平成10年

年次経済報告

創造的発展への基礎固め

平成10年7月

経済企画庁


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第1章 景気停滞が長びく日本経済

第8節 国際経済

日本経済が97年度に入って減速してからも,外需は景気の下支えの役割を果たしていた。特に景気拡大が続く米欧向けの輸出は堅調に伸びていた。しかし,97年度後半になると,アジア経済・通貨の混乱の影響が色濃く現われるとともに,98年に入って対米輸出も頭打ち傾向となって,外需は景気押し上げ要因ではなくなっていった。この間輸入は国内景気の停滞と円安傾向のため,横ばいないし弱含みに推移した。

96年度後半には,消費税率引上げ前の駆け込み需要もあって国内需要が高まり,輸出は抑えられ輸入は増加した。97年度になるとその反動もあって輸出が増え輸入が抑えられたこともあり,貿易バランスは大幅に黒字が拡大した。しかし円は国内の低金利や経済の先行きに対する不透明感を反映して軟調に推移し,これが輸出促進,輸入抑制的に働いた。

対アジア輸出は97年末から減少に転じた。他方,アジアの通貨下落は本来日本の輸入を拡大させるはずであるが,現実にはアジアからの輸入も減少している。アジア各国で通貨安による原材料・部品・資本財等調達の困難,金融システム混乱による輸出金融の混乱や信用状開設の停止といったやや一時的な要因が働いている。また,日本などの企業が積極的な直接投資,現地生産の拡大に踏み切れず本国市場向けの生産拡大に至らないことも影響していよう。

アジアの通貨・経済危機は日本経済にさまざまな影響を及ぼしている。日本経済の減速や経済政策がアジア経済・通貨の混乱の引き金になったという議論は妥当とは言い難いが,内外需の拡大を通じた日本の景気回復がアジア経済の回復に資することもまた確かである。現在はもっぱらアメリカ経済の拡大がアジア経済を支える構図となっている。

1. 外需と対外バランス

(頭打ちとなった輸出・横ばい傾向続く輸入)

輸出数量は,97年に入って強含みで推移していたが,98年になると全体としては伸びが鈍化し,頭打ちとなっている。地域別にみると,欧米では経済の回復・拡大が続いており,また対ドル,対欧州通貨で円が95年夏場以降減価傾向にあることから,欧米向け輸出は概して堅調に増加している(ただし,米国向け輸出は98年になってそれまでの動きが弱くなっている)。一方,アジアでは,金融・通貨の混乱の影響で経済が減速しているのに加え,対アジア通貨で円が大幅に増価していることなどから,97年秋口以降アジア向け輸出が大幅に減少している( 第1-8-1図① )。

また,円建て輸出金額は,95年以降の円安傾向により輸出価格が上昇するなか,97年頃から輸出数量が上昇したことから,高い伸びで推移した。ただし,98年に入って,輸出数量の伸びの鈍化や,内外需給の緩み等を反映した輸出価格の低下により,輸出金額の伸びが低下している。

一方,輸入数量は横ばいで推移している。これは,為替レートが円安傾向で推移してきたのに加え,国内景気が停滞していることを反映している(前掲 第1-8-1図② )。

また,輸入金額は,減少傾向が強まっている。これには,原油・一次産品価格や製品類の価格の低下が大きく寄与している。

(輸出促進的な為替レート)

円の対ドルレートは,97年春から夏場にかけては景気回復期待が高まったことを背景にやや強含む局面もみられたが,95年夏場以降の減価傾向に変わりはない( 第1-8-2図① )。一方,円は,対アジア通貨では,これまでおおむね対ドルレートと同様の動きを示してきたが,97年半ばから年末にかけてはアジア通貨の急落により大幅に増価し,その後98年に入ってからはやや円安方向に戻している。

円の実質実効レートは,95年半ば以降,対ドルレートの動きを反映して円安基調で推移してきたが,97年半ば以降は,主に対アジア通貨での動きを反映して97年末にかけて増価したあと,98年に入ってやや円安となっている(前掲 第1-8-2図① )。ただし,アジア諸国の物価上昇率が高まっていることから,対アジア通貨の名目レートと実質レートの乖離が大きくなっており,円は対アジア通貨で,名目レートほどには増価していない( 付図1-8-1 )。

73年を基準に国内卸売物価を用いて対ドルでの購買力平価をみると,86年以降,購買力平価を超えて円高が進んでいたが,95年半ば以降の円安傾向の中で購買力平価に実際の円ドルレートが近づきつつある(前掲 第1-8-2図② )。

企業アンケートによる輸出企業の採算レート(1998年1月調査)は,平均で110.4円と現実の為替レートよりも円高水準にあることから,現在の為替レ-トは輸出企業にとって,輸出促進的な水準にあると考えられる( 注1 )。

実質円ドルレートの動きを日米長期金利差と対外資産残高で説明する式を推計すると,95年半ば以降は,日本の金利低下に伴う日米金利差の拡大と,経常収支黒字の縮小による対外資産残高の伸びの鈍化によって説明できる以上に円安が進んだことがわかる( 注2 )。このことは,①アメリカなど海外の国々の期待成長率が日本のそれを上回っていること,②円高再燃懸念が後退していること,③90年代半ば以降,為替レートが金利に対してより感応的になっていることなどを反映しているものと考えられる。

(高水準となった経常収支黒字)

経常収支は,97年度に入って貿易黒字の増加を背景にそれまでの縮小傾向が逆転して大幅に拡大しており,97年の経常黒字の対名目GDP比は96年の1.4%から2.3%にまで上昇した。

経常収支を内訳ごとにみると,貿易収支は,輸出金額が高い伸びを示す一方輸入金額がやや減少傾向で推移したことから,97年度に入って大幅に増加した。98年に入ってからも,輸出が減少に転じる一方輸入はそれ以上に減少したため,引き続き増加している。

サービス収支は,出国日本人の減少等を背景として旅行収支,輸送収支を中心に赤字幅を縮小した。また,投資収益収支は,黒字幅が縮小した。

(流入超に転じた証券投資)

投資収支は,97年度は大幅な流出超となった。この内容をみると,直接投資は流出超幅を拡大したものの,証券投資がこれまでの流出超から一転して流入超となった。これは,97年度の後半から銀行等が公社債等の対外資産を処分し資金を回収したことが大きく寄与している( 注3 )。なお,4月の証券投資は再び流出超に戻っており,97年度後半の証券投資の純流入は年度末を控えての金融機関の財務体質強化策を反映したものであったことがうかがわれる。

かつてない低金利が続く中,国際金融市場との関連で,「我が国の超低金利政策の結果,資金の流出が促され,海外の株式市場にバブル的影響を及ぼしているのではないか」といった議論が聞かれる。そこで以下では,資金流出(主として対外証券投資)の動向と金利差等との関連をみた。

対外公社債投資や対外株式投資(ともにグロス取得ベース)( 注4 )は,96年以降,実質の日米長期金利差が拡大するなかでともに増加している( 第1-8-3図 )。ただし,日米金利差が拡大する以前の95年初め頃から対外公社債・株式投資は増加している。また,92年半ば,94年半ばに日米長期金利差は拡大しているが対外公社債・株式投資は逆に減少している。このように最近の日米長期金利差と資本流出の関係をみると,明瞭な関係はみてとれない。変動相場制の下では,投資家は金利差だけに注目している訳ではなく,先行きの為替相場等を予想しながら資産選択を行なっており,単純に金利差と国際金融市場での資金フローを直結して考えるのは適当でない。最近の対外証券投資が増加しているのは我が国の低金利により日米金利差が拡大したことが直接の原因ではなく,これまでの海外株式の先高感や先行きの円高再燃懸念後退による期待収益率の上昇が主な要因であると言えよう( 注5 )。

(「改正外為法」施行の影響)

4月から「改正外為法」が金融システム改革の第一弾として施行され,企業や個人にとって多様な金融サービスの中から幅広い選択をすることが可能となった( 注6 )。

外為法の改正によって海外のより高い収益機会に向かって大規模に資本が流出し,円安と国内金利上昇を招くのではないかとの懸念も一部で指摘されていたが,外為法改正に伴う資本流出は限定的で,為替レートや金利への影響もみられなかった。そもそも国内での外貨預金はもともと自由であったほか,クロスボーダーの資本取引等についてもこれまで着実に規制緩和が実施されており,また,国内投資家の運用スタンスはリスク回避的で為替リスクに敏感なため,為替リスクのある外貨建金融資産に資金が短期間で急速にシフトすることはなかったものと考えられる。

2. アジア経済と日本経済

(アジア経済・通貨の混乱)

これまで急速な経済成長を持続してきたアジア( 注7 )は,97年に入って自国通貨の大幅な変動を機に大きくその成長の歩みを減速させた。その背景には,第一に,経済の高成長や外資規制の緩和,自国通貨をドル通貨にペッグした為替政策,高金利などにより,90年代に大量の資本流入が発生し,結果的に拡張的な金融政策となっていたこと,第二に,間接金融を主とした金融システム下で企業が金融機関からの借入に大きく依存していたことなどが挙げられる。

こうした事情を背景としながら,97年7月来のタイ・バーツの変動をきっかけとした経済混乱がアジア各国に波及した。ただし,特にインドネシア,タイ,韓国で厳しい経済情勢を経験する一方で,台湾等ではその影響は比較的小さなものとなっている。

(日本経済はアジア経済混乱の引き金となったか)

日本経済の減速や経済政策がアジア経済・通貨の混乱の引き金になったという議論があるが,以下のような理由から妥当とは言い難い。

第一に,日本のアジアからの輸入の鈍化やアジア向けの直接投資の減速が原因であるとの議論があるが,最近でこそ,日本の景気減速によってアジアからの輸入やアジア向けの直接投資が減少しているが,アジア通貨が本格的に動揺する97年夏以前には日本のアジアからの輸入は減速していたもののなお増加していた。そもそも,95~96年に対アジアの輸入や直接投資が大幅に増えたため,97年前半の輸入や直接投資の水準は高水準であった。また,97年後半の日本のアジアからの輸入の減少には,アジア諸国の側で,①原材料手当が困難であったため輸出製品の供給力が低下した,②金融システムの混乱によって,輸出金融が混乱し,また信用状が開設できなかった,といった要因が働いている。

第二に,日本の円安によるアジアの輸出競争力低下が原因との見方があるが,購買力平価でみて,円レートが必ずしもアジアの競争力を低下させる水準であったとはいえない。また,円高だった95年頃をみても,アジアの輸出はあまり増えておらず,むしろアジアの輸出数量は95年は伸び率が前年より低下しており(94年対前年比17.8%増→95年同10.5%増),円レートが直接アジアの輸出に与える影響は大きくない。そもそもアジア通貨は,ドルペッグ制に固執したので円の変動の影響を受けることとなった。

第三に,日本の低金利と資金余剰が資本の対外流出を通じてアジアのバブル的経済拡大をもたらしその崩壊が現在の混乱を招いている,と言われるが,アジアのバブル的拡大がピークを迎えた95~96年には,日本の経常収支黒字が大幅に縮小して資本の純流出が縮小しており,日本の資本の対外流出がアジアのバブルの原因であるとはいえない。

以上のように,日本経済の動向や政策がアジア経済・通貨の混乱の原因になったとは言い難い。

(拡大しないアジアからの輸入)

アジアの通貨安はアジアの競争力の高まりから日本の対アジア輸入を増加させるはずであるが,これまでのところアジアからの輸入は数量で横ばいにとどまっており,金額ではむしろ大幅に減少している。

アジアからの輸入が増加しない理由として,短期的には,①アジア通貨安によって原材料・部品・資本財等の海外からの調達が困難になっており,アジア諸国の輸出品の供給力が低下していること,②アジア諸国の輸入品の価格が為替減価で上昇しており,これがアジア諸国の価格競争力の改善を妨げていること,③金融システムの混乱による輸出金融の混乱や信用状開設の停止,そして日本の内需停滞などがある。さらに,構造的には,①アジア製品の非価格競争力が不十分であること,②輸出の多くが企業内貿易であり,特に日本企業が日本国内市場の需給軟化をみて輸入を抑制していること,③競争力ある輸出品を生産するのは外国企業(とくに日系企業)であり,供給力拡大には海外からの直接投資の流入が大きく寄与していると考えられるが,外国企業がリスクに敏感になって直接投資,現地生産の拡大を見合わせており,直接投資の流入が回復するには時間がかかること,などが考えられる。一方で,アジアの欧米向け輸出は増えているが,これは欧米の景気が拡大しているのに加えて,企業内貿易の比率が相対的に小さいこと( 注8 ),欧米市場が相対価格の変化により敏感であること,などのためとみられる。

95年に円高が進行したときには日本の製品輸入数量が急増したが,このとき日本の対アジア輸入が実際にどう動いたかをみると,95年春にかけて円高が進む一方で,アジアからの輸入数量は95年は夏場にかけて傾向として増加しつつもむしろ徐々に伸びが鈍化しつつあり,その増加は相対的には小さなものにとどまっている。このように,為替レートの大幅な変化に対して,輸入数量変化が実際には非弾力的である点に留意が必要である。94年までのデータで日本の対アジア輸入関数を推計し,その後95年の急激な円高を外挿した場合の推計値と実際の数量変化を比較してみると,関数で推計されるほど実際の輸入は拡大していない( 付図1-8-5 )。これは,為替レートが安定的に推移していた時期を含むデータを使って計測される価格弾性値が現実の大幅な為替レートの変動に対してそのまま比例的に適用できるとは限らないことを示している。

(アジア経済の変動が日本経済に与える影響)

アジア経済と密接な経済関係を持つ日本経済に対し,アジアの通貨・経済の変動は,①輸出の減少と輸入の拡大,②アジアに進出した日系企業の収益の悪化,③アジア向け債権の不良債権化といったさまざまな影響を及ぼしている。

(その1―輸出入を通じた影響)

アジア経済の減速は日本からの輸出への需要を減退させる。また,アジア通貨の減価はアジア市場における日本の輸出品の価格競争力を低下させ,日本市場におけるアジア製品の価格競争力を高める。こうして日本からの輸出は減り,日本への輸入は増え,日本の成長が減速する。

こうした輸出入の変化が日本の成長にどの程度影響する可能性があるかを,過去のデータから推定した輸出入関数を使って推計した。まず,価格面からみると,平均したアジア通貨は97年初から98年3月末までに実質で約22.6%下落した。この相対価格の変化によって日本の輸出数量は約2.8%減少し,輸入数量は約5.5%増加する。次に所得効果をみると,アジア開発銀行等各機関の見通しによれば,アジアの成長率は,96年から97,98年にかけて約3.5%減速すると予想されている。この成長の鈍化によって輸出数量は約2.3%減少する。 97年の日本のアジア向け輸出のGDPに占める比率は5.7%であり,日本のアジアからの輸入が日本のGDPに占める割合は4.4%だから,以上みてきたようなアジアの成長減速や為替レート減価による日本の輸出入の変化は,実質GDP成長率を0.5%程度減速させる要因となるものと考えられる( 第1-8-4図 )。ただし,この分析を解釈するにあたっては,①日本の国内需要が停滞しているため実際には輸入の拡大が抑えられる,②前述の通り,推計された輸出入の価格弾性値を現実の大幅な為替レートの変動に対して比例的に適用することはできず,輸出入に与える影響が過大評価されている可能性がある,③中長期的には,円の対アジア通貨での増価は,日本企業のアジアへの直接投資を促進し,構造的に対アジアの輸出入を拡大する要因となりうる,といった点に留意する必要がある。

これまでのところ,アジア向け輸出は,金額ベースで98年1~3月期は対前年同期比11.8%減と確かに減少しており,ASEAN4向け輸出は同期間で同30.1%減と大幅に減少している。例えば,このところの日本のアジア向け機械輸出の減少は,とくに建設機械において大きく,これは現地の公共事業の減少によるところが大きい。

日本とアジア諸国の貿易関係についてみよう。ASEAN4について,輸出と資本財・中間財輸入との関係をみると相関が高い(相関係数0.82)。また,設備投資や生産と資本財輸入との相関(相関係数はそれぞれ0.77,0.61~0.71(各国別の値))も高い。一方,消費と輸入総額との相関(相関係数0.40)は,設備投資,生産,輸出と資本財・中間財の輸入との相関に比べて弱い。このことは,日本の対アジア輸出の大部分が資本財と中間財であり,企業内貿易の比率が高いことを考えると,日本の対アジア輸出は,アジア地域の消費よりも現地企業とりわけ日本の現地法人の生産水準,設備投資,輸出などに影響されやすいことを示唆している。最近の対アジア直接投資の目的は,現地市場での販売の比重が高まっていることから,アジア経済の減速は,従来以上に日本の輸出を減速させる可能性がある。


(韓国との競合)

韓国経済は輸出入がそれぞれGDPの4~5割に上る典型的な加工貿易型の経済である。韓国が為替・金融市場の変動を受けて,今後さらに経済状況が悪化する場合には,日本の韓国向け輸出はさらに減少するであろう。また,アメリカなどの第三国市場でも韓国企業との競合が強まるであろう。

90年代に入ってからの円のウォンに対する実質レートをみると,90年代前半は円高傾向で推移し,95年夏場以降円安傾向で推移したものの,97年からのウォン下落で水準としては90年代初頭よりも大幅な円高水準となっている。これまでのところ,ウォン減価のメリットは韓国の輸出には顕著に現われていないが,今後,ウォン安のメリットが出てくるにつれ,韓国企業が輸出を増加し日本企業との競合関係が強まってくるものと考えられる。

これまで,韓国をはじめとするアジア諸国は日本にキャッチアップする形で産業構造の高度化を進めてきた。そうした中で,日本はさらに高付加価値の品目に特化するという形で競争力を維持してきた。

日本と韓国における輸出の商品別構成をみると,両国とも機械類の比率が高く,特に電気機械,通信機械,自動車などの比率が高い。また,基礎産業でも,韓国では依然として繊維の比率が高いといった違いはあるものの,鉄鋼は両国における主要な輸出産業となっている。このように,韓国の輸出構成は日本のそれとかなり似通ってきている。

そこで,日本と韓国の顕示比較優位指数(RCA;Revealed Comparative Advantage)( 注9 )をみると,日本が一般機械,事務用機器,輸送機械,光学機器等広範な機械分野に比較優位を持つ一方,韓国は相対的に繊維等の基礎産業や鉄鋼等素材産業に比較優位がみられ,機械産業では電気製品や家電等にとどまる( コラム図表 )。したがって,現状においては,両国が比較優位を持つ,すなわちより厳しい競合関係が予想されるのは,このうち船舶,半導体デバイス等,テープレコーダー・ビデオ,鉄鋼にとどまっている。ただし,その他の分野においても韓国の絶対優位が強化されてきていることから,日本企業にとってはより厳しい輸出環境となるおそれがある。


(その2―現地日系企業への影響)

日本企業は,80年代後半以降,積極的なアジアへの生産拠点の移転を進めてきた。アジア通貨の下落,成長の減速という事態は,アジアへの直接投資によってすでに設立された現地法人の事業活動を通じて日本経済に影響を及ぼす。また,日本企業のグローバル化にも影響を及ぼす。

まずこれまでのアジア向け直接投資の動向をみると,97年度は1,151件1兆4,948億円(全体の22.6%),ASEAN4向けが470件6,990億円(同10.6%)であり,累計ベースでみても,2万7,976件16兆4,398億円(同18.3%)となっている。とくに97年度のインドネシア向け直接投資は170件3,085億円で全体の4.7%を占めている( 付表1-8-6 )。業種別には,アジア向け直接投資はかつては鉱業等で比率が高かったものの,近年は製造業の割合が高く(97年度60.1%,対世界35.8%),とくに電機,化学,鉄・非鉄,繊維等の分野の比率が相対的に高い。ただし,アジア経済の変動の影響を受けて年度後半以降は直接投資を見合わせる動きがみられており,今後の海外事業活動への影響が懸念される。

次にアジア進出企業の特色をみる。日系企業は,産業分野によって,製品の主要市場,原材料調達先などが異なるため,産業や企業によって,アジア経済の変動が与える影響の大きさも大きく異なる。

現地進出の動機が現地向け販売か,輸出向けかという違いについて考えてみると,現地向け販売をねらった企業の場合は,東南アジア経済の成長率の鈍化そのものがマイナスに作用するが,輸出向けの場合には,アジア通貨の減価によって競争力が強まるから,むしろプラスに作用する可能性がある。

また,部品・原材料の調達先については,現地の資源を用いる場合や現地企業に依存している場合には問題は小さいが,輸入に依存している場合には為替レート減価による輸入部品・原材料・資本財価格の上昇を通じた生産コストの上昇によってマイナスの影響を及ぼす。

そこで,海外事業活動動向調査及び海外事業活動基本調査(通商産業省)をもとに,アジア及びASEAN地域に進出している現地法人について,産業別に現地進出企業の販売先及び調達先から,その進出理由をみた( 第1-8-5図 )。精密機械,食料品などの加工組立型産業は,現地調達比率が高く輸出比率が高い現地調達・輸出指向型産業である。一方,鉄鋼などの素材系産業や輸送機械産業は海外調達比率が高く現地販売比率が非常に高い海外調達・現地市場指向型産業である。また,繊維や一般機械は現地調達型と海外調達型及び輸出指向型と現地市場指向型の中間に位置している。

また,日本輸出入銀行の「1997年度海外直接投資アンケート調査報告」(平成9年7月調査)でみると,投資理由としては,NIEs,ASEAN,中国では,フィリピンを除き,進出先マーケットの維持・拡大,新規市場開拓がいずれの国でも一位に挙げられている。ついで,NIEs,ASEANでは第三国への輸出が強く,中国やASEANの中でもインドネシアやフィリピンでは,安い労働力の確保が第二位に挙げられている。ただし,安い労働力確保を理由に挙げる企業は,ASEANでは一貫して減少傾向 (前々回40.1%→前回36.4%→今回30.0%)にある。

以上のように,日系企業は,当初は安い労働力や原材料の調達を目的に海外進出していたが,最近では,現地市場での販売を目的とした投資を拡大しており,概してアジア通貨の変動による現地の通貨や経済の変動の影響を受けやすい構造となっている。

こうした日系企業の特性は,アジア通貨・経済の変動以降の直接投資動向にも影響を及ぼしており,ASEAN4では97年度は下期が2,941億円で前年比27.4%減(前年同期比10.9%減)となっている。

それでは,日本企業の長期的なアジアへの直接投資は今回の通貨・金融危機によって大きな影響を受けるであろうか。この点については,多くの企業は依然としてアジアの潜在成長力の高さを信頼しており,長期的にはアジアへの投資を継続していくものと考えられるが,現地需要を見込んで投資を行ってきた企業の中には,今回の危機を契機として,直接投資戦略を再検討する動きが出てくる可能性もある。

(その3―アジア向け債権の不良債権問題)

東アジア諸国の経済状況の悪化,通貨価値の下落によって,我が国の銀行や商社などの所有している債権の一部が回収できなくなる可能性がある。

80年代後半以降,ASEAN諸国の高成長が続くなかで,急速な円高や日本との賃金水準格差などのコスト要因を背景に,ASEANを中心とするアジア向けの直接投資が拡大した。90年初め頃までは各国とも外国銀行の参入を制限していたが,規制の緩和や日系企業向けの融資業務の拡充を背景に,邦銀は急速にアジアに営業拠点を開設し( 注10 ),それにつれて邦銀のアジア向け融資も拡大してきた。

先進国からアジアへの銀行貸出をみると( 注11 ),総額では97年第1四半期から第2四半期にかけて減速し,第3四半期には通貨・金融市場の混乱を背景にタイ,韓国,フィリピン向けが減少に転じたことから,6年ぶりに減少した。また,期間別に残高をみると,短期(1年以内)資金の比率が他地域に比べて相対的に高く(97年12月末で60.6%),とくに韓国(同63%),タイ(同66%),インドネシア(同61%)などで高水準となっている。貸出先主体別では非銀行民間部門への貸出のウェイトが拡大し(同51.8%)ている。ただし,国別にみると非銀行民間部門への貸出のウェイトにはばらつきがみられ,インドネシア(同68.1%)やタイ(同66.6%)では高いのに対し韓国(同36.3%)では低い水準にとどまっている。

邦銀のアジア向け債権額は97年12月末の時点で1,147億ドル,日本の国内銀行貸出金の約3%に相当するが,邦銀のアジア諸国の中に占める比重は欧米の銀行に比べて大きく,アジア各国の先進国からの借入残高に占める日本の比率(30.1%)は,特にタイ(56.4%),インドネシア(37.7%),マレイシア(31.1%)などASEAN4(40.4%)で比率が高くなっている( 第1-8-6表 )。特に経済の落ち込みの激しいインドネシア,タイ,韓国では邦銀の貸出残高も大きいことから,邦銀の有する債権の不良債権化が懸念され,これが日本の金融機関の経営にとってマイナスの要因の一つとなることが懸念される。しかし,そもそもアジア向けの融資残高は日本の銀行部門全体の融資残高の3%程度にとどまっており,それほど大きなウエイトではない。現地資本向け融資が中心の欧米銀行に比べ,邦銀は日系企業向け債権が多いため不良債権は欧米ほど多くないとの楽観的な見方もある。また,日系企業向けのものの中には親企業の保証が付いているものも多い。

さらにいくつかの銀行は,98年3月決算でインドネシア,タイ,韓国向けを中心に貸倒引当金を積むことを公表している。また,商社では,混乱のみられたインドネシアの合弁事業に対し緊急融資等の支援措置を図るなどの対応がみられる。

今後は,特に経済社会情勢が不安定で民間企業向け融資の多いインドネシアや民間企業向けの比率は低いものの現地企業向けの比率が高い韓国などで,邦銀の債権の不良債権化が懸念される。

また,銀行だけでなく,商社や建設会社等も多額の債権を保有している。日本の大手6商社のASEAN4及び韓国向け債権(投融資及び保証の合計;現地法人,投資目的会社を含む)は1兆5,500億円に上っており,そのうち保険等が付されているものは三分の一にとどまる。

また現地資本向けの銀行の融資の中でも商社の一部保証が付いたプロジェクト・ファイナンスもあることなどから,邦銀の債権の不良債権化以外にも,商社など他の日本企業が不良債権を抱え込む危険性もある。

(98年に入ってからの円安の影響)

98年に入り120円台後半から130円台前半で推移した円の対ドルレートは,日本経済についての先行き不透明感が依然として残るなか,5月下旬には130円台後半,6月上旬には一時140円台まで下落した。

円安によって日本の景気停滞とアジア諸国の経済悪化に悪循環が生じるのではないかとの懸念が指摘されている。すなわち,日本の輸入が抑制され輸出が拡大する結果,アジア諸国の輸出が伸び悩んで景気回復が遅れ,アジア通貨が更に減価して,日本経済に悪影響が波及しさらなる円安を生じるとの懸念である( 注12 )。しかし,こうした懸念は,以下のような理由で妥当ではない。

まず,円は対アジア通貨で円高水準にある。円は対アジア通貨で,足元ではやや下落しているものの,例えば97年初に比べれば依然として大幅な実質円高水準にあり,アジア製品の価格競争力は高い(前掲 付図1-8-1 )。それにもかかわらず,アジア諸国の対日輸出が期待通り増えないのは,前述のとおり,足元の円安のためではなく,アジア諸国側の経済混乱などによるものである。また,日本の対アジア輸入の価格弾力性は所得弾力性に比べ小さいため,日本のアジアからの輸入は,為替レートの変化に大きく影響されない。

次に,日本とアジア諸国は,輸出品目の構成が異なるため輸出が競合する関係にはなりにくく,むしろ補完する関係にあると考えられる。すなわち,日本の輸出は機械類のウエイトが高い一方,アジア諸国では原燃料,素材関連,衣類等軽工業品の割合が相対的に高い。また,機械類の中でも,アジア諸国では電気機器等の比率が高いが,日本では産業用機械等や自動車等の広範な種類の機械を輸出している( 第1-8-7図 )このことは,アジア諸国が日本から中間材や資本財を輸入し,加工した製品を輸出するといったアジア内の貿易構造の一端を反映している。また,日本からアジア諸国への直接投資残高は大きく,現地進出企業が高い企業内貿易比率を保っていることから,競合関係にある製品は一部にとどまっており,むしろ日本とアジア諸国は密接な補完関係にあると考えられる。

なお,内外需の拡大を通じた日本の景気回復は,アジア製品の輸入拡大にも資するものとなる。

(アジア経済の相互依存関係を通じた影響)

アジア経済の動揺の影響は,単に相手国の成長率や為替レートの動きが日本経済に直接的に影響を及ぼすだけでなく,アジア太平洋経済全体の相互依存関係を通じて波及し,影響が増幅される。太平洋経済各国間の貿易連関構造をマトリクス化し,ある国の経済の減速や為替レートの減価が他の国の需要をどれだけ変化させるかを検討した。

ある国の独立需要の増減が他国に与える影響をみると,ASEAN各国間の相互の貿易関係はなお比率としては小さく,やはりアメリカや日本との輸出入関係が強い。そのため,日本やアメリカは他国で需要が増加した場合に相対的に大きな経済拡大効果を享受しており,特に日本への効果は大きくなっている。また,日本の需要が増加した際の他国への波及効果は,アメリカや他のアジア諸国が需要を拡大した際の効果よりも比率でみると概して小さいものとなっている。ただし,日本の経済規模が大きいことから,日本の需要拡大の影響は水準としては大きなものとなる( 第1-8-8図① , 付注1-8-2 )。

一方,各国通貨の変動がそれぞれの国の経済に与える影響をみると,アジア各国でそれぞれ1割の通貨の減価があった場合,日本はいずれの場合もアメリカよりも大きな影響を受けることとなり,日本がアメリカと比べより密接な貿易関係を擁することがわかる。また,逆に,円及びドルがそれぞれ1割増価すると,長期的にはアジア諸国の成長を促す効果は大きく,アジア各国にとって円の変動はドルの変動と同じ程度の影響を与えることとなる( 第1-8-8図② )。

アジアの中にあってアジア経済との結びつきも強い我が国としては,アジア経済の安定化に貢献するためにも,景気停滞から速やかに脱却して早期の景気回復を図ることが重要である。