平成7年

年次経済報告

日本経済のダイナミズムの復活をめざして

平成7年7月25日

経済企画庁


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第2章 円高下の国内産業調整とサプライサイド

第3節 内外価格差と非製造業の生産性

円高が急速に進展するなかで,内外価格差が急拡大している。 第2-3-1図 により内外価格差の推移をみると,円高期(73~78年,85~88年,90年~)には拡大し,円安期(78~85年,88~90年)には縮小するという傾向がある。本節ではまず第一に,マクロの内外価格差の要因分解を定量的に行う。そこでは,内外価格差の要因として為替レートの均衡レートからのかい離(オーバーシュート)と貿易財(製造業)と非貿易財(非製造業)の間の「内々価格差」の存在があること,そして前者に関連しては,第1章で取り上げた実質為替レートの増価があること,後者に関連しては,前節で指摘した貿易財の中での生産性上昇率の格差問題がここでは貿易財と非貿易財の間の格差問題として登場することを指摘する。第二に,非製造業の生産性と活動効率について日米比較を行う。

1. 内外価格差の要因分解

(生産性と内外価格差)

内外価格差(正確には内外価格比率であるがここでは慣行に従って内外価格差と呼ぶ)は海外(ここではアメリカ)の物価水準に対する日本の物価水準の比率と定義される。1973年時点で現実の為替レートが経済全体の購買力平価にほぼ等しい(=内外価格差ゼロ)と仮定し73年時点を1(アメリカの物価水準を1とした時に,日本とアメリカで物価水準が等しい)とする。内外価格差の原因を考えるに当たっては,為替レートのオーバーシュートという視点と貿易財と非貿易財の生産性格差という視点が有用である。第2節では,為替レートは中長期的には貿易財の内外の生産性格差を反映しており,我が国貿易財産業の生産性上昇の相対的高さが円高傾向をもたらしている面があると指摘した。仮に,現実のレートが貿易財の購買力平価である均衡レートに等しくなった場合,すなわち,為替レートが我が国の貿易財産業の実力を反映している場合を想定すると,その下では貿易財の内外価格差はないはずである。一方,非貿易財の生産性は貿易財ほど上昇しないため非貿易財価格が相対的に上昇し,我が国全体の物価水準を押し上げ,内外価格差が生じる。さらに現実の為替レートが貿易財の均衡レートに等しくなる保証はなく,実際には,第2節で述べたように93年以降現実レートが均衡レートを上回っていたため貿易財すらも国際的に割高になり,内外価格差が更に拡大している。

(内外価格差の要因分解の考え方)

以上の点をより詳しくみてみよう。冒頭の定義に従うと,内外価格差=(日本の物価水準:円ベース)/[(アメリカの物価水準:ドルベース)×(為替レート:円/ドル)]=(対米ドル購買力平価)/(為替レート)となる(詳細は 付注2-3-1 参照)。ところで日米ともに,経済全体の物価水準は貿易財価格と非貿易財価格により決定される(ここの分析は簡単化のため,貿易財=製造業,非貿易財=非製造業としている)。また,生産要素は労働のみとすると,生産要素価格は賃金のみとなる。そうすると生産性(労働者一人当たりの付加価値額)と一定の利潤率が与えられると,価格は(1+利潤率)×賃金/生産性となる。なお,以下では製造業,非製造業の物価についてGDPデフレータを用いている。

以上の前提の下に,内外価格差の要因分解を行うと,大きくはまず,為替のオーバーシュート分と「内々価格差(貿易財と非貿易財の間の価格比率)」の日米格差分に分けられる。為替のオーバーシュートとは,貿易財(製造業)の購買力平価と現実の為替レートとのかい離,すなわち,貿易財の購買力で測った実質為替レートであり,円高方向へのオーバーシュートの拡大は内外価格差を拡大させる方向に働く。この意味での内外価格差は実質為替レートが増価した場合には必ず生じる現象であり,例えば80年代前半のアメリカのおいても観察されたものである。それゆえ,内外価格差は日本に特有の問題ではないことに留意すべきである。

次に,「内々価格差」の日米格差とは,日本の「内々価格差」とアメリカの「内々価格差」の差である。そして,日本(アメリカ)の「内々価格差」とは日本(アメリカ)国内の中での貿易財と非貿易財の価格差である。そうするとアメリカの「内々価格差」に変化がなければ,日本の「内々価格差」が縮小するならば日本の内外価格差は縮小することになるが,日本の「内々価格差」が縮小しても,アメリカの「内々価格差」がそれ以上に縮小すれば,日本の内外価格差は縮小しないどころか拡大するのである。この意味において内外価格差とはあくまでもアメリカとの「内々価格差」との対比であることに留意する必要がある。

さてそれでは「内々価格差」の日米格差はどのような場合に拡大したり縮小したりするのであろうか。それは(1)日米の間及び(2)製造業と非製造業の間の内々価格差を構成する諸要素の相対的大きさによって決まってくる。ここでは生産性,賃金,超過利潤の三つに分解した。まず,日米格差についてみる。①生産性上昇については,製造業で日本>アメリカならば,内外価格差を拡大させる方向に,非製造業で日本>アメリカならば,内外価格差を縮小させる方向に働く。②賃金上昇と超過利潤拡大については,製造業で日本>アメリカならば,内外価格差を縮小させる方向に,非製造業で日本>アメリカならば,内外価格差を拡大させる方向に働く。

次に製造業と非製造業の格差に焦点を当てると,まず,①生産性上昇については,日本で製造業>非製造業ならば,内外価格差を拡大させる方向に,アメリカで製造業>非製造業ならば,内外価格差を縮小させる方向に働く。②賃金上昇と利潤拡大については,日本で製造業>非製造業ならば,内外価格差を縮小させる方向に,アメリカで製造業>非製造業ならば,内外価格差を拡大させる方向に働く。以上が一般原則である。

(現在の内外価格差の大きさを説明するもの)

内外価格差の大きさについては,物価水準に何を使うかによって値が異なるが,ここでは,物価水準としてGDPデフレータを用いて内外価格差を計算している。すると,93年時点で1.7,94年時点で1.8(アメリカ=1)となる(前掲 第2-3-1図 )。日本の物価水準をアメリカの物価水準の1.8倍にもしているのは上でみたいかなる要因によるところが大きいのであろうか。ここでは内外価格差がほぼない(すなわち1)と仮定している73年時点と比較することにより,ある時点の内外価格差のレベルの要因分解ができる。94年のデータについて制約があったため,93年のレベルの分析を行うと,93年の内外価格差のうち,約4割が為替のオーバーシュート分(実質為替レートの増価)で,約6割は「内々価格差」の日米格差分で説明できる( 第2-3-2図①(1) )。

それでは「内々価格差」の日米格差分のうち,日本発とアメリカ発の要因のどちらが大きく寄与しているのであろうか。ここで,日本の内々価格差の存在は内外価格差を拡大させる方向に,アメリカの内々価格差の存在は内外価格差を縮小させる方向に働くことから,前者が後者よりどれほど大きいかで内外価格差の大きさが決まる。93年時点の内外価格差においては,日本の「内々価格差」の存在が内外価格差全体の約8割をもたらしたのに対し,アメリカの「内々価格差」分の存在は内外価格差全体を約2割縮小させた結果,「内々価格差」の日米格差分が内外価格差の約6割を説明するという訳である( 同図①(2) )。こうしてみると93年時点の日本の内外価格差の約8割は日本発の「内々価格差」に原因があることになる。そこで,さらに日本の「内々価格差」の要因をみると非製造業の生産性上昇が製造業の生産性上昇より低いという生産性要因が最も大きな寄与となっている( 同図② )。一方アメリカ発の「内々価格差」要因は日本の内外価格差を縮小させる方向に働く訳であるが,これも非製造業の生産性上昇が製造業の生産性上昇より低いという生産性要因が最も大きな寄与となっている( 同図② )。また,賃金上昇率の製造業と非製造業の格差(賃金要因)についてみると,日本の賃金格差は日本の内外価格差を縮小させる方向に,逆にアメリカの賃金格差は日本の内外価格差を拡大させる方向に働いている。

以上日本の内外価格差の要因をまとめてみると,日米格差という観点では(1)製造業の生産性上昇率において,日本がアメリカより高いこと,(2)製造業の賃金上昇の伸びにおいて,アメリカが日本より高いこと,(3)非製造業の賃金上昇率において,日本がアメリカより高いことが挙げられる( 同図③ )。一方,日本の内外価格差をそれぞれの国の中の業種間格差(内々価格差)でみると,(1)日米共に製造業が非製造業に比べて生産性上昇率が高いが,その程度は日本の方が大きい,(2)日米共に製造業が非製造業に比べて賃金の伸びが高いが,その程度はアメリカの方が大きいことが挙げられる( 同図④ )。いずれにしても日本の非製造業部門の生産性上昇率が製造業部門に比べて低いことが大きな原因になっている。

(内外価格差の拡大要因)

次に,内外価格差の推移を為替レートの推移に対応して三つの局面に分けてより詳細にみてみよう( 第2-3-3図 )。まず第1期(73~78年)は内外価格差の第一次拡大期であり,第2期(78~85年)は縮小ないしは逆内外価格差の時期であり,第3期はそれ以降93年までの第二次拡大期である。まず第1期についてみれば,この期間の内外価格差要因としては「内々価格差」の日米格差要因もあるが,為替のオーバーシュート分によるところが大である。次に第2期については内外価格差は縮小した時期であるが,それは専ら為替のオーバーシュートによってもたらされており,「内々価格差要因」はむしろ拡大している。しかしながら85年以降の状況は変わってきている。すなわち,この間内外価格差は0.9(逆内外価格差)から1.7に拡大したが,そのほぼすべてが為替のオーバーシュートが原因である。「内々価格差」要因は依然根強く存在するものの,85年以降の内外価格差の拡大/縮小には中立的となっている。これを日米格差の観点からみると,主として,非製造業の賃金の伸びはアメリカが日本より高かったことが内外価格差を縮小させる方向に働いた一方で,製造業の利潤の伸びはアメリカが日本より高かったことが内外価格差を拡大させる方向に働き,これらが相殺し合った( 付図2-3-2① )。業種間格差の観点から見ると,従来内外価格差を拡大させてきた生産性要因(製造業の生産性上昇率が非製造業の生産性上昇率よりも高い程度が,日本の方が大きかった)が逆転した(アメリカの方が大きくなった)ことにより内外価格差を縮小させる方向に働いた一方で,利潤の伸びが,内外価格差拡大の方向に働いた(利潤の伸びについては,日本では非製造業が製造業より高く,アメリカでは製造業が非製造業より高い)ことから,これらが相殺し合った( 同図② )。

以上の結果をまとめると,最近の内外価格差の約4割は為替のオーバーシュート分が原因であり,85年以降に内外価格差を拡大させた最も大きな理由は為替レートのオーバーシュートである。内外価格差要因の約6割については,基本的には単位労働コスト上昇率(賃金上昇率マイナス生産性上昇率)の日米及び業種間格差で説明できるが,特に大きいのは,日本の「内々価格差」の存在である。したがって,内外価格差をできる限り縮小させるためには,我が国における「内々価格差」の縮小が図られなければならない。

2. 非製造業の生産性と活動効率

日本の均衡レートが円高傾向で推移していることは,アメリカに比べて日本の貿易財の生産性上昇が高いことを物語っている。こうしたなかで,以上みたように日本の非貿易財(非製造業)の生産性上昇が製造業に比べて小さいことが内外価格差を生じる背景となっている。ここでは,非製造業の生産性と活動効率についてアメリカと比較分析を行う。

(労働生産性のレベル比較)

ここでは,日米の非製造業の労働生産性(実質GDP/就業者数)を業種別の購買力平価(1973年のOECD全産業対米ドル購買力平価×日本の73年基準産業別デフレータ/アメリカの73年基準産業別デフレータ)でドル換算している。もちろん,基本的に非貿易財とみなしている非製造業が生み出す財・サービスは,国際取引が行われる貿易財に比べ国による質・種類の相違が大きいと考えられることから,単純な比較は困難ではある(特にサービス業の生産性の計測,概念の定め方については困難が伴う)。そのような制約を踏まえつつも日米比較を行うと,日本の非製造業は基本的にすべての業種でアメリカを追い上げているといえるが,その水準は製造業がアメリカの9割以上に到達しているのに対し,まだまだ低水準である( 第2-3-4図 )。特に運輸・通信のレベルは低水準であり,サービスがそれに続く。

(活動効率:全要素生産性上昇率)

非製造業において,75年から93年(日本)ないし92年(アメリカ)の間の労働生産性の平均上昇率をみると,運輸・通信以外は日本がアメリカよりも高い上昇率を示している( 第2-3-5表 )。一般に労働生産性の上昇率は,資本装備率(就業者一人当たりの資本ストック)の寄与と全要素生産性(TFP,広義の活動効率と考えられる,詳細は第6節)の上昇率に分けることができる。これの意味するところは,労働生産性の上昇は,労働者一人当たりにより多くの資本を装備するか,技術進歩などによって活動効率を向上させるかによってもたらされることを意味する。

ここで,日米の非製造業の各産業において労働生産性上昇率を,資本装備率上昇率とTFP上昇率に寄与度分解する。全般的に日本の方が資本装備率の寄与が高い。またTFP上昇率をみると,運輸・通信,サービスにおいて日本がアメリカより低くなっている。また,建設も90年以降はTFP上昇率がマイナスになり効率が顕著に悪化したことを示している。このことは,日本の大半の非製造業においては,労働生産性の上昇は主に労働に対する資本装備により実現されており,その活動効率という点については必ずしも高くなかったことを示している。その際,効率上昇が遅れている分野では,上でみたように,日米生産性格差の縮小がなかなか進まないことにつながっている。

それでは,非製造業における効率向上,生産性上昇がなぜ遅れているか。製造業との大きな相違は,非製造業については,貿易を通じて国際競争がなされにくい,公的規制の対象分野が多いこと等により競争原理が働きにくいことなどが考えられる。第3章でみるように,関連法律を持つ分野を仮に規制対象とし,その業種内のウエイトをみると,製造業に対し非製造業で高くなっている(第3章, 第3-4-7表 参照)。

一方,本章の第1節でみたように,製造業の中間投入に占める非製造業の割合は徐々に高まりつつありほぼ3割弱を占めていることから,非製造業の生産性の向上は生産活動全体の効率を向上させることにつながる。そのためにも,非製造業において,規制緩和等を通じて競争原理を導入し生産性向上を図ることが重要である。

(内外価格差の考え方のまとめ)

内外価格差は為替レートのオーバーシュートと我が国経済の業種間の生産性上昇率,賃金上昇率などの他国(例えばアメリカ)との相違から生じている。つまり,為替レートが貿易財(製造業)の実力(均衡レート)以上に増価していること,アメリカに比べ,非製造業における生産性上昇率が製造業との対比で低く,非製造業における賃金上昇率が製造業との対比で高いことが今日の内外価格差の原因である。それでは,内外価格差を縮小するにはどうすればよいのか。為替レートが円安になったり,製造業の生産性上昇率が低下したり,非製造業の賃金上昇率が低下すれば内外価格差は縮小する。しかしこれの意味するところは,日本国民の実質購買力と実質所得の低下である。内外価格差は機械的に縮小させれば良いというものではなく,内外価格差の縮小はあくまでも国民の実質購買力と実質所得の増大を伴うものでなければならない。現在内外価格差が存在するということは,国際的にみて,我が国の非製造業の生産性上昇率が製造業に比べて低いことを意味している。したがって,経済政策の目標としては製造業,非製造業を問わず生産性の上昇を通じた実質所得(賃金)の増加を目指すべきであって,内外価格差を縮小させることのみを目標にすべきではない。そして実質所得の増加が特に非製造業の生産性上昇率アップにより成し遂げることができるならば,実質所得の増大と内外価格差の縮小が同時達成できるのである。そのためにも非製造業において生産性の上昇を妨げていると思われる諸要因を見直し,規制緩和等による競争原理の貫徹が不可欠であることは強調されるべきである。