昭和33年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

経済企画庁


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第八章 第二次五カ年計画の発足と中国経済発展の見通し

三 工業生産目標のひき上げと「積極的バランス論」の提起

工業部門における当面の情勢の特徴は生産目標の相つぐ大幅な引きあげにある。第二次五カ年計画の生産目標についてみれば,鋼,石炭,電力,化学肥料などの重要生産均の生産目標が去年一二月の李富春報告によつてまず引きあげられ,最近になつてまたいろいろの形で机きあげが行われているもようである。

第8-2表 第2次5カ年計画における重要工業品生産目標の変遷

第二次五カ年計画の方案がまだ最後的に決定されておらず,いま急いで編成中であるといわれている。このような最近の情勢からみればその最終方案はかって中共八全大会で提案されたものよりもかなり高度の目標をもつものとなる見通しがつよい。

さらにもつと注目すべきことは最近における五八年度計画における諸生産目標の相つぐ引きあげである。五八年度計画はすでに二月の人民代表大会における薄大波報告をもとにして採択されたのであるが,最近全国的に展開されつつある反浪費,反保守の運動のなかで生産現場での討論を通してつぎつぎと国家計画を上回る生産目標が下から提起されつつある。国家計画として採択された今年の工業総生産額の昨年比増大率は一四・六%であるが,各方面で下から提起される目標を総合すると,その増大率は約三三%以上になることがほぼ確実といわれている(三月二一日「人民日報」)。もしそうなれば第一次五カ年計画中の「躍進の年」といわれた一九五六年の三一%をさらに上回るものとなるであろう。とくに農業部門の水利建設の需要を反映して水利灌漑機械を生産する機械工業部門の増大率(八二・四%)がきわだつて高いことが注目される。またこれによって国家の財政収入は数十億元の増収となり,今後の基本建設投資の規模はさらに拡大される可能性がでてくるわけである。

また最近の特徴として地方工業発展の重要性が強調されているのであるが(全国の地方工業生産額と農業生産額の比率は一九五七年に一対一・五であつたが,第二次五カ年計画ではこれを一対一あるいは工業が農業を上回ることを目標としているー人民代表大会における国務院第四弁公室買拓夫主任の報告),それを反映して山東,貴州,甘粛,河南,湖南,雲南の今年の工業生産は昨年に比べて五〇%以上増大することになつているという。

このように高い目標が,第二次五カ年計画たると今年度の計画たるとをとわず,また中央所属の工業たると地方工業たるどをとわず,各方面で提起されている事態をとりあげて,前記三月二一日の「人民日報」の記事は「全国の工業は翅をひろげて高くとんでいる」という表題のもとで「要するに工業の躍進によって,今年のはじめに予測された経済情勢はすでに完全に面目をあらため,第二次五カ年計画の展望もいっそう雄大,壮麗となり,英国に追いつく期間も一五年を要しないであろう」と楽観している。

これによってみれば,中国は第二次五カ年計画の冒頭にあたつて,積極的に経済の躍進的発展をもりあげようと企図しているようにうかがわれる。いままでの計画の実行状況は常に「前髭後緊」(はじめはゆるく,あとになって追いかける)の欠点があるといわれて来たが,こんどは当初からかつての「躍進の年」一九五六年をも上回る生産の高まりがはじまろうとしているのはたしかに注目してよい。

ところで,このような急進的な方針に対して,一方ではかかる高い目標がはたして実現できるかどうかという疑問が提出され,あるいはかって一九五六年にみられたようないわゆるアンバランスが露呈されるのではなかろうかという危惧がいだかれるのは当然といわなくてはならない。このような危惧が中国の内部にも存在していることは容易に想像できる。たしかに,一九五六年における基本建設部面の急速な発展はとくに建設資材を中心とする重要な生産資材および金属材料の不足をもたらしたことは周知のとうりであり,同年の農業における凶作とあいまつて次年度の建設をスロー・ダウンせざるをえない結果になったのである。このような経験教訓があるにもかかわらず中国はさらにより以上め生産の躍進を企図しているのはなぜであろうか。

その理由としてまず考えられることは,第一次五カ年計画によつて「工業化の初歩的な基礎」がすでにうちたてられ,このような高いテンポの発展が可能となったことである。前掲「人民日報」の記事も,五六,七年には原材料が相当一過迫したが,今後は「困難はあっても克服できる」としており,「一年来の生産発展によつて原材料の逼迫状況は緩和され」,目下鋼材のストックは日常の需要に応じてもなお余りがあり,本材,セメント等も増産によつて大体たりるようになつた。ただ金属材料の若干の品種についていくらか問題がある」としている。

′その次に,このような基礎の上に高い発展テンポを実現する理論的うらづけとして,積極的な「バランス理論」がうちだされていることが注目にあたいする。すなわち二月二八日の「人民日報」にのつた「ふるいバランスをうち破つて新しいバランスをうち立てよ」という社説は,現在経済の急速な発展(積極的バランス)が必要であり,また可能であることを次のように強調している。

「すでに訪れている工農業の一大躍進ぶりについて………人びとのなかには一方では喜びながら他方では恐れているものがある。かれらは………自分たちの提起した積極的な指標を達成しうることを疑つており,またそれによつて国民経済のバランスが破れ,いろいろなアンバランスが現われるのではないかと恐れている。」「バランスのとれていることは喜ぶべきことであり,アンバランスは恐るべきこどだろうか。事実は決してそうではない。」「いかなる事物であれ,その発展過程に矛盾が存在し,アンバランスが現われることは,全く正常な現象なのであり,つまり矛盾の統一の方こそが特殊な現象なのである。」「ふるいバランスは必ずうち破なれ,アンバランスが必らず現われる。アンバランスは調整されて再び新しいバランスに達し,事物も一歩前進する。」「党中央が数回にわたって指摘したように,一つの任務を実現するのに二つのやり方がありうる。」-二つのやり方が計画作業に現われると二つのバランスの方法となる。一つは積極的な態度でアンバランスを解決し,たえずおくれた指標と定額を引きあげて進んだ指標に歩調をあわさせ,進んだ定額に右へならえさせるやり方で,これは積極的なバランスである。もう一つは………消極的なバランスである。」「重慶鋼鉄公司ではもともと製鋼能力より圧延能力の方が大きく,製鉄能力よりも圧延能力の方が大きい。一九五八年度生産計画を最初にきめるにあたって,同公司ではおくれた部門を基準にバランスを組織した結果,生産総額は昨年より五%弱,鋼生産高は五%しかゑえず,コストは三・六%しか低下しないことになった。その後,職員・労働者を動員して,おくれた部門をつき破ることを決意し,進んだ部門を基準にバランスを組織した結果,生産総額は昨年より八・五%,鋼生産高は一七・八六%,鋼材生産高は一一・七一%それぞれふえ,コストは七・二%引きさげられることになつた。このことは消極的な態度と方法でバランスを組織することはまちがいで,積極的な態度と方法でバランスを組織することこそが正しいことをもの語つている。」現段階でこのような積極的なバランス論をとりうるにいたつた原因としてはさらに次のような側面が考えられる。

まず国内的には反右派斗争をふくむ整風運動が成功したことである。つまりこれによって思想上および政治上社会主義路線を確立し,同時に企業内部における指導者と大衆の矛盾を解決して生産関係がより一層変革し,いわゆる「全く新しい型の社会主義企業」(三月一八日新華社電)をつくり出したことである。このことは今後における生産力の発展に広い前途をきり開いたことになる。このことが労働者大衆の勤労意慾を高めたであろうことも想像に難くない。また国際的には冷戦の緩和によって,長期の平和を確保するみとおしがたてられるようになったことがあげられる。このことによつて国家財政の中で国防費の占める比重は第一次五カ年計画の期間にも漸減してきたのであるが,今年度の予算でも前年比五億元以上削減して総額五〇億元となり,歳出総額の一五・一二%にまで縮小された。(去年は一八・八五%)また緊張の緩和は経済・技術面での東西交流のより大きな可能性を生みだしており,このことも今後の中国の建設に対しては有利に作用するであろう。

国家経済委員会薄一波主任は今年の一月に開かれたある幹部大会での講話のなかで「蓄積をふやし,基本建設を拡大し,さらにたえず人民生活を改善するためのもつとも基本的な条件は大大的に生産を発展させることである」(「学習」五八年五号)とのべているが,中国は上にのべたような国内的国際的両方面の有利な条件を利用して生産発展のための大道を,しかも急速度でおしすすもうとしているようにみえる。しかしまた他面,前記の人民日報社説が指摘しているように,積極的なバランスをとるために「緊張が起るのは当然」であつて,「増産節約,勤倹建国」があらゆるばあいに強調される根拠もそこにあり,また農業重視ということがあつても人民生活の改善ということがいま直ちに大幅に実現されることもむずかしいように思われる。このことと関連して第二次五カ年計画における平均賃銀の増大率も,第一次五カ年計画より低い二五-三〇%におさえられているようである。

同じ社説の指摘するように生産力が一般的低位にある中国ではなお数十年のあいだ「社会主義建設を緊張してすすめてゆかねばならない」のである。もちろんこれは人民大衆に極度の窮乏を強いるのではなく,過去の植民地的生活水準から着実に一歩一歩生活が改善されている事実は人心に大きな安定感をもたらしていることも否定できない。


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