平成2年

年次経済報告

持続的拡大への道

平成2年8月7日

経済企画庁


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第3章 経済力の活用と成果配分

第3節 経済政策と再分配

財政金融政策,産業政策,税制,社会保障制度など,経済政策や制度の多くは,意図するものかどうかは別として,資産や所得の分配に影響を与えている。

たとえば,最近まで継続された金融緩和政策は,直接的には,プラザ合意以降の急激な円高化およびその国内景気に対するデフレ効果への対応を意図したものであったが,他方では地価,株価等資産価格上昇につながり,結果においては実現,未実現のキャピタルゲインの発生を通じて資産格差拡大の一因となった。また,一般に,景気調整策としての財政金融政策は,失業率や物価上昇率の変動を媒介として所得分配に影響を与える。

このように,所得・資産分配に関連する政策・制度は多岐にわたるが,本節ではやや対象を限定して,直接的に所得・資産の再分配を意図した政策・制度の再分配効果やその変化,ありうべき姿などについて検討する。すなわち,資産・所得格差を制度的に補正する税制,公的支出,社会保障制度が個人間,地域間,世代間等での再分配に関してどのように機能しているか,またどのように機能させるのが望ましいかを分析・検討する。

1. 財政の再分配機能と公平性

所得・資産分配は,税制や社会保障制度の影響を大きく受ける。税制の目的は,第一義的には,公共サービスのための費用を公平に賄うことにあるが,税制の垂直的公平との関係において,所得や資産の再分配も重要な機能の一つとされている。ただ,近年の所得分布の平準化や社会保障制度の充実などを背景に,垂直的公平の観点に加え,水平的公平の観点,あるいは社会共通の費用を広く薄く公平に分かち合っていくべきであるとの観点が重要性を増してきた。

先般の税制改革はこのような認識に立って行われたものである。

以上の点を踏まえ,ここでは,所得税,相続税・贈与税がどのような再分配機能を持つか,また公平性の観点から土地税制をどのように評価すべきか検討を加える。

(所得税による再分配)

所得税の対象となる所得は,給与所得,事業所得,利子所得,配当所得,不動産所得等である。所得税の所得再分配機能の源泉は,累進的な税率表と各種控除の存在である。70年代から80年代前半にかけて,最高限界税率が75%,税率表の刻みは19段階もあったが,その後段階的に最高税率の引下げと段階数の減少が図られ,88年12月の税制改正では,最高税率が50%に引き下げられ,税率表の刻みも5段階に減らされた。段階数が多いと,名目所得の増加とともに自動的に限界税率が高まるブラケット・クリープを起こしやすいという難点があったが,この問題はある程度改善されたことになる。なお,控除のうち主要なものは,基礎控除,扶養控除,配偶者控除の人的三控除などである。

さて,税の所得再分配効果は,このような税率の仕組みや各種控除といった制度自体だけでなく,課税前の所得分布によっても影響を受ける。これらを反映して,全体としての再分配効果を表す指標として,当該制度による再分配が行われる前の所得不平等度(ジニ係数GB)と再分配後の不平等度(GA)の変化率(再分配指数:R=(GB-GA)/GB)を定義し,これを用いて税の再分配効果の大きさをみよう。

まず,源泉所得税の再分配指数をみると,70年代後半にかけて物価上昇に伴うブラケット・クリープの結果,実質的な累進度が高まり,再分配指数の上昇をみたが,80年代に入ると,給与所得の増加率が鈍化したこと等を理由にその上昇テンポは鈍化した。87年及び88年は,再分配指数が低下しているが,これは両年において行われた所得税減税によるものと考えられる。

次に,申告所得税の再分配指数をみると,給与所得ほど明瞭な再分配効果の上昇はみられないが,70年代後半に高まった後,80年代前半には低下傾向で推移し,80年代後半には,再び高まっている。ただし,88年にはやや低下している。88年に再分配指数が低下したのは,源泉所得税の場合と同じように,所得税率の改正等による減税の効果が働いたことによる(第3-3-1図)。

このように,このところの再分配指数の低下は,基本的には税制改革によるものであると考えられる。今回の一連の税制改革は,所得・消費・資産等に対する課税を適切に組み合わせることにより,均衡のとれた税体系を構築するために実施された。このうち,所得税,個人住民税については,サラリーマンなどの税負担の軽減・合理化を図るため,税率の累進度を緩和するとともに,人的控除の引上げを実施した。なお,人的控除の引上げについては,再分配効果を高める方向に作用する可能性もあるが,その効果はここでみた88年までの再分配指数の推移には十分表れていないことに留意する必要がある。

日本の多くの企業が採用している年功序列賃金の下では,年齢に応じて税負担は大きく異なる。そこで,世代(コーホート)別の所得税・住民税の負担の推移をみると,1930年生まれのコーホートは,45歳から55歳の壮年期に税負担が高まっているが,その後は,所得税減税と退職前あるいは再就職後の給与水準の低下などにより税負担の低下がみられる。1945年生まれのコーホートも,1930年生まれのコーホートほどではないものの,30歳から40歳にかけて税負担が高まっているが,その後は所得税減税により負担が低下している。このように,1970年代の後半から80年代の前半にかけて各コーホートで所得税負担の高まりがみられるが,87,88年に実施された所得税減税により,税負担は大きく低下しており,これら減税措置が中堅サラリーマンの税負担の軽減に寄与していることがわかる(第3-3-2図および付注3-4)。

(相続税等による富の再分配)

相続税とそれを補完する贈与税は,税収こそ国税に占める構成比で3.5%(88年度)と小さいが,一部の者への富の集中を抑制し,資産格差を是正し,世代を超えた富の再分配を図る手段として極めて重要な機能を持っている。

相続税について,相続財産種類別の内訳をみると,土地の取得財産価額の伸び率が増加しているのが分かる。これは,近年の地価の上昇を反映したものであると考えられる。土地については,もともと構成比が高く,75年から最近に到るまで約7割の水準が続いており,第1節でもみたように88年も69%であった。

ここで,相続税について,所得税の場合と同じように資産の再分配指数をみてみよう。これによると,75年度及び88年度の税制改革によって課税最低限の引上げと税率の緩和などの負担調整が行われており,当然のことながら,75年と88年の再分配指数の低下となって現れている。このうち,直近の1988年度税制改革では,75年以後の物価水準の上昇や近年の地価高騰に配意して課税最低限が2倍に引上げられたほか,税率表の累進度などが負担調整の観点から改正され,最高税率もそれまでの75%から75年度改正前の水準の70%に引き下げられている(第3-3-3図)。

なお,81年に再分配指数が低下しているが,この要因として民法の配偶者の法定相続分の改正に伴い,81年に配偶者の税額軽減措置の改正が行われ,改正前は相続税額から被相続人の課税価格の3分の1相当額または4,000万円のいずれか大きい額に対応ずる税額が控除されていたが,改正により通常の相続の場合の配偶者の法定相続分である2分の1相当額または4,000万円のいずれか大きい額に対応する税額が控除されることになったことが考えられる。

最後に,相続税や贈与税の税率やその累進度をどのように設定すべきかということについては,明確な社会的合意があるわけではないが,特に最近の地価高騰の状況下においては,資産格差の是正という重要な機能を有する相続税の存在意義がますます増大しており,現状の負担水準は維持すべきものと考える。

(所得捕捉の問題)

人々の税の不公平感を高めている要因としては,所得や資産の種類毎に税率体系や控除に違いがあるといった制度そのものに関わる要因に加えて,業種あるいは所得の種類によって,税の捕捉率に違いがあることが指摘されている。

多くの納税者は適正に申告しているものと考えられるが,たとえば,税務当局が申告内容に特に問題があると認められる者に対象を絞って調査をした結果によれば,申告漏れ所得の割合(申告漏れ所得金額の調査後所得金額に対する比率)は,個人営庶業(個人企業や自由業)では,20%程度(85年分~87年分)になっている。この比率は,近年やや低下傾向にある。また,その調査結果をみると,最近数年間については,パチンコ,病院,土地売買業,貸金業などの一件当たり申告漏れ所得金額が高額となっている(第3-3-4表)。

所得の捕捉に脱漏が存在するならば,税負担の不公平が生じるだけでなく,税制が本来意図した再分配効果を歪める可能性が高い。そこで,税の捕捉率を可能なかぎり上昇させ,国民の納税意識を高めることが極めて重要である。

具体的には,なによりも徴税機能の強化を図る必要がある。日本の徴税制度の効率性をみると,100円の税収を得るために,1円程度のコストしか,かかっておらず,国際比較においても遜色のない徴税効率になっているといえる(第3-3-5図)。しかしこのことは同時に,徴税体制の強化のために多少行政コストの増加が生じても,税収増を考えれば充分引き合うことも示していると考えられる。不公平是正のためにも,情報管理技術の発達を踏まえた,情報処理の機械化等を推進すること等により,さらに体制を強化する必要があろう。

(土地問題に対する土地税制の対応)

土地問題への政策的対応については,土地基本法に則り,現在政策の具体化が図られつつある。最近の地価上昇は,東京圏への高次都市機能・経済機能等の集中による土地生産性の向上,投機的需要の発生などが,金融緩和状況等を背景として多面的,複合的に作用して生じたものであるため,対応策としても多岐にわたる総合的施策を強力に進める必要がある。現在,土地取引規制に加え,土地関連融資額の抑制など金融面の適正化措置がすでに実施されている。

しかし,政策の副作用や長期的な政策効果という点を考えると,より根本的な対応としては,都市・産業機能の分散促進等により土地需要の分散を図るほか,大都市地域における広域的な住宅・宅地供給対策の推進,都市計画等の土地利用規制の的確な運用や土地税制の見直しなどにより,宅地供給を増加させ,土地の有効利用を促進する必要がある。

土地税制は,土地政策の中で極めて重要な政策手段の一つとして,適切な役割を果たすことが期待されている。また,課税の公平性や中立性の観点から土地についてその譲渡,保有,取得の各段階における適切な課税のあり方を検討するとともに,土地税制が土地需給を歪めないよう配慮していく必要がある。

税の公平性や中立性の観点から土地という資産に対し適切な課税を行うという要請と土地の有効利用など土地政策の推進に資するという要請が両立するよう適切な税体系を検討していく必要がある。

土地税制の見直しに当たっては,このような観点から,譲渡,保有,取得の各段階における適切な課税のあり方について総合的な検討を進めていく必要がある。具体的には,以下のような論点があろう。

第一は,土地の譲渡によるキャピタル・ゲインへの課税の問題である。これについては宅地供給の促進を図る見地から軽課すべきであるとの考え方がある一方で,勤労所得に対する課税とのバランス上,外部的要因により生じた土地のキャピタル・ゲインを軽課することには問題があるとの考え方,実態的には土地の譲渡は多額の資金が必要となった場合にのみ行われる傾向が強く,軽課してもあまり供給拡大にはつながらないとの考え方,あるいはキャピタル・ゲインに対する課税を軽課すると土地の資産としての有利性が増して土地への需要が増え,土地政策上もかえって問題があるとの考え方がある。また,このような一般的な土地の譲渡に対しては相応の税負担を求めていくとしても,優良な住宅地の供給に充てられるなど譲渡された土地が特定の政策目的に沿って有効に利用される場合については,譲渡時の税負担軽減を図る特例を更に拡充する必要があるとの考え方もあるが,これに対し,既存の特例が土地の資産としての有利性を高めてきた面があるので特例の拡充には慎重に対応すべきであるとの考え方,また,真に必要なものを見極めていくべきであるという考え方もある。

第二に,土地の保有に対する課税については,開発利益の吸収や土地が受益する公的サービスの費用分担という観点から土地に対しては一層の負担を求めていくべきであるとの考え方,あるいは土地政策上も土地保有コストを高めることにより土地の資産としての有利性を減殺し,値上がり期待や資産保全目的の需要を抑制しながら土地の有効利用を促進する必要があるとの考え方がある。

保有税を考えていく場合,土地全体を対象としていく考え方,低・未利用地のみを対象として一層の税負担を求めるという考え方などいろいろな考え方があり,それぞれ意義や問題点などを検討していく必要がある。

第三は,大都市地域の市街化区域内農地の問題である。固定資産税および相続税について,市街化区域内農地が,届け出のみで宅地に転用売買できるにもかかわらず,農地並みの課税になっていることへの不公平感の指摘がある。現在,これら大都市地域の市街化区域内農地に係る税制の見直しについて検討が進められているが,この問題については,「総合土地対策要綱」を踏まえ,税負担の公平の観点から早急に見直す必要がある。その結果として,宅地供給を増加させ,大都市の土地の有効利用に資することにもなると考えられる。

第四に,土地資産と金融資産との課税のバランスの観点から,相続(贈与)税の財産評価において,金融資産や負債は市場価格で評価されるのに対し,土地は実勢価格より低めに評価されているという問題がある。この結果,資産選択上,金融資産と比較して土地を有利にしている点が指摘されている。これについては,88年12月の税制改正において相続開始前3年以内に取得した不動産は取得価格で相続税を課税する措置が講じられたが,相続税の性格にも配慮しつつ,今後引き続き,取引価格に近づけるよう土地評価の均衡化・適正化を図る必要がある。

(社会保障制度と再分配)

社会保障制度は,公的年金制度,医療保険制度,公的扶助制度等からなり,拠出と給付の両面から所得の再分配を行っている。社会保障関係予算の推移をみると,全体の金額が増加するなかで,社会福祉費と社会保険費の構成比が高まってきている。

公的扶助制度は,一般財源を用いて所得の少ない世帯へ移転を行うものであるから,再分配機能を持つことはいわば自明である。医療保険制度については,本来の趣旨は,再分配というよりも保険機能である。しかしながら,結果的には,低所得層に対する保険料の軽減制度などから再分配機能が発生する。また,後述するように,公的年金制度にも,完全な積立方式でない限り再分配効果が発生する。

いま,こうした各種社会保障制度の全体としての再分配効果を,厚生省「所得再分配調査」によってみると,当初所得ベースのジニ係数と,当初所得に社会保障給付(医療費,社会保障給付金)を加え,負担(社会保険料)を差し引いたベースのジニ係数から求めた再分配指数は,81年調査では5%であったが,84年調査では10%,87年調査では12%に高まっており,社会保障制度の規模の拡大にともなって,再分配効果が上昇していることが確かめられる(第3-3-6表)。

ここで公的年金制度にどのような分配上の効果があるのかやや詳しくみてみよう。公的年金制度には将来の年金給付費の原資をあらかじめ積み立てる積立方式と,期間内(通常1年)の給付費をその期間内の保険料などにより調達する賦課方式がある。純粋な積立方式は,将来の給付原資の全てをあらかじめ積み立てるので,所得再分配機能は存在しない。これに対して,賦課方式の場合,人口構成に応じて,家庭内において子供が老親を扶養するやり方と類似した高齢世代と現役世代間の再分配効果が生じる。日本の現行制度は修正積立方式であり,そうした再分配が発生する。

公的年金制度は,85年の制度改正により,全国民に共通に支給する基礎年金(1階部分)と報酬比例の厚生年金と共済年金(2階部分)に整理され,従来の制度間格差の是正が図られた。89年の財政再計算に基づく改正では,給付水準の維持および保険料の引き上げ,完全自動物価スライド制の導入などが行われるとともに,併せて,被用者保険の年金制度間の費用負担の調整が図られた。

また,老齢厚生年金支給開始年齢の65歳への引上げは具体的なスケジュールを明示することについては国会において見送られ,次期財政再計算の際に再検討することにされたところである。

社会保障制度の今後の課題として,次の諸点を指摘しておこう。

第一に,制度の運営を長期にわたり安定的なものにするため,適正な給付水準を維持しながら,一方では社会保険料負担の上昇を負担可能な範囲にとどめなければならないという点である。例えば,社会保障給付率,社会保障負担率は共に上昇してきている(第3-3-7図)。また,厚生年金の保険料率は,支給開始年齢を現行の60歳に据え置いた場合には.2015年頃には30%を超えると見込まれている。高齢者のライフスタイルの変化も勘案すると,支給開始年齢65歳以上への引き上げは依然として避けて通れない課題として残っている。

第二に,高齢者が豊かな生活を過ごすためには,公的年金により老後生活の基本的な部分を保障するとともに,企業年金や個人年金など私的年金の一層の充実を図らなければならない。現在,多くの企業が企業年金として厚生年金基金,適格退職年金のいずれかを採用している。また,この2種類のほか自社年金,非適格年金と呼ばれる企業年金を採用している企業もある。特に厚生年金基金に関しては,一層の育成・普及を図るため,平成元年4月には基金の設立認可基準の緩和(人員要件の緩和,地域型基金の創設等)が図られた。

しかし,大企業と中小企業が採用できる企業年金が異なるなど,依然,企業の規模や業種によって年金に格差が存在する。例えば,一企業では厚生年金基金は500人以上の大企業しか採用でない。また,従業員が15人に満たない中小企業は税制適格年金も採用できない。今後は,特に中小企業を対象として従業員規模にかかわらず設立が可能な同業同種の総合型基金や工業団地,商店街等の地域型基金の普及に努力するなど,厚生年金基金の一層の普及・育成を図っていく必要がある。また,個人年金の育成を通じ,国民個々人の多様な年金需要を満たしていくことも必要である。

第三に,障害者のための施設,母子家庭や児童に対する福祉も充実させる必要がある。今改正により障害年金,母子年金および遺児年金の額が基礎年金の引き上げに準じて引き上げられた。今後は施設,公共投資等を通じて,この面での施設や生活基盤を整備する必要がある。

2. 地域間の格差と再分配

以下では,東京への人口・諸機能の一極集中が,地域間,企業・個人間の成果配分の観点からどのような問題点を持っているかを整理するとともに,地域間の所得・資産格差について実態を概観し,それを補正するための地方交付税制度や補助金制度の機能を踏まえて,受益・負担の関係を明らかにする。

(東京集中の諸問題)

80年代に入ってから,東京圏への人口集中が再び始まり,これと並行して高次都市機能・経済機能の東京集中もさらに進んできた。都市部への人口集中は,経済発展過程ではほとんど普遍的にみられる現象ではあるが,80年代のそれは東京圏への一極集中という顕著な特徴をもっている。最近になってやや変化の兆しが見え始め,人口流入に鈍化がみられるとはいうものの,依然として大きな流入が続いている。

東京圏への人口や都市機能の集中が進んだ主要な原因としては,東京が政治・行政の中心であることに加えて,国際都市化,情報の集中,顧客層の厚さなどを背景として,企業にとっての豊富なビジネス・チャンスと豊富な労働力が存在するということである。重要なことは,そうしたビジネス・チャンスを求めて企業が東京に集中すると,雇用機会が拡大し,また情報がさらに集中し,一層東京の魅力を高めるという具合に,相乗的に集中が進み始めることである。

このように,私企業が東京へ本社機能など中枢部を集中させるのは,経済効率性を徹底的に追求し,利潤を極大化するためであると考えれば,1企業の行動としては合理的といえるかも知れない。しかし,多くの企業が同様な行動を行うと,地価高騰や都市の混雑を引き起こすため,必ずしも一国全体として最適な行動とは言えなくなる。また,これから東京に進出しようとする企業(外国企業を含む)にとっては,地価高騰や用地不足,事務所不足のため,無視しえない参入障壁が存在するという指摘もある。

また,個人にとっても同様に東京集中が望ましいとはいえない。東京に住む生活者の立場で考えると,次のような様々なデメリットが発生していると考えられる(第3-3-8図)。

第一に,東京集中に伴う地価上昇である。問題は,地価上昇のメリットが,地価の上昇を通じて東京圏の土地保有者,特に運用資産として土地を保有する個人や企業に帰着し,土地を持たない者にとっては,メリットは何もなく土地の利用や取得のコストが高まるだけで,デメリットはきわめて大きい。東京集中問題は,結局,東京圏に土地を持つ個人や企業と,土地を持たない個人や企業(これから東京に移り住もうとする個人や企業を含む)の間の分配問題という側面を多分に持っている。

第二に,交通混雑,環境汚染,騒音など過密のデメリットの発生である。こうした過密の弊害は,大都市住民であれば土地持ちであるかどうかを問わず深刻な影響を及ばす。なお,そうしたマイナス面は所得統計には十分反映されていないものであるから,東京圏の住民の生活は所得統計でみるほど豊かだということを必ずしも意味しないことになる。

第三に,こうした地価上昇と混雑というデメリットに対する対応の能力は,企業によって異なるということである。たとえば,東京に古くから立地する企業は,社有地の有効活用等で社宅を整備するなどして対抗できやすいが,外国企業など新たに東京に進出しようとする企業にとっては,十分な対応ができず,結局勤労者にそのツケが回ることにもなりかねない。

第四に,勤労者にとって居住地の選択は勤務先によって大きく制約される。

東京への企業集中とうらはらに地方の雇用機会は依然として限られており,たとえ人々が東京に住みたくないと思っても,勤務の関係上東京に住まざるをえないケースも多い。東京以外で就職し,後に意図せざる転勤などにより東京で生活せざるをえなくなる場合もあろう。また,勤労者は就職時の企業の選択にあたって,勤務地もある程度考慮に入れて選択を行うことになるが,一旦東京で就職し,住み始めると,終身雇用制,年功序列賃金制の影響もあって,その後は東京から脱出することがかなり困難になると思われる。

こうしてみると,一方で企業は効率性を追求して本社機能などの東京集中を進め,他方で個人は豊富な雇用機会を求め,また都会的な生活を楽しむなどのために東京に集まってきており,個々の動機はそれなりに合理的なものである。

それにもかかわらず東京集中は大きな外部不経済効果を持ち,多くの一般市民や企業に様々の犠牲を強いている。特に勤労者にとっては,どこに住むかという選択が雇用機会によって制約を受けるということに留意すべきであり,この点からは地方の雇用機会の拡大が重要であるといえる。

(地域の所得・資産格差)

こうした東京集中現象は,地域間の所得・資産格差と深い関わりがある。大づかみにいえば,人々が東京に集まるのはなによりも所得水準が高く,雇用機会が豊富なためであり,一方,その集中が資産格差を生み出すという因果関係もある。

地域別の所得格差を,ここでは労働省「毎月勤労統計調査」を中心にみよう。まず,物価の地域格差を調整したうえで実質化した現金給与総額について,都道府県別のばらつきをあらわす変動係数でみると,80年代前半に拡大した後,84年をピークに縮小に転じている。また,同様に物価の地域格差を調整したうえで実質化した賃金指数でみると,最も高い東京都の賃金は89年では全国平均より15%高い。この格差は,80年代前半までやや拡大していたが,80年代後半にはほとんど変化していない。また,大阪圏の実質賃金は,全国平均に近づきつつあり,89年には5%程度高いだけになった。名古屋圏も,89年にはほぼ大阪圏と同水準である。地方圏の平均賃金は85年以降,僅かではあるが全国平均に近づいている(第3-3-9図①)。地域間の賃金格差は,東京への人口,諸.機能の一極集中を反映したものとなっている。80年代後半には景気上昇局面に入り,それが地方経済にも波及していったため,東京圏を除いた大都市圏と地方圏との賃金格差は縮小してきている。ただし,雇用者所得だけでなく,財産所得,企業取得も含む一人当たり県民所得の地域間格差でみると80年以降87年まで概して拡大する傾向にある(第3-3-9図②)。このように最近における所得格差の動向は実質賃金と一人当たり県民所得とでは異なった動きになっているが,いずれにしても地域間格差は依然として大きいというべきである。

一方,地域間の資産格差は,土地資産の格差を大きく反映しているものと考えられ,東京都心部の商業地に始まり,その周辺部にまで及んだ地価高騰(第1節参照)の結果,87~88年にかけて大幅に拡大した。これについては,地価上昇の地方への波及によってやや格差が縮小する動きもみられるが,そうであるとしても依然大きな格差が残っている。たとえば,85年末には全国民有地の宅地資産額のうち,東京圏(1都3県)のシェアは42.7%であったのが,88年末には55.7%に拡大している。ところが,持家の敷地や住宅の広さでみた場合には,全く逆で,たとえば,東京都では一戸建て,長屋建て持家の平均敷地面積は全国平均の57.3%,同じく持家一戸当たり延べ面積は全国平均の79.8%に止まっている。

どちらの見方が正しいかは,現在の地価水準の評価に依存すると思われる。

第1節でみたように,現実の地価は,投機的バブルや土地税制等の歪みを反映した而があるとしても,土地の収益価値を反映している部分も大きいと考えられる。そうであれば,大都市圏の土地・住宅は,たとえ狭くとも,利便性などの価値があるということになる。

(地域間の財源調整と再分配)

地域間の所得格差の動向は前述のとおり依然格差があり,資産格差は拡大する方向にあるが,これが機会の平等の観点から,あろいは他域のバランスのとれた発展のためにも望ましくないことは自明である。しかも,こうした格差の存在は,地方公共団体間に財源の偏在をもたらし,財政力格差につながることとなる。地方公共団体は,地方公共財の供給など地方行政ニーズに応えるために一定の財源が必要とされるので,こうした財源格差を調整する必要がある。

このため,地方交付税をはじめ中央政府を経由した様々の財源調整制度が機能している。こうした制度は,財源調整を通じて,間接的に地域間の所得格差等を是正する機能をも持っていると考えられる。そこで,これら制度がどのように機能しているか,一つの分析手法として受益と負担の両面に分けてみてみよう。

まず,地域住民が受ける行政サービスの量,すなわち受益額について一人当たりでみる。一人当たりの受益を論ずるに当たっては,個々の団体等の要因をあわせて考慮する必要があるが,ここでは,分析の便宜上その点は捨象している。88年度について,一人当たり県民所得と一人当たり受益額の関係をみると,地方税や手数料などいわゆる自主財源に基づく受益は,所得水準の高い県ほど大きいのに対して,地方交付税制度に基づく受益は,逆に所得水準の低い県ほど大きい。この両者を合わせるとほぼ相殺されて,一人当たりでみた地域間のサービス水準の差はほぼ解消されるとみられる。

地方交付税制度は地域間財源調整の中核的存在である。これは,所得税,法人税など国税の一定割合を総財源として,各地方公共団体毎に算定された基準財政需要額から基準財政収入額を差し引いた額を配分するものであり,交付を受ける団体にとっては一般財源として使えるものである。一般には,財源の乏しい地方の団体に多く,大都市圏の団体に少なく配分される。

このほか,地方の財政支出の財源として特定の行政目的のために支出される国庫支出金(中央政府の地方政府に対する補助金等)もある。その一人当たりの地域配分をみると,結果として所得水準の低い県により多く配分される傾向にある。

これらの結果,一人当たりの受益額は,一般に所得水準の低い県ほど大きくなる傾向があり,この傾向は,以前からみられた。なお,一人当たりの自主財源の大きい東京等は,近年,この例外をなしている。

次に,負担の面をみよう。負担の指標として,都道府県別に法人税(国税)を除いた税収に手数料等を加えたものをみると,大都市圏の中心都府県で負担水準が相対的に高く,特に東京都の負担水準が年を追う毎に顕著に高くなっている。これは,住民負担の中に所得税や法人税など,経済力とともに負担が上昇する項目が含まれているためである。

続いて,地域毎の受益と負担の関係をみるため,受益・負担比率をみてみよう。受益・負担比率は,一般に人口密度の高い大都市圏の団体ほど小さく,所得の人口密度の低い地方圏の団体ほど大きい。こうした傾向は従来から存在しており,70年代から大きな変化はみられない。こうした受益・負担の差は,地域間の所得格差の縮小には一定の効果を発揮しているとみられる。

最後に,こうした地域間の再分配(すなわち大都市から地方への再分配パターン),受益と負担の関係がどのように変化してきたかについて,47都道府県のばらつきの程度を示す変動係数を用いて確認してみよう。

受益面については,一人当たり地方税,手数料の変動係数は,80年度に0.26にまで低下したが,88年度には0.31まで上昇し,ばらつきは大きくなった。これに格差調整の機能を持つ地方交付税交付金を加えると,変動係数は0.11~0.13程度とばらつきが顕著にならされるただ,時系列的には,80年度を底にややばらつきが拡大した。国庫支出金等を加えた地方政府の支出全体のばらつきは,0.16~0.17で横這いで,これに近年ばらつきが大きくなっている国の直轄事業を加えた一人当たりの受益をみる,と,近年ではばらつきが小幅ながら拡大する。

一方,一人当たりの負担のばらつきは,大都市圏への集中などもあって80年度を底に拡大し,この結果,受益・負担比率は,70年代にばらつきが縮小した後,88年度にかけてやや拡大した。以上のことから,地域毎の財源およびその調整・再分配について,まず,中央政府を通じた再分配の制度が強力に機能しているという評価ができるであろう。例えば,一人当たりの負担の地域間格差は,70年から80年にかけて縮小した後,経済力の高い一部地域において負担額が大きく伸びたという要因もあって,88年まで格差は拡大したが,一人当たり受益の地域間格差をみると,この間おおむね横ばいで,負担の変動がみられない。しかし,一人当たり地方税,手数料等の収入から地方政府の財政力格差をみると,80年まで縮小したものの,最近は自主財源の比率が高い一部団体における税収が相対的に大きく伸びたこともあり,格差に拡大がみられる。したがって,地域の均衡ある発展を図る観点から,引き続き適切な財源調整を図っていく必要があろう。こうしたことを含め,地域毎の受益,負担の推移について,今後とも検討することが必要であると考えられる(第3-3-10図)。

(社会資本整備と分配問題)

税制や社会保障制度と並んで,公共投資による社会資本整備も地域問および世代間で所得再分配効果を持つ。社会資本と民間資本のバランスについてはすでに第1章で検討したので,ここでは,地域間の再分配と社会資本整備の在り方について視点を整理しよう。

第一に,社会資本について,整備が立ち遅れた地域や部門が残っており,これをどのように是正するかが依然として大きな問題となっている。この点に関して,地域によって不足している社会資本の部門が異なっていることに留意する必要がある。例えばいわゆる生活関連社会資本についてみても,公園の整備水準は大都市圏での遅れが大きいのに対し,下水道は地方中小都市・町村での立ち遅れが著しい(第3-3-11図)。そもそも国民一人ひとりの生活の質を確保するための社会資本サービスを享受する機会は国民に等しく提供されるべきものであるが,財源が限られていることを考えると,従来の配分を踏襲したままで生活関連社会資本の充実を図るのは困難と思われる。この面からも,地域の実情を的確に把握しつつ,公共投資配分の一層の弾力化と計画的な社会資本整備を図ることが求められている。

第二に,これに関連して,土地問題解決の重要性を指摘しておく。地価上昇は,資産格差を拡大するばかりではなく,公共投資によって社会資本整備を推進しようとする場合にも,資金制約を課すことになる。大都市圏では,予算の過半が用地費であるようなプロジェクトも珍しくはない。第1節で分析したように,現在の大都市圏の地価には,ファンダメンタルズだけでは説明できない部分が存在する。この点をも踏まえ,土地対策を総合的に推進することにより,地価の引下げを図っていくことが重要である。

第三に,より根本的には,東京集中を抑制し,人口や高次都市機能・経済機能の地方分散を推進することが重要である。そのために,引き続き産業機能の地方分散を促進するための政策的支援の実施,政治行政機能等の中枢的機関の移転・再配置,行政権限の地方委譲等の推進が不可欠であろう。地域の均衡のとれた発展は,東京での需要面からの地価上昇圧力を抑える効果を持つことが期待される。その意味で東京集中の抑制及び地方分散の推進は,土地政策の重要な一部ということができる。