平成5年

年次経済報告

バブルの教訓と新たな発展への課題

平成5年7月27日

経済企画庁


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第4章 豊かさに向けた経済のリストラクチュアリング

第3節 生活の豊かさを目指す家計

日本経済の長期的課題として重要なことは,国民生活の質的充実を図ることである。本節では,なぜ今,国民生活の質的充実が大きな課題となっているかを述べた後,内外の経済環境が大きく変わるなかで,家計の支出行動や消費者意識にどのような変化がみられるかを概観し,さらに,生活の豊かさをもたらす上での重要な課題である住宅資産形成について考える。

1 所得と生活水準とのギャップ

(なぜ国民生活の質的充実が求められているのか)

最初に,今なぜ質の高い国民生活を実現していくことが特に重要な課題となっているのかを考えてみよう。

質の高い国民生活の実現という課題は,基本的には80年代後半の円高によって強く意識されるようになったものである。通常,経済成長は国民の所得水準を高め,所得の上昇は生活水準を高める。しかし,円高は,単なる成長を通じる所得水準の上昇だけでは解決できないような重要な問題を浮き彫りにした。それは,フローの所得水準では世界のトップクラスにありながら,国民は必ずしも世界のトップクラスの豊かさを実感しているとはいえない,という問題である。例えば,「経済構造調整に関する世論調査」(総理府,88年9月調査)によると,「日本の国民所得は世界の最高水準に達しているが,これに見合うだけの生活の豊かさを実感しているか」という問に対して,実感している者が22.4%,実感していない者が69.2%という結果になっている。

このように所得と生活実感のかい離が生ずる理由としては,次の三つが考えられる。

第一は,住宅,社会資本などストックでみると,国民生活を取り巻く環境が国際的に立ち遅れていることである。日本は,フローの所得水準が立派な割には,ストックが貧弱なのである。

第二は,余暇時間,生活のゆとりなど,フローの所得では必ずしも表現できないような側面で,国際的な立ち遅れがみられることである。いくら所得が高くても,ゆとりのない生活をしていたのでは,豊かさは実感できない。

第三は,内外価格差の存在である。日本の物価は上昇率という点では世界で最も安定しているが,絶対レベルでは他の先進諸国より割高である。国際的にみて所得水準が高くても,それが国際的にみて高い物価によって割り引かれてしまっているため,実質的な所得はそれほど高くないのである。

現在の日本経済は,こうした諸課題に取り組み,ドルでみた所得によって表現されている経済力にふさわしい,豊かな国民生活を実現していくことが求められているのである。 これら三つの課題のうち,住宅ストック,社会資本ストックの充実という点については,後に項を改めて論じるので,ここでは余暇の充実と内外価格差の問題について,概観しておこう。

(実物資産の充実が重要な役割を果たす余暇の経済効果)

国民生活の質的充実を図る上で,余暇を充実させ,そのための条件としての労働時間の短縮を実現していくことはますます重要な課題となりつつある。

余暇(又は時短)が重要になってきているのは,その現状が国際的にみても立ち遅れている上に,国民の余暇に対する選好がますます強まってきているため,国民が望む余暇と現実とのギャップが拡大しつつあるからである。

労働と余暇を比較した場合,次第に余暇に対する選好が強まりつつあるという大きな流れがみられる。「国民生活に関する世論調査」(総理府,各年5月調査)によれば,今後の生活の力点については,92年では「レジャー・余暇生活」という答え(37.0%)が,他の項目(「住生活」25.8%,「食生活」13.0%等)を大きく引き離して第1位となっている。収入と自由時間の関係についても,「自由時間が減るくらいなら収入は現在のままでよい」とする割合が87年の51.1%から92年には58.6%に上昇しており,逆に,「自由時間を減らしても,現在以上の収入を得たい」とする割合は87年の27.4%から20.6%に低下している。

この余暇選好の高まりとマクロ経済との関係を考えるとき重要なのが,余暇時間と消費,貯蓄との関係である。しばしば,労働時間の短縮,余暇時間の増大は,内需の拡大という観点からも重要だといわれる。確かに,もし余暇時間の拡大が消費を増加させるのであれば,余暇時間の増加は同時に内需の持続的拡大にも貢献する一石二鳥の動きだということになる。

こうした好循環は常に成立するものなのだろうか。または成立するための条件は何なのか。こうした点を検討するため,次のようなフレームワークを考える。まず,家計は期首に保有している資産と,その期間に得られる雇用者所得と財産所得を合わせて,消費と貯蓄の配分を決定する。また,家計は,当期の消費,当期に貯蓄された資源(これは将来可能となる消費の大きさを示す),余暇時間の三つから満足を得る。この時,余暇時間の変化が,消費と資産残高の組み合わせにどのような影響を及ぼすかを,操作変数法によって推計するという方法をとった。さらに,分析にあたっては,資産を純金融資産のみとした場合(これは家計が貯蓄を金融資産増という形で行うと仮定していることになる)と,実物資産を含めた場合(これは家計が貯蓄を金融資産と実物資産への投資として行うと仮定していることになる)の二つに分けて計測した(推計方法は 付注4-2 参照)。

この推計結果をみると,実物資産を含めた総資産に対する消費の割合と余暇時間との関係が統計上有意に現れており,余暇時間が,消費と実物資産への投資を含む貯蓄との選択に影響を与えていることが分かる(純金融資産のみを資産とした場合は,余暇時間の有意な影響は検出されない)( 第4-3-1表 )。つまり,実物資産への投資を含めて貯蓄と考える場合において,余暇の増大は消費を高め,貯蓄を減少させる効果があるが,金融資産のみへの貯蓄を考える場合には,余暇増大は可処分所得を変化させる効果を持つものの,消費への直接的な影響は明確でない。

この結果は,余暇時間の増大が消費の増加となって内需を拡大させるという好循環をもたらすために,家計の実物資産(その中心は住宅)が重要な役割を果たしているということを示していると解釈することもできよう。これをやや敷衍して言うならば,満足すべき住宅資産が形成されていれば,家計は安心して余暇時間の増加に合わせて消費を増やすことが出来る。しかし,将来の住宅取得のために貯蓄の増強が必要だという状況の下では,余暇時間が増えて仮にレジャー支出が増えたとしても,それが必ずしも消費全体の増加をもたらすとは限らないとみられる。したがって,後にみるような豊かな住宅資産の形成という課題は,余暇時間の増加が消費拡大に貢献するような好循環を確実にしていくという観点からも重要な課題といえよう。

(一層の是正が必要な内外価格差)

ドルでみた日本の所得が世界有数の高水準であるにもかかわらず,実質的な生活水準は必ずしも世界有数の豊かさとはいえない,というギャップをもたらしている大きな原因は,内外価格差の存在である。

この点をみるために,仮に日本の物価がアメリカ並みの水準であったら,消費者の厚生はどの程度高まるかを考えてみよう。ここでは「補償変分」の考え方でこれをとらえてみる( 付注4-3 参照)。つまり,内外価格差が解消して日本の物価が低下すると仮定すると,その前の状態よりも消費者の効用は高まる。この効用を相殺するためには,どの程度消費水準が低下する必要があるのかを示すのが「補償変分」である。ここで行った試算によると,アメリカ並みの物価となった場合の補償変分の大きさは,現在の消費水準の約2割となる。

内外価格差を総合的に示す指標として,GDPに関する購買力平価(OECD試算)の動きをみると,80年に261円(1ドル当たり),85年に220円の後,92年には190円となり,円の購買力がやや高まっている。しかし,為替市場における92年の円レートは127円であるから,こうした購買力平価自体はある程度幅をもってみる必要はあるが,依然として大きな内外価格差が存在していることになる。民間最終消費支出に関係する費目では,光熱費,住宅,建築,家賃,通信といった非貿易財や食料品,衣服について日本の方が相対的に割高となっている。

こうした内外価格差は,第3章でみたような円高が生ずるなかで,さらに拡大するものと考えられる。円高は,その分海外の円換算価格を低下させる一方,仮に100%円高差益が物価面に還元されたとしても,円高と同じ割合だけ国内の物価が低下することはありえないからである(例えば,円高が生じても賃金コストは低下しないから,サービス価格はほとんど動かない)。

このような情況の下で,内外価格差の是正はますます重要な課題となるものと考えられるが,そのためには,規制緩和,競争条件の整備などを推進することが重要である。こうした条件が整備されれば,貿易の対象となる財・サービスについては,裁定関係が働くことによって,いずれは内外価格差は縮小に向かうはずだからである。また,貿易の対象とならない非製造業部門については,海外価格との裁定関係が働きにくいだけに,生産性向上を促進していくことが重要である。

2 家計行動にみられる新しい動き

以上のように,生活の質的充実が求められるなかで,家計の行動にもいくつかの新しい動きが現れている。ここではまず,長期的にみてこれまでの家計の選択行動がどのようなものだったかをみた後,バブル崩壊後の消費行動にみられる新しい動きのなかから,いくつかの代表的な例をみよう。

(変化する消費と住宅投資の配分)

家計の行動は,様々な角度からみることができるが,ここでは「消費か住宅かという支出面の選択行動」「現在を重視するか,将来を重視するかという時間選好」という二つの面から考えてみる。

まず,戦後の経済成長過程において,家計が,消費と住宅投資という二つの分野に相対的にどの程度重点を置いてきたかをみよう。 第4-3-2図 は,縦軸に1世帯当たりの実質住宅投資額,横軸に1世帯当たりの実質消費支出額をとり,年々の組合せをプロットしたものである。これによれば,戦後の動きは二つの時期に分けることが出来る。

第一の時期は,70年代前半までの高度成長期である。この時期には,消費と住宅投資が共に拡大しており,所得が大幅に増加を続けるなかで,消費水準を高めるのと同時に,量的にも不足していた住宅を充実させるため,住宅投資が拡大したことが示されている。

第二の時期は,70年代後半以降,現在に至るまでの時期である。この時期になると,消費は依然として拡大を続ける一方,住宅投資には循環的な変動が生ずるようになっている。これは,住宅ストックが量的には充足され,住宅投資が一本調子の拡大局面を終え,景気,金利,地価の動きなどに左右されるようになったためである。住宅ストックが日本より充実しているアメリカでは,こうした変動が早くからみられる。

(安定成長期以降上昇する時間選好率)

次に,消費者自身の長期的な選好のなかから,時間選好率について考えてみる。

時間選好率をみると,現在の消費が将来の消費に比べてどれだけ家計の満足度を高めるうえで重要かを知ることができる。時間選好率が高いということは,将来の消費より現在の消費を重要視する度合いが高いということだから,時間選好率が高い(低い)ほど貯蓄率が低下(上昇)することになる。

時間選好率は所得水準に応じて変化するという仮定に基づいて,高度成長期以降の家計消費を所得要因と利子率で説明する関数を推計し,その結果から時間選好率を計測してみると,71~72年頃を境に,それまで一貫して低下してきた時間選好率が上昇し,現在に至っている( 第4-3-3図 ,推計方法は 付注4-4 参照)。これをそのまま解釈すると,高度成長期には,所得が上昇を続けるなかで将来の消費をより重視する姿勢がみられたが,70年代後半の安定成長期以降は,現在の消費の方をより重視するようになってきている。

このような時間選好率の上昇は,近年の家計消費行動にも影響を及ぼしている。日本の消費者信用残高の家計可処分所得に占める比率は,91年末で23.0%に達し,アメリカ(91年末で18.8%,利払いが所得控除の対象となるホームエクイティローンへ消費者信用が一部シフトしており,このところこの比率がやや低くなるという影響がみられる。)を上回っている。消費者金融残高の可処分所得比も,75年末の3.6%から,91年末には17.7%まで上昇している。クレジットカード発行枚数も2億300万枚(92年3月末)に達しており,成人一人当たりの平均所有枚数は2.2枚となっている。こうしたことは,家計が将来よりも現在の消費から得られる満足度を重視していることを示している。

(バブル期の消費)

次に,バブル崩壊後生じている家計行動についてみることとするが,はじめにバブル期の消費について振り返っておこう。

バブルの過程では,企業のみならず家計にも巨額のキャピタルゲインが発生したこともあって,従来みられなかったような高額品の購入や贅沢なサービス消費が幅広く行われた。

87年以降,個人消費は拡大を続けたが,この間の特徴として,「消費の高級化」を指摘できる。耐久消費財では,乗用車や家電製品の大型化,高級化が進んだ。ここでは,その典型的な例としてカラーテレビをみよう。 第4-3-4図 は,カラーテレビの型別構成比の推移をみたものである。80年代後半に急速に大型化が進行した後,最近ではやや逆戻りしていることが分かる。この他にも,宝石・貴金属,高級絵画,美術工芸品,高級ブランドの衣料品・アクセサリーの売上げが大幅に増加するなど,様々な形での高級化現象がみられた。こうした行動の背景には,バブルに伴う消費マインドの高まりがあったものと考えられる。

「貯蓄と消費に関する世論調査」(貯蓄広報中央委員会,92年)によれば,バブル期を振り返って,「知らず知らずのうちに必需的でないサービス消費がかさんだ」とする答えが34.1%に達している。しかし,バブルの崩壊によって,「消費の高級化傾向のもと,以前は背伸びして高額商品を購入したこともあったが,バブル崩壊を目のあたりにして,最近は身の丈にあった消費を心掛けている」とする答えが13.4%に上っており,消費スタイルに変化が生じている。

こうしたバブル期以後の消費者行動の変化が具体的に現れている分野を以下にいくつか紹介しよう。

(流通業界の構造的変化)

バブル崩壊後の消費行動の変化は,流通業界で進行しつつある構造的な変化に見てとれる。

まず百貨店の販売額をみると,バブルの生成と崩壊の過程で極めて大きな変動を示している。バブルの時期には,家計の高級品指向,活発な法人需要に支えられて,百貨店販売額(通産省調べ,店舗調整済)は88年から90年まで年平均8%程度の大幅増を続けていたが,バブルの崩壊後は一転して不振となっており,92年の百貨店販売額は前年比3.0%減と,史上初の前年比減少となった。

こうした百貨店の販売額の低下は,法人需要の落ち込みを除けば,次のような要因が複合したためであると考えられる。

第一は,景気循環的な理由である。今回の景気後退局面では,従来以上に消費が低い伸びとなっている。消費が落ち込むとき,その対象となるのは,必需的消費ではなく選択的消費である。百貨店の販売は主に選択的消費に対応しているものと考えられるから,景気後退によって消費が低い伸びとなるとき,百貨店がその落ち込みを集中的に担うことになるのはある程度は当然といえる。

第二は,バブル崩壊の影響である。第1章でもみたように,百貨店の高額商品が特に大きな落ち込みを示しているのは,それに先立つバブル期に,これらの売上が百貨店販売額を高めた反動である。

一方で,消費者の価格指向が強まるなかで,近年では家電製品,家庭雑貨,紳士服などを扱うロードサイド型専門店が急成長している。ロードサイド型専門店の特徴は,店舗建設に要するコストが低いため,投資コストの回収が相対的に短期間で可能であること,大規模な仕入れによって仕入れコストの削減を図っていることなどが挙げられる。また,コンビニエンスストアやディスカウントストアなどの新しい小売業態が,既存店舗が対応できなかった消費者のニーズを汲み上げつつ成長している。

(価格と質に敏感な消費者)

バブルの崩壊後,家計の意識にも変化がみられる。最も顕著なのが,家計の消費態度が堅実化し,価格にも敏感に反応するようになったことである。こうしたなかで,高級品や高額品から「安くて良いモノ」へという需要のシフトがみられる。こうした消費者意識の変化が,前述のような流通面での変化の背景となっている。

消費者の価格指向の強まりが,いくつかの商品についてディスカウントストアの人気の高まりを引き起こしていることは,経済企画庁「店舗形態別購買行動等調査」(92年12月調査)によっても明らかである。この調査は,一般小売店,スーパー,百貨店,ディスカウントストア等の店舗形態別に,消費者がどのような財を,どのような理由で購入しているかをみたものである( 第4-3-5表 )。消費者が特定の財購入をどの店舗で行うかは,財の質,価格,店舗の利用可能性や近接度,品揃え度合い,アフターサービス,店舗に対する信頼感等種々の要因に依存している。これによれば,背広については依然デパートで購入したいと回答した人の比率が高く,その理由は品揃えの豊富さ,品質の良さとなっている。一方,テレビは,ディスカウントストアの人気が上昇しており,その理由としては値段の安さ,品揃えの豊富さとなっている。このようにバブルの崩壊後,消費者は価格,品質,品揃えなどを選択の重要な基準とし,商品を判断する目が厳しくなっているといえる。

(環境に配慮した消費生活)

また,最近の家計消費は,商品自体の効用ばかりでなく,その商品が持つ社会的観点からの価値をも考慮して選択を行うようになっている。リサイクル型の商品,環境に優しい商品を選択しようとする姿勢などがそれである。 家計の消費生活は直接に環境に影響を与えている。直接的な影響を与えるものとしては,台所,ふろ,洗濯から生じる生活排水,自家用車の使用による窒素酸化物や二酸化炭素,さらにごみなどが挙げられる。東京都の一般世帯は一人年間あたり187kg(92年)ものごみを出している(81年に比べると14%増)。そのうち21%が,ガラス陶器等の不燃物やプラスチック等の焼却不燃物である。このような大量のごみ処理は大きな問題となっている。さらに,こうした直接的な影響のみならず,家計が購入する製品の生産,流通の各段階においても水質・大気への影響が生じ,また廃棄物が発生している。

こうしたなかで消費者の環境に対する意識は急速に高まっている。特に,生活排水やごみという生活に密着した問題や地球の温暖化やオゾン層の破壊という地球環境問題への関心が高まっている。「環境保全に関する世論調査」(総理府,93年2月調査)によると,「てんぷら油や食べかすを排水口から流さない」,「古紙,牛乳パック,空き缶などのリサイクル,分別収拾に協力する」という回答が過半数に達している他,ごみを出さない努力,省エネ型製品の使用,使い捨て型商品をなるべく買わない,再生紙など環境にやさしい商品を買うという回答が多くみられる( 第4-3-6図 )。このような動きは,消費生活のあり方を家計自らが見直すことにより,環境に対する直接的及び間接的影響を減らしていこうとする姿勢の現われである。

さらに,リサイクル活動への取り組みも積極化している。経済企画庁「リサイクル団体の活動実態調査」(93年5月公表)によると,リサイクル活動を行っている団体の8割弱は,子供会,PTA,町内会等の地域団体が占めており,古紙,空きびん,空き缶,古布を回収している他,最近では牛乳紙パックの回収が増加している。多くの団体は過剰包装の見直し,ごみの分別回収の徹底,デポジット制度による空き缶等の回収,再生商品の生産・購入の促進を今後の課題として挙げており,環境に調和した簡素なライフスタイルに向けた動きが草の根レベルでも進んでいる。

(消費飽和論を超えて)

今回の景気後退局面では,家計の耐久消費財支出の落ち込みがみられた。こうしたなかで,「すでに主な耐久消費財の普及率は高水準に達しており,これ以上買いたい耐久消費財はない。それが耐久消費財が低迷している原因ではないか」という消費飽和論も聞かれるようになった。こうした消費飽和論は,消費が停滞するたびに,過去においてもしばしば唱えられてきた。

ここでは,家計の主要耐久財保有台数をみることによって飽和論を考えてみよう。

経済企画庁「消費動向調査」により,93年3月時点における主要耐久消費財の普及率(100世帯当たり保有している世帯の割合)をみると,乗用車80.0%,エアコン72.3%,冷蔵庫98.0%,VTR75.1%,カラーテレビ99.1%,電子レンジ81.3%,洗濯機99.2%,そして掃除機98.4%となっており,冷蔵庫,カラーテレビ,洗濯機はほぼ全世帯に行きわたっている。しかし,財によっては複数保有化が進んでおり,100世帯あたりの保有台数は乗用車116.2台,エアコン147.5台,カラーテレビ208.8台等となっている。

このような保有台数の推移を家計一世体当たりの実質可処分所得の動向と比較してみると,基本的には各財とも,所得の増加に対応して保有台数が増加するという関係が続いている( 第4-3-7図 )。また,第1章でみたように,耐久消費財は更新需要に応じてリサイクル的な動きを示し,企業の新製品開発努力もあって,更新のたびにより質の高い製品を購入するという動きが繰り返されている。したがって,普及率が横ばいになることが必ずしも耐久消費財需要を鈍化させる要因にはならないことになる。魅力ある新商品の開発が耐久消費財の回復を促すことは事実であろうが,こうした点からみても,消費飽和論はかなり誇張されたものであることがわかる。

(慎重化した資産選択)

バブルの崩壊後,所得リスクが高まるなかで,家計はかなり慎重な資産選択を行うようになってきている。

家計の行動影響を与える重要な要素のひとつとして,家計が将来所得の動向にどのような期待を持っているかということがある。ここでは,「消費動向調査」のデータを用いて,家計の実質所得成長率に関する予測値の分散を計測し,これを家計が認識している所得リスクを代表すると考える(計測方法は 付注1-1 参照)。そして,この所得リスクが家計の金融資産選択行動に与えた影響を調べる( 第4-3-8図 )。

家計は最適な金融資産の組合せを選択する場合,各金融資産の期待収益率,予想リスク等を考慮し,自らのリスク許容度に応じて投資を決定する。リスクの高い金融資産を選択する場合には大きなリスク許容度が必要となる。ここで計測した所得リスクは家計のリスク許容度に大きな影響を与えているはずである(所得リスクが高まれば,リスクの許容度は小さくなる)。そこで,定期性預金,債券,株式の金融資産への投資が金融資産純増加額に占める割合を所得リスクと金利で説明する推定式を作ったのが 第4-3-9表 である。これによれば,所得リスクの高まりは,リスクの小さい定期性預金の投資ウエイトを高め,リスクの大きい有価証券のウエイトを低下させる。つまり,所得リスクが高まると家計は流動性の高い資産への選好を強め,リスクの高い資産運用に慎重になることが分かる。そこで,実質所得リスクの動きをみると,89年以降急上昇しており,92年においても高い水準で推移している。このような所得リスクの上昇は,近年における景気後退の長期化,バブル崩壊などによるところが大きいと考えられる。これは逆に,景気が回復し,バブル崩壊の影響が一巡していけば,資産選択行動にも積極化の動きが現れてくることを示すと考えられる。

3 豊かな住宅資産形成を目指して

バブル期における地価の高騰は,土地を持つ者と持たざる者の資産格差を大きくするととともに,住宅所得価格を急騰させ,豊かな居住水準の実現を阻害した。今後,バブル崩壊後の地価の下落という環境変化を生かして,良質な住宅資産を形成していくことは,質の高い国民生活を実現させていくという観点からも,持続的な内需の拡大を実現させるという観点からも重要な課題となっている。そこで,ここでは住宅資産をめぐる状況を考えてみよう。

(充足が後れる住宅資産)

戦後の住宅資産の形成は,量的な充実期と質的な充実期に分けることが出来る。

70年代前半にかけては住宅の絶対的不足を解消する量的な充実期であった。この間,住宅建設戸数が一貫して増加を続けた結果,68年には総計ベースで住宅数が世帯数を上回り,73年にはすべての都道府県で住宅数が世帯数を上回り,量的充足の時期が終わった。

その後は,質的充足期に入っている。しかし日本の住宅の質的レベルは,国際的にも立ち後れている。新設住宅の戸当たり床面積をみると,日本85.8m2(92年,持家は137.4m2),ドイツ102m2(89年,旧西ドイツ,以下同じ),スウェーデン92m2(89年),アメリカ167m2(90年,ただし戸建てのみ)であり,日本がかなり狭い。

次に,89年における一世帯当たりの住宅資産をみると,為替レートで換算した場合,日本の住宅資産はアメリカの73%,ドイツの61%であり,購買力平価で換算するとアメリカの51%,ドイツの47%にとどまっている。

ただし,フローの住宅建設という面では,日本の住宅建設のレベルは極めて高い。新設住宅着工戸数についてみると,統計上の違いにより単純に比較できないが,諸外国に比べると極めて高い水準にある( 第4-3-10図 )。同様のことは,,人口千人当たりの着工戸数でみても確認できる。このように着工戸数では世界有数であるのに,ストックとしては先進国の水準に後れているのはなぜだろうか。この背景には,社会的要因を含めさまざまな要因があると考えられるが,ここではそのうちの住宅についての建て替え要因について考えてみよう。日本の住宅は,30年から40年で更新される。このため,新設住宅に占める建て替えの比率が高くなり(新設住宅着工戸数のうち5割程度が建て替え),着工戸数が高水準である割りには住宅ストックが増えないのである。これを建設時期別の住宅ストック数でみると,日本では71年以降に建築されたものが6割に達しているのに対し,アメリカではこの割合が4割程度,ドイツでは3割程度,フランスでも3割程度となっている。

(高騰した住宅価格の影響)

こうしてただでさえ立ち後れている住宅資産の形成を大きく阻害することになったのが,80年代後半以降の地価の高騰である。

勤労者にとっての住宅所得の難易度を示す指標として,住宅価格の年収倍率(年収は総務庁「貯蓄動向調査」による京浜地区勤労者世帯の平均,住宅価格は70m2換算の首都圏新規発売マンション価格)をみると,86年には4.5倍であったのが,90年には8.5倍にまで高まった( 第4-3-11図 )。これはいうまでもなく,地価の高騰を受けて首都圏マンション価格が80年代後半に急上昇したためである(87年~90年までは年平均21.8%の上昇,勤労者世帯の平均年収は年平均3.7%の上昇)。その後,バブルの崩壊により,91年度から地価の下落が始まり,マンション価格も低下に転じたことから,この年収倍率も92年には6.4倍まで低下した。しかし,経済計画「生活大国5か年計画」が掲げる年収5倍程度という目安との間には差が残っている。

次に,こうした住宅価格の高騰が,家計の資金調達に与えた影響をみよう。建設省「民間住宅建設資金実体調査」によると,持家の土地を含めた住宅建設費が年々上昇するなかで,建設費に占める自己資金比率が高まり(70年代後半36.3%→90~91年平均44.6%),借入金比率が低下している(同63.7%→同55.4%)。これはやや逆説的ではあるが,不動産の売却等により自己資金を豊富に持っている層や,すでに土地を保有していた層の人々でないと住宅を建てられないようになったということを示しているとも考えられる。持家建設主の土地所得時期をみると,とりわけ大都市においては80年代以降,「当年の所得者」や「1~3年前の所得者」の割合が低下する一方,7年以上前から土地を有している者の割合が増加を続けているが,これも上記のような事態が進行していたことを示している( 第4-3-12図 )。

(重要な役割を果たす公的融資)

こうしたなかで,住宅資産の形成に重要な役割を果たしているのが,住宅金融公庫,財形持家融資等の公的融資である。以下では,住宅金融公庫についてみてみよう。

住宅金融公庫は,民間金融機関では供給できない長期かつ低利の住宅資金を安定的に供給している。92年度の公庫融資住宅は,新設住宅着工総戸数の33.3%,個人持家建設の53.9%を占めている。また,92年度末の総貸付残高は48.5兆円となっており,民間金融機関の住宅融資残高の約5割に相当する。93年度貸付計画では,個人住宅建設に26万戸,共同住宅建設(高層住宅)に1万戸,賃貸住宅建設に4万戸となっている。

公庫は民間金融機関よりも有利な条件で住宅資金を提供している。93年6月1日では都市銀行変動型住宅ローン金利4.90%に対し,公庫貸付金利4.5%(政令金利口)である。

また,融資の対象となる住宅の質を高める方向に誘導すべく,融資条件が設定されてきている。この点を,個人住宅建設についてみよう。50年度の融資対象住宅は30m2~100m2であったが,その後融資条件が改定され,88年度には70m2~220m2に,92年度8月には70m2~240m2に引き上げられ今日に至っている。建築着工統計における一戸当たり床面積をみると,公庫融資持家は着実に広くなってきている( 第4-3-13図 )また,このような融資条件の拡大に応じて広い住宅に対する融資申請は増加しており,質向上を図る住宅建設者のニーズに即している。

公庫は予算制約に直面する住宅所得世帯の住宅所得能力の向上に貢献してきた。このような役割を果たすために,財投機関である住宅金融公庫は財投金利で原資を調達し,多くの融資を財投金利以下で行い,その差分については一般会計から利子補給が必要となっている。利子補給の額は93年度予算において4,045億円となっている。

家計の住宅の質の向上に対する希望が高まるなかで,住宅金融公庫,財形持家融資等の公的融資は重要な役割を今後とも果たしていくことが期待されている。

(国際的にみて狭い貸家)

日本の住宅ストックの質をみて特徴的なことは,特に貸家の質が悪いことである。持家の一戸当たり床面積をみると,日本が116.8m2(88年)であり,アメリカ164.1m2(89年,共同建て,長屋建ては含まない)よりは狭いが,ドイツの113m2(87年),フランス96.1m2(84年)を上回っている。しかし,貸家については相当な差があり,二年の44.3m2に対して,アメリカ118.2m2(89年),ドイツ69m2(87年),フランス67.6m2(84年)となっている。特に日本では家族向けの優良賃貸住宅が少ない。「建築着工統計」(92年度)によると,貸家建設において全国平均の一戸あたり床面積は48.7m2であるが,50m2以下の個数の構成比が56.3%,51~70m2が27.2%,71m2以上が16.5%となっており,家族向けの賃貸住宅のウエイトは低いものにとどまっている。

(持家が有利だった住宅市場)

ではなぜ,日本では優良な貸家が十分に供給されないのだろうか。

その一つの理由として,借地借家法が借家人の権利を保護してきた結果,建築主が長期賃貸となるケースが多い家族向けの貸家建設に消極的だったことが挙げられる。そのため,貸家建設は賃貸期間の短い学生や単身者向けの小さな物件がほとんどを占め,貸家建設が渋滞資産の充実にはなかなか結びつかなかったのである。

このほかにも,貸家市場が十分に育たなかった理由はあると考えられる。ここでは,そのうちの需要側要因の一つとして,資産形成という観点からみた分析を行ってみよう。

持家の資産としての有利性をみるために,アメリカ,イギリスと比較しながら持家の収益率を計測してみる。ここでいう持家の収益率とは,持家についての帰属家賃を年々の収益とし,この帰属家賃を持家資産で除し,それに持家資産の価格上昇率を加えたものを考えている( 付注4-5 参照)。なお,本来は資産に関する税制の影響や住宅を取得する場合の借入等を考慮すべきであるが,ここでは煩雑化を避けるためその影響は取り上げていない。

国別の計算結果をみると,住宅価格変動の影響を受けて収益率は変動しているが,80年代以降の平均をみると日本11.3%,アメリカ9.2%,イギリス9.7%とそれほど大きな差はない( 第4-3-14図 )。しかし,家計の資産選択としては,重要なのは絶対的な収益率ではなく,それが金融資産の収益率と比べた相対的な有利性である。そこで,住宅資産の収益率と長期国債利回りの差を持家資産の超過収益率とみなし,各国の比較を行うと,日本4.8%,アメリカマイナス1.1%,イギリスマイナス1.4%となり,日本の持家は他の国々に比べて超過収益率が高かったことが分かる。

この超過収益率は,家計が持家に住むか,借家に住むかを選択する際の指標となると考えられる。今,家計が一定の住宅サービスを受け取るために,持家か借家かの住居形態を選択し,より有利な方を選ぶと考え,住宅サービスの対価は持家でも,借家でも同じであり,それは帰属家賃に等しいと仮定する。この場合,持家に住む場合のメリットは,帰属家賃支払いの節約分と住宅価格上昇分の合計である。借家を選択する場合のメリットは,住宅取得を行わなかったために手元に存在する余裕資金から生まれる収益(ここでは長期国債の利子)である。したがって,持家を選択することによる借家に対する相対的メリットの大きさは,やはり先程の超過収益率で表されることになる。

もとより,制度的な枠組み等は各国一律ではないので,単純な比較はできないが,資産選択の面からみる限り,日本においてはアメリカやイギリスに比べ,持家指向が強く働いていた可能性があり,その結果として,貸家市場が十分に整備されなかったという一面もあったものと考えられる。

(住宅政策の充実に向けて)

住宅資産の充実のためには,既存のストックの有効利用を一層進めるとともに,フローとして建設される住宅の質向上を図っていくことが重要である。また,ライフスタイルの多様化,高齢化等の流れのなかで家計の住宅サービスに対するニーズは幅広くなっており,生活設計に応じた住み替えが可能となるように,住宅市場が厚みを増していくことが望まれる。

住宅市場が厚みを増し,有効利用が促進されるよう,既に政策的な対応が進められている。生産緑地法の改正に伴い都市計画上宅地化されるべき農地は,三大都市圏の市街化区域内農地の約7割(3万ヘクタール)に上り,今後とも賃貸住宅の供給に寄与していくことが期待されている。また,92年8月から改正借地借家法が施行され,これにより,期限を限った借地や借家が可能となり,貸手が土地の有効利用を図れるような条件が警備された。また,土地政策との整合性を図りつつ,住み替えによる居住水準の向上を図る等のため,93年度から2年間の時限措置として特定の居住用財産の買替え特例が創設されている。地下の一層の安定に努めつつ,豊かさを実現するための住宅政策の充実が期待されている。