平成7年

年次経済報告

日本経済のダイナミズムの復活をめざして

平成7年7月25日

経済企画庁


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第3章 公共部門の課題

第2節 高齢化と公的負担

急速に進行しつつある人口の高齢化は,公共部門の将来を考えるに当たって決定的に重要な意味を持つ。本節では,まず,高齢化を巡る悲観論と楽観論がどのように生じているかを整理した後,マクロ経済への影響について分析する。純粋に人口の高齢化だけを考慮すると,その経済成長への影響は必ずしも悲観的なものとは限らない。これらの準備を踏まえて財政への影響について分析するが,ここでは厳しい課題が待ち受けていることが示される。

1. 高齢化を巡る悲観論と楽観論

ここでは,主として人口学的諸変数の将来推計についての検討を通して,高齢化を巡る悲観論,楽観論の根拠を明らかにする。高齢化の帰結についてはすでに多くの分析がなされているが,必ずしもコンセンサスが得られているわけではない。そこで,既存の人口予測の結果を踏まえ,「高齢化がそのように進行するとして,何が問題をもたらすのか」,「悲観論と楽観論を分ける前提の違いは何か」といった論点について検討し,その後の分析への橋渡しとする。

(人口高齢化のどこが問題なのか)

経済面からみて人口高齢化のどこが問題なのであろうか。これについては様々な議論があるが,それらを端的に要約すれば,次の二つの懸念という形で示すことができる。

第一は,より少数の労働力でより多数の高齢者を扶養しなければならないという「扶養負担」の増加のおそれである。

第二は,「経済成長」が鈍化するのではないかというおそれである。

ここで,高齢化が扶養負担の増加につながる経路としては( 付注3-2-1 ),①年齢別の労働力率が変わらないという前提の下では,高齢者の労働力率は相対的に低いため,全年齢を平均したマクロの労働力率が低下すること,②マクロの所得が変わらないとすれば,高齢者が必要とする消費支出が医療等を中心に相対的に多い場合,マクロ的に必要な消費支出が増加することの二つが考えられる。また,扶養負担の増加がもたらす直接的な帰結としては,③年齢別の所得,消費構造が変わらないとすれば,若壮年世代から老年世代への所得再分配が増加しなければならないことを意味し,④その一部が公的部門を通じて行われるとすれば,政府規模が拡大することにつながる。

一方,経済成長について論ずる際には,GDPそれ自身の伸びを問題とするのか,一人当たりGDPの伸びを問題とするのかを明確にしておく必要がある。GDPそれ自体は,国際的にみた国力を示す一つの指標であって,いわゆる大国とみなされるための一つの要件でもあるので,一定の重要性を持つことはいうまでもない。しかし,個人の満足に政策評価の基準を置くとすれば,一人当たりGDPが重要な指標となる。ここでは,差し当たり,一人当たりGDPを念頭に置いて論じていくこととする。

高齢化が経済成長の鈍化につながる経路としては,①高齢化が加速度的に進行する場合,年齢別の労働力率が変わらないという前提の下では,マクロの労働力率の低下率が高まること,②高齢者の貯蓄率が相対的に低いまま変化しないとすれば,マクロの貯蓄率が低下し,これが金利の上昇による投資の抑制を通じて資本装備率を低下させるならば(他方,労働力人口増加率の低下は逆に資本装備率を高める方向に働くので,結果としては資本装備率がどちらに変化するかは理論的には分からない),労働生産性が低下すること,③創造性を発揮できる人材の伸びが鈍化する一方,労働力人口の伸びの低下に対応した労働節約的な技術開発努力が十分に行われないならば,結果として技術進歩率が低下すること,④政府規模が拡大する場合,経済活動が全体として非効率的になることなどの可能性が指摘できる。なお,こうした扶養負担や経済成長への高齢化の影響を考える場合には,失業率も重要な要素であることに留意する必要がある。

以上の議論を振り返ると,次のような特徴があることが分かる。

第一は,扶養負担の増加,経済成長の鈍化のいずれについても,それが実際に生ずる経路は多くの前提に依存していることである。これらの前提が妥当なものであるか,いいかえれば,これらの前提を覆すほど日本経済は柔軟な適応力を持っているのかということが,高齢化の影響に関する悲観論と楽観論を分ける重要なポイントになる。

第二は,扶養負担の増加と,経済成長の鈍化は密接に関連しているということである。例えば,労働力率の低下は両者を同時にもたらすものであり,また,扶養負担の増加の結果として政府規模が拡大して経済成長が鈍化するという関係がある一方,経済成長の鈍化が必要な消費支出に対して所得を相対的に押し下げるという形で扶養負担を増加させるという関係もみられる。しかし,そうしたなかでも,これらの二つの懸念は経済学的には異質の側面を持っている。すなわち,扶養負担の問題は世代間の「所得分配」に深くかかわるのに対し,経済成長の問題は正しく「資源配分」の効率性を巡る論点である。したがって,これらの二つの懸念の両方について,それぞれ分析を加えていくことは意義があると考えられる。

以下では,差し当たり,これらの問題を考えるための最初の出発点として,人口変動の動向を端的に示す指標である老年人口割合及び人口増加率に着目しよう。そうして,これらの指標についての予測がどうなっているかを調べた後,扶養負担という観点から高齢化のもたらす問題を検討しよう。その後,2において,経済成長の問題をマクロ経済のメカニズムを考慮しながら検討していくこととする。

(将来人口はどのように予測されているか)

日本の人口の高齢化は予想を上回るペースで進行してきており,先進諸国の中でも例を見ない速さで進むものと予想されている( 第3-2-1図 )。

厚生省人口問題研究所の92年9月推計(中位推計)によると,総人口は2011年にピークに達する。また,2025年までの範囲で考えると(以下同様),老年人口割合(総人口に占める65歳以上人口の割合)は2025年にピークで25.8%,後期老年人口割合(同75歳以上人口の割合)は同年に14.5%となる。従属人口割合(同生産年齢人口以外の人口の割合)は生産年齢人口を15~64歳とすれば2018年の41.0%がピーク,生産年齢人口を20~64歳とすれば2020年の46.7%がピークになる。

この92年9月推計の合計特殊出生率については,これまでの低下傾向がしばらく続いた後,緩やかに回復すると仮定されている(91年1.53→94年1.49→2000年1.60→2025年1.80)。ここで実績を振り返ると,93年に1.46と史上最低の水準まで低下した後,94年には1.50に回復している。92年9月推計では,この中位推計以外に,合計特殊出生率の仮定を変えた高位推計や低位推計も示されているが,以上のような実績を勘案すると,中位推計を基にした議論で十分である。しかし,あえて高齢化が中位推計の推計結果以上に速く進展した場合を考えるときには,低位推計が参考になる。

低位推計では,総人口は2006年にピークに達する。また,老年人口割合は2025年にピークに達し27.4%,後期老年人口割合は同年に15.4%となる。従属人口割合は生産年齢人口を15~64歳とすれば2020年の39.8%がピークとなる。低位推計の方が中位推計に比べて従属人口割合が低くなるのは,低位推計の仮定から当然の結果として年少従属人口が少なくなるためである。

(扶養負担を把握するための指標)

扶養負担の状況を端的に示すためには,どの指標に着目するのが望ましいのであろうか。一般には,老年人口割合や生産年齢人口割合をみるのであるが,老年人口や生産年齢人口をそれぞれ65歳以上,15歳以上65歳未満人口と定義する通常の方法では,年齢区分を機械的に適用しているため,必ずしも負担の状況を的確に把握することはできない。そこでまず,老年人口の定義を変えることによって(これを修正老年人口と呼ぶこととする),より実態を示すと考えられる指標を作成してみよう( 第3-2-2図 )。

第一は,65歳以上のうち非労働力人口だけを修正老年人口とするものである。労働省雇用政策研究会推計(95年6月)による労働力率を用いると(ただし,2010年以降は横ばいと置く),この方法による2025年の修正老年人口割合は19.1%に低下する。

第二は,修正老年人口の定義を平均余命が一定年数以下の年齢階級の者とするものである。ここでは,55年における65歳の平均余命を基に,平均余命が男子12.0年未満,女子14.5年未満である者を修正老年人口と定義する。この方法によると,2025年の修正老年人口割合は15.1%に低下する。

第三は,要援護老人(要介護老人及び虚弱老人)のみを修正老年人口とするもので,考えうる最も狭い定義の一つである。この方法によると,2025年の修正老年人口割合は4.1%まで低下する。

このような考え方を更に進めるため,次により総合的に扶養負担が計測できるように生産年齢人口割合に着目してみよう。その場合,上記のような修正作業の極限として,生産年齢人口として稼得能力(労働力率及び賃金率)を考慮してウエイト付けしたものが浮かび上がってくる。また,扶養される側についても,高齢者で寝たきりともなればコストが余計に掛かる。したがって,分母にある総人口も年齢階級別の消費ニーズによってウエイト付けする必要がある。

ここでは,厚生省の人口推計(中位推計)の下で,労働力率については2010年までは労働省推計(労働力人口について80~90年の年平均1.2%増に対し,90~2000年0.7%増,2000~2010年0.1%減と推計),それ以降は女子(25~54歳)の労働力率が現在のアメリカ並みに収束するという前提を置いて,修正生産年齢人口割合を推計してみよう( 第3-2-3図 )。

その結果は,単純な生産年齢人口割合と比較した場合,以下の点で相違がみられる。第一は,前者では今後の生産年齢人口割合の低下により到達する水準は既に過去に経験したことがあるということになるが,後者では高齢者の必要消費量が他の年齢層より大きいことから,扶養という観点では過去に経験したことのない状況になるということである。第二は,2010年までは単純な生産年齢人口割合とおおむね同じ動きであるが,その後は労働力率の上昇の効果が消費ニーズの増大の効果を上回るため低下が緩やかとなっていることである。

(労働生産性と労働力率の動向が鍵)

それでは,こうして定義された割合を一定に保つためにはどのような条件が必要であろうか。

まず,その他の条件を一定として高齢者(65歳以上)の労働力率のみを引き上げる場合には,2020年には54%にまで達する必要があることが分かる。これは,かなり非現実的な状況を想定することとなるので,労働力率の上昇のみに頼ることはできない。

次に,労働生産性が上昇することにより各年齢層の賃金率が均等に上昇したとする場合には,2015年までに年平均で消費ニーズの増加率を0.4%上回る生産性上昇率があればよいことになる。

以上の検討で明らかにされたのは,「修正生産年齢人口割合」を用いた扶養負担の簡単な分析から,高齢化に対する楽観論と悲観論を分けるのはまず労働生産性であり,次に労働力率の動向ということである。この結論は,以下の経済メカニズムを考慮した分析でも維持されることになる。ただし,以上の分析では示唆されるが,以下の分析では扱いが困難な点として,介護や終末医療の高齢者一人当たりのコストが今後増加する場合,扶養負担はより厳しいものとなることには注意を要する。

2. マクロ経済への影響

ここでは,経済面への影響のうちマクロ経済変数に着目する。財政変数については主として3で調べるので,差し当たり補足的に取り扱うことにとどめる。そうすると,最も重要な論点は「高齢化で(1人当たり)経済成長がどの程度低下するのか」ということである。この問題への回答は,マクロ経済の仕組みをどう理解するかで違ってくるが,議論の出発点として以下のような考え方を踏まえておこう。

古典的な経済成長についての考え方によれば(前掲 付注3-2-1 ),十分に長期的な視点でみると,労働生産性の上昇率は基本的には技術進歩率で決まってしまう。また,そのような長期的な関係が成り立つ以前のやや短い視点でみれば,技術進歩率の影響に加えて,貯蓄率が高いほど,人口増加率が低いほど,労働生産性は高くなるといえる。したがって,人口一人当たり経済成長率は,労働生産性の上昇率(労働力人口一人当たり経済成長率)に加えて,(失業率一定の前提の下で)人口のうちどれだけが労働力であるかを示す労働力率の上昇率で決まることになる。

もちろん,現実には更に様々な条件を考えなければならない。特に,前節でみたようなグローバリゼーションの視点からは,以下のような考え方の修正が必要になる。

まず,国際金融・資本市場で決まった金利水準を受け入れるだけの「小国」であれば,その国において資本が発揮する生産性(これはその国の技術水準と労働力人口が高いほど高くなる)が世界金利より高い間は資本蓄積が進んで経済成長が生ずる。この場合は,貯蓄はいくらでも海外から持って来れるので,国内貯蓄の動向は成長には関係しない。

一方,国内貯蓄が世界の金利水準に影響を与えるという意味での「大国」であれば,その国が高齢化により国内貯蓄率が低下するような場合には,世界金利が上昇することによって設備投資が抑制され,成長率に悪影響をもたらすことになる。

これらの考え方の構成要素についてまず検討し,続いてマクロ経済がどうなるかを総合的に分析する際のポイントを調べよう。

(労働力人口の減少が生産性の向上をもたらすという関係は安定的か)

経済成長に関する古典的な考え方においては,成長の究極的なエンジンが技術進歩(ここでいう技術進歩には,文字通り技術的な生産工程の改善だけでなく,経営手法などのソフト面の効率向上を含んだ概念である)でありながら,技術進歩の速さは経済的な要素で決まるのではなく,その外側の世界での科学技術の発展によっていわば外生的に決まるとすることが多かった。基礎研究分野での進歩については,こうした前提が当てはまりやすい。しかし,生産現場や経営面での改善は,企業が日々直面する問題の解決のために見出されるものであり,経済的な事象と無関係ではあり得ない。

それでは,人口の高齢化は技術進歩の速さにどのように影響するのであろうか。その可能性として,以下のような経路が考えられる。第一は,労働力人口増加率の低下による集団的な力の低下である(「規模の経済喪失効果」)。一つの企業をとっても一定数以上の労働力がなければ効率が上がらないし,多くの関係者が相互に切磋琢磨する機会が減少すれば進歩の速さは大幅に低下しうる。第二は,老年人口割合が高まることによって,若壮年者で多くみられる創造性や積極性の発揮が経済全体として乏しくなることである(「創造性喪失効果」)。第三は,これらとは逆に,労働力人口増加率の低下が,労働力に頼らなくとも生産ができる方法の開発を促すことである(「労働節約促進効果」)。

ところで,労働力人口増加率と技術進歩率に逆相関がみられることは,各国のクロスセクション分析により知られている。このことから,労働力人口増加率の低下と技術進歩の速さをつなぐ「規模の経済喪失効果」と「労働節約促進効果」では後者が前者を上回り,その合計がプラスになっていると解釈できる。ここでは,先進11か国のデータを用いて,全要素生産性(TFP)上昇率を労働力人口増加率で説明してみた。その結果は,71~90年を5年ごとに区切ったデータをプールした場合( 第3-2-4図 ),全期間を通じたデータを用いた場合( 同図参考1 )のいずれについても両者の逆相関が確認された。1%ポイントの労働力人口増加率の低下は,0.1%ポイント前後の技術進歩率上昇と対応していることになる。ただし,この数値は既存の分析結果より総じて低めであり,全要素生産性の計測方法などがこの相違をもたらしている可能性がある。

次に,「創造性喪失効果」を検証するために,上記の分析において説明変数として老年人口割合を加えてみよう( 同図参考2 )。その結果は,老年人口割合は全要素生産性上昇率に影響を及ぼさないというものであった。一方,この場合でも労働力人口増加率の影響は明瞭に現れている。したがって,「創造性喪失効果」は存在しない可能性が高く,この面での悲観論はこれまでのところ杞憂にすぎないといえよう。

このように,高齢化の技術進歩率への影響については,「創造性喪失効果」は存在しない可能性が高く,「規模の経済喪失効果」を上回る「労働節約促進効果」があることから,全体としてみると技術進歩率を高めると考えることができよう。

(日本ではライフサイクル仮説がどの程度当てはまるか)

成長率の動向を占うに当たって,生産性と並ぶもう一つの基礎は,貯蓄行動のパターンである。ここでは,日本の貯蓄率を世代別に推計することによって,高齢者の貯蓄率が相対的に低くなるという狭い意味のライフサイクル仮説が成り立っているかどうかを調べてみよう。これに対し,高齢者でも遺産を残そうとするために,現役世代と変わらない貯蓄率であれば,このような意味でのライフサイクル仮説は成り立っていないこととなる(そのような既存の分析例は 付注3-2-5 参照)。また,特に,遺産を残す目的が純粋に子孫の満足を考えてのことであれば,家計があたかも永遠に続く王朝(ダイナスティ)のように行動するというダイナスティ仮説が成り立っていることになる。

総務庁「全国消費実態調査」(89年)により世帯主年齢階級別(50歳未満,50歳代,60歳代,70歳以上の4階級とする)の家計貯蓄率を調べると,勤労者世帯では高齢世帯主の世帯ほど高くなり,自営業等の一般有業世帯においても若壮年世代とおおむね同水準にあることが分かる。このことから単純に考えると,高齢者は貯蓄率が高く,したがって遺産がかなり残ることになると結論できる。その場合,高齢化の進展によって貯蓄率が上昇する可能性がある。しかし,こうした結論は早計であり,以下のような点を考慮する必要がある。

第一は,高齢者世帯主は無職の者の割合が高いことである。しかも,無職(無業)世帯については,単身でも二人以上の世帯でも,一様に貯蓄率はマイナスである。

第二は,高齢者の多くは,世帯主ではなく子などの世帯に同居している割合が高いことである(ここでいう世帯主とは,名目上の世帯主ではなく,家計の主たる収入を得ている人をいう)。60歳未満の世帯主の世帯には,65歳以上の高齢者が同居している世帯が含まれているので,ここから同居高齢者の可処分所得及び消費支出を推計し,この分を60歳以上階級に移し替えるべきである。そこで,高齢者同居世帯と非同居世帯の財産収入,社会保障給付等の差額を同居高齢者の可処分所得,同じく消費支出の差額を同居高齢者の消費支出として同居高齢者の貯蓄率を推計すると大幅なマイナスとなる。

以上の検討を踏まえ,勤労者世帯,一般有業世帯,無職(無業)世帯及び同居高齢者の平均的な年齢階級別貯蓄率を推計してみよう( 第3-2-5図 )。ただし,同居高齢者については上記手順で得られた収支を65~69歳と70歳以上に人口比で振り分けるとともに,これを60歳未満の勤労者世帯及び一般有業世帯の収支から控除する。その結果をみると,60歳代は若壮年世代をやや下回っており,70歳以上は若干ではあるが貯蓄を取り崩していることが分かる。

以上から,日本では労働市場から引退した無職高齢者については狭い意味のライフサイクル仮説が示すような貯蓄パターンとなっている可能性が強い。また,勤労者や自営業者などの働き続ける高齢者を合わせてみても,高齢者の貯蓄率は相対的に低いか若干のマイナスとなっており,この点からは今後の高齢化はマクロの家計貯蓄率を低下させる方向に働くことが予想される。

ただし,無職の高齢者が貯蓄を取り崩す傾向にあり,全体としての高齢者の貯蓄率が低いといっても,(個人差が目立つものの)平均してみればかなりの資産を保有していると考えられる。ちなみに,全世帯について保有資産額を推計すると,平均で60歳代約7,300万円,70歳以上約9,100万円となる。このことは,遺産による世代間移転が重要な役割を果たしていることを示している。実際,郵政省「家計における金融資産選択に関する調査」(92年度)によれば,世帯主年齢が60歳以上の世帯の約6割(全体では約5割)が少なからず遺産を残そうとしている。その内訳をみると,「面倒を見てくれた場合残す」とする世帯が「いかなる場合でも残すべき」とする世帯をやや下回るものの4割以上を占めている。したがって,日本においては遺産は重要であるが,その動機は老後の面倒を見てくれることと引きかえに遺産を残すという「戦略的」なものも少なくないと考えられる。

(高齢化の貯蓄,投資,経済成長率への影響を総合的に分析する際のポイント)

最後に,高齢化によるマクロ経済への影響を総合的に分析する際のポイントを検討しよう。

まず,公的部門の行動が民間部門に与える影響である。政府部門の行動が民間部門の行動によってどの程度相殺されるかについての前提を考える必要がある。後述のように,長期的にみれば最近では政府の資金調達方法が家計の消費行動に影響を与えにくくなっているので,第一次近似としてはある程度相殺されるとみることが許されよう。ただし,政府消費が拡大すると経済成長に影響を与えることも考えられるので,この部分は十分に考慮する必要がある(この点については第4節で論ずる)。

技術進歩については,前述のように先進国のクロスセクション・データからは労働力人口増加率が低下すると若干速くなる傾向がみられる。しかし,日本について過去の時系列データでみる限り,そのような単純な関係は計測されなかった。むしろ,第一次石油危機後を通じてみると,全要素生産性上昇率は比較的安定して推移してきた(平均年率1.9%)。

貯蓄率については,次の二つの考え方が代表的である。第一は,老年人口割合(あるいはその逆に若年人口割合)が高まるほど低下する一方,一人当たり経済成長率が高まるほど上昇すると考えるものである(ライフサイクル仮説)。少なくともこれまでの日本では,この関係が成り立っていた可能性が高い。第二は,人々は子孫の満足まで考慮して消費・貯蓄行動を決定しているため,人口構成の変化などでは貯蓄率は変化しないと考えるものである(ダイナスティー仮説)。

投資の決まり方はもちろん企業家精神によるところがあるが,こればかりは客観的に捉えることができない。例えば,長期的に重要と考えられる要素として,まず金利が高いほど投資が抑制されることが指摘できる。さらに,このうち企業設備の場合は,人口増加率や技術進歩率が低下すると必要とされる資本の増加率も低下するであろう。住宅投資の場合は,主な需要層の人口割合などの影響も受けると考えられる。

金利がどう決まるかは,金融・資本市場の世界市場への統合の度合いで違ってくる。そうした統合がない場合には,国内の貯蓄と投資のギャップなどが金利に強く影響しうる。貯蓄が投資を上回っていると,金利は低い水準となりやすい。反対に,世界市場への統合が進展していると,外国の金利の影響を受けやすくなる。

こうした諸要因が相互に影響を及ぼしつつマクロ的な結果が生まれてくるので,当然のことながらそのシナリオには多様な可能性が考えられる。このことはまた,純粋に人口の高齢化だけを考慮すると,その経済成長への影響は必ずしも悲観的なものとは限らないことを示している( 付注3-2-7 参照)。

3. 財政への影響

ここでは,高齢化に伴って生ずる財政問題について検討する。まず,社会保障関係支出,特に高齢者関係支出の現状を整理する。次に,老年人口が増加するとどの程度の財政支出が必要になるかについて,日本の現行制度を軸とした試算を紹介するとともに,先進国のクロスセクション・データから得られる法則を調べる。その上で,現行制度からかい離して財政支出を抑制するためのポイントを指摘し,特に介護サービスの供給方式についてやや詳しく論ずる。最後に,世代会計の手法を用いて世代間の所得再分配や「見えない政府債務」についての計測を試みる。

(日本における社会保障関係支出の構造)

一般政府の支出(国民経済計算ベース)のうち,目的別分類で保健及び社会保障・福祉サービスに該当する部分を社会保障関係支出と考えると,その合計は93年度には68.5兆円であり,GDPの14.7%に当たる。このうち58.4兆円が経常移転であり,次いで割合が高い項目が政府消費(7.1兆円)である。経常移転の主要内訳をみると,社会保障給付50.0兆円(うち健康保険20.8兆円,年金26.6兆円),社会扶助金7.2兆円となっている。また,社会保障研究所による「社会保障給付費」(上記の国民経済計算による計数とは若干定義が異なる)は92年度で53.8兆円,GDPの11.6%に当たる。このGDP比の動きを時系列的にみると( 第3-2-6図 ),70年代に入って急速に上昇した後,80年代後半からは増勢がやや鈍化している。その構成については,医療のGDP比が安定しているなかで,年金のGDP比が全体の上昇に寄与している。一方,福祉等の「その他」の割合は小さい。

このうち多くの部分は,制度に変化がない限り高齢化で自動的に増加すると考えられる。ちなみに,上記「社会保障給付費」のうち「高齢者関係給付費」(年金,老人保健及び老人福祉サービス)は92年度は32.6兆円で60.6%を占めている。ここで,老年人口割合と社会保障給付費の増加について今後の分析の大雑把なイメージを描くため,実際には両者の対応関係はこれほど単純ではないが,60年,75年,90年の3時点の傾向をもとに機械的な計算をしてみよう。老年人口割合が60年5.7%,75年7.9%,90年12.1%と高まってきたなかで,社会保障給付費のGDP比は対応する年度でそれぞれ3.9%,7.7%,10.9%と,老年人口割合1%ポイントの上昇が社会保障給付費のGDP比1%ポイントの上昇とおおむね対応してきた。これを単純に2025年に予測される老年人口割合25.8%(厚生省中位推計)に対応させると,社会保障給付費のGDP比も約26%となる。93年の一般政府の支出のGDP比は約31%であるが(後掲 第3-4-2図 ),そこから92年度の社会保障給付費約12%を除いた約19%は今後も変化しないとしよう。そうすると,2025年における一般政府の支出のGDP比は約45%ということになる。現在の制度的枠組みを踏まえると,この機械的計算の結果は誇張された数字である。なぜならば,これまでは制度の創設,拡充や成熟化によって一人当たり給付が急速に伸びてきたからである。このうち公的年金の成熟化は今後も続くであろうが,制度の改善については,給付と負担のバランスを確保することにより制度の長期的安定を図る動きも現れてきている。そこで,高齢者関係の支出を中心に,①当初,制度の創設,拡充がいかに図られてきたか,②高齢化に対応して給付と負担のバランスを確保することにより制度の長期的安定を図るための対策がいかに図られてきたかをみよう。

公的年金については,まず,61年の国民年金制度全面施行により「国民皆年金」を達成した後,以来制度の拡充が図られた。特に73年の「福祉元年」には大幅な給付水準の引上げ,物価スライド制の導入がなされ,厚生年金については現役加入者のボーナスを除く平均賃金の60%程度の給付を標準とするとの考え方が取り入れられた。この結果,給付水準は国際的に遜色ない水準に達している。一方,高齢化へ向けた対応としては,5年ごとの財政再計算による収支の将来推計を踏まえつつ,86年には基礎年金の導入により制度間の格差の解消を図るとともに将来に向けての給付水準の適正化等が行われた。さらに,94年には本格的な年金を支給する年齢を65歳とするとともに,60歳代前半の年金は65歳以降とは別個の部分年金を支給することとし,段階的に切り替えることとした。また,保険料の引上げ幅の見直し,年金額の税・社会保険料控除後の賃金スライドへの移行などの措置が講じられた。

医療保険についても,61年に「国民皆保険」が達成された後,73年には老人医療費の無料化が実施された。その後,83年には,各保険制度からの拠出及び公費によって賄われ,原則として70歳以上の者を対象とする老人保健制度が創設され,患者の一部負担が導入された。80年代からは,診療報酬の適正化や自己負担分の引上げなどにより,国民医療費の伸びが鈍化するようになった。しかし,近年は国民医療費の伸びが国民所得の伸びを上回っているという状況にある。

これに対し,老人福祉(老人保健を除く)については,公的年金,医療保険と比較してその規模は小さいものにとどまっている。これは,基本的にはこれまで低所得者など限られた対象を念頭に置いてシステムが形成されてきたためといえよう。ただし,最近では高齢化の進行等に伴い,対象者の普遍化や多様なニーズに対応した介護サービスの提供なども進んできている。

(戦後の社会保障制度の変化)

戦後50年の社会保障制度の歩みをみると,まず,終戦直後から60年頃までの社会保障基盤整備の時代を経て,61年には国民皆年金及び国民皆保険が達成された。次いで,公的年金,医療保険を中心として73年の「福祉元年」にみられるように,高度経済成長やそれに伴う社会経済構造の変化が進む中で給付水準の改善等の整備,拡充が行われた。戦後の社会保障制度は経済及び国民生活の安定に寄与してきたわけであるが,その後は,高齢化の進展や産業構造の変化などに対応して相次いで改革が行われるようになった。これは,将来にわたる給付と負担のバランスを確保することや制度間・世代間の公平を確立することなどによって制度の長期的安定を図ることが重要な課題となったためである。その背景としては,以下のような原因があげられる。

第一は,経済成長率の鈍化である。当初のような高度成長下では容認されていた給付の増加も,安定成長への移行とともに負担の増加との関係で改めて問われるようになってきた。

第二は,高齢化の予想以上の進展である。たとえば,年金制度について言えば,受給期間の伸長や受給者の増大等により将来の給付費の急増が見込まれることから,制度の長期的安定を保つための見直しが必要となってきた。また,医療保険については,老人医療費の急増等に対応した見直しが必要となってきた。なお,医療技術の向上,疾病の慢性化等により医療費が総じて増加傾向となってきていることが課題となっている。

第三は,サービスの普遍化,一般化の必要性が意識し始められたことである。核家族化の進展による家族機能の弱体化に伴い,従来,ともすると低所得者に偏りがちであった社会保障サービスを普遍化,一般化していく必要が生じた。

以上述べてきた点は,置かれている状況は違っていても,依然として高齢化の進展,社会構造の変化などといった我が国の直面する経済社会の急激な変化に対応すべく制度改革を考えていかなければならない現在においても参考になるといえよう。

(「21世紀福祉ビジョン」における社会保障に係る給付と負担の将来見通し)

厚生省「21世紀福祉ビジョン」(高齢社会福祉ビジョン懇談会報告,94年3月)において,社会保障に係る給付と負担の将来について試算が行われている。

その前提としては,①当時における現行制度のままと仮定した場合(現行制度ケース),②介護対策や児童対策等の充実を図るものとし,その他は現行制度のままと仮定した場合(ケースI),③年金については94年改正後の制度,医療については効率化を図る(医療費総額が5%程度減少する)とともに,介護対策や児童対策等の充実を図ると仮定した場合(ケースII),④年金については94年改正後の制度,医療については効率化を図る(同)ものとし,その他は現行制度のままと仮定した場合(ケースIII)が設定されている。また,人口は厚生省推計(92年),名目国民所得の伸びは,2000年度まで平均5~4%,それ以降は平均4~3%とし,社会保障給付費に係る租税負担は,社会保障給付費の増加に即して増加するものと仮定している。

その結果をみると,社会保障給付費の国民所得比は93年度に16.3%であったものが,2025年には最も低いケースIIIで261/2~301/2%,最も高いケースIで30~331/2%,中間的なケースIIでは28~311/2%となる(現行制度ケースはこれよりやや高い)。一方,社会保障に係る負担(社会保障負担及び公費負担)については,その国民所得比は93年度に17.8%であったものが,おおむね給付費の動きに対応する形で,2025年には最も低いケースIIIで26~30%,最も高いケースIで30~34%,中間的なケースIIでは271/2~31%となる(現行制度ケースはこれよりやや高い)。

だだし,介護対策や児童対策等の充実を図るとしたケースIとケースIIでは,社会保障給付費を年金,医療及び福祉等に分けた場合に福祉等の割合がかなり高くなるのが特徴的であり,2025年には現行制度ケースとケースIIIでは8~10%であるのに対し,ケースIとケースIIでは14~16%となる。

さて,92年度の国民所得のGDP比77.4%によって,2025年における現行制度ケース又はケースIIの社会保障給付費(幅があるが,ここでは中央値に近い国民所得の約30%をとる)をGDP比にすると約23%となる。これから,前述の「機械的計算」と同様の方法によって,一般政府の支出のGDP比が約42%となることが分かる。

(高齢化は高齢者以外に対する政府支出に影響を及ぼすのか)

先進国のクロスセクション・データでみても,老年人口割合が高い国ほど社会保障支出のGDPに占める割合が高い。しかし,結果を更に子細にみると,興味深い関係がみられることが分かる( 第3-2-7表 )。すなわち,老年人口割合が1%ポイント上昇すると,理論的には老年人口割合との関係がより高いはずの「老年人口への支出」のGDP比は約1%しか上昇しないのに対し,社会保障支出のGDP比は約2%ポイント上昇することである。これは,90年において老年人口割合が1%ポイント上昇すると,「老年人口以外への支出」も約1%ポイント上昇するからである。これは過去の人口構成の変化などに対応した高齢者以外に対する政策が採られたことが寄与していると考えられる。したがって,「高齢化」への対応に加え,高齢者以外への対応をどうするかで財政負担が大きく違ってくることになる。なお,ちなみにこの関係を単純に日本の将来に当てはめると,2025年の一般政府の支出はGDP比50%を遙かに超えることになる。

ただし,国によるばらつきの度合い(決定係数が小さいほどばらつきが大きい)をみると,すべての支出カテゴリーにおいて80年と90年では後者の方がよりばらつきが大きくなっている。最近になって,財政支出を抑制した国とそうでない国との分化が目立ってきたのである。

一方,一般行政費,防衛費,教育費等の政府消費には社会保障支出の一部も含まれているが,政府消費のGDP比も,老年人口割合と安定的な関係がみられる。すなわち,老年人口割合が1%ポイント上昇すると,政府消費のGDP比も約1%ポイント上昇する( 第3-2-8図 )。なお,政府消費には,日本などでは公的年金や医療保険に係る費用の大部分は含まれない。したがって,上記のような高齢者以外への対応の結果という説明は無理である。一つの仮説として,高齢化の進展によって一般行政費,防衛費,教育費及び社会保障支出等からなる政府消費の増大を容認する有権者が増加することが考えられる。

このように,先進国のクロスセクション・データでみる限り,高齢化に伴って高齢者以外に対する政府支出が増加する傾向がみられる。こうした関係は,将来の日本の姿を予想するに当たって留意すべき点であるが,機械的に適用して考えることは適当ではない。むしろ,高齢者以外に対する政府支出の動向は,これらの者への対策をどのような形で行っていくのか,あるいは政府規模に関して国民の好みがどう変化していくのかなどに応じて,多分に選択の結果として決まるものと考えるべきであろう。

(社会保障支出の効率化を考える際のポイント)

「21世紀福祉ビジョン」における将来見通しからは,現行制度ケースではもちろん,その他のケースでも将来の社会保障に係る負担はかなり重いものになることが分かった。それでは,一層の支出の効率化を考える際のポイントはどこにあるのだろうか。

公的年金については,今回の改正で60歳代前半の年金の在り方の見直しやネット所得スライド制の導入等が行われたところであるが,将来の現役世代の負担が過重なものとならないように,給付と負担のバランスを今後とも図っていくことが重要である。

医療保険については,保険そのものを民間に移管することも考えられるが,この方式をとるアメリカで非効率が顕在化していることを踏まえると,現実的な処方箋とはいえない。厚生省による国民医療費の将来推計(90~92年度の実績を基にしたもので,制度改革は考えていない)によれば,年平均伸び率は93~2000年度6.5%,2000~2010年度6.0%,2010~2025年度5.0%となるが,そのうち人口増,人口の高齢化以外の原因による寄与度が各期とも4.5%である。この部分は,医療技術の進歩,診療報酬の改正及び受診件数等の変化によるものと考えられる。医療技術の進歩により高度な医療が受けられるようになるのは望ましいことであるので,それを前提とした上でいかにコストの削減を図るかが問題となる。少なくとも需要面については,1人当たり国民医療費の変動を幾つかの要因で説明してみたところ( 第3-2-9図 ),自己負担率の引上げによるコスト意識の向上がこれまでかなりの効果を上げてきたとみられる。

ただし,今後の不確実性が大きい部分として,終末医療サービスがある。例えば,厚生省の「人口動態社会経済面調査」(94年度)によると,65歳以上の死亡者の亡くなる前6カ月間の平均医療負担額は,悪性新生物で80.3万円,虚血性心疾患で73.5万円,脳血管疾患で76.4万円となっている。これは個人の負担額であるから,これに対応する財政の負担も相当な額になると考えられる。医療技術の高度化や価値観の変化に伴ってこの部分のニーズがどう変化していくかは重要である。

福祉等については,高齢者介護サービスの動向が鍵である。高齢化によって単に量的なニーズが高まるだけでなく,質的にも多様化,高度化することが考えられる。これについては,こうしたニーズの変化の下でいかに負担の在り方を考えるべきかを以下でやや詳細に検討しよう。

(介護サービスはどのように供給されているか)

今日,高齢化に伴う要介護者数の増加,要介護状態の長期化,女性の雇用率の増加等による家族介護の困難さなどを背景に,高齢者介護問題が国民的課題となっている。

このため,老人福祉法等の制度に基づき公的な介護サービスが提供されてきており,平成元年策定のゴールドプランや平成6年策定の新ゴールドプラン等に基づき,介護サービスに関する人材や施設等の介護基盤の計画的な整備,拡充が進められている。

ところで,介護サービスは公的制度に基づくものに限られるわけではなく,多様なものである。まず,介護のための費用についてみると,公的制度(老人福祉,医療保険,公的年金等)を通じて調達される場合と,公的制度を通じない場合(本人,家族,ボランティア等の負担)に分けられる。ここで注意すべきは,家族が無償で直接介護を行う場合でも,実際には機会費用を含め負担が行われていることである。

また,サービスの供給主体で分類すると,公的あるいは準公的主体(社会福祉法人を含む)によるものと民間主体(家族,ボランティア,民間営利事業者)によるものに分けられる。

(介護サービスの費用)

公的制度を通じた費用の調達については,参考までに現在の社会保障給付費をみると,医療と年金が9割を占めているのに対して,特に介護と関係が深い福祉分野は低いシェアとなっている。福祉制度においては,利用者の選択の幅が小さく,高度なニーズに柔軟に対応できにくいということが考えられる。他方,医療保険による部分では,本来の医療目的から逸脱したいわゆる「社会的入院」という事態も現れている。また,現在の公的制度には,年金等によりもたらされる高齢者の購買力が有効に介護サービスに結びついていない等の指摘もある。

こうした状況を踏まえ,より効率的で国民誰もがスムーズに利用できる新しい公的介護システムの必要性が指摘されており,社会保障制度審議会の勧告(平成7年7月4日)においては,利用者にとってサービスの選択が可能となり,供給者間の競争を強めてサービスの量的拡大と質の向上が期待できる「公的介護保険」に関する提言もなされている。

他方,公的制度を通じない資金による場合には民間介護保険の利用が考えられる。民間介護保険は,生命保険では84年度から,損害保険では89年度から販売されているが,保険金額ベースで保有契約額をみると,いまのところ広く普及しているとはいえない( 第3-2-10図 )。93年度における介護保険の保有契約額をみると,生命保険では1兆4,412億円,損害保険では4兆5,158億円にすぎない。

このように民間介護保険が普及しているとはいえない背景としては,中高年の加入負担が重い,現金給付であるため介護サービスに直接結びつかない上,インフレリスクにも対応できない場合がある等の問題が指摘されている。

(介護サービスの主体)

介護サービスは,これまで公的・準公的主体が中心となって提供されてきている。しかし,一方では,公的主体によるサービスは比較的画一的になりがちであり,必ずしも十分に効率的でない場合があるとの指摘もある。

他方,民間営利事業者は必ずしも十分に育っているとはいえない。シルバーサービス振興会「シルバーサービス事業者実態調査」(93年度)によると,「在宅介護・ホームヘルプサービス」は,89年度以降事業参入者が増加しているが,その6割以上が市区町村レベルでの事業展開であり,また92年度の売上高をみても500万円未満が35.4%を占めている。また,良質なサービス提供のための民間基準に適合していることを示すシルバーマークを取得している事業者数をみると,95年2月現在でわずか28事業者となっている。

民間主体の参入が少ない原因としては,第一に公共部門とボランティアが類似のサービスをより低価格で供給していること(代替財の存在)がある。第二にサービス供給主体に関する公的規制の存在がある。例えば,社会福祉事業法においては,ホームヘルプサービスなどの事業(第2種社会福祉事業)については,国,都道府県以外の者が行う場合には知事への届出義務がある。また,特別養護老人ホームを経営する事業など(第1種社会福祉事業)については,原則として国,地方公共団体または社会福祉法人が主体であり,例外としてこれら以外の者が社会福祉施設を設置して事業を経営しようとする場合には知事の許可等が必要である。

供給主体について考えるに当たっては,介護サービスがどのような性質を持つ財であるかをチェックしていくことが有用である。

第一に,公共財あるいは準公共財であるか。政府の役割として公共財・準公共財の供給がある。公共財・準公共財とは,特定の者による利用を排除することができないか非常にコストがかかるとともに,混雑による価値の低下がまったくあるいはほとんど生じないという性質のものである。介護サービスをこのような意味における公共財・準公共財と一般的に考えることは難しい。

第二に,政府が供給すべきサービスのカテゴリーとして価値財(メリット財)がある。これは,民間による供給が期待されないわけではないが,何らかの政策目的を追求するために,政府が供給するサービスである。現在,介護サービスが老人福祉法等に基づき公的サービスとして供給されている理由は,これが価値財に該当するからであると考えられる。

第三に,供給者と需要者の持つ情報量が大きく異なるのであろうか。供給者の側に情報量が偏在している場合,質の悪いサービスが供給されやすくなり,需要者もそれに気づくと結果として市場自体が縮小する。介護サービスについては,専門的な知識・技能が必要とされるため,各種の資格制度等を設けることによりサービスの質の確保が図られているところである。

第四に,規模の経済性が大きいのであろうか。規模の経済性が大きいサービスは,一般的に独占が生じやすく,公的規制が必要になりうる。しかし,介護サービスにおいては,対人サービスという性質上,大きな規模の経済性があるとは考えにくい。

第五に,その財が供給されると,需要者以外の者が間接的なメリット(デメリット)を受けるという外部経済(外部不経済)が大きいのであろうか。その場合には,供給主体への助成や規制によりそれを内部化することができる。介護サービスには,社会の安定に寄与するなど数量化の困難な面での効果があるとの指摘もあるが,こうした点を除けば,大きな外部経済(外部不経済)があるとは考えられない。

以上の分析を踏まえると,介護サービスはその内容や種類によっては公的主体によってのみ供給されるべきものとはいえない。また,介護サービスが身体上または精神上の障害を有する高齢者を対象とするサービスであるため,利用者保護の観点から一定の規制は必要なところであるが,サービスの内容や種類に応じ,その規制の在り方についても検討する必要がある。

このようにみてくると,利用者が自らのニーズに応じた介護サービスを一層容易に選択できるよう,民間主体の健全な育成を積極的に推進することが望まれる。

また,上記の民間主体の参入が少ない原因については,民間部門が自らサービスの高度化により公共部門との差別化を図るという対応も重要であるが,この点については公的サービスへの民間事業者の積極的な活用を進める方向で問題を考えることもできよう。

さらに,新ゴールドプランで指摘されているとおり,介護サービスの内容や種類に応じて実施主体に関する規制の緩和が推進されることが望まれる。

それにより,介護サービスは,より重層的に厚みを持ったものとして,効率的に提供されるようになることが期待できる。


(諸外国における介護サービスの提供)

諸外国では,介護サービスはどのように供給されているのであろうか。特徴的なシステムを有するスウェーデン,ドイツ,アメリカを例としてみてみよう。

スウェーデン:公共部門が中心

「福祉国家」スウェーデンにおける介護サービス提供の特徴は,公的なサービス供給が圧倒的な重要性を有していることである。高齢者福祉についての総合的な責任は国が負うが,実際の社会サービスは地方行政の最小単位であるコミューンが担当している。ホームヘルプサービスが夜間,週末でも低廉な価格で利用可能であるなどサービスの水準は一般的に高く,かつ利用率も高いものとなっている。一方,民間部門による介護サービスの提供は少なく,その多くは基金その他の非営利団体によるものである。ただし,近年,公的サービスには長い順番待ちが強いられることもあり,支払い能力のある層では,営利目的のケア付き宿泊施設等の民間部門のサービスに関心が高まっている。

ドイツ:民間非営利団体が大きな役割

ドイツにおける介護サービス提供の特徴は,非営利の民間福祉団体の役割が大きい点である。例えば老人施設についてシェアをみると,旧西ドイツ地域で,非営利民間福祉団体が約6割,公共部門が約2割,民間営利団体が約2割といわれている。このうち民間福祉団体としては,「労働者福祉団」等が知られている。このような民間福祉団体が互いにサービスの質を競っている点で(利用者は自由な選択が可能),疑似的に市場メカニズムが作用しているという指摘もあるが,その活動は非営利のものである。

アメリカ:市場の役割を重視

アメリカにおける介護サービス提供の特徴は,市場の役割が重視されている点である。株式会社組織による高齢者福祉への対応は,60年代以降充実してきた。例えば,高齢者の長期ケア施設であるナーシング・ホームの75%が株式会社の運営といわれている。これに対する行政の関与は,施設開設時の認可,老人医療保険や生活保護制度の指定施設の認可,定期的な監査という形で行われている。なお,近年では施設型ケアから在宅型ケアへと重点が移行するとともにコミュニティサービス(地方自治体によるサービスの提供)が発展しつつあるが,その内容,普及度は地域によって大きく異なるのが実情である。


(世代間の所得再分配,「見えない政府債務」はどの程度あるのか)

時間の流れに沿って政府からの受益と負担を世代別に分解し,生涯を通じた純負担の割引現在価値を推計したのが世代会計である。この方法を用いることにより,世代間の所得再分配の状況が分かるだけでなく,将来の財政負担の推計を通じて「見えない政府債務」がどの程度生じるかをみることができる。

ここでは,データの制約から世帯単位で受益と負担をとらえ,92年末を現在時点として以下の手順で推計を行った。①政府の受払額(国民経済計算ベース)を「家計調査」等を用いて各世代別に按分し,世帯数に基づいて1世帯当たりの受益・負担額を推計する。ただし,公共投資からの受益については,政府の純固定資産に一定の収益率を乗じたものと仮定する。②こうして得られた受益・負担構造が将来も続くとの前提の下で,一定の(1世帯当たりGDPの)成長率及び利子率を与えて,将来の受益・負担の現在価値を推計する。③現存世代の過去の受益・負担については,過去のデータ(1955年まで遡及)から各年ごとの世代別の受益・負担額を計算し,利子率によってこれらの現在価値を計算する。④一方,現在の受益・負担構造に基づき,年齢別世帯数(厚生省中位推計ベース),一定の(1世帯当たりGDPの)成長率及び利子率を用いて将来の政府収支の現在価値を推計する(「見えない政府債務」)。ただし,現実には予想される政府支出の増加に対しては,その時々の政府の対応がなされるはずであるため,この「見えない政府債務」はいわば仮想の数字である。しかし,これは今後の政府にとっての課題を示唆するものととらえることができよう。この「見えない政府債務」に現在時点での政府の実物資産を除く純債務を加えたものを,いつかは返済の必要な赤字という意味で「将来世代の追加負担」と考える。

今後の経済成長率と利子率については仮定を置かざるを得ないが,ここではとりあえず1世帯当たり経済成長率3%,利子率5%をケース1として設定した。ケース2,3は,成長率と利子率の差をケース1と同じ2%に保ったまま,これらの設定を変えた場合である。その結果は,いずれの場合でもほとんどケース1と同じものが得られた。このモデルでは,年金給付が現役世代の所得に比例するなどの制度的特徴を反映して,成長率が高いほど受益が高くなる構造となっているが,利子率がスライドして高まると現在価値で評価するための割引率がこれを相殺するように高まるためである。

ケース1~3についてその結果をみると( 第3-2-11図 ),現在の40歳代以下は負担が受益を上回り,50歳代以上では下回ることが分かる。特に,60歳以上では純受益額が相対的に大きくなっており,約6,600万円(1世帯当たり国民所得の約7.5倍)に及んでいる。

その構成は,次のようになっている。まず,受益は年齢階級が高くなるにしたがって増加する。一方,負担は40代,50代が最も重いが,世代によってそれほど大きな差はない。ただし,60歳代以上については,55年より以前の負担は計上していないためにやや過少となっている可能性がある。

これを基に将来における財政収支を推計すると( 第3-2-12図 ),2000年には赤字に転じてその大きさは2040年にはGDP比8%を超える。また,将来にわたる財政収支を現在価値にすると約1,200兆円の「見えない政府債務」があることになる。日本では,中央政府,地方政府の純債務192兆円(実物資産を除く,1992年末,以下同様)を社会保障基金の純資産171兆円でカバーする構造となっているが(その結果,一般政府の純債務は21兆円にすぎない),社会保障基金の資産は将来の年金給付に回される上にそれだけでは不足し,実際には膨大な債務を抱えている計算になる。また,この「見えない政府債務」と現在時点での政府の純債務(実物資産を除く)の合計は将来世代にとって1世帯当たり約1,300万円(20歳代の純負担額の約半分)の追加負担を意味する。

このように膨大な「見えない政府債務」が生じるのは,次のような事情によっている。現時点では,一般政府の支出はGDP比で約32%(93年度)であり,租税と社会保障負担の合計のGDP比が約30%(国民所得比(国民負担率)では38%)であるため,公債利払いを除くとおおむね収支均衡となっている。ところが,こうした負担は主として若壮年層が行っており,高齢者は圧倒的に受益が多い状況である。したがって,受益・負担構造を一定としたまま老年人口割合が高まると,現在の収支均衡は直ちに崩れて受益の超過が累積する仕組みとなっている。

ケース4は,成長率を標準ケース(3%)に保ったまま,利子率を1%ポイント引き下げて4%にした場合である。これにより現在価値は高まるわけであるが,その効果が大きくプラスに現れるのは50歳代以下の現役世代である。60歳以上の世代は,平均余命が短いために割引率はほとんど影響しない。一方,現在価値ベースの「見えない政府債務」が増加するため,1世帯当たりの追加負担も約15%増加する。このケースは,成長率と利子率の差を一定に保つ限り結果がほとんど同じになることを踏まえると,「利子率を標準ケースに保ったまま,成長率を1%ポイント引き上げる」ケースと同じになる。

ケース5は,公共投資からの受益を毎年の公共投資フローそのものとした場合である。このときは,各世代に一律に受益額が上乗せされることになる( 第3-2-13図 )。

なお,世代間で所得再分配があることを,必ずしも公正に反すると断ずることはできない。社会的な合意如何によっては,まったくの平等な分配が望ましいとはいえないからである。さらに,中立命題が成り立っている場合には,政府による再分配があっても民間部門がこれを相殺する方向に動く可能性があり,このことからも分配状態の評価は単純ではないといえよう。


社会保障負担の増加と現役世代の生活水準

高齢化社会を迎えると,社会保障にかかわる負担が増加し,将来の現役世代の生活水準は現在の現役世代の生活水準より低下するのではないかという懸念がある。そこで,以下のような簡単なモデルにより検討してみよう。

Y=(1-T)×W

Y:手取り額(ネット賃金)=生活水準,T:社会保障負担率,W:グロス賃金

ここで,社会保障負担率が今後高まることは明らかであるため,現役世代の生活水準が将来にわたって維持されるにはグロス賃金が実質ベースで着実に成長してゆく,つまり,労働生産性が着実に上昇してゆくことが必要となる。

そこで,「21世紀福祉ビジョン」の試算(ケースII)における社会保障負担率の上昇(1993年で国民所得比17.8%,2025年には同30%)を前提とし,下表のとおりグロス賃金上昇率(=生産性上昇率)の仮定をおいて,2025年における現役世代のネット賃金を試算したところ,年率0.5%のグロス賃金上昇率が達成されれば,ネット賃金はおおむね現行水準となり,現行の生活水準を維持できるとの結果が得られた。

表 グロス賃金上昇率とネット賃金