平成8年

年次経済報告

改革が展望を切り開く

平成8年7月

経済企画庁


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第2章 産業調整をみる視点

第4節 生産性と雇用問題(日・米・独の比較)

第2節では日本の産業構造が比較優位産業,比較劣位産業,さらには非貿易財の間に生産性や競争力に格差がある「重層型」となっており,その格差は時を追って拡大していることをみてきた。第3節では円高局面の生産性上昇率格差が雇用者数の動きの差を反映しており,日本の場合,比較優位産業において,より大規模に雇用者数が減少することで,より高い生産性上昇を達成し,比較劣位産業や雇用を吸収した非製造業との生産性上昇格差が拡大していったことをみた。本節では,雇用者数の動きの違いに加えて,生産性上昇率格差をもたらす要因,すなわち資本装備・技術進歩等と生産性の関係をみていく。さらに,国際比較を通じて,非製造業の生産性上昇の実現に当たって重要な点は何か,また,生産性上昇と雇用のトレードオフについて考えてみよう。

1. 労働生産性と資本装備・設備投資・技術進歩

労働生産性の上昇は,理論的にみると,資本装備率の上昇と生産効率の上昇により実現する。資本装備率の上昇は,雇用調整等により労働が資本に代替されることや,同数の労働者に対して設備・機械を装備することにより実現するが,こうしたことにより,一人当たりの付加価値をより多く生み出すことにつながる。一方,技術進歩により生産効率が上がれば,必ずしも雇用が減少しなくても生産性は上昇する。ここでは,生産性上昇率と資本装備率や技術進歩との関係(具体的には,R&D比率(及び上昇率:製造業のみ))及び,国際競争との直面状況との相関をみてみよう。

生産性上昇率を分析する前に,生産性のレベルをみてみよう。1994年については,生産性のレベルは資本装備率とおおむね正の相関がある( 第2-4-1図 )。非製造業において,傾向線より上に位置する業種が多く見受けられる(建設業,金融・保険業)。このことは,-後述するように,日本の非製造業はアメリカやドイツに比べて,製造業との対比で概して資本装備率が低く,生産性も低いが-これらの業種で生産性の上昇が,設備装備の拡大ではなく,それ以外(労働力の質等を含む生産効率)により達成される傾向にあったことを示している。また,製造業の中で電気機械は傾向線から上方にかい離しているが,これも生産性の高さが資本装備以外の部分で達成されている部分が大きいことを示している。なお,繊維,農林水産業,精密機械,パルプ・紙は傾向線より下方に位置しており,資本装備の割合には生産性が低いことを示している(農林水産業については,国土条件の制約,自然条件の影響等から,資本設備を高めることのみでは十分な生産性の上昇に結びつかない面もあろう)。

次に,生産性上昇率に影響を与える要因について考えてみよう。

まず,生産性上昇率と資本装備率上昇率及び設備投資比率(資本ストックの成長率)との関係をみてみよう。両者の間にはおおむね正の相関があるが,有意性はあまり高くない( 第2-4-2図 )。特に,電気機械,化学が大きく上方にかい離,多くの非製造業が大きく下方にかい離している。これは,前者では残差のうち活動効率の改善が顕著である一方,後者では活動効率が停滞していることが示されている。なお,期間を区切ってみると,85年以前は相関がほとんどみられなかったのに対し,85年以降は,両者の相関が高まっている( 付図2-4-1 )。これは,85年以降,生産性の上昇が資本装備率の上昇と,より相関が高まっている,すなわち,生産性の上昇が労働から資本への代替をより強く伴ったことを物語っている。なお,設備投資比率(設備投資の資本ストックに対する比率)についてもほぼ同様の傾向があるが,製造業に限ってみると,両者の相関はかなり強まる( 付図2-4-2 )。

さらに製造業について,R&D支出との関係をみてみよう。R&D比率(R&D支出額の売上高比)もR&D支出増加率も生産性上昇率と有意な正の関係がある( 第2-4-3図 , 第2-4-4図 )。特に,R&D比率はかなり有意な正の関係がみられる。産業ごとのR&D比率の相違は,財の性質,技術進歩の可能性の違いなどを反映しており,R&D比率の高い産業は,技術進歩の余地が高く,製品開発や技術進歩の積極的な取り組みを通じて高い生産性上昇率の達成を実現したことを物語っている。なお,R&D支出額増加率との関係はより緩いものになっている。また,生産性上昇率は輸出比率と正の相関があるが,これは国際競争に面している産業は,生産性上昇率が高い傾向にあることを示唆している( 第2-4-5図 )。

以上,生産性のレベルは資本装備率と正の関係がある。生産性上昇率は資本装備率上昇率,設備投資比率,R&D比率(及び上昇率)と正の関係があるが,中でも,製造業においてR&D比率と強い関係にある。このことは,生産性上昇を達成するためには,技術を体化した資本装備率の上昇や研究開発や製品開発を通じて新技術の導入に積極的な体制を構築することが重要であることを示唆している。

なお,アメリカについても生産性のレベルと資本装備率のレベルは日本以上に有意な正の関係がある( 第2-4-6図 )。生産性上昇率と資本装備率上昇率はほぼ正の関係があるが,有意性はあまり高くなく,それ以外の効率や生産要素の質等がかなり重要であることを示している( 第2-4-7図 )。日米共に,電気機械は傾向線より大きく上方にかい離し効率の高さを示し,サービスは大きく下方にかい離し効率の低さを示している。日本との大きな相違は,農林水産業,運輸・通信業,繊維が傾向線の上方にかい離し効率の高さを示す一方,輸送機械は傾向線の下方に位置し効率の低さを示している。

また,日本の業種間の生産性上昇率格差は大きい(75年~94年の年率上昇率の標準偏差は3.95,アメリカは77年~92年年率で1.47)が,これは日本が効率面でのばらつきが大きく,さらに第3節でみたように,劣位産業における雇用者数減少が優位産業ほど大きくなかったからである。

2. 非製造業の生産性と雇用

非製造業分野が拡大していくなかで,非製造業の生産性上昇に当たって重要な点は何かを国際比較を通じて検討してみよう。

まず,非製造業の労働生産性(一人当たりの実質付加価値額)の水準と上昇率を,日米独で比較してみよう。日米では非製造業の生産性の水準が製造業に比べてかなり低く,生産性上昇率も製造業より低い( 第2-4-8表①,② )。非製造業は製造業に比べて労働集約的な部分が多いため生産性が低いのは当然かといえば必ずしもそうとはいえない。旧西ドイツ(以下本節においては「ドイツ」という)の非製造業については,生産性の水準も上昇率も製造業に比べて高い。そしてそのことを背景に,ドイツにおいては80年以降非製造業の価格上昇率は製造業のそれより低い傾向にあった( 同表③ )。なお,81年~90年のデンマークにおいても非製造業の生産性上昇率が製造業の生産性上昇率を上回っている( 同表④ )。

次に,非製造業の生産性水準を業種ごとにみると,日本の場合,電気・ガス・水道業,金融・保険業,通信業が製造業に比べて高い一方,建設業と運輸業はやや低めに,小売業とサービス業(90年以降)が目立って低くなっている。製造業と比較したこのような業種ごとの水準のパターンは日米独でかなり類似している( 同表①~③ )。すなわち,3か国とも共通して,小売業の生産性水準が目立って低い。日米では特に,小売業とサービス業が低くなっている(なお,アメリカの小売業には飲食店が含まれている)。ドイツでは,日米と大きく異なり,サービス業の生産性が,90年以降製造業の水準を上回るものとなっている。また小売業の生産性も日米ほど低くはない。

生産性の上昇率をみると,日本においては,小売業,サービス業でマイナスとなっている。アメリカでもサービス業がマイナスとなっている。ドイツは全般的に製造業よりも上昇率が高くなっているが,特に小売業,通信業,サービス業では85年以降上昇率が高くなっている。

雇用面をみると,日米共に,低生産性分野である小売業とサービス業で雇用が相対的に大きく増加したのに対して,ドイツでは低生産性分野である小売業での雇用はあまり増加していない( 付表2-4-3 )。サービス業については,3国共通で,雇用の伸びは平均を超える高い伸びとなっている。

(非製造業の生産性と資本装備率)

さて,本節1でみたように,業種別の労働生産性格差は,資本装備率の格差を反映している部分がある。一般的に,非製造業は機械化や,資本の深化に限界があるといわれている。実際,日本の非製造業の資本装備率は,電気・ガス・水道業以外は極端に低い所が多い( 第2-4-9表 )。一方,アメリカとドイツでは,金融・保険業の資本装備率及び上昇率は高い。さらにドイツでは,卸売・小売業やサービス業でも製造業を上回っている。本節1でみたように日本の非製造業の労働生産性上昇率は資本装備率以外で説明できる部分が目立つとはいえ,資本装備率の低さが生産性及び上昇率の低さの背景となっている可能性があろう。そしてそのことは,日本の非製造業で,情報化投資等資本装備による生産性向上の余地が大きいことを示している。

(日米独のサービス業)

上でみたように,日本においては,米独と比較しても特に,小売業とサービス業が生産性レベルが低く,上昇率も低くなっている。日米独3国でサービス業で雇用が創出されているが,日米では,サービス業の生産性のレベルが低く,生産性上昇率も低いのに対し,ドイツでは,雇用が増加しながら,最近時点で生産性のレベルは製造業を上回り,上昇率も高い。サービス業における日米独のこのような相違はどこからきているのだろうか。次に,サービス業について更に詳しくみてみよう。

日米独ともサービス業に従事する雇用者のシェアは高まっている( 付図2-4-4 )。しかしながら,付加価値をみると,日本では名目で上昇,実質ではほぼ横ばい,アメリカでは名目ではやや上昇,実質では横ばい,ドイツでは名目,実質ともにほぼ同テンポで上昇している。これは,これまでみてきたように,日米ではサービスの生産性上昇率が低いため,サービス価格がより高く上昇していることを反映している。

さて,次にサービスの内容をみてみよう。国により,統計の分類が異なるため,厳密な比較は困難であるが,おおむね以下のような特徴が挙げられよう。

第一に,さきに見たように,日米のサービス業は製造業に比べて資本装備率が大幅に低いのに対し,ドイツでは製造業よりむしろ高い(前掲 第2-4-9表 )。このことから,ドイツのサービス業の生産性の高さは,資本装備率の高さを反映している部分があろう。第二に,日米独とも,旅館・宿泊のように対人サービスを主とする伝統的な低生産性分野の雇用者のシェアは低下ないしほぼ横ばいとなっているのに対し,対事業所サービスや法律関係サービスの雇用者シェアは拡大している( 付表2-4-5 )。

(労働市場のミスマッチ:雇用確保と生産性上昇のジレンマ)

日米独の非製造業をみて,ドイツの非製造業(特に通信業とサービス業)の生産性の高さと,その背景として,資本装備率の高さをみた。また,アメリカとは対照的に,小売業のような低生産性業種の雇用があまり増加していないこともみた。ところでドイツでは非製造業の雇用は拡大しているものの,失業率が高止まりし,構造的失業の存在が指摘されている。そして,構造的失業の原因として,労働需要と労働供給の間の需給のミスマッチが挙げられる。

一般的に,ミスマッチによる失業の状況を示すのがUV曲線(失業率と未充足求人率との関係を示した曲線)である( 付図2-4-6 )。これをみると,ドイツにおいては80年代後半以降には右上方へのシフト,つまり未充足求人率が上昇しても失業率が高止まりしている,すなわちミスマッチの程度が高まっていることがわかる。ミスマッチは様々な理由で生じるが,その代表的な例が職能(qualification)ミスマッチである。すなわち,労働需要側が希望する職能(教育レベルや職業訓練の程度のレベル)と労働供給側が提供する職能との間のミスマッチである。事実,職業訓練等のレベルの違いにより失業率に大きな相違がみられる( 付表2-4-7 )。

もう一つの重要なミスマッチは職業上の(occupational)のミスマッチである。この点に関する直接的なデータが存在しないが,ドイツの1970年代以降の製造業と非製造業の雇用の変化をみると,以下の点が指摘できる( 第2-4-10図 )。第一に,製造業においては,雇用の減少の程度に比べて雇用の増加が緩やかであること,第二に,非製造業においては製造業の雇用が減少した時期も雇用はあまり減少せず,雇用拡大期には大きな雇用の伸びがみられる(84~91年の製造業,非製造業の雇用の拡大はドイツ統一特需の影響があると思われる)。しかし,90年代に入り製造業の雇用が大きく減少しているのに対し,非製造業の雇用の伸びは緩やかとなっている。その意味で,製造業から非製造業へのスムーズな労働移動が進んでいないといえる。それゆえ,ドイツの失業率がすう勢的に高まってきた背景には,このように製造業から離職した雇用者が非製造業で雇用されるのに必要な職能を有しておらず,結果的に失業者として累積していったものと考えられる。

また,製造業で職を失った労働者が,十分な訓練を受けていなかったり,必要な技能を有していないような場合,そのような労働者の非製造業での雇用機会は低生産性・低賃金部門に限られることが多い。しかし,ドイツで低生産性・低賃金分野の雇用があまり増加しない背景には,最長約3年間という失業給付,困窮した失業者に対して失業保険の受給資格がなくとも支給される失業扶助等の制度的要素が関係している。ドイツには最低賃金制度はなく,産業別労働組合により企業横断的に地域ごとに定められる協約賃金が事実上の最低賃金となっており,これと社会扶助による収入の額を比較すると,社会扶助による収入が最低賃金より高い場合があり( 第2-4-11表 ),その場合,そのような低賃金労働の雇用は増加しないであろう。さらに企業の負担する法定福利費の高さは企業の側からみた雇用の誘因が小さくなる原因の一つとなっている。一方,アメリカはヨーロッパ諸国に比べて失業給付等の水準は低い。その結果,低賃金雇用が拡大し失業者が吸収されたため,失業率は相対的に低水準であるが,賃金格差が問題となっている(前掲 付図1-4-4 )。

しかしながら,構造失業の回避と失業給付等の公的所得保障の充実は単純なトレードオフとは言い切れない。例えば,スウェーデンの場合,手厚い失業保険制度を維持しつつ91年頃まで,構造的失業の特段の高まりはみられなかった( 付図2-4-8① )。この背景の一つとして,失業率と雇用対策プログラム対象者の比率が明らかに連動していることからもわかるように,政府による雇用プログラムにより失業者を吸収していた事実がある( 同図②,③ )。しかしながら,91年以後3年間のマイナス成長にあって,失業率は急上昇し,UV曲線の右方シフトの兆しががみられる。

日本は,これらの国の経験を学びつつ,失業給付等の公的所得保障の充実と構造失業の回避を両立させるような,アメリカ型(高雇用,所得格差拡大)でもドイツ型(構造失業,高賃金)でもない第三の道(柔軟な労働市場による高雇用,人的資本の育成を通じた高生産性分野の雇用の拡大等)を模索すべきと思われる。

本節でみたように,生産性上昇率に対しては,資本装備率の上昇や研究開発を通じた技術の導入が重要である。国際比較を通じて非製造業の生産性をみると,その生産性の低さは資本装備率の低さを反映している面がある。一方,失業保険等制度的な相違が非製造業の雇用パターンや生産性に影響を及ぼしている面は無視できない。非製造業は各国において,雇用吸収の役割を果たしてきた面があるが,その際望ましいのは,非製造業における低生産性・低賃金雇用の拡大よりむしろ,情報化,資本装備等を通じて非製造業の生産性を高めつつ,教育・訓練等による労働力の質の向上により高生産性部門の労働需要を満たすことで,雇用を拡大することである。