平成10年

年次経済報告

創造的発展への基礎固め

平成10年7月

経済企画庁


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第2章 成長力回復のための構造改革

第2節 規制改革はじめ構造改革の必要性

生産性を高め,潜在生産能力の伸びを高めるには,相対的に生産性の低い部門で生産性を高めることが有効な方策の一つである。我が国のように,生産性の低い部門が存在することは,潜在的に生産性が高まる余地が十分あることを示し,今後の経済の新たな活力の源泉となりうる。生産性を改善し,経済構成員の積極的行動を呼び覚まして,潜在生産能力の伸びを回復させるには,市場メカニズムと自由な競争を基本とした制度や民間システムへの改革が急務である。

こうした構造改革の第一は,公的規制によって市場メカニズムによる競争が十分でなく,諸外国と較べて生産性が低く,他部門に高いコストを強いている分野や,急速な技術革新が生じている分野で,規制の撤廃・緩和などによって技術革新,生産性上昇,事業機会の拡大や新規需要の開拓などを促し,経済の発展基盤を構築することである。とくに,エネルギー分野等の経済全体に高コストや制約を課している可能性がある分野では,規制の改革が急務である。また,電気通信のような経済全体の効率性を高め,技術革新の成果が経済全体に波及し活用されることが期待される分野では,技術進歩に応じて規制等の制度が間断なく見直されることが求められている。

第二は,高齢化,個性化,グローバル化など,経済社会全体の大きな長期的トレンドからみて今後重要性を一層増す分野で,効率性を改善し,社会的コストの上昇を最小限にとどめるための改革である。人口高齢化に伴う医療・介護サービスの一層の効率化,グローバル化に伴う金融システムの一層の自由化などが政策課題である。

第三は,経済社会環境変化によって,企業の内部コントロール,企業間関係,雇用慣行など,日本的経済システムのなかで,合理性が低下したものについては,変化の必要性が論じられている。

以上のうち,第三の問題については本章第5,6節で扱う。本節では,規制改革について,そして高齢社会に備えての医療制度改革について論じる。

1. 規制の撤廃・緩和等による生産性向上と事業機会拡大

(公的規制の緩和・撤廃等が生産性向上に寄与)

バブル崩壊後の生産性の伸びを見ると,規制産業であるほど過去と比べて低下割合が大きいことをみた( 注1 )。バブル崩壊後の需要の伸び低下,需要構造変化などの中で,規制産業が臨機応変に対応できにくいことが示唆される。

規制が存在するため生産性が低く抑えられ生産性上昇の余地が残された分野は,規制緩和が経済の新たな活力の源泉となりうる。規制産業ウエイトを参入規制,価格規制あるいは設備・数量規制等が行われている分野の割合でみると,90年代に入って顕著に低下しているわけではない( 第2-2-1表 )。ただし,このウエイトは上記の規制の有無にもとづいて試算されていることから,規制は存続しているもののその内容に変更があった場合には,それが反映されない点に留意する必要がある。近年規制の内容は間断なく見直されており,着実に変化してきている。特に,第1節で見たとおり規制産業ウエイトが高く業種全体としては生産性の伸び率が低下している業種においても,規制産業ウエイトに変化がないものの規制緩和が図られてきた分野があり,そのような分野についてみると生産性の向上や設備投資の拡大など大きな成果が上がっている例が見られる。

市場機能を妨げていた「経済的規制」の撤廃や緩和は,同時に市場での公正な競争を確保するためのルールを用意することでもある。そこでの大原則は機会の平等,自己責任,情報開示,ルール重視である。とくに情報開示は必須であり,それによってのみ,サービスのユーザーは自己責任で市場から選択をすることができるようになる( 注2 )。

規制緩和の対象となる産業分野の具体的な例については,97年経済白書でも詳しく取り上げた( 注3 )。ここでは,中長期的な経済・産業構造変化の円滑化や経済全体の活性化に資する分野は特に緊要性が大きい,という観点から,次のような分野について規制改革を考える。

第一は,経済全体の効率性を高め,技術革新の成果が経済全体に波及し活用されることが期待される分野である。いわば産業経済発展の基盤をなす分野である。この典型は電気通信分野である。ここでの規制緩和による技術の発展,新規サービスの展開,コスト削減などにより,他産業にとってのコスト低下とともに情報技術革新の外部経済効果が及ぶ。また,携帯電話に実際に見られたように,規制緩和は短期にも需要拡大効果を持つ。技術進歩の速いセクターでは,そのスピードに応じた制度改革が重要である。

第二は,経済全体にとっての高コスト構造の是正が期待される分野である。典型は電力業であろう。既にこの部門への新規参入解禁が注目されている。発電事業への参入解禁など競争の導入は,早くも料金の引き下げによる他産業へのコスト削減効果をもたらし始めている。

第三は,既存の被規制成熟産業の活性化である。こうした部門の典型的な例として昨年の経済白書では小売業を取り上げた。また本白書第1章第6節では小売業における大店法の緩和が建設需要を刺激している点を指摘した。ここでは鉄道業を取り上げる。鉄道業では,国鉄からJRグループ各社への分割民営化と経営への制約緩和によって,雇用が大幅に減少しながら営業収入が拡大し,生産性上昇効果が大きかった。

(技術進歩の成果を最大限に引き出す―電気通信の自由化)

近年のデジタル技術の急激な進歩は,そうした技術を体化した製品(ハード)を供給する電気機械産業で生産性の向上を促進するとともに製品の種類を急激に拡大させた。それとともに,そうした製品(ハード)を用いて情報通信関連産業などサービス(ソフト)を供給する産業も急速に拡大しており,ハードとソフトの間で相互に需要を喚起し,それが生産性の上昇に寄与して価格が下落しさらなる需要の拡大が生ずるシナジー効果が現れている。

以下では携帯電話を例に挙げて,技術進歩に応じた制度改革の重要性についてみることにしたい。

携帯電話は,日本電信電話公社によって1979年に東京地区で自動車電話としてのサービスが開始された。その後,日本電信電話株式会社(NTT)への民営化やNTT移動通信網株式会社等(NTT DoCoMoグループ)への分離・分割により公正有効競争条件が整備され,新規事業者(NCC)の参入が相次ぎ,現在では1地域3社又は4社体制でサービスが提供されている。これに,95年からサービスが開始されたPHSを加えると,移動通信市場全体では1地域6社又は7社体制という世界的にも競争の進んだ市場となっている。移動通信事業へのNCCの新規参入は88年から始まっていたが,その後も普及率は諸外国と比較してもそれほど伸びず( 第2-2-2図 ),最近の急激な伸びは,端末売り切り制の導入以降の現象である。従来の加入電話機については,85年の電気通信制度改革により端末の利用者調達が可能となったことで,メーカー間の開発・販売競争が生じ,留守番電話やコードレス等の多機能付加価値化や,低廉化が促進されたといわれている。携帯電話についても,94年4月から端末の売り切り制が導入されたことにより,レンタル制に伴う高額な保証金が不要になったことのほか,それまで直営店,代理店でしか取り扱っていなかったところへ,家電量販店等の参入により販売ルートが多様化し,新規参入業者を含めたメーカーによる端末機の小型化等の技術進歩や,生産性の向上に伴う低廉化が加速,具体化したことや,さらに競争の進展により,通話料,基本料,新規加入料等が値下げされ,利用者の利便性が高まってきたことが潜在需要を表面化させたと考えられる。

この結果,加入者数が急激に増加し,95年度や96年度においては携帯電話関連の設備投資が独立投資的に伸びた結果,設備投資の伸びの牽引役となった。

こうした売り切り制やPHSの導入など規制緩和等による価格低下は,加入者数増大に対応した設備投資及び端末購入や通話料などの個人消費を大きく刺激した。通話料(基本料を含む)と端末償却費用及び新規加入料を用いて,その価格低下の加入者数に与える効果をみると,94年度から97年度にかけて加入者数約2千万人を増加させる効果があり,これは97年度末の全加入者数の約7割に相当する規模と試算される( 第2-2-3図 )。こうした価格低下の結果,消費者の満足度をあらわす消費者余剰を測ると,94年度から97年度にかけて累計で1.4兆円規模の増加があったものと見られる。

次に,価格低下による需要の拡大が設備投資と消費に与える効果についてみた。NTT DoCoMoグループとNCCグループの設備投資と加入者数の増加との関係をパネルデータにしてその時差相関をみると,設備投資と2年先の加入者数の増加との相関が最も高かった。ここから携帯電話各グループはおおむね2年先の需要まで見通しながら設備投資の計画をたてているものとみられる。このもとで規制緩和等が設備投資に与える効果を試算すると,売り切り制導入に先駆けて92年度からその効果が現れ,92年度から96年度の累計で1.9兆円の増加となった。

次に消費に与える効果についてみると,当初は端末購入費や加入料といった初期コストに関わる消費のウエイトが大きく,その後基本料・通話料といったランニングコストに関わるコストのウエイトが大きくなっている。これら設備投資及び消費に与える影響を加えると,96年度で2.4兆円の需要創出効果を持ったものと試算される( 第2-2-4図 )。

以上のように,潜在的な需要が大きい分野で,技術革新に併せて規制緩和等を行うと,大きな需要創出効果がある。このことは,新たな技術を体化した新たなサービスが市場化されるためには,技術進歩に応じて規制等の制度が間断なく見直されることが求められているといえよう。

(高コスト構造の是正―発電への新規参入)

日本の電力価格は国際的にみて割高であると指摘されている。電力価格の国際比較に当たっては各国の電気を巡る諸条件を考慮する必要があるが,標準的な家庭の月間電気使用料(280kWh)を前提に国際比較を行ってみても,日本の電力価格は欧米よりも割高となっている( 注4 )。この要因として,日本の電力コストに占める資本費の割合が高く,設備投資によるコスト負担が大きくなっていることが挙げられている。そうした資本費が高い背景として,第一に日本の最大電力需要の伸びが高いこと,第二に日本の電力需要は季節間,昼夜間で格差が拡大しているため負荷率( 注5 )が低いこと,第三に品質や環境・保安基準が厳しくそれに適合する必要があること,が挙げられている。

95年4月に電気事業法が改正され,卸電力事業への参入許可を原則廃止するとともに卸電力に関する入札制度を導入する等を内容とする規制緩和が行われた。この規制緩和の下で,電力会社各社は96年度に第一回目の入札を実施した。この入札結果をみると,入札募集量265.5万kWの4.1倍に相当する応札があり,落札価格は電力会社各社が提示した回避可能原価( 注6 )を1割弱から3割半ば下回る結果となった。また,97年度にも第二回目の入札が実施されており,ここでも入札募集量285.5万kWに対して5.0倍に相当する応札があり,落札価格は回避可能原価を2割半ばから4割強下回る結果となった( 注7 )。この価格差については,これまでに落札した卸電力事業者については,多くが既に自家発電設備を有しており,卸電力事業を行うにあたっても既存のインフラの活用により低コストでの参入が可能であること等が要因として考えられる。また,現時点では落札電源は運転が開始されておらず,運転開始日に間に合わないものがないか,故障率など信頼性に問題がないか,発電事業者は適正に経営していけるか,など真の落札電源に対する評価はこれからの部分もあると考えられる。従って,落札価格だけから評価するのは限界があるものの,この卸電力の入札結果によって,改めて日本の電力価格の高さに注目が集まることとなり,前述のような構造的な要因はあるものの,既存の電力事業者による電力の生産構造の一層の効率化が求められている。

こうした電力の生産構造の効率性向上について,それまでの既存の電力事業者による独占的な供給構造の下で総括原価主義に基づいて価格が設定されている状況においては,設備投資の水準が過剰になるおそれがあることや,生産性の向上やコストの削減を図るインセンティブが損なわれうること,などを考慮し,95年の電気事業法改正時に入札制度と同時に,事業者間の効率化の度合いを比較査定するヤードスティック査定等を内容とする新たな料金設定方式が導入された。この下で96年1月ならびに98年2月に料金改定が行われており,電力事業者10社平均でそれぞれ4.21%,4.67%の引下げが行われた。

卸電力の落札価格の結果は,ヤードスティック査定に基づく価格設定方式とともに電力各社に刺激を与え,生産性を引上げ価格低下の余地を高める要因となることが期待される。


(IPPによる電力コストの引下げ)

電気事業法の改正により,IPP(独立系発電業者)による電力の卸供給に入札制度が創設され,96年度から一部の電気事業者により卸供給電力入札が実施された。このうち97年度分まで,既に落札者及び規模に加え,各電気事業者が設定した上限価格と落札価格のかい離度合いの平均が公表されている( 参照)。

これを基に概算すれば,たとえば97年度に入札募集を行った7社のうち,上限価格と落札価格のかい離率が公表された6社の落札分(282.43万kW)による年間の発電コストの節約効果は,当該発電を従来の電気事業者が設置した場合の発電コストの3割半ば前後で560億円~600億円程度に相当する。また,九州電力におけるかい離率が他の6社程度であると仮定すれば,7社の合計で610億円~650億円程度( 注8 )となるが,上限価格は,増設地点についても実際の増設投資額に過去に取得した土地及び燃料設備等のインフラ設備を加算する等,すべて新設地点に置き直した計算値であり,この数値がそのまま発電コストの節約効果になるとはいえない面もある。

卸電力入札制度については,その直接的な効果のみではなく,同制度の導入により,一般電気事業者自体の一層のコスト削減が促進されることが期待できるという間接的な効果も存在する。反面,経済性の観点のみから燃料選択等を行う場合には,二酸化炭素排出減につながらないこともあり,地球温暖化の観点からは負の効果も持っていることにも留意する必要がある。      


卸電力事業者の参入による発電部門の規制緩和に加えて,電気の小売販売市場における直接競争を今後さらに促進・活性化するための検討が現在電気事業審議会で行われている( 注9 )。発電部門に加えて小売部門も自由化されれば卸電力事業者が一貫して小売まで電力の供給が可能になることから,電力業全体が従来の独占的な市場構造から競争的な市場構造に大きな変貌をとげる可能性があり,こうした変革を通じて生産性が向上し電力価格が低下することが期待される。

この検討の中で,既存の電力事業者と新規参入者間の競争条件を同等にする点が議論されている。小売自由化のもとで両者間で同等の競争条件を確保しようとした場合,価格設定の自由化も含めた料金規制のあり方についての検討が必要となるが,その中であまねく需要家に電力供給の義務がある供給責任が現在既存の電力事業者に求められていることとの関係をどのように整理するかという点が問題となってくる。これまでのところ,全需要家へのユニバーサルサービスの確保,供給信頼度の維持といった点を考慮しつつ,①経営自主性の最大限の確保と行政の介入を最小化すること,②対等かつ有効な競争を確保すること,③全需要家へ効率化の成果を行き渡らせること,という3つの観点から,部分自由化を念頭におき,その具体的な内容を検討することが妥当との中間的整理が行われている。

(成熟産業を活性化する―鉄道事業の合理化・効率化)

87年に国鉄からJRに移行した後,96年に部分的に改訂したことを除き( 注10 ),運賃の上昇を伴わずに営業収入が格段に伸びている( 第2-2-5図 )。この結果,労働生産性について輸送人キロを従業員数で除したものでみると,経営の合理化等によりJRの生産性が大きく上昇し,大手民鉄との生産性格差が大幅に縮小している( 注11 )( 第2-2-6図 )。経営の合理化を進めつつ運賃の上昇を伴わずに営業収入の増加を図れた要因は,分割・民営化されることによって企業収益の確保が大きな経営目標となり,コストの削減を通じた非効率な分野が縮小してきたと考えられ,国鉄の分割・民営化は非効率な経営が改善する典型的な例といえるであろう。

2. 高齢社会に備えた医療制度改革

(高齢化に備える医療制度改革)

活力ある高齢社会への準備の一つとして,高齢化が進んで今後拡大が予想される医療分野での効率化は,経済全体の活力の増大のため,また医療保険負担の軽減のために重要である。

本格的な少子高齢化社会を迎えるなかで,国民医療費は老人医療費を中心に今後ますます増加するものと予想される。急速な人口高齢化が進むなかで,一人当たりの老人医療費も併せて増加していくと,医療保険制度の健全性が損なわれよう。さらに,他の社会保障制度と同様に,現役世代と老人世代との給付と負担のバランスが著しく変化すれば,現役世代の経済活動に対するディスインセンティブが生じることになりかねない。こうしたことから,医療の質を保持しつつ医療費の増加を抑制することが,日本経済の長期的発展にとって重要な意味を持つことはいうまでもない。以下では,国民医療費の現状について概観したうえで,今後医療費増加を抑制し医療の効率化を図るために克服すべき課題について考える。

(国民医療費の現状)

国民医療費は増加を続けており,1985~95年度でみると年率平均5.3%増の伸びとなっている。国民一人当たりでみても,85~95年度までの国民一人当たり医療費の前年度比伸び率は年率平均5.0%増となっており,金額に換算すると国民一人当たりで一年間に平均1万円程度医療費負担が増加していることになる。

一方,国民医療費と国民所得のバランスについてみると,バブル崩壊後国民所得の伸びが鈍化するなかで,国民医療費は92~95年度にかけて年率平均4.7%増と引き続き増加したため,国民医療費の国民所得比は92年度以降上昇し,95年度には初めて7%を超えている( 第2-2-7図 )。

国民医療費の伸び率を診療種類別に寄与度分解してみると( 注12 ),入院診療費と入院外診療費が全体の伸びの大部分を占める傾向に大きな変化はない。一方,薬価基準改正による累次の薬価引き下げにもかかわらず,薬剤費の医療費に占める割合は30%前後と,ほぼ横ばいで推移している( 注13 )。この原因として,薬剤の使用量が増えていること,医療機関において処方されている医薬品が安価な古い薬から高価な新薬へ移行する傾向(いわゆる高薬価シフト)等が指摘されている。

もう一つの特徴は老人医療費の増加である。老人医療費を除く国民医療費の前年度比伸び率が傾向として鈍化しているのに対し,老人医療費は高い伸びを続けており,95年度も前年度比9.3%増を記録している。国民一人当たりの医療費前年度比伸び率をみても( 第2-2-8図① ),老人医療費の寄与は増加している。

老人医療費の増加の要因はどこにあるのであろうか。老人医療費の大部分を占める入院診療費と入院外診療費に注目し,その和の前年度比伸び率を寄与度分解すると( 第2-2-8図② ),老人医療受給者一人当たりの入院外診療費の伸びの寄与度は93~95年度にかけて1%ポイント程度で安定的に推移しているのに対し,入院診療費の伸びは全体の伸びに対して94年度以降むしろマイナスに寄与している。近年増加に最も大きな寄与を示しているのは老人医療受給者数の伸びであり,95年度には全体の伸びが前年度比4.5%増であるのに対して,4.5%ポイントの寄与を示している。

以上から,国民医療費の増加には老人医療費の増加が大きく寄与しており,さらに老人医療費の伸びは老人医療受給者数の増加によるところが大きいことが分かる。前述のとおり国民医療費の伸びは国民所得の伸びを上回っており,医療費を賄うための国民負担を軽減するためにも国民医療費の増加の抑制が必要である。一方で,今後本格的な少子高齢化社会をむかえるなかでは,老人医療受給者数の増加は構造的に避けられない可能性が高い。

このため国民医療費の増加を抑制するためには,一人当たりの国民医療費,特に老人医療受給者一人当たりの入院診療費及び入院外診療費に非効率な面がないかどうかをチェックしこれらを抑制する方策について検討する必要がある。

そこで一人当たり診療費に影響を与える要因について考えるために,厚生省「平成7年度国民保険事業年報」の都道府県別データに基づき,高齢者,非高齢者別の入院診療費及び外来診療費に対する,所得,医師数,病床数,老人保健施設定員数,年齢階級の与える影響について推計した( 第2-2-9表 )。

注目すべき結果として第一に,人口当たりの総病床数が高齢者及び非高齢者の入院診療費に対して統計上プラス方向に有意であり,また,有意性は落ちるものの人口当たりの医師数が高齢者の外来診療費に対してプラス方向に相関している点が挙げられる。一人当たり診療費とその構成要素の変動係数をみると,高齢者,非高齢者を問わず入院患者の被保険者100人あたり受療件数についての変動係数が高くなっており,入院する確率の違いによって一人当たり診療費に差が生じることをうかがわせている。これについては,十分に実証されているわけではないが,医療需要が医療供給側の判断に左右されやすく,医師数や病床数などの医療供給が医療需要を誘発している可能性があるとする学説もある。

第二に,人口当たりの老人保健施設定員数が高齢者の入院診療費に対して統計上マイナス方向に有意である点が注目される。この背景としては,高齢者が主に介護のために病院に入院する,いわゆる社会的入院の存在が考えられる。老人保健施設の充実により社会的入院が減少し入院診療費も軽減される可能性を分析結果は示唆している( 注14 )。

(医療効率化のために)

以上を踏まえながら,医療費の抑制と医療の質の両立を図るための課題について考えてみよう。

第一に重要なのは,医療機関の提供する医療の内容,効果,コスト等について客観的なデータを提供するなど,医療需要側への情報提供を推進することである。患者に医療が必要な場合,選択すべき医療の種類,手段,程度,医療機関等についての知識を患者側が十分にもつならば,医療の供給が需要をコントロールする可能性は小さくなり,非効率な医療支出は減少するはずである。医療需要側への情報提供を推進するために,医療提供にあたっての医師から患者への十分な説明と同意(インフォームド・コンセント)の徹底や医学・医術の情報の普及推進に加えて,学術性・中立性を保持した第三者機関による医療機関の機能評価とその開示が必要とされる。95年度の老人医療受給者一人当たり入院診療費及び入院外診療費について都道府県別に比較すると( 第2-2-10図 ),入院診療費,入院外診療費とも都道府県ごとにかなり大きなかい離があることがわかる。このような医療コストに対し,そのパフォーマンスを的確に判断するための指標は存在しないのが現実である。例えば,都道府県別平均寿命を医療のパフォーマンスとみなすならば,最も平均寿命の長い県と短い県との差は95年度で男女とも3年程度であって診療費のような大きなかい離はみられず,診療費の高い都道府県では提供した医療に何らかの相対的な非効率が存在することとなる。しかし,医療のパフォーマンスを平均寿命だけで判断することは現実的ではなく,より多面的な判定が必要となる。医療機関の提供するパフォーマンスについて客観的指標が開示されれば,需要側である患者は医療機関ごとの費用と効果のバランスを比較でき,より効率的な医療を提供する医療機関を選択する可能性が高まるため,医療の非効率が仮に存在するとしても,それは解消へ向かうはずである。

第二に社会的入院の問題を解決する必要がある。本来は老人保健施設への入所や在宅介護を受けることが適当な高齢者が介護のために入院する背景として,介護サービス提供機関やホームヘルパー等の人材の不足等,介護サービスのための基盤が十分整備されていない点が考えられる。

今後高齢化の進行に伴い,寝たきりや痴呆の高齢者の急速な増加が見込まれる一方で,高齢者世帯の増加や女性の社会進出により家庭の介護機能は低下することが予想される。このため,現状を放置すれば,更に社会的入院が増加して医療サービスの非効率な利用が助長され,医療費の増加はますます加速する可能性が高い。

このような悪循環を回避するためにも,介護サービス提供のための基盤整備を積極的かつ計画的に推進し,医療と介護の役割分担を明確にする必要がある。また,介護サービスの提供主体に対する規制緩和を進め民間事業者等の参入を促すことにより,介護サービスの効率化を図ることも検討に値するであろう。

このほか,医薬品使用の適正化やより安価な薬の使用促進の観点から薬価基準制度を根本的に見直すことも重要である。

以上の課題を克服して医療の効率化を図ることは,日本経済の長期的発展のための重要な条件である。活力ある高齢化社会を実現するために,医療分野の効率化にむけて一層の努力が必要とされている。