平成7年

年次経済報告

日本経済のダイナミズムの復活をめざして

平成7年7月25日

経済企画庁


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第1章 自律回復を模索する日本経済

第5節 企業収益の回復状況

ここでは,企業収益の回復テンポを過去の回復局面と比較することで,売上高と経常利益では回復テンポに相違がみられることを明らかにするとともに,その背景にある利益率回復の要因をみるほか,微増収・増益という収益回復パターンの持続性に対する考え方を整理する。

1. 企業収益の回復テンポの局面比較

(売上,利益,利益率の推移)

今回の企業収益の回復テンポをみるために,大蔵省「法人企業統計季報」によって,規模別(大・中堅,中小),業種別(製造,非製造)に,景気の谷を100として過去の回復期との比較を行ったのが 第1-5-1図 である。

なお,ここでは売上や利益の絶対額ではなく増加率を比較している。もちろん,今回の景気回復は,第一次石油危機に次ぐ大きな落ち込みとなった景気後退を受けての回復であるため,過去と同じ増加率を示したといっても,利益額の絶対水準は過去の水準に比べて相当に低い状況にある。

投資家の観点からも,株価が一株当たりの当期純利益の水準によって理論的には決定されていることを勘案すれば,利益水準自体についても留意することは言うまでもない。ただし,景気の回復局面では,変化率の改善が積み重なって水準の改善につながっていくことや,企業のマインドには,利益の絶対額よりも売上高を所与としたときにどの程度の利益を生み出せるかといった利益率の方が強く影響しているとみられることから,ここでは増加率に着目することにする( 付図1-5-1 )。

まず,売上高の推移をみると,全規模・全業種にわたって,増加テンポが過去のいずれの回復期をも下回っており,相当に緩慢な増加にとどまっている。

特に,大中堅の非製造業については,景気の谷を過ぎてもほとんど横ばいで推移してきており,景気の谷を過ぎるとV字の回復がみられた過去の局面と対照的な動きをみせている(前掲 第1-5-1図 )。

このように売上が緩慢となっている背景としては,

等が指摘できる。

このうち,①,⑤の国内流通業の効率化の進展の動きを確かめるため,非製造業の業種ごとの売上動向をみると,サービス業等他の非製造業が過去とそん色ない増加を示しているのに対して,卸売業(大・中堅)や小売業(中小)では,回復局面入り後も,売上は横ばいないしは減少傾向をたどっている( 付図1-5-2 )。こうした売上の不振には,卸売段階数の削減により販売数量の伸びが鈍化するなか,ディスインフレの進展によって販売価格が下落していることが大きく影響している( 付図1-5-3 )。

次に,経常利益の推移をみると,先にみた売上の姿とは違って,大・中堅の非製造業を除くと,94年までは過去の回復期とほぼ同程度の増加テンポを示してきた(前掲 1-5-1図 )。

ただし,大中堅の非製造業についてみると,景気の谷以降,一貫して過去の回復期を下回る緩やかな増加となっている。これには,もちろん不動産,建設業の不振の影響も大きいとみられるが,大中堅の卸売業の経常利益が,売上と同様,景気回復局面入り後も減少傾向をたどっていることも大きく影響している(前掲 付図1-5-2 )。

なお,95年入り以降は,大中堅・非製造業に加えて,製造業(輸出関連業種の増益率の鈍化等)や中小・非製造業(建設業,小売業等の不振)でも増加テンポが緩慢となったことを反映して,全体の増加テンポも緩やかになってきている。

以上の結果,企業のフローの収益性を示す売上高経常利益率をみても,①売上の増加が全体的に過去に比べて緩慢に推移しているなか,②経常利益が卸売業等一部業種を除けば過去の回復期に匹敵する増加率を示していることから,利益率の回復度合いも,卸売業を含む大中堅・非製造業の若干の緩やかさを除くと,過去とそん色ない改善を示している(前掲 第1-5-1図 )。

なお,95年入り以降については,経常利益の推移と同様,中小・非製造業での改善の一服等から,売上高経常利益率の改善テンポも緩やかになってきている。

(業況判断の推移)

以上の分析を踏まえて,企業のマインドを表す業況判断の改善状況を,日本銀行「企業短期経済観測調査」でみることにする( 第1-5-2図 )。

今回の業況判断D.I.の水準は第一次石油危機に次ぐ「悪い」超からの改善であることには留意が必要であるが,94年までの改善テンポについてみれば,主要企業,中小企業ともに過去の回復期と大差ない改善を示しており,先にみた企業の売上高経常利益率の増加度合いとおおむね平そくのあった姿となっている。

ただし,95年入り後は,円高の進行等の影響もあってその改善テンポは中小企業を中心に緩やかになってきている。

2. 企業の収益力回復の背景

ここでは,売上高経常利益率の増減を,固定費,変動費に要因分解することによって,企業の収益力が回復してきている背景をみるとともに,業種によって回復をもたらしている要因が異なることを明らかにする。

(売上高経常利益率の要因分解)

ここでは,売上高経常利益率(経常利益/売上高)の前期比伸び率を,変動費要因(変動費/売上高),固定費要因((人件費要因,減価償却要因,金融費用要因)/売上高)に要因分解する( 第1-5-3図 )。

まず,製造業については,すべての要因が最近の利益率を引き上げる方向に寄与している。

すなわち,金融緩和や大企業を中心とした既往借入金の返済積極化に伴う金融費用の減少がプラスに寄与しているほか,今回の景気後退局面で常に下押し要因として作用していた人件費要因が,企業のリストラの推進によって,94年第2四半期以降プラス寄与に転じている。

また,人件費同様,93年まで下押しに働いていた減価償却費要因も,94年入り以降利益率を引き上げる方向に作用している。

さらに,変動費要因も93年後半以降プラスの寄与度を大きくしており,最近の利益率の改善の過半は変動費の改善で説明できる。こうした製造業における最近の変動費の改善には,93年以降の円高を眺めて,企業が相対的に安価な中間財を積極的に輸入することによって売上の鈍化を上回るコスト削減を可能にしていること等も影響している。事実,輸入数量は94年以降一段と前期比増加率を高めているが,その主因は中間財を含む資本財の輸入の増加にある(後掲 付図1-9-9 )。

次に,非製造業をみると,金融費用要因は,外部負債調達比率が製造業に比べて高い分,その利益率へのプラス寄与は製造業に比べて大きくなっているほか,人件費要因も製造業同様,94年第2四半期以降プラスに寄与している。

一方,変動費要因については,製造業よりも早い92年後半以降,利益率を高める方向に寄与してきたが,94年以降は製造業とは対照的に一転して利益率を引き下げている。

この結果,非製造業においては,固定費要因がプラス寄与となる一方,変動費要因が下押しに効いていることから,全体としては製造業に比べれば緩慢な利益率の改善を強いられている状況にある。

このように非製造業では,製造業と違って,売上の鈍化が企業の予想を越えて止まらないために,円高に伴う変動費の低下等コスト削減効果が相殺されている可能性が考えられる。このことは,売上高固定費比率において大中堅・非製造業のみ上昇傾向を示していることや,売上高変動費比率が中小・非製造業のみ上昇していることからも確かめられる( 第1-5-4図 )。

3. 企業収益の回復パターン

今回の景気回復局面では,売上が緩やかな伸び(業種によっては横ばいないしは減収)にとどまるなかで,利益率の改善から過去の回復期とそん色ない収益力を実現することが展望されている。

ここでは,過去の景気回復局面での企業収益の回復パターンをみていくことで,今回想定されている微増収・増益という回復パターンの持続性について検討する。

(回復局面での収益回復パターン)

過去の企業の収益回復パターンとしては,増収・増益か減収・増益とその中間としての微増収・増益がある。

過去の景気回復期での収益回復パターンをみるために,横軸に売上高,縦軸に経常利益(ともに景気の谷=100)をとって描いたのが 第1-5-5図 である。

これからは次のような特徴を指摘できる。

    ①第一次石油危機後では,典型的な増収・増益パターンで収益が回復した。

    ②第二次石油危機後は,グラフ上の点の横軸間隔が狭いことから明らかなように,今次局面と同じく,売上高の伸び率が低いなかで増益を実現してきた。この間,非製造業においては,景気の谷から4期目以降に売上が頭打ちに転化するとともに利益が減少するという微増収・減益に転落していった。

    ③円高不況後では,第一次石油危機後と同様に増収・増益で利益が改善してきた。

    ④今次局面では,売上が第一次石油危機後よりもさらに鈍化するなかで,利益が過去の局面と同程度の増加率を示しており,微増収・増益の回復パターンをたどっている。

(微増収・増益による収益回復の持続性)

以上みてきたように,確かに売上の伸びが鈍化するなかでの収益の改善は,第二次石油危機後の回復局面でみられたものの,当時も今回ほど売上が伸びないという状況にはなかった。

逆に,今回の収益回復パターンの持続性を考える上では,微増収・増益から微増収・減益に転落した第二次石油危機後の非製造業が参考になり得る。

すなわち,このケースは,売上が伸びないなかで継続的に利益を増加させていくことがいかに難しいことであるかを示唆している。なぜなら,売上が伸びない状況で利益を増加させるには,変動費と固定費を不断に削減していくことが企業に求められるからである。

この点では,いくら円高のメリットが従来以上に浸透しやすくなり,変動費をより能動的に動かすことができるようになったとはいえ,企業努力が売上の低迷で相殺されてしまうのでは企業にとってはやはり厳しい回復の姿といえる。

もっとも,企業の実質購買力という観点からすれば,必ずしも収益回復パターンとして微増収・増益より,増収・増益の方が好ましいとは一概には断定しえない。なぜなら,微増収・増益で期待できる利益水準は増収・増益局面と比べて低いといえども,企業がそうしたキャッシュフローを原資に機械設備等の購入に充てるという購買力の観点からは,現在ディスインフレ下で物価上昇率が過去に例をみない程に低下しているため,実質購買力は改善しているとみられるからである。

こうした見方は,増収・増益で収益が回復した第一次石油危機後でも当てはまる。販売数量が伸びないなかで,インフレによって売上と利益は確かに増加したが,物価上昇率からみた企業の実質購買力は何ら改善をみなかったことから,そうした企業努力に基づかないインフレによる増益を,企業は「棚ぼた的な利益」としかみなさなかった。

以上からは,過去に例をみない売上の低い伸びが続くなかで,企業は「売上が横ばいでも利益が出せる体質」を目指してリストラ等を推進してきた結果,大半の企業では売上が予想の範囲内で緩やかに増加する限り,利益を出せる収益構造に変わってきているとの評価が可能である。

今後については,景気の緩やかな回復に伴い売上が緩やかに持ち直していくとすれば,実質購買力も引き続き改善していくことと相まって,企業の対応が売上の緩やかな伸びに追いつくかたちで利益を回復するという微増収・増益での回復パターンが持続する可能性は高い。

ただし,95年入り以降にみられる増益テンポの緩慢な動きからも推察されるように,最近の円高の進行によって売上が企業の予想を越えて減少するような場合には,企業のさらなる対応に時間を要するため,一時的にせよ減収・減益に転落するリスクがあることには留意が必要である。