平成4年

年次経済報告

調整をこえて新たな展開をめざす日本経済

平成4年7月28日

経済企画庁


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第2章 日本の景気循環の要因と今次循環の特徴

第6節 今次調整局面の特徴点と過去との比較

これまで各種経済指標を景気循環との関連で時系列的に分析してきたが,実際には様々な要因が重なりあって,景気循環はその時々で違った顔を見せている。ここでは,今次景気後退局面の特徴や今後の景気回復経路に関連して幾つかのテーマを選び,それぞれ過去の各局面でどのような違いがみられ,その違いがどういった諸条件を反映したものなのか検討することとしたい。

今次調整局面を性格付けるのは,これまでのところ,①大型景気後の調整局面であること,②資産価格大幅下落の影響を受けていること,③スタグフレーションではないこと,といった点であろう。これらは,いずれも直前の景気拡大期の状況を受けて生じた特徴である。以下,順にそれぞれ過去の似た局面ないしは対照的な局面と対比させることで,これらの特徴を掘り下げて分析してみよう。

1. 大型景気後の調整局面

投資ブームを伴った長期にわたる景気拡大の後では,資本ストックの累増が大きな調整圧力をもたらし,その後の設備投資に強いブレーキがかかるとか,長期拡大の下での積極的な業容拡大が企業の高コスト体質化をもたらし,その後の成長鈍化が大幅な減益につながるといったような現象が起こることが考えられる。以下,これらの点につき,過去の大型景気である岩戸景気(58年7月~61年12月,42カ月),いざなぎ景気(65年11月~70年7月,57カ月)の後の状況を振り返ってみよう。

(設備投資に対するストック調整圧力の増大)

まず,大型景気後の設備ストック調整圧力の増大という点についてみてみよう。設備投資の対GNP比率をみると,87年から90年にかけて大幅に上昇しているが,こうした動きは岩戸,いざなぎ景気と共通のものである(前掲 第2-2-1図 )。また,資本ストックの伸びをみても,岩戸,いざなぎ景気時には極めて高い伸びを示しているが,最近も安定成長期入り後最も高いところまで伸びを高めている( 第2-6-1図 )。このように,現在の設備ストック調整圧力は,岩戸,いざなぎ景気以来のものと考えられるが,その後のストック調整のテンポにつき過去2回の経験を振り返ると,その時々の諸条件の動きを反映して両者に違いがみられる。設備投資の対GNP比率の動きをみると,いざなぎ景気後は,70年第2四半期をピークに72年第3四半期にかけて2.4%ポイントの低下をみている。これに対し,岩戸景気後は,61年第4四半期をピークに62年第4四半期まで0.9%ポイント低下した後いったん反転し,本格的な低下をみたのは65年に入ってからである(ボトム65年第4四半期,累積低下幅1.9%)。いざなぎ景気後は急速で短期間の調整,岩戸景気後は緩やかで長期間の調整と性格付けることができよう。

第2-6-2図 でいざなぎ景気後の設備投資の動きをみると,70年第2四半期から急速に伸びを鈍化させ,71年第1四半期から72年第3四半期に至るまで前年比マイナスを続けている。これを製造業・非製造業別にみると,まず,製造業では,生産の減少テンポ,資本ストックの伸びともに岩戸景気後よりややマイルドであったにもかかわらず,設備投資の減少は期間・幅ともに幾分上回っている。この点につき背景を探ってみると,第一に,賃金コストの高騰等を反映して収益の悪化度合いが大きく,これが設備投資に強いブレーキをかけたと考えられる。第二に,在庫調整がほぼ完了した71年8月に円切上げを含む国際通貨情勢の急変(いわゆるニクソンショック)が起こり,これが製造業の設備投資の足を一段と引っ張ることになった。いざなぎ景気中の設備投資は,化学,鉄鋼,自動車といった業種を中心に,輸出に誘発されたスケールメリット追求型の投資が主体であっただけに,円切上げは企業の適正設備ストック水準の低下を通じて一段のストック調整圧力をもたらした。第三に,公害問題の深刻化に対して70年には公害対策関係法が制定され,これが製造業を中心に投資環境を悪化させたことも少なからず影響したものとみられる。72年中,景気回復の主役が従来と違って個人消費,公共投資となり,製造業の設備投資が引き続き調整過程にあったのは,このような要因によるものと考えられる。また,非製造業についても,その落ち方は製造業に比べ小さいとはいえ,岩戸景気後との比較では顕著な低下をみている。これは,需要面で非製造業に関係の深い個人消費の伸びが景気後退とともに大きく落ち込んだことが要因と考えられる。なお,72年入り後は製造業とは対照的に景気回復とともに非製造業の設備投資は増勢に転じている。

これに対し,岩戸景気後の設備投資の落ち方が比較的小さかったことの背景としては,以下の点を指摘できる。第一には,企業収益の悪化度合いが,いざなぎ景気後に比べれば軽度であったことである。第二は,岩戸景気の末期には,製造業を中心に長期計画に基づくコンビナートや新工場の建設等継続案件が積み上がっていたことである。岩戸景気においては,石油精製,石油化学,合繊,自動車,電子といった業種を中心に,欧米からの積極的な技術導入を背景とした大規模プロジェクトが盛んであった。 第2-6-3図 をみると,当時建設仮勘定が極めて高水準にあり,未完成の工事が積み上がっていたことがうかがわれるが,これが景気後退局面入り後も設備投資を継続させる大きな要因となった。第三は,個人消費,公共投資を中心に最終需要の落ち込みが小さく,また,力強さに欠けるとはいえ早期に回復に転じたことである。この結果,繊維,食品,百貨店等の消費関連部門やセメント,建設,運輸通信等の公共投資関連部門では,設備投資の落ち込みは小幅で,かつ回復も早く,これが全体の設備投資の下支えに寄与した。第四に,貿易の自由化を控えて国際競争に耐えうる生産体制の確立が急務であったこと,企業間競争が激化してシェア拡大意識が強まりつつあったこと等から,企業の投資マインドが極めて旺盛であったことも見逃せない要因であった。

このように岩戸景気の直後は,設備ストック調整は緩やかであり,後述のとおり企業経営への影響もさして表面化しないまま次の景気回復局面を迎え,引き続き強気の投資マインドのもとで再び設備投資は高い伸びを示し,設備投資の対GNP比率は64年まで高水準を持続した。この時期には特に,従来低賃金で労働力を確保しえていた中小企業が,労働需給の構造的逼迫化のもとで大幅な賃金コストの上昇に直面し(いわゆる二重構造の解消過程),収益が低調を続けるなかで極めて積極的な合理化・省力化投資を行ったことが特徴であった( 第2-6-4図 )。しかしながら,こうした積極的な設備投資は,次項に述べるように様々な経路で企業収益を圧迫することとなり,やがては65年不況(昭和40年不況)において一層の設備投資の減少をもたらす結果となった。

これまで過去2回の大型景気後における設備投資の動向をみてきたが,これらとの対比では,今後の動きについて以下のような点が指摘できよう。まず,今回については中期的な期待成長率に大きな変化が見られないこと,更新投資の比率が高まっていること等を勘案すると,いざなぎ景気後のような急速な設備投資の調整が生じる可能性は低いと考えられる。一方,景気が回復に転じた後,岩戸景気後のような財務体質悪化の中での急速な設備投資の増加といった状況も想定し難く,更に資本係数が70年代以降非製造業を中心に上昇傾向を続けていることを考え合わせると,調整の先送りによる反動といった65年不況時のような状況が生じる危険性も小さいと見做してよいものと考えられる。

(企業の高コスト体質化)

次に企業収益面に目を向け,長期拡大の下での積極的な業容拡大が企業の高コスト体質をもたらし,その後の成長鈍化が大幅な減益につながるといった点につき,日本銀行・主要企業経営分析を用いて大企業・製造業をベースに検証してみよう。 第2-6-5図 は,製品価格変動率調整後の固定費(固定費を製造業産出物価指数でデフレート)の伸び率をみたものである。最近の動きをみると,今次景気拡大が長期化するにつれ上昇テンポを速め,91年度には安定成長期入り後最も高い伸びとなっている。なお,今次拡大局面では,従来人件費に含まれていたものの一部が外注加工費,荷造運搬費といった形で外部化されていること,減価償却費についても趨勢的にリースの利用が増えていること(外注加工費,荷造運搬費,リース料は変動費に計上)を勘案すると従来のベースでみた固定費の伸びはこれを更に上回っているものとみられる。

過去の動きをみると,固定費の伸び率は,景気拡大期に高まり,後退期には低下するパターンを描いている。岩戸,いざなぎ景気時にはやはり年々増加テンポを強めているが,その後の後退局面における動きをみると,岩戸景気後の62年には急速に固定費の伸びが鈍化しているのに対し,いざなぎ景気後の70~71年には低下テンポが極めて鈍く,こうした固定費負担の増加が収益圧迫要因になっていたと考えられる。 第2-6-6図 は,前年の経常利益を維持するために必要な売上数量の伸びを実際の売上数量の伸びと対比させたものである。これによれば,岩戸景気後には,実際の売上数量の伸びが大幅に低下したにもかかわらず,固定費の伸び率鈍化を主因に要売上数量の伸びもかなり低下したことから,経常利益の減少幅は相対的に小幅に止まった。これに対し,いざなぎ景気後には,実際の売上数量の伸びが鈍化するなかで,固定費の増勢に歯止めがかからなかったことから要売上数量の伸びは高止まりし,これが大幅減益につながっている姿がみてとれる。

両局面における固定費の内訳をみると,いざなぎ景気後には,減価償却費がそれまでの活発な設備投資の影響から増勢テンポに衰えがみられないうえ,人件費も労働力需給逼迫のもと高い賃金上昇率が続いたことから引き続き高い増加寄与を示し,金融費用も金利上昇や固定資産増加に伴う借入比率の上昇からむしろ増勢を強める等,それまでの長期拡大の下での積極的な業容拡大が企業の高コスト体質化をもたらしていることがわかる。一方,岩戸景気後には,金融費用が借入依存度の上昇持続から引き続き大幅な増加寄与を示したものの,人件費,減価償却費の増加テンポが大幅に鈍化したため,62年の固定費の伸びはかなりの低下をみた。これは,人件費については,徐々に賃金が下方硬直的な動きを示しつつあったとはいえ,それ以後との比較ではまだかなり伸縮的であり,景気後退とともに大きく伸びを低下させたためである。また,減価償却費については,61年度の大幅上昇は税法改正による一時的要因があったこと,岩戸景気の最中には財務健全性の観点から税法上の範囲以上に有税で減価償却が行われていたこと等から,急速な資本ストックの増大にもかかわらず経理上はある程度圧縮可能という事情によるものであった。

このように岩戸景気の直後には,大型景気中の業容拡大の影響がさして現れることなく次のオリンピック景気を迎えたが,そのツケはより深刻な形で続く65年不況に表面化することとなった。すなわち,高成長を前提とした企業行動パターンは岩戸景気終了後も続き,企業の設備投資意欲は依然旺盛であった。このことは,資本コストの増大を招いたのに加え,生産能力の急激な増加により販売力強化の必要性を高め,既存販売店の系列化や独自の販売網構築の活発化から販売管理費,投融資の増加をもたらした。また,稼働率の大幅低下を避けるインセンティブが強く働くために生産調整が遅れがちとなり,製品市況の下落を招きやすくなった。更に,無理な販売促進による販売代金回収の遅れが,資金繰り悪化や金融費用増大につながった。この結果,総資本回転率は65年まで低下傾向を辿るとともに,借入依存度も引き続き上昇し支払利息負担の累増をもたらした( 第2-6-7図 )。更に,高度成長の過程で労働力需給が基調的に逼迫化してきたことから,64~65年には賃金の下方硬直性が強まったことも固定費圧力の増大につながった。こうしたことから,オリンピック景気入り後も収益の回復歩調は鈍く,負債が引き続き増加するなかで内部留保の蓄積が遅れたために財務体質の悪化を招き,その後の65年不況時の大幅減益・倒産多発の一因となった。65年不況において,マクロ経済指標の悪化度合いが比較的軽度であるにもかかわらず収益,倒産といった企業関連指標が大幅に悪化したのには,以上みたとおり,岩戸景気以来の積極的な業容拡大に伴う企業の高コスト体質化が少なからず影響していたといえよう。

それではここで最近の固定費の動きについてみてみよう。まず,減価償却費については,活発な設備投資を背景にここ数年増加寄与を高めてきたが,寄与度自体は80年代前半と比べるとさして高いわけではない。人件費については,これまでの景気拡大期間中,雇用者数が高い伸びを続けたものの,賃金の上昇率が労働力需給の引締まりにもかかわらず落ち着いていたことから,その上昇テンポは岩戸,いざなぎ景気時に比べるとマイルドなものに止まっていた。しかしながら,91年度については,生産活動の停滞にもかかわらず,雇用者数の高い伸びが続いており,賃金もさほど伸びが鈍化していないことから人件費の上昇テンポは衰えていない。また,金融費用についても,89年度まで超低コストのエクイティファイナンスの効果もあってマイナスの寄与を続けてきたが,その後金利上昇と株価下落を背景に増加に転じている。91年度の「減益にならないために必要な売上数量の伸び」(前掲 第2-6-6図 )は,原油価格下落を主因とする交易条件(産出価格/投入価格)の改善が寄与して若干低下をみているものの,今回の大型景気期間中の業容拡大が,固定費負担の累増をもたらし,これが売上の伸びの鈍化とともに収益の大幅減少要因となっている点については,おおむね過去同様の状況といえよう。

しかしながら,後にみるように,企業は景気調整過程で,単に需要の回復を待つのみならず,自らの体質改善によって収益の回復を図ってきており,決して企業の「高コスト体質化」が長期にわたって継続するわけではない。92年度の企業収益には,これまでの固定費負担増大の影響がある程度尾を引くことは否めないが,減価償却費については91,92年度の設備投資の伸びの鈍化から,金融費用についても基本的には金利低下の効果浸透から,それぞれ増加テンポの鈍化が見込まれるほか,人件費についても今後軽減努力が行われるということも考えられる。高コスト体質是正の進展度合いは,企業の経営スタンスによって大きく左右されるだけに,今後の動きが注目されるところである。なお,損益分岐点対売上高比率の動きからもわかるとおり,今回高コスト体質化が最も顕著なのは,電気機械,輸送機械といった,80年代前半から技術革新を背景にわが国の設備投資をリードしてきた業種だけに( 第2-6-8図 ),これら業種の今後の中期的な経営スタンスは,設備投資の行方を占う意味でも重要とみられる。

2. 資産価格大幅下落の影響

次に資産価格大幅下落の影響について,過去の類似した局面と比較してみよう。過去の株価・地価下落局面としては73~74年の例があるほか,65年の証券不況,昭和初期の金融恐慌の経験も参考となろう。以下,キャピタルロスのマクロ的規模をみたあと,不動産・金融証券業界を通じた影響,その他一般企業・家計への直接的影響の順にみていくこととする。

(マクロ的にみたキャピタルロスの規模)

86年以降の今回の動きを72~74年の株価・地価の動きと対比させてみると,株価・地価とも今回の方が長期にわたり大幅な上昇をみた後,株価については下落も長期かつ大幅であったほか,地価については公示地価をみると,91年中の下落は前回74年の下落幅より小幅だが,92年入り後も下落傾向が続いている( 第2-6-9図 )。資産価格の変動による実体経済への波及については様々な経路が考えられるが,第一義的には,各経済主体の保有する資産価値が変化することによる所得面を通じた影響が圧倒的に大きいと考えられる。このようなことを念頭に,株式・土地の資産価値の変動を前回と今回で比較してみると, 第2-6-10表 のとおり,資産価格の変動幅が大きいことに加え,いわゆる「経済のストック化」を反映して,今回の方がキャピタルゲイン,キャピタルロスともにかなり大きな規模となっている。前回,今回とも,キャピタルロスの規模は,それに先立つ資産価格上昇時のキャピタルゲインの範囲内であり,マクロ的にみる限りはこれによって帳消しになると考えられるが,一方で,土地や株式を高値で取得した結果,キャピタルロスがキャピタルゲインを上回る経済主体があると考えられることや,それ以外の先でもキャピタルゲインを採算性の低い投資や過度の消費を行うことにより流出させてしまった可能性があることなどから,キャピタルロスそのものの大きさについても無視しえない点は留意が必要である。また,部門別に株式,土地の保有構成比をみると,土地についてはほぼ前回と同じであるが,株式については,家計部門の低下と金融機関の上昇が目立っており,株価変動の影響は相対的に家計部門で小さくなる一方,金融機関には大きく現れると考えられる。

(不動産業への影響とその波及)

地価下落の影響を直接的に最も強く受けるのは不動産業界であろう。地価下落は,①保有不動産の値下がりによる損失,②販売不振による在庫金利負担の増大,③不動産需給緩和・取引低迷による賃貸料・仲介手数料収入減といったかたちで不動産業の収益を圧迫する。そこで,以上3つの観点から不動産業に対する影響を前回地価下落時と比較してみよう。

第一に保有不動産の値下がりによる損失であるが,大蔵省・法人企業統計季報によって不動産業の財務指標をみると,このところ棚卸資産,有形固定資産の増加が目立っている( 第2-6-11図 )。この計数については簿価ベースである点留意が必要であるが,棚卸資産については前回の地価上昇・下落局面でも増加がみられており,その対売上高比率はおおむね前回と同じレベルとなっている。したがって,土地及び建物等の不動産価格の下落率が前回とほぼ同じ程度と見做せば,販売を目的とした保有不動産の値下がりによる損失の度合いも前回並ということになる。一方,有形固定資産の増加は前回に比べ際立って大幅なものとなっている。これについては,基本的には販売用物件ではないため損失として表面化するおそれが小さいとはいえ,含み益の減少(あるいは含み損の発生)により潜在的なロスを被っていることに違いはないほか,対売上高比率で上昇(すなわち有形固定資産回転率が低下)していることからみて,営業利益に結びつかない不稼働資産の積み上がりとなっている可能性がある。

第二に利息負担の増大についてみると,棚卸資産の増加は前回並みであるが,上記有形固定資産の大幅な積み上がりを反映して,借入金対売上高比率の上昇幅は前回よりかなり大幅なものとなっている。このため,今回金利の低下が前回よりかなりスムーズであるにもかかわらず,支払利息の対売上高比率は前回をかなり上回っており,利息負担の収益圧迫度合いは今回の方が深刻となっている。

第三に不動産需給緩和・取引低迷による影響であるが,まず土地取引件数の動きをみると,今回は90年秋頃から前年割れとなっているが,前回は74,75年と2年連続で大幅前年割れをみたのに比べれば,その減少幅は小さいうえ,昨年暮れ頃から既に下げ止まりの動きがみられる等収益圧迫の度合いは相対的に軽いものとなっている( 第2-6-12図 )。また,マンションの需給動向をみると,首都圏・近畿圏の月末分譲中戸数は昨年11月には20千戸に達する等一時急増をみたが,そのレベルは前回よりも低く,その後最近では低下傾向を示している( 第2-6-13図 )。マンション在庫の水準については,今回は棚卸資産のうち仕掛品在庫の累増にもみられるとおり未発売物件が大幅に積み上がっているため(前掲 第2-6-11図 ),マンションの需給は依然として厳しいとの指摘はあるが,本年入り後は価格低下等から販売戸数に持ち直し傾向がうかがわれている点は好材料である。更に,ビル需給についても,本年入り後急速に需給が緩和しているが,その程度は実体経済の活動レベルの違いを反映して前回に比べれば小幅に止まっている模様である。このように不動産需給緩和・取引低迷による影響は,いずれも前回の地価下落局面よりは小さいとみられる。

以上みたとおり,今回の不動産業の業績悪化は,前回(74~77年)以上に深刻な側面も多く,また,地価が底入れしていないだけに最終的な影響は見通し難いが,一方で,不動産業を巡る環境には,前回より明るい材料もあることも事実といえよう。

次に,不動産業界の不振と経済全体との関係という観点から,①不動産業の経済活動に占めるウエイト,②不動産業の倒産発生状況,の2点につき前回との比較をしてみよう。

第一に,不動産業の経済活動に占めるウエイトを国民経済計算をベースにみると, 第2-6-14図 のとおり,付加価値生産額は,73年の8.3%から90年には10.4%に,就業者数も同じく0.77%から1.30%に趨勢的に上昇傾向を辿っている。また,設備投資についても70年代後半から80年代前半にかけては低調に推移したものの,今回活況時におけるウエイト(87年3.8%~90年3.7%)は前回ピーク時(72年3.5%)をやや上回って推移している。したがって,不動産業の不振が前回と同程度であっても,その経済全体への影響度は,前回よりもやや大きくなる点については留意する必要がある。

第二に,不動産業の倒産であるが,まず前回不動産不況時の発生状況をみると,件数・負債金額とも74~75年に急増しており,地価の底入れ後も76~77年まで高水準の倒産が続いている( 第2-6-15図 )。今次局面につきこれまでの動きをみると,91年中の倒産件数(負債総額1千万円以上)は1千件を超える等74~75年当時に近い水準にまで増加している。更に,今回の状況で注目すべきは,負債金額が著しく増加していることである。これは,不動産業界の業容拡大指向に,金融機関の積極的な融資姿勢もあいまって,借入依存体質が強まったことが背景と考えられる。

(金融業界への影響とその波及)

まず,前回の資産価格下落時における金融機関への影響をみると,株価下落の影響を受けて,有価証券売却損・償却は73年度に急増をみており,その後76年度まで多額の損失を計上している。また,金融機関与信に占める利息・元本の延滞といった不良債権の比率についても,公表データからは十分検証できないものの,75年度以降上昇したことが指摘されており,つれて貸出金償却も77年度にかけて大幅な増加をみせている。当時の金融機関決算をみると経常利益の落ち込みは特にみられないものの,こうした償却負担に対処するため有価証券売却による多額の益出しを余儀なくされている姿がみてとれる( 第2-6-16図 )。

今回についても,既に90,91年度決算において多額の有価証券売却損・償却が計上されているほか,不良債権の増加も指摘されているところである。今回株価の下落幅が前回より大幅であるうえ,金融機関の株式保有シェアが前回よりかなり高まっていること,不動産業者の中に業容に比して過大な金融機関借入れを行っている先がみられること等を勘案すれば,金融機関経営に対する影響度は前回を上回る可能性もあり,前回局面同様,今後数年にわたって償却負担が収益圧迫要因になるものとみられる。また今回の場合,預金金利自由化,業務の自由化等様々な形で金融の自由化が進展しつつある中で,経営面で従来にも増して厳しい対応を必要とするものになろう。

続いて,金融機関の受けた影響が,どの程度実体経済に波及するかといった点について考えてみよう。

まず,設備・雇用等実物面への直接的影響については,国民経済計算ベースでみた全産業に占める金融・保険業(証券業も含まれる)のウエイトが,付加価値生産額,就業者数等で趨勢的に上昇している点留意が必要である( 第2-6-17図 )。更に,金融・証券業の設備投資は,産業全体に占めるウエイトは小さいものの,近年情報処理関連に集中的に投資を行ってきただけに,コンピュータ,ソフトウェア等金融・証券業界への依存度が高い一部業界においては影響が大きくなっているとみられる。

次に,前回資産価格下落時における金融機関の不良債権増加が,いわゆる「貸し渋り」といった現象を通じて実体経済回復の制約要因となった可能性については,当時のデータからは判然としない。不良債権の増加が何らかの形で金融機関の貸出慎重化につながったことは想像に難くないが,当時それが実体経済の足枷になったとの指摘はほとんどみられず,こうした影響は少なくとも経済全体としては問題とならなかった模様である。

なお,最近一部に,金融システムの健全性維持への懸念,及びその実体経済への影響が指摘されているが,信用秩序面への影響については,金融機関の受けるダメージが最終的にどの程度になるかは未だ見極め難いが,ここ数年の好業績で金融機関の内部留保に厚みが増していること等から考えると,金融システム全体への影響が深刻なものとなる可能性は小さい。また,実体経済への影響については,時代はかなり遡るが,金融機関がかつて最も深刻な打撃を受けたケースとして,昭和初期の経験をみても,部分的,一時的に影響がみられたことは事実であるが,金融機関が健全性を取り戻すまで景気の回復が阻害されていた訳ではない(昭和初期の金融恐慌については 付注2-3 参照)。また,昨年アメリカで金融機関の不良債権続発がクレジットクランチを引き起こし,これが実体経済回復の妨げとなったとの指摘もみられたが,日米の金融機関の体質の違いから日本ではこのような事態は起こりにくいものと考えられる。すなわち,アメリカの金融機関では,株主の監視が厳しいこともあって,期間損益の悪化を極力回避しようとするため,不良債権の発生は単に貸出審査の慎重化のみならず,貸出全般にわたって利鞘拡大を招きやすいといった経営行動の違いが指摘できる。また,アメリカの金融機関は経費率の高さを反映してもともと運用金利と調達金利の差が大きいため,損失の穴埋めに当たってはより大幅なスプレッドの拡大を必要とするといった経営体質の違いも大きな要因とみられる。

(証券業界への影響とその波及)

証券業界の経営不振の経験としては,65年の証券危機の時の例をみておく必要がある。57年12月を起点に大幅な上昇を示した株式相場は,岩戸景気の終わりとともに61年8月以降下落に転じ,オリンピック景気入り後も回復に向かわず,65年7月まで4年にわたって低迷が続いた。証券会社の決算は,株式売買高の大幅減少に伴い63年度9月期以降3年度連続で当期損益ベースで赤字を記録する等,戦後最も深刻な証券不況となった。当時の状況をみると,①株価上昇時に大量の有償増資が行われ,その後の需給悪化要因となったこと,②空前の活況の下で証券会社は積極的な業容の拡大を図り,その後コスト負担を招いたこと,③活況時の行き過ぎた営業活動がその後の証券会社不信につながったこと(当時は株価上昇時に「運用預かり」(顧客から預かった債券を担保に証券会社が資金を調達し,株式の自己売買資金に充当)や投信の設定が急増し,これがその後多額の含み損を抱えるに至った),等今回との類似点も多い。

当時こうした株式市場の低迷に対しては,①日本共同証券(64年1月設立,銀行14行と証券4社の出資による自己売買専門の証券会社),日本証券保有組合(65年1月設立,投信会社と証券会社を組合員とする民法上の組合)による株式買い支え,②「増資の調整に関する懇談会」による増資の先送り(64年4月)・全面停止(65年2月)措置,③株式ユニット投信の償還期限延長といった株価梃子入れ策が取られた。これらは,株価の下支えにはある程度の効果があったとみられるが,証券不況の打開にまでは至らなかった。更に,当時の状況を一層深刻なものとさせたのは,65年5月,某大手証券会社の再建計画案報道を契機に証券会社の経営危機が表面化し,これが株価の一段の急落と運用預かり,投信の解約増加を招いたことである。これは,その直後に実施された同証券会社に対する日銀特融によってかろうじて事態の収拾が図られる結果となったが,証券会社に対する信用は失墜し,その回復には長い時日を要した。

当時の経験に照らして今回の証券不況の影響度を考えた場合,以下のような点を指摘することができよう。

まず,証券会社の収益は,①91年度入り後の株式出来高は一日当り約3億株と低迷しており,委託手数料収入の落ち方もほぼ前回並であること,②証券会社の業務多様化努力にもかかわらず,収益ベースでは株式依存体質に変化がみられないこと,③機械化投資等活況時の業容の拡大テンポも総じて前回に匹敵すること,更に④「損失補填」,「飛ばし」の問題等安易な営業活動のツケが収益の足を引張っていること,等から前回同様かなりの悪化をみる可能性が強い( 第2-6-18表 )。

しかしながら,証券会社の経営不振が65年当時のような信用不安につながる危険性は低下していると考えられる。すなわち,当時は投信や運用預かりの解約急増に伴う流動性不足が問題となったが,これについては,流動比率((現金・預金+短期貸付金)/短期借入金)がかなり高くなっていること,CPの発行等新たな資金調達手段が拡充されていること,債券市場の発展に伴い保有債券の流動化が容易になっていること,等証券会社の資金繰りにはかなりの構造的変化が生じており,流動性危機に陥る懸念は小さくなっている。また,当時に比べ自己資本の充実が進展しており,証券会社の体力という点でも,今回の方が良好な状況にあるとみられる。更に,行政当局の対応といった面でも,65年の証券危機の後では,証券会社の経営の安定と社会的地位の向上,投資家の保護の徹底等を図るとの観点から証券業は届出制から免許制に移行され(68年4月実施),同時に運用預かり制度も廃止されたほか,今回についても,証券取引法の改正により,証券不祥事の再発防止に向けて損失補てん等の禁止,取引一任勘定取引の禁止等措置がとられる等,当時に比べ監督体制の充実が図られている。

また,株価の下落は,前回同様資本市場を通じた資金仲介機能の低下をもたらした面もある。90年度入り後公募増資が事実上中止状態となっているほか,転換社債・ワラント債の発行も低調となっており,新規公開を予定していた企業をはじめとして,企業の資金調達行動に影響が生じていることは否定し難い。前回の例をみても,株式発行市場が本格的に回復したのは,株価が上昇基調に転じてから3年以上経過した69年入り後のことであり,今回についても,株価が回復しさえすれば直ちに発行市場が活発化するとは限らない。しかしながら,前回こうしたなかで,実体経済は65年末以降いざなぎ景気の立ち上がり局面として力強く拡大基調をたどったことも事実であり,また,他方最近エクイテイファイナンスが困難な状況の下で普通社債の発行が急増していることから,今後についても,こうした企業の資本市場での資金調達面への影響が景気回復の制約要因となる可能性は小さいと見做してよいように考えられる。

(一般企業への影響)

それでは次に,その他一般企業に対する影響についてみてみよう。一般企業に対しては様々な波及経路が考えうるが,基本的には保有資産価値の下落によるキャピタルロスやエクイテイファイナンスの困難化に伴う資金コストの上昇から,まず収益面に影響が及び,これが設備投資や雇用・賃金にマイナスの作用をもたらすものと考えられる。

はじめに,前回資産価格下落時の企業の決算状況についてみると,本業の収支動向を示す「営業損益+金融収支(受取利息・割引料・配当金-支払利息・割引料)」の対売上高比率は,75年度にかけ大幅に落ち込んだ後77年度まで低水準で推移しているが,その他の損益(「金融収支以外の営業外損益+特別損益」)はこの間プラスに転じており,これが税引き前当期利益の低下をマイルドにさせている。その他の損益を利益と損失に分解して対売上高比率をみると,利益面では75年度から78年度にかけてかなり水準を高めている一方,損失面では74~76年度にかけほぼ横ばいで推移した後77年度から緩やかに上昇に転じている( 第2-6-19図 )。このように,企業の決算状況からは,第一次石油危機後の深刻な不況のなかで,直前の資産価格急騰局面に増加したとみられる含み益の吐き出しにより,収益の極端な悪化を回避させていたことが明確に読みとれる。更に,資産価格下落の影響についても,本業の収益が回復に向かうまで償却を繰り延べる動きがみられたこと,キャピタルロスのうちかなりの部分が含み益の範囲内であり実現損失は比較的軽度に止まったことがみてとれよう。

また,当時の倒産の動きをみると,全体として74年から77年にかけてかなりの増加となっているが,これは,深刻な経済の調整過程のなかで,造船,海運,繊維等の構造不況業種において倒産が多発したことによる面が大きい。もちろんこれら業種においても資産価格下落が何らかの影響を及ぼしたことは否定できないが,株式や土地の投機失敗を主因にした倒産は,不動産業を別にすれば極く限られたものに止まっていた。

今回については,資産価格の変動が前回よりも大きいため,投資のタイミング如何では即経営破綻につながるような大きな損失に結びつきやすかったということもあって,これがある程度企業倒産の増加につながりかねない面もある点は注意が必要である。しかしながら,マクロ的にみたキャピタルロスはその直前のキャピタルゲインよりもかなり小さいこと,本業の収益環境も安定成長期への移行過程にあった前回に比べれば良好とみられること等を勘案すると,全体として資産価格下落の企業収益への実現度合いは前回同様さほど大きなものにはならない公算が大きいといえよう。

なお,エクイテイファイナンスの関係についてみると,前回の株価急騰時にもエクイテイファイナンスの急増という現象はみられているが,当時は時価発行増資が主体ということもあって,権利未行使分の償還・借換は特に問題となっていない( 第2-6-20図 )。元来この問題については,通常の状態への回帰と捉えるべきものであり,それによる資金コストの上昇は,収益のプレミアム分の剥落として甘受せざるを得ないと考えられる。しかしながら,今回株価高騰時の極めて低コストの資金調達により,相対的に収益性の低い投資を実行した企業については,その後の償還・借換が事後的な投資採算の悪化につながり,今後収益を圧迫する可能性は否定し難い。

(家計への影響)

最後に,消費,住宅等家計の支出行動に与える影響についてみてみよう。

はじめに消費面への影響であるが,今回は株価の変動が個人消費に対しある程度の影響を及ぼしたのに対し,前回についてはマクロ的にみる限りその影響は極く小さかったと考えられる。第4節でみた消費関数でも,今回は金融資産の資産効果が88~90年にかけて高まっているのに対し,前回についてはそうした動きがみられない。こうした背景としては,当時は家計部門の金融資産蓄積が現在に比べまだかなり小さかったこと,一般物価も高騰していたため実質的な金融資産の増加率もさほど大きくなかったこと,等を指摘できよう。ただし,今回いわゆる「バブル消費」の典型とされた高額商品の消費動向について,百貨店販売統計における雑貨,通関輸入統計における美術品・こっとうの動きをみると,前回においても全く同様に株価上昇局面で急増した後,株価下落とともに落ち込みをみせている( 第2-6-21図 )。これについては当時,期待インフレ率上昇の下での「換物買い」及びその後は「買いだめの反動」と捉えるのが一般的であり,購入動機が異なっていた可能性はあるが,やはり前回も一部に資産効果が存在したことを示唆しているものとみられる。

次に住宅投資への影響であるが,地価上昇は,景気回復初期に東京圏での貸家建設を,88~89年に地方圏での分譲住宅建設を促進させたが,その他は基本的には取得費用の増大から抑制的な作用をもたらしたと考えられる。新設住宅着工戸数の動きをみると,前回,今回ともに地価上昇・下落と同時に貸家を中心に着工戸数も増減をみているが,これは住宅着工全体としてみれば大幅な金利低下とその後の上昇の影響を強く受けた結果と捉えることが妥当であろう( 第2-6-22図 )。現に92年入り後,地価が下落傾向を続けるなかで住宅着工は回復の兆しをみせているが,こうした点からも,地価の下落による住宅投資へのマイナスの影響は,投資や節税を目的とした貸家,分譲住宅の建設の抑制等極く部分的なものに過ぎないと考えられる。

3. 非スタグフレーション型の景気調整

いざなぎ景気後,第一次・第二次石油危機後の景気転換点においては,景気の過熱ないしは原油価格急騰を背景に物価が高騰しており,後退局面入り後も当分の間物価上昇テンポに鈍化がみられず,スタグフレーションの様相を呈した。これに対し今回は,景気拡大期間中を通じて物価は総じて安定基調をたどり,昨年第2四半期頃からは製品需給の緩和を反映して一段と落ち着き傾向にある。このことは,景気減速の初期において,雇用者所得や公共投資の物価上昇による目減りを回避し,また,金利の速やかな低下から設備,住宅といった民間投資活動を採算面から下支えする等の経路を通じて,景気の落ち込みを緩やかにする効果をもたらしたと考えられる。以下,スタグフレーションの様相を呈したいざなぎ景気後,第一次・第二次石油危機後の状況と対比させることで,こうした今回の特徴を明らかにしていこう。

(デフレータの動きと実質面への影響)

雇用者の賃金や政府の歳出は,いったん名目ベースで金額が決定すると,その後の物価変動により実質価値が変動しても,諸種の手続き等によりその調整にはかなりのタイムラグが生じる。したがって一般に,物価上昇率が大幅に加速した場合,実質ベースの雇用者所得や公的固定資本形成はデフレータの上昇によって当初伸びが鈍化すると考えられ,これが景気の下押し要因として作用する。

はじめに, 第2-6-23図 によって景気転換点前後における民間最終消費デフレータ前年比の動きをみると,第7循環(71年12月~75年3月),第9循環(77年10月~83年2月)では,景気拡大局面の終盤から景気過熱や原油価格急騰を背景に急速な上昇基調に入っていたが,景気ピークアウト後も更に上昇テンポが加速しており,安定化に向かうまでには後退期入り後およそ1年を要している。また,第6循環(65年10月~71年12月)においても,景気ピークアウトとともに製品需給緩和から卸売物価段階では急速な落ち着きを示したにもかかわらず,人件費を中心としたコストプッシュ圧力からサービス価格等ではむしろ上昇テンポを高める等,物価全体としては上昇圧力が根強く尾を引き,後退期間中を通じて高い伸びを続けた。これに対し今回は,90年末から91年初にかけて湾岸危機による石油関連製品の上昇や天候不順による生鮮食品の上昇等から一時強含む場面もみられたが,こうした要因の剥落や製品需給の緩和を反映して景気減速とともに物価は落ち着き傾向を強めている。

こうした状況下,雇用者所得及び民間最終消費支出の動きをみると,第7,第9循環においては景気ピークアウト後名目雇用者所得の伸びはむしろ高まっているにもかかわらず実質ベースでは大幅に伸びが鈍化しており,また第6循環においても名目ベースをかなり上回るテンポで実質雇用者所得の伸びが鈍化している。このため,これらの局面では景気のピークアウトと同時に消費の伸びが大幅に低下しており,これが景気の急速な落ち込みに大きく寄与する結果となった。これに対し今回は,雇用者数が引き続き堅調に増加していることもあいまって名目雇用者所得の伸び自体低下テンポは比較的緩やかであるが,更にデフレータの落ち着きに伴い実質ベースでは堅調な伸びを続けており,これが消費を下支えする最大の要因となっている( 第2-6-24図 )。

また,政府予算及び公的固定資本形成の動きをみても,74年度は予算編成自体が物価安定化の見地から財政規模抑制型を強いられたが,更にデフレータの上昇が大きく響いて実質ベースの公的固定資本形成は前年比マイナスを記録した。同様に80年度についても,財政再建の第一歩を踏み出したことから歳出予算が厳しく抑制されたうえ,デフレータの上昇が響いて実質公的固定資本形成は経済成長に対しマイナスの寄与となった。これに対し今回は,91年度入り後名目・実質とも公的固定資本形成は順調に増加を続けている。

こうしたことから,実質GNP前年比に対する民間最終消費支出および公的固定資本形成の寄与度をみると,第7,第9循環の景気後退初期においては,実質GNP成長率の低下がほぼこの両者によって説明され,インフレが景気後退の最大の要因であったことがわかる。これに対し今回は,実質GNP成長率が鈍化するなかでこの両者はむしろ若干成長寄与を高めており,これが景気の急速な落ち込みの回避に大きく寄与しているほか,公的固定資本形成については92年度入り後も堅調な増加が見込まれることから,今後の景気回復のリード役の一つとしても期待されるところである( 第2-6-25図 )。

(金利の動きと民間投資活動への影響)

上記のような物価動向の違いを反映して,景気後退局面入り後の金利の動きにも大きな違いがみられる。全国銀行貸出約定平均金利は,第7,第9循環では景気ピークアウト後に一段と大幅な上昇をみたほか,第6循環においても低下テンポは極めて緩やかなものとなった( 第2-6-26図 )。これに対し今回の金利低下は速やかかつ大幅なものとなっており,これが設備,住宅といった民間投資活動を採算面から下支えしたと考えられる。

設備投資に関しては,景気の後退局面入りとともに企業の資本収益率(営業利益/資本ストック)は低下するが,過去の局面においては金利が上昇ないし高止まりを示したことから,その差である投資採算は大幅に悪化したのに対し,今回は金利のスムーズな低下を反映して投資採算の急激な悪化は回避されている。もちろん,設備投資を規定する要因は様々あり,今回の場合前述のとおりストック調整圧力が強いため,設備投資全体を浮揚させるとまでは言えないが,投資採算面の下支えが設備投資の急速な落ち込みの回避に寄与しているものと考えられる( 第2-6-27図 )。

また,住宅投資は,過去金利が低下局面に入ってからおおむね2~3四半期で住宅着工は上昇に転じている。もちろん住宅投資はその他様々な決定要因にも左右されるが,過去の景気後退期の状況をみると,第7循環では金利の高止まりが住宅着工低迷の一因とみられるほか,第9循環でも金利低下の遅れが住宅着工の回復に時間を要した要因とみられる。これに対し今回は,金利の大幅低下を受けて住宅着工は早期に回復に転じており,全体への寄与度としては小さいものの,景気の大幅な落ち込みを防ぎ,また次の回復への道を開くに当たってある程度の効果はあったものと考えられる。