昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第3章 リストラクチャリングの潮流とニューフロンティア

第5節 変貌する流通機構

前述した産業構造,企業経営の変化が最も急激に生じている分野として流通業,金融業が挙げられよう。以下では両業界の最近の変化とそれを侃す環境及び企業の対応につき整理する。

1. 新たな変化が生じはじめた流通構造

(戦後初めて減少した卸・小売店舗数)

流通業界は30年代後半以降40年代にかけて量販店の躍進を核とする流通革命を経験したが,現在の流通業は当時とは質的にかなり異なった変化に直面している。そこでまずいくつかの指標によってその変化の態様から跡づけてみよう。

「昭和60年商業統計表」により最近の卸・小売業の動向をみると (第II-3-21図),以下のようないくつかの特徴的な変化がみられた。第一は37年以来初めて,小売業,卸売業とも店舗数が減少したことである。これまで順調に増加してきた小売業店舗数は57年から60年の3年間で172.1万店から162.9万店へ9.2万店(マイナス5.4%)の大幅な減少を示した。また卸売業も,同期間に42.9万店から41.3万店へ1.6万店(マイナス3.7%)減少した。この結果,小売業の全店舗数は54年(167.3万店)を下回り51年(161.4万店)に近い水準まで減少した。

第二は店舖数の減少が中小個人商店を中心に生じていることである。すなわち,小売業ではこの3年間で法人組織の商店数は43.6万店から44.9万店へと増加している一方,個人経営の商店数は128.6万店から117.9万店へ10万店以上のかつてない減少となり,新規開店も考えれば少なくとも既存店の10店に1店以上がこの3年間で転・廃業したり法人成りしたことになる。このため,個人経営店数は41年の120.1万店を下回り30年代並みにまで減少した。長期的な動きをみると店舗数では30年代は90%前後のシェアを占めていた個人経営商店は60年には72.4%へ,また50%以上占めていた販売額は23.9%へそれぞれ低下した。

こうした零細店の減少の結果1店舗当たり売り場面積,従業員数は引き続き高まっている。また,卸売業では法人組織商店が僅かな減少(最近3年間で3千店減,1.1%減)であったのに対し,個人経営店は大きく減少(同13千店減,9.6%減)した。

第三に,業種別にみた場合,旧来型の業種に分類される商店数が軒並み減少する中で,従来の業種区分に入らないような「その他業種」で店舗数の増加がみられたことである。例えば「織物・衣服・身の回り品小売業」では内訳を占める多くの業種が減少し,全体で5.5%減となっているのに対し「他に分類されない織物・衣服・身の回り品小売業」は16.4%と大きく増加した。また,「飲食料品小売業」,「家具・建具・じゅう器小売業」,「中古品小売業」などでも同様な動きがみられ,いわゆる「他に分類されない業種」が最近増加している。

こうした諸特徴は,名目売上高が物価上昇率低下のなかで伸びを低下させてきた一方で人件費が上昇を続けたという一般的な要因に加え,小規模零細店では後継者難や経営効率の悪化などもあって廃業したり,一部では貸しビル業等へ業態転換する形で急激な淘汰が進んでいることを示している。これは言葉を替えていえば,従来我が国流通業(特に小売業)の特質とされてきた「零細性」が,一転して規模拡大の方向に向けて大きく動きはじめたことを示している。第II-3-22図は人口千人当たりの小売店舗数,卸売店舗数を示したものであるが,両者は57年までは傾向的に上昇してきたが60年では一転して急低下していることがわかる。他方,消費者のニーズを捉えた新しい商品群がいわゆる「他に分類されない業種」という形をとって増えていることは,新しい分野での成長機会が芽生えつつあることを示唆している。

次に小売業を各業態別の売上動向としてみると(第II-3-23図),40年代に大幅な増加を示したセルフ店(従業貝50人以上,売場面積50%以上でセルフ方式の商店)の伸びは50年代に入って大きく低下し,百貨店も最近やや持ち直しているものの,その伸びは相対的に低い。これに対し無店舗販売(訪問販売,通信販売)は60年も9.0%増と高い増加率を続けている。

この結果,各業態の売上高シェアがどうなったかをみると百貨店(57年7.8%→60年7.6%),総合スーパー(同5.5%→5.3%),専門店(同48.9%→46.0%)では57年に比べ低下した一方,その他のスーパー(同11.9%→13.0%),コンビニエンスストア(同2.3%→3.3%),は上昇した。また別に集計した無店舗販売額の小売業売上高に対する割合をみると2.4%から3.1%へ上昇している。次に57年から60年にかけての販売増加額に占めるシェアをみると,その他のスーパー26.8%,コンビニエンスストア15.6%,専門店10.7%,百貨店6.0%,総合スーパー3.1%と業態別の大幅なシェア変動が生じており,同様に無店舖販売増加額に占める割合をみても12.3%とそのウェイトは高い。

(構造変化の底流)

以上のように最近の流通業は大きな構造変化を経験しているが,これをもたらしている背景について整理すれば以下の2点が指摘できよう。

第一は消費者ニーズの変化である。所得水準の上昇とともに量的な面が一応充足され,購入するものに,より高い質が求められてきており,商品の持つソフト的価値が高まっている。こうした動きは現在,多種多様なしかも小規模で商品サイクルの短い市場を生み出している。 また第II-3-24図にみるように,消費者行動,生活形態に変化が起きていることがあげられよう。消費に大きな影響を与えると思われる単身者世帯の動向をみると60年は685万世帯と依然,全世帯に占めるウェイトは18.4%と高い。また55年度から5年間の自宅外活動者の割合の増加率をみると,午後6時以降は30%前後の増加を示しており,特に午前0時は2倍になっている。このような単身者世帯,夜型生活者の増加は,消費における時間価値の上昇(利便性の要求)や,生活時間帯が変化し,深夜,早朝,帰宅時間での消費指向が高まっていることを示していると言えよう。また,これに加え輸入品に対する見直しが静かに進行していることである。因に公取委の調査(61年9月)によればこの1年間で欧米輸入品を購入した経験があると答えたモニターの割合は66.8%おり,輸入品に対する考え方も「1~2割値段が下がれば買いたいと思う欧米ブランド品がある」と答えたモニターの割合は37.3%となっている。

第二はそうした消費者ニーズの変化を把握し,それに対応し得る情報・通信,物流面の環境整備が一部で進んでいることが挙げられよう。例えば情報・通信の面についてはPOS(販売時点情報管理)とVAN(付加価値通信網)による商品管理,受発注等の効率化である。POSを設置している店舗は現在11,175店(62年1月現在)と小売店全体に占める割合はまだ小さいが,最近1年間で約2.5倍になっていることからみて今後,急速な普及が予想されている (第II-3-25図)。POSとはレジの時点で商品にあらかじめ印刷されたバーコードを読みとることで,レジ業務を効率化し,また同時に商品の販売管理も行うものである。これにより売れ行きの判断が時々刻々のデー夕をもとに行なわれ適正な在庫管理,販売計画の作成が可能になる。VANの動向を一般第二種電気通信事業者数でみると(62年3月),全体で358事業者中,153事業者を流通業務関係が占めており,流通業におけるニーズの高さをうかがわせている。VANとは,通信回線を運営する会社が,受発注の自動化,自動決済,情報提供等のサービスを提供するため,契約したユーザーのデ一夕通信を請負い,ユーザー間のネットワークを構成するものである。流通に伴う受発注,決済等の業務をこのネットワークを通じて行うことにより効率化,迅速化が可能となる。今後は,VAN同志が相互に接続されることにより,流通業にとって利用価値がさらに高まるものと考えられる。

またクレジットカードは,その発行枚数が60年度は前年比11.8%増と急増し,60年度末には1億枚と国民1人に約1枚の割合まで普及した。なかでも流通系カードは同26.2%増と高い伸びを示している。加えてクレジットカードの機能も多様化し,単なる信用販売手段に止まらずキャッシングをはじめ,教養・娯楽サービス等の各種のサービスが付与されるようになり,発行者としての企業の側からみれば顧客の生活情報収集の手段の1つとなってきている。さきに見た商業統計表において法人組織の小売業商店数が60年も依然伸びている背景には,こうした消費者ニーズを把握する情報管理能力の高まりもあるものと考えられる。

また最近の多品種少量多頻度の物流ニーズを背景に小口貨物輸送需要が高まっている。これを宅配便の取扱個数でみると,56年度以降約5.7倍の伸びを示し,61年度には612百万個に達している (第II-3-26図)。このような拡大を可能としたのは配送網の確立,迅速かつ確実な輸送サービスの展開によるものであるが,これを円滑に推進していくうえには情報化への積極的な対応が基盤となっている。因みに運輸関連企業情報化動向調査によれば,路線トラック事業337社中65社のうち44社でオンライン化が行なわれている(61年3月)。このような大手物流企業の動向は,宅配以外の分野も含めた物流ネットワーク化を今後とも一層促進するものと思われる。

以上を整理すれば,従来,規模の経済を追求し,量販店を中心に消費者のもつ画一的なニーズに着目して大量・廉価な商品を供給することにあった流通業の競争のあり方は,販売面においては多様化・個性化した消費者ニーズをいかに効率的に把握し,それを商品開発に反映させるか,また仕入面では,適正な在庫管理によりコストダウンを図りつつ多品種,少量の供給をいかに効率的に実現させるかという方向に変化してきており,それが実現できる条件が次第に整備されてきたと言えよう。

2. 流通業の新たな発展方向

企業レベルにおいても一部にこうした環境変化に対応する動きが出てきている。「家計調査」でも,名目サービス支出のウェイトが年々高まっているように,いわゆるサービス化への移行が物品販売業としての小売業に限界をもたらしており,国内で物を売ることだけにとらわれない新しい事業展開が必要とされてきている。新しい分野の開拓にあたっては先に述べた競争要因の変化を踏まえ,高度情報・通信システムの活用による企業変革,経営戦略が必要な条件であると言えよう。

ここでは新しい事業展開の流れを①国際化,②業際化,③情報ネットワーク化の3つに分けて整理してみよう。

(国際化の動き)

まず国際化の動きについて海外直接投資の動向からみてみよう。第II-3-27図は大蔵省の「対外直接投資届出実績」から商業・サービス部門の海外直接投資をみたものである。サービス業の中には流通業に含まれないものもあること,また直接投資には支店設立の他に,不動産取得,また外国法人の債券取得が含まれていることに注意する必要があるが,これによると56年度以降直接投資額は大きく伸びており,58年度に一時伸びを低下させたもののその後再び増加し,61年度には北米・アジア向けの高い伸びから34億ドルに達している。このなかには大手の百貨店・スーパーを中心にこのところ活発化している海外出店があるが,こうした例を国内の主要小売業19社の現地法人83社についてみてみると,韓国及び東南アジア,中国へのウェイトが高くこの両者で5割を越えていることが注目される。これはいままでの西欧への出店,事務所設立はファッション情報の収集などが重要な役割であったのに対し,アジア地域への出店はアジア地域の所得水準の上昇に伴い購買力が増加してきたこと,また,円高を背景にしての海外での物品調達,商品開発,三国間貿易等の拠点としてアジアが急速に重要性を増してきたこと等によるものであろう。

こうした国際的活動の中で我が国の輸入拡犬との関連で注目すべき動きとしては,並行輸入及び開発輸入が挙げられよう。並行輸入とは輸入総代理店契約を結んでいる者以外が輸入総代理店とは別のルートで同じ商品を輸入することである。外国事業者が輸入総代理店制によって我が国で販売している商品は,自動車,飲食料品,衣料,装身具などがあり,ブランド品は代表的な例である。前掲公取委の調査によれば (第II-3-28表),並行輸入品を取り扱っている割合は,百貨店で過半数,量販店で44%である。最近1年間での主な商品の取扱量をみても,百貨店,量販店とも一部の特殊な例を除き「増えた」あるいは「最近扱いはじめた」とする店が多く,とくに量販店では飲食料品を中心にかなり積極的な対応が行われている。並行輸入には安定供給,品質(偽物等の問題),アフターサービスなどの面で問題があるとの指摘もあるが,並行輸入は流通業にとっては新たな市場開拓の場であり,またより安い価格による消費者への効用とともに我が国の輸入拡大にも資することを考えれば,今後とも積極的な拡大が期待される。

また,開発輸入の動きも最近強まっている。具休的な計数の把握は難しいが,量販店を中心に特に東南アジア・中国などのメーカーに対し生産委託しこれを輸入する例が,衣類,雑貨,加工食品などを中心に増えている。こうした動きは,流通業者が消費者ニーズと商品生産の間に立って両者を結び付けていくコーディネーターの役割を,国際的規模で担いはじめたことを示している。

(業際化の動き)

次に業際化の動きについてみよう。流通業は単に生産者から消費者への物流チャネルという位置付けから,次第に広汎な分野へとその業務範囲を拡大し,大手を中心にいわば生活総合産業を目指しはじめている。もともと流通業は掛け売り等の形で消費者金融の一旦を担ってきており,その分野で業務を拡大していることは既に述べた。こうした傾向はアメリカ等でも顕著にみられるものである。これは物品販売の相対的な伸びの低下を背景とするものの,必ずしも脱流通業を意味するものではない。流通業は,その機能自体が生産者と消費者を結ぶものであるため,他の業種に比べ消費者のニーズを最も直接的に把握できるのである。財に限らずサービスにおいても多様化した消費者ニーズに対応を図る以上,主にサービス部門において業際化するのはむしろ当然の流れと言えよう。そして大手を中心にまず金融,情報・通信サービス分野等への参入が開始されている。 第II-3-29図はこれらの業際化の動きを3つに整理したものであるが,文化生活サービスとしてはチケットリザベーション,旅行斡旋等,また金融サービスとしてはキャッシング,金融商品の売買等,また衣食住サービスとしては不動産賃貸・仲介,外食産業への参入等がみられる。具体的な進展度については明確ではないが,業界においては50兆円以上のマーケット規模を見込んでおり,物品販売業に迫るマーケットが期待できるとしている。現在子会社の設立や,店舗内に専用カウンターを設置する形で取り組みがみられている。

(情報ネットワーク化の動き)

そして最後にこうした新しい事業展開をシステム面からバックアップするのが,金融をはじめとする他の業種でもみられる情報ネットワーク化である。P OS,VANに代表される情報管理能力の高まりが変化する消費者ニーズを把握し,ひいては効率化を推進することは先に述べた。今後は新たな事業展開を図るにあたって情報・通信機器の高度化,コストダウンと相まって企業外ネットワークを含むより高い次元での情報交換,情報・通信の多重利用システムの連結が求められてきている。ここで現在進行中のネットワークも含めその進展度の度合によりステップに分けてみると,①POS,パソコンに代表される単一企業内での効率化を意識した顧客・商品情報管理,企業内オンライン。②V ANに代表されるメーカーと販売店とのオンライン直結による受発注システムのリアルタイム化。またクレジットカードの発行による顧客情報の蓄積,有効活用。③店頭での即時決済,いわゆる銀行POSに代表される異業種,異業態,異ネットワーク間とのネットワーク化,また国民生活の総合ネットワーク化と整理されよう。

このような流通の情報ネットワーク化は一面で寡占化を招くとの指摘もあるが,中小業者を含め一般に次のような効果が期待できる。第一には先に述べたような消費ニーズの変化への柔軟な対応が可能になることである。商品においては売れ筋の把握により在庫が効率化され,消費者においては誰が,いつ,何を求めたかという購買デー夕の蓄積により,新たなニーズを予測し,それを販売面にフィードバックしていけるようになる。第二に,従来までの見込大量生産・販売という供給システムから,川下の情報を重視した多品種,適量,適時の消費者サイドに立ったシステムへの転換が進むことである。第三には,消費者情報を異業種,異業態と共有することにより蓄積されたデータは常に更新され,様々な角度から多重利用されることになろう。業際化に伴い,カードや店頭で収集されたデータを用い,消費者の生活全般にわたる新しいニーズを探るといった動きはこれに含まれよう。

以上のような流通業の構造変化は流通の効率化,輸出入構造の変化,企業組織の変貌を促すとともに,新しい需要とライフスタイルの創造という面で,我が国の経済構造の変化や発展に対し決定的に重要なインパクトを及ぼすものであり,その意味で流通業に期待される役割は極めて大きい。もちろんこうした動きは一部はまだ実験段階にあり,高度化した情報・通信機器を使いこなすための人材教育等の課題を考えれば,可能性の大きさと共に不確実性も大きい。

しかし現在流通業が進みつつある方向は,対外不均衡の是正と新しい内需の創出という我が国経済の再構築を実現していくために欠くことのできない要素である。そうした展開が円滑に進展し得るような環境づくりが必要となっているのである。