昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第二部 各  論

第一章 景気回復に転じたアメリカ経済

第一節 一九五八年のアメリカ経済動向

一九五七~五八年のアメリカ経済は戦後第三回目の景気後退を経験した。

一九五七年初めから横這い状態を続けていた経済活動は,同年九月以降,本格的下降に転じ,前二回の経験である一九四八~四九年,一九五三~五四年当時の速度以上に後退し,五八年四月まで続いた。この八カ月間に鉱工業生産は一三%,雇用(農業を除く)は二五〇万人減少した。だが,年末までに喪失の大部分を回復し,いわゆるV字型回復を示した。

その後,一九五九年へかけて回復は続き,三月の鉱工業生産は後退前の水準を上回り,六月には過去のピークである五七年二月の水準を六%こえた。従つて,五七年九月から五八年四月にかけて収縮したアメリカ経済は,五九年第1・四半期末までには名実共に景気後退による収縮分を取りかえして,景気回復段階は終了したといえよう。

ところで,この急峻な景気後退は,どのような特徴をもち,またどのような影響をアメリカのみならず世界の経済に与えたのであろうか。それはすでに総論において明らかにしたところであるが,以下ではやや詳しく検討してみたい。

(一) 一九五七~五八年景気後退の要因

一九五七~五八年の景気後退をよび起した要因は種々あるが,その原因の第一は過剰設備である。

(1) 過剰設備

第1-1図 個人自動車購入支出

一九五五年のブーム時でさえ全面的には利用できかねた生産能力は,五六年中にも引続き増大した。ブームの初期段階に着手された多くの投資計画が完成した結果でもあるが,その反面では需要や生産の伸びが設備増加の速度に及ばなかつた。これを具体的な数字でみると,生産能力は一九五五年から五六年末までの間に四%増加し,五七年中に,さらに五・六%増加したが,生産の増加がこれに伴わず,五七年二月のピークでも五五年平均の一〇五%にすぎなかつた。また,製造企業平均で,簿価固定資産は五五年第2・西半期~五七年第2・四半期の間に二〇%もふえたのに対し,営業収益は増加せず,在庫が蓄積されて企業の流動性は低下した。

(2) 金利の騰貴

公定歩合は,五六年央以降,三%と高い水準にあり,これを反映して市中金利も騰貴したので,設備資金の調達が困難になつた。工場設備調達価格が製品価格を大幅に上回る騰貴を示したこともこの傾向に拍車をかけた。企業の設備投資意欲は,五七年初めから阻害されていたが,八月末の公定歩合再引上げによつて需要がさらに引締められたので,第4・四半期には決定的減少に変つた。

第1-2図 国民経済計算による国際取引と連邦政府購入

(3) 個人消費の減少

個人消費,特に耐久財消費の減少も景気後退の大きな原因であつた。五四~五五年景気回復を支えた要因だつた個人の耐久財消費は,すでに五六年初めからその増勢を失つていた。耐久財消費減少の主因は,五七年における自動車購入がかなり好調だつたことの反動として,五八年の購入金額が前年の二〇%減となつて全体の個人消費支出減少の五分の四を占めたことにある。

(4) 国防発注の減少

もう一つの要因は国防発注の減少である。五六年七月に明らかにされたラドフォード構想は,陸海空定員の削減,航空機よりもミサイルの増強を重視した。これが五七年に実施に移されて,五七年第3・四半期における国防省の調達契約は前年同期から七六億ドル(年率)減少して,一〇六億ドルとなつた。このため国防資材関係物資の在庫削減は五七年九月から五八年四月までの間に約七億ドル(実額)にのぼり,その間の全事業在庫削減の五分の一を占め,生産と在庫の両面から景気後退の要因となつた。特に,関連産業への波及効果の大きい航空機発注が減少したので,経済的波及効果の少い研究開発支出が増加しても,全般的な経済刺激効果は大幅に低下した。

(5) 商品輸出の減少

商品輸出は,五六年秋のスエズ危機を契機として五七年第1・四半期まで異常に増加した。とくに,西欧の対米輸入需要の増大は国内需要の頭打ちを支えてきた。しかし,事件が落着くとともに輸出が停滞的となり,五七年第2,第3・四半期へかけて横這いしたのち,第4・四半期には決定的減少に変つた。だが,これは先に掲げた四要因に比べれば,さほど大きな景気後退要因ではなかつた。

これらの要因が重なつて最終需要が減退し,最終需要の減退は大幅な在庫整理をよび起した。

(二) 一九五八~五九年景気回復の要因

景気後退の最大の要因は,事業固定投資の減少であつたが,景気回復の要因は,個人所得の回復と,政府施策による刺激に負うところが大きく,これに在庫削減速度の緩慢化が加わつた。

(1) 政府の役割増大

景気回復の要因としてはまず政府の役割をあげなければならない。もともと,アメリカには反循環的なビルト・イン・スタビライザー(自動安定装置)とよばれる制度的な仕組みがあつて,税込所得の減るほど可処分所得をへらさない累進所得税制度や失業保険給付,あるいは農産物価格支持制度が可処分所得に下支えになつただけでなく,回復段階でも大きな役割を果している。

だが,政府はこのような安定装置だけに依存しないで積極的に景気対策を推進した。まず,国民経済計算でみると,各級政府の物資とサービス購入は五七年第4・四半期の七四八億ドル(年率)から五八年第4・四半期までに六〇億ドル(八%)増大しているが,その背後では次のような政策がとられている。第一は五七年第4・四半期に減つた軍需発注の増大である。まず,五八年二月にミサイル研究・開発費,防空体制強化費の費用として一四億一,〇〇〇万ドルの支出を議会に認めさせた。しかし,これでは関連産業に及ぼす波及効果も乏しいので,五八年四月,さらに戦略爆撃機,ミサイル,潜水艦の調達費として一四億五,五〇〇万ドルの支出を追加した。このような方法によつて五八年上半期中の重兵器発注は急速に増加し,この期間中の耐久財生産者受注高の一五%を占めるに至つた。またもし下請業者や発注をうけた耐久財生産者の資材および部品購入を合わせれば,かなり大きな影響を及ぼしたとみられる。このため五八年初めまで生産を縮少していた軍需生産はやがで安定から回復に変つた。

第二の景気対策は五八年四月に緊急住宅対策費として一〇億ドルを追加し,四~九月の住宅建築を大幅に刺激し,その後の自力による民間住宅建築増加の道を開いた措置である。また,連邦および州の道路計画支出が大幅に増加されたことも忘れられない。

第三は,公務員給与の引上げである。五八年七月に,過去に遡及して増俸分を支払つたため,同月の支払額は前月よりも五六億ドル(年率)増大し,それ以後の月においても公務員給与支払額は前年同月を約三〇億ドル(年率)上回るに至つた。老令・遺族・廃疾年金給付額の引上げ,失業手当支給期間の延長のような措置もまた,回復の起動力となつた。

(2) 金融緩和

五七年一〇月に始まる金融緩和政策は,後退の段階では下降の幅を小さくしたが,回復の段階でも四月に第四回目の公定歩合引下げを行い,同じ月に第三回目の支払準備率引下げを断行して民間資金を増大した。一方,五八年一月には株式証拠金を従来の七〇%から五〇%に引下げて,長期資本市場を刺激した。以上の措置によつて,住宅資金,企業資金の調達が容易となり,需要を増大させた。

(3) 個人所得の増大

すでにのべた振替所得,年金支払,公務員給与の増大のほか,賃上げによる民間産業給与支払の増加,豊作による農業所得の増大も加わつて,五八年二月に底をついた個人所得は,その後,順調に回復過程をたどり,五八年末には,この間の物価騰貴を考慮に入れても低落前の水準に回復した。

個人所得の回復をいま少し詳しく分析すると,第1-1表に示したように公務員の給与所得と振替所得の増加で,五八年第1・四半期1第3・四半期の個入所得増加分の三分の二近くを占めた。また農業所得は同じ期間に五%ふえたが,これらは,そのほとんどが財政に依存する所得項目であるから,個人所得復活初期の段階においては如何に財政の果した役割が大きかつたが諒解されよう。このような人為的措置によつて,しばらく個人所得を浮揚させている間に,景気回復が本格化して民間経済部門の個人所得が本格的回復に転じた。個人所得の復活に伴つて個人消費支出も回復し,景気回復の大きな要因となつた。個人消費のうち,耐久財消費の減少はサービス支出の増大で穴うめされてなお余りがあつた。

(4) 住宅建築の増大

実際の支出面では,時期的に一四半期遅れて第3・四半期から大幅な増加を示した民間住宅建築支出もまた,景気回復の要因となつた。季節差調整後の住宅建築着工数でみると,回復はすでに五八年三月から始まつている。第1-14図に示したように,五八年一〇月までの建築着工数の増加は,もつぱらFHA(連邦住宅局)とVA(復員軍人局)による保険・保証着工の増加にょるものであつた。これは,頭金が引下げられたほかに住宅融資条件が緩和されて,住宅抵当債に向う民間資金の流れが増加したこと,連邦国民抵当債協会(FNMA)に対する政府出資が増額されたことによる。したがつて,一〇月までの景気回復初期の段階における住宅建築着工の増加は,主として政府の直接的・間接的刺激策によるものであつた。

(5) 在庫削減の緩慢化

新規住宅着工件数は前述のように五八年三月からふえたために,まず建築資材生産者および流通業者の在庫がふえ始めた。その他の部門における在庫の回復はおくれ,五八年第4・四半期にようやく下げどまりとなつた。

五七年第3・四半期から五八年第1・四半期へかけて時価で年率一〇四億ドルも減少した在庫投資は事業売上げの回復に伴い,五八年第2・四半期以降ようやく削減速度を落した。だが,売上げが伸びても在庫の回復が容易に起らなかつたのは業者の在庫政策がきわめて慎重であつたためである。国民総支出に占める金額からみれば五八年第1・四半期のマイナス八二億ドルから第2・四半期のマイナス六五億ドル,第3・四半期のマイナス四二億ドル(いずれも時価)のようにかなり大きな金額に達している。しかし,五八年第2・四半期以降の在庫削減の緩慢化は,総需要の減退を食い止める消極的な意味があつた。

(三) 一九五七~五八年景気循環の特質

五七~五八年景気循環は大要以上のような要因によつて起つたが,その特質をもつと明らかにするためには,戦後三回の景気循環を比較する必要があろう。この比較によつてまず気付かれるのは,

(イ) 今回の景気後退は前二回よりも急速であつたが,回復は短期間で終つたこと。

(ロ) 今回の後退の主要因は投資の減少にあり,前二回のように在庫削減によるものでなかつたこと。

(ハ) 回復段階では,政府の役割が著しく増大した点である。

(1) 国民総生産低下の速度とその低下率

一九四八~四九年の景気後退?期では,ピークから底までの間に実質国民総生産は二・四%減,五三~五四年では三・七%減であつたが,今回はそれをはるかに上回つて五・三%減となり,しかも工業生産の後退期間は,前二回の一二カ月ないし一三カ月に対して今回は八カ月で終つた。つまり,低下の幅は前二回よりも深く,後退の傾斜もより急峻であつた。一方,回復段階では,鉱工業生産指数が後退前のピークに回復するまで,今回は一一カ月を要し,四八~四九年の九カ月よりは長いが,五三~・五四年の一四カ月よりは短い。四半期別の国民総生産からみると,前二回では三四半期を要したのに対して,今回はもう一四半期だけ長かつた。時間的な特続期間だけ比べてみれば,やや長かつたかのような印象をうけるが,国民総生産の低下率がはるかに大きかつた点を考えるならば,回復の速度は必ずしも緩慢でなかつた。

第1-3図 戦後景気後退期における主要経済指標低落率

(2) 景気後退要因の比較

一九四八~四九年景気後退は,主として在庫調整によるものであつた。すなわち,戦時中の延期需要は四八年春頃までに一応充足され,経済の実勢は春以降やや下降に向い始めていた。この実勢が現実化するのを約半年引延したのが,財政によるテコ入れ(個人所得税減税,マーシャル・プラン,国防支出)であつた。しかし,四八年秋には民間需要の停滞と生産性の上昇によつて尨大な在庫が累増し,景気局面は四八年第4・四半期央を最後のピークとして,同四半期末から在庫調整を中心とする大幅か景気後退が始まつた。国民総生産低落の寄与率からみても,在庫整理による低落は前記期間の国民総生産の低落額を四三%も上回り,第1-4図に示すように事業在庫の減少率も戦後循環の内ではもつとも大幅であつた。そのうえに生産過剰にもとづく工場設備投資を中心とする事業固定投資の減少が加わつた。

一九五三~五四年景気後退もまた在庫削減から始まつたが本質的には民間耐久財購入減と連邦財政支出減-特に財政支出減-であつた。朝鮮動乱終結によつて,連邦政府の物資とサービスの調達額は後退前のピークであつた五三年第2・四半期の年率五八九億ドルから後退の底である五四年第2・四半期の四七一億ドルへと一一八億ドル減少し,第4・四半期までに,さらに西○億ドル減少した。これを反映して,各級政府購入全体でも同じ期間に八九億ドル減少し,この間の国民総生産減少の七二%を占めた。このため,在庫は五八億ドル減少して,景気後退の幅を大きくしたが,特に五三年第2・四半期から五三年第4・四半期までは,年率七六億ドルもの在庫投資の変動があつた。

今回の下降原因は前二回の在庫削減とは違つて,固定投資の減少によるものであつた。この点については,前項「一九五七~五八年の景気後退の要因」においてふれたから,ここでは省略する。ところで在庫過剰あるいは過剰設備をよびおこした遠因を考えてみると,四八~四九年においては戦後需要の一服,五三~五四年においては朝鮮動乱終結による国防需要の減少という特殊要因が数えられるのに反して,今回ば五五年のブームに続く過剰投資の反動でむしろ循環的な要因によるといえよう。

(3) 回復要因の比較

四九~五〇年景気回復の最大の要因は,個人の可処分所得が総産出の増加額以上にふえて,個人の消費支出を急速に復活させたことであつた。すなわち,振替支払,個人所得税の減税,配当水準の維持,個人貯蓄の大幅な低下(四八年第4・四半期の一三二億ドルから四九年第2・四半期の九一億ドルヘ下り,回復段階ではさらに低下して,四九年第4・四半期には五三憶ドルに落ちた)によつて,消費支出が堅調を取り戻した。

五三~五四年の景気後退では消費支出は五三年第4・四半期に微減したあと,増勢に転じ,金融緩和によつて住宅建築も五四年央には大幅にふえはじめた。連邦政府購入は減つたが,州・地方政府購入が増大したので,連邦支出の減少をかなり相殺し,さらに輸出の堅調が回復を助けた。とくに注目されるのは四八~四九年の後退のように個人所得が減少せず,むしろ横這いを続けたことである。しかも法人税減税による株主配当の維持,五四年初めにおける連邦所得税減税の実施によつて,可処分所得が増加し,個人貯蓄率の減少もまた四八~四九年同様,消費支出の増加に寄与した。

今回の景気回復段階では政府の役割が増大したことは前節にものべたが,ここでは,とくに前回の場合と比較検討したい。

国民所得計算からみて,財政収支尻の変化は経済に刺激効果と収縮効果を及ぼすものであるが,五三~五四年の景気後退中に四四半期平均で赤字は個人所得の三%になつたが,後退前から赤字だつたので後退前のピークの四半期より一%高いだけであつた。つまり後退期間中はそれだけ赤字によつて所得を刺激した。これは,五三~五四年には朝鮮動乱終結による防衛支出が大幅に減少したからである。五七~五八年の景気後退期間中はピーク時の黒字から赤字に変つたため,その差は二・五%にもなつた。だから五三~五四年には個人所得の減税,超過利潤税の廃止などの措置がとられたが,財政から所得を増す効果は五七~五八年のほうが大きかつた。

また回復過程下の三四半期でみると,前回は後退期間中よりも所得増大効果が減つているのに対し,今回は逆に増加している。だから今回の回復には明らかに財政部門の刺激が前回以上に需要を増したといえる。

財政を通じる経済刺激効果は政府消費金額からも比較できる。五三~五四年の下降期間中の政府消費はピークから底までに一〇一億ドル減つたが今回は逆に一八億ドルふえ,回復過程でも前回は減つたのに今回はふえている。五七年第3・四半期から五八年第1・四半期までに政府消費の増大,振替支払,個人税収の減少による消費増加分の合計額は年率四七億ドルに達し,同じ期間の投資減少分五一億ドルを大部分相殺した。

以上は後退段階において下降を食い止めた財政の役割であるが,回復段階でも強力な役割をはたした。五八年第1・四半期から同年第4・四半期までに総需要は一三〇億(年率)ふえたが,このうち五〇億ドルは政府消費の増大,一〇億ドルはビルト・イン・スタビライザーの一次効果であつた。

だから今回の景気後退においては政府部門が下降を食い止める上に大きな役割をしたし,回復段階でも前回以上に消費を促進した。やや長期的にみると,経済活動に対して各級政府財政(連邦・州・地方政府)の果す役割は,何回かの景気変動を契機として趨勢的に少しずつ増大しつつある(第1-3表参照)。大幅に膨脹した費目は,連邦政府の軍事費,労働厚生費,農業費,商業および住宅費,州・地方政府の教育費,公共事業費,労働厚生費である。戦後の国際緊張の持続を反映して引続き大規模な軍事支出が行われ,他方では,福祉主義の滲透によつて福祉増進のための支出と,産業助成的支出(主要国家安全保障費支出の一部も含む)が増加傾向にあるからである。このように国民総生産に占める政府の役割が増大したこと自体がすでに大きな安定要因をなしており,この点が二〇年代の自由放任経済とは違つた点である。

かくして,政府はより高い経済成長達成のために従来よりも積極的に民間経済活動に関与しつつあるようである。

第1-5図 戦後循環における耐久財支出動向

第1-2表 最近二回の景気変動期における政府消費と財政運用の一次的影響

第1-4表 連邦政府主要支出費目の動向

(四) 一九五八年における景気後退と回復の過程

以上の諸項では,景気循環の諸要因を分析したが景気後退の幅,回復の実情についてはあまりふれなかつたので,これを次にのべることにする。一九五七年九月以降,本格的に下降に転じたアメリカ経済は,一九五八年四月まで下降を続けた。しかしながら主要経済指標は四月を底として急速に回復し,年末までに一九五七~五八年低落の大半を回復した。しかしその間,人口が年率一・七%の割合で増加しているので,人口増加を考慮に入れると,一九五八年末の経済規模は,まだ低落前の水準をかなり下回つていた。

(1) 国民総生産

国民総生産は景気後退前のピークたる五七年第3・四半期の季節差調整済み年率四,四五六億ドルから後退の底である一九五八年第1・四半期の四,二七一億ドルヘ大幅に減少したのち着実に回復し,第4・四半期には四,五三〇億ドルと前のピークを突破した(第1-6図参照)。しかし,不変価格では,なお後退前のピークを○・三%を下回つていた。しかし,回復は五九年にも継続して,第1・四半期には四,六七〇億ドルとなり,前期よりも一四〇億ドル増加し,不変価格でも五七年第3・四半期をニ-二%上回つた。この間の人口増加を加味すると一人当り総生産は大体後退前と等しい水準になるから五九年第1・四半期までに景気回復段階は終了したといえよう。

いま,国民総生産の変動に対して,その構成要素がどれだけ寄与したかを示す「国民総生産変動に対する寄与率」を戦後三回の景気変動期について比較すると次のようになる。

(a) 後退期

五七年第3・四半期から五八年第1・四半期にかけての後退期には,前二回よりもより広範な構成要素で減少した。住宅を除く固定投資の減少は国民総生産減少の四分の一を占め,個人消費支出も戦後の景気後退期としては初めての減少を示し,国民総生産の低落に二九%も寄与した。これは,耐久財支出がピークから一〇%も減少して,全体の低落に一九%も寄与したことが大きい。輸出剰余は,前二回では西欧景気の堅調を反映して二二%,一五%とそれぞれ国民総生産の低落を阻止する要因として働いたが,今回は逆に低落要因として一五%も寄与した。もつとも大幅に変動する在庫は,四八~四九年には事業在庫の削減が国民総生産低落額を四三%も上回つたが,今回は非農業で低落の四二%,農業でマイナス一%,合計で四一%を占め,前二回よりも相対酌に小さい役割しか果さなかつた。財政については,今回は四八~四九年同様有力な阻止要因となつたが,五三~五四年には,国民総生産低落に七二%も寄与した。

かくして,今回は,前二回よりもより広範な要因によつて国民総生産が低落したが,特に事業固定投資,個人消費支出,および輸出剰余の果した役割が相対的に大きかつた。

第1-5表 国民総生産低落の寄与率

第1-7図 個人耐久財消費支出

(b) 回復期

今回の回復期にみられた特徴は,政府購入が大幅にふえた反面,事業固定投資が製造業の工場設備投資を中心とし・て不振を続けたことである。すなわち,今回は政府購入が国民総生産回復に一九%も寄与したが,前二回は阻止要因であつた。逆に,事業固定投資は一%の阻止要因であつたが,前二回は六~七%も回復に寄与した。また,個人消費支出が回復に寄与した割合も前二回よりは若干小さく,輸出剰余もより大幅に阻止要因として働いた。

以上によつて,今回の回復には政府購入の果した役割が極めて大きく評価される。

第1-6表 国民総生産回復の寄与率

第1-8図 戦後の工場設備投資低下率

(c) 要素別分析

次に国民総支出を構成要素別に検討して,今回の景気循環の過程を明らかにしよう。

i) 個人消費

個人消費は国民所得がおちてもかなり安定している。このことは前二回の景気後退と同様に今回も立証されたところである。つまり不況弾力性があるのだが,その原因はむしろ近代経済社会の特質ともいえる次の三要因による。

(イ) 国民総生産がへれば,国民経済計算に占める利潤の割合は減少するが,法人は過去の蓄積をけずつて,配当の維持に努めるので,配当支払はほぼ後退前の水準を維持する。

(ロ) 所得税制度が可処分所得を税込所得の減少ほどに減らさない。

(ハ) 賃金は減るよりむしろ増加し,失業給付金が消費を下支えする。

ところが回復期に向うと,この傾向は逆になる。例えば景気後退開始前の五七年第3・四半期の個人消費は国民総生産の六四・七%であつたが,後退期には六七・〇%(五八年第1~2・四半期)にふえ,回復期では本格的回復が始まつた五八年第4・四半期に六五・三%に下り,さらに五九年第1・四半期には六四・五%に下つて,後退前の水準に回復した。

個人消費の内訳では,今回は耐久財から非耐久財とサービスヘ支出が移行する傾向が顕著に現われた。この傾向は趨勢としては,かなり前からあつたが,前二回の回復期には一時的に耐久財支出が激増して個人消費回復に大きな役割を果した。しかるに今回は,耐久財支出が一〇%以上減少し,本格的回復は五八年第4・四半期までみられなかつたが,サービス支出は景気後退中も増大し,その後も引続き伸び続けて耐久財消費の不調と好対照をなしている。

ii) 国内民間総投資

次に,国内艮間の総投資構成要素である在庫変動,生産者耐久設備,新規建設を分析しよう。

まず在庫であるが,これは事業売上げが減り出すと,ある期間をおいて減り始め,在庫・売上げ比率が正常な比率に達するまで下るものだが,一九五七年一~七月もこの原則の例外でなかつた。製造業および商業段階の月別事業売上げ高は停滞したが,在庫投資はややふえた。その後事業売上げは五七年八月から減り始めたが,在庫はそれよりも二カ月後の五七年一〇月から減り始めて,売上げが五八年四月以降増加に転じたのちも,引続き在庫整理が続き,五八年一〇月まで継続した。当時の在庫・売上比率は一・五三で,ようやく五七年一月の一・五四にほぼ等しくなつた。五六年の平均では一・五六であつたことからみても,在庫比率が正常化するまでに二二カ月を要したといえる。

前述のように五七年一~七月に売上げが横這いないし若干減少したにもかかわらず,在庫が七億ドルも蓄積されており,しかも,その前の一年間にもかなりの在庫蓄積があつたため,五七年一〇月以降最初はゆるやかに,やがては急速な削減が起り,これが後退の幅を大きくした。また,回復過程における在庫削減の終了は一般産業活動の回復よりも大分おくれており,現在でも在庫比率はまだかなり低い水準にあるから,一九五九年中は蓄積速度が緩慢化したとしてもなお在庫はふえ,事業活動を促進する一つの契機となろう。

一九五七年中,建設投資は引続き増大したが五五年,五六年に過大であつた在庫投資および生産者耐久設備投資が五七年下期に反動的に減少したので,この三者を合わせた国内民間総固定投資は前年よりも減少し,五八年にはさらに大幅に減少した。生産者耐久財投資は五八年第4・四半期にようやくふえ始めたが,この伸び方はきわめて緩やかである。五八年中に投資が不振を続けた理由は過剰設備の圧力もあるが,いま一つは企業が固定投資よくも,体質改善をはかつたためである。つまり在庫を含めて総投資に回せる内部資金は三三五億ドルあり,減額償却と内部留保の合計額だけでも五八年中の総投資を上回るほどあつた。しかも企業は新規に証券発行による一〇〇億ドルの資金を調達して,まずこれらの長期性資金で短期債務(未納の租税,買掛金,銀行借入金)を処理し,ついで現金,政府証券のような流動性資産をふやした。

iii) 政府消費

政府消費の増加が今回の景気後退の幅を小さくし,回復を促進する要因になつたことはすではのべたとおりである。五七年中頃から,国防政策の転換に伴い国防発注がへり始め,五七年第4・四半期には安全保障関係の購入が減減少して連邦支出をいく分引下げたが,ミサイルその他の開発費が増額されたので全体としての政府購入は五八年中増加し最終需要の拡大に大幅に寄与した。非国防部門の物資とサービスの購入は五八年第1・四半期から五九年第1・四半期までに年率で二五億ドルふえたが,その大きな部分が農産物価格支持支出であつた。同じ期間に国防関係の購入は年率二一億ドル以上増加した。また州・地方政府の購入も今までの趨勢に従つて,五八年第1・四期の年率三八六億ドルから五九年第1・四半期の四二三億ドルへと着実にふえた。これは連邦政府の援助によつて教育,道路その他施設の建設支出が大幅に増加したためである。以上の動きの中で特に注目されるのは国防発注の動きである。

具体的数字でみれば五七年下半期には年率一二〇億ドルに下つて当時進行中の景気後退を早める結果になつたが,五八年上期にはふたたび二二〇億ドルに増加して事業計画や在庫政策に好影響をもたらした。国防発注が五八年初めに増額されると在庫削減は四月に終り,全事業在庫削減速度の緩慢化に大きく貢献した。

(2) 個人所得

(a) 後退期における個入所得減少に対する抵抗要因

一九五七~五八年景気後退は個人所得を不変価格でピークから底までの間に二・四%減少させた。これは国民総生産の減少率五・三%にくらべれば小幅であるが,四八~四九年の一・一%,五三~五四年の○・七%(いずれも不変価格による四半期別データ)に比べればかなり大きかつた。しかし,時価では一%にすぎなかつた。この程度の減少は,当初の予想よりも,時価でも,また不変価格でもかなり小幅であつた。

戦前の景気後退期には,普通,投資活勧の減退につれて個人所得が大幅に減少するのが常であつた。しかし,戦後には国民総生産の減少率に比較して,個人所得の減少率は極めて緩慢化した。特に五七~五八年景気後退についてそうなつた理由としては,次の三つがあげられる。

第一は,生産活動の低落に比して労働者の所得が相対的に少ししか減少しなかつたことである。五七~五八年には国民生産の減少一〇〇に対し,個人所得は三六しか落ちなかつた。これに対し二九~三〇年には六七の低下であつた。これは雇用情勢の変化が生産活動の変化に対しかなり敏感でなくなつたためである。さらに,時間当り賃銀が景気後退中にもかかわらず騰貴をつづけたことも一つの原因である。しかし,この要因は他方において物価を騰貴させるという若干のマイナスの要因にもなつた。

もう一つの個人所得下支えの要因は農家所得の増加である。五八年第1・四半期の農家純所得は五七年を年率で一〇%上回り,第2・四半期にはさらに六%増加した。しかし,この要因もまた,物価を騰貴させ,一面では若干のマイナスとなつた。

第二は振替所得の増加である。失業保険の給付は,失業者の所得水準維持にかなり貢献した。その他,民間の失業補償支払や各種の公私の社会保障もそれぞれ個人所得の減少を阻止する役割を果した。これら振替支払は五七年第3・四半期から五八年第1・四半期までの間に年率で二六億ドル増加し,第3・四半期までにさらに二六億ドル増加した。

第三は,個人所得税負担の軽減である。税負担の減少は,五七年第3・四半期から五八年第1・四半期の間に年率で八億ドルに達した。連邦個人税だけについては,同期間に年率で一一億ドルが軽減され,累進課税制度が個人所得の減少を阻止するのにかなり役立つことが実証された。全体の税負担の軽減が連邦税負担の軽減より軽かつたのは,この間に州・地方税が増税されたためである。

こうして,振替支払と個人税負担の軽減によつて,五七年第3・四半期~五八年第1・四半期における民間賃金俸給所得減少の四五%以上を相殺した。

第1-7表 景気後退期における所得と消費の変化

(b) 個人所得源泉の変動

個人所得源泉の変動を三回にわたる後退と回復の過程について比較すると注目すべき特徴がみられる。第1-9図に示したように,五七~五八年の景気後退と景気回復初期の段階においては,振替所得と農家所得の増加が特に大きな役割を占めた。振替所得は前二回の景気後退期においても,かなり大きな個人所得下支えの要因となつたが今回ほど大きくはかつた。また,農家所得については四八~四九年には個人所得減少の最大の要因であつたし,五三~五四年にも五四年第2・四半期には大幅に減少した。

公務員の給与所得が五八年第2・四半期と第3・四半期に大幅に増加して,個人所得の回復を加速化するのに貢献したが,これも前二回の景気回復期とは異なる現象であつた。

他方,五七~五八年には個人の税負担額の減少が,個人可処分所得を維持するために前二回ほど大きな貢献をしなかつた。今回は単に税法に従つて,所得の減少に応じて適用される課税率が自然的に引下げられる以上には出なかつた。

最後に,製造業雇用者の給与所得が五七~五八年には,ピークから年率で六五億ドルも減少したのは注目される。

これは,絶対額で前の二回を上回るだけでなく,今回は景気後退期に物価騰貴があつたので,彼らの実質所得はそれ以上減少したことになる。

(3) 事業活動

五五年のブームに続いて固定投資が増大した反面,売上げはさほどのびず過剰投資の圧力が加重されたので,五七年初めすでに工場・設備投資計画が縮小され,他方,五七年のスエズ事件で五七年第1・四半期に急増した輸出が第2・四半期に減少し,耐久財消費ものび悩んだので,五七年八月の公定歩合引上を転機として一般事業活動が収縮した。

このため五六年末以降,横這を続けていた鉱工業生産は九月以降,本格的下降に転じ,事業在庫もまた削減に変つた。他方,生産の減退に先立つて減少を続けていた事業売上げもその減少速度を早めた。

(a) 鉱工業生産

季節差調整済み鉱工業生産指数は,五七年二月に四七~四九年基準の一四六に達したのち,上半期中横這いを続け,八月の一四五を最後のピークとして下降に転じた。五八年四月の底では一二六となり,五七年八月のピークから一三・一%(五七年二月からは一三・七%)低下した。

低落はどの部門が中心であつたか,後退要因との関係はどうか。第1-8表にみるように,低落は耐久財産業,特に一次金属,自動車等の諸産業が中心であつた。一次金属の生産は三七%,自動車の生産は三四%,機械もまた二〇%低下して,鉱工業生産全体の低下率を大幅に上回つた。これは,今回の景気後退が過剰設備の出現にもとづく投資の減少と個人の耐久消費財支出の減少,国防発注の減少等を主要因として起つたことを反映する。事業売上げの減少もこれらの製品が特に大幅であつたし,第1-10図に示すように在庫削減の速度もまた,この部門において急速であつた。

五八年四月に一二六に落ちた季節差調整済鉱工業生産指数は,その後,順調に回復し,年末には一四二と低落の八〇%を回復した。しかし,ピークから二〇%の低落をみせた耐久財産業では,年末までにその三分の二を回復したにすぎなかつた。内でも,一次金属と自動車工業の回復はかなり遅れた。これは,国産金属の割高と自動車需要の伸び悩みによる。

しかしこれら産業も五九年に入ると鉄鋼ストの予想や自動車売上の好転によつて急速に回復し,五八年四月に能力の四八%の水準にまで下つた鉄鋼操業率は,年末までには七三%に回復したのち,生産能力が増加したにもかかわらず三月以降六月央まで九〇%を越えた。また乗用車の生産は,五八年には平均週産台数八万二千台で,極端に不振だつたが,五九年に入つて,乗用車売上が急速に回復したのと相前後して第2・四半期には週産一三万台に達した。

一方,非耐久財の生産はさほど大巾に減退しなかつたので回復もかなり緩慢であつた。

(b) 売上げ

月間の事業売上は五七年一月に五七九億ドル(季節差調整済み)のピークに達したのち,上半期中停滞をつづけ,七月の五七四億ドルを最後のピークとして八月以降急速に減少し,五八年三月には五一三億ドルに落ちた。その後住宅建築,個人消費等の回復を契機として増加し始め,年末には五七年央の水準に達した。しかしなお,五七年初めに比べると五億ドル少く,この間の物価騰貴を考慮に入れれば,不変価格では二年前の水準を二・八%下回つていた。

五九年に入つて景気回復の最終段階になると,耐久財売上も伸び始め事業売上げはかなり急速に回復し,五九年の最初の四カ月間には,五・四%増加して,四月には六〇〇億ドルを上回つた。

特に,景気変動の影響を強く受けた製造業売上げは,機械や輸送用設備の売上げ減を中心として五七年一月の三〇〇億ドルから五八年三月と四月には二四九億ドルに一七%減少した。年末までに低落額の六二%を回復したものの,まだ五七年一〇月と同じ水準であり,不変価格では五七年初めの水準を一〇・五%下回つていた。内でも耐久財の売上は五八年四月には五七年一月の七七・二%に減少し,その後,緩慢な速度で回復に向い,鉄鋼の保険買いや国産乗用車の売上げが年間五五〇万台以上に回復する等によつて,五九年四月には一五一億ドルに達した。これでようやく後退前の五七年八月の水準に実質的にも回復したが,五七年一月には及ばない。

(c) 在 庫

五六年末以降五七年八月まで鉱工業生産が横這いを続けたのに対し,事業売上げは五七年初めをピークとして減少したので,企業は不本意に在庫を蓄積せざるをえなくなつた。事業在庫は,五七年の最初の八カ月間に二〇億ドル増加した。このため,事業在庫高は五七年一月の一・五四カ月分から,八月には一・六四カ月分に増加して,大幅な過大在庫が生じた。この傾向は五七年一~八月の在庫増の一〇分の九を占めた製造業,特に耐久財産業に著しく,五七年八月の耐久財産業の在庫は売上の二・一八カ月分にも達した。

かくして,事業にとつてはもち支えられない程の過大在庫が生じたので,業者は五七年八月と九月の九一三億ドル(季節差調整済み)をピークとして削減に転じ,五八年一〇月の八四九億ドルまで都合六四億ドルの在庫削減を行つた。特に五八年第1・四半期には年率八二億ドルという急速な在庫削減が行われ,同期の国民総生産の一・九%にも達し,その減少の半分を占めた。非農業在庫は,全体の削減額をさらに上回り,五八年第1・四半期には年率九三億ドルとなり,鉱工業生産の低下に大幅に寄与した。

売上げの増加につれて在庫削減の速度が五八年第2・四半期央以降急速に緩慢化したことは,生産に対して大きな刺激となつた。事業全体としての削減は五八年一〇月に終つたが,製造業ではなお年末まで続いた。

製造業の在庫削減はこの内では,事業在庫削減全体の四分の三以上を占めた。機械や輸送用設備を中心とした耐久財産業の在庫削減が特に顕著だつた。非耐久財産業のうち,繊維では,五七年から緩慢な整理が続いたが,逆に化学では,五八年第2・四半期のごく短期間に集中された。製造段階別では,仕掛品の在庫調整がもつとも大幅で,もつぱら耐久財に集中され,直接,生産を縮小させた。

第1-11図 事業在庫削減率

(d) 受 注

景気動向の有力な先行指標の一つである製造業の新規受注は五六年八月から漸減して,五八年一月には二四一億ドル(季節差調整済み)と前のピークの三分の二の水準にまで下つた。これは,五六年末ないし五七年初めをピークとして投資計画が減少に向つたことを反映する。その後,景気回復に三カ月先行して回復に向い,五八年末には二八四億ドル,五九年四月には三一〇億ドルに達し,完全に前のピークを上回るまで回復した。原因は,主として五八年下半期以降における一次金属と機械受注の回復にあつた。最近の受注増によつて受注残高も五九年二月には久しぶりに前年同期の金額を上回つた。永らく減少をつづけていた工作機械の受注も五八年秋以降緩慢な回復に向つたが,まだピークの半分程度の水準にしか回復していない。

(e) 工場設備投資

今回の景気後退の主要な要因の一つであつた工場設備投資は,五六年第2・四半期以降著増し,五七年第3・四半期には年率三七七・五億ドルの高水準に達した。しかし,その後激減して,五八年第3・四半期には,年率二九六・一億ドルになりピークから二一・六%減少し五五年第4・四半期の水準を下回つた。製造業における低落率は全体の低落率よりも大きかつたばかりでなく,次の四半期まで引続き減少した。かくして,製造業における減少は全体の三分の二以上を占め,他方,商業や公益事業では若干減少しただけであつた(第1-9,10表参照)。このように,五八年中に工場設備投資はほとんど回復せず,五九年第1・四半期でも当初の予想を六億ドルも下回つて緩慢に増加したにすぎなかつた。

去る六月に発表された商務省と証券取引委員会の合同調査によると,第2・四半期の工場設備投資は年率三二三億ドル,前期比一七億ドル増と推定される。

一四半期としては五六年以来最大の増加である。このため,本年上半期の工場設備投資は年率三一五億ドルで,下期にはさらに増加し(三三七億ドル),通年では三月の予測から八億ドル増加して二三六億ドル(前年比七%増)と推定される。三月の予測から増加したのは商業の大幅増加,食糧,繊維,ゴム等の非耐久財産業ならびに鉱業,運輸業,鉄鋼の微増であつて,他方,公益事業,化学,石油,非鉄金属,電気機械,紙,パルプ,輸送設備産業では,三月予想をいく分下回つた。

六月の調査によつて今後,もつとも大幅な増加を予想される業種は運輸,とくに民間航空業である。民間航空では,ジェット機への切替と飛行場等の施設改良に多額の投資が予想され,斜陽産業である鉄道業では,五八年は維持補修費のみを支出し新規投資が低かつた反動として本年一五%の投資増を見込んだためである。

耐久財産業の支出は,前年を一〇%上回るものと推定されるが,五八年の水準が五七年よりも非常に低かつたのでなお元の水準からはかなり低い。相対的に大きくふえるのは,窯業等の比較的景気変動の少ない産業で金属,機械,輸送用設備等の諸工業のふえ方は比較的小幅である。非耐久財産業では,今まで不振だつた石油,石炭使用産業や繊維産業等の増加率が比較的大きい反面,成長産業の化学や紙・パルプの通年の投資支出は停滞ないし減少である。景気後退中にも比較的減少の幅が小さかつたその他産業では,公益事業のうち,ガスは増加するが電力がへるので合計でも減少を予想される。他方,商業,通信,建設業,小売業では増加が期待され,通年では,六%増とみられる。

こうみてくると,景気上昇に大きな役割を果す産業の投資計画は,今なお緩慢な回復しか示していないが,投資意欲の高まつたのは事実であり,一部産業にはすでに能力の増加を必要とするものが現われた。これが景気後退中にも認められた近代化投資と加重されるならば,本年下期から明年へかけて,かなりの設備投資をよび起すのであろう。

(4) 企業経営

五七~五八年景気後退によつて製造業の企業経営は大幅に悪化した。すなわち製造業平均の税込売上げ利益率は五六年第2・四半期のピーク一〇・三%から五八年第1・四半期の六・四%へと三八%低下し,税引でも大幅に減少して五四年の水準をかなり下回つた。また,自己資本利潤率(年率)は五八年第1・四半期には五五年第4・四半期の半分近くにまでに激減し,特に耐久財産業では,ピークから五八%も減少した。他方,五八年第2・四半期の製造業の平均自己資本利潤率は五四年同期を三分の一近く下回る水準に落ちた。固定資産の収益率も五五年に比べれば五〇%以上低落した。

ところで,経営の悪化は,どの規模の産業でより大幅であつただろうか。規模別にみると,大企業よりも小企業の方がより大きな打撃を受けた。資産総額二五万ドル以下という小企業は,もともと季節性その他の影響を大幅に受けているが,景気変動の影響もまた大きく受ける企業である。この種の企業の五八年第1・四半期の税込自己資本利潤率(年率)はわずか一・五%で資産総額一〇億ドル以上の巨大企業は,一五%であつた。五六年第1・四半期の小企業の利閏は巨大企業の三分の二であつたから,景気後退によつていかに小企業が大きな打撃を受けたかが推察される。

また売上高利益率(税込)をみると,二五万ドル以下では,各第1・四半期で五六年の三・三%,五七年の三・一%から五八年には○・三%に激減した。これに対し,巨大企業では,五六年の一五・五%から五八年の一〇・六%に減少したにすぎなかつた。

小企業が景気変動の影響を大きく受けるということは営業収益の動向からも理解できる。零細企業では,五八年第1・四半期の営業収益は前年同期のわずか一〇%であつたが,巨大企業では五五%に止つていた。

他方,固定資産増加の動向をみると,五五年下半期以降の投資ブームによつて製造業全体としての固定資産は大幅に増加したが,これはもつぱら,資産五,〇〇〇万ドル以上の中企業の上の部から大企業にかけての固定資産増加のためであつた。五,〇○○万ドル以上の企業では,五八年第4・四半期の固定資産は五六年第2・四半期の一二五%以上となつたが,五,〇〇〇万ドル以下ではほとんど増加していない。

大企業で固定資産が大幅に増加し中小企業ではほとんど増加しなかつたのだから過剰生産能力の圧力は大企業に強く働いている筈である。それにもかかわらず,景気後退の衝撃が概して中小企業に強く現われた原因とその過程については次のように考えられる。

第1-11表のようにアメリカの製造企業の資産内容は恒常的に,資産規模の大きさによつて大きな相異がある。すなわち小企業では短期債務が相対的に大きく,長期債務は資産一,〇〇〇万ドルまでは漸減しているが,それより大きくなると再び相対的に大きくなり,巨大企業で再び減少している。また,それぞれの債務の内容を詳細に検討すると,著しい相異がみられる。短期債務については,小企業では約束手形および買掛金が極めて大きい割合を占めているが,資産総額がふえるに従つてこの割合は減少し,代つて短期銀行借入と連邦政府からの借入の割合の増大がみられる。長期債務についても,大企業は主として一流社債と銀行融資が主内容であるが,小企業は個人的-長期借入金が主内容である。したがつて,小企業の金利負担は大企業の金利負担は大企業よりも恒常的に大きいと考えられる。

五四~五七年の売上高をとつてみると大企業の方がより大きくのびた。大企業は小企業以上に合理化を進め,相対的にコストが低いし,また独占的企業では管理価格によつて価格に下降抵抗力があるからである。上記の要因は,営業経費の動向にも反映する。すなわち,小企業は,一方では市場競争の激化と,需要動向による価格変動,他方では鉄鋼を中心とする主要製品原料の管理価格に起因する原料高と賃金の趨勢的騰貴によつて売上げの増加にほぼ比例して営業経費も増加した。また,大企業では総資本中に占める自己資本の割合が増加傾向にあるのに対し,逆に小企業では借入資本が増加傾向にあることもその一因であろうし,資金調達コストもかなりの質的相違があろうと思われる。

かくして,数次にわたる景気後退期に小企業が相対的に大きな打撃をうけ,また固定資産の拡大が大企業に集中されていしことからみて,企業間の格差は,景気変動を契機としてますます拡大する。かがも大企業の過剰生産能力の圧力はそのまま大企業自身の経営を悪化させるのではなく,かなりの部分が中小企業に転嫁されて,その経営をより多く悪化させると考えられる。

第1-12図 主要企業経営指標

第1-13図 自己資本利潤率

(5) 建  設

建設支出がほぼ維持されたことが,今回の景気後退の進行を食い止めた原因の一つであつた。季節差調整後の新建設支出総額は五七年中は景気後退中にもかかわらず高水準を維持しながらなお若干増加した。しかし五七年第4・四半期をピークとして五八年第2・四半期へかけて低下したものの政府の下支えがきいて六%の減少に止つた。

月別支出額では五八年五月を底とし,下半期に至つて本格的にふえ始めたのは政府の緊急立法によつて民間住宅建築が復活し,公道建設を中心とする公共事業建設支出が増加したためであつた。

五五年央以降,政府の住宅建築助成機関であるFH A(連邦住宅局)とVA(復員軍人局)の活動が低下したので民間住宅建築(農家を除く)は低下した。しかし,政府は五七年八月にFHAの頭金を引下げ,今回の景気後退に直面してはまず五七年一二月に連邦国民抵当協会(FNMA)の資金を増額,五八年一月にはFHA保証貸付に対する信用条件を緩和,三月にはVAの割引認容率を改善し,さらに4月にはVA保証融資の最低必要頭金を軽減した。だがもつと注目されるのは,政府が景気対策として,五八年四月,FNMAの特別援助計画によつて九月中旬までに一〇億ドルの資金を提供したことであつた。

かくして非農民間住宅着工数は五八年二月を底(支出費では五月が底)として上昇に転じたが,この上昇力となつたのは政府助成機関の保険・保証活動であつた (第1-13図参照)。純民間資金による着工は景気がかなり回復した一一月になつて初めて著増した。長期的にみても,住宅建築活動の変動の大部分はFHA=VAによる保険・保証着工数の変動によつて起つている。この意味からFHA=VAの活動が住宅建築の動向に対して与える影響は極めて大きいといわなければならない。

公共建設についても,連邦政府の州・地方政府に対する建設援助の積極化を中心として支出額が増加した。第1-12表に示すように,信託基金から支出される州・地方政府に対する道路建設援助は激増した。五八年四月に援助立法が発効し,その後六カ月間に連邦政府援助による州・地方政府の道路建設契約は三○億ドルに達し,前年同期を八〇%も上回つた。これにつれて,連邦政府の州・地方政府に対する支出も同期間に一二・五億ドル増加した。かくして,五八年の最初の四カ月に季節差調整後の支出額で若干減少していた公共建設支出は,道路建設を中心として回復に向い,五九年の最初の三カ月間には五八年四月の季節差調整済み支出額一一億八,二〇〇ドルを一四億ドルを上回つた。

(6) 農  業

一九五八年上半期まで農産物価格は騰貴し,その上に下半期には小麦を中心とする異例の豊作があつたため,農業所得は景気後退期にも増加した。もちろんこの大きな原因の一つは連邦政府の農産物価格支持支出が五五~五八年度の平均三五億ドルから五九年度の五四億ドルへと大幅に増加したことにあつた。とにかく,農家所得の増加が景気後退の進行を抑制するかなり大きい要素となつたことは確かである。

農業所得の増加は大幅であつたが,収穫物の増産は,品目によつてその割合が異つていた(第1-14表参照)。例えば小麦は全体で一四億四,九〇〇万ブッシェルの収穫で,不作だつた五七年から五三%増加し平年作を三〇%も上回つた。トウモロコシも三七億八,六〇〇万ブッシエルで五七年を一一%,平年作を二〇%上回つた。他方,綿花は一,一七六万俵と五七年に引続き不振であつた。家畜生産は上半期は一般に不振であつたが,下半期には前年同期に比しかなりの増加に転じた。

農産物の増産は,内外市場の需要が不振であり,価格が国際的に割高であつたために大量の在庫を累積させ,政府の農産物価格支持支出を激増させた。政府のCCC(商品金融公社)に対する新規出資額は,五八年度の九億八,七〇〇万ドルから五九年度には三一億一,八〇〇万ドルと三倍以上にふえたものと推定されているし,五八年収穫の農産物に対する価格支持支出も年末までに二七億ドルに達した。これは前年同期の二倍以上である。これらCCC貸付の三分の二は小麦と綿花である。綿花は五八年に不作であつたにもかかわらず,五八~五九綿花年度中の在庫は五八年の全収穫量にほぼ等しい一,一五〇万俵になつたと推定される。また,五九年四月一日現在,小麦,大麦,トウモロコシ等の農家在庫は平年在庫量を二五~七五%も上回つている。農産物価格支持政策はこのように農家の所得を高目に支えたが,反面価格が割高となつて消費者の負担を高めたばかりでなく,補助金なしには一ブッシェルの小麦,一ポンドの綿花といえども輸出できないようにした。大統領予算教書の示すようにCCCの貸付と商品在庫総額は,五八年六月末には七一億ドルであつたが,五九年六月末には九一億ドルに,六〇年央には一〇〇億ドルに累増し大きな財政負担となるだけでなく,農業技術の発展を阻害するので,六〇年度には土地銀行の休耕地貸付準備の廃止や出資を削減して,農産物価格および農業所得安定費を九億ドル削減する案が提案されている。農業問題は五九年から六〇年にかけての大きな政治問題に発展しそうであるが,農産物価格支持制度の改正は新しい問題のようであつて実は古い問題である。納税者,消費者からみれば支持水準引下げは望ましいが,農業所得の減退が工業製品の購買力減退になるばかりでなく,政治的にも農産諸州では重大問題であるだけに根本的な解決は望みがたい。

第1-13表 農家粗収入

(7) 雇  用

アメリカの生産年令人口は,一九五七年七月~五八年一二月の間は,一二,〇五八万人から一二,二六一万人へと二〇三万人増加した。年間一・一二%の増加である。この間,非農業雇用は季節差を調整して,五,二四六万人から五,〇八四万人へと逆に一六二万人減少した。五七~五八年には農業雇用は減少し,個人業主も若干ふえただけであるから,かなり多数の労働力人口が失業者となるか,または不本意に非労働力人口として労働戦線から脱落したことになる。アメリカの労働研究協会の推定によれば五八年六月には,政府統計から一〇七万人の労働人口が本当の労働人口から脱落していたとのことである。

今回の景気後退は,雇用状態を悪化させた。非農業雇用は,季節差を調整するとピークだつた五七年七月の五,二四六万四千人から五八年四月の五,〇〇五万四千人へと二四一万人(四・六%)減少した。製造業,鉱業および運輸業は非農業雇用者総数の五分の二しか雇用していないにもかかわらず,これらで全体の減少の五分の四を占めた。年末には非農業雇用は五,〇八四万人に回復し,五八年初めの水準に復帰した。

減少が最も大きかつたのは製造業で五六年一二月~五八年四月の間に一〇・八%,耐久財産業では五六年一二月~五八年五月の間に一五・四%も減少した。内でも一次金属工業や輸送設備工業では二〇%を上回つた。非農業雇用全体のピークから底までの減少が四・六%であつたから,これは大きな数字である。また製造業生産労働者は一四・一%も減少したが,景気後退の規模に比べればかならずしもそう大幅ではなかつた。今回の景気後退期までに,企業の生産労働者数は合理化等によつてかなり減少しており,これ以上の生産労働者を減らすことが技術的にむずかしい段階にまできていたからであろう。

雇用の回復が生産活動の回復にかなり遅れるのは景気回復期にみられる通例であるが今回も例外ではなかつた。五八年一一月までに四月から八二万人増加して減少の三分の一を回復したが,その後五八年一一月から五九年三月までの間に生産指数は四%上つたが,雇用は一%しか増加しなかつた。生産活動の回復段階では,景気後退中に達成された生産性の上昇と労働時間の回復によつて,企業は生産活動を高めることができるからである。アメリカの労働研究協会(LaborRessarchAesearch)は雇用の回復が生産の回復に大幅に遅れていることについて,その四分の三は新機械導入のためであり,残りの四分の一が労働時間延長のためであると推定した。このことは第1-15表によつても証明される。すなわち,雇用情勢は五八年末にはまだ五七年年央の水準に戻つていないが,労働時間はかなり改善された。

五九年四月から五月にかけて,景気回復段階も終り,上昇局面に移ると雇用情勢も大幅に改善され,五月央の季節差調整済み失業率は,三月央よりも一%減となつた。しかし,失業期間が二六週間すなわち半年以上という長期失業者は,失業率の減少にもかかわらずかなり存在する。五八年一二月現在で,この種の失業者は七八万人で全体の一九%を占め(第1-16図参照),五九年大1・四半期になつても大して減少しなかつた。

一方,雇用情勢の悪化にもかかわらず,時間当り賃金が騰貴をつづけたことは今回の景気後退における特徴の一つであつた。例えば,製造業生産労働者の時間当り賃金は五七年八月の二・〇七ドルから五八年末には二・一九ドルヘと着実に上昇し実質でも二・八%騰貴した。週当り収入も同期間に八二・八〇ドルから八八・〇四ドルへと六・三%上つた。これはこの間の消費者物価の騰貴率を上回る。かくして,五六年末から低落をつづけてきた週当り実質賃金は五八年四月を底として回復に転じ,五八年六月には五七年八月の水準を上回り,一一月には五六年末の水準をも上回つた。

やや長期的にみると,五三年以降の六年間を通じて時間当り賃金は多くの企業で二〇%ないし三〇%増加したが,産業によつてはかなりの開きがある。第1-17図のように,もつとも大幅に増加したのは一次金属工業で四〇%に達し,逆に繊維産業では一〇%しか増加しなかつた。就業者の実質賃金が趨勢的に騰貴し,景気後退中にもよく維持されたのに対し,失業者の収入は大幅に減少した。五八年には被雇用者の賃金が週当り八〇ドルをかなり上回つたのに対し,週平均失業保険受給額は三〇ドル五〇セントと賃金の三分の一強にすぎなかつた。

第1-15図

第1-17図 産業別時間当り平均賃金の動向

(8) 貿  易

商品輸出の減退は今回の景気後退の幅を深めた要因の一つであつた。すなわち,スエズ危機によつてふくらんでいた西欧からの需要が減退したために,五七年第4・四半期には大幅な輸出減となり,その後五八年第1,第2・四半期へかけてさらに減少,第3・四半期にややもち直したが第4・四半期は五八年中の最低となつて,通年では前年の一六・三%減となつた。金額にすれば実に三二億ドルの減少である。だが五七年第3・四半期から五八年第1・四半期への低下率をみると,通年の低下率よりもはるかに大きく,国民経済計算でみると四〇億ドル減となつた。しかも問題は景気回復を終つた五九年第1・四半期においても商品輸出はなお回復しないのみか,さらに減少したことである。第二節にのべるようにアメリカ商品の割高が災いしたためでもあるが,このような輸出の停滞傾向はなお本年中継続しよう。

一方商品輸出が景気変動期にいかなる影響をうけたか。これを戦後三つの景気変動期について比較してみると,今回は輸出総額が減少しただけでなく,前二回の景気後退期中に増大した非食糧・半成品が逆に大幅に減少し,完成品の輸出は前二回よりも減少の幅を拡大した(第1-16表参照)。原料・半成品の減退はアメリカ国内の生産費が割高なため,国内生産を大幅に縮小したためである。完成品の輸出が減つたものまた国内コストの割高による。しかしここで無視できないのは,前二回の景気後退時とは違つて今回は西欧の景気後退がほぼ同時に現われたためこれら主要減退品目に対する西欧の輸入需要が減つたことである。

一方輸入は景気後退中もさして減少しなかつた。これまで戦後二回の景気後退中には輸入が大幅に減退したものだが(総論中の統計表参照)今回は景気後退前のピークから五八年第2・四半期へかけてわずか一・三%減に止つた。とくにこの動きのなかで注目されるのは景気後退に敏感な商品-とくに原料-の輸入金額は減少したが,不況抵抗力の強い食糧および完成財輸入は逆に増大した点である。

食糧輸入は戦後三回の景気後退を通じてむしろ増大の幅を拡げたが,しかし輸入総額中のしめる比率はむしろ減少しており,しかも国内の偶然的な食肉生産の減退を反映して食肉及び家畜の輸入がふえたことを考えると,将来の景気後退期において食糧輸入の大幅増大が続くとは考えられない。また自動車の輸入は主として西欧の小型車の進出によるもので今秋経済車の大量国産化が実現することを考えると,今後はこのような輸入増加を長期的に期待できないかもしれない。

原料輸入は前回の景気後退期間ほどの速度では低下しなかつた。これはさきにふれたように,海外の原料安から国内生産が割高につくために国内の限界生産を停止して,輸入に切りかえたからである。第1-17表に示すように,五三~五四年の景気後退期には銅,鉛,亜鉛,アルミのような重要非鉄金属の輸入が一七%減少し,国内生産は五%増産であつたのに対し,今回は国内で大幅に減産したので輸入はさほどへらなかつた。アメリカの原料輸入が予期されたほど減退しなかつたことは,その他世界,とくに一次産品国の輸出を恐れられたほど引下げずにすんだ。

一九五八年のアメリカの輸出は前述のように前年から一六・三%減少したが,世界貿易は四・八%しか減少しなかつたので,アメリカの輸出が世界貿易に占める比率は五七年の二〇・七%から五八年の一八・六%に減少した。五八年の世界輸出は五一億ドル減つたが,アメリカは三二億ドル減で,最大の原因はアメリカの輸出減退にあることを示している。これに反し主要工業製品輸出国中,日本,西ドイツは,前年よりもふえており,不振であつたイギリスでも三%弱の減少に止まつた。

世界工業製品輸出総額に占めるアメリカの地位もまた低下した。第1-18表のようにアメリカの比率は五五年,五六年,五七年と増大したのち,五八年には二・二ポイント低下し,五八年下半期では前年同期よりも二・五ポイント低下した。ところが西ドイツ,フランス,オランダ,日本などの比重は五七年から五八年へかけて高くなり,イギリス,ベルギーは低下したが,その幅はアメリカ程ではなかつた。

第1-18図 四半期別商品輸出金額

第1-19図 機械類鉄鋼石油の四半期別輸出動向

第1-20図 アメリカ商品輸出の市場別変化