平成10年

年次経済報告

創造的発展への基礎固め

平成10年7月

経済企画庁


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第2章 成長力回復のための構造改革

第4節 金融システムによるリスクマネー供給と企業の新規開業

従来,家計の資金供給がリスクを取らない資金運用形態に偏ってきた構造のもとで,金融システムがどれだけリスクをプールしリスクマネーを供給できるかは,主として銀行等の金融機関のリスクテイク能力にかかっていた。しかし,こうした金融機関は調達した資金について元本保証を前提として運用を行う。したがって,経済全体の期待成長率が鈍化し,かつ競争促進,規制緩和を指向する政策をとることによって競争が促進される結果,平均的なコマーシャルリスク(売上げなどの変動リスク)が増大するとともに,バブルの後遺症,すなわち企業や金融機関における不良資産,不良債権問題の処理は今後も続くことから,過去に比べて既存の資金供給チャネルのリスクテイク能力は低下している。したがって中小企業,新規開業企業の資金調達チャネルの多様化が望ましい。

いわゆるベンチャー企業や既存企業による新規開業の活動は,我が国経済構造改革の原動力ともなるべきものであり,その活発化が期待されるところである。他方,新規開業企業は倒産のリスクも高く,そこに資金を供給する金融機関,ベンチャーキャピタル等が十分機能するためには,高い事前審査・モニタリング能力や総合的なサポート体制が求められる。

他方,ベンチャー企業に対する出資者は投資先が早期に株式公開することにより高いキャピタルゲインを得ること等を期待するが,いわゆる「ベンチャー」と呼ばれる企業においても必ずしも公開を前提としないものもある。したがって,公開を目指す企業が早期に新規株式公開を達成できるよう株式市場の厚みが増すことが必要であることはいうまでもないが,一方で企業の新規開業が活発化するためには間接金融の役割も極めて重要である。このためにも,金融機関のリスクテイク能力を早期に回復させることは日本経済の中長期発展にとって必須である( 注1 )。

なお,新規開業の問題は,資金面以外にも人材面や各種規制・商慣行など様々な要素からなる総合的なものであるが,本節ではあくまでリスクマネー供給のあり方を中心に議論を展開することとする。その際,我が国経済における新規開業等の意味を問い直し,リスクマネー供給を巡るより包括的な議論を引き出していく。

1. リスクマネー供給体制の問題点

(資金供給経路の各段階における問題点)

まず,資金供給経路の各段階におけるこれまでの状況を概観してみよう。

いわゆる「貸し渋り」にみられるように,企業が資金調達に支障を来しており,リスクは高いが将来性のあるベンチャー企業等の育成に資金調達面がネックとなっているのではないかとの議論がある。

企業への資金供給は,投資超過主体(主として企業部門)がその将来の所得を支払原資として,貯蓄超過主体(主として家計部門)から資金を借り入れる,あるいは株式等の発行により行われる。支払原資は将来の所得であるため,当然リスクが伴うが,問題はこれを誰が負担するかである。

第一に,家計部門については,金融資産の運用が低リスクの金融商品に偏っており,基本的にはリスク回避的である。これは家計の資産選択の結果であるが,一方で資産運用サイドが家計の運用ニーズに十分対応仕切れていない可能性もある。この点,投資信託等のスキームでミドルリスク・ミドルリターンの商品を開発する余地はあると考えられる。個人投資家や年金資金等は,本来もっとリスクを負担しうるとも考えられるため,こうした者が,適切にリスクを分散・シェアしつつリスクマネーを供給できるような仕組みを作る必要があると考えられる。

第二に,銀行等の金融機関は,不良債権の処理が依然として続くことや株式含み益の減少等によりリスクテイク能力が低下しており,(前述のとおり)中長期的にも,我が国の銀行の資産内容や融資内容の見直しが進むとすれば,銀行貸出が今後急速に回復するかどうかは疑問である。

また,間接金融に特有というわけではないが,我が国の銀行の中小企業向けの貸出は不動産担保貸出のウェイトが高い。担保貸出の貸出割合をみると不動産担保は全体の3/4弱を占める( 第2-4-1図 )。

不動産担保貸出については,これまでは借入先に対する審査にかかるコストを節約できるというメリットがあるが,それが結果的に金融機関の審査能力の向上にはマイナスに働いていた可能性がある。中小企業のうち将来大きく成長する可能性がある場合でも,不動産担保が不足しているような場合には,資金調達面がネックとなり成長が妨げられることとなる。

今回のバブル崩壊のように地価が下落しいわゆる土地神話が崩れた今,銀行の貸出行動も,土地担保貸出に依存した貸出行動から,より高度な審査体制を整え,リスク管理能力を高める必要がある。企業の将来性を見据えた審査体制を強化することで,銀行が新たな貸付先を開拓していくことが必要であると考えられる。

第三は直接金融である。

株式市場や社債市場といった資本市場を通じた資金供給,あるいは公開前の企業へのベンチャーキャピタルやエンジェル( 注2 )等による資金供給は銀行貸出と並ぶ重要な資金供給手段であるが,これらがこれまで以上に十分に機能するような環境整備を図っていく必要があろう。社債の発行規制の撤廃や株式公開基準の見直しは進んでいるが,中堅以下の企業の社債発行のウエイトは依然として非常に小さい( 注3 )。

2. 新規開業と金融チャネル

(低下する開業率)

新規開業企業の活動は,我が国経済構造改革の原動力ともなるべきものであり,その活発化が期待されるところである。

しかしながら,事業所統計により開廃業率の推移をみると( 第2-4-2図 ),開業率は1970年代以降低下傾向にあり,足元では年率3%台にまで低下して廃業率と同程度になっている。一方,アメリカにおいては,開業率はこの10年間十数%の高水準で安定的に推移している。廃業率も同様に高水準にあるものの,我が国とは対照的に企業の出入りが活発な状況が続いていることが分かる( 注4 )。以下,我が国の新規開業・新規事業を巡る動きについて,アメリカと比較しながらみる。

(新規開業と雇用)

産業構造が変化する中においては,既存企業による雇用増とともに,新規開業に伴う雇用増が期待される。そこで,最近の我が国における事業所の従業者数の動きを,業種別に新規開業事業所による増加分と既存事業所における増減(事業所の廃止分を含む)とに分けてみることにより,雇用吸収と新規開業の関係についてみよう。

( 第2-4-3図 )によると,サービス業,小売業,飲食店等で新規開業に伴う従業者数の伸びが目立つ。特にサービス業においては,専門サービス業や,他事業サービス業,医療業,娯楽関連が,新規開業に伴う雇用機会の増大に寄与している。また,情報サービス・調査業においては,新規開業に伴う雇用の伸びが高い反面,既存事業所における雇用はこれを上回って減少しており,業界内の雇用構造が活発に変化していることが読み取れる。反対に,社会保険社会福祉関連は,新規開業によるものと既存企業によるものとが共に雇用機会を増大させていることが注目される。さらに,映画ビデオ制作,物品賃貸業などにおいては,従業者数そのものは大きくないため寄与度は小さいが,新規開業に伴う雇用の伸び率は大きい。

アメリカにおいても,人材派遣サービスを始め,飲食店,百貨店,映画製作・関連サービス,配管・空調工事や石工事・左官など特殊な建設業,各種小売店,託児サービスといった業種がそれぞれ年間5万人以上の雇用機会を産み出し(94年),このうち特に人材派遣サービスや映画制作・関連サービス,配管・空調工事,託児サービスなどは年間の雇用増加率が1~5割に達するなど雇用機会の拡大に貢献している。日米ともに類似した業種が,新たな雇用吸収先として重要な役割を果たしていることが分かる。


(規模別・業種別にみた新規開業と雇用機会)

事業所統計により,91年7月1日から96年10月1日の従業者数の増減について,従業者規模別・業種別に,「新規開業による増加」とそれ以外の「既存事業所の規模の変化等に伴う増減」( 注5 )とに分けてみよう( 図1 参照)。

まず,全産業ベース( 注6 )でみると,99人以下の中規模の事業所において,新規開業による従業者増が目立つ( 注7 )。ただし,9人未満の事業所については規模が小さいほど既存事業所での減少も多い。この結果,小規模を含めた中小事業所の従業者数の全規模での従業者数に占める割合は従来から縮小傾向をたどっている一方( 注8 ),中規模の事業所に限ってみれば,全規模の従業者数に占める割合はこれまでのところ緩やかに増大してきている( 注9 )。

次に,これを業種別にみると,それぞれに特徴的な姿が現れる。

建設業においては,中小事業所による雇用吸収が如実に表れた形となっている。小規模事業所において新規開業に伴う雇用増が高いのに比して,既存事業所における減少幅が特に中規模を中心に極めて低くなっているのが特徴的である。

製造業においては,全規模において新規開業による雇用の伸びを既存事業所における減少が上回っており,なかでも小規模事業所及び300人以上の大規模事業所において既存事業所での減少が目立っている。

卸・小売については,新規開業による従業者増には規模の小さい事業所が大きく寄与しているが,一方で同規模においては既存事業所における減少率も高く,ネットでは減少となっている。卸売業は,全規模では従業者数は減少傾向にあるが,小売業は5~49人の中規模事業所においては新規開業により雇用が伸びており,50人以上の大規模事業所においては新規開業事業所ばかりでなく既存事業所においても雇用が吸収されている。飲食店は,大規模事業所のウエイトが小さい点を除けば,小売業に似たものとなっている。

サービス業についても,小売業に近い動きとなっているが,特に200人以上の規模の事業所では,既存企業での従業者増が新規開業によるものを上回って雇用を伸ばしていることが特徴的である。

今度は,本所・支所・単独事業所に分けて従業者数の増減をみよう( 図2 参照)。

これによると,全産業ベースでは,従業者数の伸び(寄与度)は支所(支所・支社・支店)によるところが最も大きく,単独事業所による伸びを大きく上回っている。これは,単独事業所の中で大きなシェアをしめる小規模零細企業(従業者一人の事業所だけでも事業所数の2割強)が減少傾向にあるためでもあるが,いずれにしても全産業ベースでは既存企業が支所を新たに設けたり,その規模を拡大することによる雇用吸収が最も大きいといえる。この結果は新規開業の重要性を何ら否定するものではないが,それにも増して重要であるのは,新規企業であれ,既存企業であれ,成長企業・成長部門を如何に的確に成長軌道に乗せていくかということであることを示唆しているといえよう( 注10 )。

なお,本所・支所・単独事業所別の動きについても,業種別にみると,それぞれに特徴的な動きがみてとれる。

建設業においては,そもそも単独事業所のウエイトが大きく,事業所増・従業者増も単独事業所による寄与が大きい。背景としては,この時期の官公需の拡大も大きいとみられる。

一方,雇用吸収力が特に大きいサービス業,小売業・飲食店をみると,サービス業は事業所増・従業者増ともに支所の寄与も大きいながら,それ以上に単独事業所の増加による寄与が大きいのに対し,小売業・飲食店においては,単独事業所の事業所数は減少し従業者数も微増に留まっており,事業所数・従業者数の増加は支所の増加によるところが大きい。上の議論と考えあわせれば,同じ新規開業でも,小売業・飲食店においては既存企業のチェーン店等の新規開店が雇用機会の創出に大きく寄与しているのに対し,サービス業においては,従来にはなかった業種・業態が新たに創出されることなどから,正に新規企業による開業が雇用機会創出という意味でも重要性をもっているといえよう。


(新規開業のリスク)

新規開業企業は,一般に倒産のリスクにより多く晒されていると考えられる。91年と96年の事業所統計により算出すると,90~91年に開業した事業所(すなわち開業1~2年目の事業所)は,その後5年弱の間に25.4%減少している( 第2-4-4表 )。同様に,86年と91年の事業所統計によれば,85~86年に開業した企業がその後の5年弱の間に37.4%減少している( 注11 )。

アメリカについてみると,やはり企業の廃業率は新規開業企業ほど高いことがわかる( 第2-4-5表 )。これによれば,開業1~2年の企業はその後5年間で50%以上が減少していることとなる。我が国に比べ企業の出入りが激しいだけに,立ち上げ期において廃業・倒産に至る割合も大きいといえる。

(リスクマネーの供給が円滑化するための条件と現状)

このように新規開業は高いリスクを伴うものであるため,資金供給者には高いスクリーニング(事前審査)・モニタリング能力や総合的なサポート体制が求められる。

他方,店頭登録・上場前の既存企業やベンチャー企業等への投資を行うベンチャーキャピタルやエンジェル等にとっては,投資の目的が基本的に株式公開に伴うキャピタルゲインの獲得を求めるものである以上,①開業後早期に新規株式公開が望めるか,ということに加え,②投資先が「倒産はしないが株式公開も出来ない」という状態(living dead)になった場合に如何に投資資金を回収するか,が問題となる。

①の新規株式公開については,アメリカにおいてはNASDAQ市場における新規公開企業の創業から公開までの平均的な期間は5~7年といわれている一方で,我が国において97年に新規店頭公開した104社(特則銘柄の1社を除く)の会社設立から店頭登録までの平均所要年数は26.2年となっている。これは,95年,96年がそれぞれ平均32.3年,29.5年であったのに比べれば大幅に短縮しているものの,設立後10年未満で登録を実現した会社は,96年の7社,97年8社と依然低位に留まっており,今後の店頭市場のなお一層の活発化が望まれる状況にある( 注12 )。

また,②のliving dead対策としては,アメリカやイギリスなどにおいては社長の交代,会社の売却・合併などの手立てが講じられることとなる。しかしながら,我が国においてはM&A(企業の合併・買収)は欧米に比べ低い水準に留まっており,このことは,投資先の企業が living deadに陥った場合にベンチャーキャピタル等が投資資金を回収する手段が十分でないことを示唆している( 注13 )。

これまでは,企業の売却は事業が完全に立ち行かなくなった企業のすることであるというイメージにより,積極的に売却を望んでもその情報が漏れるとむしろネガティブな評価を受けてしまうことなどから,清算や事業維持ではなくより高い業績評価に基づく企業や業務の売却を図ることが必ずしも経営の一手段となり得なかった。こうした認識が,良質な「売り情報」を少なくし,我が国企業に対する内外企業による合併・買収を低位に押しとどめていた可能性がある( 第2-4-6図 )。

しかしながら,最近では,世界規模で企業間の競争が激しくなる中で,企業が系列関係の見直しや業界再編の必要性に迫られていることなどを背景に,我が国企業に対するM&Aの件数も,アメリカやイギリスに比して低水準ながらも,96年以降急速に増加してきている(前掲 第2-4-6図 )。最近では,欧米企業を中心にM&Aがより戦略的なものとして活発化していることなどを背景に,M&Aに対するイメージも変わりつつある。また,M&Aについては後継者のいない中小企業オーナーが企業を買収する手段として注目されてきており,大阪や東京の商工会議所により設置された非上場中小企業のためのM&A仲介市場への関心も高まっている。

いずれにしても,これまでのところ上のような状況を反映して,我が国のベンチャーキャピタルの投資ステージは,過半が設立後5年未満の企業であるアメリカとは異なり,創業からかなり時間の経過した企業への出融資が中心となっており,文字どおり「新規開業」を支援するものとしては機能していない( 第2-4-7図 )。

また,新規店頭公開企業数をみても,96,97年は百件を超える水準ながら前年の件数を下回ってきている。しかしながら,その中で既公開企業の関連企業による公開数は前年に比べて減少しておらず,公開数の減少は,専ら関連企業を持たない新規開業企業によるものとなっている( 注14 )。さらに,97年夏以降は株式市況の低迷等により登録手続きの延期・中止を行ったものが多数存在しており,関連企業を持たない独立した新規企業による店頭公開は足元では頭打ちとなってしまっている( 注15 )。こうした状況は,アメリカにおいて,ベンチャーキャピタルが新規投資する企業は毎年約320社(91~95年平均)となっているところ,95年には183社,96年には276社が上場・公開を行っており,極めて高いヒット率を達成し,その結果,ベンチャー企業への円滑な資金供給が行われているのと対照的である。今後,我が国の店頭市場の活発化に向けて一層の取組が望まれる。

(新規開業と間接金融)

日本経済の活性化や雇用機会の創出のためには,いわゆるハイテクベンチャーなど株式の新規公開を目指す企業の開業だけではなく,広く一般に新規開業が活発化することが望まれる。

国民金融公庫が開業後1年以内に融資をした企業を対象に行なったアンケート調査( 注16 )によると,今後の事業展開について,「拡大していずれは株式を店頭公開したい」とするのは6.8%に留まり,「株式公開は考えていないが現状より拡大したい」とするものが62.5%と太宗を占めた( 注17 )。これは前年の調査においても同様の結果となっており,一般に新規開業の活性化について議論するに当たっては,新規株式公開を狙うのではない大多数の新規企業の開業のための条件整備についても,充分に考慮していくことが重要といえる。

同じ調査において,開業の経験を踏まえて新しく事業を始める人にとって充実させるべき公的支援制度を問うているが,これによると,「開業資金の融資」を充実させるべきとの意見が最も多く,「ベンチャーキャピタルによる出資」や「出資者の紹介・斡旋」といった市場から企業が直接資金を調達する手段の充実を望む割合はこれに比べると少なくなる。これは,融資機関によるアンケート調査結果であるとはいえ,公開を前提としない企業が太宗を占めることと整合的な結果である。

上の二つの結果は,①そもそも株式公開が創業者にとって依然極めて困難なものであること,②新規開業が活発化するためには間接金融の役割も重要であること,のふたつの面を示唆していると考えられよう。

3. 成長部門への資源配分が重要

(まとめ―何が問題か)

以上の議論を踏まえ,改めて問題を整理してみよう。

一般に企業の新規開業については,それが活発であるか否かが経済全体の活力を占う上で大きな物差しとなること,また,企業の新規開業が雇用機会の創出等の観点からみても重要であることは大方の賛同が得られるところであろう。

ただし,前述のように,雇用機会の観点では,企業の新規開業によるものに劣らず既存企業の規模拡大に伴う雇用の拡大(新規の事業所を設けることによる場合が多い)が重要である。しかしながら,現在は,既存企業の規模拡大は必ずしも容易ではなくなっている。

従来は,我が国においては,既存企業内で活発に新規事業が創造・育成されてきたことは,例えば元々は繊維メーカーである大手企業が今や化粧品・医薬品や住宅メーカーなどに姿を変えて存続・拡大していることを考えれば,明らかである。とすれば,我が国においては企業内で様々な人材を確保しつつリスクマネーを投下し,新規事業を起こすという一つの機動的・機能的なシステムが存在してきたと考えることも可能である( 注18 )。

しかしながら,このような既存企業内における事業の創造・育成という従来型のシステムが今後も有効に機能しつづけるとすることは必ずしも適当ではない。

主として大企業が内部でリスクを背負って新規事業を開拓する従来のシステムが成り立ち,人材・資産ともに拡大路線を取ってこられたのは,企業の予想経済成長率が高かったことや,資産価格の上昇があったからであるとみられる。しかしながら,こうした前提条件が崩れた今,新規事業を生み出す人材やリスクマネーを主として大企業の内部に求めることは有効でない。

(「成長」を支えるシステム構築を)

また,雇用等に与える影響を考えれば,必要なのは企業の「開業」以上に「成長」である。従来からの企業においても,新たな挑戦により「成長」を勝ち取っていくことが期待される。

こうした場合重要なのは,新規開業企業であれ従来からの企業であれ,成長の可能性を見出した時点から,いかに迅速にそれを現実にするための資金を調達することができるかである。今後,こうした資金の供給主体として,銀行のみならず,ベンチャーキャピタルやエンジェル等が果たす役割が一層大きくなると見るべきであろう。

こうした文脈において,成功した企業が早く株式を公開でき,投資家がキャピタルゲインを実現できる環境を作るとともに( 注19 ),living dead状態回避の問題も重要である。当初高い収益機会を見込んでリスクをとったとしても,その環境に変化が生じた場合に,投資家が投資資金を円滑に,少しでも多く回収できることが必要であるからである。成長や将来の収益の可能性とそのリスクを評価し,自己責任原則の下で資金を供給するのが投資家の役割であり,さらに企業の収益環境の監視をし,経営者とともに重要な路線変更の判断を行なうのも投資家の役割である。

また,従来の企業内でのリスクマネー供給と新規事業開拓の体制についても,特にその中の事業部門(セグメント)毎の経営状況に関する情報が十分に開示されていない場合には,投資家は本来逐次与えられるべき判断材料を与えられないままにリスクのみを背負わされることになる。

こうした状況を打開し,投資家の自己責任原則と企業経営の透明性を確保することが,本格的なリスクマネー供給と新規事業の活発な展開にとって不可欠であると考えられる。( 注20 )