昭和33年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

経済企画庁


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第七章 東欧経済の動向

一 生産状況

(1) 農  業

(一) 生産 東欧の一九五七年の収穫は良好で穀類は戦後の記録的収穫に達した。一九五六年のそれを八五〇万トン以上こえたのである(第7-1表)。これによつてハンガリー,ポーランドの国際収支は改善されたし,ルーマニアでは賃金改革に伴う消費需要の増大に応ずることができた。ブルガリアでは畜産は計画通り増加し,アルバニアでは切符制を廃止した。ただし東独,チェッコスロバキアは例外で不作であった。

甜菜の収穫は東欧全体を通じて著しく良好であつた。

不作の年であつた一九五六年にくらべて,四分の一(ブルガリアとポーランド)ないし二分の一(チェッコスロバキア,ルーマニア,アルバニア)上回つたのである。

ただし東独はとくに良く過去五カ年の平均を上回つた。

その結果ブルガりア,ハンガリー,ルーマニアの一九五八年の国内需要をみたし,チェソコスロバキア,東独,ポーランドでは,輸出能力を回復するにいたつた。馬鈴薯は大体前年度と同じまたは下回つた。

一九五七年の全体の植物性生産はチェッコスロバキアがとくに悪い(第7-2表参照)。

チェッコスロバキア,東独は食糧の輸入への依存性が著しくたかい。チェッコスロバキアは戦前自給していたが,一九五五,六年には約五十万トンの穀物を輸入し,一九五七年はさらに悪化した。

一九五七年の牧草まぐさの収穫は一般に良好であつた。家畜数は同じか少し低下した。しかし一九五八年には改善される見通しがたてられている。肉類販売はいずれの国でも一九五六年よりも増大した。多くの政府は畜産奨励政策をとり,一九五八年一月から牛肉価搭を引上げる傾向を示している。

(二) 政策 東欧の農業政策として注目すべき傾向は一九五六年にハンガリー,ルーマニア,ポーランドにおいて,強制調達制が完全にまた一部廃止され,つづいて種々の緩和政策がとられている。義務買付,予約買付の価格は引上げられ,生産および価格の引上げの結果として農業所得は増加した(貨幣所得は一〇~二五%,実質所得もふえた)。

多くの国では農民は自己資金の補助として信用の提供をうけ,その増加利潤の一部を農業に止めるために肥料・建築材料の豊富な供給をうけた。

こうした価格による刺激政策と並行して,ポーランド以外の各地で一九五七年後半期にコルホーズ政策が強化された。その手段として私的農場よりも協同組合農場に対して,義務割当を低くし,また価格を引上げ,生産手段をより豊富に提供し,M・T・Sのサービスを優先的にふりむけた。投資信用供与においても優遇された。ブルガリアでは九〇%まで完了したが,チェッコスロバキアでは最近急速に推進されている (第7-3表参照)。

その目的の一つは農村から労働力を引出すことである。そして若い生産的な労働者が離村の傾向を示している。コルホーズ政策の推進と共に,ソ連の最近の政策とは反対に農業政策におけるM・T・Sの指導的役割が強化されつつある。それは東欧とくにチェッコスロバキアにおいてますます重要性を示しつつある。

ポーランドでは協同組合,国営農場の経営改善に政策の重点を置く一方,農民の地方組合(Kolka rolnicze)発展に力が注がれたことが一九五七年の注目すべき政策であった。

(2) 工  業

東欧の最も進んだ工業国であるチェッコスロバキアと東独の一九五七年の計画は,前年度に示した工業成長率よりもさらに低下した。しかし生産財と消費財の年増加率は著しく接近している。工業化の進んでいない諸国では計画目標は著しく低かつた。ブルガリアでは一九五六年度の半分位,ルーマニア,ポーランドでは半分足らずであつた。ハンガリーの計画では叛乱とゼネストの後で著しく低い(第7-4表参照)。

これらの計画の共通点は生産費に注意をむけるとともに,あらゆる生産段階の供給をスムースにすることを保証し,また消費財生産の成長率をたかめることにあつた。したがつてまた生産増加第一主義は緩和されるにいたつた。

ポーランド,ハンガリー,ルーマニアでは国際収支の困難が加わり,また後の二国とブルガリアでは不作のため生産の可能性を控え目に見積らざるをえなかつた。ただ消費財と基礎原料のみは一般に低下しなかったことは注意すべきである。

とにかく工業は予想以上に良好で大体一九五六年の水準に達した。東独およびアルバニアの発展率はそれ以上に高かつた。そのうちで消費財生産の増加がとりわけ大きかつたのはチェツコスロバキア,東独,ハンガリーであつた。

ソ連,ルーマニアでは生産財生産の増加が著しかつた。若干の東欧諸国が経済発展をなしえた一要因として,ソ連から輸入した原料をそれらの国へ再輸出する為に加工したことが指摘される。

一九五七年度の東欧諸国の計画が良好であった根本原因は,原料の供給が改善されたことである。前年にくらべて原料の輸入は著しく増加した。それは豊作の見通しによって国内からの調達が増加すると共に,農作物の輸出増加による国際収支改善の見通しがえられたからである。またハンガリー,ポーランドでは国内の財源の補充として対外信用が供与された。さらにソ連が東欧からの輸入のうち大きな割合を自由に移転しうる通貨で支払つたという事実があり,その結果,綿花,ゴム,皮革の供給が著しく改善された。

東独,チェッコスロバキア,ポーランドは鉄鉱石の輸入を増加し,さらにチェッコスロバキアは圧延鋼の輸入を二倍以上にたかめ,輸出を一五%削減した。また東独はその圧延鋼輸入を増加し,コークス,鉄鋼の代わりに銑鉄の購入を著しく増加した。ハンガリーは鋼板を一九五六年の三分の二以上買入れた。一方アルミニウムの輸出を同じだけ削減した東独では鉄鋳物は一二%,圧延鋼は一六%,圧延アルミは三〇%増加した。これによって東欧諸国のストックの回復は可能となった。

原料供給は一般に改善されたが,若干の部門では労働および生産能力の完全な利用を妨げる不足状態がつづいたのである。

さらに最も原材料集約的な部門からしからざる部門へ再分配したことも,生産増加の一因である。たとえば東欧では軍需産業の縮少によって金属供給と民需用機械設備を解放した。東独ではこれら原材料の改善および再分配によつて最も有利な発展を示したのは金属消費財および繊維品であった。


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