平成3年

年次経済報告

長期拡大の条件と国際社会における役割

平成3年8月9日

経済企画庁


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第4章 経常収支黒字と日本の国際的役割

第3節 日本の資本供給の役割

この1,2年の間の,東西両ドイツの統一,東欧の市場経済への移行,湾岸の復興,さらに米国財政赤字の継続等を背景に,世界の貯蓄不足問題が注目を集めている。一方,我が国の経常収支黒字の持続は,それに対応する資本の流出と対外資産の蓄積をもたらした。これは,我が国の国内の貯蓄超過分が,事後的にみて海外に資本のかたちで供給されたことを示す。そこで,本節では,世界の貯蓄,投資の分布とそれに対応する資本の流れを概観し,貯蓄不足問題に対する考え方を整理する。続いて,我が国の資本供給の現状とその果たしている役割,さらにそれを巡る問題点を検討する。最後に,こうした我が国の貯蓄超過,あるいは経常収支の黒字と,我が国の果たすべき国際的な役割を結びつける議論を検討する。

1 80年代の世界の資金需給の引締まりと新たな資金需要の可能性

(世界の貯蓄・投資バランスと実質金利)

一国の国内貯蓄から国内投資を引いたものがその国の経常収支に相当する。事後的にみて,経常収支が黒字の場合には海外に向けて資本が流出し,また赤字の場合は海外から資本が流入したことになる。したがって,国内貯蓄と国内投資の関係(貯蓄・投資バランス),あるいはそれに対応する経常収支の動きにより,国際間の事後的にみた資金の流れがわかる。

そこで,70年代以降の世界の資金需給の動向を,貯蓄・投資バランスでみた事後的な流れと,実質長期金利でみた需給の引き締まり状況によりみてみよう。

まず,先進諸国を代表して,G7諸国(日本,アメリカ,ドイツ,フランス,イタリア,イギリス,カナダ)の国内貯蓄率,国内投資率及び実質長期金利の動向をみると(第4-3-1図),国内貯蓄率は,70年代前半から80年代前半にかけて起伏を伴いながらも低下傾向を示した。一方,国内投資率もほぼ並行して低下傾向を示したが,その低下幅はやや小さく,結果として,70年代前半にはおおむね貯蓄超過(経常収支は黒字)であったのが,70年代後半には貯蓄・投資がほぼ均衡し,80年代に入ると,恒常的に投資超過(経常収支は赤字)となった。こうした貯蓄・投資バランスの変化の背景のひとつとしては,G7の貯蓄の約3割を占めるアメリカが,80年代前半頃からの財政赤字拡大,個人貯蓄率低下を背景とする大幅な投資超過(経常収支赤字)に転じたことが挙げられる。また,80年代半ば頃を起点とする先進諸国間の同時的な景気拡大により,各国の投資率が上昇したことも,投資超過の幅を拡大したものとみられる。こうした状況下,実質長期金利も80年代に入って大きく上昇し,G7諸国においては,投資超過状態に入るとともに資金需給も引き締まったことがわかる。

一方,発展途上国(産油国を含む)の国内貯蓄率,国内投資率の動向をみると(第4-3-2図),70年代においては,国内投資率も上昇したものの,第一次石油危機を頂点に,中近東の貯蓄率が大幅に上昇したこともあって貯蓄率がかなり上昇し,貯蓄超過となった。もっとも,80年代はじめには,中近東や中南米諸国等で貯蓄率が低下したことからこうした貯蓄超過はほぼ解消し,貯蓄,投資がほぼ拮抗する状況が続いている。このように,事後的には発展途上国の資金需給はほぼバランスしているが,これについては,輸出好調,経済成長率の高まりによる80年代後半におけるアジアNIEsの貯蓄超過への転化,中南米諸国の投資超過幅が,債務問題の深刻化による,輸入抑制策や資金調達難等により半ば強制的に縮小させられた,等の特殊事情によるところが大きい点に注意する必要がある。アジアNIEsにおいては,88年頃から賃金コスト上昇による価格上昇,為替相場上昇等により,国際競争力が低下し,この結果,輸出の鈍化に伴い経済成長率が鈍化した。特に韓国においては,90年に入り旺盛な投資需要等により投資超過に転じている。また,中南米やその他の発展途上国においても,潜在的な開発関連等の投資需要が強いことを考えると,今後の発展途上国においては,再び投資需要が貯蓄供給を上回り,資金需給が引き締まる可能性を十分みておく必要がある。

このように,80年代は,70年代に比べ,先進諸国は投資超過に転じ,実質金利が上昇するなど,資金需給が引き締まった。直近においてはやや金利は低下しているが,これは,アメリカ,イギリス等の景気後退,ドイツを除く欧州大陸諸国の景気減速といった循環的な面も影響しているとみられ,今後,景気が回復すれば資金需給が再びかなり引き締まり,実質金利が上昇する可能性がある。また,発展途上国においても,今後投資需要が貯蓄供給を上回って増加し,資金需給が引き締まる可能性があろう。

(新たな資金需要の高まりの可能性)

上記の80年代以降の資金需給の引き締まりに加え,東西両ドイツの統一,東欧の市場経済への移行,湾岸の復興,さらに米国財政赤字の継続等を眺め,今後世界の資金需給が一段と引き締まり,増大する資金需要に対して貯蓄が不足するという,いわゆる世界の貯蓄不足問題が関心を集めている。そこで,まず,最近時点の主要国及び世界全体の貯蓄,投資の規模をみたうえで,新たな資金需要が発生した場合の影響について考察しよう。

最近時点での主要国及び世界全体の貯蓄,投資の大きさを概観すると(第4-3-3表),先進諸国で世界全体の貯蓄の約80%,また,アメリカ,日本,旧西ドイツの3国で同約50%を占め,世界全体の貯蓄・投資バランスを考える際,これらの諸国の動向が非常に重要であることがわかる。そのなかで,日本の民間貯蓄は一国としては最大で,それだけで先進諸国の約30%,全世界の約25%を占める。この間,先進諸国全体では民間貯蓄が民間投資を上回っているが,日本,旧西ドイツ等を除くと政府赤字が大きく,この結果,先進諸国全体で少なからぬ経常収支赤字を計上している。特にアメリカにおいては,民間貯蓄が民間投資をかなり上回っているにもかかわらず,財政赤字がかなり大きいことから,少なからぬ経常収支赤字がでている。もっとも,世界全体の経常収支が本来ゼロになるべきところが,統計上の不突合により少なからぬ赤字になっている点には注意を要する。

一方,今後予想される資金需要とその影響については,不確定要素が多く,予想が難しいが,経済企画庁「日本の対外黒字と世界の貯蓄不足問題」(90年11月)の試算(詳しい内容については付注4-3参照)によれば,91年から95年にかけて先進諸国の民間貯蓄総額の増加額は約3兆9千億ドルと推計されるのに対し,同期間の民間投資の増加額はその約9割となる。一方,同期間の東ドイツ地域及びその他東欧諸国の資金需要は各々約2千億ドル,約5千億ドルと,上記の民間貯蓄増加額の約5%及び約13%となる。この間,アメリカの財政赤字については,90年10月に成立した財政調整法案による赤字削減(5年間で約5千億ドル)を前提とすると,91~95年度の連邦財政赤字減少額は4千億ドル強と,上記の民間貯蓄増加額の約1割となる。

以上の計算は,数々の仮定に基づく,あくまでも試算であるが,今後の世界の新たな資金需要の大きさについてある程度の展望を与えるものである。こうした資金需要が顕在化した場合,前にみたその他の要因による世界の資金需給引き締まりの可能性と合わせてみると,世界的な貯蓄不足が深刻化する可能性をみておく必要があろう。特にアメリカの財政赤字が目標通り削減されないと,事態は更に悪化すると考えられる。

2 貯蓄不足問題の考え方と日本の資本供給の役割

このような貯蓄不足の可能性に対しては,どのように考え,どのように対処したら良いのであろうか。

一般に,貯蓄・投資バランスや,その結果としての貯蓄不足問題を論じるとき,貯蓄,投資両者について,事前的と事後的,及び潜在的と顕在的の区別をすることが重要である。なぜなら,事後的には,貯蓄と投資は一致し,その意味で貯蓄不足の状況が存在したかどうかは,事後的なバランスのみでは判断しがたいからである。たとえ国内貯蓄が国内投資を事後的に下回ったとしても,海外からの潤沢な資金供給によって金利が低水準にとどまっていれば,その国の投資が「貯蓄不足」によって制約されたとはみられない。一方,潜在的には貯蓄不足の状況にある経済でも,投資需要のうち採算的に見合わないものが多い場合は,投資需要の多くは顕在化せず,結果として,金利の上昇に結びつかないことも考えられる。このような潜在的な貯蓄不足も,当該国にとっては重要な問題であろうが,他国への波及効果はなく,世界全体の貯蓄不足,金利上昇の問題とは区別する必要がある。

以上の点を頭において前記の貯蓄不足問題を考えると,まず,東ドイツ地域や東欧の資金需要については,その多くが潜在的なものに止まる可能性がある。したがって,近い将来に世界経済が急速に貯蓄不足に陥り,金利が急騰する可能性は比較的小さいといえよう。しかしながら,こうした貯蓄不足問題の深刻化を防ぐためにも,世界の貯蓄が順調に増加するような条件を整え,各国が貯蓄増強に努めることが重要であり,とりわけ投資超過国の貯蓄増強が重要である。特に,投資超過幅の絶対額が大きいアメリカが,日米構造問題協議最終報告に示された,財政赤字削減,国内民間貯蓄の増強等の措置の着実な実施により,国内貯蓄増強に一層注力することが,世界的な貯蓄不足に対するリスクへの対応という点から重要である。

一方,貯蓄不足問題に関連しては,ほかにも重要な論点がある。それは,ただ単に計算上貯蓄が投資を上回っていればそれで良いというものではないということである。まず,第一に,貯蓄がいくら大きくても,それをもとにした投資が将来大きな供給力の増加となり,経済成長,あるいは福祉の向上にに結びつかなければ,経済の持続的発展につながらない。投資が有効に行われてこそ,投資増→所得増→貯蓄増→投資増といった好循環が生まれるのである。その意味で,投資が有効に行われることが貯蓄の確保と同様に重要である。また,第二に,資本の国際的な分配問題も忘れてはならない。仮に今後世界の金利が上昇した場合,特に,非産油発展途上国のなかで相対的に有利な投資機会の少ないような国々には民間資金が回りにくくなる可能性が大きい。これは南北間の所得格差の拡大につながる可能性もあり,こうした国々に対する資金の還流を如何に図るかが重要な問題となろう。

ところで,先進国と途上国との間の資金の流れについて,過去を振り返ってみると,1960年代から70年代の前半にかけては,先進国が全体として経常収支の黒字となっており,先進国から発展途上国へ資金が流れる形になっていた。土地,資源,技術などの他の生産要素を捨象して考えれば,発展途上国では労働が資本との相対関係からいって豊富であり,資本の導入による効率の上昇の程度が先進国でよりも大きい(資本の限界生産力が高い)ため,資本の収益率がより高い。そうであれば,60年代などのように資本が先進国から発展途上国へ流出すること,すなわち全体としての先進国の経常収支が黒字になることは自然であり,かつ,世界全体の効率を高めることになる。単純化していえば,資本さえあれば発展するポテンシャルを持っているところに成熟した経済から資本を持ってくることは,世界経済の発展につながるということである。

発展途上国で収益率の高い投資が今後増加してくるのであれば,アメリカやドイツの貯蓄不足については,それぞれの国の貯蓄増加または投資抑制で対応すべきであるとしても,世界の資金需給が今後引き締まることになる。その際,世界最大の民間貯蓄を持つとみられる我が国の資本供給に対する期待が今後高まる可能性がある。

1987年2月のルーブル合意においては,「黒字国は物価の安定を維持しつつ内需を拡大し対外黒字を縮小するための政策をとり,赤字国は,国内不均衡及び対外赤字を縮小しつつ,安定した,低インフレの成長を促すための政策をとる」という趣旨の合意がなされた。当時とは世界の経済情勢はかなり変化してきているが,アメリカの経常収支の赤字が依然として大きいことの責任を日本の黒字に求める声もなお存在する。しかし,アメリカの対外赤字の縮小には,アメリカ自信の財政赤字削減が最も有効であるはずである。それは世界的な貯蓄不足の緩和にもつながる。アメリカのそうした政策を前提とすることができるならば,我が国としては,歪みのない経済政策の実施に努めさえすればよいことになる。「歪みのない政策」とは,国内的な目標である,インフレなき内需中心の持続的拡大をめざす政策にほかならない。

3 資本不足を補う我が国の投資

以下では前項の視点を踏まえて,我が国の対外投資の最近の状況とその果たしている役割,問題点等を検討しよう。

国際資本移動は,世界経済の相互依存関係の強まり,為替管理の自由化,金融技術の発達,等の流れのなかで,近年一段と活発化している。そのなかで,貯蓄超過国からの資本の流出は投資超過国の資本不足を補填している。我が国も,80年代半ば以降為替管理が一段と自由化されるなかで,一方で国内貯蓄を積極的に海外に投資するとともに,東京国際金融市場の発達等により,金融仲介機能をも通して世界の資本不足国の需要に応えてきた。また,こうした国際資本移動の活発化は,世界の金融市場の一体化を促進している。

(我が国の地域別の経常収支と長期資本の流れ)

我が国の国内における貯蓄超過が,具体的にどのようなかたちで事後的に海外に還流したかをみてみよう(第4-3-4図)。まず,全体としてみると,80年代半ば以降,我が国の経常収支の黒字幅(国内貯蓄の国内投資に対する超過幅)を上回る長期資本収支の赤字幅(長期資金の海外への供給)が続いた。これは,結果的に我が国が,国内の貯蓄超過分を順調に海外に還流させたことに加え,海外から調達した短期資金を長期資金にかえて還流させる金融仲介機能(マチュリティー・トランスフォーメーション)も果たしてきたことを示している。また,そのなかで,87年頃を境に経常収支の黒字幅が縮小するのに並行して長期資金の海外への供給も縮小してきている。

89年までの動きを地域別にみると,まず,対米では,経常収支の黒字幅と長期資本収支の赤字幅はほぼみあっている。また,我が国からの長期資本流出の半分程度を対米がしめている。一方,対ECでは,88年頃までユーロ市場への証券投資等を中心に経常収支黒字を上回る長期資本の流出がみられたが,89年には経常収支の黒字幅が縮小するなかで,対日株式投資の増加もあって,長期資本は小幅の流入超過に転じた。また,対共産圏では,87,88年以降,同地域の経済の停滞,政治の不安定化のなかで我が国からの輸出が減少したこと等から,経常収支黒字は縮小し,89年には小幅の赤字に転じたが,長期資本は借款,延べ払い信用,直接投資の増加等により流出超過幅が拡大した。また,その他地域(発展途上国,産油国等)に対しても,86年以降経常収支の黒字幅を上回る長期資本の流出が続き,89年には経常収支がほぼ均衡するなかで,かなりの規模の長期資本の流出を記録した。

このように,我が国は,87年頃を境に経常収支黒字が縮小してくるなかで,長期資金の海外への供給も減少しているが,そのなかで,先進諸国を除いた地域に対する資金供給は89年まではむしろやや拡大している。

(我が国の対外純資産の増加とその内容の変化)

こうした我が国の活発な対外投資の結果,我が国の長期資本の純流出額は,フローベースで,81年には97億ドル(2兆1,862億円)であったのが,87年には1,365億ドル(19兆8,184億円)とピークに達し(ただし円ベースのピークは86年の21兆7,411億円),その後は経常収支の黒字幅縮小に並行して高水準ながら減少し,90年には436億ドル(6兆6,395億円)となった(最近の詳しい動向については,第1章第5節参照)。この間,短期資本はネットで流入が続いたが,長短合計では資本の流出が続き,この結果,ストックベースの対外純資産では(第4-3-5図),増加テンポは一時に比べれば鈍化してきているものの,着実に増加を続け,88年末には2,917億ドル(37兆520億円)であったのが,89年末には2,932億ドル(38兆1,180億円)となり,さらに,90年末には3,281億ドル(49兆2,090億円)となった。また,ドイツは90年末には3,620億ドル,イギリスは89年末には1,740億ドルとなった。この間,対外純資産<年末>の対名目GNP比率では,我が国は85年には10.3%であったのが89年には9.6%となり,90年には11.5%に達した。また,89年時点でイギリスは21.0%となった。ただし,こうした統計はその時々の為替相場の影響を強く受け,また資産(特に実物資産)の評価の方法にも影響を受けるため,各国間の相対関係については幅をもってみる必要があろう。

我が国の最近の対外投資の特徴は,債券投資が依然中心ながら,近年,直接投資や株式投資等のリスクの大きい資産のウェイトが上昇していること,資産,負債が両建てで増加していること,証券投資において売買取引が活発化していること,である。まず,投資の構成であるが(第4-3-6図),フローベースの本邦長期資本の純増額の構成をみると,すでにみたような直接投資の近年の急速な増加から,直接投資の構成比が上昇(85年7.9%→90年39.8%)している。また,直接投資に株式投資を加えてその構成比をみても,その比率が上昇している(同9.1%→44.9%)。直接投資,株式投資は,債券投資,借款などと比べ,一般にはリスクが大きいとみられるが,こうしたリスクの大きい資産の構成比の上昇は,すでにみたような国内産業のグローバル化の反映であるとともに,国内経済主体が持つ内外資産残高の増加とともにリスクを負担し,また管理する能力が高まっていることもある程度反映しているものとみられる。これは,投資の受入れ先にとっては,投資のリスクを我が国の経済主体に負担してもらう度合いが強まっていることを示しており,我が国が単に資金を供給しているだけでなく,リスク負担も増やしているという点で,投資相手国経済の発展に貢献しているのである。

次に,資産と負債の両建てによる増加であるが(前掲第4-3-5図),これは,一面では,我が国が国際金融センターとして金融仲介機能を果たしていることを示す。特に84年から89年にかけては,我が国は短期資本流入超,長期資本流出超が続き,期間変更(マチュリティー・トランスフォーメーション)による金融機能を国全体として果たしてきたといえよう。

一方,証券投資における売買取引の活発化であるが,これは,近年の国際資本市場の発達を反映したものでもあるが,特に我が国の場合,対外資産増加と並んで,機関投資家に対する対外証券投資規制の緩和,外為法の規制緩和(先物為替予約の実需原則の廃止等)も作用して,80年代半ば頃から対外証券投資が一段と活発化した。特に,為替相場や金利の変動に際して活発な裁定取引が行われるようになってきている。80年以降の対外証券投資の状況をみると(第4-3-7図),残高の増加に比して売買高が大きく,比較的短期の売買が活発に行われていることがわかる。もっとも,その回転率をみると,大幅に円高が進展した86年頃にかけてピークに達し,その後はやや落ち着き傾向を示している。

このような国際的な資本移動が活発化することによって,各国間の市場の一体化も進んでいると考えられる。市場の一体化の進展は,金利裁定行動により各国間の金利の相互連関を強めると考えられる。この点を日米間についてみると(第4-3-8図),直近の10年間の方が,それ以前の10年間より日米間の実質金利の相関が強まっているとの結果が得られた。また,実質金利の計測には種々の方法があり,その水準については幅をもってみる必要があるが,日米間の実質金利のかい離についても,最近時の方が概ね縮小しているといえよう。このことは,日米の金融市場が,活発な相互取引により,近年,より連関性を強めていることを示しているものとみられる。これは,日米間の金融面での相互関係の強まりをも示しているといえよう。

4 技術移転を伴う直接投資

資本供給が直接投資のかたちで行われる場合,単に資金を供与するだけでなく,広い意味での経営資源の移転を伴うケースが多い。特に,製造業における先進国から発展途上国への投資においては,何らかのかたちの技術移転を伴うことが多い。技術移転の方法には,学術論文による伝播,政府による技術協力,特許や技術ライセンス契約等により個別的に対価を支払って導入するもの,輸入された製品を通じるもの,等様々なものがある。その中で先進国からの直接投資の受入れは,特に発展途上国にとっては,最も効率的でかつ重要な技術導入方法のひとつといえる。なぜなら,直接投資の場合,投資を採算にのせるためにも,投資する側が一括してノウハウを提供するため,とかく発展途上国側で不足しがちな,導入された技術を採算ベースに乗せるための様々な周辺技術や経営ノウハウ,さらに必要な資材調達ルート,出来上がった製品の販路等ももたらされるケースが多いからである。

このように,近年増加した我が国の製造業における直接投資は,特に発展途上国を中心に,技術移転にも大きな貢献をしているとみられる。

しかしながら,こうした技術の移転に関して,投資する側と受入れ側で認識の違いが生ずるケースもある。一般に,投資を受入れる側では,より先端的な技術を移転して欲しいという気持ちが強く,投資企業の技術移転状況に不満を持ちやすい。これに対し,投資する側では,投資先で受入れ体制の整っていないような高いレベルの技術については,移転に慎重にならざるを得ない。そもそも,新しい技術の導入は,それを生かせる周辺技術や人材が揃っているようなところでないと,成功しない。また,技術は,それに適合する資源賦存状況のもとでないと,その真価を発揮できない。その意味で,非常に資本集約的な最先端技術が,発展途上国に適合しないケースは多いとみられる。したがって,技術移転に関する受入れ側の不満に対しては,こうした事情をよく説明して理解を求めるとともに,技術受入れ体制の整備方法等について助言をすることが有用であろう。

もっとも,先進国の企業側に発展途上国のキャッチアップに対する警戒感があるのも事実である。したがって,一般的には先進国サイドにおいても活発な技術開発が進めば,そうでない場合に比べてより迅速に技術移転が進むと考えられる。また,技術的知識やノウハウ等の法的保護について,国際的なルールを確立するとともに発展途上国における知的財産の保護制度の整備を促進,支援することも,技術移転に対する障害を低下させる要因となろう。

最近のアジア諸国への我が国の技術移転状況について,日経産業消費研究所「日本企業のアジア諸国企業に対する技術移転アンケート」(90年10月調査)によると,調査回答企業(機械,電機,自動車,精密機械の4業種,342社)のうち,60%がアジア諸国・地域に対し技術移転をしたことがあると答えており,また技術移転件数のうち42%はプラザ合意以降の86年から90年までの最近5年間におこなったとするなど,近年,直接投資自体が活発化するとともに,技術移転も進んでいるとみられる。また,総務庁「科学技術研究調査報告」によると(第4-3-9図),我が国のアジア地域(西アジアを除く)への技術輸出件数は,やはり86年度以降増加しており,特に89年度には大幅に増加している。

また,対先進国投資においても,たとえば,総合研究開発機構「日本の直接投資に対するアメリカの世論」(88年3月調査)によれば,「日系企業によりアメリカ企業のマネージメントは向上した」と答える向きが一般市民,指導者層,日系企業従業員いずれにおいても高くなっている(回答比率,各68.6%,76.0%,70.2%)。この調査はサンプル数が少ないので結果の解釈には慎重を要するが,少なくとも一部においては,広義の経営資源である我が国のマネジメントのノウハウが現地に移転され,成果を挙げ始めていることを窺わせる。

5 投資摩擦問題の考え方

我が国の直接投資の短期間の急増のなかで,受入れ国内の一部には,その急増そのものに対し懸念を表明する論調もみられる。また,直接投資の内容や現地での運営方法を巡って,進出側と受入れ側で見解の相違が生じるケースも生じている。さらに,我が国の対外直接投資に比較して対内直接投資が少ない点等を背景に,我が国に対内投資に関して障壁が存在すると指摘する向きもみられる。以上の点を総称して「投資摩擦問題」と呼ばれることもある。ここではこうした問題についての考え方を整理してみよう。

(投資摩擦問題の整理)

投資摩擦は,投資受入れ国の政府,企業,業界団体,経済団体,一般市民等と,投資母国の政府,親企業,投資受入れ国にある子会社等との間で様々なレベル,組合せで生じる。一般に投資摩擦問題として指摘されているものを整理すると,①特定の国,地域,物件に対する投資規模の大きさや増加速度そのものに対する懸念や不快感,②対外直接投資と対内直接投資の規模の違い等を背景に我が国に投資に対する障壁が存在すると指摘するもの,③直接投資における技術移転,権限委譲の度合,利益の再投資比率等の「現地化」の進展状況等,現地法人の運営方法に関する問題点の指摘,の3点に大きく分けて分類できる。

我が国の投資については,まず,①「投資規模や増加速度に対する懸念」については,直接投資が現地経済における現実の脅威となるというよりも,感情的な反発に基づく部分が大きいとみられる。実際,我が国の直接投資は,近年急増しているといっても,たとえば対米投資残高ではイギリスに比べれば低く,また東南アジアにおいても売上割合,雇用割合において低い水準にある。また,前記「日本の直接投資に対するアメリカの世論」によると(第4-3-10図),「日本の直接投資はアメリカの経済にとって利益となる」といった見方に同意する割合がそうでないものをかなり上回っているのに対し,「日本の直接投資はアメリカに経済的独立性を失わせるものである」,あるいは「日本の直接投資のペースを抑えるべきである」といった見方に同意する割合が,直接投資のメリットを直に受けている日系企業従業員に比して,一般市民でかなり高く,前述のメリットの認識とやや矛盾する結果となっている。このように直接投資の急増そのものに対する懸念や不快感は必ずしも経済的根拠を持つとはいいがたいが,こうした点が対日感情の悪化や投資に対する保護主義の運動に結びつく場合も考えられ,全面的に看過することが出来ないのも事実である。こうしたケースに対しては,進出企業側で,現地経済,社会との融和に努め,また,直接投資が現地経済の発展に寄与することの説明を十分行い,理解を求めていく努力が必要であろう。

次に,②「対内直接投資の相対的な少なさ」については,対外直接投資と対内直接投資を均衡させる必要があるというような,極端な議論もあるが,これは,直接投資が投資側,受取側相方の利益となることを踏まえていない誤解に依拠したものであることが多い。また,我が国の場合,まず,対外バランスとの関係を考えてみると,近年,ネットで長期資本が大幅な流出超過になっており,対外投資が対内投資を全体として上回ることは不自然ではない。加えて,第2節でみたように,現在,企業はグローバル化の進展という構造変化の途上にあり,対外直接投資が非常に拡大する局面にあるものとみられる。また,直接投資の規模は,企業の投資リスクに対する態度や判断,さらに貿易における障壁の高さにも依存する。もちろん,対内直接投資自体に対し,障壁が存在するかどうかも重要な点である。

我が国は,80年の外為法改正以降,対内直接投資について,国の安全・公の秩序維持等にかかる業種およびOECD資本自由化コード上留保している4業種(農林水産業,鉱業,石油業,皮革または皮革製品製造業)を除き,原則自由化している。もっとも,我が国市場に対する参入に際し,様々なかたちで困難を感じる外国企業が少なからず存在するのも事実である。外資系企業が参入する際の障害としては,地価の高騰,ユーザーの要求水準の高さ等が主なものと考えられるが,流通構造,取引慣行等に限ってみても,いくつかの要因をあげることができる。公正取引委員会「外資系企業からみた日本市場の実態について」(89年11月調査)によれば(第4-3-11図),我が国において事業活動を行なっているとみられる外資系企業のなかには,「品質」,「納期・納入方法」,「価格」等について対応困難と感じている企業が最も多い一方,「複雑な流通経路」,「複雑な取引慣行」,「政府規制」等について対応困難と感じている企業も存在し,この点に関連して,90年6月にとりまとめられた日米構造問題協議最終報告を受け,大規模小売店舗法の運用適正化及び法改正,独占禁止法及びその運用の強化,外為法の改正等,規制の緩和や市場における公正な競争の確保に向けての枠組みの強化等の措置がとられた。今後も,規制緩和,市場開放を一層進め,また,外国人等外部の人間にわかりにくい取引慣行等の透明性を高め,参入に障害となりうる点があれば,これを改める姿勢も必要である。

このように,「対内直接投資の相対的な少なさ」については多面的な検討が必要であるが,これまで対外直接投資に比べ対内直接投資が低水準にあるのは事実であり,今後は上記の規制緩和,市場開放に加え,日本市場に関する情報提供への支援,海外の企業の事業展開の円滑化を図るための金融上の支援などの施策の推進が,対日直接投資への促進に資すると期待される。

さらに,③「現地企業の運営方針に対する見解の相違」については,まず,このところ現地法人を対象とした訴訟件数が増加している(第4-3-12図)。これらの訴訟には直接投資摩擦問題に関係ないケースも多いとみられるが,広い意味での現地法人の運営方法についての見解の相違等の問題が増加していることを窺わせる結果となっている。

見解の相違の具体的な内容をみると,まず,いわゆる「現地化」については,我が国企業の現地子会社への権限の委譲の度合が,欧米企業に比して低いといった見方が存在する。この点については,通産省「海外事業活動基本調査」によると(第4-3-13図),本社の承認が必要とされる事項は,89年において,86年に比し,ほとんどの分野で減少する傾向がみられ,今後は人的な面も含めて現地化が徐々に進むことが期待される。また,現地社会との融和・貢献活動についても,同調査によれば「各種団体への寄付」,「コミュニティーの各種イベントへの参加」,「教育寄付」等を中心に,設立時期の古い企業ほど活発に行っており,今後は85年以降急増した現地企業についてもこうした活動が増加し,全体の水準が高まるとみられる。さらに,技術移転に関する要望については,すでにその項で指摘したように,現地の理解を得つつ,着実に進める必要があろう。

以上みたように,我が国における投資摩擦問題への対応は今後も進んでいくとみられるが,一方,投資受入れ国側に対しても,直接投資を制限するような措置を除去するよう求めていく必要がある。具体的には,発展途上国において各種の対内投資規制があり,また,先進諸国においてもアンチ・ダンピング関税の恣意的運用によって間接的にローカル・コンテントを要求する動きがみられるが,こうした規制は,次節で採り上げるような国際的な枠組みの強化によって漸次撤廃していく必要があろう。

6 経常収支黒字とODA,金融仲介機能

政府開発援助(ODA)のためにはある程度の経常収支黒字を確保しておく必要がある,という意見がよく聞かれる。また,日本が国際的な金融仲介機能を果たすために経常収支黒字が必要である,といった意見も聞かれる。こうした日本の世界に対する資金供給者としての役割が,経常収支黒字を必要としているかどうかについて,みてみよう。

(ODAと経常収支黒字の関係)

ODAと国際収支との統計上の関係をみると,ODAのうち無償の資金援助は,移転収支の支払いであり,概念的には経常収支には赤字要因となるが,円借款は,長期資本の流出として取り扱われる。

現在,日本の経済協力は,「人道的配慮」と「相互依存関係の認識」を基本理念とし,発展途上国の人々の生活向上を目的として行われている。また,一般的にいっても,こうしたODAの目的を所得の高い先進国から所得の低い発展途上国への所得移転を通じて達成しようとするものである。したがって,ODAの供与,受取は,経常収支の黒字,赤字によって決まることではない。例えば,北欧諸国は,経常収支の赤字が対名目GNP比で2~3%前後になっているが,ODAの対名目GNP比は1%前後にも達している。

(金融仲介機能と経常収支)

次に,金融仲介機能と経常収支の関係について,みてみよう。80年代の日本の金融・資本市場は,為替管理の自由化と金融の自由化が進みかつ金融仲介機能を国際的にこなせるまで成長した。ところがその時期と同時に経常収支の黒字も大きくなった。このため,国際的な金融仲介機能が,あたかも経常収支黒字を必要としているようにもみえる。確かに国際的な仲介機能を初めて発揮していくような段階では,イギリスでもアメリカでも,純資本輸出国(フロー),純債権国(ストック)になった歴史的事実がある。

しかし,逆に,経常収支黒字の対名目GNP比が86年(4.5%)をピークに90年(1.2%)にかけ大きく低下しているから日本の国際的な仲介機能もそれに伴って低下しているのかといえば,そうではない。国際的な金融仲介機能を経済指標で端的に示すことは困難であるが,一つの傍証として,長期資本の流出の対名目GNP比をみると,80年の1.0%から,86年の6.6%に高まった後,89年で6.7%,90年には4.0%となお,高水準を維持している。長期資本の流入の対名目GNP比は,変動が大きいが,80年1.2%,86年0.0%の後,89年3.6%,90年には2.6%となっている。したがって,長期資本の流入・流出の合計の対名目GNP比は,日本の経常収支黒字の対名目GNP比が大きく低下する中で,86年の6.6%,90年6.6%とほとんど変わっていない。

(ODAの拡充を通じた我が国の国際貢献)

我が国は,これまで4次にわたり中期目標を設定し,ODAの着実な拡充に努めてきたところであり,90年におけるODA実績も,円ベースでは8.2%の増加(ドルベースでは3.1%の増加)となり,DACメンバー国中2位となっている。今後ともその効果的,効率的な執行に留意しつつ,88年6月に設定した第4次中期目標に向けて着実な拡充に努める必要があろう。