平成3年

年次経済報告

長期拡大の条件と国際社会における役割

平成3年8月9日

経済企画庁


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要  旨

はじめに

日本経済は50か月有余の長期の拡大過程にあり,最近においては一時の高い成長に比べると拡大のテンポは減速しできているが,まだ拡大局面が終わっていると判定できる材料がそろったということはない。また,我が国は中長期的にみても他の主要先進国に比べて高めの成長を維持してきた。そして,日本経済は,技術開発などの面で活力があり,適応力が高く,その意味で健全性を保ってきたといえる。それでは,日本経済には何の問題もないのであろうか。次の4つの問題点が検討に値する。

第1の問題は,目下の減速過程が,巡航速度への軟着陸に終わらず,スパイラル的な下降となることはないかである。すでに住宅の減少傾向や消費が堅調ながら年度後半に減速しており,これらによって,減速過程がすでに始まっているとみることもできる。こうした減速過程が在庫循環を通じて増幅され,景気後退局面入りとなることはないのか。設備投資に関しては長期間,高率の増加を続けてきたこどの反動はないのか。また外需や政策などは景気にどのような影響を与えているのか。これらが第1の問題を構成する。

第2の問題は資産価格の変化の背景とその影響である。資産価格はここ数年かなり大きな変動を示してきたが,その背景はなにか。最近の株価の下落や地価の鎮静化,あるいは一部地域での下落といった動きは景気にマイナスの影響を与えるのであろうか。すなわち,資産価格の変動が富効果(いわゆる資産効果)を通じてどのような影響を与えるか,企業行動や金融機関の行動に対してどのような影響を与えるか,といった問題である。

第3の問題は,現在の長期拡大が供給面の制約を受けることにならないかである。需給の過度の引締まりという事態が起こりつつあったのかの問題,すなわち物価の動向がどうであったのかの問題でもある。また,現時点において人手不足が,物理的な供給制約を作り出したり,賃金上昇から物価の加速へという展開に結びついていたりしないであろうか。人口の高齢化,今後の貯蓄率の動きということも供給面での重要な問題である。

第4の問題は,日本経済の対外面である。我が国の経常収支の黒字は顕著な減少を示したが,その要因を明らかにしなければならない。また世界的な貯蓄不足が懸念されているが,それはどの程度深刻と考えるべきなのか,また日本がこの問題にどのように貢献するべきか,という問題もある。そして,日本の役割といえば,国際的共有財産,なかでも自由貿易体制に対する積極的な貢献が重要な課題であろう。

第1章 景気循環からみた日本経済の現状

第1節 90年度経済の特徴

90年度においては,東西ドイツの統一,ソ連・東欧の経済改革,そして湾岸危機と世界経済を激動させる出来事が続いた。一方でアメリカ経済が年央から景気後退局面に入るなど,世界経済の拡大にはかげりも生じてきた。IMFによれば,先進国全体の成長率は89年の3,3%から90年には2,5%へ減速した。その予測によれば91年には1.3%へとさらに減速が見込まれる。

こうした中で我が国の成長率は90年度に5.7%と,88年度,89年度に引き続き高めのものとなった。内外需別にみると,国内需要は,消費と投資の2本柱に支えられ,成長の寄与度は5.6%となった。外需の寄与度は0.1%となり,5年連続のマイナスは記録できなかったものの,小幅にとどまった。

90年度の経済の特徴としては国内民間需要が全体として堅調さを維持したこと,雇用の伸びが高かったこと,賃金・物価が基調としては落ち着いていたこと,経常収支の黒字が縮小したこと,などがあるが,これらは,今回の景気拡大局面の特徴でもある。

湾岸危機については,成長に対してはほとんど影響がなかったが,物価を一時押し上げた。しかし,今回の原油価格の上昇は,ほぼ同時期に円高が進行したことが特徴的であった。こうしたことから,湾岸危機の途中には物価上昇圧力が生じたものの,それが終わった時点でみると,原油価格,為替レートの両者の影響としては,物価を引き下げる圧力が生じたという結果となった。

第2節 個人消費と景気循環

雇用者所得は,景気の長期拡大の下で,労働力需給の引締まり基調を背景に賃金が堅調に増加したことや雇用者数が堅調に増加していることを反映して,堅調に増加している。個人消費は,90年前半の高い伸びに比べれば鈍化しているものの,雇用者所得の増加等を背景に堅調に推移している。また,近年消費者信用残高が増大しているが,当面返済負担などを通じて個人消費の抑制要因になることはないと考えられる。

耐久消費財の販売状況をみると,89年度の物品税の廃止等に伴う乗用車などの一部商品の盛り上がりは終了したものとみられる。耐久消費財の「循環」は,今後調整局面に入り,これまでのような高い伸びがみられなくなることも考えられるので,その動向を注視していく必要がある。また,住宅建設の減少が耐久消費財消費の減少につながるとはいえないと考えられる。

個人消費は景気循環に対して遅行する傾向があり,景気拡大のテンポが減速してきているなかで,消費の堅調さは持続し,景気を下支えする重要な要因になると期待される。

第3節 住宅投資と景気循環

新設住宅着工戸数は90年度当初に1時的な盛り上がりがみられたが,年度後半には減少傾向となり,最近では大きく減少して高い水準とはいえない状況になっている。

住宅建設は,金利水準などを通じて景気循環に影響される側面を持つとともに,人口要因などの構造的要因や建て替えサイクルといった独自の変動要因にも影響されている。これらの影響を踏まえると,最近の住宅投資が減少傾向にあるのは金利水準の高まりの影響が遅れを伴って現れているためと考えられること,最近は金利がやや低下していることを勘案すると,さらに金利が住宅着工にマイナスの影響を与えるとは考えにくい。また,建て替え需要やリフォーム需要も住宅投資を下支えする要因になると考えられる。90年度後半に国内需要の増勢が緩やかになったのは住宅投資の減少によるところが最も大きいが,堅調に推移している個人消費や設備投資のプラスの寄与に比べれば大きいものではなく,今後も内需中心の景気拡大を続けていくのに障害にはならないものと考えられる。

第4節 設備投資・在庫投資と景気循環

実質民間設備投資は1990年度まで3年連続二桁増の力強い拡大を続けた。最近の状況をみると,製造業における設備不足感は依然根強く,また投資目的として合理化・省力化や研究開発など需要動向に直接影響を受けない「独立投資」の比重が増大しており,さらに設備投資全体に占める非製造業投資のウエイトが長期的に増大していること等から設備投資は当面は底堅い推移を続けるとみられ,企業の91年度計画においても比較的堅調な増加が計画されている。

これまでの設備投資の拡大の結果,設備投資比率(名目民間設備投資/名目GNP)は高度成長期に匹敵する水準に達しているが,平均資本係数(資本ストック/産業別実質GDP)をみると,製造業の資本係数は比較的安定的に推移しているのに対し7,非製造業の資本係数が傾向的に上昇を続けている。非製造業の設備投資はそもそも需要としては個人消費の動向を反映する性格が強く,比較的安定的であることに加え,最近の資本係数の上昇は情報化関連投資の拡大等を反映したものであり,高い設備投資比率がストック調整を引き起こし,設備投資の累積的な下降をもたらす可能性は比較的小さい。一方,最近では金融引き締めを背景に設備投資の採算性が低下し,設備投資の伸びは鈍化しているが,こうしたなかで手元流動性の取崩しによって設備資金を賄う動きも見られている。

在庫投資については,在庫管理技術の進歩を反映して,在庫循環の振幅が小幅化している。91年にはいって出荷の伸びがやや鈍化するなかで在庫の増加が生じているが,1-3月期の出荷の伸びは依然在庫の増加をわずかではあるが上回っている。

第5節 外需の動向

90年度の外需は実質GNP成長に対しわずかながらプラスの寄与に転じたものの,86年度以降5年連続でいわゆる経済の内需主導型拡大が実現した。外需の内訳をみると,まず,輸出は,アメリカ向けが減少したものの,東南アジア,EC向けが伸びを高め,通関数量ベースで前年度の伸び率を上回った。一方,輸入も,製品類,鉱物性燃料等を中心に通関数量ベースで前年度を上回る伸びとなった。通関収支差は,原油価格上昇による交易条件の悪化が大きく寄与して,前年度比縮小し,貿易収支の黒字幅も引き続き縮小した。貿易外収支の動向をみると,投資収益収支の黒字幅縮小,運輸収支の赤字幅拡大等から前年度比で赤字幅が大幅に拡大した。更に,移転収支は,3度にわたる湾岸平和基金拠出金により赤字幅が大幅に拡大した。この結果,経常収支黒字は4年連続の縮小となり,また,縮小幅も大きく,黒字水準はピーク時(86年度)に比べ,約3分の1になった。また,経常収支の対GNP比率は1.1%と,やはりピーク時(同)に比べ,4分の1になった。この間,長期資本収支は,経常収支の黒字幅縮小,国内金融情勢の変化等を背景に流出超過幅が大幅に縮小した。為替相場をみると,対米ドル円相場は,90年度平均ではほぼ前年並みの水準となったものの,年度後半にかけ円高に向かった。

第6節 財政・金融政策と景気循環

90年度中の財政の動向をみると,特例公債依存から脱却するなど,財政再建は着実に進んでいる。一方,税収は全体して堅調に推移したが,税目別にみると,ばらつきがみられる。マクロの財政スタンスは,90,91年度ともに引き続き景気中立的であると判断される。こうしたなかで,91年度予算においては,「公共投資基本計画」を踏まえ,生活関連重点化枠が設定される等,社会資本.整備のための公共投資の拡充が図られている。地方においても,公共投資がこのところ活発に行われている。

89年にはプラザ合意以降の金融緩和は終わり,金利は上昇傾向に転じた。90年に入ってからも,長短金利は9月末までともに上昇したが,その後長期金利が緩やかに低下する一方,短期金利は高止まりした。この間,長短金利の逆転現象がみられた。また,株価は;度にわたり大幅に下落した。年度当初に高まりをみせていたマネーサプライの伸びは,,金利が上昇するなかで急速に鈍化をみせた。同時に,銀行貸出の伸びも大きく鈍化している。貨幣の流通速度がトレンド線に戻ってきたことからみて,金融引締めの量的な効果が現れてきたといえる。この結果,住宅建設が減少傾向を示したり,企業の資金繰りが厳しくなるなど設備投資環境に変化が生じているというように,金融引締めの効果は実体経済に浸透してきている。こうしたなか,公定歩合は約2年振りに引下げられた。

第7節 景気の現局面

景気の局面の判断に使われる景気動向指数(DI)のうち,先行指数が4月の統計までで8ヶ月にわたって50%を下回ったことから転換点が近いとよくいわれる。これは経済活動の水準が高くとも経済の拡大テンポが減速をするという状況のため,あたかも景気の後退局面のようにみえてしまう,ということであろう。一致指数が50%をしばしば割ることも,転換点を意味すると受け取られがちであるが,こうした動きは過去にみあたらない。これも減速だが景気後退には到らないというこれまでにない状況に対応している。さらに,過去の景気のピーク近くでは遅行指数が100%に達した例が非常に多いが,今回は違う。

総合的にみればまだ景気後退局面に入ったとはいえない。

最近の在庫の変動は大きな循環を作るにはいたらない場合が多くなっている。

また生産指数と在庫変動の間の相関も弱くなっていることからも,景気変動に対する在庫の寄与度の低下が認められる。最終需要にショックがあると,在庫の動きがそれを増幅するということが過去においては多かったが,最近はそういう動きは弱まっでいる。在庫の動きから景気の転換点がもたらされる危険性は少なくなっている。しかし,設備投資を中心とする景気循環までなくなっているわけではない。ただ,設備投資は投資計画の各種調査によれば増勢を保っており,7月の公定歩合引き下げの効果も期待できることから,設備投資循環の下降局面がすぐに現れることは考えられない。その他の需要項目も,消費のようにすでに減速要因として作用したものはあるが,これから追加的に減速要因となるものは少ないと思われる。

第2章 資産価格の変動と景気循環

戦後期の日本経済における景気循環では,資産価格の変動はそれほど大きな役割を果たしてきたとは考えられず,資産価格の変動と景気循環の関係について関心が寄せられたことはほとんどなかった。ところが,近年,両者の関係についてこれまでになく高い関心が寄せられている。これは,日本経済のストック化が進むなかで景気循環に資産価格の変動が果たす役割が大きくなってきていること,株価や地価にファンダメンタルズからかい離した動きがみられたこと,株価や地価が下落する過程での景気や信用秩序に対する影響をどう考えるかという問題があること,アメリカでは不動産不況から金融機関の貸し渋り(クレジット・クランチ)が起こり,これが経済全体の景気後退局面入りの大きな要因になったことなどによるものと考えられる。

そこで,第2章では,株価や地価などの資産価格の動きを顧みた上で,資産価格の変動が実体経済や金融機関行動に与える影響を分析するとともに,資産価格変動に関連したマクロ経済政策,金融システムの安定性確保,土地政策等の経済政策上の課題について検討を加える。

第1節 資産価格の形成

80年代後半には,一般物価が安定的に推移するなかで「資産インフレ」と呼ばれるような地価や株価などの資産価格の大幅な上昇が起こった。地価高騰については,収益還元モデルによる理論地価と現実の地価の比較や地価の地域間格差の分析に基づいてみると,基本的には経済のサービス化,商圏の広域化などを背景に良好な都市環境を有する大都市圏等での商業地需要が高まったことによるものであるが,同時に今回の地価高騰の要因に「バブル」の要因が含まれていたことが示唆されていると考えられる。株式市場の活況は,企業収益の増加,金利水準の低下が基本的要因であり,加えて金融緩和の持続するながで株価上昇期待がみられたことが一時的な押し上げ要因になったものと考えられる。90年中の大幅な下落は,一部に自己実現的な株価上昇期待による「狭義」のバブルがあったため特に大幅なものとなった可能性があるが,基本的には金利水準の高まりや湾岸危機の発生による先行き不透明感の増大を反映していると考えられる。

第2節 資産価格の変動が実体経済に与える影響

家計行動面については,個人消費への資産効果が考えられる。個人消費に対する富効果の計測によると,地価高騰の消費に与える影響は大きなものであったとは考えられないが,株価上昇はプラスの効果があったものとみられ,大幅となった株価下落は90年度後半に個人消費の伸びがやや鈍化したことの背景となっていると考えられる。住宅投資については,東京圏の貸家,地方圏の分譲住宅,民間給与住宅は地価上昇によって刺激されたと考えられるが,持家,除く東京圏の貸家,大都市圏の分譲住宅については,地価の下落が住宅の新規取得を促進するものと考えられ,全体としては,地価の下落はプラスの要因になると考えられる。

企業行動面については,まず,株価の上昇が資本コストを引下げ,地価高騰が土地を担保とする資金借入れを容易にしたと考えられる。また,これらが設備投資を刺激すると同時に,手元流動性の積み上がりの要因となったものと考えられる。株価下落は設備投資資金の調達を難しくするといった効果があったと考えられ,91年度には設備投資が減速する兆しも現れている。

資産効果の現れは,住宅投資や中小企業設備投資に対する金利上昇の直接効果とともに,国内需要の強かった増勢を緩やかにしたものとみられ,金融引締めが実体経済に波及する経路となっていると考えられる。

第3節 資産価格の変動と金融機関行動

金融機関の行動の面では,金融引締めの局面で資産価格が下落すると,金融機関のリスク管理行動から貸出を抑制する傾向があるものと考えられる。また,金融機関自身が資産価格下落で損失を出すようになると,危険度の高い資産を極力減らすため貸出の伸びを抑制すると考えられる。BIS(国際決済銀行)による自己資本比率の規制も貸出増加の抑制に影響を与えていると考えられる。

不動産担保融資については,地価が下落しても直ちに不良資産化するおそれがあるものではなく,不動産業向け融資についてもオフィス賃料は上昇しており,アメリカとは事情が異なっており,アメリカのような金融機関の貸し渋り(クレジット・クランチ)は起こりにくいものと考えられる。しかし,地価が急激かつ大幅に下落すると金融システムへの影響が出てくる可能性もあると考えられる。

第4節 資産価格変動と経済政策の課題

政策効果の発現の点では,資産効果が高まると金融政策の効果が大きくなる一方,財政政策については,クラウディングアウト効果が大きくなると考えられる。外的ショックの影響が資産効果を通して現れる可能性もある。ストック化の進展した経済におけるマクロ経済政策には以上のような様々な要因をも踏まえた適切な対応が求められるものと思われる。

金融自由化で金融機関のハイリスク,ハイリターンの資産運用が促進された時期があったとみられるが,現在ではリスク管理の面で金融機関の習熟が進んでいるものと考えられるが,金融機関の適切なリスク管理はますます重要となる。これまでのところ日本では,金融機関経営の健全性確保が大きな問題になるところまでには至っていないが,アメリカ,イギリスなどの先行している国々の経験に学び金融機関経営の健全性を確保するための体制を整える必要がある。

また,産業資金の円滑な供給を確保するため,社債市場を始めとする資本市場の整備を早急に進める必要がある。

今回の地価高騰は,所得など経済のフロー面と地価との間に大きなかい離をもたらし,深刻な諸問題を生じさせている。このような状況を是正するために,政府は,総合的な土地対策の推進に取り組んできたところである。資産としての土地と地価形成という観点からみると,.土地取り引きに対する直接的な介入は土地投機を収束させ,土地税制の見直し等は資産としての土地の有利性をある程度減殺するなど一定の成果を挙げてきた。

資産としての土地と地価形成という観点からみると,今後に残されている課題のうちで最も重要なものの一つが土地利用計画の充実である。次に,将来の地価高騰を防止するという観点では,土地信託や土地証券の活用により土地資産市場の厚みを増すことが投機資金の影響力を削ぐ最も根本的な方法であると考えられる9.最後に,土地評価に関する情報の充実が望まれる。

第3章 長期拡大と供給制約

第1節 マクロの需給動向

マクロの供給余力の指標であるGNPギャップは3年連続で縮小し,1990年には73年以来の低い水準となっているが,技術革新や活発な設備投資を反映して生産能力が着実に増加していることから,その縮小幅は鈍化している。また,製造工業の設備稼働率をみると,機械工業の稼働率は高水準にあるものの素材型工業の稼働率は機械工業を下回っている。機械工業では生産能力を上回る受注が受注残として次期に繰り越され,需給のひっ迫といった事態が生じにくいのに対し,素材型業種でそうしたことが生じると全般的な「物不足1に結びつきやすく,素材型工業の稼働率にある程度の余裕が維持されてきたことは,今回の景気拡大期において物価の安定基調が維持されてきた一つの要因であった。

また,企業の製品需給判断をみると,全体としてなお強い引締まり感が続いているものの,このところ引締まり感はやや後退している。

第2節 人手不足の背景

労働力需給の動向をみると,求人倍率は新規,有効とも,いざなぎ景気に匹敵し,また73年の景気過熱期に迫る高い水準が続いており,企業の雇用人員判断も1974年に全国企業ベースでの調査が始まって以来の人手不足感を示している。

労働力需要増加の背景としては,今回の景気拡大が安定成長期としてはきわめて息の長いものとなっていること,また経済成長が内需主導であり,雇用吸収力が大きいことに加え,景気後退期に新規採用・中途採用の抑制,,定年退職者の補充の見送りや希望退職の募集・解雇が行われてきたどころに景気拡大で企業の成長期待が高まり,労働力需要が一挙に顕在化したことが挙げられる。

一方,労働力人口も労働力需要の増加に対応して大幅な増加を示している。

労働力供給の大幅な増加にもかかわらず労働力需給の引締まりが続いてぃる背景には労働力需要が旺盛なことに加え,労働力需給のミスマッチの存在が考えられるが,今回の景気拡大期には職種によるミスマッチの拡大が目立ち,特に単純工や技能工の不足感が強まっていることが特徴となっている。

出生率の低下等を考えると今後,中長期的に労働力供給制約が強まる可能性があるが,現状でも女子を中心に現実の労働力人口を大きく上回る就業希望者が存在しており,企業側の対応としても,就業ニーズに合った雇用機会を提供するという視点から,働く意欲と能力をもつ人々が働きやすい環境を整備することが必要である。

第3節 人手不足の影響と賃金・物価

賃金上昇率は全体として落ち着いており,労働力需給の引締まりが全般的な賃金上昇の加速をもたらすには至っていない。業種別の現金給与総額の前年比上昇率と欠員率の関係をみても,建設業では欠員率が高く,賃金上昇率も高いという関係が見られるものの,その他の業種については欠員率と賃金上昇率の関係は明らかではなく,また,賃金の規模間格差や年齢間格差にも大きな変化はみられていない。

物価は国内卸売物価,消費者物価とも全体として安定基調を続けている。

1990年半ばから91年初にかけて生鮮食品と灯油,ガソリン,プロパンガスの「石油3品」を除いた消費者物価の前年比上昇率に高まりがみられたが,サービスより商品の寄与が拡大しており,また,商品のなかでは,食料工業製品が寄与度を高めるとともに,繊維製品も比較的高い寄与を続けた。

企業は労働力不足に対して合理化・省力化投資,労働時間短縮,工場の地方展開等様々な方法で対応しており,合理化・省力化投資については,人手不足感の強い業種ほど合理化・省力化投資の割合が高く,また工場の地方展開については有効求人倍率の相対的に低い地域で工場立地件数の増加が大きいという傾向がみられる。

第4節 貯蓄率と供給力

我が国における家計貯蓄率が欧米諸国に比較して高い理由として人口の高齢化が欧米ほど進んでいないことが挙げられる。高齢者の貯蓄率は相対的に低いことから高齢化の進展は平均貯蓄率を低下させると考えられ,また家計資産の蓄積に応じて貯蓄率が低下する可能性がある。土地・住宅取得のための貯蓄についても,世帯当たり子供数の減少を背景に,今後,親からの相続の形で現役世代の実物資産保有率が高まり,土地・住宅取得のための貯蓄動機が弱まることによって,貯蓄率が長期的に低下することが考えられる。国民所得統計ベースの家計貯蓄率は1980年代に緩やかな低下を示しているが,これには家計,社会保障基金を併せた資産残高の増加が大きく寄与している。経済審議会2010年委員会報告によれば,高齢化の進展等から家計貯蓄率は現在の14%程度から2010年には9%程度まで長期的に低下するものとみられている。

貯蓄が投資の源泉である限りにおいて貯蓄率の低下は投資の制約要因となる可能性があるが,近年,国際的な資本移動の拡大とともに,貯蓄率と投資率のかい離が生じやすくなっており,家計貯蓄率の低下は必ずしも投資の制約要因とはならない。しかし,貯蓄率が低下するなかで高い投資率を維持するためには,経済の効率化や技術進歩の促進を図ることにより,高い投資収益率を確保することが必要である。今後,高学歴の高齢者が増加することは労働力の質の向上に寄与するものと考えられるが,労働力供給制約が強まるなかで,マクロの生産性向上を図るとともに,労働代替投資や労働節約的な技術進歩を一層促進することが重要である。

第5節 エネルギーと供給制約

湾岸危機はエネルギー供給の大きな部分を石油に,そして地域的には湾岸地域に依存する我が国のエネルギー供給構造の脆弱性を改めて浮き彫りにした。

幸いにして危機は短期間で終結し,危機下においてもサウジアラビアを中心とする増産等から世界の石油需給のひっ迫が防がれ,石油価格も最近ではほぼ危機発生前の水準に戻っている。しかし,我が国では,民生及び運輸部門,特に家庭用民生部門のエネルギー消費が高い増加を続け,また近年,景気の長期拡大,低水準のエネルギー価格を背景に産業部門のエネルギー消費も増加に転じている。世界的には開発途上国や旧共産圏を中心に世界のエネルギー・石油需要が増加を続けるなかで,世界のエネルギー・石油の需給の安定や地球環境問題の解決,さらには我が国の経済安全保障の観点からも,長期的視点に立って,エネルギー需要の抑制と同時に非化石エネルギーへの依存度の向上,産油国との関係強化や石油輸入先の多角化などの対策を総合的に進める必要がある。

第4章 経常収支黒字と日本の国際的役割

この章では,まず,我が国が継続的に経常収支黒字を続けてきた背景を探り,続いて,近年,黒字が縮小してくるなかで,どういった変化が起きつつあるのかを検討する。一方,世界的な貯蓄不足問題が注目を集めるなかで,経常収支黒字の裏側としでの我が国の対外資本供給に対する世界の期待が高まっている。

そこで,我が国の資本供給の実態を示すとともに,この問題に対する考え方を整理し,今後の我が国の果たすべき役割について考察する。最後に,我が国に今後求められる国際社会での多角的役割を考える。

第1節 我が国の経常収支黒字の長期的要因

我が国は,1981年以降,経常収支の黒字を続けてきた。特に,83年から87年頃までは,絶対額でも対名目GNP比率でも黒字幅は大きく拡大し,我が国は短期間で世界最大の純債権国のひとつとなった。このような我が国の黒字幅拡犬には,内外の景気動向や為替相場の変動等一時的ないし循環的な要因が作用したとみられる一方,より構造的な要因も存在したといった見方が有力である。

例えば,我が国の対外競争力,特に活発な技術開発力を背景としたハイテク品における競争力の強まりが,対外収支を長期的に黒字方向に動かすひとつの要因となったと考えられる。また,これと関係しているが,国内産業の技術向上を背景にエネルギーや原材料等の原単位が低下(生産性は上昇)し,輸入を長期的に鈍化させたことも対外収支に影響したと考えられる。一方,視点を変えて,経常収支が事後的に国内貯蓄と国内投資の差に等しいことを考えると,長期的な国内貯蓄と国内投資の関係の変化も,経常収支の動向に関係しているとみられる。具体的には,80年代以降,規制緩和や国際金融市場の発達を背景に,国際資本移動が一段と活発化し,国内貯蓄と国内投資の間の独立性が高まっており,こうした状況のもとでは,各国のマクロ経済政策の違いや,前述のような対外収支に影響する様々な要因が,経常収支の持続的な黒字または赤字に結びつきやすくなっている面があるものとみられる。

第2節 最近の経常収支黒字縮小の要因

87年度以降,我が国の経常収支黒字は急速に縮小に向かい,経常収支の対名目GNP比率でみると,90年度には1.1%と,ピークの86年度(4.4%)に比べ大幅に縮小した。

ところで,前節でみたような我が国の対外収支に影響した要因,例えば,技術開発力の高まりによる高付加価値製品を中心とした対外競争力の急速な強まりについては,最近時点においても基本的には変化はないとみられる。また,貯蓄・投資バランスについても,両者の基本的な関係を変化させるような制度的変化は,最近発生していないと考えられる。それでは,このような黒字の縮小は何によってもたらされたのであろうか。

87年度以降の貿易収支黒字縮小の要因としては,まず,①85年のプラザ合意後の円相場上昇による輸出競争力の減退や輸入品の割安化,②87年度以降の景気拡大における内需の急速な拡大が国内供給余力を低下させたこと,等による,輸出鈍化,輸入増加が挙げられる。しがし,89年以降,円相場の上昇が一服した後も経常収支黒字縮小は続いており,最近の経常収支黒字縮小の原因を上記のような循環的および一時的要因にのみ求めるのは正しくない。

そこで,本節では,最近の経常収支黒字縮小に影響しているとみられる,新たに登場した構造的な要因が問題となる。具体的には,貿易収支を構造的に縮小させている要因として,製品類を中心とする輸入依存度の高まりや,輸出産業のいわゆる「内需シフト」等の構造調整,輸入増加に向けての政策対応などがあったことが指摘できる。また,直接投資による海外現地生産の影響については,対外収支を赤字,黒字双方に動かすメカニズムがあるが,少なくとも対米輸出については,海外現地生産による押し下げ効果が現れてきていると考えられる。さらに,以上のような我が国の構造変化を包摂する,アジア太平洋地域の国際分業関係の進展,特に製品類を中心とする水平分業の進展も我が国の輸入増に寄与している。

第3節 日本の資本供給の役割

80年代は70年代に比べ,先進諸国は投資超過に転じ,実質金利が上昇するなど,資金需給が引き締まった。また,発展途上国においても,今後,投資需要が貯蓄供給を上回って増加し,資金需給が引き締まる可能性がある。加えて,東西両ドイツの統一,東欧の市場経済への移行,湾岸の復興,さらに米国財政赤字の継続等が,新たな資金需要発生等を通じて更に資金需給を引締め,世界的な貯蓄不足問題を深刻化させる可能性をみておく必要がある。これに対しては,各国において貯蓄が順調に増加する条件を整.える必要があるが,特に経常収支赤字国の貯蓄増強が重要である。

一方,我が国の経常収支黒字の持続は,それに対応する資本の流出と対外資産の蓄積をもたらした。これは,我が国の国内の貯蓄超過分が,事後的にみて海外に資本のかたちで供給されたことを示す。我が国の資本供給は,直接投資,株式投資,債券投資,借款等様々な形態をとって行われ,単に資金を供与するだけでなく,リスク負担や技術移転を伴いつつ,活用されている。しがしながら,近年の我が国の対外直接投資の急増のなかで,投資受入れ国との間で様々な問題も発生しており,適切な対応が望まれる。最後に,こうした我が国の貯蓄超過,あるいは経常収支の黒字と,我が国の果たすべき国際的な役割を結びつける議論もあるが,政府開発援助(ODA)の供与,受取は経常収支の黒字,赤字によって決まるものではない。我が国は,今後ともODAの着実な拡充に努める必要がある。

第4節 世界経済に対する日本の役割

前節まででは,貿易,資本供給やそれを通じる技術移転等民間レベルでの国際的な貢献や,日本政府の政府開発援助(ODA)による国際的貢献を取り上げた。これらの貢献が今後一層求められることは疑いなく,我が国としてもその期待に応える必要がある。

しかしながら,我が国には,最近においてJこれらの貢1献とは違ったがたちの役割を国際舞台で発揮することが従来にも増して求められるようになってきている。具体的には,国際的な共有財産ともいうべき制度や仕組みの構築といった分野で,積極的なリーダーシップを発揮することが求められている。

この分野には具体的には様々なものがあるが,我が国がリーダーシップを発揮するのにもっともふさわしい分野のひとつが自由貿易体制の維持,発展に対する役割である。貿易の活発化は,世界全体の成長を促進するなど,メリットが大きいが,特に我が国は貿易の利益を大きく受け,飛躍的な成長を遂げた。

現在,自由貿易体制は様々な意味での問題点に直面しているが,その維持,発展のためには,目下進行中のウルグアイ・ラウンド交渉を成功裡に決着させることが重要であり,我が国はそのために積極的な役割を果たすべきである。

むすび

(内外経済の現局面)

1990年度の世界経済は大きく変動した。まず,第一に,日独を除く主要先進国が景気後退,減速に見舞われたことである。特にアメリカは90年夏から景気後退に入り,7年半を超す長期拡大にもついに終止符がうたれた。第二には湾岸危機が起こったことである。原油価格は比較的短期間で旧に復したが,世界経済に対しては一時的にせよかなりのショックをあたえたといってよい。各国の景気に対する影響も第一次,第二次石油危機の時とは比べものにならなかったとはいえ,無視できない影響を与えた。第三は東西ドイツの統一,ソ連・東欧の経済改革の動きなど旧計画経済諸国の変動である。すでに,旧東ドイツの復興とそれに伴う財政赤字の拡大がドイツの輸入の増加,高金利という事態を招いており,これが周辺国などに影響を与えている。このように,90年度とその前後においては三つもの大きな変動が進行し,それらが冷戦構造の終焉やECにおける1992年末までの完成を目指した市場統合の動きという背景のもとで,相互に複雑にからみあっていたという点で注目される期間であった。

こうした世界経済の変調にもかかわらず,日本経済は長期の拡大過程を続けている。最近においてはひところに比べると減速がみられているが,これは持続可能な適度の成長経路に移りつつあることを意味しているにすぎない。最近においては,在庫の相対的な大きさは減っており,最終需要の変動が在庫循環を引き起こす可能性は小さい。とすれば最終需要が減速にとどまるなら,景気も減速という程度にとどまり,景気後退という状態にまではなりにくいということになる。

ただし,このことは今回の景気拡大が永遠に続くとか,設備投資の中期的な循環のメカニズムまでも消滅したとかを意味するものではない。しかし,近年においては設備投資の増加のわりに生産能力の増加は小幅で,当面は設備投資比率の高さが過剰能力に結びつくというメカニズムは働かない。また,技術開発投資,省力化投資に対する意欲も根強く,大企業の設備投資は当面着実に増加すると思われる。7月の公定歩合引き下げも,比較的金利に敏感な中小企業の投資に好影響を与えるものと期待される。

設備投資以外では,まず,家計消費に対して,物価上昇率の一時的高まり,物品税廃止の乗用車購入への刺激効果の一巡などの減速要因が作用したが,これらはこれ以上の減速要因になるものではない。住宅投資のさらなる落ち込みが追加的な減速要因になる可能性はあるものの,その比重は大きくない。当面,最終需要は巡航速度の下で拡大が続くと思われる。

(資産価格の変動とその影響)

近年の地価の高騰については,土地の利用価値や金利では説明できない部分がある。株価についても89年末の水準はファンダメンタルズからして高すぎるものである。

資産価格の下落の景気への影響のうち,消費に対しては,株価の下落はマイナスの富効果をもたらすが,地価については影響はないに等しい。住宅投資に対しては,地域,利用関係によって,地価の下落の影響の方向はまちまちであるが,合計すると地価の下落がむしろプラスとなる。設備投資に対しては,かっての株価の上昇は株式市場での資金調達のコストを低下させたが,それが手元流動性の積み上がりとなったため,株価下落でもまだマイナスの影響があまり出ていない。地価上昇は,不動産担保融資を受けやすくしたが,用地の取得コスト上昇も意味し,設備投資に対する影響は大きくはなかった。

金融機関行動への影響をみると,株価の下落は,金融機関自身の株式市場での資金調達を頓挫させ,有価証券の含み益を減少させたため,貸出の抑制に結びついた。また,BISの自己資本比率規制も貸出増加の抑制に影響を与えているのではないかと考えられる。地価については,金融機関の貸出中の不動産担保融資の比率はそれほど高くないため影響は限られている。また,不動産担保融資も本来の営業活動用の投資のためのものである限り,地価の下落で回収が難しくなることはない。もちろん地価の下落が大幅になれば,不動産担保融資で多額の設備投資を行った企業は,担保積み増し等で経営が苦しくなる。また地価の大幅な下落が株式市場に波及する場合もある。

しかし,資産価格の鎮静化の景気に対する影響を過度に恐れる必要はない。

また,地価については,株価に比べると影響の度合いが弱いと考えられ,景気に対する影響を理由として,地価水準の是正のための土地対策を先送りするべきではなかろうか。

(供給制約は問題か)

90年度中は,稼働率が高い状態が続いたが,素材産業では機械工業よりも稼動率が幾分低く,生産余力が残されている。こうしたこともあって「物不足」がインフレを生じさせるという状況は回避された。また,今回の景気が内需主導型であったために雇用者の伸びはかなり高かったが,こうした高い雇用の伸びを実現するために賃金がつり上げられたということは,局部的な現象を除けばなかった。春季賃上げ率も落ち着いており,人手不足が厳しいといわれる職種や業種の賃金をみてもそれほど顕著な賃金上昇の加速が起こっているわけではない。企業の人手不足への対処も,賃金引き上げよりも,労働時間の短縮,省力化投資,求人倍率が相対的に低い地方への立地などの対処が目立っている。

さて1995年以降には生産年齢人口の伸びが減少に転ずるが,その後しばらくの間は,労働力人口の減少を回避することができる。また労働力人口の伸びの鈍化だけで我が国の経済の適応力,活気が損なわれてしまうわけではない。長期的には人口増加率の低下などから考えてGNPの成長率に鈍化が生じることもありうるが,これは別に悲観すべきことではない。一人当りのGNPの伸びが維持できればよい。

ただし,人口構成の高齢化によって,高齢世代と勤労者世代の間の分配に難しい問題が発生するのは必須であり,そのためにも年金の支給年齢の引き上げなどの課題に早い時期から取り組まなければならない。そして,子育て期の女性の労働力市場への参加を支援するとともに,働く意欲と能力のある高齢者に雇用機会を提供し,その「人的資本」としての価値を活かし,いきがいの提供にもつなげることは今後の重要な課題であろう。

(我が国の経常収支黒字と国際的役割)

我が国の輸出に占める技術集約的な製品の比重は高い。これには,我が国の柔軟な適応力の背後にある技術面での強みが作用している。技術集約的な製品の所得弾性値は高いから,輸出の伸び率が輸入の伸び率を上回りがちであったのである。こうして一時は大幅になった経常収支黒字は,90年度にかけて大幅に縮小した6.90年度の縮小には,原油価格の一時的高騰,投資収益収支黒字の減少などの一時的要因も作用した。88年までの円高の影響もある。しかし次の4つの構造的要因も指摘できる。①製品輸入比率が上昇,輸入が増えやすくなった。②輸出産業の「内需シフト」。③海外現地生産が本格化し,日本からの輸出に影響した。④東南アジアの工業生産力が高まり,日本の輸入が増えやすくなった。

これらの要因によって,経常収支の黒字が減少してきたこともあり,最近では世界的な貯蓄不足に対する日本の役割の問題が議論される。長期的には,ソ連・東欧の市場経済への移行などに伴って資金需要が発生し,発展途上国での新たな資金需要もある。しかるに,このところ先進国全体としての経常収支は赤字である。発展途上国,先進国の別を問わず,世界の貯蓄率を維持し,先進国を黒字に戻すためには,日本の貯蓄にも役割があるが,アメリカの総貯蓄率を高めることも重要である。

我が国は,黒字を利用して世界経済に貢献をすることも重要ではあるが,黒字と関係なく果たすべき役割がある。ひとつにはODAであり,いまひとつは自由貿易体制の維持である。国内に存在する生産要素の偏りが大きいため,我が国は貿易によって大きな利益を受ける。我が国の戦後の経済発展が可能であったのも,自由貿易体制のおかげである。恩恵を受けたこのシステムに対し,今度は貢献する側にまわらなければなるまい。

今後の日本経済は21世紀までを展望すると,これまでのような順調な経路を歩み続けるわけにはいかないという可能性もある。しかし,我が国の生活水準そのものは充分に高いといえるところに近づきつつある。これを真の豊かさの実感につなげることは経済政策上の重要な残された課題であるが,それと同時に,世界と融和し,自らの豊かさや,適応力等々を国際的な共有財産のために役立てる国であることを行動をもって示し,理解をかちとることも,我が国の今後の重要な課題である。


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