,薬品などの業者団体が連合体ないし連絡委員会を組織して,技術や情報の交換,市場調査などの活動を行いつつある。最近発表さ本た欧州委員会の資料によると,現在までにこの種の国際的団体が約六〇設立されている。興味あるのはフランスの産業界がこの種の国際協力に積極的なことであつて,前記八〇の団休のうち三九がパリに本拠をもつており,共同体諸機関の所在地たるブラッセルには一七,その他は主としてオランダに所在している(西ドイツには三)。

民間産業レヴェルにおける第二の国際的協力は個別企業間における提携である。これは主として技術協力,生産分野協定,共同販売協定などを内容とするものであり,航空輸送,自動車,電機,電子管,化学,食品などの分野において盛んに進行している。前記資料によると,共同体の発足を主要な動機として締結されてこの種の協定は現在まで約七〇件,関係会社数は約二〇〇社に達しているという,その最も著名な例は,ルノー社(フランス)とアルファロメオ社(イタリア)との相互的生産・販売協定や共同市場四カ国の民間航空輸送会社から成るプール組織「エア・ユニオン」の結成であろう(五月末),これにはエア・フランス(フランス),サベナ(ベルギー),ルフトハンザ(西ドイツ),アリタリア(イタリア)の四社が参加し,六〇年四月から国際線サービスを開始する。参加四社はその設備,業務施設をプールし,所属機を提供する。ただし国内線と植民地向け航路は各社が従来どおり別個にサービスする。売上げ収入は共同基金に払い込まれ,エア・フランス三四%,ルフトハンザ三〇%,アリタリア二六%,サベナ一〇%の比率で支払われる。

(九) アメリカ企業の進出

共同体内部における企業再編成の動きのほか,イギリスその他の欧州諸国やアメリカおよびカナダからの共同体に対する企業進出(子会社の新設,既存会社の株式取得による支配,特許契約等)が顕著となつてきた。とくにアメリカ資本の進出がめざましい。前記資料によると,アメリカを含めて第三国からの企業進出数は既に一二三社に達し,その約八割がアメリカ企業である。そのなかには,デュポン,モンサント,ユニオン・カーバイト,ゼネラル・工レクトリック,ウェスチングハウス,グッドイヤータイヤ,ファイアストーン,クライスラー,USラバー,パーク・デービスなど化学,電機,ゴム,自動車,薬品等の各界を代表する巨大会社が含まれ,これらが共同市場に新工場を設立,または既存会社の拡張,あるいは現地会社との提携に乗り出している。進出先をみると,ベルギー(四二社),フランス(二五社),オランダ(二四社),西ドイツ(二七社)となつている。

アメリカの対欧投資は一九五〇年代にはいつて西欧の政治,経済情勢の安定化に伴い急速に増加してきており,その意味では従来の傾向の継続であるが,共同体の発足に伴う経済成長加速化への期待がさらにこの傾向に拍車をかけつつあるようだ。いまアメリカ企業の対欧直接投資の内訳を一九五七年末現在についてみると第2-73,2-74表のごとくで,対欧投資総額三九・九億ドルの約半分にあたる一九億ドルがイギリス向けであり,共同体向けは一五・五億ドルでイギリス向けよりやや少ない。しかし一九五〇年から一九五七年までの増加率をみると,イギリス向けが一二四%増であつたのに対して,共同市場向けは一四六%増であつて,共同市場向け投資の伸びの方がやや大きい。従来はイギリス向け投資は,それが欧州ならびに英連邦向け輸出の拠点となるという意味で大陸諸国向け投資よりも魅力があるとされていたのだが,共同市場が成立すればイギリスは欧大陸向け輸出の拠点とならなくなるし,英連邦も輸出市場として必ずしも成長市場でないから,アメリカ資本がイギリスを素通りして共同市場へ向う傾向が当然生じてくる。元来アメリカ企業の西欧進出は,(二)西欧経済の購買力の大きさや成長性に注目し,関税障壁を乗り越えるという動機と,(二)西欧の低賃金に目をつけて,西欧の安い労働力とアメリカの豊富な資本とを結びつけ,第三国市場やアメリカ自身への輸出をはかるという二つの動機から出発している。共同市場は購買力の点でも成長性の点でもイギリスよりすぐれているし,また共同市場の進捗に伴つて関税と輸入制限の両面でアメリカに対する差別が拡大する)。ただし輸入制限の方はドル輸入制限が次第に緩和されてきているので,ドル商品なるが故の差別化は将来次第に少くなつてくるだろう)。労働コストの面でも共同市場諸国の方がイギリスより安い。このようにみてくると,アメリカの対欧投資の重点は今後イギリスから共同市場諸国へ移ることが予想され,現にそうした傾向が既にみられるようである。

アメリカの某専門家の計算によると,一九五五年におけるアメリカの対共同市場向け輸出額二一億ドルのうち,四〇%にあたる石炭,鉄鋼スクラップ,銅選鉱,綿花などは共同体の共通対外関税の影響をうけないが,二七%に相当する農産物と三二%に相当する工業製品の輸出は相当な打撃をうけるであろうとしている。とくに工業製品輸出の半分以上は,現在関税率が低く将来共通の対外関税が設定された場合に引上げられるとみられる西ドイツとベネルックス諸国向けであるので,産業機械,電気機器,工作機械化学製品などは困難になるとみている。

*アメリカ国会図書館国際経済主任H.S.Piquetの論文”The Impact of Euromart on United States Trade Export Trade September1,1958.

ビジネス・ウィーク誌(五九年三月二八日号)によると,西欧の賃金水準はアメリカの四分の一ないし三分の一程度であり,設備費もアメリカより一割ないし二割安いとされている。西欧の技術も最近では近代化投資の推進によりアメリカに劣らぬ水準まで進んでいるといわれるから,アメリカ資本も自国内で製造するよりは西欧に工場を建ててそこで製造した商品を西欧,第三国市場あるいはアメリカ自身に輸出した方が有利となつてくる。アメリカ企業が近年商品輸出よりも企業進出に力を入れているのも,その意味では当然だといえよう。商務省の推定によると,アメリカの直接投資によつて海外で生産された商品や製品の売上高は一九五八年に約三〇〇億ドルに達したとされ,同年におけるアメリカの商品輸出一七〇億ドルの二倍近くとなる。アメリカ本国の親会社からの輸出よりも海外子会社の売上高の方が大きい一例としてモンサント化学会社の例をとるならば (ビジネス・ウィーク誌五九年三月二八日号による),モンサント社の海外進出は五三年頃から盛んとなり,その後五カ年間に同社の輸出と海外子会社の販売高の合計は六四百万ドルから一四〇百万ドルへと二倍以上となり,同社の総売上高の二〇%を占めるにいたつたが,五八年の実績で親会社の輸出額が四〇百万ドルであつたのに対して,海外子会社の売上高は一〇〇百万ドルであつた。

商品輸出よりも海外直接投資へというこの傾向は,ある意味では一つの新しい国際分業の発展ともみられるし,また利潤極大化を至上命令とする私企業の立場からみて当然の傾向だともいえよう。しかし国家全体の立場からみると並々ならぬ問題をはらんでいるようである。それはアメリカの雇用と国際収支に対して影響を与えないだろうか。海外投資による利潤の送金が国際収支にプラスになるにしても,海外利潤の約半分は現地で再投資されているし,また何よりもアメリカの商品輸出が阻害されるだろう。その典型的な例は自動車工業であつて,アメリカの自動車工業は海外企業進出の点で先駆的産業であつたが,欧州における子会社の売上げが増加した反面,アメリカからの自動車輸出は一九二〇年代以降減少傾向にあり,戦後は四〇年代の末にまずイギリスにリードを奪われ,最近では独・英・仏の後塵を拝して第四位にある。

アメリカ自身にとつて企業の海外進出がこのような複雑な問題を投げかけるにしても,それを受入れる諸国からみれば,アメリカ企業の進出はむしろ雇用の増大,新しい知識や技術の吸収を通じて経済発展を助長するものとして歓迎されている。とくにオランダは以前から外資を優遇する政策をとつているし,イタリアも外資導入に力をいれている。西ドイツやフランスにしても資本輸入に関する制限を一切撤廃している。問題は外国資本に対する民族主義的反感や現地企業との摩擦であるが,最近イギリスの一部でアメリカ資本の進出に対する懸念がおこつていると伝えられている程度で,その他諸国では目下のところそうした問題もおこつていないようである。

第2-75表 アメリカの対欧直接投資の利潤

(一〇) 資本の国際的交流

ローマ条約の規定によれば,六カ国内の資本移動に関する制限措置は第一段階の末(一九六一年末)までに撤廃することになつているが,五八年末の非居住者経常勘定の交換性回復が刺激となつて西ドイツは本年五月一日以来資本取引の完全自由化を実施,フランスもまた一月下旬に非居住者の資本取引を大幅に自由化した。イタリアやベネルックスは特別な資本取引の自由化措置をとつていないが,この四カ国は従来から資本取引について寛大な取扱いをしてきたので,為替面からする資本取引制限の撤廃は事実上ローマ条約の規定よりも非常に早く実現されたとみることができる。

このような為替管理措置の緩和のほか,欧州通貨に対する信頼の高まり,低金利政策の推進による金利格差の縮小,外貨準備の増大と貯蓄性向の高まりによる金融機関の流動性の増大などの諸要因が働いた結果,本年にはいつてから共同市場を中心として内外資本の交流が著しく活発化してきた。これにはフランス経済の体質改善や,西ドイツの資本輸出促進策も有力な原因となつている。

資本交流の形態としては,(一)株式取引所における外国証券の上場と,(二)国際的投資信託の設定がある。まず前者についてみると,フランクフルトの株式取引所にオランダのフィリップス社,ユニレバー社の株式が上場され,パリの株式取引所では西ドイツのバイエル,マネスマン,BAS,ヘキスト,ラインシュタール,ジーメンスなどの株式が上場されはじめた。近くイタリアのフィアット社,モンテカチニ社の株式がフランクフルトで上場される模様である。

これらの株式は現在すでに活発に場外取引されている。

このほか共同市場の株式を主たる投資対象とする国際的な投資信託が各地に設立され,大衆資本の動員に重要な役割を果しはじめた。西ドイツでは,“Eurapal”“Industria”“Intervest”,“Oppenheimer”Fundなどが設立された。このほか六カ国の銀行団から成るEurunionがルクセンブルグに設立されている。またイギリスではNew European and General Investment Trustが最近は設立された。

こうした欧州における国際的な株式投資の盛行と並んで゛,アメリカでも,“Enrofunds”Transatlantic Fundなど欧州の株式投資を目的とする投資信託が設立されたばかりでなく,去る四月には八〇名の証券専門家から成る現地調査団がヨーロッパ各地を歴訪しており,西欧とくに共同市場の株式に対するアメリカの関心の高まりを示している。これは一つにはアメリカの株式の利回りが低いために有利な西欧の株式に投資しようとする短期的な利潤動機にもとづいているが,もつと長期的には西欧とくに共同市場の成長性が高く評価されているせいであろう。

(一一) 自由貿易地域案をめぐる諸問題

マーシャル・プラン以来OEECを通じてヨーロッパ経済の密接な協力体制が樹立され,それがヨーロッパの経済発展に大きな役割を果してきたわけだが,共同市場の発足はこの全欧的な協力体制に対して複雑な問題を投げかける。西欧諸国が従来通りの協力関係を持続していくためには,共同体六カ国と他のOEEC加盟一一カ国との間に何らかの協力体制が打ち立てられなければならない。イギリスはこの目的のために共同体六カ国を含む全欧州的自由貿易地域案を主唱し,過去二カ年にわたつて共同体側と交渉がつづけられた。共同体諸国側においてもフランスを除いておおむね自由貿易地域案に賛成の態度をとつていたが,フランスが最後まで強硬に反対したため,ついに昨年末に一応御破産の形となり,自由貿易地域が成立しないままに共同市場が予定通り発足した。前述したように共同市場側は関税の一〇%引下げと輸入割当の二〇%引上げをOEEC諸国にも認めたので,差別化の程度はかなり緩和されたけれども,三%条項のような重要な差別化が残つている。三%条項がたとえばイギリスの自動車輸出に対してどんな影響を与えるかというと,イタリアのばあい英国に対する自動車輸入割当は従来の七五万ポンドから二〇%増の九〇万ポンドとなるが,独仏に対する輸入割当は三%条項の適用により従来の一一五万ポンドから二五〇万ポンドへと二倍以上になる。またフランスの場合,英国車の輸入割当は従来の一・六千台から二千台程度へ増加するだけであるのに対して,他の共同体諸国からの自動車輸入割当は従来の八千台から二二千台へと大幅に増加する。

このような差別化による共同体向け輸出の阻害ばかりでなく,自由貿易地域に対する見通し難から企業の長期的な計画が立たぬこと,またアメリカ資本がイギリスを素通りして共同体諸国へ向う傾向がみえることなどから,次第にあせりを感じてきたイギリス政府はスエーデン政府の提唱に応じて新たに「小型自由貿易地域」の結成にのり出した。本年三月以来何回かにわたつて交渉がすすめられ,最近ようやく一応の成案を得たようである。目下の案では「小型自由貿易地域」はイギリス,スイス,スエーデン,デンマーグ,ノルウェー,オーストリア,ポルトガルの七カ国によつて構成され,来年七月一日に工業製品について第一回の関税引下げ(二〇%)を実施し,その後全部で一〇カ年間に関税と数量的輸入制限を撤廃する予定になつている。これは自由貿易地域であるから共通の対外関税は設置れさないし,超国家的な機関も設けられない。なお農産物と水産物は特別な取扱いをうける。

このような小自由貿易地域の結成は,その推進者とみられるスエーデン政府やイギリス政府の言明にも明らかなように,共同市場に対抗する第二のブロック形成を目的としたものでなく,むしろ非共同体諸国が団結することで共同体諸国に対する立場を強化し,もつて共同体を含む全欧州的自由貿易地域の実現を促進することにあるようだ。関税引下げに関するタイム・テーブルが共同体のそれと歩調を合せてあるのも,共同体との話し合いを容易にするためのようである。

もともと七カ国の経済力は共同体六カ国にくらべてかなり劣つている。人口は前者が後者の約半分,国民総生産は三分の二,鉱工業生産は約八割程度である。貿易額も八割前後であり,西欧の域内貿易に占める比率においても六カ国の五一%に対して七カ国は三九%であつてかなり開きがある。経済成長率においても共同市場の方が概して高い。のみならず,共同体諸国と小自由貿易地域諸国との貿易関係をみると,小自由貿易地域に属する七カ国にとつて共同市場はたいせつな顧客なのである。第2-77表から明らかなように,七カ国の輸出総額のうち域内輸出が一七%の比重しか占めていないのに対して,共同市場向け輸出は二三%も占めている。とくにオーストリアとスイスのばあいは,共同市場向けが約五〇%ないし四〇%という高い比重を占めているのに対して,小自由貿易地域向けはわずか一〇%ないし一五%程度にすぎない。

今回の小自由貿易地域案に対してオーストリアがあまり乗気でないと伝えられているのも,このような貿易関係から考えて当然であろう。オーストリアにとつては西ドイツが最大の顧客であり,伝統的にドイツとは密接な経済関係がある。

デンマークのばあいは農産物の輸出が問題であつて,第一の輸出先はイギリスであるが,それについで西ドイツ向け輸出が大きいので,これまた共同市場と摩擦をおこす恐れのある小自由貿易地域への参加に対してためらいがあると伝えられている。

他方共同体諸国からみたばあいは,概して小自由貿易地域は輸出市場としてそれほど重要性をもつていない。共同体六カ国の輸出総額に占める域内輸出の比重が:三%であるのに対して,小自由貿易地向け輸出は二二%にすぎない。もつとも国別にみるとかなりの相違があり,フランスやベルギーにとつては輸出市場としての小自由貿易地域は一五%前後の比重しかもつていないが,西ドイツのばあいは二七%も占めており,西ドイツの共同体諸国向け輸出額とほぼ同じである。スエ―デン,スイス,オートリア,イギリスなどは西ドイツの輸出先として一〇位以内にある重要な市場である。したがつて小自由貿易地域の結成はこれら諸国に対する西ドイツの自動車,機械,電機,化学などの輸出にある程度打撃をあたえる恐れがある。

小型自由貿易地域案が果して実現するか否かは今後の推移にまつほかないが,かりに実現したとしても,それがもつ意義や影響は主として共同休六カ国がそれに対してどのような反応を示すかに左右されよう。もし共同体諸国が七カ国の動きをもつて共同体に対する挑戦とみなし,それに対して対抗措置をとるようなことになれば,欧州が二つの相対立する経済ブロックに分裂するという不幸な事態が招来されることになる。またもし七カ国側が究極の目標としているように,小自由貿易地域の結成が共同体諸国をして全欧州的な自由貿易地域案を受入れる契機となつたとしたら,欧州の経済的,政治的分裂も回避されようし,ひいては共同体の閉鎖的側面が弱められるかもしれない。目下のところ共同体諸国の反応は明らかでないが,最も問題となるフランスの態度が必ずしも小自由貿易地域案に対して敵対的でないと伝えられているから,二つのブロックの対立抗争という事態は回避されるかもしれない。フランスは前述したように小自由貿易地域を構成する諸国に対してあまり深い貿易関係をもつていないし,それに共同市場と自国の経済に対する自信をつよめてきたようだ。

第2-76表 共同市場6カ国と小自由貿易地域7カ国との経済力の比較

(参考) 欧州経済共同依の機構

一,理事会(閣僚会議)

加盟国政府代表(閣僚)六名によつて構成され,最高の決定機関である。

二,欧州委員会

九名から成り,企画,立案および執行機関であつて,理事会を補佐する。

三,欧州議会

国民代表一四二名から成り,監督機関である(ユーラトムおよび炭鉄共同体と共通)。

四,経済社会評議会

経済,社会各部門の代表者一〇一名から構成され,諮問機関である(ユーラトムと共通)。

五,司法裁判所

(ユーラトムと炭鉄共同体と共通)

六,通貨評議会

主として各国の中央銀行および大蔵省代表より成り,通貨,金融問題の検討にあたり,経済政策調整に関する意見を提出する。

七,欧州投資銀行

資本金一〇億ドル(独,仏各三億ドル,イタリア二・四億ドル,ベネルクス一・六億ドル)欧州内後進地域の開発計画および一国のみでは困難な近代化,産業再編成,その他共同的事業へ融資。

八,欧州社会基金

予算は毎年決定,職業再教育や労働力移転および企業転換による一時的失業に対して資金的に援助。

九,海外領土開発基金

期間 五カ年

資金 五・八億万ドル(独,仏各二億ドル,ベネルクス 一・四億ドル イタリア○・四億ドル)このう五一一百万ドルはフランス属領に対して使用される。


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