昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第6章 公的部門の役割

第1節 公共投資拡大の効果

昭和60年秋以降の円高の進行による国内景気の低迷や経常収支黒字が目にみえて縮小してこないことなどから,こうした国内経済や対外問題に対処するため政府は数次にわたって内需拡大策や輸入促進策を打ち出しており,その内容も公共投資の促進,規制緩和,不況産業に対する業種転換のための措置,住宅投資促進策など多岐にわたっている。

これらのうち公共投資については,財政再建の基本方針の下,各年度の予算において,経常部門とあわせ投資部門についても,厳しいシーリングが設定されてきているが,実際には61年度において補助率の引下げ,財政投融資の活用等の様々な工夫により,公共事業は公共工事請負金額でみると対前年度比8.4%の伸びと60年度の3.4%の伸びに比べ高くなっている。61年度の公的固定資本形成は実質で対前年度比7.3%の増加となり,同年度の実質GNPを0.5%引上げた。さらに,今回の緊急経済対策(62年5月29日)により今後1年間に名目G NPは2%程度拡大すると期待される。

(公共投資と用地費,補償費)

公共投資の拡大は,その全ての金額が公的固定資本形成として国民経済計算に計上されるわけではなく,その一部は用地費・補償費として用いられている。着実な社会資本整備を進めるためには計画的な土地取得が不可欠であるが,最近の東京圏のように地価の上昇が著しい場合には用地費・補償費の割合が増加し景気に与える効果が薄くなると懸念される。用地費・補償費の割合は全国平均で2割程度であるが(建設省調べ),直轄事業,国庫補助事業及び地方単独事業のうち道路整備事業・都市公園事業の用地費・補償費(地方単独事業について各々公有財産購入費・補償金,以下同じ)について首都圏,地方圏別にみてみると(第II-6-1図),いずれも首都圏のほうが地方圏よりもその割合が高くなっている。次に,これら公共事業のフロー効果としての生産誘発効果についてみると,用地費・補償費も一定の生産誘発効果は持っており,建設省の試算に従って用地費・補償費の生産誘発係数を約1.7とし,公共事業の生産誘発係数を治水,一般道路,公園,下水道について「昭和55年建設部門分析用産業連関表」により首都圏,地方圏別に試算してみた (第II-6-2表)。これによると,生産誘発効果は全ての項目で首都圏の方がわずかながら小さくなっている。また,項目別には首都圏と地方圏は同様の傾向を持ち一般的に道路用地内などに占用し必要用地が少なくてすむ下水道の生産誘発効果が一番大きくなっている。

用地費・補償費率が高い地域でも,ストックとして社会資本充足へのニーズが高いことがあることは言うまでもない。東京圏において,今後世界都市にふさわしい社会資本整備を行っていくうえで用地費・補償費の上昇に対応していくには,立体道路等道路と沿道地域との一体的整備や国公有地の有効活用などの方策が必要とされよう。

(公共投資と地域経済)

公共投資の生産誘発効果には大きなものがあるが,こうして建設された社会資本の蓄積がその後の経済成長にどのような影響を及ぼしているだろうか。

そこで,地域別の公共投資依存度と経済成長の関係をみてみた。比較的公共投資が活発に行われた52年度から55年度までの4年間とその後の59年度までの5年間とを比較してみると(第II-6-3図),公共投資依存度の高い道県では,その比率の低下とともに概ね成長率を下げている。しかし,これに対して公共投資依存度の低い3大都市所在都府県では,同様にこの間公共投資の割合が低下しているにもかかわらず逆に成長率は大阪で横ばいとなっている他は高まっている。こうした大都市圏では民間需要を中心に経済成長が実現しているのに対し,公共投資依存度の高い地域においては,公共投資自体に成長の源泉がありその伸びの鈍化により成長率が低下しており,依然として厳しい財政状況を踏まえれば,一層効率の良い投資形態が求められることは言うまでもない。もちろん,公共投資の効果が他地域に波及するスピル・オーバー効果もあるために一県単位での比較では捕えられない面もあることも事実である。しかし,こうした地域の産業構造をみると,公共投資と関連の深い土木・建築部門の割合が高く,55年地域産業連関表によりこれらの内生部門の生産額に占める割合は,北海道で14.6%,東北14.8%,沖縄18.1%となっており,また,この部門の総生産額のうち公共投資の占める割合は,北海道46.6%,東北43.0%,沖縄50.2%となっている。一方,総生産額に占める公共投資の割合も北海道で8%,東北7%,沖縄10%と関東,近畿,中部の3%前後に比べかなり高くなっている。地域内の景気,経済成長の公共投資への依存度の高い体質であることがわかる。

(公共投資拡大と地域配分)

公共投資については,毎年の予算についてのプロセスの中でその大きさ,構成,さらに地域配分などが決定され,その中で公正,分配その他様々の配慮が働く。地域配分にあたっては特に,地域ごとの需要,社会資本の利用度,受益者の負担,国土政策上の観点,ナショナル・ミニマムなどに総合的に配意する必要があろう。

社会資本に対する需要は地域によって異なっており,このため便益の及ぶ範囲が一地方のみに限られるものについては,一般的には地方が自主財源により自主的に行うことが望まれる。「社会資本の整備に関する世論調査」(60年10月実施)により,居住地周辺にある社会資本に「不満がある」割合の高い項目を5つ選んでみた(第II-6-4表)。これによると,一位には「町内の道路」が東京を除くすべての地域で挙げられており,東京では「防災施設」となっている。また,2位以下の順位は各地域によって異なっているが,全国では「体育・レクリエーション関係施設」,「バスや市内電車」等々の順となっている。また,社会資本の利用度について例えば地方道について12時間混雑度の高い地域,低い地域を5つづつ選び比較してみた(第II-6-5表)。最も高い広島市では,最も低い北海道(札幌市を除く)の4倍以上の混雑度となっている。また,ナショナル・ミニマムについても例えば都市公園では,住民1人当たりの都市公園の敷地面積の標準が定められている。

(不況地域対策)

すべての社会資本形成が経済原則で行われることは可能でなく,又は適切ではないと考えられる。公共投資の費用と便益については,数量的に確定することが困難な分野が多く,したがって公共投資の意思決定を費用便益分析のみにゆだねることができないことはもちろんである。しかし,こうした考慮が重要であることは否定できない。公共投資は多くの場合,資本費が非常に高く,いわゆる「市場の失敗」と考えられる分野に対して行われ,その資本費を含めた通常の価格形成を行うと,社会的最適水準が供給されない。しかし,公共投資といえども費用と便益の関係を無視して行うことは無駄を生み,公共投資が経常費用に十分見合う便益を生ずるような投資対象に対して行われることが望まれる。特に,民間部門において効率的に供給されるものについては採算性などに配慮しつつ,できるだけ民間活力を導入していくことが求められる。ただ,景気の地域間のバラツキが大きく,不況地域対策として行われる場合には,緊急,臨時的な措置と言えるが,その際においても波及効果が大きなものが望ましいことは言うまでもなく,将来の社会資本の需要動向をも十分に検討し効率的に行われる必要がある。