平成6年

年次経済報告

厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ

平成6年7月26日

経済企画庁


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第1章 93年度の日本経済

第3節 低迷した個人消費

今回の景気後退の中で,個人消費は総じて低迷を続けてきたが,93年度もその低迷から抜け出すことはできなかった。しかし,93年末から94年初めにかけては,耐久消費財の一部に回復の動きがみられるなど,消費には持ち直しの動きが現れている。

(実質所得の動きを反映した個人消費の低迷)

93年度の個人消費は総じて低迷を続けた。民間最終消費支出(実質)は,92年度1.1%増に続いて,93年度も1.3%増となり,総務庁「家計調査」の1世帯当たり実質消費支出も,92年度0.5%減に続き,93年度は0.6%減となった。これを,供給側からみても,百貨店売上高(日本百貨店協会,店舗調整済),チェーンストア販売額(日本チェーンストア協会,店舗調整後)いずれも,93年度は前年度に比べて更に減少幅が拡大した。

こうした個人消費の低迷の原因としては,実質所得の低迷,消費者マインドの悪化,冷夏・長雨の影響等が指摘されてきた。

しかし,結果としてみれば,こうした個人消費の低迷は,主として所得の低迷によって説明することができる。92年度,93年度のいずれにおいても,個人消費の伸びは所得の伸びとほぼ同じである(つまり,平均消費性向はほとんど動いていない)ことからも,この点がうかがえる( 第1-3-1図① )。それでは,消費者マインドの悪化や冷夏・長雨の影響は全く消費に影響しなかったのかというと,決してそうではない。ただ,それらの効果を相殺するような力が働いたため,結果として影響がみえなくなったのである。

まず,93年度の消費者マインドは,厳しい雇用情勢に円高が加わって,92年度以上に悪化した。こうした消費者マインドの悪化は,平均消費性向を押し下げる方向に働いたはずである。しかし,所得の伸びが低下する過程では,消費水準をあまり落とさないようにしようとする力(「ラチェット効果」)が働く。この二つの相反する力が打ち消し合って,結果的に平均消費性向が変化しなかったのである。

また,冷夏・長雨の影響については,それがエアコンなど一部の商品の購買意欲を弱めたことは間違いないが,それにより家計には予算に余裕ができた面もあり,その分が他の分野の消費に回ったことなどから,全体としての消費には結果としてそれほど大きな影響は及ばなかったものと考えられる。

以下では,まず,実質所得が低い伸びとなった背景を調べた後,消費者マインドなど平均消費性向に影響を与える諸要因について検討しよう。

(低い伸びとなった実質雇用者所得)

まず,消費を決める最も基本的な要因である,所得の動きをみよう。

実質雇用者所得の動きをみると,93年に入って伸びが一段と鈍化し,年後半には前年比の伸びがほとんどゼロとなった。実質所得の伸びがこれだけ低ければ,消費の伸びが低くなるのは自然である。

ではなぜ,実質所得の伸びはこれほど低下したのか。労働省「毎月勤労統計」等によって,実質雇用者所得が92年より一段と鈍化した要因をみると( 第1-3-1図② ),92~93年度にかけては,①所定外給与の減少幅は縮小したものの,②所定内給与及び雇用者数の伸びがさらに鈍化し,③特別給与が減少に転じたことが大きく寄与している。

こうした実質所得の低迷は,景気後退の長期化によって生ずる雇用面の調整をそのまま反映した動きである。すなわち,92年度においては,まず,所定外労働時間による雇用調整が進むなか,雇用者数の伸びもやや鈍化するとともに,企業収益の減少などから賞与の伸びも鈍化してきた。93年度に入ると,所定外労働時間による調整の余地はやや狭まり,代わって雇用者数の伸びの鈍化に調整の主役が移り,企業収益がさらに減少するに及んで所定内給与の伸びが鈍化し,賞与は減少に転ずることになったのである。

(消費者マインドの悪化と「節約疲れ」の綱引き状態)

平均消費性向については,93年の可処分所得(国民経済計算ベース)のデータがないため,正確な動きはまだ分からない。ただ,前述の実質雇用者所得と実質消費の関係,家計調査(勤労者世帯)の結果(平均消費性向は92年度74.3%→93年度74.0%)などからみて,93年度にそれほど大きな変動があったとは考えられない。以下では,平均消費性向そのものではなく,これに影響を与える諸要因がどのように働いているかをみてみよう。

まず,平均消費性向を実質可処分所得の伸び率,純金融資産残高の可処分所得比,「雇用環境」及び消費者物価上昇率で説明する回帰式を推定した( 第1-3-2図 )。ここで,実質可処分所得の伸び率,純金融資産残高の可処分所得比は,それぞれ「ラチェット効果」,資産効果を示すために含まれている。ただし,実質可処分所得の伸びが低下すると2年にわたって消費性向を押し上げる効果を持つ形となっている。これは,所得の伸びが鈍化し始めてから時間がたつと,次第に消費の抑制が一層困難となるという,一種の「節約疲れ」とでも呼ぶべき現象を示している。「雇用環境」は,所定外労働時間と為替レート上昇率から合成された指標であり,雇用面での消費者マインドを反映するものとして作られている(詳細は第2節参照)。所定外労働時間の減少は,一般に残業規制から配置転換,出向,一時帰休,さらには解雇という順序で深刻化していく雇用調整の先行指標であり,雇用調整が進むと将来所得の期待値が低下するとともに,将来所得に関するリスクは増大することが考えられる(ただし,所定外労働時間は,労働時間の短縮に向けた労使の取組に影響されることなどもあり,消費者マインドと一対一で対応するものではないことに留意する必要がある)。円高については,将来の実質所得の増加を期待させるという面があるものの,将来の雇用調整をもたらしうるという意味では所定外労働時間の減少と同様の性格を持つ。消費者物価上昇率が独立した説明変数として用いられているのは,消費者の意識においては物価上昇率が統計上の実態以上に増幅されて認識されがちなため,同じ実質所得の鈍化でも,物価上昇による実質所得の鈍化は,より大きく消費を抑制する(つまり消費性向を引き下げる)と考えられるためである。

この関数を用いて,消費性向の変動を要因分解してみると,92年については,「雇用環境」が大幅に悪化したものの(消費性向引下げ要因),「ラチェット効果」と物価安定効果(引上げ要因)がより大きく作用し,全体として平均消費性向はやや上昇した。93年についても,所定外労働時間が減少を続けるなかで急激な円高が生じたこともあって,「雇用環境」が引き続き大幅な悪化を示している。一方,実質雇用者所得の伸びは92年から更に鈍化してはいるが,91年から92年にかけてほどは鈍化していない。しかし,92年における所得の鈍化が引き続き93年にも影響するという前記の「節約疲れ」が現れていることから,これを合わせた「ラチェット効果」は依然として大きかったと考えられる。この関数から考える限り,93年度においては,「雇用環境」の悪化によるマインド要因は消費性向を引き下げたものの,「節約疲れ」による消費性向の上昇がこれをちょうど打ち消し,結果的に消費性向はそれほど大きな変化を示さなかったものと考えられる。

以上の分析により,93年における個人消費の低迷は結果的には,主として所得要因によって説明することができるが,以下では,個人消費の内容面でみられたいくつかの変化,すなわち①93年の夏に発生した低温,長雨は個人消費にどう影響したか,②家電製品の回復の動きをどう理解するか,③住宅投資と消費との関係をどうみるか,という三点について検討していこう。

(部分的であった冷夏・長雨の影響)

93年の夏は,顕著な低温で,雨が多かった。この冷夏・長雨が消費にどのような影響を及ぼしたかを考えてみよう。

まず,気温,降水量に関する事実関係を整理しよう。気温については,6月は北日本で1℃程度,7,8月は沖縄を除いて全国的に2℃程度の顕著な低温であった。降水量については,6月は北日本の太平洋側や西日本で多雨,7月は東,西日本で多雨,8月は特に西日本で多雨であった。日照時間については,7,8月の東,西日本で顕著な寡照であった。

次に,こうした天候要因が消費面にどう影響したかをみるため,総務庁「家計調査」によって,この時の消費の動きを,夏季商品による部分と非夏季商品による部分に分解してみたのが 第1-3-3図 である。ここで夏季商品というのは,夏季の暑い気候の下で有用性が高まる財貨・サービス(冷暖房用器具,被服及び履物,宿泊費等)を指している。この夏季商品の消費の動きを,前述の気温,降水量の動向と対照させてみると,6月に前月比で夏季商品が減少し,7月にもその反動がなかった(つまり低水準を維持した)ことには,やはり天候が影響していたと考えられる。

しかし,その他の商品の動きをみると,6~8月にかけては,むしろ増勢を強めており,このため,全体の消費の伸びも7~8月には高まるという姿になっている。これは,夏季商品を購入しなかったことにより,他の商品への消費支出の代替が生じたためとも考えられる。

以上のような点からみて,冷夏・長雨は夏季商品についてはある程度の影響を及ぼしたが,消費支出全体については結果としてそれほど大きな影響は及ばなかったと考えられる。

(回復の動きが現れてきた家電製品)

個人消費が全体として低迷するなかで,家電製品には回復の動きが現れてきている。

主要な家電製品の国内出荷の動きをみると( 第1-3-4図 ),総じて92年の落ち込みが最も大きく,93年には減少幅が縮小傾向にある。

さらに細かくみると,まず,AV家電については,ビデオカメラは新製品の投入が相次いだこともあって堅調に推移したほか,VTRは93年11月から,カラーテレビも94年3月に,それぞれ前年を上回ってきている。これら3品目の合計では,93年10~12月期から前年を上回っている。白物家電については,冷蔵庫は秋以降増加基調に転じており,洗濯機はステンレス槽の新製品が投入されたこともあり11月から前年を上回って推移している。これらを含む白物4品目の合計では,93年10~12月期には前年並みの水準に戻り,94年1~3月期には前年を上回っている。エアコンについては,7~9月期には冷夏のために大幅に減少したが,その後の冬季向け出荷は堅調であった。

こうした家電製品の回復の動きは,基本的には長期にわたって続いてきたストック調整が一巡しつつあることによると考えられる(第2章第2節参照)。さらに,一部の家電製品については,次に述べるように,高水準となった住宅建設に誘発された面もあったと考えられる。

家電製品に比べると,乗用車についてはストック調整は進展してきているものの,回復は遅れている。乗用車の新車新規登録・届出台数(軽を含む)をみると,93年1~3月期は決算対策もあって減少幅が大きく縮小したが,4~6月期にはその反動で落ち込み,その後も回復が遅れている。これは,家電と比較すると,乗用車は単価が高く嗜好性が強い商品であることから,所得やマインド面の影響がより強く現れたことに加え,88~90年頃に乗用車を買い換えたユーザーの中に,もともと買い換えサイクルの長いユーザー層がかなり含まれていた可能性が高いことによると考えられる(この点は第2章第2節で詳しく説明している)。

(住宅建設に誘発された耐久消費財の購入)

93年の住宅投資は高水準を続けた。ここでは,この住宅投資が,耐久消費財の購入に及ぼした影響について検討しよう。

住宅金融公庫「公庫融資利用者に係る消費実態調査」(93年11月)によれば,同公庫を利用して住宅を取得した世帯が,取得後1年間に購入した耐久消費財は平均139.7万円であった( 第1-3-5図 )。これは,「家計調査」による平均的な勤労者世帯の購入額26.9万円の約5倍に当たる。平均的な勤労者世帯との対比で最も購入額が多いのは門,塀等の設備器具(平均的な勤労者世帯の15.7倍),次いで家具等の室内装備品(同11.8倍)であるが,乗用車等(同4.1倍),白物家電に当たる家事用耐久財(同3.6倍)などいずれの品目についても,明らかに住宅取得世帯の耐久財購入額は,平均的な勤労者よりずっと大きい。この結果からみる限り,住宅建設が増加すると耐久消費財の消費も増加するといえよう。

それでは,住宅投資の耐久財誘発効果は,前述の家電製品の回復の動きをどの程度説明しているだろうか。この点をみるため,AV家電と白物家電の出荷を所得などで説明する推計式に,新設住宅着工戸数を説明変数に加えて回帰分析を行ったところ,AV家電については住宅との関係は現れなかったが,白物家電については住宅建設が影響するという結果が得られた。これに基づいて,白物家電出荷の変動を要因分解してみると,92年後半~93年前半における住宅建設の回復が,タイムラグを伴って93年の白物家電の出荷を押し上げていることが分かる( 第1-3-6図 )。