昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第一部 総  論

第一章 一九五七~五八年における世界経済のうごき

第三節 世界経済の現状と問題点

(一) 欧米経済は回復段階から新たな上昇期へ

これまで述べてきたように世界経済は少くとも大多数の工業諸国に関するかぎり,すでに回復段階をほぼおわつて新たな拡大期を迎えようとしている。それに伴い世界貿易もまた漸次回復してゆくであろう。低開発諸国の経済回復はおくれているが,工業諸国の経済拡大がやがて必然的に低開発諸国にも好影響を与えるものと思われる。しかし工業諸国の景気好転が低開発諸国まで波及するには時間的ずれがあるのと,一次商品が概して供給過剰の状態にあるため,後進諸国の本格的な立直りはまだ先のこととなろう。

いま主要な工業諸国の経済状勢をみるに,まずアメリカでは昨年春以来の急速な回復テンポが最近まで続いているが,本年に入つてからの景気上昇には年央の鉄鋼ストライキを見越した思惑的な在庫蓄積がかなり働いており,その反動で第3・四半期には鉄鋼ストの有無にかかわらず経済活動の一時的な停滞ないし低下が予想されていた。現在鉄銅ストははじまつているが鉄鋼消費産業が十分に在庫を抱えているので,ストが短期間に解決される限りあまり重大な影響もないものとみられている。

現在のアメリカ経済で注目すべき現象の一つは,経済拡大力が次第に政府部門から民間部門に移りつつあることだ。このことは回復の基盤が広範となり堅実化されてきたことを意味する。これまで述べてきたように回復の初期段階においてば,政府部門が制度的,政策的に重要な役割を果した。しかし景気の回復に伴い消費者や企業の所得がふえ,景気の先行に対する信頼感が高まるにつれて,消費者や企業が次第に景気上昇の主役となり,政府部門は傍役にしりぞき,むしろ景気の行きすぎをチェックする立場に変つてきた。たとえば重要な回復要因であつた住宅建築にしても昨年秋頃までは政府保証による着工が多かつたが,昨年暮からはむしろ民間資金による着工が住宅着工数の増大をリ―ドしている。消費者の耐久消費財購入にしても同様であつて,昨年第4・四半期以後は賦払信用をバックとする耐久消費財購入が急増し,これが重要な上昇要因となつている。現在消費者信用は年率五五億ドルの割合で増加しており,前回の耐久消費財ブームの年である一九五五年の水準(六四億ドル増)に迫つている。これに対して企業の投資意欲は在庫投資を別とすればまだそれほど活発でない。これは過剰設備の圧力がまだ残つているせいだが,現在の予想では本年末頃からボツボツ設備投資も表面化するものとみられる。しかし設備投資が本格化するのはいずれにせよ一九六〇年にはいつてからであろう。これに対して政府部囲は既に昨年八月から金融引締政策に転換した。連邦政府の購入額は本年第1・四半期に微減している。連邦財政の赤字額も昨年第2・四半期の季節差調整済み年率一〇〇億ドルから本年第1・四半期の年率一八億ドルへと大幅に減少した。しかし州地方政府の支出がすう勢的に増加傾向にあるから,政府部門全体としてはまだ暫くある程度の拡大要因として働くのであろこうみてくると,アメリカ経済は鉄鋼ストの終了後に再び上昇過程をたどるものと思われる。

ひるがえつて西欧経済をみるに,西ドイツ,イタリア,オーストリアなどは昨年にひきつづき上昇基調を持続,とくに西ドイツは本年春頃から力強い拡大テンポを示している。イギリスも長い停滞のあとやはり春頃から上向きに転じはじめた。オランダも昨年来の回復過程を歩みつづけている。フランスとベルギーは最近景気後退が底をついたようだ。西欧諸川のばあい経済拡大要因となつているのは耐久消費財を中心とする消費景気,住宅建築と公共建設を中心とする建築景気であり,イギリスや西ドイツなどでは輸出の好調も一役買つている。政府支出も増加傾向にある。

しかし民間投資とくに製造工業の設備投資はまだ不振の域を出ていない。たとえばイギリスの製造工業の設備投資は昨年三%減少したあと,本年は一〇%減が予想されており,西ドイツの工業投資もほぼ昨年並みとみられている。スエーデンの工業投資は昨年は投資税の廃止で増加したが,本年は一%減とみられ,オランダの工業投資も昨年並みとされている。このような工業投資の不振は,アメリカの場合と同じく過剰設備の圧力がまだ解消されていないからであろう。

この点は投資計画の内容にも反映しており,西ドイツでは工業設備投資の半ば以上が近代化投資である(アメリカの製造工業でも約三分の二が近代化投資である)。

しかし本年四月に発表されたイギリスの新予算にみられるように最近では政府が景気振興のためかなり積極的な措置を講じており,ベルギーやフランスでも投資刺激策を講じているようであるし,他方景気の回復に伴い企業もかなり強気になつてきているから,来年頃には設備投資も再び活発化するのではないかと予想される。

(二) 経済拡大とインフレ及び国際収支の問題

欧米諸国の経済が回復から上昇へ向うにつれて,早くもインフレと国際収支の問題が論議されはじめている。とくに景気後退期にも物価が下らず,最近は再び物価のジリ高傾向がみられるアメリカでは,安定と成長の問題をめぐつて官民の間で活発な論争が展開されている。従来クリーピング・インフレーションの問題はそれを放置しておけば,ギャロピング・インフレーショシとなるという理由で問題とされていたが,現在ではむしろ国際収支の逆調との関連において問題がとりあげられているようである。アメリカのインフレ問題はコスト・インフレやアドミニスタード・プライス(管理価格)の問題と深い関係がある。その意味では景気後退期に後退の阻止に一役果したのと同じ制度的要因が回復期に成長を阻止するブレーキとなるかもしれない。

西欧のばあいは五八年春頃から消費者物価も安定的となり,卸売物価はむしろ微落しているのであつて,アメリカにくらべれば物価の下方硬直性は少ないし,また経済再拡大にともなうインフレの問題も少くとも当面はアメリカほど懸念されていないようだ。

国連の世界経済報告も,輸入原材料の供給力は概して余力があり,したがつて輸入価格の急激な上昇は予想されぬし,国内の設備や労働力にもゆとりがあるから,経済拡大に伴うインフレの問題は当分懸念する必要がないとみている。たしかに過去数年来の投資ブームから生れた近代化設備はまだ十分に利用されておらず,操業度の向上はむしろ生産性を高めるであろうから,賃金や原材料費が若干上昇しても,そこからインフレ圧力が生じる恐れはないであろう。しかし景気の上昇につれて労組が強気となり,過度の賃上げが行われてコスト・インフレが再発する可能性も絶無とはいえない。景気後退の残した爪跡ともいうべき失業の間頬は最近にいたつて著しく改善され,西ドイツやオランダなどでは一部に労働力不足の声が聞かれるほどになつている。西ドイツの失業率は本年六月に一・三%となり,戦後の最低を記録し,求人数が失業数を上回つている有様である。イギリスの失業率も六月には一・九%へ低下した。五五~五七年の西欧ブーム期においても全面的な労働力不足のためというよりはむしろ一部の重要産業の労働力,とくに熟練労働力の入手難が隘路となつて賃金インフレが発生したのであるから,労働力の問題は十分警戒を要する。とくに西欧の経済拡大をリードすべき西ドイツの労働事情が現在すでにゆとりのないことは問題であろう。

経済拡大にともない第二に問題となる点は国際収支であるが,西欧諸国に関するかぎり概ね五七年末から現在まで多額の金・外貨を蓄積しているので,この面からの制約要因は当分予想されていない。ただしイギリスの場合は国際通貨としてのポンドがとかく思惑の対象となるため,国際収支が黒字でも外貨準備が脅かされる可能性がないとはいえない。

国際収支については最近は西欧諸国よりむしろアメリカが神経質になりはじめたことは前述したとおりである。昨年来のアメリカ国際収支の大幅逆調は主として商品輸出の減少が原因となつているが,輸出減少の大部分が一時的,特殊的な要因にあつたとしても,アメリカ商品の競争力の相対的な低下という面も指摘されており,とくに本年になつてから輸出の新たな減少傾向が出ている点に問題があろう。いずれにせよ,アメリカの官民がアメリ力商品の競争力低下と国際収支悪化を心配しはじめたという事実そのものを重視する必要があるだろう。

(三) 自由化と地域化の潮流

世界経済の現状を論ずる場合,自由化と地域化の潮流を逸することはできない。世界貿易と為替の自由化傾向は欧州を中心として一九五三年頃からはじまり,五五年にはポンドの事実上の交換性が回復されたが,昨年末にはポンドを始め西欧一五カ国の通貨交換性(非居住者の経常取引の自由化)が正式の回復されるにおよんで,為替と貿易の自由化へ向つて決定的な巨歩が打出された。それはある意味では従来事実上存在していた事態を正式に確認したにすぎないともいえるが,しかし,そのことの含意するところはすこぶる重要である。けだしそれは,西欧諸国の経済力充実に対する自信の表明であると同時に,為替と貿易の自由化を推進しようとする決意の表明でもあるからである。事実また本年にはいつてから西ドイツは資本取引,居住者取引についても自由化を断行,フランスもまた資本取引を大幅に自由化しており,さらに多くの諸国が旅行者外貨持出の制限緩和ないし撤廃を実施している。最近ではイギリスやフランスが資本取引の完全自由化を近く実施するのではないかという予想すらでている。

こうした為替の自由化と平行して貿易とくにドル貿易の自由化も推進され,本年に入つてから西ドイツ,フランス,デンマーク,イギリス,オランダ,イタリアなどがドル商品の輸入制限を大幅に緩和,現在ではドル貿易は域内貿易に近い水準まで自由化されている。

こうした自由化の風潮とならんで,一見それに相反するごとき地域化への傾向がみられることも現在の世界経済の特徴であろう。具体的にいえば,西ドイツ,フランス,イタリア,ベネルクス三国による欧州経済共同体(いわゆる欧州共同市場)の発足(本年一月一日から)がそれであるが,この欧州共同休の発足に刺激されて,イギリス,スイス,オーストリア,北欧三国,ポルトガルの七カ国が最近小自由貿易地域の結成にのり出している。そのほか中南米,その他の地域でも共同市場結成の動きがある。

しかしなんといつてもその重要性において最も注目されるのは,現在すでに発足し着々と成果をあげつつある欧州経済共同体であろう。

欧州共同休はその人口においてアメリカに匹敵し,輸出額はアメリカのそれと同じであり,輸入額においてはアメリカの約二倍に達する,換言すれば,米ソに比肩しうる第三の広域経済圏が出現したわけであり,しかもその成長率はきわめて高い。五三~五七年間における工業生産の生長率をみると,アメリカ七%,イギリス一六%に対して共同体のそれは四〇%である。輸入額も同期間にアメリカ二〇%増,イギリス二二%増に対して共同体は六四%増加した。このようなたくましい成長力をもつた六カ国が域内貿易の障壁をとりはらい資本と労働力の移動を自由化し,海外属領まで含めて共同的開発を実施し,共通の経済政策を採用することによつて経済の繁栄をばかろうというのであるから,外部世界が共同体の発展に脅威を感ずるのは当然である。広域市場の造出により大量生産と国際分業が促進され,資本や労力の有無そ通がはかられれば,共同体の経済力は著しく強化されるであろう。そうなればただに共同体向け輸出が困難となるばかりでなく,第三国市場における競争の激化を覚悟しなければなるまい。

もちろん欧州共同体の繁栄は輸入の増加を通じて外部世界にも波及するであろうし,また共同体が必ずしも外部世界に背を向けた閉鎖的市場となるとはかぎらない。本年一月一日からの発足にさいしても共同体諸国は輸入制限の緩和をある程度まで他のOEEC諸国にもみとめたし,関税引下げにしてもそれをある程度までガット加盟国にも適用している。共同体発足後の動きをみると,加盟国間の企業合同や提携,資本の交流などが既に活発に行われているし,またアメリカの共同体諸国に対する企業進出や証券投資の活発化もみられ,種々な問題を包蔵しながらも共同体は順調な発展を示しつつあるようだ。われわれとしては共同体の繁栄による世界経済の拡大を期待すると同時に,わが国企業の合理化や近代化の推進により輸出競争力の増強につとめねばなるまい。

(四) 産業構造の改変

今回のリセッションを通じて目立つことの一つは産業間にみられる成長度合の相違である。ブーム期には一般的な好況によつておおいかくされていた差異が不況期に至つてはつきりとその姿をあらわしてくる。成長過程にある産業は不況期にあつてもその抵抗が比絞的強く,後退産業は不況時において抵抗力が弱いからである。第11表はアメリカ,OEEC請国における一九五七~五八年の業種別生産の変動を示すものである。が,大分類でみると,アメリカにおいては殆んど全産業に亘つて後退に見舞われたから食料飲料以外はすべてマイナスとなつている。これに対して0EEC諸国にあつては鉱工業全般として二%の増加であり,製造業部門では基礎金属,繊維はマイナス,それ以外の産業にあつては二~五%のプラスとなつている。これは,単に一カ年間の生産変動であつてこれだけの指標からは直ちに成長産業であるか,後退産業であるかの区別は不可能である。いうまでもなくこれらの変動要因の中には多分に循環的なものや,偶然的なもの等が含まれているからである。そこで不振産業,伸長産業の区別をより明確にするため,やや長期的に一九五三~五七年の増率を見ておこうと思う。第12表は一九五三年までの増加率であるが,製造工業部門中増加率の大きなものから列挙すると,アメリカでは化学,金属製品,食品飲料,繊維,基礎金属の順であり,OEECにあつては化学,基礎金属,金属製品,食品飲料,繊維の順序となつている。アメリカにおける伸長率が一般にOEECのそれより低いのは,アメリカでは戦前を含めて一九五三年までの成長率が極めて高く,五三年以後はむしろその速度が緩慢化してぎている時機にあるからであろう。したがつて西欧とアメリカの生産増加をみるに当つてもその比較の平面を同一にするわけにはいかないけれども,共通して言えそうなことは,化学製品の増加がきわめて高いのに対して繊維生産の増加テンポは大きくないこと,そして食品飲料は中間的増加テンポであるということである。ただ金属製品,基礎金属においては西欧とアメリカの甚しい差異がみられるが,OEECでは,非常に成長率が高く,アメリカではきわめて低い。これは前述したようにこれら産業に対する需要が既に高原状態にあるアメリカと,急速な需要の拡大がみられる西欧とのベースの差異にもとづくものと考えてさしつかえなかろう。そのことの一つの説明として個人消費支出中の耐久消費財の伸長率をみてみると一九五〇年を一〇〇として一九五七年のそれはOEEC諸国では一八一であるのに対してアメリカは一一八に止つているのである。また耐久消費販支出の構造を表示してみると第13表のとおりである。

そうした観点から特に化学工業と繊維工業に注目して前掲第11表をながめてみると,OEECの指数において成長産業としての化学工業,後退産業としての繊維産業の性格が特にはつきりとみられるのである。そこで基礎金属,金属製品も加え,OEECの資料にもとづき更に個々の産業に立入つて検討を加えてみよう。

プラスチック原料の生産は,一九五三~五七年の間に二・三倍化し共同市場の石油化学製品は同期間に四倍化したのである。普及率がほぼ一,〇〇〇人当り三二八にも達したアメリカの乗用車はもはや成長産業ではないが,西欧ではまだまだ成長産業であつてOEEC諸国の乗用車の生産は一三倍化したし,テレビセットの生産は西ドイツで二〇倍化,フランスでは六倍化している。

こうした乗用車や家庭用耐久消費財の普及が輸送機器工業や電気工業の内部における投資財と消費財の比重を変えつつある点に注目すべきであろう。たとえば電機工業は元来資本財工業であるが,最近は消費財工業的な性格をつよめている。西ドイツの資料でみると第14表のように電機工業の総売上高に占めるラジオ,テレビ,冷蔵庫その他の家庭用消費財の比重は五三年の一七・八%から五八年の二五・六%へ高まつている。輸送機器工業でも同様であつて,消費財の比重が五三年の一八・四%から五八年の二五・二%へ上昇している。その反面では精密光学機械工業の売上高に占める消費財の比重はむしろ低下しているが,これはカメラその他の消費財が一応普及したのと,この工業が工業的用途に販路を伸ばしてきたせいとみられる。

こうした成長率の著しい較差は当然ながら産業構成の改変をもたらざるをえない。一九五三~五七年間における西欧の産業構成の変動を示したものが第15表であるが,表にかかげられた主要一〇カ国のすべてにおいて繊維産業の比重は生産高からみても雇用数からみても低下している。これに対して化学工業の比重はオーストリアとデンマークを除くすべての国で上昇した。また金属使用産業の比重もすべての国で高まつている。食品,飲料,煙草工業の比重の変化は国によつて必ずしも同じでないが,大勢としてはやや低下傾向にあるようである。

逆にまた産業構成の変動が急速であればあるほど,その経済は高度の適応性をもつたダイナミックな経済であり,生長力もつよいということが一般的にいえそうである。産業構造の変動は需要構造の変動を前提としており,それへの適応適程において成長的分野への新規投資が行われ,それがまた総需要の増大を加速化させることになる。この点にいてECE年次報告書(一九五九年)は次のように述べている。「経験の示すところによれば雇用と生産の大幅な構造的変動は経済成長を促進するがその逆も真であるように思われる。この種の構造的変化は通常総需要と労働力の増加によつて与えられる刺激の代用物にある程度までなるであろう。一九五三~五七年間においては生産性の向上と工業の構造的変動の程度との間に正の相関関係があることがハッキリと示された」。実際また第16表からも想像がつくように概して産業構成の変化がはげしい国は,生産性と生産量においても比較的早い成長率を示しているし,産業構成があまり変らない国は生産性も生産量も概して伸びていない。前者の典型的な実例はイタリアとフランスであり,後者の例はデンマークとイギリスである。

(五) 東西の経済競争

最後に,最近における世界経済の一つの重要な問題として東西の経済競争の問題をとりあげたい。

この問題はソ連が従来の第六次五カ年計画を廃棄して新たに七カ年計画を策定してから急速に表面化してきた。この七カ年計画でソ連は,一九六五年に核主要工業生産物の生産絶対量でアメリカの現在の水準に近づき,あるいは,それを追こし,また重要農産物の生産では総量でも一人当りでもアメリカの現水準を追こすこと,さらに全体としての工業生産では七カ年で八〇%,年平均八・六%を増産してアメリカの現水準に達し,その後一九七〇年までにひとり当り工業生産でアメリカその時の水準に追つき,これを追こすことをうたつている中国も一九五七年末に一五年でイギリスに追つくことを声明したが,とくに一九五八年には前年に比べて工業六六%,農業六四%という大幅な増産を達成し,石炭等はすでにイギリスを追こし,その他の生産物でももはや一五年を要しなくなつたとしていることが注目される。

事実また過去の成長率でみるかぎり,共産圏の成長率は非常に高い。ソ連の資料によれば,東西の工業生産の推移は第17表のとおりだとされている。この数字の基礎は明らかにされておらず,成長率の比較撞困難ではあるが,共産圏諸国の経済成長率がかなり高いことは否めない。

アメリカのディロン国務次官(一九五九年五月七日演説)によれば,過去八年間の成長率はアメリカが国民総生産,工業とも年約三%であつたのに対して,ソ連は国民総生産が六~七%,工業生産が八~九%であつたといわれる。国務省の推定(一九五八年五月)も,ソ連の国民総生産を一,七〇〇~一,七五〇億ドル,(一九五七年のアメリカの国民総生産は四,四〇三億ドル)とし,今後も年七%の成長が可能であるとしている。このように比較的成長率が高い理由は大別して二つ考えられる。その第一は,一般に共産圏諸国の経済成熟の段階が低いことである。中国や東欧の農業国はいうに及ばず,ソ連でも農業人口は全就業者の四三%占め(一九五五年),農業人口は全人口の五二%に達しており(一九五九年一月一五日現在),ウラル以東にはなお,未開発地域を残している状態にある。共産圏諸国の成長率が高い第二の理由は,その計画経済体制にある。この体制は生産資源や労働力を中央計画当局の意図する部面に集中的に投入することを可能にしている。

共産圏諸国の経済成長がこのような要因に規制されるということは,その経済成長に産業構造や経済制度の改変という経済変動を内包している点に現われている。たとえば,ソ連の七カ年画直においては,工業総生産の増大が八〇%であるのに,石炭が二一~三三%,粗鋼が三三~六三%の増産に止まるのに対して,石油が二倍強,ガスが五倍,電力が二~二・五倍,セメンーが二・二~二・四倍の増産を予定されており,結局において産業構造の目立つた改変が行われることになつている。また,全固定投資の四〇%がウラル以東の地域に振向けられ,この地域の開発によつて地理的な産業の分布にも著しい変化の起ることが予想される。さらに中国の場合をあげれば,昨年の増産努力が農業協同組合から人民公社への編成がえという経済制度の改変をともなつたことは周知のとおりである。このような産業構造や経済制度の改変は,共産圏諸国のそれぞれの経済成熟の段階と中央計画体制の確立の程度に応じて,多かれ少かれ各国において見られるところであり,その経済成長を促進する要因である。

その反面共産圏諸国の経済成長を阻止する要因は生産資源における隘路にある。これらの諸国が中央計画経済体制のもとで強力に経済成長を達成しようとしているかぎり,有効需要の面に成長を阻止する要因はないし,インフレーションに対してもかなりな程度に抵抗力がある。しかし共産圏諸国の増産努力は強力に強行的に推進される傾向があるため,計画経済体制がとられているにもかかわらず,しばしば経済発展のアンバランスと天然資源,設備,労働力など生産資源における隘路が発生する。もちろん,ダイナミツクな経済においてはこのようなアンパランスや隘路の発生は当然といえるかも知れない。しかし,それらが計画経済の原則と矛盾するものであることは否定しえない。そのよい例はソ連における第六次五カ年計画の中止である。第六次五カ年計画は,その初年度である一九五六年に経済拡大の行過ぎ,生産及び建設計画の過大と原料資材,とくに鉄鋼,エネルギー,建設資材の不足のため,その後の遂行が阻まれ,結局一九五七,五八両年を調整期間として,七カ年計画に切換えられたのである。また一九五四年以来の農業増産方策においてヴオルガ沿岸,シベリア,カザクスタンで三,六〇〇万ヘクタールの未墾地や休閑地の開拓が行われたことが,ソ連労働力不足に拍車をかけたことも想起される。一九五八年における中国の工農並行の増産努力が輸送の逼迫,消費財の不足など種々の隘路ないし緊張を生んだことは,周知のおりである。

以上のような,経済成長に対する短期的な阻止要因のほかにやや長期的な,構造的ともいうべき要因がある。ソ連については労働力の不足がしばしばあげられる。これは基本的には労働生産性の低いことによるのである。たとえばソ連の資料によれば,一九五七年における工業労働者数はソ連が,一,九七〇万人,アメリカが一,四三〇万人であるのに,工業生産額ではソ連はアメリカの五三~五五%(一九五八年)アメリカの推定によれば,六五〇億ドルでアメリカの約四〇%にすぎない。労働,生産性の低さには農業においてさらに甚しい。ソ連の資料によれば,生産性の高いソフホーズですら,農畜産物単位当りの所要労働時間はアメリカに比べて穀物一・八倍,馬鈴薯およびテン菜四・二倍,原綿一・六倍,牛乳二・一倍,牛(重量増加)六・六倍,豚(同)六・三倍となつており,近年農業における労働生産性の引上げが強調されてきているのも故なしとしない。このような労働生産性の低さは技術装備率の低さ,とくに農業における機械化,施肥の不十分によるもので,これが労働力の不足となつて現われ,ソ連の経済成長に対する阻止要因の一つとなつているのである。技術装備率の低位が中国の場合さらに甚しいことはいうまでもない。一九五八年の農工増産においても極端な労働集約的方法がとられたことは,このことを示している。しかし,中国はこのような「人海戦術」にとどまらず,現在の装備と技術水準に立脚した方針をとつている。それは中央工業と地方工業,大工業と中小工業を同時に発表させること,「洋法技術と土法技術を平行的に発展」させ,当面「半機械化」を目標として漸進的な技術革新を行うこと,また農業においても大規模機械化ではなく農具改良という「半槻械化」を進めるというのである。これらの方針はいずれも経済成長を阻止している資本装備と技術の低位を現実的な方法で漸進的に克服しようとするものである。

ソ連のみるところによれば,一九五八年のソ連の工業生産はアメリカの五三~五五%,人口一人当りでは二分の一を下回つている。去ころが七カ年計画によつて八〇%,年平均八・六%増大し,一九六五年には工業総生産はアメリかの現水準の九五~九九%(アメリガの一九五七年水準より三~五%低く,一九五八年水準より三~五%高いともいう)に達する。さらにアメリカの工業の今後の成長率を年二%と想定して,一九六五年に引続く二~三年間に工業生産の量絶対量でその時のアメリカの生産水準を追こし,一九七〇年までに国民一人当りの工業生産量でもその時のアメリカの一人当り生産に追つき,これを追こすというのである。

これに対して,アメリカ側は次のように見る。ソ連の一九五八年に至る七年間の工業生産の成長率は年平均九・五%(ソ連公表では一九五〇~一九五六年一三%,一九五七,一九五八年ともに一一%)と推定ざれ,他方アメリカの七年間の成長率は年三・〇%である。これを考慮に入れると,一九五七年において六五〇億ドル,アメリカの約四〇%であつたソ連の工業生産は一九六五年には五五%,一九七〇年には六〇%となるとしている。その結果,ソ連はここ七年間にいまよりも経済に対する負担を加重することなく,アメリカとほぼ同額の現在の軍事支出を五〇%余増すことができるし,重工業優先のもとでも,現在個人消費がアメカの三分の一という低い生活水準を多少引上げることが可能だというのである。

以上を総合するど,米ソの経済競争の過程で,ソ連側の主張するほどのテンポではないにしても,両国の国民総生産及び工業生産のギャップが縮小することは必至だということになる。しかも,共産圏諸国はソ連を中心として東欧八カ国で経済協力機構たる経済相互援助会議(略称コメコン)を組織し,アジア共産諸国もオブザーバーとしてこれに参加して,経済の統合化を進め,加盟諸国は,一九六〇年までに一九七五年に至る一五カ年の共同長期計画を作成するといわれる。ソ連の資料によると,共産圏の全世界の工業生産に占める比率は一九五八年の約三分の一(ソ連発表のデータを一九五七年世界生産と比較すれば,電カ二〇・四%一石油一四・五%,銑鉄三一・五%,粗鋼二九・一%,セメンー二五・八%)から一九六五年には二分の一余となるという。いま,現在の主要工業部門功生産量をアメリカ及びヨーロッパと比較すると第18表のとおりである。それによつて見ても,共産圏がアメリカ,ヨーロッパと並んで一つの大きな経済圏を形成していることが知られる。しかし工業生産力の規模に比べて,世界貿易に占める比重は比較的小さい(第19表参照)。すなわち輸出全体で見れば世界の総輸出額の一〇%前後であるが,これは圏内の取引が多く,圏外への輸出の比重ははるかに小さい。しかし近年共産圏諸国の後進地域との貿易が増加していることは周知のとおりである。

こうした東西の経済成長競争と関連して注目されるのは,後進諸国に対する援助である。本年三月アメリカ政府の発表によれば,共産圏とアメリカの援助は第20表のとおりである。すなわち,一部の諸国では共産圏側の援助がアメリカのそれを上回つているのみならず,アメリカ政府も指摘しているように,共産圏の援助は贈与よりも借款の形態が多く,低金利(二~二・五%,アメリカの援助は三~六%)でその国の物資による償還を認め,かつ使途について弾力性があり,概ね自国物資を供与するなどの特徽をもつており,被援助国にとつてかなり有利な点があることは注目に値する

以上に見てきたような世界経済に占める共産圏の地位は,それらの諸国の主張するほどではないにしても,経済成長とともに向上するであろう。世界経済における東西競争の意味はその点にある。

第8図 主要基礎物資の地域別比較

第9図 共産圏の輸出の世界輸出に占める比重