平成3年

年次経済報告

長期拡大の条件と国際社会における役割

平成3年8月9日

経済企画庁


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第3章 長期拡大と供給制約

第5節 エネルギーと供給制約

昨年8月のイラクによるクウェイト侵攻に端を発した湾岸危機はエネルギー供給の大きな部分を石油に,そして地域的には湾岸地域に依存する我が国のエネルギー供給構造の脆弱性を改めて浮き彫りにした。幸いにして危機は開戦後短期間で終結し,危機下においてもサウジアラビアを中心とする増産等から需要期にあったにもかかわらず世界の石油需給はひっ迫が防がれ,一時急騰した石油価格も最近ではほぼ危機発生前の水準に戻っている。しかし,我が国では近年景気拡大とともにエネルギー・石油消費が増加する傾向がみられ,世界的にも開発途上国や旧共産圏を中心に世界のエネルギー・石油需要が増加を続けるなかで,資源エネルギー,地球環境問題が我が国の長期的な成長にも影響を与える可能性が指摘されている。

本節ではまず80年代後半における世界の石油需給を概観した後,湾岸危機下の短期的な世界の石油需給を振り返り,需給ひっ迫が防がれてきた要因を明らかにするとともに,我が国におけるエネルギー需要の動向を分析し,中長期的に世界の石油需給がひっ迫基調で推移し,また地球環境問題への対処が必要とされるなかでの我が国の今後の対応を論じることとする。

1 湾岸危機と世界の石油需給

(湾岸危機下の世界の石油需給)

80年代後半の世界の石油需給を概観すると,石油消費量は79年の日量6,451万バーレルをピークに第2次石油ショックの影響から減少したが,84年以降は世界景気の拡大と石油価格の低落から増加に転じ,89年には日量6,474万バーレルと79年のピークをわずかながら上回る水準に達していた。一方,石油生産は70年代から一貫して増加していた非OPEC諸国の生産量が油田の老朽化や価格低落による油田開発の停滞から85年以降は頭打ちとなり,結果として80年代後半の世界の石油需要の増加のほとんどがOPEC諸国による増産で賄われてきた。こうしてOPECの生産余力(生産能力と実際の生産の差)は80年代後半に急速に縮小して89年末には日量約400万バーレルと生産能力の2割を下回り,現在の消費の伸びが今後も続くと仮定すれば90年代半ばにはOPECからの供給制約が顕在化することが予想されていた。

こうしたなかで昨年8月に湾岸危機が発生し,IEAの推計では世界の石油市場からイラク及びクウェイトからの日量430万バーレル(89年の世界の原油生産量の7.2%)の供給が失われ,原油スポット価格(ロンドン市場,北海ブレント)は投機的な要因も加わってバーレル当たりそれまでのおよそ18ドルから一時は40ドルを超える高騰を示した。しかし,事後的にみると,サウジアラビアを中心とした増産の結果,第3-5-1表にみるようにOPECの原油生産量は7~9月期にはやや減少したものの10~12月期には日量2,310万バーレルと89年実績を上回る水準に回復し,スポット価格も9月下旬をピークに下落に転じた。さらに91年1月の開戦後は早期終結への期待からスポット価格は急落し,最近月にはほぼ危機発生前に近い水準にまで低下している。また需要面をみると,昨年の冬が暖冬であったことや米国経済が不況に陥るなど世界経済の拡大が鈍化したため,第3-5-1表に示されるようにOECD加盟国合計の90年下期(7~12月)の石油消費量が前年に比べ減少したことも石油需給のひっ迫が回避されたもう一つの要因であったといえよう。

今回の湾岸危機において需給ひっ迫が防がれた最大の理由は,OPEC諸国の生産余力が残り少ないと考えられていたにもかかわらず,現実には休止設備の再稼働などにより短期的に大幅な増産が実現され,イラク・クウェイト両国からの供給途絶分が補われたことであったが,この結果はサウジアラビア等の「穏健派」諸国のOPEC内における原油生産シェアが高まることとなり,そのOPEC内における主導権が強まったとみられている。世界の石油需給は,価格高騰による需要の減少を回避しながら石油収入の最大化を図るというこれら諸国の姿勢を反映し,当面は緩やかな引締まり基調で推移するものと見込まれている。

湾岸危機発生前,OECDの石油(陸上)在庫は,原油,石油製品併せて消費量の97日分(90年7月1日現在)と高水準にあり,産油国の陸上・洋上の備蓄とともに万一の場合の不足を補うことが期待されていたが,上に述べたように需要を賄うに十分な生産が確保されたことから石油在庫は90年中を通じて88,89両年の水準を上回って推移し,需要期入りから通常,在庫が取り崩される第4四半期(10~12月)の在庫取崩しも例年より小さかったことから,91年初の在庫水準は消費量の95日分と前年を3日分上回った。

(我が国の原油・石油製品輸入の動向)

湾岸危機下の我が国の原油輸入動向をみると,90年度においては各四半期とも前年を上回る輸入実績となり,年度計では2億3,848万キロリットルと前年度を13.1%上回った。こうした原油輸入の大幅な増加の背景としては,湾岸危機の影響により国際石油製品市場の価格が高騰するとともに,石油製品輸入が困難になると見込まれたこと等を踏まえ,我が国の原油処理量が拡大されたこと,及び景気拡大を反映して電力用及び石油化学用需要が増加したことが挙げられる。また原油輸入を国別にみると,イラク及びクウェイトからの輸入の大幅な減少に対して,サウジアラビア等からの輸入が大幅に増加した。90年度の輸入実績を地域別にみると,イラク及びクウェイトからの輸入が前年度に比べてそれぞれ809,580万キロリットル減少したものの,サウジアラビアからの輸入が1,838万キロリットル増加したほか,イラン,UAE,インドネシア等からの輸入も大幅に増加した。また,石油製品の輸入は燃料油計で4,044万キロリットルと前年度に比べて895万キロリットル,18.1%減少したが,これは国際石油製品市場における需給がひっ迫したためである。

こうして湾岸危機下において,イラク・クウェイト両国からの輸入の減少が他の産油国からの輸入の増加で代替された結果,国内においても石油製品の需給は総じて安定して推移し,石油(原油+石油製品)備蓄も国家備蓄54日,民間備蓄88日の計142日分の水準が維持された。91年2月については,同1月17日に民間備蓄義務量を4日分引き下げた結果,国家備蓄54日,民間備蓄84日の計138日分となった。

2 我が国の省エネルギー・省石油の動向

今回の湾岸危機の我が国経済への影響は過去2回の石油危機に比較して小さなものであったが,その背景には上に述べたように量的な不足が回避されたことに加え,第1次石油危機以来の省エネルギー・省石油の進展の結果,我が国経済に対する石油価格上昇の影響が以前に比べて格段に小さいものとなっていたことが挙げられる。

(マクロでみた省エネルギー・省石油の動向)

我が国の実質GNP(85年価格)は73年度の約208兆円から89年度には約388兆円へと1.9倍に拡大しているが,この間エネルギー消費(一次エネルギー総供給ベース)は原油換算4億1,442万キロリットルから4億9,933万キロリットルへと1.2倍の増加にとどまっており,実質GNP1単位を生産するために必要とするエネルギー消費(一次エネルギー総供給の対GNP原単位)は89年度には73年度の64.5%に低下している。またエネルギー源の脱石油化が進展した結果,石油消費量(原油,石油製品及びNGLの合計。発電用,原料用消費を含む一次エネルギー総供給ベース)はエネルギー消費全体が増加するなかで同期間に3億2,068万キロリットルから2億8,911万キロリットルへと9.8%減少し,石油消費の対GNP原単位は89年度には73年度の48.2%と半分以下に低下している。また,一次エネルギー総供給の石油依存度でみると,73年度の77.4%から89年度には57.9%へと低下している。こうした省エネルギーの進展は,他の先進諸国と比べても特に大きなものであり,我が国におけるエネルギー消費原単位(エネルギー消費/実質GDP)は73年を100として88年には68と,アメリカの74,ドイツの77を大きく上回る低下を示している(第3-5-2図)。

しかし,第3-5-2図にも示されているように,我が国では88年にエネルギー消費原単位が上昇するなど,近年,景気の長期拡大,低水準のエネルギー価格を背景にエネルギー消費が増加傾向にある。

(部門別にみたエネルギー消費の特徴)

73年度以降の我が国のエネルギー消費の動向を部門別にみると,産業部門のエネルギー消費が73年度を下回って推移しているのに対して民生部門及び運輸部門が高い増加を続けており,民生部門のなかでも特に家庭用民生部門はほぼ一貫して他の部門を大きく上回る高い増加を示している(第3-5-3図)。

また,最近の動向をみると,82年を底にエネルギー消費は緩やかな増加に転じた後,87年以降その伸びが高まっており,部門別にみると産業,業務用民生,運輸,家庭用民生のいずれにおいてもエネルギー消費の伸びが高まっている。これをエネルギー消費増加率に対する各部門の寄与度でみると,産業部門のエネルギー消費は85,86の両年度には減少を示したものが87年度になって増加に転じ,我が国における近年のエネルギー消費の伸びの高まりに大きく寄与していることがわかる。

(産業部門における省エネルギー・省石油の現状)

エネルギー消費における民生部門,運輸部門の比重が傾向的に高まってきているとはいえ,産業部門のエネルギー消費の動向は依然,全体のエネルギー需要に大きな影響を与えている。ここでは産業部門における省エネルギー・省石油の動向から,最近において省エネルギー・省石油の動きが停滞している背景を探ることとする。

産業部門の省エネルギー・省石油は個々の産業における省エネルギー・省石油のほかエネルギー・石油多消費産業から少消費産業へ産業構造が変化することによっても生じうる。そこで産業部門全体のエネルギー消費原単位(エネルギー消費/産業別実質GDP)の変化を個々の産業における原単位低下によるものと産業構造変化によるものに寄与度分解してみたものが第3-5-4図である。これによると,73年度以前には素材型業種では大幅なエネルギー利用効率の向上がみられていた一方,非製造業ではエネルギー利用効率の悪化がみられ,産業部門全体としてのエネルギー利用効率の向上が小幅なものにとどまっていたことに加え,素材型業種のウエイトが拡大し,産業構造のエネルギー多消費化が進んだ結果,全体としてのエネルギー消費原単位の低下は極めてわずかなものにとどまっていた。ところが,2度の石油危機を経て,非製造業でもエネルギー利用効率の向上がみられるようになり,産業部門全体としてエネルギー利用効率の向上が加速したことから産業部門全体のエネルギー消費原単位は,79~85年度についてみると,年率3%を超える急速な低下を示した。また,85年度以降についてみると,素材型業種でエネルギー利用効率が悪化し,非製造業でもエネルギー利用効率の向上が停滞していることから,産業部門全体としてエネルギー利用効率がやや悪化し,産業構造の変化からある程度のエネルギー消費原単位の低下がもたらされてはいるものの,その低下テンポは年率1%程度へと大幅に鈍化している。

また,石油消費原単位について同様の寄与度分解を行ってみてもほぼ同様の結果がえられ,産業部門の石油消費原単位は79~85年度には年率5%を超える極めて急速な低下を示していたものが,85年度以降は素材型業種,非製造業を問わず個々の産業における利用効率の向上が停滞し,石油消費原単位の低下は大きく鈍化している。

3 資本ストックと省エネルギー

(生産設備の省エネルギー化)

73年度以降の産業部門における省エネルギーは主として生産設備の省エネルギー化を通じて実現されてきた。鉄鋼における連続鋳造設備や紙パルプの連続蒸解装置,セメントのNSPキルンの導入といった大型の省エネルギー投資が素材型業種におけるエネルギー消費原単位の低下に大きく寄与したことは良く知られている。ところが,資本ストック1単位当たりのエネルギー消費量をみると,加工型業種や非製造業においても73年度以降素材業種にほぼ匹敵する大幅なエネルギー生産性の向上が見られている(第3-5-5図)。すなわち,加工型業種や非製造業においては省エネルギーを直接の目的としていない投資であっても,新しい設備が技術革新を反映して全般的な意味で生産性が高く,例えば生産工程の合理化や製品の歩留りの向上などの成果を通じて,結果として資本設備の省エネルギー化が実現されてきたものとみられる。

(エネルギーの相対価格と要素代替)

こうした資本設備の省エネルギー化の進展の基本的な背景としては,73年以降のエネルギーの相対価格の上昇が挙げられる。第3-5-6図はエネルギー,資本及び労働の3つの生産要素間の相対価格の動向を示したものであるが,エネルギーと資本の相対価格を見ると,第1次石油危機を境に,それまで安定した推移を示してきたエネルギーの相対価格が75年にかけて急激に上昇を示し,78,79年にいったん低下した後,第2次石油危機によって82年にかけて更に一段と上昇を示し,70年に比べると3倍近い水準に達している。しかし,エネルギーの相対価格はその後,逆に低下に転じ,90年にはほぼ第2次石油危機前の水準にまで低下している。こうして,特に第2次石油危機後にエネルギーの割高感が強まったことが前にみた資本ストックの省エネルギー化の要因となるとともに,80年台後半には,逆にエネルギーの割安感が生じ,資本ストックの省エネルギー化のテンポが鈍化する大きな要因となっているとみられる。

こうして,短期的にみると,エネルギーコストの全コストに占めるシェアは低下し,価格効果を通じた省エネルギーの誘因は弱まっている。もちろんエネルギーは,特に素材型業種において,依然として主要なコスト構成要素の一つであることから,省エネルギーを実現することが企業収益の拡大に寄与する潜在的可能性はつねに存在する。また,70年当時と比べた場合,エネルギー価格の投資財に対する相対価格が現在なお2倍近い高さにあることなどから,将来の省エネルギーに結びつく可能性がある比較的懐妊期間の長い省エネ関連研究開発に取り組むことにより,大幅な省エネルギーが実現される可能性が残されている。今後,長期的な視点からこうした研究開発を一層促進していくことは,個々の企業にとって重要であるだけでなく,以下に述べるように,エネルギー・環境制約のなかで我が国が比較的高い経済成長率を今後とも維持していく上でも不可欠と考えられる。

4 石油・エネルギー,地球環境問題と経済成長

湾岸危機の影響が軽微にとどまったとは言え,我が国では石油・エネルギー需要が経済活動の活発化を背景に近年,増加傾向を辿っており,将来における石油価格高騰の可能性や地球環境問題の制約の強まりを考えると,長期的な視点から,省資源・省エネルギー,二酸化炭素等の温室効果ガスの排出抑制に取り組んでいく必要がある。

(世界の石油・エネルギー需給の展望)

IEAの見通し(91年6月)によれば,89年から2005年にかけて世界のエネルギー需要は年率2.2%で増加するものと見込まれているが,うち先進国のエネルギー需要は年率1.3%の増加にとどまる一方,開発途上国,旧共産圏のエネルギー需要はそれぞれ同4.2%,2.2%と先進国を上回る増加を示すことが見込まれている。

一方,世界の石油需要については(91年6月見通し),エネルギー需要同様,開発途上国,旧共産圏では先進国を上回る需要の伸びが見込まれているが,石油需要の増加率はエネルギー需要全体の増加率を下回り,LNGなど石油以外のエネルギー源の比重が増大するものと見込まれている。しかし,上記見通しによれば,2005年においても世界のエネルギー需要の33%が石油に依存することが見込まれ(89年は36%),エネルギー源としての石油の重要性は依然として大きいことが示されている。こうした石油需要の増大に対して2005年までの期間についてはほぼ需要に見合った石油供給が確保されるが,地域的にみるとOECD域内の石油生産が減少し,旧共産圏の生産も伸び悩むことから中東に対する依存度が上昇し,世界の石油供給に占める中東のシェアは89年の26%から2005年には38%にまで高まるものとみられている。

(我が国の石油・エネルギー需給の展望)

既にみたように,我が国では近年,産業部門のエネルギー需要が経済活動にともなって増加し,また民生,運輸部門のエネルギー需要もほぼ一貫して高い増加を続けている。仮にこうした傾向が今後とも続くとすれば,エネルギー源の中東への依存度が高まり,将来の石油価格高騰の可能性に対して脆弱な体質が再び醸成されるとともに,地球環境問題への対応という観点からも大きな課題となろう。

こうした観点から,90年10月に閣議決定された「石油代替エネルギーの供給目標」においては,石油に対する依存度を89年度の58%から2010年度には45%にまで低下させることが目標とされているが,その前提として,89年度から2010年度までの我が国の最終エネルギー消費の増加を年率1.2%に抑制することが見込まれている。

さらに,地球環境問題については,地球温暖化防止のための国際的な合意形成に向けて,温室効果ガス排出量の安定化,削減の目標設定等を巡る動きが活発化し,多くの先進国で目標設定が行なわれているが,我が国においても90年10月,地球環境保全に関する関係閣僚会議において,一人当たり二酸化炭素排出量を2000年以降おおむね1990年レベルでの安定化を図ること,さらに革新的技術開発等が現在予測される以上に早期に大幅に進展することにより二酸化炭素排出総量が2000年以降おおむね1990年レベルで安定化するよう努めること等を目標とする「地球温暖化防止行動計画」が決定されている。

こうした二酸化炭素排出量の安定化を特段の方策を講じることなく,産業部門の生産削減といった方法で達成しようとする場合,我が国経済にとってのコストは多大なものとなり,経済成長に対するマイナスの影響を避けるためには官民挙げての大幅な省エネルギー,非化石エネルギーの開発・導入が今後進められる必要があると考えられる。

旧共産圏の需要及び生産の動向については現時点で不確定要素が大きいが,開発途上国や旧共産圏の経済開発が進むにつれこれら諸国でエネルギー,石油に対する需要が増加することはある意味で止むを得ないものであり,また先進国が世界のエネルギー需要の約半分を占める現状を考えると,世界のエネルギー,石油の需給の安定や地球環境問題の解決のために我が国としても積極的な貢献を果たす必要がある。また,我が国では諸外国に比べ,エネルギーの石油依存度,石油の輸入依存度,輸入石油の中東依存度がいずれも高く,経済安全保障の観点からも,長期的視点に立って,エネルギー需要の抑制と同時に非化石エネルギーへの依存度の向上,産油国との関係強化や石油輸入先の多角化などの対策を総合的に進める必要があるといえよう。