昭和34年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和三四年九月

経済企画庁


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第一部 総  論

第一章 一九五七~五八年における世界経済のうごき

過般発表された国連の「世界経済年次報告」は、一九五七年から五八年にかけて自由世界の国々を見舞つた戦後三回目の景気後退の経緯を解明するに当たつて、「西欧及び日本」として、日本を西欧と同列に扱つている。

日本は本当に西欧諸国と同列になつたのであろうか。これはわれわれにとつて重大な関心ごとである。

そこで、本報告においては、一九五八年の世界経済の動向を回顧するに当つて特に日本経済との関連に視点を合せ、世界経済と日本経済とがどのような関係にあり、日本経済の今後の動向は世界経済との関連でどうあるべきかを明らかにしようとした。

今回の景気後退はいくつかの重要な点で前二回のそれと異つていたし、また後退から回復の過程を通じて世界経済の構造的な変貌が露呈され、もしくは促進された。その中で最も基本的な問題として指摘されることは、工業国間における大幅なドル不足の解消とその意義、及び工業国と低開発国間の不均衡化の激化という問題であろう。これらの問題と関連して西欧通貨の交換性回復の問題、西欧共同市場や自由貿易地域の問題等は重要な意義をもつものであり、日本経済の今後の方向にも大きな影響を与えるものであろう。

また、景気の回復にともない成長と安定の問題が切実な問題として登場してきた。この問題は単に先進国諸国の国内的問題たるにとどまらず、自由世界と共産圏との経済競争、低開発地域の経済開発の問題ともからんだ世界的な問題であるといえよう。

第一節 一九五七~五八年景気後退の特徴

第1図 アメリカにおける主要基礎財生産指数と生産能力指数

第2図 アメリカにおける製造業種別生産能力および生産指数の動向

第3図 イギリス製造工業の能力と生産高

第4図 西ドイツ工業生産能力の拡張と操業度

今回の景気後退を特徴づける第一の点はそれがほとんど世界的規模においておこつたこと,第二の点はそれが主として過剰設備の圧力によつてひきおこされたものであること,第三の点は,したがつて景気後退の深さも期間も少くとも前二回よりは大きくなると思われ,かつ連鎖反応的な世界大不況をひきおこすのではないかと思われたにもかかわらず,結果においてはその回復がきわめて早かつたことである。むろんこれら三つの点はそれぞれ独立して論ぜられるべきではなく,相互に密接な関係を持つている。

まず第一の点であるが,周知のように戦後第一回目の景気後退期たる一九四八~四九年においては,アメリカの戦後復興需要の一時的な飽和が後退をひきおこし,それがアメリカの輸入減少を通じて西欧やスターリング地域の国際収支を脅かし,イギリスをはじめ主要諸国の平価切下げにまで発展したが,北米以外で経済活動の低下を経験したのは日本だけであつた。

戦後第二回目の後退期たる一九五三~五四年においても景気後退は主として北米だけにおこり,それ以外の国にはあまり大きな影響をおよぼさなかつた。むしろ西欧経済はアメリカの景気後退をしり目に拡大に転じ,それが国際商品相場を支えて後進諸国の購買力の低下を防いだばかりでなく,アメリカの輸出を直接的,間接的に増やすことによつてアメリカ景気の回復を助けさえしたのである。

ところが,今回の景気後退においては,アメリカの経済活動の低下のあとを追いかけるように西欧の景気が下降しはじめた。景気変動の指標として鉱工業生産指数をみると,アメリカは五七年はじめ以来停滞的であつたあと,九月から下降に転じた。これに対して西欧諸国,とくにベネルクス諸国,スカンジナビア三国およびイギリスも大体において五七年下期から後退ないし停滞期にはいつた。

もつとも西ドイツ,イタリア,フランス,オースーリアの四国がまだ経済拡大をつづけていたため西欧全体(OEEC加盟一七カ国)としてみると鉱工業生産は五八年第1・四半期にピークに達してから第2・四半期に低落しはじめている。

低開発諸国は工業諸国の景気後退のはじまる以前から開発輸入の膨張と商品相場の低落により打撃をうけていた。

工業諸国の景気後退がこの後進諸国の経済的困難を一層深化させたことはいうまでもない。

こうした世界的規模における景気後退は戦後はじめての経験であつた。そこから連鎖反応的な不況の深化が懸念されたものも当然であつた。しかもこの懸念を更に強めたものは,今次不況の性格である。それがすなわち第二の特徴点となるものである。

前二回の景気後退はいずれもいわば特殊な要因によつてひきおこされたものであつた。すなわち一九四八~四九年後退は,アメリカの戦後需要が一応充足されたためにおこつたし,一九五三~五四年の後退は朝鮮動乱終結による国防発注および支出の減少がキッカケとなつた。いずれも大幅な在庫削減をともない,それが景気下降の振幅を大きくした。しかるに今回の旦只気後退は後でのべるようにアメリカ,西欧とも主として過剰生産力の出現による投資ブームの崩壊に起因し,したがつてその深度や持続期間において前二回のそれよりも深刻な後退となると考えられたわけである。今回の景気後退が主として過剰設備の圧力による設備投資の減少に起因することは前述の通りであるが,それは第5図からもうかがわれる,第一に操業度の低下が景気後退のはじまるかなり前から起つていた。この点がアメリカ,西欧とも共通してみられたことは注目する必要があろう。第二にとくにアメリカのばあい設備投資の減少が景気後退以前からはじまつていたことも見逃してはならない。

(一) アメリカの景気後退

一九五七~五八年文おけるアメリカの景気後退をひ岩おこした要因は複雑であるが,基本的には過剰設備の出現による固定投資の減少に帰することができよう。そのほか輸出の減少,国防発注の削減,五八年型自動車の売行不振などが後退をひきおこし,または加速化させる要因となつた。こうした最終需要の減少にともない企業の在庫が整理され,それが後退の振幅をいつそう大きくした。

アメリカ経済は一九五三~五四年の後退のあと五四年秋から急速に立直り,五五年末にはほぼ完全雇用状態へ復帰した。景気回復の支柱は最初のうち住宅建築と自動車その他の耐久消費財であつたが,住宅建築は金利の高騰で五五年下期に既に頭打ちとなり,減少に転じはじめた。耐久消費財需要も五五年における異例の自動車景気のあと,その反動で五六年から減少しはじめた。住宅と耐久消費財に代つて工業投資が五五年下期から急速に増加し,それが五六年末までつづいた。しかし工業投資の増勢も五六年にはいると,一部に隘路が出現したせいもあつて曙しく鈍化した(生産者耐久財投資は五四年第4・四半期から五五年第4・四半期までに二二%も増加したのに対して五五年第4・四半期から五六年第4・四半期までの増加率はわずか三・二%であつた)。五七年にはいると工業投資は実質顔で減少に転じ,住宅投資と耐久消費財支出も減少をつづけていたから,国内の民間需要は全く頭打ちとなつた。しかし五六年下期から輸出と政府消費が増大したため,それが拡大要因となつて総生産は五七年第2・四半期までわずかながら増勢を持続することができた。五六年下期から五七年上期にかけての輸出の増加は余剰農産物処理,欧州不作,スエズ危機などによる綿花,小麦,石油の輸出増加という一時的な特殊要因に支えられていたため,そうした特殊要因が消滅した五七年下期には輸出も大幅に減りはじめた。政府消費は減少しなかつたけれども,五七年春からの予算節約運動のため国防発注が大幅に削減されたことが在庫や雇用に大きな影響を与えた。

このように従来拡大要因となつていた最終需要がつぎつぎとその力を失つてくると,五七年初頭以来続いてきた工業投資の減少が大きくものをいうにいたつた。かくしてアメリカ経済は五七年第4・四半期以降全般的に下降に転じ,在庫べらしが更に下降のテンポを早め,五七年秋から売り出された五八年型自動車の不人気がそれに拍車をかけた。

いま後退のピークたる一九五七年第3・四半期と後退の底たる一九五八年第1・四半期について最終需要の動きを比較すると,最も減少したのは生産者耐久財支出であつて四六億ドルの減少であり,それについでは耐久消費財支出(三九億ドル減)と純輸出(三三億ドル減)の減少が大きい。民間設備投資の減少が主因となり,それに自動車の売行不振,輸出の減少が加つたことがこれらの数字から窺われる。これに対して州地方政府の商品,サービス購入は一八億ドルの増加で安定要因として働いたし,消費者のサービス支出も趨勢的な増加傾向を維持した。総合して最終需要は一二八億ドルの減少を示したが,これに対して中間需要たる在庫投資は八八億ドルの減少であつた。換言すれば在庫投資の減少が後退の振幅を約二倍近くまでの大きさに拡大したわけである。

第1表 アメリカの国民総支出の変動

(二) 西欧の景気後退

一九五三年下期からはじまつた西欧経済拡大の初期においては住宅建築と耐久消費財需要が拡大の支柱であつたが,五四年下期頃から設備投資が主役となり,五五年から五六年上期にかけて旺盛な投資ブームが展開した。こうした経済の拡大と貿易自由化の進行,北米の好況などのため輸出も著しく伸張し,それが国定投資の盛行と並んで重要な経済上昇要因となつた。

しかし経済の拡大と完全雇用の達成にともなつて五五年下期頃からつよいインフレ圧力が生じ,国際収支難に陥る国も増えてきたため,イタリアを唯一の例外として西欧諸国はいずれも引締め政策に転換し,総需要の抑制にのり出した。その結果国内需要は五六年上期から仲び悩みどなり,経済成長率も著しく鈍化するにいたつた。さらに五七年夏の為替スペキュレーション克服のためにイギリス,オランダ等の引締め政策が強化されたことが総需要の抑制に拍車をかけた。一方設備投資の増勢は五六年下期から鈍化したとはいえ,その生産力効果が次第に発現して設備能力が著しく拡大された。需要が次第に頭打ちとなつてきたのに生産能力はますます増加したから,そこに能力と需要とのギャップがあらわれ,過剰設備が出現した。過剰設備の出現は金融引締めによあ金利の高騰,金融逼迫ど相俟らて企業の投資意欲を弱めた。またブーム期の物資不足時代に必要以上の在庫手当につとめた業者も需給情勢が緩和された結果在庫補充を急がなくなり,むしろ手持在庫の食いつぶしに転換した。スエズ危機にともなう多額の在庫蓄積も在庫整理の一因となつたと思われる。こうして西欧の経済活動が頭打ちとなるにつれて域内貿易も減少しはじめ,海外向け輸出も世界不況の影響で減少しはじめた。

このように固定投資の減少ないし頭打ち,輸出の減少,在庫調整の三つが主要な原因となつて西欧の景気後退がばじまつたわげである。このうち在庫調整は結局のところ過剰生産力の出現による供給事情の緩和に起因するし,また輸出の減少にしても世界的な過剰生産力の調整による不況局面を反映したものといえよう。

いまOEEC一七カ国の粗固定投資の動きをみると,五八年は前年比一・七%増で必ずしも減少していないが,これは西ドイツ,オースーリア,スエーデンなどの固定投資が増えたためで,オランダ,ベルギー,イギリス,イタリア,ノルウェーなどでは工業投資が減少している。西ドイツの工業投資は五七年に微減し,五八年にもほぼ前年並みにとどまつた模様である。また固定投資総額が比較的高水準を維持した国でも,住宅建築や公共投資の増加や過去の受注残の食いつぶしによる面が大きい。

次に輸出であるが,前表に明らかなようにOEEC加盟国全体としての商品,サービス輸出額は五八年に対前年比一・二%増であつたが,商品輸出だけについてみると約一%の減少である。また国別にみても西ドイツ,オランダ,デンマークの三国を除いて軒並みに減少しており,特にノルウェー,ベルギー,オーストリア,イギリスなどは輸出の減少が大きなデフレ要因となつた。輸出減少の主因は域内貿易の減少だが,ベルギーやスイスなどは対米輸出の減少が響いたようだ。しかし他の西欧諸国の場合は対米輸出はむしろ増加しており,対米輸出の好調が外貨面や国内雇用に対して一つの支えとなつた。

第三の後退要因は在庫投資の減少である。在庫投資は五七年に四〇%も増加したあと,五八年には約二〇%近い減少であつて,こうした在庫調整が五八年の西欧景気後退の第三の要因となつた。在庫調整は主として鉄鋼,石炭,繊維の三部門に集中していたが,いずれも最終需要の頭打ちないし減少傾向に対して供給力が拡張された結果,業者がブーム期に抱えこんだ過大在庫の調整にのり出したためである。もちろん鉄鋼,石炭,繊維の三産業の不振は在庫調整の影響ばかりでなく,最終需要の減少,需要構造の変化,安い輸入品からの競争など各種の要因に災いされた面が大きい。しかし欧州大陸の鉄鋼業に関する限りは昨年の販売不振は主として鉄鋼消費者の在庫調整のせいであつて,在庫調整の一造した本年はじめ以来大陸鉄鋼業の著しい立直りがみられる。

第2表 OEEC諸国の実質国民総支出の変動

(三) 景気後退の規模

今回の景気後退が主として過剰設備の出現による設備投資の減少に起因し,しかもアメリカ及び欧州にほぼ同時的に後退がおこつたにもかかわらず,後退の規模は予想されていたほど深刻ではなかつた。なるほどアメリカ景気後退の深度は前二回のそれよりも大きかつたけれども,その持続期間は著しく短かつた。すなわちピークから谷までの国民総生産の低落率をみると,四八~四九年の二・四%,五三~五四年の三・七%に対して,五七~五八年は五・六%と最も大幅である。鉱工業生産の低落率も同様で,四八~四九年の一〇・五%,五三~五四年の一〇・二%に対して五七~五八年は一三・七%となつている。非農業雇用の減少率も五三~五四年よりは大きいが,四八~四九年よりは若干少い。後退の指標として何をとるかで若干ちがつてくるが,最も包括的な指標たる国民総生産の動きからみて後退の深度は今回が戦後最大であつたということができよう。しかし後退の持続期間においては前二回の後退に比べて若干短かつたといえる。

西欧の景気後退はその深度と持続期間においてアメリカよりもつと軽かつた。工業生産の低下率でみると,一〇%近くの低下を記録したのはベルギー,ノルウェー,オランダだけであり,イギリスやスエーデン,フランスは二ないし三%の低下にとどまつた。しかも西ドイツやイタリア,オーストリアなどのように生産活動が殆んど低下しなかつた国もあつたから,西欧全体としての工業生産は五八年第1・四半期の一三四(一九五三年=一〇〇)から第2・四半期の一三二へとわずか一・五%の低下にとどまり,第3・四半期には一三三へ回復,第4・四半期には早くも後退前のピーク一三四へ戻している。前回の後退期たる五一~五二年には工業生産は約二・一%低下し,後退期間も約一カ年つづいた。ただし実質国民総生産(年間数字)についてみると,前回も今回も減少せず,前回が二・三%増であつたのに対して,今回は一・七%増にすぎなかつた。

第3表 アメリ力景気後退の深度と持続期間


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