平成3年

年次経済報告

長期拡大の条件と国際社会における役割

平成3年8月9日

経済企画庁


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はじめに

日本経済は50か月有余の長期の拡大過程をなお続けている。最近においては一時の高い成長に比べると拡大のテンポは減速してきているとみられるが,現時点で得られる情報の範囲では拡大局面が終わっていると判断できる材料がそろったということはない。減速の過程が各種の景気関連指標に変調をもたらしているが,これも景気後退局面入りのしるしと読むべきではなかろう。とすれば,「いざなぎ景気」とならぶ長さとなる時期が目前に迫っていることになる。

このように景気の腰は強い。また中長期的にみても他の主要先進国に比べて高めの成長を維持してきた。その背後には昨年度の年次経済報告で指摘したような我が国の企業に多くみられる技術開発,雇用面等でのシステムに優位性があった。こうした技術開発などの面での日本経済の活力は,日本経済の適応力の高さにつながっており,その面での健全性を物語っている。

それでは,日本経済には何の問題もないのであろうか。一面での健全性に対して他の面で何か歪みがないであろうか。あるいは将来の経済力の弱まりにつながるような問題を抱えていないであろうか。分配問題や資産格差の角度からの問題点の検討はすでに昨年度の年次経済報告で行ったが,それ以後の状況の変化のなかで,新たな問題が生じていないであろうか。

第1の問題は,目下の減速過程が,巡航速度への軟着陸に終わらず,スパイラル的な下降に入っていってしまうことはないか,である。すでに住宅の減少傾向がはっきりしており,個人消費も一時的要因があるにせよ,年度の後半には前半に比べると伸びが鈍化している。これらの要因による減速過程が在庫循環を通じて増幅され,景気後退局面入りという事態となることはないのであろうか。また,設備投資は長期にわたり,しかも高率の増加を続けてきたが,このことの反動は心配しなくてもよいのであろうか。自律的な景気循環という観点からして,現在はどのような局面にあり,また景気に対して外的なショックを形作る要因-外需や政策など-はどのように動いているのであろうか。これらが第1の問題であり,景気の現局面を考えるというテーマである。

第2の問題は資産価格の変化の背景とその影響である。日本経済のストック化が進む中で,資産価格の変化が経済に与える影響が大きくなっていることはいうまでもなかろう。そして,資産価格はここ数年かなり大きな変動を示してきた。となれば,昨年来の株価の下落や地価の鎮静化ないしは下落といった動きは景気にマイナスの影響を与えるのであろうか。アメリカでは不動産不況が深刻化し,これを契機とする金融機関経営の不安定化から貸し渋りがおこり,これが経済全体の景気後退の重要な要因となるといった現象もあったが,同様のことが日本でも起こるということはないのであろうか。これらは,資産価格の変動が,富効果(いわゆる資産効果)を通じてどのような影響を与えるか,企業行動や金融機関の行動に対してどのような影響を与えるか,という問題である。

第3の問題は,現在の長期拡大が供給面の制約から腰を折られることになりはしないかということである。過去の景気反転の例をみると,需給バランスを始め経済の各種バランスが崩れた結果,物価上昇圧力が高まるなどして財政金融政策が引き締められ,その政策効果によって反転した場合がみられる。したがって,景気との関連において,今回の景気拡大において,需給の過度の引き締まりという事態が起こりつつあったのか,ということをみておきたい。これは,物価の動向がどうであったかという問題でもある。また,現時点において人手不足が重大な供給制約を作り出していないかという問題がある。これは,物理的なボトルネックの危険性とともに,賃金上昇から物価の加速へという危険性がないかという問題を含んでいる。以上の問題とは別に,将来的には労働の供給面は高齢化という大きな問題を抱えている。その高齢化は貯蓄率にも影響を与えるであろう。その場合,日本の長期的な資本蓄積はどうなるのであろうか。これらは将来の問題であるが,現時点における人口構造,出生率,家計の貯蓄行動などに根ざしているという意味で,今日的な問題でもある。

第4の問題は,日本経済の対外面である。我が国の経常収支の黒字は顕著な減少を90年度まで示してきたが,にもかかわらず各種の摩擦はなくならない。この摩擦をどうするかということについては,地道に相手の誤解をとく努力を積み重ねていくしかない。ここでの問題は,摩擦そのものではなく,経常収支黒字が80年代にかけて大幅になった理由,いいかえれば,日本の経常収支黒字には構造的,体質的要因があるのか,という問題であり,また,それが最近縮小した要因である。そして,黒字国日本の果たすべき役割は何かという問題も重要であろう。ここのところの,旧東ドイツ,東欧,ソ連,中国などからの資金需要,中東における復興需要などに対して,日本がその潤沢な貯蓄から,資金を提供すべきだ,という議論も国内外で聞かれる。世界経済はどの程度の貯蓄不足に面しているのであろうか。また我が国の黒字が縮小してしまうとODAなどはできなくなってしまうのであろうか。そして,日本の役割といえば,国際的な共有財産,なかでも自由貿易体制に対する積極的な貢献が重要な課題であろう。

以上のような4つのテーマに対応して,以下では,

第1章 景気循環からみた日本経済の現状

第2章 資産価格の変動と景気循環

第3章 長期拡大と供給制約

第4章 経常収支黒字と日本の国際的役割

の4つの章を設けることとした。

このような章だてではあるが,これらの問題は複雑にからみあっている。そこで読者の便宜のために次のような各章間のつながりがあることを指摘しておこう。

①第2章,第3章はいずれも,景気の問題とかかわりがある。第1章の最後において,景気は現在どのような局面にあるかを議論しているが,実はその議論は3章をまとめたものでなければならないともいえる。第1章の末尾(第7節)を第2,3章の後で読んでいただいてもよい。

②資産価格の問題は金融政策との係わりが非常に深い。第1章第6節の金融政策に関する部分と第2章は一体をなすものといってもよい。

③さらに物価の動向については,第1章第1節の湾岸危機の影響に関する部分と第3章の第3節にわけて論じられている。

④国際収支の短期的な変動の説明が第1章第5節に出てくる。これは外需の動向についての説明が景気との関連で必要だからであるが,これも第4章につながる部分である。


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