昭和63年

年次経済報告

内需型成長の持続と国際社会への貢献

昭和63年8月5日

経済企画庁


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第3章 我が国産業の新たな展開

第4節 就業構造の変化

1. 内需主導型経済の定着と雇用問題

雇用の安定は,構造調整期における最大の課題であると位置づけられている。輸出の減少,海外現地生産化,国内生産の輸入への代替が進展すること等に伴い,輸出関連業種や構造不況業種を中心に雇用情勢が悪化し,また産業構造の変化に際して,労働面で対応しきれず,産業,職業,地域,年齢面等で労働力需給の不適合が拡大するおそれがあるためである。中期的にはこのような観点が重要であるが,現状では,雇用情勢は着実に改善している。すなわち,第1章でみたように雇用指標はいずれも62年後半急激な改善を示している。

それでは,産業別のバラツキはどうであろうか。求人動向について産業別にみると,前回回復局面では輸出型製造業の牽引力が強いが,今回回復局面では当初こそ非製造業が牽引していたものの,内需型製造業さらには輸出型製造業まで改善した(第3-4-1図)。雇用者の動きを,製造業の内訳でみると,輸出関連業種では改善が比較的鈍いが(第3-4-2図),内需関連業種では大幅な改善を示している。今回の改善は前回が輸出型であったのに対し,言わば全員参加型であったと言えよう。次に,地域別の雇用動向についてみると,失業率の水準としては北海道,九州において高く,失業率の改善度合いでみると近畿,四国といった地域でのテンポが幾分鈍いものの,全地域で改善していることがみてとれる(第3-4-3図)。また,年齢別に失業率をみても,当初高齢者の失業増が懸念されたものの,若年層,壮年層とともに高齢者層も改善している。

この間,製造業において下請け関連が多いとみられる中小企業の雇用者数をみると,大企業と歩調を合わせて回復しており,構造変化の下で製造業中小企業においても困難を克服しているとみられる(第3-4-4図)。

このように円高下の厳しい経済環境の下で一時期深刻化した雇用情勢が,全体的には顕著に改善したのはどうしてであろうか。その背景としては,経済が成長すれば仕事が増え,新規の雇用が必要になるといったごく一般的な状況が今回もあてはまったことと,後でみる労働市場のフレクシビリティがあげられる。ただし,今回の場合は経済成長の効果といっても構造調整下ということで特殊な意味を持っていた。

第一に内需主導型経済成長が実現したことである。これには二つの意味あいがある。一つは,企業家の日本経済に対する自信の回復である。近年,日本では輸出型経済構造が定着していただけに,急速な円高進行の下で,当初企業家には輸出は今後減少し,輸入の増大もあって最早日本経済に成長の源泉はなく,中期的に低成長を甘受せざるをえないといった失望感が拡がっていたとみられる。実際,昨年1月に実施した当庁「昭和61年度企業行動に関するアンケート調査」によれば,企業は今後3年間に関する予想成長率が2.7%とかつてない低成長を予想していた。こうした状況の下で企業は低成長予想に対応すべく,人員削減といった合理化を開始し,雇用情勢は悪化していった。しかしながら,景気は内需を中心に回復し,62年の実質GNP成長率も前年比4.2%と比較的高い伸びを示した。企業家はこれをみて自信を取り戻し,雇用吸収を活発化させたのである。雇用者数は成長率や賃金のほか,企業の経営姿勢,経済各部門の動向等様々の要因の影響を受けるものと考えられるが,仮に,雇用関数でみると,62年の成長率の上昇がかなりの雇用改善効果をもっていることがみてとれる(付注3-2参照)。勿論,これは幅をもってみる必要があるが,同年の実際の雇用者数の増加49万人のなかには,実際の仕事量が消化できないという物理的要因に加え,企業家が日本の経済成長に対して自信を回復したことの雇用面でのあらわれといった側面が指摘できよう。

いま一つの面は,既に述べたような「全員参加型」の雇用改善である。輸出主導型成長では,対外競争力があり輸出を行っている産業を中心とした雇用吸収の活発化というように,それが特定分野に限定されがちである。一方,内需主導型成長は全員参加型となる可能性が大きい。そこで,輸出と内需の雇用誘発効果をみてみよう。第3-4-5表は産業連関表を用いて,各需要が1単位増加した場合,雇用者数がどの程度増加するかという雇用誘発係数を需要コンポーネントごとに計測し,輸出と内需の間の業種別の雇用誘発のバラツキの差をみたものである。それによると,やはり内需とりわけ国内民需の増加が輸出増加に比べ全員参加型の雇用吸収になるとの結果である。また,量的な効果をみても内需が輸出を上回るとの結果も得られた。国内の生産活動主体が多業種にわたり存在することは,元来広範な国内需要に応えるために存在するのであり,内需が増加すれば全員参加型の雇用吸収活発化に繋がるということはもっともなこととみられる。

第二に,産業構造の変化との関連であり,すなわち企業が円高下において積極的に対応していることである。既にみてきたように,円高下において非製造業や内需関連製造業の雇用が活発化したほか,当初雇用情勢悪化を招いていた輸出関連製造業においても,①輸出市場の見直しの一方,国内販売体制の強化,②新規事業分野の開拓や業種転換といった企業自らの努力でその悪化に歯止めをかけた。

そこで産業構造の変化を巡り,非製造業についてやや具体的にみていこう。第三次産業の中で雇用吸収が活発化しているのは卸売・小売業,飲食店と並んでサービス業である。サービス業については,情報サービス業(ソフトウェア,情報処理サービスなど)といった対事業所サービス,個人教授所(カルチャー教室など)といった専門サービス,各種研究所といったその他サービス業の伸びが著しい(第3-4-6図)。前節で情報技術革新を中心とした技術革新の進展を述べたが,それが企業のビジネス・チャンス拡大を通じて雇用面にも好影響がでているとみられる。この間,製品輸入の増加は,一般的には国内生産をクラウド・アウトし,国内雇用を下押すと考えられるが,円高下で輸入品取扱いのビジネスも一方で増加しており,それが雇用面でもプラスに働く場合があることには留意する必要があろう。

なお,海外現地生産への移行に伴う影響も,現在までのところ当初懸念されたほどには深刻なものとなっていない。当庁実施のアンケート調査によれば,確かに海外現地生産の増加により,国内雇用を減少させると回答した企業があるものの,全体的には多角化や新規分野進出の下で,雇用量に大きな変動はないとの結果であった。

第三に,雇用政策の効果である。雇用情勢悪化に際し,政府は62年度において,「30万人雇用開発プログラム」を実施した。それは,①教育訓練出向等を活用した円滑な産業間,企業間移動等の促進,②雇用調整助成金の活用による失業の予防,雇用の維持,③雇用機会の開発,の三つを柱とするものであり,その効果も雇用改善に資している。

以上のように,構造調整下においても現在までのところ雇用情勢は着実に改善しており,いわゆる雇用面の空洞化についても,現状においては生じていない。もとより雇用情勢を良好な状態に保つためには,持続的な内需主導型成長が必要である。

2. 労働市場のフレクシビリティ

構造調整下で雇用情勢の深刻化が回避されかつ改善に向かったいま一つの背景が,賃金調整機能や労働のモビリティといった労働市場のフレクシビリティである。

まず賃金調整機能は,経済変動に際し,例えば景気下降局面では減速に伴う利益の縮小を企業が負担するか雇用者が負担するか(労働分配率),さらに雇用者の負担については賃金で調整するか雇用者数で調整するかという問題と関連してくる。賃金調整機能が大きいということは経済変動に対して,賃金が相対的に大きく適応することを意味しており雇用の減少,失業の増加を相対的に軽微にすることを意味している。

そこで,労働コスト変動のバラツキを国際比較してみると(第3-4-7表),日本の場合経済変動が相対的に小さいこともあって,労働コストのフレが小さいということがまずもって重要な点であるが,雇用者数の変動のフレが小さい一方,賃金変動が大きいという点も見逃せない。この点に関連して,賃金関数を推計してみると,あくまでひとつの推計例であり幅をもってみる必要があるものの,日本の賃金は経済変動の影響をより大きく受けるようになってきており,また現状の影響度も米国に比べ大きいとの結果である(第3-4-8表)。これらは,日本の労働市場では数量調整ではなく価格調整が相対的に大きい,すなわち成長率の鈍化に際しては,名目賃金上昇率が弾力的に低下することを意味しており,こうしたことから失業の増加が相対的に抑制されることも考えられる。なお,前記賃金関数では物価変動の影響が小さくなってきており,米国に比しても小さいとの結果であるが,この点については,物価が上昇しても賃金の上昇が比較的軽微なものにとどまることを意味しており,このことから賃金安定-物価安定の好循環が日本ではある程度ビルトインされており,それが日本経済の安定性に繋がっているということが示唆される。

次に労働のモビリティについてみてみよう。今回調整局面のように,産業構造が輸出型から内需型へと転換するといった大幅な構造調整下においては,賃金,時間での調整を進め,なるべく失業等の発生を避けながら,就業構造そのものを円滑に内需型経済に対応したものへと転換していくことが望ましい。就業構造の転換は,①労働市場への新規入職および労働市場からの引退,②転職,③配置転換等の内部労働市場,④出向等の準内部労働市場等様々な経路を通じて進展していくが,円滑な就業構造転換のためには,内部労働市場や準内部労働市場の機能を最大限に活用していくことが必要である。

また,転職等を通じた常用労働者の産業間移動をみると,円安時の58,59年には第三次産業から製造業への移動が増加したが,61年以降には製造業から第三次産業への移動が増加しているなど,転職が就業構造の転換を促進している状況が窺われる(第3-4-9図)。

出向と中途採用を比較すると,出向は企業グループ内での人材活用,キャリア形成の一環として,あるいは雇用調整の手段として行われるが,企業の多角化・新規分野進出においても一定の役割を果たしている。一方,中途採用は企業グループの外部に人材を求めるという点で,今後企業の多角化・新規分野進出との関連でより増加することも考えられる。当庁「昭和62年度企業行動に関するアンケート調査」によれば,過去,多角化・新規分野進出のための人材を本業からの配置転換・出向により確保してきた企業割合は9割,中途採用で対応してきた企業は3割と内部・準内部労働市場を通ずる移動が多く,今後3年間についても前者が8割,後者が5割と依然前者が後者を上回っているものの人材を社外に求める企業が増加する見通しである(第3-4-10表)。

今回の構造調整過程においては,雇用情勢が悪化する局面がみられたものの,現在までのところ雇用者数は順調な増加を続けており,これは,わが国の労働市場において十分なモビリティが確保されてきたことを示唆している。今後とも,賃金調整機能や労働のモビリティといった労働面での対応を引き続き確保していくことが企業の活性化のためにも重要であるといえよう。