昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-

第2章 改善が見えはじめた経常収支黒字

第4節 大幅な流出超過が続いた長期資本収支と為替レートの推移

1. 大幅に拡大した長期資本収支の純流出

61年度の長期資本収支の流出超過幅は23兆1千億円(1,447億ドル)と前年度(同16兆2千億円,732億ドル)に比べ大幅に拡大し,前年度に続き経常収支黒字をかなり上回った。長期資本収支の純流出の拡大幅は715億ドルに達したが,これは対外証券投資の一段の増加や対外直接投資の急増等により本邦資本の流出幅が521億ドル増加したこと,また外国資本も,証券投資が取得超から処分超となったことを主因に前年度の流入超から小幅流出超に転じたためである(I-2-15表)。

まず対外直接投資は,前年度の76億ドルから152億ドルへと倍増し史上最高となった。これは製造業での現地生産化に伴う投資のほか,非製造業では海外金融子会社の設立や金融・保険業関係の投資,さらには不動産業向け投資等様々な形態で増加した。この背景には第II部第3章でみるように,企業・金融機関等の経営国際化がこの1年で急速に進展したことがあろう。

次に外国資本の証券投資をみると,外債がユーロ市場金利の低下や本邦株式相場の上昇等の好市場環境のほか居住者発行の分離型ワラント債の国内持込みが61年初から自由化されたことなどもあり,発行超幅が206億ドルと前年度(同124億ドル)を大きく上回ったものの,株式については非居住者の本邦株式相場の高騰に対する利食い売りの動きが年度後半以降強まったことから,189億ドルの処分超と前年度(同1億ドル)を大きく上回る流出超となり,また債券も前年度の取得超(63億ドル)から29億ドルの処分超に転じたため,全体でも前年度185億ドルの流入超から一転して12億ドルの流出超となった。

一方,長期資本収支の純流出の大宗を占める本邦資本の証券投資は,前年度の710億ドルから1,101億ドルへと流出超幅が一段と拡大した。このうち円建外債は,為替相場が円高傾向で推移したことから非居住者が金利・償還コストの上昇を嫌って発行を抑制したほか,高金利時発行分の繰上償還が増加したこともあって発行超幅が大きく縮小したものの,株式投資は,海外株式市況の上昇傾向の下で特に年度後半には本邦投資家が債券から株式へと投資対象を分散化しはじめたことも手伝って,前年度(17億ドル)に比べ大幅増の108億ドルの取得超となった。また,債券投資も年度末にかけて減少したものの,ほぼコンスタントに前年を大幅に上回る高水準の取得超が続いたため,前年度(635億ドル)を更に上回る990億ドルの取得超となった。対外債券投資が引続き大幅な増加をみた背景としては,米国金利の低下傾向が続いたため短期の値鞘獲得を狙った動きが活発化したことのほか,生保等機関投資家の運用資金が引続き潤沢だったこと,それら機関の外貨建債券運用に関する規制が大幅に緩和されたことなどが考えられる。

2. 最近の対外債券投資動向

上でみたように対外債券投資は年度を通じてみれば史上最高となり,引続き長期資本収支の純流出の大宗を占め,同投資は61年を通じて月間100億ドル前後の買越しであったが,本年3月には33億ドルへと縮小し,4,5月についてもかなりの回復をみせたものの従来よりは低い水準にとどまった。日米長期金利差がこの頃からむしろ目立って拡大する中で外債取得が一時的に低調化した背景としては,次の諸点が考えられる。

第1に61年中の大幅な取得超をもたらしてきた要因として,銀行等短期運用主体がドル資金を調達してドル債に投資し,為替レート変動のリスクを回避しつつ債券相場の上昇による短期の値鞘獲得を狙って売買を活発に行ってきたことがあげられるが,こうしたいわゆるドルードル型の短期運用が3月以降,米国債券相場が下落したことから低調となったことである。機械的に1ヵ月間のドル一ドル型運用の事後的な採算をみても (第I-2-16図),60年後半がら国内での同様な国債運用の所有期間収益率に比べかなり高かったものが62年に入って国内運用を下回ったばかりでなく,採算自体がマイナスとなっていることがわかる。

第2は,生保等円資金を投じて為替リスクを負いながら外債投資する円投型の主体についても,取得超過幅が縮小したことである。10年の運用期間を考えた場合,米ドル債運用が国内債運用より有利となるような満期日の臨界的為替レートを10年運用に関する投資採算為替レート(対ドル)としてその値を計算すると (前掲第I-2-16図),5月時点で日米長期金利差が5%以上に拡大している結果,投資採算為替レートは92円となっている。つまり10年後の為替レートが現行より60%近く(IMF方式)円高にならない限り米ドル債運用の方が有利であることを示しており,例えば為替レートが240円,200円,170円だった時の投資採算為替レート(各々約160円,約150円,約130円)よりはるかに天井は高くなっていると言えよう。にもかかわらず投資規模が縮小したのは,1つには既往の投資分が為替レートの大幅な円高により売却損や評価損を生じてきたことによって,投資家の態度を心理面から抑圧したことが考えられる。2つ目としては,これら主体の運用期間が従来よりは短くなっていることである。通常運用期間の短期化は投資決定に及ぼす金利差の影響を相対的に小さくする一方,為替レートや債券相場変動の比重を大きくする。それゆえ為替レートや債券相場の予測如何によっては投資が大きく左右されることになる。これらの理由から3~4月のように為替相場,債券相場等に対する先安感が強まった場合には,一時的に対外債券投資が低調となる。

以上の結果,最近では米国債市場から株式や他の債券市場への分散投資姿勢が強まっており,62年3~5月の投資対象をみると米国市場が低調となっている一方,イギリス,ドイツ,ルクセンブルグなどユーロ債市場へのネット投資増が顕著となってきている(前掲第I-2-16図)。

当面の動向については,基本的には資金吸収が順調な機関投資家を中心に投資対象としての海外債券の魅力には引続き根強いものがあるとみられ,為替相場が安定的状況を続けそれに対する投資家のコンフィデンスが回復してくれば,大幅となった長期金利差が長期運用のメリットを見直させる形で再び増加してくるものと考えられる。現に6月に入ってからはかなり回復をみせ,大幅な取得超となった。

3. 為替レートの推移

円の対米ドル相場は,60年2月の263円という最近でのボトム水準から断続的な上昇を続け,62年4月には一時137.25円へと2年強の間に約2倍(正確には92%〈IMF方式〉)へと急激な上昇をみた。この間,欧州通貨の対米ドル相場の変化率をみても,ポンドの上昇率が相対的に小さいものの,同じ期間での円の上昇率86%に対し,マルク86%,フランス・フラン71%,スイス・フラン93%,ポンド53%とほぼ同幅の上昇を示した (第I-2-17図)。その意味でこの2年間の為替レート変化は円高というより基本的にはドル安の過程であったといえよう。もちろん,韓国,台湾,カナダ,メキシコ,オーストラリア等の通貨は依然としてその上昇率は低く,これが米ドルの実効レートが円や欧州通貨の上昇率ほどには低下していない原因となっていることは事実である。このようなドル安の過程を金利やインフレ率等との関係から振返ってみると (第I-2-18図),62年3~4月のドル安とそれ以前のドル安との間には異なった性質があるようにみえる。すなわちこの2年強のドル安過程で,大きな変動が4回あった。第1は60年2月から「プラザ合意」までの緩やかなドル高修正期(263→242円),第2は「プラザ合意」後の急激な下落期(242→200円),第3は61年初から約半年間に及ぶ継続的なドル安期(200→153円),第4は62年とくに3~4月の再下落(153→138円)である。第1~第3の下落期においては,米国金利は緩やかに低下し,消費者物価,卸売物価の上昇率もむしろ低下するなど,ドル安に伴うデメリットが表面化しない形となっていた。これには60年末からの原油価格低下が大きく寄与したと言えるが,こうした現象の下で米国の議会関係者等の中には,どちらかと言えば行き過ぎたドル高の秩序だった修正としてこれを容認するかのような発言もみられた。しかし,最近のドル安下ではまず原油価格の反転に加え,それまでのドル安等に伴う輸入物価の上昇や食料品の値上がりなどから卸売物価,消費者物価とも次第に上昇しはじめてきたこと,また順調に低下してきた金利が長期金利を中心に上昇に転じたことなど,これまでとは異なった現象を伴っていた。

こうした中で米国をはじめ主要国は,これ以上のドル下落は自国経済のみならず世界経済全体にとって望ましくないという共通認識の下で,昨年来日米間及び多国間で話し合いが行われていた。特に6月のベネチア・サミットでは,首脳間で為替レートのこれ以上の変動が経済成長等に対して逆効果となる旨確認され,為替安定に向けての各国首脳の強い政治的意思の一致が明らがにされたところであり,今後とも政策協調等を通じてそれを確実なものとしていくこととなろう。


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