昭和63年

年次経済報告

内需型成長の持続と国際社会への貢献

昭和63年8月5日

経済企画庁


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第1章 昭和62年度経済の特徴

第1節 昭和62年度の経済動向

昭和62年度の日本経済は,急速な景気上昇の年となった。国内需要は民間需要,公的需要とも堅調な伸びを示し,内需主導型経済成長が実現した。同時に,物価安定の中で,経常収支黒字は大きく縮小し,年度当初悪化した雇用情勢も急速に改善した。まず,回復から拡大への動きを振り返ってみよう(第1-1-1表)。

1. 景気回復から拡大への動き

61年11月に底を打った我が国経済は,62年に入って緩やかな回復を示したが,4~5月の急速な円高の進展から,4~6月期の回復の足取りは弱いものとなった。61年秋以来,一時円高の動きが止まっていた為替相場は,4月末には130円台まで上昇した。住宅建設の高い伸び,個人消費の堅調から国内需要の堅調さははっきりしたが,外需は輸出の低迷,輸入の急増から大幅なマイナスとなり,実質GNPはゼロ成長となった。鉱工業生産も横這いとなり,円高への対応を進め,回復の兆しをみせていた企業活動も一時的な足踏みを示した。また,経常収支黒字は原油価格の反騰もあって大きく縮小したが,雇用面では,調整局面が依然として続き,5月の完全失業率(季節調整値)は既往最高の3.1%に達した。

政府は,これに対し,国際的な政策協調をも踏まえて,5月末,内需を中心として景気の積極的な拡大を図るため,6兆円規模の「緊急経済対策」を決定した。これは,為替相場の安定に好影響を与え,また,建設を中心に需要増加の期待をもたらし,企業の先行き見通しを改善させる一因となった。

7~9月期に入ると,我が国の経済環境は大きく好転し,景気は急回復に向かった。個人消費の堅調,住宅の一段と高い伸びに加え,公的需要も「緊急経済対策」の効果もあって伸びを高め始め,輸出も微増となった。実質GNPは年率8%の高成長となり,鉱工業生産も高水準を記録した。企業収益が改善し,景况感も改善傾向を示し始め,設備投資についても計画を上方修正する動きがみられるなど拡大局面への足固めが行われた。雇用面では,所定外労働時間が前年を上回るなど需給の改善傾向が明瞭になったうえ,完全失業率も一時の高水準から低下に向かい始めた。一方,物価面では,建設資材の市況高騰などから,卸売物価に強含み傾向が見られた。

10~12月期には,我が国経済は,拡大局面にあることが明瞭になった。住宅,公的固定資本形成など国内需要は伸びを高め,外需の減少にもかかわらず,高成長が続いた。このため,企業収益,景况感も著しい改善を示した。雇用面でも,これまで前年を下回り続けていた製造業の雇用者が前年比増加に転じるなどさらに改善した。

10月中旬,ニューヨーク株式市場における史上最大の暴落が東京市場にも波及し,同じく史上最大の暴落を記録した。しかし,株価は徐々にもどるとともに,国内需要に与える影響は軽微に止まった。その後,円高が再び進んだが,内需の急拡大のなかで,企業はその影響を吸収し,問題は生じなかった。この間,卸売物価は,輸入増,生産増に加え,円高によって上昇が抑えられ,落ちつきをとり戻した。

1~3月期に入っても,日本経済の拡大は続いた。住宅建設はやや増勢に鈍化がみられた反面,勤労者世帯の消費が伸びを高め,設備投資,公的固定資本形成とともに国内需要は堅調に推移した。実質GNPは年率11.3%成長とさらに高成長となった。企業収益は大幅増益となり,有効求人倍率は49年以来の高水準となった。物価は,国内卸売物価が下落するなど落ち着きを示した。ただし,経常収支(季節調整値)は輸出増から前期より黒字幅を拡大した。

2. 内需主導型成長の実現

62年度経済の特徴を調べてみよう。

第一は,いうまでもなく,内需主導型成長が実現したことである。62年度の経済成長率は4.9%と,最近では59年度に次ぐ成長率となったが,国内需要だけをとると6.1%増と53年度以来の高い伸びを示した。とりわけ,民間需要の増加は目覚ましく,6.9%増となった。

外需は輸入の大幅増加から減少となり,初めて二年連続のマイナスを記録した。特に,前回上昇局面の58年が,輸出の急増に導かれたのとは対照的である(第1-1-2図)。

第二は,景気上昇のスピードが非常に急速であったことである。景気の谷から5四半期の平均経済成長率は年率で前回4.9%,前々回5.4%に対し,今回は6.6%と大きく上回っている。とりわけ,7~9月期以降の伸びは年率9%と非常に高くなっている。鉱工業生産についても,6月以降の増加は目覚ましく,63年1~3月期まで3期連続して年率10%以上の増加を続けている。

第三は,景気上昇の過程で構造変化が進んだことである。内需主導型成長自身がその現れであるが,輸出産業でも内需転換がはかられ,輸出比率が低下した。例えば,自動車などでは輸出が減る中で国内出荷は高い伸びを示した。他方,輸入が大幅にふえ,特に製品輸入比率が上昇した。国内需要の伸びに対する製品輸入の寄与は,62年度も前年度と同じように高く,四半期別にみると,63年1~3月期には,寄与度を高めている(第1-1-3図)。こうした構造変化と景気上昇との相互作用が62年度の特徴である。

第四は,経済バランスがいずれも改善したことである。経常収支黒字は,対GNP比では61年度の4.5%から62年度は3.3%へと縮小した。完全失業率は年度当初の3.1%から2.6%まで低下し,消費者物価は0.5%の上昇に止まった。

需要項目別に過去の3回の景気上昇局面と比べてみる(第1-1-4図)。

第一に,家計部門は総体として高い伸びを示している。住宅投資の急拡大が目立っており,前回(谷は58年2月),前々回(谷は52年10月)の横這いと違っている。民間最終消費支出は,前々回に比べれば緩やかだが,前回よりも高い伸びを示している。

第二に,企業部門は,出足こそ鈍かったが,その後伸び率を高めた。設備投資は,非製造業が当初から堅調であり,製造業も年度途中から回復に転じたことから伸びを高めた。在庫投資は62年1~3月に在庫調整が完了し,4~6月から,増加に転じた。

第三に,公的固定資本形成は,当初こそ3回前(谷は50年2月),前々回に比べると,緩やかであったが,緊急経済対策の効果から急激に伸びを高め,5四半期後には最も高い水準に達している。

第四に,輸出等は緩やかな増加となって,前回,3回前の動きとは大きく異なっているが,前々回,すなわち53年の円高期の減少とも異なっている。これは,財の輸出は,微増であるが,投資収益の受取増加などを反映しているものとみられる。これに対し,輸入等はいずれの上昇局面をも上回る高い伸びを示しており,外需全体ではマイナス効果となった。

3. 急速な景気上昇の要因

62年度に実現した急速な景気上昇は,どのような要因によるのだろうか。二つに分けて把えることができる。すなわち,今回の景気上昇局面が4~6月期を境として回復初期の緩やかな段階から急速な拡大局面に移っていったことに対応して,全体を通じて底流として景気上昇を支えたものと,後半の急速な景気上昇をもたらしたものとに分けて考えることができる。前者の要因としては時期的に寄与した順におってみれば「円高メリットの波及」,「在庫・設備の調整の完了」「金融緩和」があげられる。後者としては,「緊急経済対策の効果」及び「積極的適応要因」とも呼ぶべき「企業の内需転換努力や消費者の消費意欲の高まり」をあげることができる。これらを順にとりあげて調べてみよう。

まず,回復局面で働いたのは,円高及び原油価格低下のメリットの波及である。これら輸入価格の低下は,卸売物価の低下を通じて最終需要財の価格低下に波及し,一部は中間で製造者,流通業者の収益増加となる。価格低下や収益増は,即時に需要増に結びつく訳ではないが,それがひいては需要増として現れてくる。60年度後半から61年度にかけて,円高は輸出産業を中心にデメリットを発生したが,同時に生じたメリットは,61年度から62年度にかけて徐々に民間需要の増加となって現れた。名目国民総支出の変動を内外需別,実質変動分,価格変動分に分けてみると(第1-1-5図),まず,外需の価格による増加(交易条件改善による海外からの受取増)と実質の減少(円高にともなう輸出減,輸入増の数量効果)が現れ,次第に,内需の価格下落(物価安定効果)が生じ,さらに,民間需要の実質が伸びを高める形となっている。民間需要の増加には他の要因も働いているが,円高・原油安が経済全体に次第に影響を与えていく姿がこのような名目国民総支出の動きの中にも現れている。

次に,景気上昇を支えたのは循環的要因であって,在庫や設備の調整が進み,最終需要の増加があれば,企業の投資が増加に転じうる環境が整っていたことである。在庫については,段階別にみれば違いはあるものの,GNPの民間在庫品増加の動きをみると,62年1~3月期に調整がすんで,4~6月期から増加に転じたとみられる。また,製造業の設備については,年央にはストック調整が完了し,需要拡大とともに設備投資計画の上方修正が相次いだ。

さらに,景気上昇の全局面を通じて下支えとなったのは,金融緩和の効果である。公定歩合は,61年1月から62年2月まで5回にわたって引き下げられ,史上最低の2.5%となった後,金融緩和基調が62年度中も維持された。こうした金融緩和の効果としては,まず,貸家建設,非製造業の設備投資の増加をうながしたことがあげられる。加えて,いわゆる「資産効果」が考えられる。金融緩和の下で地価・株価上昇がみられたが,こうした資産価格の上昇は,部分的には,消費を刺激する効果を持った。

これらの要因に加えて,7~9月期以降の急速な景気上昇をもたらしたのは,「緊急経済対策」の効果である。5月末に決定された対策は,4兆3千億円の公共事業等,7千億円の住宅金融公庫融資の追加,1兆円以上の減税で構成されているが,補正予算の決定を経て実際の支出に結びつく前に一部では効果が現れてきた(第1-1-6表)。すなわち,企業家の先行き見通しを好転させるとともに,在庫が低水準になっていたため,急激な建設資材等の需要増加に繋がった。また,実際の支出の効果については,たとえば,世界経済モデルを利用すれば公共事業の1兆円追加は,1年間に約1.35兆円のGNP増加をもたらす計算になる。減税は大部分が年末調整によって実施され,その後の消費拡大に効果を現しているものとみられる。

最後に,7~9月期以降の年率9.9%という内需の増加,とりわけ個人消費,設備投資の増加には,上記の循環要因,政策要因では説明しきれないものがある。内需転換を図る企業の新製品開発や販売努力,そのための投資意欲,あるいは消費者の,高級化・大型化といった消費意欲の高まりが今回の内需拡大の基礎にあるとみることができる。これらは,円高で示される環境変化に対する積極的な対応の現れであって,「積極的適応要因」と呼ぶこともできよう。

以上のように,62年度後半には,循環要因,政策要因に「積極的適応要因」が重なり,さらに,景気の上昇がさらに経済を拡大させるという自律的拡大の姿が明らかになった。すなわち,雇用改善が所得増から消費増につながり,稼働率の上昇や大幅増益が設備投資を増大させている。

62年初における大方の62年度経済見通しは円高不況の持続を主因とする悲観的なものであった。しかし,実際の経済は7~9月期以降,年率9%成長という急速な景気上昇を達成した。こうした見込み違いはどうして生じたのであろうか。その大きな要因は,日本経済の持つ柔軟な適応力を過小評価したことにあると考えられる。振り返ってみれば,日本経済は第一次,第二次石油危機といった環境条件の大きな変化を克服して発展してきた。今回もまた,同様に企業や家計の柔軟な,そして積極的な適応力が発揮されたのである。在庫調整や設備のストック調整の終了といった循環的要因,緊急経済対策や金融緩和といった政策要因がどれだけの効果を発揮するかは,経済全体の適応力,言い換えれば,活力に依存しているといってよい。その意味では2章以下で分析する民間経済主体とりわけ民間企業の活力が予想を上回る急速な景気上昇をもたらした一つの基本的要因だといえよう。