平成10年

年次経済報告

創造的発展への基礎固め

平成10年7月

経済企画庁


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第1章 景気停滞が長びく日本経済

第6節 厳しさを増す雇用情勢

最終需要が停滞し,生産が減少するなかで,雇用情勢は厳しさを増している。製造業の所定外労働時間は97年第4四半期以降,前年を下回り,96年に前年比2桁の増加を示した企業の新規求人数は97年第1四半期以降伸びを鈍化させて97年第4四半期以降は減少に転じた。雇用者数も97年には前年比1%程度の伸びを示したが,特に年後半からは伸びに鈍化がみられ,98年第1四半期には伸びが止まり,2月以降では前年を下回るようになっている。労働力率は,ほぼ横ばいで推移し,98年2月以降は前年を下回っているが,完全失業率は上昇し,98年3月に3.9%となった後,さらに4月は4.1%と既往最高を大きく更新し,初めて4%台となった。

雇用情勢の厳しさは雇用者所得の低下につながり,家計消費にも影響を及ぼしつつある。98年3月まで前年の消費税率引上げの影響が消費者物価指数にあらわれたことに加え,97年第4四半期以降名目賃金の伸びが鈍化して実質賃金は前年比減少を続け,これに雇用者数の伸びの鈍化も加わって家計の実質雇用者所得は減少した。さらに4月も実質賃金は減少し,雇用者数の減少と相まって実質雇用者所得は減少している。このほか97年末には家計が雇用不安を織り込んでいた面もあって,雇用情勢の厳しさが家計の心理を悪化させることによる家計消費へのマイナス効果も大きく,家計の消費性向は大きく落ちこんだ。ただし,金融システム安定化策がとられるなど,家計の景況感についても更に悪化するという状況ではなくなっており,家計の消費性向は98年3月から持ち直している。

96年後半にはバブル崩壊後の雇用調整はほぼ終了しており,企業の雇用過剰感は景気の停滞を背景にこのところ高まっているものの,まだ過去のピークと比べて低い水準にある。今後,企業の先行きに対する予想成長率が下がって雇用過剰感が更に高まり,本格的な雇用調整局面に入ることを回避するためにも,企業の景況感の回復等による雇用情勢の改善が不可欠である。

1. 厳しさを増す雇用情勢

(雇用の減少と失業増)

バブル崩壊後長引いた雇用調整もリストラ等の進展により,96年後半にはほぼ終了し,97年に入ると生産の増加等を背景に雇用者数の増加幅が拡大するなど雇用情勢には改善の動きがみられた。しかし,97年後半からの生産の弱含みや秋以降の景況感の悪化を背景に雇用情勢は次第に厳しさを増していくこととなる。

生産の伸びの鈍化や景況感の悪化は,まず求人数に影響を及ぼした。新規求人数と有効求人数は97年第1四半期も前期より伸びは鈍化したものの引き続き前年比増加を続けていたが,生産の伸びが鈍化し始めた97年第2四半期以降,伸びが更に鈍化し,景況感が悪化した97年第4四半期以降では前年比,前期比とも減少に転じている。新規求人数の前年比を産業別にみると,「建設業」では97年第2四半期以降,「製造業」,「卸売・小売業,飲食店」では97年第4四半期以降減少が続いており,98年第1四半期以降はこれまで増加に寄与してきた「サービス業」においても減少に転じるなど,すべての主要産業において減少となっている( 第1-6-1図① )。新規求人数前年比減少への産業別寄与度が98年1月以降では最も大きい製造業について,日銀「短観」業況判断D.I.(業況が「良い」と答えた企業割合から「悪い」と答えた企業割合を引いたもの),鉱工業生産指数と新規求人数の関係をみると,業況判断D.I.の動向は鉱工業生産指数の動向とともに新規求人数に大きく影響を与えており( 第1-6-2図 ),97年秋以降の景況感の急速な悪化が新規求人数減少の主因の一つであることが分かる。

求人数が減少するなかで,これまで増加を続けてきた雇用者数の伸びにも鈍化がみられるようになり( 注1 ),98年2月以降は前年同月比で減少に転じた。産業別の動きを前年同月比でみると,「製造業」では生産の減少等の影響により97年6月以降98年4月まで11か月連続の減少( 注2 ),「建設業」でも公共投資の削減等により97年11月以降98年4月まで6か月連続の減少となっており,これらのマイナスに加え,「サービス業」においても98年第1四半期にはやや伸びが鈍化している(前掲 第1-6-1図② )。求人数や雇用者数の伸びが鈍化する一方で,労働力率はほぼ横ばいで推移し98年2月以降は前年を下回っている。男女別には男子労働力率が97年7月以降前年を下回っているのに対し,女子労働力率は98年第1四半期も97年ほどではないがやや前年を上回っている。この背景としてはパートタイマー等短時間労働者への強い需要,世帯主失業の増加や収入の減少に対する生活防衛等が考えられる。

このように雇用需要が減退するなかで完全失業率は97年第1四半期3.3%から第2四半期,第3四半期3.4%の後,第4四半期3.5%となり,98年第1四半期3.6%と既往最高を更新した。また,単月でみても98年2月に3.6%,3月に3.9%,4月は4.1%と3か月続けて既往最高を更新し,初めて4%台となった。年齢別・性別に完全失業率をみると,男女の若年層や男子高年齢層は引き続き高い水準にあり,また,求職理由別に失業者数前年差をみると,自発的離職による失業者数が98年1月,2月を除き4月まで増加を続ける一方で,企業倒産の増加等を背景に非自発的理由による失業者数も97年10月以降98年4月まで7か月連続で増加している。

完全失業率上昇の要因について考えるために,失業・欠員分析により労働力需給のミスマッチの程度をわすと考えられる均衡失業率を推計し,完全失業率を均衡失業率と労働力需要不足による失業率に分けてみると( 第1-6-3図 ),均衡失業率は長期的には上昇しているものの,97年以降ほとんど変化はなく,足元での完全失業率の上昇は労働力需要不足によるところが大きいことが推計上明らかとなっている。

(本格的な雇用調整は回避できる)

以上のように,生産の減少や97年秋以降の景況感の急速な悪化により労働力需要が低下して求人数・雇用者数が減少し,完全失業率も既往最高となるなど,雇用情勢は更に厳しさを増している。97年中においては雇用者数や所得の伸びは消費の下支え要因として機能してきただけに,雇用者数の減少が続き本格的な雇用調整局面に入った場合には景気回復への悪影響が懸念される。この点について常用雇用者数前年比と所定外労働時間数前年比からなる雇用循環図( 注3 )をみると( 第1-6-4図 ),産業全体では所定外労働時間が97年第4四半期以降減少するなかで常用雇用者数の増加率も徐々に低下しており,今後もこの傾向が続けば本格的雇用調整局面入りとなるであろう。また,第1章第4節で述べたとおり,今後企業のリストラが更に進展し雇用に影響を及ぼす可能性もある。しかし,雇用情勢の厳しさが増した主因は生産の減少や景況感の悪化にあり,98年度以降は過去最大の経済対策を背景に企業の景況感が回復し生産も増加する可能性が高いことを考えれば,本格的な雇用調整局面入りは回避されるものと予想される。

2. 雇用を下支えするサービス雇用とパートタイム労働

(雇用者の産業間移動の必要性)

前述のように雇用者数の動向については,「製造業」や「建設業」において減少を続ける一方,「サービス業」においてはやや伸びは鈍化しているものの,引き続き増加を続けている。これらの動きは足元の景気動向によるところが大きいが,中長期的な産業構造の変化という観点からも雇用者の産業間移動は重要な課題である。

例えば90年代に雇用者数を90万人程度拡大させた「建設業」については,雇用者数増加に大きく寄与してきた一方で,労働生産性の低下が指摘されている。90年以降の労働生産性について産業別に比較してみると,他の主要産業の労働生産性はおおむね上昇を続けているのに対し,「建設業」は93年以降低下しており,95年以降は90年の水準を下回っている( 第1-6-5図 )。また,日銀「短観」により雇用人員判断D.I.(雇用人員が「過剰」と答えた企業の割合から「不足」と答えた企業の割合を引いたもの)を産業別にみても,「建設業」では98年3月調査で19と「非製造業」(5)や「全産業」(10)を大きく上回っており,「建設業」にこれまでのような労働力の吸収産業としての役割を期待することは困難である。

他方,雇用者数が引き続き増加している「サービス業」について,より詳細にみるために,労働省「毎月勤労統計調査」(事業所規模5人以上)により「サービス業」常用雇用者数の前年比伸び率を寄与度分解すると( 第1-6-6図 ),「専門サービス」,「医療業」,「社会保険・社会福祉」がサービス業全体の伸びに対し安定的に寄与しており,「情報サービス・調査業,広告業」も足元では寄与度が増加している。これらの産業は,今後情報化や人口高齢化が進むなかで,さらに雇用の増加が期待できる分野である( 注4 )。

雇用者の移動の際には,移動時における失業期間の短期化が重要な課題となる。そこで,実際に転職経験を持ち離職期間が1年以内である雇用者について,その離職期間が3か月以内であるか否かを決める要因について分析したところ( 注5 ),離職期間が3か月を超える確率は男子よりも女子の方が高いこと,49歳未満よりも50歳以上のほうが高いこと,また産業内移動の場合よりも産業間移動の場合の方が高いことが分かった( 第1-6-7表 )。例えば,年齢による離職期間の変化については,高齢者に対する労働力需要が相対的に少なく求人倍率も低いため,再就職までに時間がかかること,また産業間移動と産業内移動の比較については,産業間移動の場合,能力開発等により多くの準備時間が必要とされることなどを考えると推計結果はある程度妥当なものであると考えられる。

以上から,雇用者の産業間移動は中・長期的にみて重要な課題であるが,一方で産業間移動は失業期間を長期化させる可能性が高いことも示された。雇用者の円滑な産業間移動を実現するためにも,労働者が他産業でも通用する技術・技能や知識の習得に努めるとともに,政策的にも職業能力開発機会の提供や労働市場の需給調整機能を一層高めることが重要である。

(パートタイム労働者の増加)

常用雇用者数の前年比について,労働省「毎月勤労統計調査」(事業所規模5人以上)により一般労働者とパートタイム労働者に分けてみると( 注6 ),パートタイム労働者の寄与が依然として大きく,98年第1四半期に一般労働者が前年比減少に転じたのに対し,パートタイム労働者は0.8%ポイントの増加寄与を示しており,常用雇用者数の伸びを支えていることが分かる。パートタイム労働者の雇用が堅調に増加しているのはなぜであろうか。労働省「パートタイム労働者総合実態調査報告」(95年)によりパートタイム労働者の雇用理由(複数回答)についてみると,「人件費が割安だから」(38.3%),「1日の忙しい時間帯に対処するため」(37.3%)等の割合が,「業務が増加したから」(29.8%)よりも高くなっている。これにより,企業が景気変動に応じた労働投入調整の手段としてのみならず,厳しい経営環境における人件費削減の手段として,あるいは弾力的な労働投入を可能とする雇用形態としてパートタイム労働者を重視する姿勢が示唆される。時間当たり賃金(賞与を含む現金給与総額)ではパートタイム労働者の賃金は一般労働者の賃金の約58%にとどまっている。これ以外にも雇主は退職金や社会保障費を負担しているため,企業にとっての人件費負担としては,パートタイム労働者の人件費は一般労働者の人件費のおよそ半分にとどまっている( 注7 )。特に最近,社会保障雇主負担の労働費用に占める比率は高まっており( 注8 ),業種別にみてもパートタイム比率の高い小売業やサービス業では相対的に労働コスト,特に法定福利費の割合が低くなっている。このように,パートタイム労働者の雇用が拡大する背景として,パートタイム労働者のコストが相対的に低いことが一因と考えられる。

一方,パートタイム労働者は仕事に対しどのような意識を持っているのであろうか。前記「パートタイム労働者総合実態調査報告」(95年)によるとパートタイム労働者の「今の会社や仕事への不満や不安の有無」について58.8%の労働者が「不安や不満はない」としているものの,一方で「不安や不満がある」と答えた労働者のうちの52.3%がその理由として「賃金が安い」を挙げている。

また,前記「パートタイム労働者総合実態調査報告」(95年)によると女子パートタイム労働者のうち,社会保険制度や世帯主の給与制度などを考えて,年収が一定額を超えないように調整している労働者の割合は全体の36.7%に達しており,そのうちの81.0%が「配偶者の税制上の配偶者控除や配偶者特別控除がなくなる」こと,34.8%が「配偶者手当てがもらえなくなる」こと,42.3%が「健康保険の加入義務が生じること」を理由として挙げている。このうち配偶者控除については,87年の改正で配偶者特別控除が創設されたことにより,収入が一定額を超えると世帯単位では可処分所得が急に減少するという「逆転現象」は解消されたものの,健康保険の加入義務,夫の配偶者手当てが支給されなくなることなどが,世帯としての所得を低下させることになるため,依然として収入調整が行われ,女子のパートタイム労働力供給を抑制している可能性がある( 第1-6-8図 )。

パートタイム労働者数は97年度も前年比4.9%増と増加を続けたが,「サービス業」と「卸売・小売業,飲食店」の2産業が全体の伸びに大きく寄与している( 注9 )。サービス業のパートタイム常用雇用者数は97年度の前年比で6.4%増であるが,「教育」,「社会保険・社会福祉」,「医療業」,「娯楽」,「旅館,その他の宿泊所」等が増加に寄与している( 注10 )。人口高齢化や消費者の日常生活におけるアメニティ志向の高まりなどによりこれらの分野でさらに労働力需要が強まるのであれば,パートタイム労働者の雇用者全体に占める比率はさらに上昇すると考えられる。

3. 伸び鈍る賃金

(賃金の動向)

97年の現金給与総額は前年比1.6%増と96年の伸び率を上回ったものの,景気の停滞に伴う所定外労働時間の減少や企業収益の減少を背景として97年第4四半期以降伸びが鈍化しており,98年第1四半期には前年比減少に転じた。

所定内給与,所定外給与及び特別給与に分けてみると,所定内給与は97年第3四半期以降,伸びに鈍化がみられるものの98年第1四半期では前年同期比0.5%増と引き続き増加しているのに対し,所定外給与は97年第3四半期以降,所定外労働時間の減少を背景として伸びが大幅に低下し,97年12月以降は前年比減少に転じた。また,特別給与のうちウェイトの大きい賞与支給額についてみると,97年6~8月期合算の前年同期比伸び率は,1.5%増と96年(1.8%増)を若干下回りつつも安定的な伸びを示したが,企業収益が減少するなかで97年11月~98年1月期では賞与支給実施事業所割合が低下し,事業所規模別にみても「事業所規模5~29人」および「事業所規模30~99人」では伸び率が前年を下回った結果,全体では前年同期比0.1%減と減少に転じており,前年(同1.7%増)を大きく下回っている。

賃金は労働力需給,消費者物価のほか,企業の収益性の影響も受ける。企業収益が減少して売上高経常利益率が低下した場合には,今後現金給与総額の伸び率はさらに低下することも予想される( 注11 )。

(日本の労働市場は伸縮的か)

日本の生産年齢人口(15歳以上65歳未満)は,96年を境に減少傾向となっており将来人口の高齢化により労働力供給が減少することが予想される。このような労働力供給の減少に対して日本の労働市場は伸縮的に対応できるであろうか。

まず,賃金の労働生産性に対する伸縮性についてみよう。雇用者1人当たり1時間当たりの実質雇用者所得を実質賃金と考え,実質賃金と労働生産性との関係について,前者を後者で回帰する関数を推計してみると( 第1-6-9図 ),両者の間には安定的な関係が存在することが分かる。90年代の実質賃金の実績値と推計値を比較すると,景気回復が緩やかであったこともあり93年頃から実績値がやや推計値を上回っているものの97年以降はおおむね一致しており,実質賃金が労働生産性に対してかなり伸縮的に対応していることがわかる。

次に,労働省「毎月勤労統計調査」(事業所規模30人以上)をもとにして,常用雇用者数,総実労働時間,実質賃金間の動学的な調整過程をみよう。これらの要素からなるエラーコレクションモデルを推計し,シミュレーションにより常用雇用者数が1%減少するというショックを与えた場合の長期均衡への調整速度(長期均衡点へ到達するのに要する時間)を計算すると( 第1-6-10図 ),常用雇用者数,総実労働時間,実質賃金とも,7~8四半期程度で長期均衡点に達し,それぞれの速度に大差はないという結果が得られた。

さらに,最近の調整過程に注目し,推計期間をバブル崩壊前までの70~90年とバブル崩壊後の91~97年の2期間に分けて同様の推計およびシミュレーションを行った( 第1-6-11図 )。その結果から,実質賃金の調整速度に大きな変化はみられないが,常用雇用者数と総実労働時間の積である労働投入量の調整過程に注目すると,バブル崩壊後の調整過程では,調整速度はかなり速くなっていることが分かる。常用雇用者数に占めるパートタイム労働者比率の上昇など構造的な変化を背景として,企業は労働力供給の減少に対して機動的に対処し,均衡へのより早い回復力を得つつある可能性が示唆されている。

以上から,これまでのところ日本の労働市場はある程度伸縮的に機能していることが明らかとなった。今後,本格的な少子高齢化社会をむかえるなかでは継続的に労働力供給の減少が起こる可能性も高いため,労働市場の伸縮性をより一層高めることが重要である。その具体的内容については第2章で検討することとする。