平成8年

年次経済報告

改革が展望を切り開く

平成8年7月

経済企画庁


[次節] [目次] [年度リスト]

第1章 今回の景気局面の評価

第1節 1995年度の日本経済

1. 概  観

(景気は足踏みから再び回復へ)

日本経済は1993年10月を底に景気回復局面にあったが,94年10~12月期には個人消費や住宅投資が減少するなど景気回復テンポが緩やかであったところに,95年に入って急激な円高,アメリカ経済の減速,阪神・淡路大震災等社会的不安等の外的なショックが重なり,年央には景気回復に足踏みがみられた。こうした事態に対して,財政面からは公共投資の増加,金融面からは公定歩合の引下げ等の金融緩和措置が採られた。このような政策的対応に加えて年央以降円高是正が進んでいることから,95年末以降景気には明るい動きがみられるようになっている。現在,民需の動きに堅調さが増しており,景気は回復の動きを続けているが,足元のところ,そのテンポは緩やかである。今後,年度後半にかけて景気回復が持続的なものとなるためには,動きに堅調さが増している設備投資や個人消費等の民間需要が更にしっかりしたものとなることが必要である。

(回復テンポが緩やかだった今回の景気回復)

今回の景気回復局面は,過去のものと比べてそのテンポが緩やかであったことが特徴として挙げられる(後掲 第1-1-20表 参照)。これは,民間設備投資がストック調整やバランスシート調整の長期化により94年中も減少を続けたこと,所得の伸び悩みから個人消費の回復が緩やかなものにとどまっていたこと等,民間需要が低迷していたことによる。また,景気後退期に比較的底堅かった純輸出が回復期に入ると減少に転じてきたことも景気回復を緩やかなものとする一因となった。

(95年に入っての外的なショック)

しかし,金利上昇を受けて住宅建設は94年央以降前期比で減少に転じ,また,94年度には特段の経済対策も採られなかったことから公的固定資本形成も減少した。また,輸出も94年7~9月期以降増勢が鈍化し,堅調に増加する輸入と併せて外需(輸出-輸入)もマイナスの寄与を示すようになった。このように景気回復テンポが一層緩やかなものとなっているなかで,95年1~3月期には幾つかの外的なショックが加わった。その一つは,1月の阪神・淡路大震災で,比較的短期的とはいえ生産・消費活動等に影響を与えるとともに,心理的なマイナスの影響もみられた。次に,3月以降急激に進行した円高である。年初には100円前後であった対ドルレートは,3月に入って急速に上昇を始め,4月には一時的にではあるが80円を切った。5月には80円台半ばに戻し,夏に急落した後,100円強で推移している。このような円高は,ラグを伴って輸出・輸入に影響するほか,その時々には企業や消費者のマインドに大きな影響を与えた。さらに,アメリカ景気が金融引締めの効果により95年前半に減速したことは,輸出に影響を及ぼすこととなった。

(95年央に景気は足踏み)

95年4~6月期には鉱工業生産が,個人消費の減速による消費財生産の減少や,住宅建設の鈍化等を受けた建設財生産の減少等から低い伸びにとどまった。消費者マインドは1~3月期に低下していたものが更に低下した。7~9月期には鉱工業生産は減少した。これは,鉄鋼等建設財の在庫調整に加え,対米自動車輸出の減少等輸出の低迷,設備投資の鈍化等によるものである。企業マインドの改善には足踏みがみられ,設備投資を一時的に先送りする動きもあったといわれる。輸出は7~9月期に対米向けを中心に減少し,堅調に増加する輸入とあいまって純輸出(輸出-輸入)は成長にマイナスの寄与を示した。

(再び回復へ向かった景気)

以上のような状況に対して,金融緩和や経済対策等の政策的対応が採られ,住宅建設や公的固定資本形成が景気回復を主導していた。

財政面においては,2月の補正予算の編成,4月の緊急円高・経済対策に続き,9月には過去最大規模の公共投資を含む経済対策を策定した。金融面においては,4月,9月の公定歩合の引下げ等金融緩和措置が強力に採られた。また,年央には,各国による為替市場への協調介入等が行われた。こうした政策の効果や円高是正により,95年末から景気には明るい動きがみられるようになっている。これまでの回復の動きにおいては,住宅投資及び公的固定資本形成が重要な役割を果たしてきた。具体的にみると,95年4~6月期の前期比成長率0.6%のうち公的固定資本形成の寄与度は0.3%ポイント,7~9月期成長率0.6%のうち寄与度0.5%ポイント,10~12月期成長率1.2%のうち寄与度0.6%ポイントとなっている。なお,96年1~3月期の成長率は3.0%と高い伸びとなったが,これは,公的固定資本形成が0.8%ポイントと引き続き大きな寄与を示したのに加え,個人消費や設備投資が堅調に増加したためである。ただし,これには個人消費におけるうるう年要因等が含まれることに留意する必要がある。

第1-1-1表 主要経済指標の動向

2. 個人消費

(個人消費の動向)

個人消費は,雇用者所得の増加が緩やかであることを背景に,緩やかな回復傾向にある( 第1-1-2図 )。実質消費支出は,景気が回復局面に入ったことを受け,93年後半から,緩やかな回復を示した。その後,94年央に猛暑と減税の効果もあってかなりの伸びを示した後,94年末から95年初めにかけては反動や阪神・淡路大震災,さらには社会的事件も重なって再び低い伸びにとどまった。しかしながら,95年4~6月期以降,落ち込んでいた消費性向の高まりもあって,個人消費は緩やかな回復の動きを続けている。

(財・サービス別支出の動向)

個人消費は全体としては緩やかな増加にとどまっているが,耐久消費財支出は,94年7~9月期以降,おおむね堅調に推移している。一方,その他の財及びサービス支出は,95年に入ってもほぼ一貫してマイナスに寄与しており,消費支出の伸び悩みの要因となっている。

こうした耐久消費財のうちでも,乗用車やパソコン,ワイドテレビ,エアコン等が堅調である。特にパソコンは,インターネットの普及等を背景に大幅に増加した。その他の家電製品についてもおおむね好調であったが,VTRのように単価の下落により,出荷台数が増加している割には金額ベースでやや低い伸びにとどまっているものもある。

ただし,耐久消費財支出の実質消費支出全体に占める割合は,6~7%とおおむね横ばいで推移しており,95年平均でみても6.6%に過ぎない。このため,耐久消費財支出が堅調であったにもかかわらず,これが消費全体を押し上げる効果は小さかったものと考えられる。また,耐久消費財支出の増加は,価格低下によるところも大きく,雇用者所得の伸びが緩やかなものにとどまり,消費性向はバブル崩壊以降おおむね横ばいで推移するなか,耐久消費財の相対価格が低下することにより,その他の支出から需要がシフトした面も強かったと考えられる。

3. 設備投資

(緩やかな増加を続ける設備投資)

設備投資は,緩やかな回復傾向にある。実質民間設備投資の動向をみると,91年4~6月期以降前期比減少を続けた後,95年に入ってようやく増加に転じ,その後緩やかに増加を続けている。これは,製造業を中心にストック調整が終了しつつあることや企業収益の回復,稼働率の上昇等による。

このように長期の低迷を脱して回復傾向にある設備投資であるが,今回の設備投資の低迷が長期化した背景としては,80年代後半の活発な設備投資や90年代に入っての円高を受けてストック調整が長引いたこと,非製造業を中心に地価の下落などバブル崩壊により企業のバランスシート調整が行われたこと等が挙げられる。これらについては,第3節で詳しく検討する。

なお,最近の設備投資の動向について以下のような特徴が指摘できる。すなわち,①設備投資の回復のテンポが過去の回復局面に比べて緩やかであること,②業種別には製造業が設備投資をリードしていること,③製造業の設備投資も一部の特定業種によってけん引されていること,④製造業において規模別の動向をみると過去においてみられた中小企業の先行性がみられないことである。以上のような最近の特徴についても第3節で併せて検討する。

4. 住宅建設

(高い水準で推移している住宅建設)

新設住宅着工戸数をみると( 第1-1-3図 ),95年度前半は減少したものの年度後半には増加に転じ,96年度に入っても高い水準で推移している。

利用関係別の動向をみると(前掲 第1-1-3図 ),95年度前半は持家,貸家を中心にすべての形態で減少を続けたが,年度後半には持家,貸家については増加に転じた。ただし,マンションは引き続き減少している。

(持家及び貸家の動向)

上記のような住宅建設の動向を,まず,持家着工戸数の伸び率の変化でみると( 第1-1-4図 ),95年は貯蓄要因,地価要因及びストック要因がマイナスの影響を及ぼして低下したなかで,金融緩和による住宅ローン金利の低下が持家着工伸び率の低下の一部を相殺したといえる。

次に,貸家着工戸数については( 第1-1-5図 ),93年以降ストック要因が大幅にマイナスに効いている一方,金利低下が一貫してプラスに効いている。

金利の低下は,持家購入の際の資金調達可能額を増加させ,貸家建設の採算性を上昇させるなど,このところの持家及び貸家の着工の回復をもたらしているとみられる( 付図1-1-1 及び 付図1-1-2 )。

(マンションの動向)

さらに,分譲住宅のうちマンション建設の動向について検討しよう。マンション建設は,94年度に前年度比43.6%増と2年連続で大幅な増加を示した後,95年度は水準としては高いものの,前年度比12.5%減となった。これは,94年から95年初めにかけて大幅な供給の増加により在庫戸数が増加したこと,また,金利先安感から買い控えが生じたこと等により,契約率が低下し( 第1-1-6図 ),供給抑制の動きが生じたためである。在庫の積み上がりの影響により95年度後半の着工戸数は抑制されたが,7~9月期以降,販売は低金利を受けて持ち直してきており,在庫は年度後半から減少に転じている。こうした販売の好調は,金利低下により,マンション取得能力が上昇したこと等によるとみられる( 付図1-1-3 )。

5. 雇用情勢

(一部に改善の兆しがみられるものの,依然として厳しい雇用情勢)

各雇用関係指標をみると( 第1-1-7図 ),所定外労働時間は94年度後半にその伸びを鈍化させたものの,95年度には再び増加の動きがみられている。また,有効求人倍率は,95年度に入って再び低下したものの,95年末頃にはようやく上昇傾向に転じている。ただし,このところの有効求人倍率の上昇にはパートタイムの寄与が大きいことに留意する必要がある。

さらに,雇用者数は卸売・小売業,飲食店を中心に95年後半からややその伸びを高めている。ただし,卸売・小売業,飲食店を中心に自営業主・家族従業者が大幅に減少したことから,雇用者と自営業主・家族従業者を併せた就業者数は伸び悩んでいる。なお,95年末以降卸売・小売業,飲食店等において自営業主,家族従業者の減少幅が拡大しているが,これは,中小・零細事業所の廃業というような形で構造変化等が生じていることによると考えられ,雇用者の伸びと対照的なものとなっている。

このように,雇用関係指標の一部にやや明るさがみられるようになってきているものの,完全失業率が依然として円高不況期を上回る水準にあるなど,依然として厳しい雇用情勢が続いている。

(既往最高となった失業率)

さきにみたように就業者数が伸び悩んだこともあって92年後半以降上昇傾向を続けた完全失業率は,96年初にやや低下したものの,その後再び上昇し,96年5月には既往最高の3.5%となるなど,依然として円高不況期のピークを上回る水準にある。

このところの完全失業者の増加の要因を求職理由別にみると( 第1-1-8図 ),非自発的離職による者は93年央から94年央にかけて大幅に増加し,その後増加幅をやや縮小させているものの,依然として前年を上回っている。また,学卒未就職者についても同様に前年と比べて増加が続いており,厳しい雇用情勢が続いていることが現れている。なお,自発的離職による失業者については動きにばらつきはあるものの,これも増加を続けているほか,非労働力からの流入と考えられる「その他」の者も95年10~12月期に大幅に増加するなどやや増勢を強めている。

6. 生  産

(鉱工業生産の動向と注意点)

最近の鉱工業生産の動向をみると,95年4~6月期に前期比0.2%増と低い伸びにとどまった後,7~9月期同1.6%減と弱含みで推移した。この背景としては,自動車向け需要等が減少した鉄鋼等生産財生産の減少,乗用車の減少等による耐久消費財生産の減少,住宅投資の低迷等による建設財生産の減少等が考えられる。その後,資本財生産の増加等を受けて,10~12月期同2.1%増,96年1~3月期同0.4%増と緩やかながら増加傾向にある。

このように緩やかながら増加傾向にある鉱工業生産であるが,その動向は様々なぜい弱性もはらんでいる。具体的には,①集積回路等の特定の品目がけん引役となっていること,②海外需要への依存の程度(輸出の動向),③国内需要が輸入によって満足される度合い(輸入の動向),④海外生産の増大が与える影響といった点に注意が必要である。以下では,以上の諸点について順次みていくこととしよう。

第一に,今般の鉱工業生産の動向が集積回路等一部の品目に大きく影響されている点について考えてみよう。通商産業大臣官房調査統計部「鉱工業生産活動分析」(平成8年3月)によると,95年の鉱工業生産の増加(前年比3.3%増)に対して,モス型半導体集積回路,パーソナルコンピュータ,車両用通信装置の3品目が寄与率にして33.9%を占めており,総じて情報関連品目の寄与が大きい。

特にここでは,従来「シリコンサイクル」と呼ばれる好調,不調のサイクルを繰り返してきた集積回路に着目し,集積回路及びその波及効果(産業連関表を用いて試算, 付注1-1-4 参照)が,鉱工業生産の伸び率にどの程度寄与しているかをみることとしよう( 第1-1-9図 )。これをみると,集積回路及びその波及効果が相当寄与していることが分かる。なお,95年度を通して鉱工業生産の増加(前年度比2.0%増)に対する寄与率を計算すると,56.4%となる。このように生産面からみると今般の景気回復基調がいわゆる「半導体景気」という性格も持っていることが分かる。今後についても,集積回路等の生産動向が,鉱工業生産全体に相当な影響を与えるものと思われるが,換言すれば,集積回路等の生産動向いかんによっては,鉱工業生産の増加傾向が更に緩やかになるといった可能性があることを示しているともいえるであろう。

第二に,海外需要への依存についてみることとする。鉱工業出荷の前期比伸び率を輸出向け,国内出荷向けに分けてみると( 第1-1-10図 ),前回の景気後退局面に比べて,国内向け出荷の寄与が低下している一方,輸出向け出荷の寄与が増加していることが分かる。このような状況は,海外需要動向が鉱工業生産・出荷に無視できない影響を与えていることを示している。また,96年1~3月期については,乗用車,通信機械や集積回路等の輸出が減少したことにより,輸出向けがマイナス寄与となっていることが分かる。

第三に,輸入の影響である。我が国経済における総供給の前期比伸び率を,輸入と国産とに分けてみると( 第1-1-11図 ),このところ輸入のプラス寄与が大きくなっていることが分かる。これは,国内需要の伸びのうち相当な部分を輸入品が満足させていることを示しており,輸入の傾向的な増大が総じて国内生産の抑制要因となっている可能性を示している。

第四に,海外生産の拡大の影響である。このところ我が国の海外生産比率は増大している。通商産業省「第25回海外事業活動動向調査」によると,我が国の海外生産比率は86年度には3.2%であったが,その後徐々に高まりをみせ,94年度には8.6%となった。さらに95年度には10.0%に達すると予測されている( 第1-1-12図 )。

他方,我が国の実質GDPに占める製造業のウエイトをみると,91年の28.5%をピークとしてその後低下しており,94年には26.2%となっている(前掲 第1-1-12図 )。

もちろん,上記の二つの動向をもって,海外生産の拡大が国内生産を抑圧していると結論することはできない。まず,よく知られているように,海外生産の拡大は,①輸出代替効果,②輸出誘発効果,③逆輸入効果,④輸入転換効果,の4つの効果を国内産業に与え,それぞれの効果の大きさによって最終的な影響が定まるため,理論上,海外生産の増大が国内生産を減少させるという結論は得られない。さらに,製造業のウエイトが低下しているのは,91年以降の景気後退の影響を非製造業よりも製造業の方が受けやすかったためである可能性もある。しかしながら,海外生産の拡大が国内生産と無関係であるとはいえず,その影響がいかなるものであるのかという点について,更に注意が必要である。

以上みてきたように,このところ緩やかながら増加傾向にある鉱工業生産であるが,その動向は様々なぜい弱性もはらんでおり,今後の動向を注視する必要がある。

(在庫の動向)

95年以降の鉱工業生産者製品在庫の動向をみると,1~3月期前期比2.7%増,4~6月期同0.6%増,7~9月期同0.9%増,10~12月期同1.8%増,96年1~3月期同0.5%増と5四半期連続の増加となった。この在庫の増加が「積極的な在庫積み増し」か,「意図しない在庫増」かという点について検討するために,縦軸に出荷の伸び率(前年同期比),横軸に在庫の伸び率(前年同期末比)をとった在庫循環図を用いて検討することとする( 第1-1-13図 )。この図において,45度線を上から下に切るときは出荷の伸び率が在庫の伸び率を下回ることになり,意図しない在庫増を示すことになる。また,45度線を下から上に切るときは逆に出荷の伸びが在庫の伸びを上回ることになるため,在庫調整の終了による積極的な在庫積み増し局面入りを示すことになる。

在庫循環図をみると,95年4~6月期までは45度線の上に位置していたものの,7~9月期に45度線を上から下に切って「意図しない在庫増」局面に入ったといえるが,96年1~3月期の動向をみると,出荷の伸び率が1%程度で推移するなかで,在庫の伸び率は縮小し45度線に再び近づいてきており,在庫積み増し局面入りが近づいていると考えられる。

ただし,在庫の水準が高いにもかかわらず,出荷の減少が続いている集積回路のような品目があることから,今後の動向を見守っていく必要がある。

(第3次産業活動の動向)

第3次産業活動指数の動向をみると,95年1~3月期前期比1.0%増,4~6月期同0.1%増,7~9月期同0.6%増,10~12月期同0.5%増,96年1~3月期同1.5%増となっており,堅調に増加している。業種別の寄与度(前年同期比伸び率)をみると( 第1-1-14図 ),不動産業等一部にマイナス寄与を示すものがあるものの,ほとんどの業種がこのところプラス寄与となっていることが分かる。

具体的に幾つかの業種をみると,不動産業については,マンション販売の需要の一服,金利の先安感等の影響から95年1~3月期以降マイナス寄与となったが,その後住宅ローン金利の引下げや物件の低価格化等に支えられて需要が増大,マイナス寄与を縮小させている。他方,プラス寄与を示している業種についてみると,対事業所サービスについては,情報関連機器のリース等が好調な物品賃貸業等の増加によるものである。卸・小売・飲食店業については,個人消費の緩やかな回復を受けた動きであると考えられる。さらに,その他サービス業がプラス寄与を示しているが,これは娯楽関係の業種が好調であることを反映したものである。運輸・通信業については,運輸業が95年度前年度比2.6%増となった一方,通信業が同7.1%増と好調に推移したことから,相当なプラス寄与となった。

7. 企  業

(改善する企業収益)

企業収益の動向をみると,総じて改善している。ここでは,売上高経常利益率(経常利益/売上高)の前年差を業種・規模別の要因分解をすることで,企業収益改善の背景をみることとしよう。

第一に,製造業について最近の動向をみると( 第1-1-15図① ),①大・中堅企業においては,設備投資の抑制による減価償却費要因の改善及び円高による交易条件の改善による変動費要因の改善から収益が回復してきているのに対して,②中小企業では大企業に比べて遅れていたリストラの進展から人件費要因がプラスに寄与する一方,変動費要因はマイナスに寄与しており,全体として改善が遅れている。変動費要因の動向について企業規模別に違いが出ている背景としては,大企業が円高のメリットを受動的に享受するだけではなく,自らの企業戦略としても自律的に部品の海外調達等を促進してきているのに対して,中小企業ではそのような動きに限界があり,むしろ為替レートの動きに受動的に影響されざるを得ない状況にある可能性が考えられる。

次に,非製造業について最近の動向をみると( 第1-1-15図② ),①大・中堅企業では金融費用要因が相当プラスに寄与し,足元ではリストラの進展から人件費要因も相当なプラス寄与となる一方で,変動費要因がマイナス寄与となっていること,②中小企業においては人件費要因が96年1~3月期にはプラスに寄与したものの,総じてマイナスに寄与しており全体として改善が遅れていることが分かる。中小企業について人件費要因がマイナス寄与となっている点については,事業内容等の性格からリストラに限界がある可能性がある。

(みられなかった中小企業収益の先行性)

経常利益について,企業規模別の時差相関をみると( 付図1-1-5 ),従来,非製造業では中小企業の先行性がみられないものの,製造業では2四半期ほど中小企業が先行していることが分かる。しかしながら,87年以降に期間を限定するとこのような中小製造業の先行性がみられず,全体としても中小企業の企業収益改善の先行性が失われていることが分かる。

さきにみたように,中小製造業の企業収益改善が遅れているのは,変動費要因がマイナスに寄与しているためであった。さらにその背景としては,さきに指摘したように,大企業においてはいわゆるメガコンペティションへの対応策の一つとして生産のグローバル化(部品調達の国際化等)が進展しているのに対して,中小企業ではそのような対応が遅れている可能性がある。これは,産業構造の変革が進みつつあることを示唆しており,そのために従来は循環的にみられた中小企業の収益改善の先行性が失われていると考えられる。

(緩やかに改善する業況判断)

企業の業況判断をみると,緩やかな改善がみられる。日本銀行「短期経済観測調査」によって業況判断DIの動きをみると( 第1-1-16図 ),94年初頭から改善が続いた後,95年に入ってから急激な円高等を受けて改善テンポが鈍化した。その後,95年の年央には一時的に悪化がみられた。これは,円高やアメリカ経済の減速といった要因によって景気の回復基調に足踏みがみられたことに対応するものである。その後,円高是正の定着等を受けて,再び業況判断は緩やかな改善が続いている。

企業規模別・業種別に業況判断の推移をみると,95年年央の一時的悪化については,大企業に比べて,中小企業の方が悪化の度合いが大きいことが分かる。さらに中小企業を業種別にみると,特に製造業が大きく悪化している。ここから,95年年央の景気回復基調の足踏みが,製造業を中心とした中小企業に大きな影響を与えたことがうかがわれる。

(倒産の動向)

95年度の企業倒産件数についてみると( 第1-1-17図 ),95年4月には前年水準を上回っていたが,5月以降落ち着いた動きとなった。その後,8月以降急増し,96年に入ってやや落ち着きつつある。8月以降の急増等を受けて,95年度の倒産件数は1万5,162件となり,円高不況時の86年度以来,9年振りの高水準となった。業種別にみると,建設業や小売業がこのところプラス寄与を続けていること等が特徴的である。

低金利が継続しているにもかかわらず,このように倒産件数が高水準となった背景としては,倒産件数の大宗を占める中小企業において,厳しい事業環境に長らく置かれている企業が少なくないことが考えられる。なお,8月以降の倒産件数の急増については,中堅ノンバンク(8月に倒産)が顧客からの預かり手形を自らの運転資金とするために無断で換金したことに起因した被害倒産が多く発生したことが背景となっている。

また,負債総額をみると,金融機関系ノンバンクの大型倒産が多かった金融を中心として95年度は8兆6,308億円となり,バブル崩壊後の91年度を超えて過去最高となった。

なお,株式会社及び有限会社に係る最低資本金制度の猶予期限が95年度末となっており,最低資本金を満たしていないにもかかわらず,増資又は組織変更を行わないままの企業は,所定の手続きを経て6月1日に「みなし解散」となる。「みなし解散」となった企業が振り出した手形に関する混乱等に関連した倒産が発生する可能性もある。

8. 物  価

(やや弱含みで推移する国内卸売物価)

国内卸売物価は,94年度には前年比マイナス幅は縮小傾向にあったものの,95年度は-0.8%程度で推移している( 第1-1-18図 )。これは電気機器等を始めとする機械類や鉄鋼,製材・木製品等の建材関連等が下落したことが主因となっている。一方,化学製品は海外相場高を背景に上昇した。また,パルプ・紙・同製品も国内需要が堅調なことや原料パルプ高を背景に上昇した。

こうした動きの背景をみてみると,製品需給の引き緩み状態が続いていたことに加え,年度当初円高が急速に進行したことなどから,建材関連を中心に下落圧力が生じた。昨夏以降の円高是正の影響に加え,最終需要の回復や一部品目における在庫調整の進展が物価を押し上げる方向に作用したものの,安価な輸入品の流入増や機械類等の技術革新,販売競争を背景とした物価押し下げ圧力も依然強いものであった。

(低下を続ける企業向けサービス価格)

95年度の企業向けサービス価格は,長期金利の低下や電子計算機・通信機器などのリース・レンタル物件の価格低下等を受けたリース・レンタルの下落や,オフィスビルの需給緩和による賃貸料の値下げ等による不動産の下落などを主因として,前年比1.0%の下落となり3年連続のマイナスとなった。こうした企業向けサービス価格の動きは,生産効率の向上やコスト削減等企業の収益体質の改善の動きを背景にサービス需要の低迷が続いていることを反映しているといえるであろう。

(安定している消費者物価)

消費者物価の動きとしては,生鮮食品が下落したこと,一般商品の下落幅が拡大したこと,一般サービスの上昇が鈍化したことにより95年から96年にかけて一層の安定を示しており,95年度の消費者物価は前年度比-0.1%と比較可能な71年度以降では初めてのマイナスとなった( 第1-1-19図 )。

こうした動きを一般商品と一般サービスについてみてみる。一般商品については,繊維製品が需要の回復により下げ止まった一方で,耐久消費財が引き続き下落しているのに加え,石油製品が規制緩和による特石法の廃止の動きを先取りする形で下落したこと等により下落幅が拡大している。一般サービスについては,個人サービス等で上昇率が鈍化したことに加え,外食が一部で低価格化を実現させたことによって下落したことにより上昇幅が縮小している。

9. 需要項目別寄与度からみた今回景気回復局面の比較

ここでは,今回の景気回復局面の特徴を需要項目別の寄与度からみることとする( 第1-1-20表 )。

まずGDP成長率の動向をみると,今回の景気後退局面においては,経済成長率が過去と比べて極めて低かったことに加え,景気回復期に入っても低い成長率にとどまっている。

需要項目別の寄与度をみると,民間最終消費支出の寄与がかなり低いものにとどまっている。これは,上でみたように,基本的に所得の伸びが緩やかなものにとどまったことによるものとみられる。民間住宅投資は,回復初期にこそ若干のプラスを示したが,以降低迷した。また,今回局面の最大の特徴は,民間企業設備投資が極めて弱いことである。景気の山から谷まで大幅なマイナスの寄与をしたばかりでなく,景気回復局面に入っても減少を続け,最近になってプラスの寄与に転じたがその寄与は小さいものにとどまっている。こうした動きの背景については,第3節において更に詳しく検討する。

公的固定資本形成は,景気後退期から回復初期にかけて大幅なプラスの寄与を示し,その後マイナスの寄与に転じたものの,最近では再びプラスの寄与となっている。また,輸出は回復当初から最近に至るまで大きな寄与を示している。90年代に入って以降の円高傾向にもかかわらずこのように輸出が好調に推移した背景としては,資本財輸出の価格弾力性が低いことに加え,海外直接投資に伴い,現地子会社に対する資本財輸出が増加したことが挙げられる。他方,輸入は,回復期に入って期を追うごとにマイナスの寄与を拡大している。これは,円高による価格競争力の強化や海外現地生産された耐久消費財の逆輸入等によると考えられる。

以上を概括すると,後退期から回復初期にかけて過去の平均以上に公的需要が拡大されたが,設備投資がストック調整等から大幅なマイナス寄与となり,その後の回復も鈍かったことに加えて,個人消費の回復テンポが緩やかなものであったことが,成長率を低迷させたといえるであろう。輸出は堅調に推移したが,輸入が次第にマイナスの寄与を大きくしたことから純輸出は減少に転じ,これが景気回復テンポを緩やかなものにとどめた一つの要因であったと考えられる。