平成3年

年次経済報告

長期拡大の条件と国際社会における役割

平成3年8月9日

経済企画庁


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第1章 景気循環からみた日本経済の現状

第2節 個人消費と景気循環

景気の長期拡大の下で,雇用者所得は,賃金や雇用者数の堅調な伸びを反映して堅調に増加している。こうした状況を反映し,個人消費は90年前半の高い伸びに比べれば鈍化しているものの,堅調に推移している。耐久消費財の「循環」は今後調整局面に入り,これまでのような高い伸びがみられなくなることも考えられ,その動向を注視していく必要がある。

個人消費は景気循環に対して遅行する傾向があり,景気拡大のテンポが減速してきているなかで,景気を下支えすることが期待される。

1 雇用者所得の動向

1990年度の雇用者所得は,前年度比で名目7.9%増,実質5.3%増と堅調な伸びとなった。これは景気拡大が続くなかで,労働力需給の引締まり基調を背景に賃金が堅調に増加したこと,雇用者数が堅調に増加していることを反映している。

まず,労働省「毎月勤労統計調査」(事業所規模30人以上)により賃金の動きをみると,全産業の名目の現金給与総額は90年度は前年度比4.6%増と,81年度(5.1%増)以来の伸びとなった。内訳別にみると,定期給与が4.0%の増加であるのに対し,ボーナスなどの特別給与は6.1%の伸びとなった。また,定期給与のなかでは,所定内給与が春季賃上げ率が高まったことを反映して4.0%増と前年度の伸び(3.2%)を上回ったのに対し,所定外給与は所定外労働時間の減少を反映して3.8%増と伸びが鈍化した。物価上昇分を差し引いた実質賃金は1.2%の伸びとなった。

次に,総務庁「労働力調査」により,雇用者数の動きをみると,88年度に前年度比で2.7%増,89年度に3.0%増となった後,90年度は3.6%増と更に伸びを高め,4,882万人となった。

総務庁「家計調査」により家計収入の動向をみると,90年度の勤労者世帯の実収入は,名目では5.3%増と82年度(6.4%増)以来の伸びとなった。また,実質でも1.9%増と堅調な増加となった。内訳をみると,世帯主の定期収入が実質で0.6%増であったのに対し,賞与は4.7%増,妻の収入は5.7%増となった。また,可処分所得は実質1.5%増と89年度よりも伸びを高めたが,5年ぶりに実収入の伸びを下回った。これは,所得税減税が一巡したこと,社会保険料の料率が引き上げられたことから非消費支出が大幅に伸びを高めたことによる。

2 個人消費の動向

(90年度の個人消費)

90年度の個人消費は,年度前半の高い伸びに比べ,後半でやや伸びが鈍化したものの,雇用者所得の増加等を背景に堅調に推移した。

国民経済計算により,最近の実質民間最終消費支出をみると,88年度に前年度比5.4%増,89年度4.1%増となった後,90年度は3.5%の増加となり,堅調な増加を続けている。年度内の動きをみると,90年4~6月期に季節調整済前期比で1.6%増,7~9月期に0.2%増の後,10~12月期は0.3%の減少となったが,91年1~3月期は0.8%の増加となった(前年同期比では4~6月期6.3%増,7~9月期4.1%増,10~12月期1.8%増,1~3月期2.2%増)。10~12月期の実質消費支出の伸びが鈍化した背景としては,①暖冬等を背景に衣料品,暖房器具等の売れ行きが伸び悩んだこと,②湾岸危機の影響で原油価格が上昇したことにより石油関連製品の価格が上昇したこと,③天候不順等により生鮮食料品が一時的に品薄となり,高値となったことなどの一時的な要因が大きい。また,第2章で述べるように,個人消費の伸びが年度後半でやや鈍化したことの背景には,90年に入ってからの大幅な株価の下落もあると考えられる。

前記「家計調査」により家計の実質消費支出の動向をみると,90年度は全世帯で前年度比0.8%の増加となり,89年度からやや伸びを高めた。世帯別にみると,勤労者世帯で1.1%増,一般世帯で0.9%増と勤労者世帯でやや高い伸びとなった。全世帯について費目別に寄与度をみると,諸雑費,教養娯楽,家具・家事用品などが増加に大きく寄与している。年度内の動きについては,前年同期比で90年4~6月期に3.0%増,7~9月期に1.2%増の後,10~12月期は1.4%の減少となったが,91年1~3月期は0.4%の増加となった。10~12月期について費目別にみると,暖秋,暖冬の影響が大きいとみられる被服及び履物が実質前年同期比1.8%減,光熱・水道同1.6%減,家具・家事用品のうち冷暖房器具が同1.3%減,寝具が同29.6%減などとなった。また,生鮮食料品の価格上昇を反映して食料品が実質前年同期比1.0%減となった。

次に供給側の統計によって消費の動向をみる。全国百貨店販売額をみると,90年度は前年度比9.3%増と高い伸びとなった。年度内の動きをみると,前年同期比で90年4~6月期に16.6%増,7~9月期に9.8%増となった後,10~12月期6.3%増,91年1~3月期6.3%増と年度後半でやや伸びを低めた。商品別の動向をみると,衣料品,家具,その他の商品などで高い伸びとなっている。ただし,美術工芸品などの高額商品を含むその他の商品については,年度前半で二桁の伸びを示した後,後半で伸び率が鈍化し,91年1~3月期には2.8%まで低下した。これには資産価格の大幅な上昇を背景とした高額品消費の高まりが一服したことも影響していると考えられる。チェーンストア売上高(店舗調整後)については,前年度比で90年度は4.9%増と伸びが高まった。また,百貨店販売額と異なり,高額商品の取り扱いが多くないため,年度後半にも高い伸びを続けている。

乗用車の新車新規登録・届出台数をみると,89年度は物品税廃止の影響等により前年度比30.7%増と極めて高い伸びとなったが,その効果がほぼ一巡したこと等によって90年度は6.3%の増加にとどまった。年度内の動きをみると,年度後半で伸びを低め,91年1~3月期には0.7%の減少となっている。車種別にみると,普通車は90年度前年度比50.2%増,軽自動車は同73.9%増と,前年度に引き続き高い伸びを続けたのに対し,ウエイトの大きい小型車は同6.1%の減少となった。普通車の伸びが高かった理由としては,物品税廃止にともなう価格低下の効果が小型車に比べ相対的に大きかったこと,消費者の高級志向の高まり,総排気量2500ccの新型車発売等普通車の新製品投入が続いたことなどが考えられる。軽自動車については,90年1月から道路運送車両法施行規則の改正が実施され,規格が改正されたこと(総排気量が550cc以下から660cc以下に拡大したこと等)にともない,新車投入がみられたことなどによると考えられる。また,小型車の減少については,既に高水準となっていること,90年度はモデルチェンジも少なかったこと等が影響している。

最後に旅行販売額について,大手旅行業者12社取り扱い金額でみると,国内旅行は前年度比で90年度9.8%増と高い伸びとなったのに対し,海外旅行については5.2%増と前年度までの二桁の増加に比べて伸び率が低下した。これは湾岸における武力行使の影響によって海外旅行が91年1~3月期に前年同期比で30.2%の減少と大きく落ち込んだことによる。ただしこの間国内旅行はやや伸びを高めていることから,海外旅行から国内旅行へと需要が一部振り替わったとみられ,旅行に対する消費者の意欲には根強いものがあると考えられる。

(消費者信用と個人消費)

近年我が国の消費者信用市場は一貫して拡大傾向にある。消費者信用の充実は,手元に十分な資金がなくとも大きな支出が可能となることから,消費を促進したり,所得の変動に対する消費の感応度を低下させる可能性がある。他方,消費者信用残高の増大にともなう返済負担の増大が消費に対して抑制的な影響を与えることも考えられる。また,金利変動が消費の動向に与える影響が大きくなる可能性もある。

日本クレジット産業協会資料により,消費者信用残高をみると,89年末で52兆9,491億円(前年比23.1%増)と,75年の7兆978億円の7倍以上になっている(第1-2-1表)。消費者信用残高の家計可処分所得に対する比率も,75年の6.5%から89年には20.1%に高まっている。また,新規消費者信用額をみると,75年の10兆3,722億円から89年には57兆2,165億円と5倍以上になっている。こうした消費者信用の増加の背景としては,耐久財,サービス財等の消費の堅調な伸びがあるほか,家計がより多様な資産選択を行い,金融資産の両建て化(資産,負債ともに増加していること)が進んでいること,金融機関,信販会社,クレジット会社,百貨店などがカードローン等の信用供与を活発化させていることが挙げられる。

次に新規信用供与額についてその内訳をみると,商品,サービスの販売と直接結びついた「販売信用」よりも,金銭貸借である「消費者金融」の伸びが高い。消費者金融のなかでは,消費者ローンの伸びが高くなっている。また,販売信用のなかでは,割賦方式よりも非割賦方式(割賦方式以外の翌月一括払い,ボーナス一括払い,ボーナス2回払い等)の割合が近年高まっており,特にカードでの非割賦販売が増えている。

こうした消費者信用残高の高まりが消費に与える影響については,全体としてはさほど大きくはないと考えられる。まず,消費者信用残高の増加に伴い,消費者信用の可処分所得に対する返済比率は高まっており,かつ消費者金融の比重も大きくなっているものの,返済額は前年の信用残高を一貫して上回っている。これは消費者金融,販売信用ともに比較的短期に返済されることを示唆している。また,販売信用の中では金利負担を伴わないものが多いと考えられる非割賦販売の伸びが高い。このように,短期かつ金利負担の少ない信用の増加は,消費に対する金利変動の影響をそれほど高めることにはならないと考えられる。加えて,消費者信用の可処分所得に対する返済比率は,残高の可処分所得に対する比率よりも伸びは緩やかであり,残高の増加ほど返済負担は増加していないといえる。

また,クレジットカードによる信用供与は増加しているとはいえ,消費に占める割合はそれほど大きなものではない。貯蓄広報中央委員会の「貯蓄に関する世論調査」(90年)によれば,クレジットカードを利用している世帯は全体の34.7%である。また,利用していると答えた世帯の1年間平均利用回数は14回,1回の平均購入額は2.7万円となっており,90年の民間最終消費支出に占める比率を試算してみると,2%程度に過ぎない。さらに,家計調査により勤労者世帯の消費支出に占める月賦払いの比率を見ると,80年には,3.3%であったものが90年には2.3%となっており,低下傾向にある。したがって,当面,消費者信用残高の増大が返済負担の増大などを通じて個人消費の抑制要因となることはないと考えられる。

3 耐久財消費の動向

耐久消費財は,一度購入した後ある程度耐用期間が存在するため,一度消費が盛り上がると,需要が一巡した後に伸びが鈍化するという一種の「ストック調整」が行われると考えられる。今回の景気拡大において,耐久財消費は重要な役割を果たしたが,今後ストック調整が一般化すれば,消費の伸びが鈍化する可能性もある。ここでは耐久財循環の現状についてみることにする。

(主要耐久消費財の販売状況)

第1-2-2図は,主要な耐久消費財について出荷の動向を示したものである。これをみると,カラーテレビ,電子レンジ,VTRについてはおおむね87~88年をピークとする山がみられ,その後前年同期比増加率は低下している。洗濯機については,88年及び90年にピークがみられるが,全体として余り大きくは変動せず,91年に入っても堅調な伸びを続けている。冷蔵庫については,87年末と90年央をピークとする2つの山がみられ,最近伸びは低くなっている。エアコンについては,90年後半をピークとして伸びが高まり,最近伸び率がやや低下しているが,依然高水準の増加が続いている。乗用車については,88年央をピークとする山がみられた後,89年4月の物品税の廃止等の制度変更により,同年後半から90年前半にかけ大きく伸びが高まった。最近ではそうした盛り上がりは終了し,91年に入り前年比で減少となっている。

(耐久消費財全体のストック調整)

このように,品目別では調整局面に入っているものもあると考えられるが,耐久財消費全体で今後ストック調整が行われる可能性はあるのであろうか。

家計は,自分の生活水準に照らして望ましい耐久財のストック水準をもち,現実のストックをその水準に調整すると考えられる。そのため,ストックが積み上がるとフローが伸び悩み,ストック水準の増勢も鈍化するといった調整過程が働くことが予想される。第1-2-3図は耐久消費財の消費額(フロー)及び残高(ストック)の可処分所得に対する比率を示したものである。これをみると,70年代までは,おおむねストックの動きとフローの動きが対応しており,一定の水準を上下している。80年代初めにも,ストック水準の上昇を反映してフローの水準が低下したが,すぐに上昇に転じ,その後は両者ともおおむね一貫して上昇している。これは,70年代には上記のようなストック調整のメカニズムが働いており,その後,家計ニーズの高度化の結果,可処分所得比でみた耐久財ストックの望ましい水準が上方へシフトし,80年代にはその水準へ現実のストックが調整されたと解釈することができる。具体的には,耐久財の複数保有の広まり,大型化・高機能化,VTRなどの新製品の普及,などに対応した動きと考えられる。

次に,実質耐久消費財支出の増加額を,所得要因,資産残高要因,耐久消費財残高要因に分解してみると,耐久消費財残高は,耐久消費財支出に対してマイナスの影響を与えている(第1-2-4図)。したがって,耐久消費財の残高が増加した場合,次の期に耐久消費財を減少させる方向に作用するといった形での調整が行われていることがわかる。ただし,耐久消費財の変動は所得要因,資産残高要因によるところが大きく,ストック調整要因は一貫して減少の方向に作用しており,寄与の大きさもおおむね一定である。これは推計期間中耐久財ストックが一貫して増加していることと対応している。

89年になってストック水準そのものは堅調に増加しているものの,対可処分所得比でみたストック水準はやや鈍化している。前述のような対可処分所得比でみたストック水準のシフトが終了するとしたら,これまでのような高い伸びがみられなくなることも考えられるので,その動向を注視していく必要がある。

(住宅投資と耐久財消費)

住宅建設が行われると,引き続いて必要な家電製品が購入されることが期待される。しかし,91年に入って住宅着工戸数は減少しているため,これが逆に耐久財消費の抑制要因となることも考えられる。そこで,家電製品の出荷台数の増加率と,住宅着工戸数の増加率との相関係数を計算してみると,電子レンジ,冷蔵庫,洗濯機,掃除機,エアコン,衣類乾燥機について,それぞれ,0.785,0.430,0.301,0.437,0.231,0.262となり電子レンジを除くと余り相関はみられなかった。(相関係数は四半期データを用い,数期間時差を取って計算し,その数値のもっとも大きいものを採った。エアコンは1期,衣類乾燥機は2期の時差相関係数の値。それ以外は当期の相関係数)。したがって,住宅建設と耐久消費財消費の関連は薄く,住宅建設の減少が耐久財消費の減少につながるとは言えないものと思われる。

4 個人消費と景気循環

個人消費は,所得が変動した場合でも人々が消費水準をすぐには変えないことなどから,比較的安定的に増加する性質を持つ。GNPの構成項目の中でも,民間最終消費は他に比べて変動は小さい。こうした性質から,消費は景気変動に対しても遅行する傾向がある。第1-2-5図は,実質GNPの成長率と民間最終消費支出の寄与率を示したものであるが,84~85年の時期など,景気が山に差しかかる時期に寄与率が低下し,82~83年の時期や86年など,景気が後退期を迎えGNP成長率が低下する時期に寄与率が高まり景気を下支えしていることがわかる。

今回の景気の長期拡大における消費の堅調さは,雇用者所得の堅調な伸びに加え,高級な財・サービスに対する志向の高まりや物価の安定傾向などを背景としたものである。この拡大局面においては,89年度までは消費性向は年々上昇してきた(国民経済計算によると86年度84.5%,87年度85.1%,88年度85.6%,89年度86.2%)。なお90年度においては,雇用者所得の伸びを民間最終消費支出の伸びが1.8%ポイント下回った。消費者の意識変化による消費の刺激効果は持続的なものであり,更に,最近の労働時間の短縮の進展は,余暇関連の支出を増加させる効果をもつと考えられる。雇用者所得は,91年の民間主要企業の春季賃上げ率(労働省労政局調べ)が5.65%となっており,雇用の伸びも堅調であることから,当面堅調な伸びが続くと考えられる。景気拡大のテンポが減速してきているなかで,消費の堅調さは持続し,景気を下支えする重要な要因になると期待される。