平成8年

年次経済報告

改革が展望を切り開く

平成8年7月

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年度リスト]

第1章 今回の景気局面の評価

第6節 縮小傾向で推移している経常収支黒字

95年夏以降,円高是正が進み,対ドルレートの95年平均は93.97円,96年以降は105円~109円程度で推移している。93年以降貿易黒字は縮小しているが,94年,95年と輸入数量の増加が著しい( 第1-6-1図 )。93年以降の円高が輸入増の要因となったのはもちろんであるが,今回特徴的なのは低成長下での輸入増であり,景気の回復が緩やかななかで円高是正が起こっても輸入の増加は続いている。本節では特に,輸入に焦点を当て構造変化が起きたかどうかを探ることにする。

1. 輸出入の動向

(輸出数量の要因分解)

輸出関数をみると,81年~86年と比べて,87年以降,所得弾性値,価格弾性値双方が低下している( 第1-6-2表 )。価格弾性値の低下は,部品等の資本財輸出の高まりを反映していると思われる( 付図1-6-1 )。所得弾性値の低下は,為替レートの動向を考慮に入れつつ,海外の所得増による需要増に対しては海外生産で対応しようとする企業行動を反映していると考えられる。例えば,95年のアメリカ向け乗用車輸出は前年比20.3%減と大幅に減少したが,現地生産は本格化し増加傾向にある( 付図1-6-2 )。

(構造的に輸入は増加しているか)

低成長が長期化しているにもかかわらず,輸入が急増しているが,その背景は何なのであろうか。

輸入関数をみると,80年代前半と比べると,所得弾性値,価格弾性値はともに上昇している( 第1-6-3表① )。しかしながら,逆輸入の影響をみるために,直接投資を追加すると,87年以降の推計では,輸入に対するプラス効果を示し,その際,80年代前半の推計に比べて,所得弾性値は低下,価格弾性値は上昇する( 同表② )。所得弾性値の低下は,内需の動向に対する輸入の感応度が低下していることを,価格弾性値の上昇は,円高による輸入増が起こりやすいことをそれぞれ示している。なお,94年後半以降,関数から求められる理論値を大幅に超えて輸入が増加しており,構造的な要因が影響している可能性がある( 同表③ )。品目別にみると,電算機・同付属品輸入が94年以降輸入全体の増加を上回るペースで増加し,特に95年には著しく増加している( 同表④ )。これは,後述するように,世界的な情報化の進展の中で,我が国においても,コンピュータ需要が急速に高まり,その需要の一部が海外からの供給により賄われているといった状況を示しているといえるであろう。

(増加する最終段階輸入)

輸入は製品輸入を中心にかなりの勢いで増加しており,我が国経済の需要構造に組み込まれてきているといえるが,一体どの段階で増加が顕著なのであろうか。

産業連関表を用いて,中間投入,消費,設備投資における輸入比率の状況を調べてみよう。93年時点での輸入比率は,中間投入で5.8%,消費で3.4%,設備投資で2.4%と,最終需要に占める輸入投入の比率はまだ低い( 第1-6-4表 )。しかし,86年と93年を比較すると,輸入比率は中間投入ではやや低下しているのに対し,消費(民間消費支出)と投資(民間資本形成)では高まりをみせている。更に詳しくみると,消費の中での繊維製品,精密機械は,輸入比率が86年時点でも既に高いが更に顕著に上昇している。一方,民生用電気機械は比率はそれほど高くはないが,急速に上昇している。また,投資においては,電子・通信機器における輸入比率が急速に上昇している。精密機械は設備投資においても高い輸入比率を示している。

中間投入については,全体では輸入比率はやや低下している。業種別にみると,食料品,鉄鋼,化学,電力ガス熱供給等で低下しているが,食料品や鉄鋼では国産品の投入額の減少を上回って輸入品の投入額が減少しているのに対し,化学,電力ガス熱供給等では輸入品の投入額を上回って国産品の投入額が増加している。他方,民生用電気機械,電子・通信機器,精密機械では輸入比率が顕著な高まりをみせており,この分野の生産工程において輸入部品の利用が急速に進展していることが示されている(なお,以上の数字は名目であるが,為替レートが86年の1ドル168.03円から93年の111.06円と大幅に増価し,円建輸入価格が低下していることを踏まえると,実質でみた場合には,輸入比率はこの間に,ここでみた以上に高まっていると思われる)。

以上のように,消費や投資等の最終需要で輸入比率が明らかに高まっている。また,電気・通信機器の中間投入段階及び設備投資における輸入比率が目立って高まっているが,これは第2章第6節でみるように,世界的な情報化の進展の中での,情報・通信機器の国際分業の高まりととらえることができるであろう。例えば,アメリカにおいては情報化関連投資が経済成長をけん引するなかで,電算機・半導体輸入がシェアを徐々に高めており,94年時点では輸入全体の1割以上を占めている( 第1-6-5図 )。日本でもシェアの高まりをみせており,94年,95年と顕著に伸びている。

(輸入価格にみられる輸入の構造)

輸入価格の動向から,品目高級化(同一品目の高級化)や構成高度化(品目構成の高付加価値品へのシフト)及び国内市場の需給状況等を反映した国内価格の動向と関連して,内外価格差(ここでは国内卸売物価と輸入価格の格差)の程度を知ることができる。ここでは,輸入が急増しているパソコン・同部品,電子部品,音響映像機器,自動車について取り上げる。ほぼ共通していえるのは,円高是正が進んだ95年半ば以降,輸入価格が上昇に転じ,内外価格差は急速に縮小していることである(例外はパソコン・同部品)( 第1-6-6図 )。

パソコン・同部品は,93年以降,価格が低下し続けているが,94年半ばまでは,品目低級化要因が大きかった。それ以降,国内卸売物価が低下しているにもかかわらず,内外価格差は依然大きい。電子部品はほぼ一貫して輸入が高級品へシフトしており,それは95年後半に加速している。国産品の価格は上昇に転じ,輸入価格も94年以降,95年前半を除き上昇傾向にある。音響映像機器は国産品の価格低下が加速するなかで,輸入は高級品へシフトし,輸入価格は95年後半にはむしろ上昇に転じている。自動車では,94年以降の国産品の値下がりによって内外価格差は急速に解消している。94年中に顕著であった低級品へのシフトが,95年中ごろにはいったん逆転した。

このように,全般的に円高是正により輸入価格が上昇に転じたことから,内外価格差が解消されつつあり,少なくとも内外価格差面からの輸入圧力は弱まってこよう。しかし,同時に,電子部品や音響映像機器では高級品へのシフトも進んでいるなど,より高級品の供給を海外からの輸入で賄う動きがみられ,輸入構造が変化してきていることを示唆している。

(輸入が景気に与えるマイナスの効果は高まっているか)

国内の各段階で発生する需要が輸入によって賄われる度合い(限界輸入性向)が上昇しているために,国内での付加価値の増加に結びつきにくくなっているとの議論がある。「限界輸入性向」は,「平均輸入性向」に「輸入の所得弾性値」を乗じたものであるが,このうち「平均輸入性向」については,93年以降緩やかに高まっている(95年は11.1%)( 付図1-6-3 )。一方,さきに述べたように,「輸入の所得弾性値」については,直接投資を含んだ関数において推計期間を最近時点まで伸ばすと小さくなっている(前掲 第1-6-3表② )(また,カルマンフィルターにより輸入関数の所得弾性値の最近数年の推移をみると,足元においてほとんど変化がないことが分かる( 付図1-6-4 ))。したがって,両者の積である限界輸入性向が最近時点で急速に上昇したとは考えにくい。このことは,また,不況で所得が低迷しても輸入はあまり減少しないことを意味するので,円高→国内不況→輸入の減少→貿易黒字の拡大→円高という円高の悪循環が在存するとの見方が当てはまる可能性は小さくなっていると言える。

一方,推計期間を最近までとした場合,直接投資増が逆輸入といった輸入の増加を誘発する関係がみられている。これは,近年の輸入浸透度や製品輸入比率の高まりにみられるように,構造変化によって国内需要の一定部分が輸入で賄われるようになったことを意味しており,国内需要の伸びが強くなくても輸入が増加し,国内産業に影響を与えることが考えられる。以上,限界輸入性向は必ずしも高まってはいないが,構造的に輸入が増加していることから,国内景気に対する輸入のマイナスが過去に比べて大きくなっていることが考えられる。

(地域別貿易収支)

貿易収支黒字(通関ベース)は94年度の11.8兆円から95年度の9.1兆円へと縮小した。この縮小に大きく寄与したのは対米黒字の縮小である( 第1-6-7図① )。地域別にみると,アメリカに対しては,輸出減,輸入増により黒字は大幅に縮小(94年度5.6兆円→95年度3.9兆円),対EUについては,輸出増,輸入増により黒字はやや縮小(94年度2.1兆円→95年度2.0兆円),対アジアについては,輸出増,輸入増により黒字はほぼ横ばい(94年度6.3兆円→95年度6.4兆円)となった。その結果,93,94年度に引き続き95年度についても,アジアに対する黒字は,アメリカに対する黒字を上回った。

財別にみると,資本財輸出が増加(対アメリカはほぼ横ばい)したのに対し,耐久消費財輸出は特にアメリカに対して大きく減少している。輸入については,資本財,耐久消費財,非耐久消費財のすべてが増加しているが,特に,アジアからの資本財の輸入増加が顕著であり,95年には輸入額はアメリカとほぼ肩を並べている( 同図② )。このように,アジアに対する資本財が輸出入ともに増加しているが,これは,第2章第6節でみるように,日米アジアでの情報・通信機器貿易の拡大を反映している。

2. 経常収支と資本収支

96年1月より国際収支統計が改訂されたのに伴い発表形式が変更されたが,主要な区分では,1)「貿易・サービス収支」項目の新設(=GDPのネットの外需に相当),2)貿易外収支の廃止と「サービス収支」及び「所得収支」の新設,3)「長・短資本収支」と「外貨準備増減」以外の「金融勘定」を統合し「投資収支」として一本化,4)移転収支を「経常移転収支」と「資本移転収支」に分割し,資本移転収支は資本収支に計上するなどの変更が行われた(なお,96年1月からの国際収支統計改訂に先立ち,95年9月には新統計の方法による既往統計のそ及(組み替え)が行われている)。

(大幅に縮小している経常収支黒字)

経常収支は,貿易収支の黒字が大幅に縮小したことに加え,サービス収支の赤字が拡大したことから,94年の13.3兆円(名目GDP比2.8%)から95年は10.4兆円(同2.2%)と縮小した。96年に入っても大幅な縮小が続いている( 第1-6-8表 )。

サービス収支の赤字拡大は,輸入増を反映した輸送サービスの赤字幅拡大や海外旅行者増を反映した,旅行収支の赤字幅拡大等が寄与している。なお,所得収支のうち,投資収益の黒字は,直接投資収益の黒字幅が縮小したものの,証券投資収益(配当金・債券利子等)の黒字幅が拡大したことから,95年は94年に比べほぼ横ばいであった。

(流出幅が縮小した資本収支)

95年における資本収支の動向をみると,以下のような特徴が挙げられる。

第一に,資本収支全体でみると,流出幅が大きく縮小していることである。これは,経常収支黒字が縮小するなかで,資本の流出圧力が弱まったことによる。なお,外貨準備の増減をみると,円高是正のための為替介入等により前年に比べ大幅に増加している(94年から95年にかけて,経常収支黒字は13.3兆円から10.4兆円に縮小するなかで,資本収支の流出超幅は9.0兆円から6.3兆円に縮小,外貨準備の増加額は2.6兆円から5.4兆円に拡大)。

第二に,資本収支全体では流出超幅が縮小したが,その内訳をみると,直接投資と証券投資は流出超幅が拡大している(94年から95年にかけて,直接投資は1.8兆円から2.1兆円,証券投資は2.4兆円から3.1兆円と流出超幅が拡大している。流出超幅が大きく縮小したのは「その他投資」の部分である)。対外証券投資については,株価の回復や不良債権処理による本邦投資家のバランスシートの改善によりやや積極化された可能性もある( 第1-6-9図 )。

第三に,証券投資のうち,債券投資の流出幅がかなり拡大していることである。その背景には,7月以降の円高是正の動きに伴い本邦投資家が積極的な買いを進めたことが挙げられる。また,債券投資の内訳をみると,本邦投資家が債券を取得/処分した市場別のデータから推測すると,95年はドル建やマルク建投資が増加した一方,為替リスクが回避できる円建外債の取得が高水準で推移したほか,ユーロ円債の取得も多かったと思われる。

第四に,本邦投資家の対外株式投資の取得超幅が大幅に縮小した。

第五に,外国投資家による対内株式投資は引き続き高水準で推移した。

以下,第三の対外債券投資,第四の対外株式投資,第五の対内株式投資についてより詳細にみてみよう。

(外貨建債券投資の増加と高水準続く円建債券投資)

ドル建債券が大半と思われる米国公社債市場についてみると,95年は米国公社債市場でネットの取得超幅が94年に比べ若干拡大した( 第1-6-10表① )。上期は年初に,メキシコ通貨危機に伴い新興国経済発行株式が処分され資金が環流した後,アメリカの債券相場が堅調に推移したことによる米国債の取得増が,本邦投資家の年度末決算期の処分を上回り,取得超幅が拡大した。下期には,金融緩和による価格上昇期待等からの取得が増加したものの,円高是正による損切り及び益出しの処分に加え,我が国の住専問題による金融システムへの影響に対する懸念や邦銀不祥事等によるいわゆるジャパンプレミアム問題の発生等により,9月から12月まで為銀を中心にドル資金調達のためとみられる処分が大幅に増加したと思われることから,処分超となった。96年に入ると,ジャパンプレミアムが解消していき,円高是正が持続していること等により,買い戻しの動きが出ている。

さらに,我が国における非居住者の債券発行状況をみると,95年(95年4月~96年2月累計)は外貨建外債発行件数が前年同期に比べ大幅に増加している。このことから,本邦資本の外貨建債券取得が増加していると類推される( 同表② )。

一方,ユーロ円債への投資が中心であるイギリス,ルクセンブルク市場をみると,取得超が続いているものの,両市場合計で,94年に比べて取得超幅が縮小している( 同表① )。96年1月分より公表されているユーロ円債取得・処分状況によれば,取得超が続いている( 同表③ )。また,非居住者の本邦における債券発行においては円建外債として発行されることが多い( 同表② )。なお,非居住者によるユーロ円債や円建外債等の円建ての債券の発行は,為替リスクの回避という観点からの本邦投資家の円建債志向や,日本国内への還流制限等の規制が緩和されてきていることから,高水準で推移している( 同表④ )。このように,本邦投資家による円建債の取得は高水準で推移している。これは一方で,円資金を調達した非居住者によるユーロ市場での円売りにつながっており,通貨当局による為替の平衡操作(いわゆる為替介入)と併せ,円高是正の動きにつながっているものと考えられる。

(取得超幅が大幅に縮小した対外株式投資)

95年の本邦投資家の対外株式投資は,メキシコ通貨危機に伴う新興国市場発行株式の処分,決算対策や欧米市場がおおむね堅調に推移したことからの益出しのための処分等による売りがみられ,取得超幅が大幅に縮小した( 第1-6-11表 )。

(高水準であった対内株式投資)

一方,外国投資家の対内株式投資をみると,年初は阪神・淡路大震災の影響や円高による我が国企業の業績悪化懸念からの処分があったが,その後は,円高の継続による為替差益や企業業績回復による株価上昇期待,米国市場に対しての割安感があったことから高水準の取得超となった。さらに円高が是正され始めると,東京市場が堅調に推移するのに伴い,積極的な取得が続いている。このように,外国人投資家は,日本株に対し,大幅な取得超を続けているが,この背景としては,近年の米国市場の割高感から日本市場への資産配分(アセット・アロケーション)の増額を図っていると考えられる。