昭和63年

年次経済報告

内需型成長の持続と国際社会への貢献

昭和63年8月5日

経済企画庁


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第3章 我が国産業の新たな展開

第1節 円高下の産業構造の変化と発展の追求

我が国経済は,1970年代において二度にわたる石油危機時にみられたように先進国の中において際立って柔軟な適応を示してきた。60年秋以降の急激かつ大幅な円高はある意味において石油危機に匹敵する「価格革命」であったが,ここでも日本経済はそれを克服し,乗り切った。このような日本経済の力強さを基本的に支えているものは,やはり民間企業分野の活力である。円高下において民間部門は改めて企業発展の源泉を模索した。その結果が産業,ひいては日本経済の昨年からの力強い発展の起動力となったと考えられる。発展の方向としては,第2章でみたような国際化とともに,内需開拓があげられよう。企業の内需開拓努力は日本経済の発展を輸出主導型から内需主導型へと転換させる重要な要素なのである。

1. 内需主導型発展の産業構造

(円高の構造調整機能)

戦後,日本の産業は様々な要因によって変化してきたが,最近における変化の要因は①為替レートの変化,②アジアNIEsを中心とする発展途上国の工業化の進展,③貿易摩擦の激化,④技術革新の進展,⑤需要の変化などがあげられる。そこで,円高がもたらすインパクトについて整理しておこう。円高は言うまでもなく価格体系の変化をもたらし,そうした価格体系の変化は供給主体の対応を通じて日本の産業構造に影響を及ぼす。すでに第2章でみたように,加工型製造業を中心に輸出から海外現地生産へのシフトが進展しているほか,中間財や部品の海外調達を活発化させている。また,最終財についても開発輸入や並行輸入を含め,企業の輸入品取扱いへの積極姿勢がうかがえる。こうした企業行動によって,日本の貿易構造は「輸出が増えやすく,輸入が増えにくい」構造から相対的に「輸出が増えにくく,輸入が増えやすい」構造に変化しつつあるとみられる。それでは国内の産業構造はどうなっているであろうか。

産業構造については,供給サイドの変化を重視する必要がある。具体的には,設備や労働といった生産要素の移動である。財貨やサービスを生産しようとする場合,例えば需要があっても企業がそれに応えるだけの生産要素をもっていなければ提供できない。したがって,日本の産業構造が内需主導型に転換するためには,こうした生産要素が輸出型産業ではなく内需型産業でより多く保有される必要がある。

円高進行の過程では,製造業と非製造業との間で収益に「二面性」がみられた。それは輸出のウェイトの大きさによって生じたとみられる。輸出を行っている製造業では,輸出採算の悪化が顕著であった一方,輸出を行っていない非製造業では産出価格の低下が軽微である一方,投入コストの低下等からむしろ採算が改善した。こうした動きは,円安期の59年とは対照的な動きとなっている。

このような収益動向の下で,設備,雇用といった生産要素についても製造業と非製造業の間で「二面性」が生じた。生産要素は資本収益率や賃金といったそれぞれの利潤が有利なところに移動するのが基本である。設備投資と総資本利益率,雇用者数と賃金との関係をみると(第3-1-1図),輸出が増した59年の円安期には製造業の設備投資,雇用吸収が活発化したが,60年以降の円高期では非製造業の設備投資,雇用吸収が活発化しており,またそれぞれの動きが利益率や賃金とほぼパラレルの動きを示している。また,62年も,非製造業での設備投資,雇用吸収は引き続き堅調に推移している。以上のように,各々の生産要素が利潤を背景として内需型産業たる非製造業に集まっていることは,日本経済が内需型へ転換しつつあることの一つの例記である。

ところで,製造業については62年に入って利益率,賃金が改善し,設備投資,雇用吸収が活発化している。こうした動きは新たな産業構造の変化の現れと読みとることができるが,その原動力の一つとして,国内販売重視に代表される企業行動の変化がある。輸出数量はこの円高期において総じて弱含む中で,国内向け売上数量は62年に入ってから,増加傾向をたどっており,この結果売上数量に占める輸出比率も低下傾向にある。このような動きは企業サイドからみると,供給を海外から国内へシフトさせていることにほかならない。そうした企業行動の変化の背景として円高がある。

円高下において,企業は円ベースでみた輸出価格を直ちに円高分だけ転嫁することはできず,円高幅が大きいほど輸出価格は低下するが,国内価格は輸出価格の低下に比べ小幅の低下となっている。このため,売上高経常利益率の変化のうち変動費要因をとりだし,それを国内価格要因と輸出価格要因に分けてみると,輸出価格要因が利益率を大きく引き下げていることがわかる(第3-1-2図)。このことは,円高に伴う価格体系の変化の下で,企業は輸出よりは国内販売の方が相対的に採算が有利化するため,国内販売を重視する誘因が高まることを意味している。

このような状況の下で,企業が設備や労働を国内販売により多く振り向けるといった企業行動があらわれてきたのである。例えば,自動車や電気機械といったこれまで輸出比率の高かった分野で,国内販売拠点強化のための設備投資や人員増を積極的に行っており(第3-1-3表),こうした国内販売部門への生産要素の投入も構造変化をもたらす重要な意味をもっている。

以上のように,円高下において内需関連分野が設備や労働といった生産要素を活発に吸収し,また輸出企業自体も国内販売重視による諸施策を打ち出していることは,我が国経済が着実に輸出主導型から内需主導型へと構造変化を遂げつつあることを意味している。この間,これまで我が国の主要輸出相手先であった米国においても,通貨調整の下で産業構造が次第に変化しつつあるようにうかがえる。ドル安の下で輸出数量が増加し,これを基点として製造業の設備投資,雇用吸収が活発化しており,設備投資については非製造業の伸びを上回るに至っている(第3-1-4図)。このような米国での生産要素の動きは,輸入の増加を伴いつつも,経済が輸出主導型を指向しつつあると見受けられる。日本と米国双方が産業構造を変えていくことが,両国の対外不均衡改善に役立つことは言うまでもない。

ところで供給サイドからみる限り,日本経済は着実に構造変化を遂げつつあるが,これが定着するかどうかについては留意すべき点がある。すなわち,内需の持続的拡大と国際分業への適応である。仮に,生産要素が内需関連分野で大量に吸収されている状況の下で,国内供給(国内向け生産+輸入)が内需を上回るいわゆる超過供給に陥った場合,輸出価格に比べ国内価格が相対的に低下するため,企業としても輸出を増やす誘因が生じるばかりでなく,産業構造面でも,生産要素が輸出型へ逆シフトし輸出主導型構造に戻る可能性があるためである。したがって,内需の持続的拡大が必要である。こうした観点に立って,成長パターンの違いによる生産面への影響についてみておこう(第3-1-5図)。55年から59年にかけての円安の下での輸出主導型成長の下では精密機械,電気機械といった加工型製造業と建設,商業といった非製造業の生産誘発額の伸びにかなり乖離がみられる。また60年,61年の円高不況期には全体の生産誘発額の伸びが鈍化する中で,精密機械や輸送機械といった加工型製造業の不振が目立っている。そして62年の内需主導型成長期には,全体の伸びが底上げされる中,円高不況期に低迷した加工型製造業も顕著に回復している。このように内需主導型成長は輸出に頼らず,また輸入の増大を伴いつつも全業種の生産増加がもたらされるなど,バランスのとれた生産活動を可能としている。

(円高下の企業経営戦略)

これまでみてきたように,円高は需給両面から日本の貿易・産業構造を着実に変化させつつあるとみられるが,ここでは供給側を左右する円高下の企業経営戦略についてみていくこととする。企業の経営戦略については,前述の構造変化を具体的にみることができるばかりでなく,企業が潜在需要をどこに見出し,それをどう発掘していくかを探るためにも有益である。

円高下の企業戦略としては,①不採算部門の縮小,②多角化,新規事業分野の開拓,③新製品開発,などのリストラクチャリングの動きがあげられる。これらは旧来からの流れであり,円高が直接もたらしたとは必ずしも言えないうえ,一般的には輸出主導型成長時の企業行動にもあてはまるものであるということには留意する必要がある。しかし,先にみたように円高がそうした動きに拍車をかけたことも十分ありえようし,また積極的な多角化や新製品開発等が国内販売へのシフトの起動力となり,さらには内需喚起の要因となっていることが,これまでの動きと異なる特筆すべき点と言えよう。

まず,不採算部門の縮小についてであるが,当庁の企業行動アンケート調査によれば国内での本業部門の事業規模あるいは生産規模に関して過去3年間において「縮小」,「一部撤退」した企業は,製造業の場合全企業の15.3%にのぼり,需要自体が中長期的に衰退傾向にある分野の縮小はもとより需要は存在するが,NIEs等の追い上げが進展している状況下,円高進行により競争力を失ったいわゆる比較劣位分野を,それが本業であっても縮小するといったケースが目につく。企業にとっては,例え本業であっても,それに依存し続けることが企業の存続を難しくするため,縮小せざるをえないのである。しかし,そうしたことが多角化,新規分野への進出に関し,一層真剣な取り組みをもたらしているのも事実である。

そこで,第二の事業の多角化,新規分野への進出についてみていく。まず,製造業の業種別多角化,新規分野への進出状況を生産能力と資本ストックの対比でみてみよう(第3-1-6図)。生産能力は当該産業の本来業務に限定されるのに対し,資本ストックは例えば非鉄金属,窯業・土石業における新素材製造に係る設備というように,当該産業の異業種分野の設備が含まれるため,資本ストックの伸びが生産能力の伸びを大きく上回るほど多角化ないし新規分野進出が進展している可能性があると考えられる。勿論,資本ストックの増加は資本係数の上昇(設備能力に結びつかないもの)も含まれ,その点には十分留意する必要があるが,それによると電気機械,一般機械,精密機械といった加工型では本来業務が成長分野だけに生産能力の伸びと資本ストックの伸びの乖離が相対的に小さい一方,繊維,窯業・土石,非鉄金属といった素材型では乖離が大きく,多角化の進展が著しい。こうした状況から,売上高に占める本業の比率をみても繊維,非鉄金属,木材・木製品,窯業・土石といった素材型で低下が顕著となっている(付表3-1)。

それでは企業はどういった分野へ多角化を求めているのであろうか。製造業では,素材型を中心に新素材関連,バイオテクノロジー関連への進出を企図しているほか,加工型ではマイクロエレクトロニクス関連,情報・通信関連への進出を計画している。また高齢化に対応した医療・シルバーマーケット分野,質的向上が求められる住宅関連,量・質ともに不足しているレジャー関連など企業が関心をもっている分野は多岐にわっている。この間,非製造業ではレジャー,情報・通信,住宅,シルバーマーケット関連に加え,都市再開発などの分野に関心を寄せている。

こうした分野はまさに今後の成長分野とみられるが,それを事業化するためには通常,地道な研究開発を必要とする。企業の研究開発投資を総務庁「科学技術研究調査報告」によって売上高との対比でみると,研究開発投資比率は56年度に1.6%となって以降上昇傾向を辿っており,円高で成長率が鈍化した60,61年度においても,企業が生き残りのため積極的な研究開発を継続した姿がみてとれ,61年度には2.6%にまで達している。こうした努力の積み重ねが将来の企業の成長を下支えているといっても過言ではなかろう。

ここで問題となるのは,企業がこのような多角化,新分野進出に際し,想定している市場が国内か海外かという点である。当庁が実施したアンケート調査によれば,とくに製造業においては,国内市場と海外市場とを区別しないと答えた企業は3割となっており,こうした企業の動きの結果が輸出増を招くといった可能性は残されている。しかし,既述のとおり円高により輸出に比べ国内販売の採算が有利化している状況下,製造業において国内市場を重視すると回答した企業が65%に達しているほか,非製造業では国内重視が7割となっていることからみて,日本経済の内需転換は今後も着実に進むとみてよかろう。

第3に,商品戦略についてみると,一つ目には新商品の導入がある。これを業種別にみていくと,電気機械では,液晶テレビ,ビデオディスクプレーヤー,ビデオカメラ,コンパクトディスプレーヤー,パソコン等,一般機械では日本語ワープロ,非鉄金属では光ファイバー,窯業・土石ではファインセラミックスが導入され,かつ急成長している(第3-1-7図)。二つ目には,既存商品の高度化である。カラーテレビ,VTRといった商品はもはや成熟商品と考えられていたものであるが,カラーテレビでは多機能を備えた26インチ以上の大型,VTRではHiFi型,洗濯機では全自動,エアコンでは冷暖房兼用がそれぞれシェアを拡大している(第5章第1節参照)。三つ目には,製品価格の引き下げである。これは生産性の上昇,部品輸入の積極活用といった企業のコスト削減努力が背景にある。この結果,日本語ワープロ,パソコン,ファクシミリといった従来企業向けであった商品が家庭にまで浸透したり,コンパクトディスクプレーヤーといった新商品が普及率を上昇させている。

このような積極的な企業行動は大企業のみならず,中堅,中小企業においても広範囲にみられる。輸出依存度の高い産地企業や輸出企業の下請企業等の多くでは,円高進行の下で当初は採算悪化と販売不振に陥り,企業経営の存続すら懸念されたところもある。しかしながら,持ち前の長所ともいえる機動性やニーズへの対応力によって,内需増加に対応した新製品の開発や新しい内需マーケットへの進出に取り組んでいる。第3-1-8表にみるように,大規模な資本を投入した新規事業や新製品の研究開発が可能な企業規模をもたないものの,創造性や意匠性を生かした製品・事業の開発に成功している企業や,大企業のもつ資本力・技術力・人材を自らの経営に補完すべく企業提携と進めている企業,あるいは円高により有利化した輸入品を活用しようとする企業など,構造変化に積極的に適応しようとする企業行動が数多く見られている。こうした中堅,中小企業の対応が,我が国の産業構造変化と内需主導型成長の実現を可能とした一つの大きな原動力であるといっても過言ではない。

以上のように,円高下の企業戦略は積極さを増しており,それが昨年後半からの日本経済の内需主導型成長を支えているとみられる。確かに,不採算部門の輸入への代替,海外現地生産化による輸出代替といった動きは国内生産面からみればマイナス要因であり,その影響については引き続き注視していく必要があるが,現状においては,円高下の企業行動が構造変化をもたらしながら,「空洞化現象」を防いでいるとの評価は十分可能であろう。

2. 急展開する情報技術革新と産業発展

円高下の企業戦略の柱として技術革新がある。現在,通信・情報処理分野を中心に技術革新が急速に進んでいる。このような技術革新は日本経済の中期的な発展をもたらす重要な源泉となっている。以下では,技術革新の歴史的変遷を概観した後,今日の技術革新の産業面へ及ぼすインパクト等についてみていることとする。

(技術革新の変遷)

わが国経済の発展は,企業家(entrepreneur)精神と技術革新(innovation)により支えられていたといっても過言ではあるまい。技術革新については色々な用いられ方がされているが,ここでは新たな商品の導入,新生産方式の事業化,新しい原材料の実用化,新たな販売・管理システムの導入というように財・サービスの供給面で,従来にみられない事象が生じることとしておこう。技術革新により成長がもたらされることは言うまでもないが,ミクロレベルで企業が変質するとともに,マクロレベルで産業構造の変化がもたらされる点も重要である。

戦後,高度成長時代以降のわが国技術革新の流れをみると,3つの段階・局面(フェーズ)に分けられる。

フェーズ1は,「量産技術革新」の時代である。歴史的には高度成長時代に対応する。この時代は,量的充足が不十分な中で,いかに効率よく需要を満たしていくかという観点から大量生産のための技術開発が積極的に行われた。具体的には,鉄鋼で一貫製鉄所の建設,石油化学で大型エチレンプラントの建設が進展したほかカラーテレビ,クーラー,自動車(いわゆる3C)といった耐久消費財の分野でも大量生産方式が導入された。

フェーズ2は,「省エネ技術革新」の時代である。40年代末から50年代初にかけて,オイルショックによるエネルギー価格高騰に直面した企業は,エネルギー節約のための技術開発に力を注いだ。代表的な成果としては,セメントの石炭混焼化設備,鉄鋼の連続鋳造設備,石油化学の排熱回収強化・プロセス合理化などがあげられる。この間,わが国の産業構造自体もエネルギー多消費の素材型からエネルギー少消費の加工型へ転換していった。

そして,現在がフェーズ3であり,それは「情報技術革新」の時代である。情報技術革新の典型はマイクロエレクトロニクス化(ME化)と通信技術を背景としたネットワークの形成であり,これはまさに情報化,国際化といった潮流への技術の対応である。コンピュータが通信回線により結合し,高度なネットワークを形成していくのである。

(情報技術革新の進展)

先ず,情報技術革新の進展を情報処理とネットワークの形成の動向からみてみよう。コンピュータおよび端末の設置台数の推移をみると,いずれもこの5年間で約2倍と大幅な増加を示している。これが通信回線により結合することをオンライン化と言うが,オンライン化企業の比率も上昇しており,最近ではそれが8割弱にも達している。技術革新の下でコンピュータが通信回線により結合することにより,遠隔地に居ながらにして,コンピュータに記憶されているデータを引出す,あるいはコンピュータへデータを入力する,さらにはデータを送信してコンピュータで処理した後,それを受信するといったデータ通信が可能となる。データ通信の利用状況をみると飛躍的な増加を示している。また国際化の下で,国際データ通信も急拡大している(第3-1-9図)。

それではこうしたコンピュータ・ネットワークの形成を要請する背景について,企業や消費者のニーズからみていこう。①生産,販売,在庫の効率化や事務処理の合理化,②顧客ニーズの把握と生産体制の確立・商品企画への反映という2点が指摘できよう。すなわち,前者については,仕入れの受発注の円滑化,人件費圧縮,歩留まりの向上といった生産コストの引下げ,商品運搬の迅速化・確実化,在庫コストの軽減,金融費用の圧縮といった要請がある。後者については,顧客ニーズが個性化・多様化する中でいかにコストを上げずに多品種少量生産を行っていくかが課題となっている。

こうしたニーズがどのようなネットワークを形成しているかについてみると,製造業では,工場の自動化(FA,ファクトリーオートメーション)が進展し,産業用ロボットが中央コントロールによって作業を行うなど効率的な多品種少量生産が可能となっている。非製造業分野では,POS(販売時点情報管理)導入によるレジ業務の効率化,在庫管理の向上,売れ筋商品の把握(流通),CD・ATM導入による窓口業務の効率化(金融機関),VAN(付加価値通信網)の利用による配送等の物流や資金決済の効率化(運輸流通・金融)などがあげられる。この間,消費者としても,例えば,商品・サービスの情報を迅速かつ豊富に入手し,購入・配送を指示,さらには代金決済を行うといった一連の手順が居ながらにして可能となるホームショッピング,ホームリザベーション,ホームバンキング等へのニーズがあり,今後こうした分野が拡大していくことが期待されている。

次に,こうした企業や消費者のニーズを実現させる技術進歩についてみてみよう。これには情報処理技術と通信技術の進歩があげられる。すなわち,コンピュータ,端末機といったハード面および操作の容易性といったソフト面両面で向上している。この間,衛星放送,ケーブルテレビ,ビデオテックス,文字多重放送といったニューメディアも登場している。また,回線は同軸ケーブルから光ファイバー・ケーブルあるいはマイクロ・ウェーブへ,交換手による交換から機械による交換へ,アナログ通信からデジタル通信へと進歩しており,こうしたことからデータ通信など高速,大量,確実に行われるようになった。そして忘れてならないのは,半導体の性能向上と価格の低下が果たした役割である。例えば,半導体メモリーについてみると,その実用化は40年代後半の1キロビットからであるが,10余年経過した現在,容量が1024倍の1メガビットが主流となっており,一方,技術革新の進展から価格は半分以下となっている。こうした中でその需要(実質販売額)は約40倍と急拡大しているが(第3-1-10図),その利用も電気機械,一般機械はもとより,非鉄,化学,鉄鋼さらには非製造業分野までと広範にわたっている(第3-1-11図)。このことは,まさに半導体が「産業の米」と呼ばれる所以である。

このような技術革新により,さまざまなネットワークが整備されていくことになる。当初は企業の1セクションの機械化であったものが,企業内LAN(Local Area Network)さらには企業間のネットワークに発展し,そのネットワークが異業種のネットワークに結合されていくのである。例えば,流通分野のPOSが金融のネットワークと結合することにより,バンクPOSが形成されたのは好例である。このようなネットワークは,電気通信分野をはじめとする種々の規制緩和とあいまって活発に整備されつつあるところである。

(情報技術革新の産業面へのインパクト)

それでは情報技術革新は産業面へどのようなインパクトを及ぼすであろうか。情報技術へのニーズで明らかなように生産性上昇がもたらされるほか,ニュービジネスの台頭を招くことに加え,既存の産業の垣根を打ち崩し産業のダイナミックな変化をもたらすものと考えられる。

第一に生産性上昇について,情報技術革新への取組みと労働生産性の関連を業種別にみると(第3-1-12図),殆ど全業種に両者の間に正の相関関係が観察され,情報技術革新への取組みが積極的であるほど労働生産性が上昇する可能性が高いことを示している。とくに,電気機械や精密機械といった加工型製造業や金融・保険業ではそれへの積極的な取組みが生産性上昇を大幅なものとしている。また,企業活動における部門別生産性との関連でみても,事務労働部門,生産部門いずれも情報技術革新への対応により生産性上昇がもたらされている(第3-1-13図)。

第二のニュービジネスの台頭である。例えば,サービス業での成長分野(事業所数ベース)をみると,ソフトウェア業を筆頭に情報サービス業,情報提供サービス業,情報処理サービス業と,上位10業種のうち4業種で情報関連分野であり,サービス産業発展の一翼を担っていることは注目すべきである。そのソフトウェア業の売上高は製造業,卸・小売業,金融・保険・運輸業等への販売を中心に急成長を遂げており,1兆円産業を目前に控えている(第3-1-14図)。

第三に多角化,業際化の動きが加速していることである。既述のとおり,マイクロエレクトロニクス分野には多くの素材型・加工型が進出を企図しているほか,製造業,非製造業を問わず,情報関連,通信分野への進出がかなり具体化しており,多角化,業際化が進展している。また,金融や証券や流通といった分野における高度化,多角化の動きも広範にみられるようになっている(第3節で詳述)。

(技術革新の進展と課題)

情報技術革新は生産性の上昇,ニュービジネスの台頭,産業の活性化などをもたらすことにより,日本の中期的な発展をもたらすものとして今後もその動向に注目されるところであるが,情報技術革新のほかにもバイオテクノロジー,新素材,超伝導体など新たに技術革新が芽生えてきている分野があり,その進展も期待されるところである(付表3-2)。ところでそうした分野をより発展させるためには,次代に向けた新しい発展基盤の整備を目指し,創造的で自主性の高い技術開発に必要な基礎研究等のための基盤整備を推進していくことが重要である。また,こうした課題と並んで重要なものとして,ルールの確立といった政策的な対応がある。例えば,知的所有権制度については,日本だけにとどまらず,国際通商問題にまで発展している。

知的所有権とは,WIPO(世界知的所有権機関)条約第2条によれば「文芸・美術及び学術の著作物,実演家の実演・レコード及び放送,人間の活動の全ての分野における発明,科学的発見,意匠,商標,サービスマーク及び商号その他の商業上の表示,不正競争に対する保護に関する権利並びに産業・学術・文芸または美術の分野における知的活動から生じる他の全ての権利」であり,その体系は「工業所有権」,「著作権」等から成り立っている。知的所有権は本来,発明者や著作者の保護を図り,正当な報酬を保障することによってインセンティブを与え,発明や著作を刺激し,もって社会の発展に寄与することを目的としたものもあるが,近年における技術革新の進展の下で従来の制度では必ずしも十分に保護されないものや,新たな課題となってきているものが生じてきている。これにはまず,コンピュータプログラムや半導体集積回路のレイアウト,バイオテクノロジーによる微生物,食品添加物といった新しい創造物の出現がある。これらのうち,コンピュータプログラムについては「著作権法」が改正され,また,半導体集積回路のレイアウトについては「半導体集積回路の回路配置に関する法律」が制定された。また,その他についても特許法によって保護が図られてきたが,その運用については検討すべき課題が残されているとの指摘も一部にある。また,テープレコーダやビデオカセットレコーダ等の技術が非常に進歩し,容易かつ高度な複製が可能となってきたため海賊版のビデオ等が氾濫し,著作者等の権利が侵害される事態が発生している。従って,技術の進歩を一層促すためにも,既にみた技術革新によって生み出された新たな知的生産物の価値を正当に評価するとともに,知的所有権が侵害されぬよう制度の一層の整備を図っていく必要がある。

また,知的所有権問題は,にせブランドや模造品に代表される不正商品貿易の存在や経済の国際化による共通ルールの必要性の高まりなどから国際通商問題の一つとなってきている。このため,1986年のウルグアイで開催されたGATT閣僚会議で知的所有権の貿易関連側面について4年以内の終結にむけて交渉が行われることとなったが,我が国としても国際貿易の健全な発展を目指し,効果的かつ適切な知的所有権の保護を確保するとの観点から,知的所有権に関する既存国際機関の活動の成果をも考慮しつつ,世界経済の発展に資する知的所有権に関する国際ルールを確立するため,積極的に貢献していくことが重要であろう。