平成6年

年次経済報告

厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ

平成6年7月26日

経済企画庁


[次節] [目次] [年度リスト]

第2章 景気後退の特徴点と長期化の背景

第1節 今回の景気後退局面の姿

(今回の景気後退局面の長さと深さ)

今回の景気後退局面の姿をつかむために,まずその長さと深さを,過去の場合と比較してみよう。

まず,後退期間を過去と比較してみよう。戦後における景気後退のなかで最も期間が長かったのは,第2次石油危機後の36か月であり,これに次ぐ長さは17か月(70年からのいざなぎ景気後の後退局面と85年からの円高不況時)であった。これまでの10回の景気後退期間の平均は15か月(第2次石油危機後を除くと12か月)である。今回の場合は,暫定的な景気の山が91年4月となっているので,既に戦後2番目の景気後退期間に達していると考えられる。94年に入ってから景気の一部に明るい動きもみられるようになっているため,今回の景気の谷がいつかについては,現時点で断定的なことはいえないが,いずれにせよ,過去の例と比べても,今回の景気後退期間が極めて長いということが分かる( 付注2-1)。

次に,景気後退の深さという点を過去と比較してみよう。 第2-1-1図 は,稼働率,出荷,売上高経常利益率について,ピークからの落ち込み度合いを比較したものである。いずれの指標によっても,今回の場合は,第1次石油危機後に次ぐ大幅な落ち込みであったことが分かる。

ちなみに,落ち込みの程度を総合的に評価するために,第1章第11節で推計したGDPギャップの大きさをみても,足元の94年1~3月期のギャップのマイナス幅は,円高不況期のボトム(87年4~6月期)以上に拡大してきている(前掲 第1-11-1図 )。

(今回の景気後退局面でのいくつかの特徴)

こうして,長さ,深さといういわば「量的な面」で,今回の景気後退が過去の例に比べても厳しかっただけではなく,さらに「質的な面」でも今回の景気後退は特徴的な姿を示した。

第一に,上記以外の指標についても,今回の場合は,通常は底堅い動きを示す非製造業の設備投資が過去の後退局面に比べて落ち込んでいること(後掲 第2-2-8図① ),マネーサプライの伸びがこれまでみられなかったほど低下したこと(前掲 第1-10-14図 ),などの特徴がみられた。これは,最終需要の落ち込みが大きかったことに加え,今回の景気後退が,「バブルの崩壊」過程で生じたということと関係がある。すなわち,バブルの崩壊によって不動産業などの打撃が大きかったことや企業のバランスシートが悪化したこと,金融機関の貸出しが,借り手の財務内容の悪化やバブル期にみられた過度の融資姿勢の正常化等を背景に低迷していること,などがこうした動きの背景となっているものと考えられる。こうしたバブルの崩壊との関係については,本章の第3節「バブル崩壊の諸影響」で詳しく述べられている。

第二は,景気の先行き予測,企業のコンフィデンスなどに,繰り返しダウンサイドリスクが発生したことである。第1章第1節で述べたように,今回の景気後退局面では,「人々の予想よりも,実際の経済が悪化する」というダウンサイドリスクが繰り返された。また,ミクロのレベルでの企業の予測,コンフィデンスについても同様であった。例えば,鉱工業生産の予測指数における予測と実績のかい離でみると,今回の場合は,実績が予測を下回り続けるという状態が長期化している(前掲第1-6-3図)。こうして,ダウンサイドリスクが継続的に表面化してきたのは,今回の景気後退においては,93年以降の急激な円高や冷夏・長雨といった外生的な要因に加えて,ストック調整(循環的要因)とバブル崩壊への調整(バブル要因)がお互いに関連し合いながら複雑に絡み合っていたため,これまでの経験をそのまま適用できなかったためであろう。こうした点については,本章では,第2節「長期化したストック調整」,第3節「バブル崩壊の諸影響」で詳しくその背景を分析している。

第三は,名目でみた指標が実質と同様に低下していることである。稼働率,出荷,収益率など名目・実質の差からは中立的な指標でみた場合の比較については既にみた。ここで,名目と実質の比較が可能ないくつかの指標について,同様に過去の後退局面と比較してみたのが, 第2-1-2図 である。これをみると,過去では名目値が実質値ほどの落ち込みを示さなかったのに対して,今回は名目値が物価上昇率の鈍化を背景に実質値と同様に低下していることから,名目値では過去の景気後退局面と比べて落ち込みの程度がずっと大きいことが分かる。「名目の世界」で考えると,今回の景気の落ち込み度合いは戦後最大であったといえるのである。この点については,本章第4節「ディスインフレーションの進行」で詳しく検討する。

(世界的な視野でみた日本の景気後退)

日本の景気を論じるとき,我々はどうしても国内経済の動きに議論を集中させる傾向がある。しかし,世界経済が一体化しつつある現代においては,国内景気の問題も世界経済を離れて論ずることはできなくなっている。

世界経済が一体化してきていることは今更述べるまでもないが,近年に至ってこの一体化の度合いは更に強まっているように思われる。その背景にあるのは,①旧計画経済圏諸国が市場経済に移行しつつあること,②これまで市場経済の枠組みの中で経済運営を行ってきた国々についても,経済のグローバル化に対応して,規制緩和などによって市場の機能を高めようとする動きが強まっていること,③ウルグァイ・ラウンド(ガット多角的貿易交渉)が7年余に及ぶ協議を経て93年12月に実質的に合意されたことに象徴されるように,自由な貿易と投資の流れを確保することが世界経済全体の発展にとって重要であるとの共通の認識の下に,国際的な取組がなされてきていること,④情報の国際化を背景に,世界市場を一つのものと考えて,研究開発から生産,流通に至るプロセスを国際的に管理しようとする企業が増えていること,などによる。

こうして一体化しつつある世界経済の中で,今回の日本の景気後退はどのように位置付けられるのか,この点を最初に「量的な」視点から,次に「質的な」視点から考えてみよう。

まず,経済活動という「量的な」面で考えると,今回の日本の景気後退は,基本的には世界的な同時不況の中で生じたものである。近年の成長率(実質GDP)の推移をみると,日本では,80年代後半(85~89年平均)の4.5%から,91年には4.3%,92年1.1%,93年0.1%と大幅な鈍化がみられた。OECD諸国も同様であり,80年代後半の3.4%から,91年には0.8%,92年1.7%,93年1.2%へと鈍化している。

では,主要国の景気はどの程度同時に動いているのだろうか。この点をみるために,日本,アメリカ,ヨーロッパそれぞれのCI(コンポジット・インデックス)の先行指数の動きを示し,ピークとボトムがどの程度同時であるかをみたのが 第2-1-3図 である。これによると,ピークとボトムがそれほど大きくかい離することはなく,基本的には景気変動の同時性が観察される。しかし,それぞれの経済は全く同時に変動しているわけではなく,「位相」の変化がみられる。強いていえば,過去においては,アメリカの景気はおおむね1年,ヨーロッパは約半年ほど日本の景気変動に先行しているといえよう。

この「同時性の中での位相の違い」という点は,今回の景気後退局面でも重要な意味を持っている。今回の世界不況の中での主要国の景気の動きをみると,①まず最初に,アメリカ,カナダ,イギリスなどの英語圏諸国の景気が後退し始め,②続いて大陸ヨーロッパ諸国,③日本という順番で景気後退に入っていった。逆に近年では,①アメリカを始めとした前述の英語圏諸国の景気が真先に回復を始め,②94年に入って大陸ヨーロッパのうちフランスなどに回復の動きがみられ始めている( 第2-1-4図 )。こうした同時性の中での位相の違いは,世界的に景気変動が関連を持ちながらも,各国それぞれの事情を反映しながら,やや異なった姿の循環的な動きが繰り返されていることを示唆している。

(日本と世界の景気後退の特徴)

以上のような量的側面だけでなく,今回の日本と世界の景気後退は,質的にみても次のような点で似通った面がある。

第一は,バブルの発生と崩壊の中での景気変動だったことである。

各国の資産価格の動向をみると( 第2-1-5図 ),各国とも株価は88年以降本格的な上昇に転じ,89~90年にかけてピークとなった後,大幅な調整を余儀なくされたが,その後は日本を除いて,緩やかに回復している。地価の動向を反映する不動産価格については,各国とも80年代後半から上昇し始め,イギリス,オーストラリアといった英語圏諸国が,88~89年にかけてピーク・アウトした後も,日本やスウェーデンは90~91年まで上昇し続け,その後大きな価格の下落が生じている。

こうした資産価格の上昇と下落は,資産効果や建設ブームなどを通じて,実体経済を大きく変動させ,バブル崩壊後はバランスシートの状態を悪化させるなどの影響をもたらした。 第2-1-6図 は,主要国の企業,家計部門の負債残高と利払い負担の推移をみたものである。これによると,利払い負担,負債残高とも,80年代後半にかなりの上昇を示している。90年代に入ってからは,各国の金融政策の緩和もあって,利払い負担については相当低下してきているが,負債残高については,資産価格が下落に転じた90年以降も,アメリカやオーストラリアの企業部門を除けばほとんど減少していないことが分かる。

第二に,ダウンサイドリスクが繰り返し表面化してきたことも日本と世界は共通していた。

この点をみるために,OECDの各国経済成長率見通しが,期を追うごとにどのように修正されていったかをみたのが 第2-1-7図 である。91~93年にかけては,各国とも予測のたびに下方修正が行われることが多く,ダウンサイドリスクが次々に表面化していったことが分かる。ただし,アメリカ,カナダ等英語圏諸国では,景気が先行して回復してきていることから,93年の修正幅は総じて小幅に止まり,94年予測については,逆に上方修正さえみられる(アップサイドリスクが生じつつある)ようになってきた。

第三に,物価が安定し,名目成長率が低下していることも同じである。

これを消費者物価でみると,日本の消費者物価は,前年比で91年の3.3%から92年に1.6%に鈍化した後,93年は1.3%と安定的に推移している。一方,OECD諸国の平均消費者物価も91年5.2%から,92年4.0%,93年3.6%と低下している。また,名目成長率の動きを国内総生産(GDP)でみると,日本では,92年2.8%,93年1.1%と,80年代後半(85~89年平均)の伸び率(5.7%)に比べて大きく低下してきている。一方,OECD諸国でも,92年5.7%,93年4.7%と,80年代後半の高い伸び(8.0%)から低下している。