昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-

第1章 緩やかな成長を続ける世界経済

(アメリカ経済の動向)

アメリカ経済は,1984年央から成長が鈍化していたが,86年も2.9%(実質成長率)と85年(3.0%)に続き,モデレートな成長を見せた。86年の成長の内容をみると,個人消費が所得の堅調な伸びと金利の低下等に支えられて4.2%と堅調に推移したほか,民間住宅投資も主として住宅抵当金利の低下により12.5%と大幅な伸びを示すなど,国内民間需要は総じて堅調に推移した。一方,伸び悩んでいた輸出は農産物,機械類を中心に年央以降拡大に転じたが,アジアNICs等の通貨の対ドルレートが切り上がらなかったことや,原油価格低下に伴う原油輸入(82年価格)の急増等により実質輸入が年を通じて高水準を続けたため,純輸出のGNP寄与度は1.0%の減少となった。また,民間設備投資も鉱業,製造業を中心に年初から不振が続き,86年全体でも2.3%の減少となった (第I-1-2表)。しかし,雇用者数は建設業,サービス業を中心に増加を続け,失業率も低下傾向にあるなど,雇用情勢は改善している。

1987年に入ってからの動きをみると,86年10月に成立した税制改革法により,各種の控除・優遇措置の見直しが1月から実施された(一部は86年1月1日に遡及して実施)こともあり,個人消費,民間住宅投資,民間設備投資など国内民間需要にその影響がみられ,1~3月期の実質GNPは前期比年率4.4%増と高い伸びとなったものの,昨年末の駆け込み需要の反動も加わって,在庫と純輸出だけがプラスの寄与となり,それ以外はすべて減少となっている。こうした中で,非軍需資本財受注は着実な増加を続けており,法人税率引下げ(87年7月)の効果と相俟って,製造業の設備投資等は,持ち直す可能性もある。また,ドル安の数量調整効果が浸透するに伴い,純輸出は改善傾向にあり,これが本格化すれば,今後在庫調整が進展するとしても,87年全体では前年程度の成長を実現することができるとみられる。

他方,アメリカの国際収支は,経常収支赤字が85年の1,177億ドルから86年にはJカーブ効果の影響などから1,414億ドルに増加するなど,更に悪化したが,このところ貿易収支(通関ベース)でみる限り赤字幅に縮小の兆しがみられる。

対外純資産残高の面をアメリカの統計でみると85年末から純債務国に転じている。こうした中で,ドルは今年に入ってからも一段と低下した。こうした事態及びインフレ懸念が影響したことで債券相場が軟調となり長期金利が上昇し,また国際商品市況が反発している。

このように,87年に入ってから,アメリカ経済には,①国内最終需要が減少していることや,②ドル安,原油価格上昇などの下に一部にインフレ懸念もみられること,さらには,③長期金利の上昇などがみられた。金融政策面で,景気を重視して金融緩和を進めることは,ドル安やインフレ懸念から次第に難しくなってきている。また,財政赤字の削減も86年夏以降徐々に進んでいるが,今後,アメリカが同赤字削減をあまりに大幅かつ急激に行う場合には,アメリ力経済へのデフレ効果を強め,世界経済全体への悪影響も無視し得ないという問題もある。このように,アメリカでの政策選択の道は狭められているが,その一方で,アメリカの国内需要は今後自律的に改善していくことも期待できる。

第I-1-1表 主要経済指標の動向

(ヨーロッパ経済の動向)

ヨーロッパ経済は,83年以降外需中心の緩慢な成長を続けていたが,86年には成長の中心が外需から内需へ移行した。これは原油価格の低下,ヨーロッパ通貨高による国内物価の低下から個人消費などの拡大が強く現れていたからである。しかし,ドル安でアメリカへの輸出が鈍化したことを契機に,次第に輸出減少の効果が現われ86年後半には設備投資も弱含んだため,各国とも景気拡大速度を鈍化させた。87年に入ってからも,年初の寒波の影響もあって,西ドイツ,フランスを中心に景気拡大は足踏み状態を続けている。特に西ドイツは86年10~12月期,87年1~3月期と2期続けてマイナス成長を記録した。87年の経済成長率見通しも,年初の政府見通しでは約2.5%であったが,輸出と輸出関連設備投資の不振により5大経済研究所春季合同報告では,楽観派でも2%,悲観派では1%と下方修正されている(前秋季合同報告予測は3%)。

一方,こうした中で,イタリアとイギリスの2か国が比較的好調に推移していることは注目に値する。まずイタリアでは86年を通じて個人消費が堅調を続けたことや設備投資が持ち直したことから生産が大幅な回復を示した。これは,労働運動が穏健化する中でクラクシ内閣の手によるスカラ・モービレ(賃金・物価スライド制度)の手直しが国民の支持を得たこと及び原油価格低下によってインフレが大幅に鎮静化したことの影響やIRI(産業復興公社)の合理化による効果,原油価格低下で「収支の天井」が高くなったことなどが大きいと考えられる。他方,イギリスでは,86年央以降輸出が増加傾向にあり,内需も個人消費を中心に底固い動きを示しているため,景気は緩やかに拡大している。

これは,85年末から大幅に低下していた原油価格が86年央以降回復し輸出が立ち直りを示していること,個人所得が着実に伸びていることに加えて,86年11月発表のオータム・ステートメント(財政計画概要)による歳出計画の手直しもあって政府支出の伸びが高まっていること等によると考えられる。

(韓国,台湾地域の動向)

韓国,台湾の経済は,85年前半には対米輸出の不振などから拡大速度が鈍化したが,85年後半以降成長のテンポが持ち直し,86年から87年にかけて一層成長率を高めている。特に韓国では,輸出が85年末から大幅な伸びを続け,それが次第に生産,消費,投資へと波及し,86年の実質GNPは前年比12.5%増と大幅に拡大している。また台湾でも,韓国にやや遅れて輸出が急増したことから,同様に生産,消費,投資が刺激され,86年の実質GNPは前年比10.8%増と高い伸びとなっている。

このように,輸出が急増した背景としては,85年後半以降ドル高修正が急速に進展する中で通貨がドルに対してほとんど切り上がらず,円や欧州通貨に対しては大きく減価したことが大きい。また,原油価格の低下がコスト低減等を通じて好影響をもたらしたことも指摘できよう。最近では,通貨の対ドルレートが徐々に切り上がってきており,それが次第に輸出に影響してくるものと思われるが,少なくとも87年については外需主導型の経済成長が持続するものと見込まれる。

(世界貿易の動向)

次に,世界貿易の動向を一覧しておこう。

世界貿易を輸入数量でみると,84年8.5%増,85年4.4%増の後,86年(1~9月)には7.0%増と再び伸びを高めた。86年の主要国の動向についてみると,日本が大きく伸びを高めたほか,アメリカ,韓国,西ドイツも伸びを高めている(第I-1-3図)。

なお,GATTの「国際貿易の展望」によると,86年の世界貿易輸出数量(共産圏を含む)は原油価格の下落に伴う原油輸入数量の増加の寄与などにより前年比3.5%増加した(87年については前年比2.5%の伸びと予想)。

(累積債務問題の現状)

これまで概観してきた世界経済にとって困難な問題の1つは,累積債務問題が再び顕在化したことである。

累積債務問題が発生した原因は,途上国自身の行き過ぎた国内開発計画による財政赤字の拡大及び輸入が増大したこと,途上国政府が対外借入に安易に依存したこと,80年代に入ってからの世界的なディスインフレ期への移行の下で輸出が伸び悩んだこと,米国を中心とする高金利により利払いが増加したこと,さらには資本逃避等様々な要素が重なりあったものと考えられる。この問題は具体的に82年8月にメキシコが公的債務の支払い猶予を求めたことから表面化し,このような債務問題を抱える各国に対してIMFを中心として,国際機関,債権国,民間銀行の支援の下で経済再建計画に基づく従前の放漫な経済運営に対する緊縮型の経済調整が実施されてきた。84年にかけて先進国経済の回復に伴い,こうした経済調整策が功を奏し,国際収支の改善や財政赤字の削減にはある程度の成果があり,債務問題は一時的に好転を示した。

しかし,その間にも債務残高自体はむしろ増加が続いており,デット・サービス・レシオも再び上昇している。加えて金利の低下により利子負担が軽減されたにもかかわらず,原油,一次産品価格が低迷したことから,累積債務国の状態は再び悪化した。86年に入り,メキシコの債務問題が再燃,秋には国際金融支援が整ったものの,さらに87年2月中南米最大の債務国であるブラジルが,対外国民間銀行中長期債務の利払い停止を一方的に宣言した。ブラジルにおける債務危機の再発自体は,多分に同国の経済政策の失敗が原因となっている。

なお,主要な債権者であるアメリカの銀行などで貸倒引当金を積み増す動きがみられる。

累積債務問題は解決に時間を要する問題であり,その意味で85年10月のベーカー構想が従来の緊縮型から経済成長指向型へと債務対策の視点の転換を求めたことは基本的に有効かつ適切であると考えられる。本提案に沿った形でメキシコ,アルゼンチン,フィリピン等の債務問題に対し,関係者の協力による対応が着実に進んでいる。我が国も本戦略の強化を目指して国際協調の枠組みの下で積極的な対応を行ってきた。また87年5月の緊急経済対策において,今後3年間で新たに200億ドル以上の完全にアンタイドの官民資金を債務国を中心とする途上国に還流することやアフリカ諸国等後発開発途上国に対して3ヵ年で5億ドル程度のノンプロジェクト無償援助を実施することなどを決定している。さらに最近では,このような政策的対応による債務救済策に対し,「債務の株式化」と呼ばれる市場メカニズムを活用した債務軽減策の動きもみられる。

なお,主要先進国政府は,87年6月のヴェネチア経済宣言において,累積債務問題への対応について,「現在の成長志向的なケース・バイ・ケースの戦略を引き続き支持する」旨確認している。

(貿易摩擦の動向)

もう1つの大きな問題は貿易摩擦の激化と保護主義的圧力の高まりである。

貿易摩擦は,我が国の経常収支黒字なかんずく対米貿易黒字の高まりに対する不満等を背景として,現在でこそ我が国では日・米間ないしは日・EC間の問題に特化して取りざたされているが,元来は主要国の保護貿易主義的制度ないしは慣行自体が衝突し合うことにより生じる現象である。国際的な不均衡の下で打撃を受けた国内産業が保護主義的圧力となって,こうした制度・慣行に頼る傾向が強まっている。例えば,我が国との関連でいえば,83年3月の全米工作機械工業会による62年通商拡大法第232条(国防条項)に基づく提訴,85年6月のアメリカ半導体工業会による74年通商法第301条提訴などがこれにあたる。

特に米・EC間の農産物貿易摩擦は,62年にECの共通農業政策(CAP)が成立した際のいわゆる「チキン戦争」以来の問題であり,80年代に入りEC域内での農産物過剰が深刻化し,補助金付き輸出を増加させたため激化した。さらに,86年1月のスペイン・ポルトガルのEC加盟に伴う両国への農産物輸入規制措置の適用がこれに拍車をかけた。EC拡大に起因する米・EC農産物貿易摩擦は,一種の「紛争」の形で86年を通じてくすぶり続け,87年1月にEC側が譲歩することでようやく一応の収拾をみたが,ECが検討している植物油脂税等新たな火種もある。米・ECの間では,鉄鋼も1978年のトリガー価格制度導入以来断続的な摩擦案件となっており,またアメリカはECのエアバスに対する補助金も問題視している。さらに,アメリカはカナダ(木材補助金等),韓国(水産加工品市場開放等),ブラジル(コンピュータ輸入規制等)などとの間でも摩擦案件を抱えている。これらの案件は,国際的に生産過剰状態にあるものが多い上,根幹にある要因が制度的なものであるため,今回の農産物のように保護主義措置の連鎖反応がいつ再燃しないとも限らない。

我が国を巡る貿易摩擦は,これらアメリカを中心とする貿易摩擦の流れに加え,市場開放を巡る要求が強い点に特徴があった。すなわち,大幅化した経常収支黒字を背景として,MOSS協議に象徴されるように,個別品目の輸出入に関する政策措置の是正等が求められてきた。これに対し我が国は,アクションプログラムの策定・実施をはじめとして累次の市場アクセス改善努力を続けてきているが,諸外国からの要求は伝統的分野からハイテク,サービス等新しい分野に移ってきており,日米半導体取極不遵守を理由とした対日措置(アメリカ)など,対抗措置が他産業にも波及している状況がみられる。また,新たにコメについての自由化への要求が提起されている。

最近の貿易摩擦にはいくつか新しい特徴が見受けられる。第1に議論のほこ先が我が国の黒字そのものからその背景にある構造的要因に向けられてきたことである。もう1つの特徴は世界的な相互依存関係の高まりの中で,我が国に対する貿易摩擦が単に二国間だけの問題ではすまなくなってきていることである。例えば,ECは日米半導体摩擦が欧州市場へ影響を与えることを問題視している。このため,GATTの場において日米半導体取極についての協議がすすめられる事例が出てきている。今後我が国としては,こうした二国間,多国間の交渉に誠実に対応していくとともに,一層の市場アクセス改善,内需拡大を通じて輸入拡大を図ることが望まれる。

(アメリカの対応策)

アメリカの赤字化はドル高で加速されたものであるが,その原因はレーガン政権が81年2月に発表した「経済再生計画」に求められる。レーガン政策は減税等により供給能力を高めるという当初の目的に反して財政赤字の拡大を続けることで景気を回復させ,一方で厳しい金融引締め策でインフレを払拭してきた。このためドルが高騰し,国内需要の拡大と相俟って輸入を急増させ,貿易赤字もつくりだした。こうして,これらの政策では結局中期的な成長率を高め,成長経路を上方にシフトさせることはできず,しかも家計貯蓄率の期待された上昇は起こらなかったため,経済の赤字依存体質と家計部門での旺盛な消費と低い貯蓄率を生んでいった。

最近の大幅なドル安は,貿易赤字縮小にかなりの効果を発揮することが期待される。事実貿易収支赤字は減少の兆しをみせている。しかし,財政赤字はやや縮小してきているものの,低貯蓄の下で依然大幅である。財政赤字縮小なくして為替レートの調整だけでは結局貿易赤字の改善は限界がある。

また,輸出から現地生産へのシフトという形で顕著となっている我が国などからのアメリカへの直接投資の役割も重視される。さらに,アメリカへの輸出に依存しながら成長を遂げてきたアジアNICsが,その市場の分散を図っていくことも必要であろう。その場合,アジアNICsが他の国,例えば日本などに代替的な市場を求めることが考えられ,アジアNICsと日本との間で水平分業が進展することが予想される。それと同時に,アジアNICsのより自律的な経済発展のためのメカニズムを育てていくことを重視しなければならないであろう。

一方,アメリカ自身が競争力改善のための努力を開始していることも注目に値する。すなわち,米議会においては87年1月超党派の競争力コーカスが発足し,また米行政府においても87年2月大統領年頭教書の提唱を具体化した「1987年貿易,雇用,生産性法案」を議会に提出している。前者は,アメリカ自身の国際競争力の改善という視点を個別法案の審議ごとに取り入れていこうとする等の動きである。従って,現在保護主義的側面が強調されすぎているきらいのある上・下両院の包括貿易法案の審議の過程でもこの面からの修正がなされることが期待される。他方,後者は,アメリカが国際収支赤字を縮小し,今後とも繁栄を続けていくためには,産業の国際競争力の強化が肝要との認識の下,その具体策として,人的・知的資本への投資拡大,科学・技術開発の促進,競争力を阻害している法律・規制の緩和・撤廃などを法案化したものである。これらはいずれも中・長期的な競争力向上策に偏りすぎてはいるが,アメリカが政府,議会を通じて「競争力」向上に対する関心を高めていることは,長期的には貿易収支不均衡改善に資すると考えられ,評価できる。


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