平成8年

年次経済報告

改革が展望を切り開く

平成8年7月

経済企画庁


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第2章 産業調整をみる視点

第7節 技術フロンティアと研究開発

第1節でみたように,戦後,我が国は,技術のキャッチアップを図ることにより高い生産性の上昇を達成してきた。しかし,今や技術のフロンティアに近づいてきたとみられることから,キャッチアップ的な生産性の上昇の余地は小さくなってきているものと考えられる。これをカバーするためにも,今後は自前の研究開発が従来にも増して重要なものとなり,経済フロンティアの拡大や高度な社会経済基盤の整備に貢献し,新産業の創出や情報通信の飛躍的進歩などの諸課題に対応する独創的・革新的な技術の研究開発を積極的に進めることが求められる。

ただし,研究開発による生産性上昇に関しては,そもそも研究開発には不確実性が伴うとともに,技術革新が急速に進展している分野では,たとえ有効な技術が開発されたとしてもその成果を十分長い間享受することができるとは限らないといった見方もある。

かかる観点から,本節では,日本の民間企業を中心とした研究開発費の動向,技術の陳腐化の動向,自前の研究開発の生産性及び波及効果について検討し,効率的な研究開発の必要性について指摘する。

(研究開発費の動向)

製造業の研究開発費の動向をみると( 第2-7-1図 ),70年代半ばにやや停滞した後,70年代末から80年代を通じて急速な増加を示した。しかし,90年代には経済成長率の鈍化もあって研究開発費は減少に転じている。

分野別の研究開発費のシェアをみると( 第2-7-2表 ),電気機械分野への研究開発が活発化しており,そのシェアは90年代には40%を超えている。次いで高いのが化学分野であるが,こちらのシェアは漸減していることが分かる。

(技術の陳腐化)

近年,新製品・新技術が次々に現れているが,これは言い換えれば,研究開発の成果が急速に陳腐化するようになっているおそれがあるということである。こうした研究開発の成果の陳腐化は実際にどの程度生じているのであろうか。

プロダクト・イノベーションをある程度反映すると考えられる特許の残存期間を時系列的に比較すると( 第2-7-3図 ),残存率は低下傾向にあり,技術の陳腐化率が高まっていることがうかがえるが,それほど急激な上昇ではない。

次にプロセス・イノベーションについてその展開が急速に進んでいる典型的な分野である半導体を例としてみると( 第2-7-4図 ),集積度が4倍になる期間はほぼ一定となっている。これは,素子の最小寸法がほぼ一定期間ごとに半分になっていることを示している。素子の最小寸法が小さくなるに従って求められる技術水準も当然高くなるにもかかわらず,このように最小寸法が一定期間ごとに半分になっているということは,厳しい競争状況にあって,更に集積度を上げるための努力や研究費の投入が必要となっているものと考えられる。また,16メガ(M)の量産体制に入るのと並行して,64Mの量産準備,256Mの研究成果の発表,1ギガ(G)の開発の着手というように,同一時期に異なるレベルの研究開発が行われており,企業は研究開発の成果を享受するいとまもなく技術開発に追われているといえる。

以上のように,半導体の例でみる限り製品開発サイクルは特に短期化しているわけではなさそうであるが,活発な技術競争を背景に研究開発の成果を享受する期間は限られている一方で,研究開発費の継続的な投入が求められていることがうかがえる。

(研究開発投資の生産性)

研究開発投資の生産性は,これがどの程度成果に結び付くかということに加え,その成果である技術がどの程度収益をもたらすか,その技術が同じ産業や他産業,他国にどの程度波及するのか,また,その技術がどの程度の速さで陳腐化するのか等に依存する。このうち,技術の波及効果はかなり大きなものであり,OECDの研究によると( 第2-7-5図 ),例えば日本においては,研究開発投資と並んで国内で生産された中間投入財や投資財に体化された技術が大きなウエイトを占めているが,これは国内のある分野の技術開発の成果が当該分野以外にも大きな波及効果をもたらしていることを示している。

以上を踏まえて,製造業における研究開発投資の効果について,以下の2つの実証分析を行った。第一に,研究開発費のフローを積み上げてストックとし,これを用いた生産関数の推計を行った( 第2-7-6表 及び 付注2-7-1 )。この生産関数により技術ストック,資本及び労働が生産の増加にどれだけ貢献したかをみると( 第2-7-7図 ),資本の寄与に比して,技術ストックの寄与は小さい。しかし,これは技術の全体としての寄与が大きくないことを意味するのではなく,むしろ後述のVARモデルによる分析結果をも踏まえれば,研究開発投資の成果のかなりの部分は資本に体化されて生産に貢献しているということを示すものである。一方,70年代半ばと90年代とを対比させると,技術ストックの係数の有意性は低下している。これは,技術フロンティアに近づいたことにより研究開発に質的変化が生じるなかで,技術ストックが生産性に与える影響も変化していることを示している(前掲 第2-7-6表 )。

第二に,研究開発投資が企業収益に及ぼす影響をVARモデルにより検討した( 第2-7-8図 )。これによると,製造業全体においては研究開発投資が直接的に企業収益を増加させるという関係よりも,むしろ生産数量を介して間接的に企業収益に影響を与える効果が大きいという結果が得られた。これは,研究開発により量産技術が向上したり,研究開発の成果が資本に体化されて他産業の生産効率を高めるといった研究開発の波及効果の大きさを背景としているものとみられる。ただし,例えば化学,一般機械,電気機械については,研究開発投資が直接的に企業収益に影響を与えているという結果も得られた。これは,これらの業種では,研究開発の成果が生産数量の増加ではなく,製品の質の向上による競争力の増加を通じて収益増をもたらしていると考えられる。

(技術開発力の強化のために)

このように技術がフロンティアに近づくことや,技術の資本等への体化が進むことにより,研究開発投資に質的変化が生じている可能性がある。このような状況を踏まえると,研究開発投資の量的拡大を図るに当たっては,成果の不確実性も勘案しつつ,効率的な投資を進める必要があろう。その際には,国際的なものを含めた企業間のコンソーシアムや産学官共同のプロジェクトを進めることも有効である。

さらに,研究開発の一翼を担う中小企業やベンチャー企業の位置付けは,引き続き重要であると考えられる。すなわち,中小企業における小規模ながらも着実な研究開発行為が大きな経済的成果を生む可能性を有していると考えられる。このため,特に自社の研究開発基盤が十分とはいえない中小企業やベンチャー企業を含めての産学連携による研究開発の推進が強く求められているとともに,金融機関が真に革新的な中小企業の活動を支えるものへと転換することが望まれている。金融機関の役割については,第3章で更に詳しく検討する。

今後の研究開発においては,技術が更にフロンティアに近づくことにより,これまで以上に研究開発投資に質的変化が生じている可能性がある一方で,研究成果の波及効果は大きくなっていくと考えられる。したがって,政府の実施する研究開発投資の重要性がますます高まってくるものと考えられ,特に基礎的研究等民間においては十分な取組が期待できない研究開発を積極的に推進するとともに,研究開発基盤の整備を図ることにより,我が国全体の研究開発能力を引き上げることが必要である。

また,新たな研究開発システムの構築のため制度改革等を推進するため,任期制の導入等内外の研究者の流動性を高めることによる研究開発活動の活性化,内外の共同研究の促進,研究兼業許可の円滑化による産学官交流の活発化,厳正な評価を実施し得る適切な評価の仕組みの整備等を図ることが,研究開発を一層効果的に行っていくという観点からも重要になると考えられる。