平成7年

年次経済報告

日本経済のダイナミズムの復活をめざして

平成7年7月25日

経済企画庁


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第1章 自律回復を模索する日本経済

第12節 金融面のトピックス

1. 銀行決算にみる不良債権処理の進展

ここでは,金融機関におけるバランスシート調整の進展を,最近公表された94年度決算によりみることにする( 第1-12-1表 )。

まず,一般企業の営業利益に相当する業務純益は,3業態(都市銀行,長期信用銀行及び信託銀行)計(以下,同じ)で約2.8兆円,前年度比12.3%減と,貸出金利の低下等により減収となったことから前年度水準を下回った。

また,経常利益は,業務純益が前年度を下回ったことに加え,金融機関が積極的に不良債権の処理を進めたことから,約0.2兆円と,前年度を約7割強下回った。なお,今回は一部銀行で,不良債権の早期償却を優先した結果,赤字決算を計上する動きもみられた。

この間,不良債権処理の状況を償却額の推移でみると,94年度中の償却額は,有価証券売却益が活用されたこともあり,約4.6兆円と過去最高であった前年度(3.5兆円)を大きく上回った。このため,95年3月末の有価証券含み益は,株価水準が前年度末を大きく下回ったこともあって,約11兆円の減少となった。

償却方法別にみると,従来からの方法(貸出金償却,債権償却特別勘定への繰入,共同債権買取機構への売却)が引き続き大宗を占めているものの,不良債権処理の環境整備が図られたこともあって,金利減免債権の流動化のための特別目的会社への出資に伴う損失も計上されてきている。

この結果,不良債権(破綻先債権+延滞債権)残高は,95年3月末で約12.5兆円と,93年9月末(13.8兆円)をピークに緩やかに減少してきており,総資産に対する比率(不良債権比率)も1.63%となっている。また,不良債権残高に対してどれほど償却原資を積立てているかを示すカバー率(債権償却特別勘定残高/不良債権残高)も34.3%と上昇している。なお,こうした不良債権処理の一層の進展を図るため,「緊急円高・経済対策」(平成7年4月)及び大蔵省「金融システムの機能回復について」(同年6月)においても,今後の不良債権処理に関する考え方等が示されている。

2. マネーサプライの緩やかな回復の評価

ここでは,景気の最近の動きを金融面から検証してみる。具体的には,緩やかに増加してきているマネーサプライの動きが景気の緩やかな回復基調と整合的な動きを示していることを明らかにする。

(緩やかに回復したマネーサプライ)

景気の現状をマネーサプライという金融面から展望しようとすれば,マネーが景気に対して先行性を有しているかどうかが大切となってくる。

まず,マネーサプライ指標であるM2+CD,広義流動性と,信用面の指標である最広義信用集計量(C3=国内非金融部門の金融負債残高)について,景気指標である名目GDPとの時差相関の変遷をみてみる( 第1-12-2表 )。

これによれば,80年代前半に失われたマネーの先行性が80年代後半以降から徐々に回復してきており,特に90年以降に限って相関をとると,70年代にみられた相関に匹敵する強い先行性を示している。

こうした傾向は,程度の差はみられるものの,広義流動性や最広義信用集計量と名目GDPとの関係においても明確に認められる。

次に,こうした先行性が単にみせかけなのか,マネーから実体経済への因果関係を背景にしているのかをみるために,被説明変数自身の過去の実績のほかに他の説明変数の過去の動きを付け加えた方がどれくらい現在の被説明変数の動きをよりよく説明できるかという考え方に依拠したVARモデルを推計した( 付注1-12-1 )。

この結果からは,80年代後半以降,マネーが名目経済成長率に影響を及ぼすというメカニズムを通して,名目GDPに対する先行性が生じている可能性が認められる。

こうした状況下,最近のマネーの伸び率は,それまでの前年比2%程度の伸びから,94年後半以降は所得減税やマネー対象外資産からのシフトイン等もあって伸び率は若干高まりをみせている(前年比伸び率;95年第1四半期3.5%,第2四半期3%台<日本銀行見通し>)。

もっとも,留意すべき点は,最近のマネーの伸び率が,財政要因といった民間金融機関貸出以外の供給要因で支えられているということである。このことは,これまでの景気の回復が公共投資や住宅建設によってもたらされてきていることを金融面から確認していることになる(前掲 第1-8-3図 )。

(マネーの伸び率自体が低いことの評価)

マネーサプライの前年比伸び率が徐々に高まっていくこととは別に,伸び率自体が過去に比べて低いことが問題であるとの見方がある。

確かに,マネーサプライ(M2+CD)の景気回復局面における増加テンポを過去の回復局面と比較してみると,今回は景気の谷以降,マネーは過去の局面でみられた増加テンポを大きく下回って推移しており際立った違いをみせている( 第1-12-3図 )。

これについては,今回は景気回復に入る以前からマネーが従来に比べて潤沢であったために,必要な資金需要を賄うに必要なマネーの伸び率が低くて済んでいる可能性が考えられる。

このため,マネーの伸び率自体の評価を行うに当たっては,資金需要に対してマネーが十分に供給されているかどうかを吟味することが必要となってくる。

こうしたマネーの総量が景気実態に比べて潤沢かどうかをみる指標としては流通速度(名目GDP/マネー)が使われることが多い。実際,アメリカにおいても,景気に対するマネーの総量が重要視されており,流通速度の安定性がしばしば議論されている。

そこで,最近の流通速度をバブル期以前までのデータで導いたトレンド線と比較すると,バブル期以降一貫してトレンドを下回ってきている。やや子細にみると,90年以降93年前半までは,マネーの伸び率が名目成長率を上回って低下したことから,流通速度のトレンドからのかい離は徐々に縮小してきたが,93年以降は逆にマネーの伸び率が名目成長率をやや上回って推移しているため,流通速度のトレンドへの収れんは一服している( 第1-12-4図 )。

いずれにせよ,マネーは量的には現下の資金需要に十分に対応できており,資金ひっ迫の懸念は小さいといえる。もちろん,こうしたトレンドとの比較に際しては,推計期間によってトレンド線の形状が変わってくることには留意が必要である。

また,マクロベースでは資金のアベイラビリティが確保されているとはいっても,ミクロベースでは,銀行借入依存度の高い中小企業が大企業に比べて,相対的に資金繰りがひっ迫してしまう可能性があることには十分に配慮する必要がある。

3. 金融機関の貸出残高前年割れの評価

マネーサプライが緩やかに回復してきているのとは対照的に,貸出が低迷している。もちろん,景気の回復テンポが緩慢であることを考えれば,資金需要が弱い結果貸出が低い伸びに止まることは当然といえる。ただし貸出のうち,金融機関貸出(ここでは全国銀行貸出を指す)については94年6月以降11か月にわたって前年水準を下回るなど,その景気の実勢以上に弱い動きに対して懸念がもたれている。

ここでは,金融機関貸出残高の前年割れに注目し,その背景に大・中堅の製造業を中心とした既往借入金の返済圧力が働いていることを明らかにする。

(低迷した金融機関貸出)

全国銀行(都銀,長信銀,信託,地銀,地銀IIの合計)の貸出平均残高の推移を前年比でみると,M2+CDが回復基調に転じた93年前半以降も低下傾向が続き,94年6月以降95年4月まで11か月連続で前年割れとなった。貸出平均残高が前年水準を下回ったのは,統計開始(90年4月)以来初めてのことである。

もっとも,こうした全国銀行貸出が実体経済の資金需要の実勢を現していると考えるのは正しくはない。なぜなら,全国銀行以外の金融仲介機関(信金,生保,政府系金融機関<除く住宅金融公庫>等)の貸出は,伸び率は鈍化してきているとはいえ引き続き前年水準を上回っており,全国銀行の貸出残高の落ち込みが特殊な事情で引起こされている可能性がうかがえるからである( 第1-12-5図 )。

いずれにせよ全国銀行貸出にみられた貸出残高が減少するという事態は,過去にみられなかったことであり,以下において次に,貸出残高前年割れの実態と背景について考えていく。

(大中堅・製造業向けを中心とした貸出の低迷)

規模・資金使途別に貸出残高(ここでは末残ベース)の推移をみると,これまでも企業の資金需要の低迷を映じて,貸出ウエイトの高い中小企業向け貸出の伸び率鈍化を中心に全般的に低下傾向をたどってきた。そうしたなかで,94年中旬以降前年比でマイナスに転じたのは,大・中堅企業の設備資金向け貸出が4月以降マイナスに転じたことに加え,運転資金向けも減少幅を拡大したことが背景となっている( 第1-12-6図 )。

また,製造業・非製造業別にみると,製造業向け貸出が前年を下回っていることが,全体の貸出を一段と低迷させている。

以上から,最近の全国銀行貸出の前年割れは,中小企業向けが低迷基調を続けるなかで,大・中堅の製造業向け貸出が,運転資金に加え設備資金を中心に前年を下回ることによって生じているといえる。

(貸出残高前年割れの背景)

貸出残高が,前期末残高に新規貸付から返済額を差し引いた額を加えたものであることを考えると,貸出残高が減少して前年割れとなる背景としては以下の三つの仮説が考えられる。もちろん,実際は以下の現象が同時・複合的に起こっている可能性も大きいとみられるが,考え方を整理するためにあえて分けることとする。

第一は,企業の資金需要の一段の低迷を受けて新規貸付の総額が減少する結果,新規貸付が返済額を下回ることで貸出残高が減少する場合である。

第二は,企業の資金需要を映じた新規貸付の総額は変わらないものの,企業の資金調達手段の変更(金融機関借入→社債での調達)によって,金融機関借入に限れば,新規貸付が減少することとなり貸出残高が減少してしまう場合である。

第三は,資金需要,資金調達手段も大きく変わらない(よって新規貸付も変化しない)なかで,返済額が増加し新規貸付を上回ることによって貸出残高が減少する場合である。

このうち,第一の仮説については,企業の資金需要を大蔵省「法人企業統計季報」でみると94年に入って一段と減少しているとはみられないため,貸出低迷をもたらしている主因とは考えにくい( 付図1-12-2 )。

次に,第二の仮説については,大中堅・製造業が金融機関借入の代替手段としてみている社債とCPの発行が,基本的にはバブル期のエクイティの償還等に対応した動きである可能性が高いことから,この資金で金融機関借入の圧縮までできる状況にはないとみられる。

このことは,日本銀行「資金循環勘定」によって社債とCPの発行・償還を合わせたネットの発行額が94年中にわずかな償還超になっていることからも確かめられる( 付図1-12-3 )。

そこで第三の仮説については,設備資金に対する貸出についての次の二つの分析を通して,実際の返済額の動きに約定返済と考えられる要因で説明できない部分があるかどうかについて検討していく。

まず,第一に,返済額と新規貸付の比率(返済額/新規貸付額)をとってみると,返済額と新規貸付額との間には,返済額が増えるとともに新規貸付も増加するという傾向がみられる( 第1-12-7図 )。

実際の同比率の推移をみると,83年から88年にかけてやや低下した後,93年初までは83年の水準に復元する動きがみられるなど,必ずしも安定しているとは言い難いが,達観してみれば0.7~0.8倍の範囲内で推移してきた。ところが,93年後半以降,同比率はほぼ一貫して上昇し,94年以降は1倍近くなるなど過去にみられない著しい上昇を示している。

こうした最近の同比率の上昇にはバブル期の金融機関貸出における元金の返済据置き措置(この場合,貸出実行時においては同比率が低下する一方,据置き期間終了後は,返済額がかさむ分同比率は上昇することになる)が影響していることも考えられる。ただし,大口融資に対する元金の返済据置き措置は過去の景気拡大局面でもみられたことであることを勘案すると,同比率が過去にみられなかった高い水準にまで上昇してきていることは,やはり約定弁済だけでは説明できない返済圧力が働いている可能性を示している。

次に,返済額を約定弁済を決定づける要因(貸出残高,約定平均金利<ストック,長期>)で回帰して,実績と推計値とのかい離をみてみた。なお,説明変数として貸出残高と金利を用いたのは,通常金融機関借入の返済は元金均等返済に利払いを組み合わせることで行われているため,基本的には既往の貸出残高の水準とストックベースの金利によって約定弁済は説明可能と思われるからである。しかも,関数推計の結果からは,貸出残高の説明力が金利に比べて格段に高いことが分かったが,このことは常識的にみても,返済額に占める元金の比率が圧倒的に大きいことと整合的である。

そこで93年までで関数推計を行い,94年以降について外挿を行ってみると,94年以降については実績値が外挿値を大きく上回っており,約定弁済では説明できない返済(期限前返済)が増加してきていることがみてとれる( 第1-12-8図 )。

以上の二つの分析から,企業が期限前に既往借入金を返済しようとして,約定弁済を含めた返済額が増加してきている結果,貸出残高が減少しているという第三の仮説が起きている可能性が高いと考えられる。

(今後の金融機関貸出の展望)

以上でみてきた大中堅・製造業を中心とした返済圧力の高まりは,第5節でみたように,企業では収益力の改善が生じているものの,稼働率水準等からみて設備投資に回す状況にないことから,リストラを一段と進めるべく金融費用の削減を行っていることを映じたものとみられる。

なお,こうした期限前弁済を始めとする返済圧力が,大中堅・製造業に顕著にみられ,中小企業にうかがわれないのは,収益力の改善テンポについては中小企業も過去の回復期とそん色ない立ち上がりをみせてはいるものの,絶対額としてのキャッシュフローが大企業に比べれば依然低水準にとどまっていることも影響しているとみられる。

このため,今後についても,金融機関が実体経済の緩やかな景気回復を映じた資金需要に応じて新規貸付を行ったとしても,期限前弁済が集中すれば,ネットベースの統計である貸出残高の回復が抑制される可能性が強い。

ただし,こうした金融機関貸出の弱さが,企業の資金需要の実勢を現しているわけではないことには留意すべきである。実際,95年に入り貸出残高の前年比減少幅が縮小し,5月には前年比プラスに転じたことは,緩やかな景気回復を映じた稼働率水準の高まりを背景に,返済圧力の一服と新規貸付の下げ止まりが起こってきている可能性を示唆している。

返済圧力が一服してきている可能性は,先にみた返済額と新規貸付の比率が最近で低下してきていることや,約定弁済関数での推計値と実績値のかい離が縮小してきていることからもうかがえる。

4. 拡大するデリバティブズ市場

ここでは70年代初期にアメリカで生まれ,80年代後半以降急拡大を示している金融派生商品取引(デリバティブズ)について,その概要,拡大の背景,金融市場に与える影響,等を中心に整理していく。

(デリバティブズの概要)

(1) デリバティブズのとらえ方

そもそも金融商品は,リスクを配分する手段としての役割を果たしてきた。このことは,同額の資金供給を行う場合でも,それを出資(株式)で行うか,貸付の形で行うかによって,資金提供者と調達者の間でのリスク負担が大きく異なっていることからも明らかである。貸付の場合は,資金提供者はビジネスリスクの負担が小さい代わりに,リターンも預金利息に限定されるが,出資の場合には,通常,出資者は多大なビジネスリスクを負担する代わりに,リターンも大きくなるという違いがある。

デリバティブズは,こうした金融商品が本来持つリスク配分機能をより純粋に追及した商品とのとらえ方が可能である。金融取引の拡大につれてリスクの総量も拡大してきているなかで,リスク負担に対する投資家や金融機関のニーズも多様化したことを背景に,従来であれば金融機関ないし投資家の一方がすべてのリスクを負担していたものを,リスクのアンバンドリング(unbundling,分解)によってリスク配分の構成を変えるのがデリバティブズにほかならない。

以上を踏まえれば,最近のデリバティブズによる損失事例(英国ベアリングス社の倒産,本邦企業のデリバティブズを使った投機の失敗による巨額の損失計上等)により,デリバティブズは本源的に従来の金融商品より大きなリスクを伴う商品なのではないかとの見方があるが,こうした考え方が適切でないことが分かる。確かにデリバティブズはリスクのアンバンドリングによってハイリスク・ハイリターンの商品スキームをつくることを可能にする。しかしデリバティブズによる損失事例は,この商品スキーム自体に原因があるのではなく,ハイリスクを負担しているにもかかわらずリスク管理・運用面が十分でなかったことに問題があったといえる。

(2) デリバティブズ市場の拡大状況

最近の世界でのデリバティブズ市場取引の拡大状況を,想定元本ベースでみたのが 第1-12-9表 である。

これによれば,商品別には金利スワップ(92年末残高3.9兆ドル),金利先物(同3.0兆ドル)や金利オプション(同2.0兆ドル<取引所,店頭取引計>)といった金利関連デリバティブズの取引規模が大きく,拡大テンポも他の取引に比べて急である。

また,取引形態別には,東京金融先物取引所等の取引所において売買される「取引所取引」と,個別の市場参加者が取引所外で相対で取引する「店頭取引」に分けられる。歴史的には,72年のシカゴ・マーカンタイル取引所での通貨先物に始まる取引所取引の方が古いが,80年代後半以降,情報処理技術の進展を背景にスワップ,オプション等オーダーメイド型の商品取引が急拡大してきたことから,92年末では店頭取引が5.3兆ドルと,取引所取引4.8兆ドルを上回っている。

なお,デリバティブズ取引はバランスシートに記載されないものがあるという点でしばしば「オフバランス取引」とも呼ばれるが,一般的には,オフバランス取引から,保証取引(契約債務,偶発債務等市場の相場変動に関係ない取引)のように従来から行われているオフバランス取引を除いて定義されることが多い。

この様に拡大を続けるデリバティブズ取引における特徴としては,

    ①店頭取引における拡大テンポが,取引参加者のニーズの多様化等を反映して,取引所取引に比べて大きいこと,

    ②デリバティブズ取引にかかるリスク把握の難しさ等を映じて,取引が信用力があり,かつそのような技術,ノウハウに長けた特定の参加者に集中する傾向が強まっていること( 第1-12-10表 ),

等が挙げられる。

(3) 金融機関経営に与える影響

次に,こうしたデリバティブズ取引への取組姿勢を金融機関も積極化させてきていることを,オン・オフ比率(デリバティブズの想定元本/バランスシートの総資産)でみると,総資産を抑制するなか,積極的にデリバティブズを拡大させてきた結果,同比率はアメリカの主要銀行で10~30倍の規模となっている( 第1-12-11表 )。また,我が国でも統計での確認は難しいものの,主要銀行では総資産の2~3倍の規模のデリバティブズが取引されているといわれている。

この間,アメリカでは金融機関の収益に占める非金利収入のウエイトが上昇してきており,大手7行では収益に占める非金利収入が93年には過半を越えている一方,我が国においても,徐々に非金利収入の比率が高まっているとはいえ93年中で2割弱である。アメリカの非金利収入は決済サービスや財産管理サービスが主体であるが,我が国とのデリバティブズ関連収入の差も無視し得ないところである( 第1-12-12表 )。

なお,現物市場とデリバティブズ市場の規模を日米で比較すると,我が国では現物市場の取引規模に比べてデリバティブズ取引が相対的に小さいことが明らかである( 第1-12-13表 )。これは,見方を変えれば,今後の我が国でのデリバティブズ取引の拡大余地が依然大きいことを示している。

(デリバティブズ市場拡大の背景)

デリバティブズ市場がここまで拡大し,主要な金融取引の一環として定着をみている背景としては次の4点が考えられる。

①実物・金融市場のグローバル化

実物投資の世界では,海外直接投資や輸出入取引の拡大とともに,企業が取らなければならないリスクが増大してきた。

同時に,金融市場でも取引のグローバル化とともに,金利自由化の進展,外為・資本取引等にかかる規制緩和・撤廃が進んできた。

②リスクヘッジニーズの高まり

企業や機関投資家では,こうしたグローバル化によって新たに生じた金融商品のリスク管理のためのヘッジニーズが高まった。

③金融機関の政策変更

88年に導入されたBIS自己資本比率規制によって,金融機関では従来の量的拡大からROA(総資産収益率)重視の経営に移行したが,そうした流れのなかで,バランスシート上の資産を増やすことなく,しかもオンバランスよりも安いコストで収益を追求できるデリバティブズを積極化させた。

④インフラとしての情報処理技術の発展

こうした取引を技術的に可能にした背景として情報処理技術の発展があった。コンピュータと「ロケット・サイエンティスト」の存在がなければ,スワップ,オプション等の高度な先端金融商品の開発はあり得なかったし,日々の取引におけるリスクコントロール能力の飛躍的な向上にも,情報解析処理システムが大きく寄与している。

以上から,デリバティブズは金融機関が無理やり作り上げた「打ち出の小槌」ではなく,実物・金融市場の拡大に伴って増大してきた企業や機関投資家のリスクヘッジニーズに対して,リスク配分機能が期待される金融機関が,リスクのアンバンドリングの一環として提供している商品であるとの見方が可能となってくる。

(デリバティブズが金融市場に与える影響)

デリバティブズが金融市場に与えることが期待される影響としては次の点が指摘されることが多い。

①リスク管理の容易化,リスク配分機能の強化

デリバティブズは,企業や金融機関が市場リスク管理を行う際に効率的かつ極めて自由度の高い手段を提供するほか,ある特定のリスクを負担・管理する能力が高いと思われる参加者に移転することを通じてリスク配分機能を強化する。

②市場の流動性の向上

デリバティブズの導入によって,原資産(デリバティブズに対する派生元の資産)を変動させるよりはるかに低いコストによる取引機会が提供されるため,ヘッジ,ディーリング等の取引が増加することで,金融市場の流動性が高まる。

③価格形成の効率化

裁定やヘッジ取引等の広範化によって,従来は分断されていたマーケット間の価格形成の連関が緊密となり,より市場メカニズムを反映した価格付けが可能となる。

④新たな市場情報の提供

デリバティブズは多様なリスクの価格を顕在化することを通じて,将来の原資産価格の変動を予想するのに有用な情報を織り込んでいるという点で,新たな市場情報の提供している。

そこで以下では,上記の影響が我が国の金融市場でも十分に及んでいることを,ヘッジ機能,裁定機能,市場情報提供の事例を検証することで確かめる。

(1) ヘッジ機能の向上

ヘッジ取引とは投資家が現物市場における価格変動リスクを回避するために,先物市場等において,現物市場とは反対のポジションの取引を行い,価格変動から生じる相互の損益を相殺することにより取引時点で採算をある程度確定させる取引である。

こうしたヘッジ機能をみるに当たっては,最適ヘッジ率,カバー率による実証分析が一般的である。

事後的にみてヘッジ対象資産の金額に対して何割の先物を売りないし買い建てれば結果的に価格変動リスクを最小化できたかを示すのが最適ヘッジ率であり,そのヘッジ率の採用によって価格変動リスクが何割軽減されたかを示すのがカバー率である。よって,ヘッジ機能が完全に働いている場合には,カバー率は1になる。

以上を踏まえ,ヘッジが行われている可能性が高いとみられる取引(ヘッジに用いるのは先物取引)について,金利変動リスクのヘッジ機能を検証したのが 第1-12-14表 である。

これによれば,ユーロ円の現物とユーロ円金利先物ではヘッジ機能が十分に働いていない可能性が示された。一方,債券先物と債券現物,債券先物とスワップ10年物,およびユーロ円金利先物とスワップ2年物では,最適ヘッジ率,カバー率ともに1に近くなっていることから,ヘッジ機能が十分に働いており,十分に損失もカバーし得ることが確かめられる。

実際,ヘッジ機能が十分に働いているとみられる両市場の金利の推移をみると,水準こそ異なるもののおおむねパラレルな変動を示している( 付図1-12-5 )。

(2) 裁定機能の向上

裁定取引とは,市場間に理論的な均衡状態より大きな価格差がある時,その価格差が修正されることを見越して割安な市場で買うと同時に割高な市場で売ることによって,リスクなしに利益を確保する取引のことである。

この裁定機能が働いているかどうかについては,先物取引については,先物理論価格と実際の先物相場を比較することで,またオプション取引については,シンセティック(合成先物)とオプション取引の原資産の相場を比較することで確かめられる。

つまり,先物相場と先物理論価格が一致しているということは,そのかい離の修正を見越した裁定取引を行う裁定機会がほぼ消失していることを意味し,それだけ十分な裁定関係が存在することを示唆している。

そこで,債券市場(最割安銘柄を採用)から導出される先物理論価格と債券先物相場を比べてみると,両者にはかい離がほとんどみられないことに加え,かい離幅も取引コストの範囲内に納まっていることが分かる( 第1-12-15図 )。このことは,取引コストを負担してまで投資家が裁定取引を行おうとする水準以下にかい離が縮小しており,その意味で裁定機会がほぼ失われているとみることができる。

次に,オプション取引について,原資産相場とシンセティックの水準を比べてみても,おおむね一致している( 第1-12-16図 )。このことは,シンセティックと原資産価格とのかい離がリスクなしに収益が得られる機会の存在を示していることからすれば,両者の裁定が十分に働いていることを示唆するものといえる。

(3) 新たな市場情報の提供

ここでは,デリバティブズの市場情報提供の一例として,オプション価格に,将来予想されうる原資産の変動度合いに関する情報が織り込まれている可能性があることを,日経平均株価オプションを対象として検証してみる。

そもそも,オプション取引とは「将来に一定条件で売買する権利」を売買する取引であるため,その権利の価値を示すオプション価格を決定するには,将来に原資産がどの程度変動するかが重要な要素となる。価格変動の度合いを示す尺度はボラティリティと呼ばれ,その時点のオプション価格からオプション理論に基づいて逆算されたインプライド・ボラティリティや,過去の一定期間の価格変動を表すヒストリカル・ボラティリティといった指標がある。特に,インプライド・ボラティリティという指標が,事後的にみて実際に実現されたボラティリティ(リアライズド・ボラテリティ)に対して予測力があるとすれば,オプション価格には将来に原資産価格がどの程度変動するかを発見する機能があるものとみなせる。

なお,ここで日経平均株価オプションを採用したのは,債券先物オプションや金利先物オプションに比べて取引が比較的容易であり,原資産市場との対比でみた取引規模が大きいからである。

まず,日経平均株価オプションのインプライド・ボラティリティと株価指数のリアライズド・ボラティリティの動きを比べてみると,おおむね似通った動きを示しており,インプライド・ボラティリティが将来の原資産の価格変動度合いに対する予測指標として有用である可能性がみてとれる( 第1-12-17図 )。

そこでこうした表面的に観察される予測力を統計的に検証するために回帰分析を行った( 第1-12-18表 )。これによれば,インプライド・ボラティリティはリアライズド・ボラティリティに対して有意な予測力を有している可能性が確かめられる。

また,リアライズド・ボラティリティの説明変数としてインプライド・ボラティリティとヒストリカル・ボラティリティの両方を含めた回帰分析の結果からは,インプライド・ボラティリティがヒストリカル・ボラティリティよりも将来の価格変動度合いに対する予測指標として優位にある可能性も導き出せた( 付注1-12-6 )。

(4) 市場価格を増幅させる可能性

以上の分析から,デリバティブズは,通常時であれば,金融市場の流動性を全般的に高め,リスク負担能力のより高いと思われる主体にリスクを再配分することから,ショックに対する金融市場の回復力をより強化する効果を持つと期待される。

ただし,市況急変時には,金融市場の価格変動を増幅してしまう可能性も否めないことには留意が必要である。

価格変動を増幅させる具体的なメカニズムとしては,次のようなものが挙げられる。

①オプション取引に伴うダイナミック・デルタ・ヘッジ

オプションのダイナミック・デルタ・ヘッジ(オプション価格の変動リスクをヘッジするために原資産で反対ポジションを保有した後,オプション価格の変動に伴い追加的な原資産の売買を行う操作)では,リスクがプレミアム分に限定されているオプション購入者に比べて,多大なリスクを負う売り手の方が積極的にヘッジを行う傾向があるため,原資産の価格変動を増幅させる方向に働く可能性がある( 付注1-12-7 )。

②ヘッジング・オーバーハング

ヘッジ取引は,価格が上下両方向に動きえるような通常の市場環境では効果的であるが,価格がある方向に急激に変化しているなかで,多数の市場参加者によって同時に行われる場合には,大きな価格変動をもたらす可能性が指摘されている。

ただし,ここで留意すべきは,上記のようなメカニズムから,デリバティブズは市況急変時に価格変動を増幅させる可能性を持つが,市況急変の直接的な原因となっているわけではないという点である。

デリバティブズが原因となって現物価格の変動に影響を与えるかどうかについては,従来から①現物価格の分散を先物価格の分散で回帰し,そのパラメータの有意性を検証したり,②現物価格と先物価格の時間的先行関係を検証する,といった実証分析が行われてきているが,デリバティブズの変動が原因となって現物価格が変動しているという明らかな証左は示されていない。

(デリバティブズの金融仲介機能の中での位置付け)

最後に,デリバティブズが一時的なブームに終わるのか,「帰らざる河」であるのかについて若干の整理を行う。

デリバティブズは本来金融機関が提供すべきリスク配分機能の一環として,企業や機関投資家のニーズの多様化を背景にリスクのアンバンドリングの流れのなかで生じてきたものである。しかも,リスクの総量はグローバリゼーションや金融・資本の自由化を背景に増大していくことが見込まれ,取引参加者のヘッジニーズは高まりこそすれ減少することはないとみられる。

一方,金融機関にとっても,金融の自由化に伴い不可避的に拡大するリスクをデリバティブズを活用することで軽減することを通じて,銀行の金融仲介機能が強化されてきたという側面も忘れてはならない。

こうした観点からは,デリバティブズは「帰らざる河」であり,先に指摘したように,我が国での今後の拡大余地はアメリカと比較しても大きいことが見込まれている。

こうした認識に立って,金融当局等においては,デリバティブズ取引の健全な発展と金融機関経営の健全性を確保してゆく観点から,金融機関のリスク管理体制やデリバティブズ取引のディスクロージャーの在り方等,デリバティブズ取引が適切に行われるための基盤整備の在り方について検討してきた。今後も,こうした点における関係者の最大限の努力が求められている。

また,金融機関の貸付債権流動化が進められてきていることも,リスクのアンバンドリングという流れの一つとして,デリバティブズと同様な評価が可能である。

この間,最近の金融仲介総額に占める銀行のシェアの低下をもってアメリカでは銀行衰退論といった議論がみられる。我が国においても,民間非金融部門の資金調達に占める全国銀行貸出のシェアは最近の企業からの返済圧力もあって減少してきている( 第1-12-19図 )。

もっとも,こうしたシェアがバランスシート上の資産項目のみの比較であることや,金融機関自身が,かつての貸出至上主義からオフバランス取引等を活用したROA重視の経営姿勢に転換しつつあることを考えると,こうした比較はもはや意味をなさない。事実,例えばアメリカでは,バランスシート上の資産項目にデリバティブズ等オフバランス取引を加えて修正したシェアは引き続き落ちていないとの指摘もあり,デリバティブズを用いたリスク配分を担っていくという点において金融機関の重要性は変わっていないのである。