平成7年

年次経済報告

日本経済のダイナミズムの復活をめざして

平成7年7月25日

経済企画庁


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第3章 公共部門の課題

第1節 グローバリゼーション下での財政政策の視点

80年代後半以降,資本自由化及び国際金融・資本市場の発展という形で,金融・資本市場のグローバリゼーションが進展してきた。以下では,こうした状況の下で生じてきた,「財政政策の有効性が弱まったのか」,「外国投資収益に対する課税はどうあるべきか」という問題を検討しよう。

1. グローバリゼーションの進展と財政政策の有効性

金融・資本市場のグローバリゼーションは,国際的な実質金利の連動性を高めるという指摘がなされることがある。内外の金融・資本市場の厚みが増すことにより,外貨保有のリスクが低下して通貨の代替性が高まり,為替リスクを回避しない形の金利裁定(カバー無しの金利裁定)が盛んになることによって,内外実質金利の連動性が高まるという説である。このときの連動性の高まりは,どちらかというと短期金利より長期金利で生ずると考えられる。金利の期日が長くなるほど,その金利差と比較して為替リスクが小さくなるためである。

こうした状況の下では,財政金融政策の効果がそれまでとは違ったものとなりうる。開放経済を短期的視点から扱った簡単なモデル(マンデル・フレミングモデル)でその仕組みを説明しよう。金融緩和政策については,通貨当局が短期金利を低めに誘導して長期金利に影響が及ぶと,内外金利差から資本流出が生じて為替レートが減価し,これが国内景気を浮揚して長期金利が元に戻る力となる。一方,財政支出の増加については,財政赤字の拡大が国内債券市場の需給悪化要因となって長期金利を高める方向に働き,これが内外金利差から資本流入を招いて為替レートが増価し,財政支出による国内景気の浮揚効果を減殺することになる。

為替レートの決定要因については第1章,第2章で詳しく論じたので,以下では,長期金利を軸とした諸変数間の関係を二つの方法で調べることにより,この問題を考えてみよう。

(長期金利の決定要因はどう変化したか)

ここでは,長期金利関数の推計を通じて,実質金利の国際的連動性と財政金融政策の効果を検討する。日本の名目長期金利を説明する変数として,日本の名目短期金利,アメリカの実質長期金利,日本の物価上昇率及び日本の需給要因(中央政府部門資金過不足等のGDP比)を用いる。推計期間としては,75~84年,85~89年,90~94年及びこれらの一部を統合した期間を選択した。一般に,85年前後を境にグローバリゼーションが急速に進展したといわれることが多いので,これ以降の期間でのパラメータの変化が考えられる。

その結果をみると( 第3-1-1表 ),85年の前後で分けた場合,短期金利の影響は一様に強まっているが,実質米国金利の影響は明確には現れていない。ただし,やや強まっているという可能性は示唆される。これに対し,需給要因の影響は一様に弱まっている。

85年以降について更に90年の前後で分けたところ,短期金利の影響は強まっているかほとんど同じであり,実質米国金利の影響は前半に強く現れたが,後半はほとんど検出されなかった。また,需給要因については,いずれの期間もほとんど検出されていない。

したがって,実質米国金利はグローバリゼーションの進展に伴って一時的に国内長期金利への影響を強めたが,最近では影響はみえなくなっている。最近のこの動きは,経済企画庁「平成6年経済の回顧と展望」第2章で示したように( 付注3-1-2 ),90年代においてはバブルの崩壊もあって外貨保有のリスクプレミアムが高まりつつ大きく変動するようになった結果,内外金利の連動性が弱まったという説明が可能である。

また,短期金利の影響は85年以降むしろ強まっているが,これは国内における金融自由化によるものと考えられる。したがって,短期金利から長期金利を通じて国内需要に影響を及ぼすという金融政策の有効性は,グローバリゼーションによって減殺される面があったとしても,金融自由化が並行して進展したために全体としては高まっていると評価することができよう。

85年以降は需給要因の長期金利への影響が弱まっているが,このうち85~89年については,実質米国金利の影響が一時的に高まっていることから,グローバリゼーションの進展によって需給要因が直ちに為替レートの動きにつながった結果,長期金利へは事後的な影響が観測されなかったという可能性もある(ただし,この仮説については,後述のVARによる分析では否定的な結果が得られる)。しかし,90年以降はそもそも実質アメリカ金利の影響がみられないのであるから,こうした推論は当たらないといえよう。そこで,85年以降の需給要因の影響の弱まりの原因として残されるのは,以下のような仮説である。

第一は,市場の厚みが増したために,GDP比でみた資金過不足は実際の需給要因の影響力を過大評価している可能性である。すなわち,GDPの増加以上に金融取引が拡大しているならば,このような結論を導くことができる。

第二は,前述のように長短金利の裁定が強まったため,需給要因の影響が長期金利に集中しにくくなった可能性である。

第三は,市場参加者が「財政赤字はいずれ増税によってファイナンスされる」との認識の下で,財政赤字の拡大があると民間貯蓄を増加させるという行動を強めたという可能性である(バロー=リカードの中立命題)。そういうことが生ずるのは,データの蓄積などにより市場参加者の財政政策に対する認識そのものが変化した場合のほか,金融自由化などにより借入れが制約される者が少なくなった場合などが考えられる。なお,第4節において,(57~80年度と66~93年度の比較によって)長期的にみると最近の方がやや中立命題に近い状況となっているものの,完全な形での中立命題は成り立っていないことが示される。

このように,需給要因の長期金利への影響の弱まりには幾つかの原因が考えられるが,グローバリゼーションによって財政政策の効果が弱まったと判断することはできないと結論することができる。

(金利,為替レート及び財政収支間の因果関係はどう変化したか)

次に,為替レートを変数に加えた上で,日本の名目短期金利,アメリカの実質長期金利,日本の物価上昇率及び日本の需給要因(中央政府部門資金過不足等のGDP比)といった諸変数間の因果関係をテストしてみよう。具体的には,75~84年,85~94年及びこれらを統合した期間について,各変数(月次データ)を説明する場合,その変数の過去の値で説明するよりも他の変数の過去の値を加えて説明した方が優れているかどうかで因果関係を判断する方法(VARモデルによるグレンジャー・テスト)を用いる。

その結果をみると( 第3-1-2図 ),実質米国金利は75~84年では長期金利に影響を及ぼしていたが,85年以降では為替レートへの影響が現れるとともに長期金利への直接的な影響は検出されなくなっている。ただし,実質米国金利の低下が円高をもたらす結果,日本の景気先行きに悪影響を与えること等を通じて長期金利の低下が生ずるという経路はあり得る。

しかし,需給要因(財政収支)の影響をみると,75~84年では短期金利,場合によっては長期金利及び為替レートへの影響があったが,85年以降はどこへも影響が現れていない。特に,財政収支から為替レートへの影響が検出されないことは,このような経路から財政政策の景気浮揚効果が低下したわけではないことを意味している。

2. グローバリゼーション下での貯蓄,投資と税制の関係

(金利は貯蓄,投資にどう影響するか)

グローバリゼーションの下での貯蓄,投資税制の在り方について考える場合,まず,一般論として税制が貯蓄,投資に影響を与えるかどうかを明らかにしておく必要がある。ところが,現実の税制は複雑であって,その効果を単一の税率によって代表させて計算するわけにはいかない。そこで,「貯蓄,投資収益への課税がこれらを減少させるとすれば,貯蓄や投資の収益率を低下させるからである」という前提に基づいて,「それでは,税引前であっても,そもそも収益率の低下が貯蓄,投資の減少をもたらすのか」という近似的な問題を考えることとする。税引前収益率と貯蓄,投資に関係がなければ,収益率を通じた税制の影響はあり得ないし,また,これらに関係があれば税制の影響があると考えることは自然である。

まず,貯蓄の収益率に最も影響するはずの実質長期金利と貯蓄との関係をクロスセクション・データにより調べると,相関はみられなかった( 第3-1-3図① )。これは,両者の正の相関があてにならないという既存のサーベイの結果とも整合的である。貯蓄の収益率の変化が異時点間の消費支出に対して代替効果と所得効果の両方を持つため,こうした結果となっていると考えられる。

しかし,税制は貯蓄の構成(資産選択)には影響を及ぼす可能性がある。資産選択がその収益率に影響を受けることが知られているからである。その典型的な例として,実質長期金利が高いほど実物投資が抑制されるということが指摘できる( 同図② )。また,多くの国で,住宅等の各種資産に対する税制上の措置を講じていることにより,これらの資産の形成の促進措置が図られているという指摘がある。ただし,ここで注意すべきは,こうしたによっては,貯蓄全体が増加することはないということである。したがって,特定の資産への投資を推奨することは,同時にその他の資産への投資を抑制することになっている。

(外国投資収益に対する課税はどうあるべきか)

しかし,グローバリゼーションとの関係では,外国投資収益に対する税制上の扱いが重要であろう。

一般に,国際租税制度における課税の原則としては,居住地主義と源泉地主義がある。居住地主義は居住者が全世界から得る所得を課税対象とするのに対し,源泉地主義は自国内に源泉のある所得のみを課税対象とする。理論的にみると,源泉地主義は投資収益に対しての課税(投資課税)であり,投資行動に影響を与えるものの,課税後収益率が国際的に均等化するため貯蓄行動への影響は持たない。一方,居住地主義は投資収益を回収した主体に対する課税(貯蓄課税)であり,貯蓄行動に影響を与えるものの,課税前収益率が国際的に均等化するため投資行動への影響は持たない。

さて,非居住者の利子所得課税については,源泉地国における源泉徴収課税と,源泉地国から提供される情報を基にして居住地国で行われる課税の二つの方法が採用されてきたところである( 第3-1-4図 )。こうしたなかで,ユーロ債に対する非居住者の投資については,84~85年に日本を含む主要国が源泉徴収を廃止しており,当局間の情報交換も十分に行われていない状況にあることに代表されるように,国際租税競争の流れがあることが指摘できる。前述のように,投資はその収益率に感応的であるため,情報交換を基にした居住地国課税が十分に行われないという前提の下では,各国が非居住者の投資を自国に引き付けようとして源泉課税をやめるインセンティブが存在する。特に,グローバリゼーションの下では,課税後収益率が国際的に異なる場合にはそれを均等化させるべく資本が流れることになる。

ところが,上記のように貯蓄全体に対して税制が影響を与えないとすれば,一国が源泉課税をやめるとその国は一時的に投資を引き付けることはできても,世界貯蓄を増加させることはできない。いいかえれば,国際租税競争は一定の大きさのパイ(世界貯蓄)の奪い合いになる。しかも,競争の結果として各国とも源泉課税をやめるという事態となれば,もはや当初の投資誘因効果もなくなり,投資収益からの税収の減少というロスを被るだけとなる。

それでは,このような税収の減少は国民経済的な立場からみて本当にロスなのであろうか。各国政府が必要な税収を所与とすれば,こうして失った税収は勤労所得を中心とした他のタックスベースから補てんしなければならない。今後の世界的な高齢化を踏まえると,勤労所得への課税を著しく重くすることは労働供給の観点から望ましくないと考えられる。また,資本が国際的に流動性が高い生産要素であるのに対し,労働は比較的それが低いことが,こうした非対称的な課税上の動きを当然であるかのようにみせている。しかし,一定の条件の下では,課税により労働コストが高まることは実質為替レートを増価させる原因となり(第4節2参照),結局は国際競争力を低下させることに留意する必要がある。

したがって,世界的な高齢化のトレンドも踏まえつつ,こうした非効率な国際租税競争を避け,バランスのとれた税制の構築を目指して国際的協調を図っていくことが求められる。


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