昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第3章 リストラクチャリングの潮流とニューフロンティア

第4節 農業改革への期待

(農業に対して高まる内外の関心)

我が国農業に対し,その体質強化,内外価格差の是正,農業保護のあり方等について内外の関心が高まっている。その背景としては,基本的には,60年9月以降の急速な円高の進展や世界的な農産物過剰による国際価格の低下もあって内外価格差が拡大していること,61年産米価が据え置かれたこと,また,国際的な農産物過剰基調の中で主要輸出国間の補助金付き輸出競争が激化したこともあって農産物貿易や農業助成のありかた等が国際的にも関心を持たれるに至り,62年5月のOECD閣僚理事会では長期的目標として農業の特殊性に配慮しつつ農業助成を削減していく方向での合意がなされたこと,日米間でも貿易収支不均衡拡大などを背景に貿易摩擦が激化し,我が国に対して米を含めた農産物の市場開放が強く要請されていること,等我が国農業を取り巻く環境が大きく変化しつつあることによるものである。

(生産性向上と適正な価格を目指して)

農産物価格の国際比較を行うには,第一に価格を生産者価格でみるのか消費者価格でみるのか,または輸出価格かという問題があり,第二に品質,規格等についてどのように考慮するのか,第三に輸出価格や消費者価格は,各国政府の補助金等で低めとなっていること,第四に国際価格で行うにしても,農産物は生産量に対する貿易量の割合が低いこともあって国際価格は需給の変動で大きく動くこと,第五に為替レート等農業を取り巻く環境や食生活の違いをどの程度考慮するのか,等から厳密に行うことには困難がある。しかし,おおむねの傾向としては,生産者価格の比較において,鶏卵,豚肉等の施設型農産物での価格差は比較的小さく,米,麦等の土地利用型農産物で比較的大きいと言えよう。こうした価格差の違いは,我が国の持つ土地資源の状況等の影響を受けている。農業就業者1人当たり農用地面積を国際比較してみると(第II-3-16図),オーストラリアが約1,500haで最大であり,ついでアメリカ等が100~200ha前後,我が国を含む東アジア,東南アジア諸国は,約1haとなっている。

我が国の場合,一部地域を除いて農地の実際の取引価格と農業利用による収益から導かれる地価には大きな乖離が生じており,農地の購入による規模拡大の阻害要因となっている。また,賃貸借契約による規模拡大は,農地法上の賃借権の保護等もあり貸手の少なさからなかなか進展しなかった。55年の農用地利用増進法の制定後は,賃貸借による規模拡大が現実的な可能性として探られるようになったものの,依然として貸手の不足等の理由によりその進展は着実ながら緩やかなものとなっている。

生産性の水準は,地域によって大きな差が存在し,また,その生産性を決める要因も地域間で異なっている。我が国の地域的な農業生産性の変化をみると,農業生産性の地域間格差は46年頃から拡大しつつある (第II-3-17図)。このように地域間格差がもたらされる要因としては,第一に自然条件,土地資源の賦存状況,土地基盤条件の差等によって,作目構成,作目ごとの単収水準等農業生産構造が地域によって大きく異なること,第二に我が国の経済成長に伴う他産業における就業機会の増大があったものの,その就業地が通勤可能圏内か否か等の差から地域によって農家の対応に差が生じ,結果的に農家の農業への労働投入量が地域によって異なったためと考えられる。北海道等の在村就業の比較的困難な地域においては,他産業への就業は離農に結びつくことが多く,この結果として規模拡大が進み,これが土地利用型作目の生産性の向上要因として果たした役割も大きい。これに対し,近畿,関東等の都市周辺では,在村形態での兼業就業が容易であるとともに,農業の省力化技術革新の進展等により兼業との両立が可能となったことから兼業化が進んだ。兼業化の進行は,農家所得の増大をもたらし,また,都市化の進展等に伴い資産価値の高くなりつつある農地を手放すインセンティブは小さく,この結果,これらの地域では土地利用型農業の規模拡大は進まなかった。特に,米については,著しく省力化技術が進展し,兼業農家も容易に生産できるようになったことや自家飯米の生産が多いこと等の理由により多くの農家で生産が継続された。

これまでみてきたように,農業における生産性の向上は,地域によって異なるが生産規模の拡大と投下労働量の減少を主因に達成されてきた。今後,我が国農業の体質強化を図っていくためには,水田農業を中心とした土地利用型農業の一層の生産性向上が不可欠であり,農地を中核的担い手農家に集積するとともに農業生産の組織化を進め,一層の規模拡大を図っていく必要がある。そのためには農地の貸手となるべき農業就業者の引退や離農就職がスムーズに行われることが重要である。加えて,農業内部においても多様化する消費者ニーズに対応した多種多様の商品開発や高級化を図ることにより生産の付加価値を高め,農業部門での雇用力を維持するこども重要であろう。これまでも農業粗収益の作目別構成からみると,米の割合が次第に低下してきており,農家も需要の動向に対応して生産作目を移行してきたことが伺われる (第II-3-18図)。今後我が国農業のとるべき選択肢としては,水田農業を中心とした土地利用型農業の生産性向上に加えて,施設型作目や農産加工を含めた高付加価値化を一層推進することも検討する必要がある。

我が国の農産物価格については,最近では61年度に農村物価指数の農産物総合で5.6%の下落となるなど値下がりの動きもみられ,行政価格についても61年度は小麦,大豆,畜産物等の価格が引き下げとなった。また,62年度には畜産物等の価格が引き下げとなったほか,生産者米価についても31年振りの引き下げが決定している。

既にみたように国土条件等の制約の下で土地利用型農産物を中心に諸外国に比べ割高とならざるをえない面もあるが,財政に大きく依存することなく,今後とも国民的に理解の得られる価格形成を目指していく必要がある。このためには,第一に生産性の向上が重要であるが,農産物の価格政策においても構造政策との密接かつ有機的な連携の下に,生産性の高い今後育成すべき担い手に焦点を合わせて重点的な運用を行う必要がある。さらに,可能な限り市場メカニズムを活用する見地から需給実勢を反映した弾力的な価格政策の運用も重要となっている。

(産業構造転換としての農業改革に関する留意点)

我が国の農業就業者数は,経済の高度成長の過程で一貫して減少してきた。

しかし,その減少テンポは第一次石油危機を契機とした経済の安定成長への移行後の成長率の鈍化とともに緩やがになっている。そこで,以下では農業就業者の減少テンポの度合がどのような要因によって強められ,また,弱められてきたのかをみてみよう。

「農家就業動向調査報告書」で死亡と引退(「農業が主」から「家事・通学・その他が主」への就業状態変化を引退とみなす。以下同様)による自然的減少を除いた「農業が主」の農業就業者数の社会的増減率についてみると,49年以降は一貫して増加している(第II-3-19図)。そこで,この社会的増減率を異動経路別にみると,世帯員の就業状態の変化による増加(「勤務が主」,「自営兼業が主」及び「家事・通学・その他が主」から「農業が主」への変化)は高度成長期も安定成長期もあまり違わない増加率を示している。しかし,減少のうち死亡と引退を除いた社会的減少は高度成長期に比べ安定成長期にはより小さな減少率となっており,この差が最近における社会的純増になっていると言えよう。また,社会的増加率が最近においても小さくならない理由のーつとして退職に伴う就農が考えられ,このことから,最近の農業就業者の高齢化も説明できる。中高年齢層の多い農業韓業者の就業構造は,都市勤労者の年齢構成と大きく異なっており,65歳以上の就業者は,40年には13.2%(農業センサス)であったものが60年では29.1%(同)にまで上昇してきており,60歳以上については43.5%に及ぶなどかなり高齢化が進んでいる。特に53年以降増加テンボが速まっている。このような状況のもとで農業構造の改善を進めていく上では,高齢専業農家や兼業農家等の保有する農地を流動化していく必要があるが,これらの農家はこれまでの地価の上昇等により農地の資産的保有傾向を強めており,今後は,賃貸借や農作業の受委託による経営規模や作業単位の拡大を進めることが課題となっている。

これらの農家の変貌を「農家経済調査」により「農家総所得」の収入源の推移からみると,「農業所得」の割合が,35年度には5割程度であったものが60年度には15%程度にまで低下してきており,同期間に「農外所得」は23ポイント上昇して64%程度に,「出稼ぎ・被贈・年金扶助等の収入」が12ポイント上昇して20%程度となるなど平均でみると農家総所得に対する農業所得の重要性は年とともに薄れてきている。しかし,一方では「基幹的男子農業専従者のいる専業農家」のように「農業所得」の占める割合が依然75%を占めている農家もあり,農家間での格差が生じてきている。最近においては,農家世帯員の高齢化等もあり「出稼ぎ・被贈・年金扶助等の収入」の方が「農業所得」を上回っている。こうした高齢者の営む農業については,ある意味では「生き甲斐」としての農業,「趣味」としての農業ということができ,高齢就業者の多くが年金などの社会補償を受け取っていることを考え合わせると,自給的,生き甲斐的農業に従事する中で自己の食生活と結びついた新鮮な自給用野菜作り等への誘導を行い,農地の流動化による農業構造の改善に資するよう配慮することが重要である。

(生産性向上の可能性)

我が国農業は,規模拡大や効率的な作業体系の普及に伴い,一層の生産性向上が期待されている。61年11月の農政審議会報告においては,地域の営農,土地条件等が整備され,おおむね70年時点で普及が見込まれる技術や中・大型機械化作業体系が効率的に活用される場合には,米,麦,大豆の生産費を現在の2分の1程度に低減することも可能であると試算している。既に,作付規模による生産費の格差は大きなものとなってきており,現在普及している技術水準の下でもかなりのコスト低減の可能性がある (第II-3-20図)。現在,農業専従者の内約14%(全農業就業者の43.5%)が60歳以上であることを考えると,そうした就業者の保有する土地等の資源を有効に利用できるような経営者に経営を委ねていくことが望まれる。このような動きを加速するため,構造政策を推進するとともに,就業機会の創出も重要であろう。これまで,こうした就業機会の確保には,工場誘致や地元中小企業の振興などが図られてきたが,今後は地元資源の多面的な活用を図るという意味からも農村部における農産物一次加工などの付加価値の向上や各地の特色を生かした産地直送など消費者と直結した流通の開発,観光牧場・農園の経営,リゾート開発と結びついたサービスの生産等を促進していく必要が強くなっている。