平成10年

年次経済報告

創造的発展への基礎固め

平成10年7月

経済企画庁


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第3章 各種構造改革下の経済政策

第6節 社会資本形成の効率性

我が国の社会資本水準は先進諸国と比べるとなお立ち遅れており,中長期的な生活の安定や産業基盤整備のため社会資本を着実に整備していくことが必要である。中期的な財政構造改革の中で必要な社会資本整備を進めていくためには,社会資本形成の効率性を高めていく必要がある。

このためには,第一に,社会資本プロジェクトに費用対効果分析を活用した事業評価を行うべきである。その際には,客観性・透明性の確保にも配慮する必要がある。第二に,公共事業のコストや効率性の問題が指摘されており,財政構造改革の中で,事業の効率化により同じ金額で実質的な事業量を高めるべきである。第三に,公共事業の入札・契約制度の改善など,公共事業の市場の改革を進めるべきである。第四に,公共投資配分の硬直性がつとに指摘されているが,21世紀を見据えて,豊かで活力ある経済社会の構築に向けて真に必要となる分野への重点的な配分が重要である。第五に,民間の高い技術力,経営力と資金力の活用による社会資本整備を追求すべきである。

(社会資本のマクロの生産性)

第3章第1節でみたように,92年度から95年度にかけて取られた財政面からの景気対策は下支え効果はあったものの,結局,自律的な景気回復は定着しなかった。

公共投資の中長期的な効果として,安全を確保する機能や生活の質を高める機能の外に,産業活動の基盤整備により,民間の経済活動の効率化に資するとともに,民間部門の生産性を上昇させて経済の成長力を高めることが期待されている。そこで,社会資本が増加した場合にどの程度民間資本の平均生産性が上昇するかを見た。これによると,70年代に比較すると低下傾向が見て取れる( 第3-6-1図 )が,90年代には上昇を示している。なお,このようなモデルによる分析は幅を持って見る必要がある。

(建設コストの内外格差と官民格差)

公共工事のコストが諸外国と比べて割高ではないのかという指摘がしばしば行われている。確かに,平成5年時点の比較で見ると,日米間では建設費,労務費,資材費等のいずれも我が国の方が割高となっており( 注1 )( 第3-6-2図 ),その結果として,工事費も我が国の方が高くなっている。しかし,このような内外価格差の高さは為替レートにも左右され,また生計費ベース( 注2 )での比較にも見られるように物価全般に及んでおり,建設の分野が特に目立つわけではない。そこで官民のコストを便宜的に工事費について比較することを試みた。一般的には建築物の単価は用途,機能によって異なっていることから,公共建築と民間建築のコストは建築物の用途,仕様等を加味して比較する必要がある。ここでは,単純に比較を試みて,建築着工統計による鉄筋コンクリート建ての建築物の工事費予定額より算出した床面積当たりの工事費単価(床面積当たりの工事費予定額)で見ると,民間部門の建設コストは,ここ3~4年では公共部門に対して相対的に低い水準となっている( 第3-6-3図 )。

また,建設業の労働生産性(就業者一人当たりの付加価値額)について70年代以降の推移をみると,製造業や全産業平均と比べて低い伸びとなっており,実額ベースで見ても90年代以降,建設業と全産業平均とのかい離が出てきている( 第3-6-4図 )。

一方で,入札・契約制度の透明性・公正性・競争性を高めるべきとの指摘がある。そこで,入札・契約制度の改善を図るために様々な取り組みが行われているが,市町村を中心として,改善を一層推進していく必要がある。例えば,透明性・競争性の高い入札方式の一つである公募型指名競争入札の導入状況を見ると,都道府県や指定都市では導入割合が5割を超えているが,市町村では極端に低いものとなっており( 注3 ),工事の規模,執行体制等を踏まえつつ,適切な入札方式の採用を進めることが必要である。また,地元中小建設業者の優遇や過度の分離分割発注が行われているとの批判もある。

この間,政府は「公共工事コスト縮減対策に関する行動指針」を平成9年4月に策定し,公共工事のコストの少なくとも10%以上縮減という数値目標を掲げ,平成11年度末までにおおむね縮減効果を得られるよう努力することとしている。同指針を受け,各省庁が行動計画を策定し,工事の計画・設計等の見直し,工事発注の効率化,工事構成要素のコスト縮減,工事実施段階での合理化・規制緩和等に取り組むとともに,定期的なフォローアップが行われている。

(公共事業分野への民間活力の導入)

社会資本整備の効率性を向上させる一つの手段として,民間の高い技術力,経営力と資金力の活用による社会資本の整備,公共施設の有効活用,民間のノウハウ導入などを行うことが考えられる。

そのための新しい社会資本整備手法として,97年11月の緊急経済対策で,PFIやBOT( 注4 )の導入が検討されることとなり,本年4月の「総合経済対策」でも具体的なPFIプロジェクトの導入手法等の検討が盛り込まれている。PFIは公共部門が実施していた社会資本整備をはじめとする公共サービスの提供を民間の資金,経営能力及び技術的能力を活用して実施する手法で,もともとは,イギリスで公的資金の有効活用のため導入されたものである。

社会資本整備は,その公共性のため,従来どの国でも公共部門を中心に行われてきた。すなわち社会資本の生み出すサービスの特徴として,供給を市場経済に委ねると社会的な必要量に比較して不足したり,供給が不安定になったりするため,社会資本の資金調達,所有,管理・運営は公的に行われてきた。しかし1980年代に世界的に民営化と規制緩和が進み,また財政面からの予算圧縮圧力の強まりから,社会資本整備に民間部門の資金や経営ノウハウを導入する動きが広がったものである。

民間部門がインフラ・サービスの供給に大きな役割を果たすには,資本と経営の一方または両方を提供する方法がある。この場合,民間経営の導入で効率性が向上するのは,民間契約者に経営責任を委譲し,併せてそれに応じた事業のリスクを負担させるケースが考えられる。

この点を,公共的事業分野への民間活力導入の一形態である我が国における第三セクターについて見よう。都市開発・交通事業等の社会資本形成に関係すると思われる東京都の第三セクター23団体を例にとって経営状況,公的部門の出資比率を見る。公的部門の出資比率を民間部門へのリスクの移転度合いの一つの側面として捉えると,経営内容が「良好」と判断された第三セクターへの公的部門の出資比率が5割程度であるのに対し,それ以外の第三セクターへの出資比率は7割を超えている( 注5 )。

第三セクターの本来の狙いは,公的部門が全体の計画,調整を担当し,民間部門がその経営手法やノウハウを発揮することにより,両者の長所を十分に活かすことにある。しかし,公的部門は民間部門の経営に安易に依存し,逆に民間部門は,公的部門の後ろ盾に安住し,お互い無責任にもたれあってしまう危険性もある。

PFIの手法を用いるに当たり,期待されている成果が上がるためには,官民の役割とリスク分担とともに,事業や事業主体の選定に当たっても客観的評価や公的支援のあり方等を明確にし,より効率的な公共サービスが提供されていくことが重要なポイントとなろう。


(PFIのイギリスの例)

1 創設までの経緯

PFIが注目を集めるようになったのは最近であるが,イギリスにおける民間資金による社会資本整備の検討は80年代初めに遡る。79年に政権に就いたサッチャー首相時代から,公共事業に対する民間資金の活用の検討が行われていたが,90年に政権に就いたメージャー首相は,91年に租税に対して最も価値のあるサービスを提供するという考え方に基づき,従来公共部門が対応してきたサービスやプロジェクトの建設や運営を民間主体に委ね,政府はサービスの購入主体になるという方向を示した。それを具体化したのが92年11月に示されたPFIと呼ばれる考え方である。導入当初は,行政側に戸惑いがあり実績が上がらなかったが,現在は建物,交通インフラ,情報システム等の公共プロジェクトに広く活用されている。

2 内  容

PFIは,道路や橋など公共部門が実施している社会資本の整備をはじめとする公共サービスの提供を民間に委ねる手法の総称である。従来型の公共事業は,道路や施設の建設だけを民間企業に発注し,管理・運営は国や自治体が担当するが,PFIでは資金調達から建設・管理・運営までの官民の役割やリスク分担を最初に定め,その契約に基づいて実施される。

また,公的関与に着目したPFIの類型として,イギリスでは,①自立タイプ(公的負担なし),②公共へのサービス提供タイプ(公共がサービスの対価を支払う),③ジョイントベンチャータイプ(補助金等公的支援活用型)の3種類を挙げている。

PFIでは,資金調達の一部又は全部の民間移転に加え,①公共の資金負担を伴う場合には,支出に見合った価値を示せること,②民間に対する純粋なリスクの移転を伴うこと,の2点が最小限の要件とされるが,それ以外の枠組みや手法に関しては関係当事者間の創意工夫に委ねられている。

3 実  績

PFIは,中央官庁,エージェンシー,地方自治体,公営企業等のあらゆる政府関連部門で用いられているが,PFIが実績を上げた背景として,次の点が挙げられている。

    ①租税という対価に対して最も価値のあるサービスを提供するというVFM(=Value for Money)という基本的考え方が徹底されていること

    ②民間に移転するリスクと収益機会を明らかにし,その結果について行政は一切責任を負わないという徹底した官民役割分担が確立していること

    ③イギリスには行政からも議会からも独立した会計検査機関が設置されており,通常の使途検査に加えて税金の使われ方の効果評価(VFM監査)を行い,問題がある場合には改善を勧告し,議会が公表するというチェック機能が存在していること

    ④公共部門であっても事業実施にかかるコストを明らかにし,効率性において民間との競争にさらされている環境にあること

具体的な事例としては,以下のような事業がPFIを活用して行われている。

(1)有料橋:クイーンエリザベス2世橋

ロンドン市内のダートフォード地区においてテムズ川を横切る橋梁である。同地区にある既存のトンネルが慢性渋滞であったことから,事業コンペを通じて建設会社や金融機関からなる民間コンソシーアムが事業会社を設立して既存のトンネルの運営権を譲り受けるとともに,新しい橋の建設運営を行うことになった。政府から与えられた運営権の期間は20年または投資資金の回収時点の早い方であり,終了時点で施設の所有権・運営権を無償で公共に譲渡することとなっている。橋は91年から供用開始となり,当初計画より早く無償譲渡が達成される見通しである。

(2)鉄道:ドックランドライトレール延伸工事

ドックランドライトレールを4.2km延伸する事業を民間コンソシーアムが落札。プロジェクトの設計,建設,資金調達,メンテナンスを行う。土地取得と鉄道運営は既存の公社が行い,事業会社は契約期間(24年半)終了後施設を無償で公社に引き渡す。2000年に開業する予定である。

(3)再開発:カーフィリー再開発

カーフィリーの中心部に位置する荒廃地の再生プロジェクト。ウェールズ土地公社が55に上る地権者から土地5haを購入し,民間企業が地区全体の開発を行った。95年にオープンし,400人の雇用を生み出している。

(4)システム:NIRS2(新社会保険システム)

社会保険システムの更新につき,新システム提案,設計開発並びに運用を民間コンサルティング会社が行う。契約期間は7年で3年間の契約延長オプションを持つ。資金調達は民間が行い,料金は年毎に最低支払額と最大支払額を定め,その範囲内で,トランザクション量に応じて支払われる(97年完成)。

(5)道路:DBFO(Design Build Finance Operate)道路

交通省では94年に高速道路と幹線道路のネットワーク整備にPFIを導入することに決定し,15路線の候補プロジェクトをリストアップしている。30年の契約期間を前提に,公共の定めるサービス水準に従って施設の設計・建設・資金調達・運営を行う。契約期間終了後は施設の所有権を国に譲渡するのが共通点である。

(参考文献)豊島俊弘「PFI」『地方財務(1997年10月号)』等。