昭和63年

年次経済報告

内需型成長の持続と国際社会への貢献

昭和63年8月5日

経済企画庁


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第5章 内需主導型経済の構図

第3節 内需主導型成長の下での財政・金融政策

1. 財政再建下での財政政策

昭和58年度以来,65年度までに特例公債の発行をゼロにするとともに公債依存度の引き下げに努めるという財政改革の努力目標に向けて,歳出の伸びの抑制が進められてきた。又,57年度に発足した臨時行政改革推進審議会の下で行政改革の推進が図られ,財政支出の節減・合理化や公的企業の改革等が検討されてきた。行政改革は,昭和60年度に日本電信電話公社,日本専売公社,62年度に日本国有鉄道の民営化が行われるなど成果をあげており,引き続き規制等の緩和についての検討が進められている。一方,財政改革の努力は引き続き行われているが,61年度における総合経済対策,62年度の緊急経済対策と経済情勢に応じて内需拡大にも配慮した施策が講じられている。しかし,緊急経済対策の場合,NTT株の売却益の活用等の工夫が図られており,また,歳出面において引き続き経費の徹底した節減合理化が行われたこと,歳入面においても税収が比較的好調であったこと等から,63年度における特例公債発行額は前年度に比べ大幅に減額され,財政改革の努力目標達成に向けて着実に前進している。

(62年度予算と緊急経済対策)

我が国の財政は,大量の国債残高を抱えており,その利払いに要する経費が歳出の約2割を占めるなど,厳しい状況が続いている。こうした中で,今後の経済・社会情勢の変化に財政が弾力的に対応していくためには,財政の対応力を回復することが重要な課題であり,引き続き財政改革が強力に推進されている。

昭和62年度予算においても,一般歳出が58年度以降5年連続で対前年度同額以下に圧縮され,一般会計の規模も対前年度比0.0%増の54兆1,010億円と引き続き厳しく抑制された。また,地方財政計画においても概ね国と同一の基調に立ち,歳出を極力抑制することとされたが,投資的経費の地方単独事業については前年度を上回る伸びを確保するなど,歳出全体としては前年度比2.9%増となった。

なお,公共事業については,財政改革推進の見地から一般会計公共事業関係費を対前年度比2.3%減と抑制する一方で,内需拡大の要請に応えるため補助・負担率の引き下げ,財政投融資の活用等種々の工夫を行い,一般公共事業の事業費としては前年度の伸びを上回る5.2%増となった。

62年5月29日には,公的部門の財政措置を含む施策によって内需を中心とした景気の積極的な拡大を図るため,「緊急経済対策」が決定された。この中には,①公共事業費等について,上半期末における契約済額の割合が全体として過去最高を上回る80%以上となることを目指して,可能な限り施行の促進を図る,②公共投資等について総額5兆円の事業規模を確保することとし,このうち一般公共事業については,NTT株式の売却収入の活用を図りつつ事業費2兆4,500億円を追加する,③税制の抜本改革の一環として,62年度において総額1兆円を下回らない規模の所得税等の減税先行を確保するなどの施策が盛り込まれた。

また,これをうけて,公共事業等の施行については,上半期の契約率80.1%を目指して進められるとともに,地方公共団体に対しても,国と同様可能な限り施行の促進を図るように要請された。この結果,62年9月末の契約額は,国等が80.1%,都道府県が79.6%となった。

第109回国会(臨時会)において成立した62年度第一次補正予算においては,歳出面で緊急経済対策を受けて,公共事業等の追加1兆3,585億円,NTT株式の売却収入を活用するための産業投資特別会計への繰入れ4,580億円などが計上されるとともに,その財源として建設公債の増発1兆3,600億円,NTT株式の売却収入活用のための国債整理基金特別会計受入金4,580億円などが充てられることとなった。

その後,第112回国会(常会)において成立した62年度第二次補正予算においては,給与改善費,義務的経費の追加等により2兆339億円の歳出追加を計上するとともに,歳入面では,それまでの収入実績等を勘案して,法人税,有価証券取引税等を中心に租税及印紙収入について1兆8,930億円の増収等を見込むほか,前年度剰余金受入として1兆9,340億円などを計上し,あわせて特例公債の発行額を1兆3,220億円減額している。

62年度の租税及印紙収入の実績(概数)は,法人税,申告所得税等が好調だったことから対前年度比11.7%増と補正予算額を約3兆7,000億円上回る結果となった。

なお,GNPベースの公的固定資本形成(実質)は,62年度下期で前年同期比14.6%増,62年度全体では前年度比10.8%増と高い伸びとなった。

(財政改革と内需拡大の両立を目指した63年度予算)

63年度予算は,財政改革の推進と内需拡大の配慮という二つの課題に応えるものとなった。即ち,歳出面では行財政改革を引き続き推進するために,国民健康保険制度の改革など既存の制度・施策の見直しが行われ,特に経常部門経費については厳しく抑制された。他方,内需を中心とする景気の持続的拡大を図るため,一般公共事業費については,NTT株式の売却収入の活用などによって,前年度補正後予算と同額,当初予算に比べ20%増という高い伸びが確保された。また,歳入面では,引き続き公債発行額を可能な限り減額することとされた。

この結果,一般会計の規模は対前年度比4.8%増の56兆6,997億円と57年度以来の伸びとなり,このうち一般歳出も同1.2%増と6年ぶりに前年度を上回った。また,公債発行額は,前年度当初発行予定額より1兆6,600億円減額され8兆8,410億円となり,公債依存度も15.6%と50年度補正予算以後最も低い水準となった。特例公債の発行額は1兆8,300億円減額されて3兆1,510億円となり,「65年度特例公債依存体質からの脱却」という財政改革の努力目標の達成に向けて着実に前進した。

地方財政計画についても,国・地方を通じる行財政改革の推進を図るため,国と同一の基調に立って歳出を極力抑制することとしたが,内需を中心とする経済の持続的成長を図るため,投資的経費の地方単独事業については前年を上回る伸びを確保するなど,歳出全体としては,前年度比6.3%増となった。

次に,第二の予算とよばれる財政投融資計画については,内需の拡大,社会資本の整備,資金還流措置の促進など政策的な必要性を踏まえ,資金の重点的・効率的な配分に努めることし,その計画の規模は,前年度比9.4%増の29兆6,140億円となった。

なお,63年度の公共事業等の執行については,63年4月8日の閣議において,我が国経済が拡大局面にあることに鑑み,上半期における契約済額の割合の目途を設定しない方針の下,景気の動向に応じて適切な運用を図ることとされた。

(財政赤字の状況)

これまでの財政改革の推進により財政赤字は次第に改善を見ることとなった。財政赤字の推移をまず一般会計ベースでみると,特例公債の発行額は,ピークだった55年度の7兆2,000億円余から次第に減少して,63年度予算においては3兆1,000億円余となっている。また,公債依存度も一時は4割に近い水準に達していたが,63年度には15.6%にまで低下している。しかしながら,財政赤字を削減していく過程でいわゆる財政支出の繰延措置等がとられていることなどに留意すれば,財政収支は表面的な姿ほど改善されていない。さらには,昭和63年度末の公債残高は158兆円程度に達する見込みであるなどストックベースでの財政状況は依然厳しいことに留意する必要がある。

また,財政赤字の状況を一般政府のベースでみると,一般政府部門投資超過額の対GNP比率は財政再建への第一歩が踏み出された昭和55年度には4.0%であったものが,61年度には0.5%と3.5%ポイント縮小してきている。しかしながら,これはよく知られているように社会保障基金の貯蓄超過によってももたらされている。我が国の急速な高齢化社会の進展を考えた場合,社会保障基金の貯蓄超過はその進展とともに低下していくものとみられ,最近の改善傾向をもって財政バランスが将来的にも改善していくというには問題は簡単ではない。なお,62年度の緊急経済対策においては,財源としてNTT株式売却収入などもあった。ちなみに,公債発行のみによる公共事業拡大がそれ以上の税収をもたらし当初の赤字増加分を相殺することは不可能である。すなわち,公債発行により公共投資を賄った場合,それにより財政収支を悪化させないためには,財政乗数が相当大きくないと,収支の悪化は免れないと試算される(付注5-2参照)。

また,61,62年度の税収の増加を背景として財政バランスは改善をみているが,フィスカル・ドラグについては,現在までのところ国内景気も順調であり,また,最近の税収増は,所得税が急増した場合とは異なって所得税の増加に加え資産関係の売買,相続からも発生しているため,その恐れは小さいといえよう。消費性向の関数などをみても,明らかに可処分所得に係るパラメーターのほうが資産残高にかかるものよりも大きく,類推すれば資産関係税収増の抑制効果は小さいといえよう。また,投資行動においてもそれを左右するものは将来の期待収益であって,現在の資産売却額の多寡が影響するとは考えにくい面がある。

(財政改革の下での財政支出)

これまでの財政再建路線のもとでの財政政策の動きについて振り返ってみよう。昭和58年度以来62年度までは当初予算ベースでは,一般歳出の投資的経費については,年平均3%前後のマイナスであったが,経常的経費についても平均1%前後の低い伸びに抑えられてきた。しかしこの間においても,厳しい財政事情の下,経費を効率的に配分するなど,内需拡大への配慮も払われてきた。61年度においては,種々の工夫により一般公共事業の事業費の伸びが前年度以上とされたが,これに加えて,円高,原油安による交易条件の改善は国内物価を安定させ,また,輸出産業が調整局面にあったことなどから賃金の伸びは低いものに止まり,名目で固定されている政府支出の実質価値を事後的に高めることとなり,公的資本形成のデフレーター下落による事後的成長寄与度が61年度で0.14%となるなど(付注5-3参照),財政支出の工夫とともに成長に貢献することとなった。加えて,11月には総合経済対策が決定された。ここで50年代後半以降の財政運営が景気に対してどのように作用したかをみるために,年度毎に,政府収入の増加(減少)額と,政府支出の増加(減少)額の合成値を当年度実質GNP値と比較してみることにしよう(第5-3-1図,付注5-4参照)。これによると,60年度までは財政が景気に与えた影響は比較的小さかったが,61年度にはやや上昇したことがみてとれる。ただ,この試算は一定の前提を置いた上で行っており,この試算結果をもって財政の複雑な経済的効果を分析することには限界がある点に留意する必要がある。

その後,62年度については,既に述べたように緊急経済対策が決定され,その中で公共投資等について総額5兆円の事業規模を確保するとともに,1兆5千億円強からなる減税とで構成されており,総額で6兆円を超えるGNP比2%にも及ぶ大規模なものであった。したがって,その効果は大きく,62年7~9月期以降の経済の拡大に大きな貢献をしている。対策の具体的効果としては,三つのことが考えられる。第一は,再度の円高の進行のもとで,確たる展望を失っていた企業の先行き見通しを確かなものにしたことである。第二は,国際的にみて,我が国として不均衡是正を目指した政策協調を行ったことである。第三は,我が国の構造調整を円滑に進めていく上で役立ったことである。それではこの産業構造の調整に対してはどのような効果があったのだろうか。緊急対策における公共投資の効果を産業連関表を用いて業種ごとにみてみると(第5-3-2図),素材産業への効果が大きい。大きな緊急対策の波及効果が地域経済にも及び,国内での需要を拡大していったことが,海外需要に依存する経営戦略から国内需要重視の経営への転換を容易にしていったことは否定しえない。

(今後の財政運営)

今後の中期的な財政運営については,次の4つの視点にたって総合的に考える必要がある。

第一は,我が国経済の中期的な発展が内需主導型経済構造への転換・定着にあることである。引き続き見込まれる外需のマイナスを補って,安定的な成長を続けるには,内需の伸びはこれまでより高まらざるを得ない。その際,民間活力を十分活かすとともに,財政運営に当たっても経済状況の変動に応じ適切かつ機動的な運営に努める必要がある。

第二は,63年度予算において特例公債の発行を大幅に減額し,財政改革の努力目標の達成に着実に前進したとはいえ,依然財政再建・改革の努力を必要としている状況には変わりはないことである。すなわち,GNP比40%を超える国債残高を抱えた状況は続いており,それに伴う国債費の存在も財政運営に対する抑制的要素として残っている。

現行の歳出の中には,その見直しを進め合理化,効率化を図っていかなければならないものが少なくない。そうした歳出の削減による財政再建・改革の努力が続けられなければならない。

第三は,第4章でも述べたように,住宅問題,社会資本の相対的不足があり,引き続きその充実を図っていく必要があることである。それには,社会資本の中期的な目標に沿って計画的に充実を図っていくことが望ましく,財の性格に応じて公的部門が中心的役割を果たすことが求められる。また,公的部門における民間活力の活用の一環として,様々な民間資金の導入方法も更に検討されるべきである。貯蓄超過になりやすい我が国の場合,公的部門が民間部門と協調していかにして投資の活性化を促していくかは大きな課題である。

第四は,長期的な経済社会の変化を踏まえた政策運営が必要であることである。とりわけ,高齢化社会への移行に伴う将来の財政需要の増大の可能性については十分心しておく必要がある。したがって,今後無駄な財政支出を拡大することによって後世代の負担を一層増加させるようなことは厳に慎まなければならないことはいうまでもない。

以上を大きくまとめてみれば,「財政再建と内需拡大の両立を図る」ことが中期的な財政運営の基本的な考え方である。

我が国の場合経済構造自体柔軟性に富んだものであり経済の持つ安定性には高いものがあると思われるが,経済状況の変動に応じ適切かつ機動的な運営が必要とされる。また,国内の安定化策として財政支出の拡大を行う場合には,金融政策のスタンス次第ではクラウディング・アウトを引き起こし,効果が減殺されるケースもある。こうしたクラウディング・アウトは現代のように資本取引の自由化が促進された国際金融の下では,金利,為替の両面から発生しうる。緊急経済対策が現在のように金融緩和基調の中で打たれたことから,このようなクラウディング・アウト効果が表面化することはなかったと考えられよう。

なお,地方財政については,借入金残高が累増していることから,その健全化を推進する必要がある。また,社会資本の整備を推進するとともに,国と同一基調により経費の節減・合理化を図る必要がある。さらに,地方公共団体間の財政力格差を改善するため,財政調整の強化を推進する必要がある。

最後に必要とされているのは,政策運営の国際的視点である。それについては後にまとめて扱うこととする。

2. 求められる税制改革

昭和25年のシャウプ勧告に基づく税制改革を原点とする現行税制には,近年様々な歪みが目立ってきている。さらに,本格的な高齢化社会の進展,経済・社会の一層の国際化への対応という点からも税制改革により国民が公平感をもって納税しうるような安定的かつ信頼感のある税制を構築することが求められている。

いかなる税目もそれぞれの長所を有する反面,何らかの問題点を有することは避け難く,税収が特定の税目に依存しすぎる場合には,その税目の抱える問題点が増幅され,税負担の公平な配分を妨げ,国民経済に悪影響を及ぼしかねない。

したがって,税制改革に当たっては,所得・消費・資産等に対する課税を組み合わせた税体系の望ましい在り方について考える必要がある。

税制の理念ないし原則としては,様々な点が挙げられるが,ここでは「公平」「中立」「簡素」の観点から現行税制について検討を加えてみた。

(公平な税制)

現行税制の下,近年,税収に占める所得課税,とりわけ給与所得に対する税負担のシェアが高まり,他方,消費のサービス化・多様化の進展等の下で個別消費税制度をとる間接税のシェアが低下してきている等の歪みがみられる。こうした歪みの中で納税者の重税感,不公平感が高まってきている。今後,高齢化が進展する中でこうした傾向は一層強まるものと見込まれる。

租税に対する漠然とした不公平感が払拭されていないのは,高所得層での重税感とともに中堅勤労者に租税負担の水平的な公平感が乏しいことが考えられる。「税金に関する世論調査」(総理大臣官房広報室,昭和61年2月調査)によれば,給与所得者が税金に不公平があると思う理由の第1位に「サラリーマンと商工業,農業等の自営業者の間の納税方法に違いがある」があげられており,そう考えている回答者が過半数に及んでいる。サラリーマンの所得は源泉徴収によってほぼ完全に把握されているのに対し,申告納税を行っている自営業者の所得は十分把握されていないのではないか,という不公平感がサラリーマンに強いのではないかと思われる。

また,自営業者等には青色事業専従者給与の支払いが認められていること等から給与所得者に比べて税負担が軽減されているのではないかとの見解もある。

さらに,昨今のいわゆる「財テク」現象の中で株式市場において発生するキャピタル・ゲインについては原則非課税とされており,また,土地取引から生まれる譲渡益についても様々な特別控除が存在し,課税対象外となっている部分が多い。こうしたことが,資産を十分に持たない人々に対して不平等な税制との感を抱かせる一因となっていると考えられる。

我が国の所得課税が給与所得に税負担が偏る中で,以上のような様々な要因があいまって,サラリーマンの重税感・不公平感が高まっているといえよう。

したがって,税制改革に当たっては,税体系全体として実質的な負担の公平に資する見地から,所得課税を軽減し,消費に広く薄く負担を求め,資産に対する負担の適正化を図り,また,所得課税において負担の公平を図る措置を講ずること等により,国民が公平感をもって納税しうるような税体系を構築することが必要である。

(中立的な税制)

税制は,経済主体の経済活動に対し極力介入を避けて中立的に対処し,民間部門の自由な判断と選択に委ねることが,経済全体の活性化に資することとなる。こうした「中立性」の観点から現行所得税と間接税を取り上げてみよう。

よく知られているように,我が国の所得税体系は,世界的にみても強い累進性を有している。62年度の税制改正によって若干累進度が緩和されたものの,国際的にも高い最高税率を有しており,さらに税率の適用区分の刻みの数も12段階と小刻みなものとなっている。この結果,所得が上昇しても,税負担が累増し,必ずしも所得の増加のわりには生活のゆとりをもたらさないことになる。さらに,このような強い累進性を持つ所得税制は,人々の勤労意欲,事業意欲を阻害する可能性があるという指摘がなされている。

次に,間接税についてみてみよう。我が国の間接税は,特定の財,サービスに個別的に課税する個別間接税制度をとっているが,このような制度のもとでは,所得水準の上昇による消費構成の変化や経済のサービス化の進展等に十分な対応が出来なくなるおそれがある。すなわち,サービスは現在においても大きな消費構成比を持ち,今後も消費水準の上昇により構成比がさらに上昇していくとみられるにもかかわらず現行の個別間接税制度では十分には課税がなされていないといえ(第5-3-3図),また,同じく今後購入が増加すると思われる耐久財に対しては,その次々に生まれる新製品への課税に関し十分対応しきれない状況にある。さらに,個別間接税では,課税の有無,課税の方法等により各財間に負担の不均衡が生まれるとともに,経済に対し余分な負担を発生させるという問題点をも含んでいる。

(簡素な税制)

税制はできるだけ簡素であることが望ましい。複雑な税制は,国民の税に対する理解を妨げ,ひいては国民の信頼を損なうおそれもある。したがって,税制改革を進めるに当たっては,簡素で明確な制度が納税者の信頼を得るために不可欠である。

以上,我が国の税体系は,所得課税に過度に依存したものとなっており,「公平」,「中立」,「簡素」という観点に照らし,所得,消費,資産等の間でバランスのとれた税制を築き上げていく必要があろう。

3. ディスインフレ下の金融政策

50年代後半から始まった原油価格の低下,60年9月以降の急速な円高の進行は輸入物価の下落を通じ,また,中間投入コストの低下を通じて我が国の物価を大きく安定させた。同時に輸出産業中心に調整を強いられ,60年から61年にかけての景気後退に陥った。また,世界的にみても原油価格の低下はディスインフレの状況を作り出した。経済が回復から拡大へ向かってからも,生産数量の増加が著しくまた低廉な輸入品の増加圧力もあって,現在に至るまでインフレ問題は表面化していない。このような事態に対応して我が国の金融政策はどのように運用されてきたのであろうか。

(昭和62年度の金融情勢)

昭和61年1月から62年2月にかけて公定歩合が,史上最低水準の2.5%にまで5度に亘って引き下げられた。こうした金融緩和は円高,原油安から我が国物価の安定が進む中で,国内景気への対応とともに為替相場の安定のため,国際的な政策協調の観点をも十分考慮して決定されたといえよう。

61年度中に3度にわたる公定歩合の引き下げが行われた後,62年度においては公定歩合が史上最低水準で推移する中で,低金利を反映して量的な緩和がさらに一層進んだ。マネーサプライ(M2+CD)の伸びは,61年度中は前年比8.6%であったが,62年度前半は前年比10%前後で推移し,後半には12%前後の伸びへと加速している。63年度に入っては増勢はやや鈍化しているが,高い伸びが続いている。

こうしたマネーサプライの増勢については,62年度中にも若干の要因の変化がみられる。62年度前半には,金利低下による機会費用の低下から通貨保有が増加したことや景気が回復に向かったことに加え,土地,株式などの資産取引が活発になったことによる取引動機が働いていたことが考えられる。そこで債券株式売買高の推移をみると(第5-3-4図),公社債,株式売買とも61年から62年春頃まで趨勢的に増加してきた。株式売買高は,その後弱含みとなり,10月の株価の暴落により一挙に売買高を減少させたが,63年に入って持ち直している。しかし,公社債売買高は62年春以降年末にかけて減少し,63年に入って落ち着いた状況が続いている。このように,株式,公社債売買高がやや減少し,それらの取引に伴う貨幣需要が後退したとみられるにもかかわらず,年度後半にかけて,マネーサプライの伸びがむしろ高まった需要サイドの背景としては,経済が回復から拡大へと移行してきたことによって実物的な取引需要が増加したことに加え,低金利下で,投機的な動機からの通貨保有が続いていたことによるものと考えられる。更に,預金金利自由化の進展により,特に年度後半,大口定期預金等自由金利商品への預入が増加していることもマネーサプライ増加の一因であろう。

一方,マネーサプライの動向を供給サイドからみてみると(第5-3-5図)。高水準のマネーサプライの伸びは専ら金融機関による民間部門向け信用の増加によってもたらされていることがわかる。なお,部門別にみた場合には,特に法人部門での手許流動性の高まりが顕著であり,今回の量的緩和が法人部門を中心として進んできたことをうかがわせる。

一方,金利の動きについてみてみると(第5-3-6図),短期金利はこうした政策スタンスを反映して61年初から低下を続けてきたが,62年央からは景気の回復が明瞭となるとともに横這いから強含みに転じ,10月の株価暴落後多少低下している。一方,長期金利をみると,国債流通利回りは61年度後半以降低下し,62年4~5月には短期金利を下回る場面もみられたが,秋口にかけては上昇を示した。その後,内外株式市況の急落の後再び低下した。

(今回の金融政策の目標)

62年度における金融政策については,公定歩合が史上最低水準で推移する中で,国内需要を喚起し,為替レートを安定させるための金融緩和基調は変わることなく維持されてきた。また,財政措置を含む緊急経済対策が実行に移された時点においても,金利の大幅な上昇が生じないような金融調節が行われてきており,景気にも配慮した政策スタンスであったといえる。しかし,62年夏頃に建設資材関連を中心に市況商品に動きが見られ,景気の急速な拡大とともにインフレ懸念がとりざたされたが,幸いなことに素早い個別的な物価対策により輸入品が増加したことなどから価格上昇は早期に沈静化した。その後においても,国内経済の拡大テンポが急で生産性の上昇が大きいことや潜在的な円高圧力の下での低廉な輸入品の供給増加の可能性から物価は極めて安定しており,通貨供給量が高水準であるにもかかわらず,現在のところインフレにはつながっていない。過去においては,マネーサプライの動向と物価動向の間にはある程度のラグをもって安定的な関係がみられたが,最近では以前に比べて不明確化している。そこで,多変量自己回帰モデルを用いて,マネーサプライ,為替レート,物価の関係を期間を50年から62年,55年から62年の二つに分けて計測してみた。まず,マネーサプライに1%相当のショックを与えた場合の物価の反応パターンをみると(第5-3-7図),マネーサプライは物価を上昇させることが推察される。しかし,サンプル期間の前半を含んだ場合の方が物価の反応が大きく,また,ピークまでの時間がかかることがわかる。次に,物価変動に対するマネーサプライ,為替レート変動の説明力を分散分解でみてみると(第5-3-8表),マネーサプライの説明力が比較的小さなものとなっている一方,為替レートの説明力が高く,特に最近時点において強まっている。以上から,最近では為替レートの変動が物価に大きく影響しており,マネーサプライ増加が物価に及ぼす影響がみかけ上小さくなってきている。しかし,注意しなければならないことは,マネーサプライから物価への影響が全く否定された訳ではないことであり,マネーサプライの増加が直ちにインフレに結び付くことはないが,為替レートの動向や海外の外生的な出来事からインフレ期待が台頭した場合には,マネーサプライの高い伸びが国内のインフレ期待を助長するといった事態は十分考えられる。したがって,金融緩和が十分に浸透していることを考えると,インフレに対して慎重な対応を用意しておくことは必要といえる。

現在までのところ今回の金融緩和は61年から62年を通じて総需要の下支えをし,また,財政政策の出動後は許容的に働いて経済の拡大に貢献し,インフレも発生させていないなど,フローの面からみた我が国経済には何等弊害が表れてきておらず,政策対応が非常にうまくいったように思われる。しかし,ストック面では債券価格や株価が大きく上昇したほか,需給のひっ迫や投機的取引等による都市部の地価の高騰等の現象もみられ,第4章でみたような資産格差の問題も生じた。

以下では金融緩和が総需要の拡大,資産価格の上昇にどのように係わったかをみることにする。

(金融緩和と総需要の変動)

我が国の場合,最終需要の利子弾力性はアメリカなどに比べて相対的に低いといわれてきた。しかし,50年代後半に入っての金融の自由化,国際化の動きの中で,金融政策はより金利機能を通してコントロールする方式に変化してきている。また,中,長期国債の流通市場の拡大や,MMC,大口定期などの新しい金融商品の登場は,経済各主体の利子に対する関心を高め,収益性指向を強めさせている。こうした制度変更や経済主体の選好の変化は,最終需要をも利子に対して感応的にしてきている。

まず,個人消費についてみる。61年以来家計においても利子選好が高まりいわゆる財テクといわれる現象が多く見られた。こうした動きは既存ストックの期待収益率の高い資産へのシフトとともにフローとしての貯蓄の利子に対する感応を高めていったと思われる。一方,支出面では耐久消費財や大型レジャーといった大きな資金量を必要とする支出が増加してきており,貯蓄動向と合わせて考えると支出行動も利子弾力性を高めているものと思われる。因みに耐久消費財の支出関数を推計してみると(第5-3-9表),利子率は有意に働いており,最近においては,金利低下が支出の拡大要因として寄与していることがわかる。また,消費者信用残高も近年とみに増加しており,金利低下により借入が進み支出の拡大へと結び付いているものと思われる。

次に,住宅投資についてみてみよう。国民経済計算ベースにして過去の住宅投資関数を推計してその利子弾力性をみてもそれ程高いものは得られなかった。その背景としては,住宅ローンなどの制度の拡充が十分でなかったことや,それゆえに建築者側が自己資金を保有しそれをもとに住宅投資を行ったことも考えられる。

ただ,例えば,昭和35年に導入された市中金融機関の住宅ローンについてみると,その増加分の動きはその時々の金融情勢を反映したものとなっており,また,前出の貸家着工関数においても,金利が貸家の資本コストを通じて貸家投資に影響を与えていることが読み取れる。住宅ローン制度の整備がこのところ更に進む中で,近年の住宅投資は金融緩和の進展もあってその増勢を強めたものと言えよう。

最後に民間設備投資についてみてみよう。既に見てきたように設備投資関数において資本コストは有意に働いており,金利は税制とならんで重要な資本コストの構成要因であることから金利は投資に影響しているといえる。しかし,設備投資の動向と長期金利の変動を単純に並べてみてもそうした傾向を読み取ることは難しい。製造業の設備投資を能力増強,維持更新,研究開発と分類してみた場合,能力増強は稼働率と,研究開発は長期の企業戦略と結び付いており,なかなか金利変動との関係がみにくくなっているためといえよう。ただ,維持更新投資は比較的利子に対する弾力性が高いと思われるが,製造業の投資全体としてみた場合には最終需要動向が大きく左右しており,今回の調整局面においては金利低下の影響は不鮮明となっている。また,非製造業においては,これもすでにみたように最近ではマクロでの景気動向とは無関係に経済のサービス化の動きもあって増加を続けている。58年以来の増勢は,金融緩和が進められてきた時期と重なってはいるが,これだけで感応度をいうことには無理があろう。しかし,非製造業のなかではリース業の投資のシェアが増してきており,リース料が金利に感応的であることからも,この部門の投資の利子弾力性が高いことがわかる。設備投資全体を考えた場合,需要増加の要因が依然として強く働いているが,先にみたように家計部門の利子弾力性が次第に高まってきていることから,そうした間接効果をも考慮すると設備投資においても利子感応度が強まってきているとみられる。また,設備投資の資金面についてみると,従来は間接金融主体の資金調達でありその場合には量的規制を受け易く,金利の感応度は低かったといえようが,金融の自由化,国際化にともなって直接金融が増加していくとともに量的な規制がききにくくなってきている。

また,金融緩和は,金融費用の低下を通じて企業収益に好影響を与えた(第5-3-10図)。55年以来の金利の低下は継続的に売上高金融費用比率を低下させてきたが,62年初来一段と低下テンポを速めている。総費用にしめる金融費用の変動を要因分解してみると,総資産回転率は基準とした55年1~3月期に比べ高いものの,利子要因は大きく引き下げ方向に働いており,この傾向はここでも特に62年以降顕著にみることができる。一方製造業においいては利子要因の他,借入金依存度も低下に寄与していることがわかる。このように今回の金融緩和は金融費用の低下において企業収益を大きく下支える要因として働いたことを示している。

このようにみてくると今回の金融緩和は,まず消費,住宅といった個人関連の支出を刺激し,非製造業の投資活動や企業収益を支えるなど景気の下支えをして回復の条件を整備し,緊急経済対策の後はその経済拡大効果を損なわないように許容的に通貨供給を行うことによって,経済の拡大に寄与してきていたといえよう。

(国際的金融緩和と資産価格)

金融緩和は,当然ながら短期的には利子率を低下させ債券価格や株価を上昇させる。昭和60年以降の債券価格と株価の動向をみると金融緩和が浸透していくなかで債券価格,株価が上昇してきたことがわかる。加えて,今回の場合金融緩和が我が国だけで行われたのではなく,ディスインフレ下で世界的な金融緩和が進展したことは,金利水準の低下と株価の上昇を同時的に各国に出現させた。そこで,日本とアメリカの株価の動向を推計式によりその関係についてみてみた(第5-3-11図)。この推計によると金利の低下が日米とも昭和60年の株価上昇の主因となり,61年以降相互依存をしながら上昇してきたことがわかる。

アメリカの長期金利と主要国のそれとは,為替レートの変動が相対的に小さい時には相互に波及しあい,むしろアメリカの長期金利の変動にさや寄せして動いてきており,為替レートの変動が大きい時には,それが薄れているように思われる。そこで我が国とアメリカの長期金利についてその相互関係を為替レートをも含めて多変量自己回帰モデルでみてみた(第5-3-12図,第5-3-13表)。それによると50年代後半の為替レートがドル高で相対的に安定していた時期においては,我が国の長期金利がアメリカの影響を受けることが大きかった。しかし,その後のドル高修正時においてはアメリカの長期金利の影響は薄れ,しだいに為替レートへの影響が増している。しかし,総じて見れば50年代後半が高金利,60年代にはいると低水準へと大きな変動をともにしてきている。

第2章でみたように,金融の国際化が進んでおり,各国の金融市場は,各国の金利動向,為替変動によって相互に結び付けられ,金利動向が為替レートの変化の期待によって影響を受け,また,債券などの期待利回りの変化が為替レートに影響を及ぼすなど,その動きは複雑になってきている。

しかし,こうした金融変動は金融市場にみに止まっている訳ではなく,生産活動や需要動向に大きなインパクトを持っている。したがって,金融採算面のみを求めた取引の拡大は,金利や為替レートを収益率の指標として過大評価するようになり,収益増加のためにその変動を期待することにもなりかねず,実体経済の均衡をもたらすための価格といった機能を麻痺させかねない。金利や為替レートなどが不安定な変動を示したり,その水準が実体経済のファンダメンタルズから大きく乖離してしまう可能性は否定しえない。このうち為替レートについては,輸出入企業は先物で為替リスクをある程度ヘッジしうるが,場合によっては経営上の不安定要因になっている。確かに投機家にとっては,巨大なキャピタル・ゲインやロスを得る機会かもしれないが,そうした投機の期待値は長期的にはゼロであろう。また,長期的なファンダメンタルズから乖離した為替レートの動きは,資源配分に影響を及ぼし望ましいこととは言い難い。50年代後半における購買力平価から乖離したドル高の出現は,アメリカの輸入依存体質を進めアウト・ソーシングを促進するなどの問題を生じるとともに,我が国においても輸出依存が一層高まり世界的に不均衡が拡大していく一因となった。しかし,この場合においても為替相場制度の問題というよりも,資本取引が経常取引を大きく上回る規模に拡大した中で,アメリカの財政赤字の拡大等の問題がそうした為替レートを出現させたといえよう。幸い60年代に入ると為替レートの水準調整が始まり,アメリカにおいても我が国においても内需と外需のスイッチングが相互に望ましい方向へ進みつつあり,短期的には対外不均衡がJカーブ効果もあって拡大することもありうるが,長期的には過度に為替レートの調整能力について悲観的になることはないように思われる。

一方,金利水準ないしは金融資産の収益率と実体経済との関係については,確かに61年から62年前半において,いわゆる財テクという現象が見られ,企業が生産活動に向けなかった余剰資金を金融資産に投下し,それによって収益をあげるという事態が出現したことは事実である。61年から62年初においては,製造業が設備のストック調整の最中にあったことや,円高の進展による先行きの不透明感などから積極的な資金需要が発生しにくく,金融緩和であったこともあり余剰資金や低利で調達された資金が,資産市場に投下され,株式や債券の価格が上昇した。また,金融が緩和している中で,都心部のオフィス需給のひっ迫や投機的不動産取引等によって大都市の土地価格が高騰する等の現象が生じた。こうした資産取引の増加自体も通貨需要を増大させ量的な緩和が一段と進んでいることを印象づけた。

こうした事情は典型的には株価に現れていた。株価の動向と設備投資とは密接な関係にあるといえ,株価の上昇は直接金融での資金調達を容易にし投資を活発化させる。61年から62年前半における株価の上昇は金融緩和によるいわゆる金融相場であり,株式市場での資金調達が低コストになったにも係わらず,円高の進展による不透明感や輸出などの需要不振から投資活動へとは繋がらず,株式の価格上昇により短期的な売買によりキャピタル・ゲインを得ようとする行動が活発化した。しかし,こうした金融市場で資産を売買することで短期に収益を得てきたことが,その後の企業の生産活動に悪影響を及ぼしているとは考え難い。事実,経済の拡大が明瞭になるにつれ余剰資金は設備投資などの生産活動に吸収されてきている。

今回のこうした財テクといわれるような現象は,金融緩和が為替安定のための国際協調もあっって大幅かつ急速に進められ,一方,生産活動が為替変動に対する調整局面にあり,低コストでの資金は生産活動に寄与したものの,折からの高度情報化,国際化が進展し債券の種類が多様化する中で,短期的な収益性に富んだ金融市場内部で過渡期的に運用されたことから生じたといえよう。金融緩和は,経済が回復するとともに生産活動に結び付いており,そうした生産活動の拡大が真に一国の富を増加させるものであり,我が国企業は健全に活動しているといえる。

これまでの我が国の金融政策は,世界的なディスインフレが進み,円高が進展していくなかで需要面により配慮された運営が行なわれてきた。確かに今回の金融緩和は,資産価格の上昇を通じ,資産格差拡大の一因となった面もあろうが,同時に,円高進行のテンポを緩やかなものとし,国内需要の下支えをする上で大きな役割をはたしてきた。

現在,我が国企業の活発な活動に加え政策効果もあって経済はインフレなき拡大を享受しつつある。しかし,今後海外商品市況にみられるように一次産品価格や石油価格のこれ以上の下落が考えられないことから,これまでの世界的な規模でのディスインフレは終わりを告げていくものと思われる。このように,世界的な物価安定の環境が変化してくる中で,金融緩和がかなり浸透しているだけに,内需の持続的拡大に配慮しつつも,物価動向に十分配慮した金融財政運営の必要性があろう。また,世界経済が調和ある拡大を続けていくためには主要国での物価安定が欠かすことのできない条件であり,そのため適切な金融政策が用いられる必要があり,また,そうした物価安定の実現が為替レートをも安定させていくことはいうまでもない。

4. 国際的政策協調と為替レートの安定

前項でみたように,金利,為替等を通じた国際間の連関が近年とみに強まっていると考えられるが,こうした結びつきの中で政策協調の重要性が指摘されている。そこで政策協調がいかになされ,いかなる意義を持っているかを整理してみよう。

(政策協調の推移)

まず,1985年9月のプラザ合意以降に合意された国際政策協調の内容及び実際の動きを確認してみよう(付表5-2参照)。プラザ合意においては,為替レートが対外インバランスを調整する上で役割を果たすべきであり,為替レートは基本的経済条件をこれまで以上によりよく反映しなければならないとされた。この合意の後,為替水準調整が進行する一方,金融政策においては政策金利の利下げが行われるなど各国共通して一段の緩和政策がとられた。また,財政面ではアメリカにおいてグラム・ラドマン法を成立させ財政赤字削減の目標が立てられた一方,日本,西ドイツでは厳しい財政事情の下で内需拡大の努力が続けられた。しかしながら,対外不均衡の是正は当初期待された程には進まなかった。その後1987年2月のルーブル合意では,プラザ合意以来の大幅な為替レートの変化を評価するとともに,為替レートのこれ以上の顕著な変化は各国における成長及び調整の可能性を損なう恐れがあり,そのため為替レートを当面の水準の周辺に安定させることを促進するために緊密に協力することとされた。また,各国別では,アメリカには引き続き国内の財政赤字削減に対する努力,日本,西ドイツには内需拡大,と具体的に各国の経済構造の改善を求め,国際金融市場の安定,不均衡の是正,世界経済がより均衡のとれた形での成長を遂げることの必要性が指摘されている。この合意に沿う形で各国とも引き続き金融緩和スタンスが維持される一方,我が国では87年6月の緊急経済対策といった内需拡大策を決定,実施しているほか,西ドイツでも減税の前倒し実施に続く1990年度の大型減税が予定されているなど,政策協調に沿った努力が行われている。

このように政策協調は,対外不均衡の是正を為替調整によっておこなうといった点から,為替レートの安定化を図る中でマクロ経済政策の協調に加えて各国の経済構造調整を進める点にも関心がはらわれるようになってきていると考えられよう。

しかしながら,その後も,アメリカの貿易赤字の縮小が緩慢で,度々為替レートが不安定な動きを示したため,7か国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)などの場において政策協調及び為替市場における協力による為替レート安定化の必要性が重ねて確認されてきたこのように世界経済の不均衡の解消のため,政策協調に沿った努力が主要国間で進められてきたが,その中にあって,アメリカの財政赤字削減がグラム・ラドマン法成立当初に期待されたほどには進んでおらず,引き続きアメリカの財政赤字の削減が重要な課題となっている。

(アメリカの財政赤字削減と政策協調)

では政策協調の一環としてアメリカの財政赤字が削減された場合の効果はどのようになるであろうか。アメリカにおける80年代前半の財政赤字の拡大による効果から類推して,財政赤字削減の効果としては,アメリカ経済の需要超過体質が改善することにより輸入が減少し,対外不均衡は改善に向かうと考えられる。また,同時に世界経済全体へも影響が及んでいくことも推察される。なお,為替レートについては,金利の低下がもたらす影響を考慮する必要もあろうが,財政赤字の削減がアメリカ経済への信認を高め,その安定化に資することが期待されよう。

そこで,こうしたアメリカの財政赤字削減の効果を定量的に把握するために,当庁経済研究所の世界経済モデルによってシミュレーションを行ってみると,アメリカの財政赤字削減が,年間150億ドル(GNPの0.3%程度)ずつなされていった場合,アメリカ自身は5年後の時点で貿易収支赤字は基準ケースに比べて270億ドル,経常収支赤字が460億ドル縮小する一方,経済成長率は0.3%ポイント低下し,世界貿易全体の伸び率も0.5%ポイント低下する結果となっている。また,日本,西ドイツが同時にGNPの1%に相当する財政支出の拡大を行った場合,アメリカの経済成長率は影響を受けないが,貿易収支の改善は27億ドル,経常収支の改善は40億ドル上乗せされ,日本の貿易収支黒字も,アメリカが単独で赤字を削減した場合より30億ドル,経常黒字は80億ドルさらに縮小し,貿易の伸び率低下の一部を相殺していることがわかるが,全体の水準に比べてその影響は小さい。ただし,日本では,アメリカの財政赤字削減によるマイナスの効果は軽減されるものの,財政赤字は拡大するという問題が残る。このように,アメリカ自身の赤字削減が世界的に大きな影響を持つことが明らかとなっているが,因みにアメリカ,日本,欧州の実質GNP(GDP)の3変量からなる時系列モデルでアメリカ経済の影響度をみても,最近ではその影響力が強まってきていることがわかる(第5-3-14表)。

こうしたシミュレーション結果にみられる波及効果の非対称性は,アメリカ経済の規模が大きいことに加え,西ドイツ,日本の輸出がアメリカ経済の動向に大きく依存しているのに対して,アメリカの輸出はそれらの国への依存度が小さいことや,各国の貯蓄率,輸入性向の差異の存在等に起因すると考えられる。

現状,為替レートの調整などによりアメリカにおいては輸出の伸びが著しく,純輸出が増加を続け,我が国においては逆に輸入の高い伸びから純輸出が低下する一方,内需を中心とした景気拡大が続いており,経済構造の改善は緩やかではあるが進んでいる。しかしながら,これ以上のドルの下落は,世界経済の成長の可能性を損なうことになり,逆効果となろう。したがって,対外不均衡の是正のためアメリカが財政赤字の削減努力を緩めず,引き続き経済構造の改善を進めることが,世界経済の安定にとってまずもって重要である。また,その際,サミット等の合意に基づき各国が世界経済全体の安定のために努力していくことが望まれ,貿易黒字国は引き続き内需主導型の経済構造を定着させることが肝要である。