昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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第3章 ストック充実の課題

第1節 住宅ストックの充実

  我が国の住宅については,規模・設備面・住環境面でなお不満が多く,また貸家の居住水準の改善が遅れているなど,質の向上に対する国民のニーズが強い。また,内需拡大の観点からも,住宅投資の拡大が期待されている。

  このように国民の住宅・住生活へのニーズが強い背景の一つとして,我が国の住宅資産の蓄積が相対的に小さいことが挙げられる。住宅資産額(ネット,名目値)の国民所得に対する比率をみると,イギリス,アメリカに比して半分程度で推移しており,1984年現在,イギリス1.40,アメリカ1.04に対し日本は0.65と小さい。また,住宅資産額(同)の全固定資産額に占める割合でみても同様で,1984年現在,アメリカ36.9%,イギリス35.6%に対し日本は23.5%である。このように我が国においては,住宅や住環境への資産配分が相対的に低い水準に置かれていたことが分かる。これは,持家の代替となるべき民間貸家ストックが貧弱であった中で1世帯1住宅の実現が急務であったこと,大都市圏に経済・人口が集積し,住宅建設に配分されるべき土地が限られていたことなどが,良好な住宅ストック形成の制約要因となっていたことも一つの理由と考えられる。もちろん,住宅等への資源配分が相対的に小さいままで大都市を中心に建設戸数を増加させることにより,我が国は人口の流動性を高めつつ資源を生産的部門に重点的に投入し,経済発展や産業・地域構造の変化を円滑化させた面は否定できない。しかし,今や長期に残る良質な住宅・住環境ストックの形成に一層真剣に取り組むべき時期であろう。

  この節では,住宅ストック充実の課題を,地域別に次のように整理する。すなわち,地方圏においては古い住宅の建て替えである。また,住宅建設の課題の中心となる大都市圏においては,都市空間を住宅その他各種用途にどう割り振るかの問題であり,中高層住宅や貸家の再評価と長期的な都市再開発の促進を中心に検討する。さらに,新しい社会資本形成と住宅建設の結びつきにも触れる。

1. 住宅ストック形成の最近の状況

  (住宅建設の現状)

  第1章でみたとおり,住宅建設は58年ごろまでの低迷を脱し,緩やかな増加傾向を続けている。このうち,持家系住宅(持家と分譲住宅を合わせたもの)は60年度も前年度に比べて減少する一方,貸家の増加は著しかった。貸家の建設は,55年度を底に60年度まで5年連続の増加となっている。

  相対的に床面積の小さい貸家が大幅に増加したことにより,新設住宅一戸当たりの床面積は56年度以来5年連続で減少するなど,ここ数年低下傾向にある。しかし,このことが直ちに住宅の質の低下を意味するものではない。むしろ,老朽化した既存貸家が取りこわされ,人々の住み替えニーズに多少とも合った新規の貸家が供給されている面も見逃せない。

  住宅の規模,設備面での国民の不満,立地など住環境への不満はなお多く,また近年住宅建設が低迷していたことを反映して住宅ストックの老朽化も進んでいる。また,住宅ストックが量的には充足されているなかで,質的改善への国民の強いニーズがあり,良質な住宅の供給が求められている。

  このような状況について,持家系住宅と貸家系住宅について詳しくみていこう。

  (持家建設の動向)

  持家の建設の動きを新設住宅着工により長期的に眺めると,次のような特徴がみられる(第3-3図)。第1に,新設住宅着工戸数は48年度の76万戸をピークに減少傾向を続け,60年度も前年度に比べやや減少して,46万戸となった。

  第2に,大都市圏,地方圏別にみると,大都市圏では48年度のピーク以来一貫して減少傾向をたどってきたのに対し,地方圏では,50年代前半まで高水準を続けた後,50年代後半に急速に減少している。地方圏では,持家建設意欲は50年代前半までかなり高かったことがうかがわれる。

  第3に,建設資金別にみると,50年代には民間資金のみによる持家建設はおおむね一貫して低下を続ける一方,公的資金も利用した持家は50年代前半までの住宅金融拡大政策を受けて増加し,民間資金のみによる持家建設から公的資金利用の持家建設へのシフトがみられた。50年代後半には公的資金利用持家も弱含みに転じている。

  第4に,地域別に建設資金別持家建設の動向をみると,大都市圏ではなお民間資金のみによる建設が公的資金利用建設を上回っている一方,地方圏では54年度以降公的資金利用建設が民間資金のみによる建設を大幅に上回っており,公的資金依存度は地方圏で特に高いと言える。

  持家建設が近年伸び悩んでいる理由として,次のようなものが考えられる。

  第1は,人口構成など構造的要因であり,とくに持家を取得する主力世代の人口及び持家への住み替えや建て替えを促す年少人口が減少傾向にあることである。第2は,地価・住宅価格の安定化により,資産選択という面からみれば,金融資産等他の資産との比較において持家の有利性が低下していることである。

  そして第3は,金利が低下し地価・住宅価格が安定しているものの所得の伸びが緩やかになっていること等により,住宅ローン返済負担率の将来の低下が大幅には見込めないこと,年々の住宅資金調達可能額と住宅取得価格との間に改善しているとはいえ依然ギャップがあることである。

  こうした要因を用いて,持家系住宅の着工戸数関数を作り,各要因の寄与度を試算したのが第3-4図である。これにより50年代後半をみると,0~14歳及び30歳台人口が減少していることから人口要因は持家系建設の減少要因として働いていること,資産選択は減少要因,期待所得上昇率は名目所得の伸び悩みから59年度まで減少要因として働いてきたが,60年度には増加要因に転じたことがわかる。また,金利の低下,地価・住宅価格の安定等による持家取得能力の改善は59年度を除いて増加要因であり,持家建設を下支えしていることが分かる。

  現在,所得の上昇は緩やかであり,また30歳台人口(及び15歳未満人口)も当分増加に転じないと考えられるが,持家取得能力が,金利の低下や住宅金融公庫の融資条件改善によって高まっていることは好ましい条件である。もちろん住宅地の地価や建築費などの安定が重要であることは言うまでもない。

  (持家の新規建設と建て替え)

  次に,持家建設のうち,新規に建設される戸数と既存の家屋を取りこわして建て替えられる戸数の動きをみよう。総務庁統計局「住宅統計調査」及び建設省「建築着工統計」によれば,53年から58年の間に持家系住宅は439万戸建設されたが,ストックは222万戸しか増加していない(第3-5図①)。これは,53年から58年の間に建設された持家系住宅の半数が,全く新規に建設されたのではなく,既存の家屋に代替したものであることを示している。もちろんこのことは,代替部分が全て建て替えであることを意味するものではないが,そのかなりの部分は建て替えであろう。そこで,この既存家屋の滅失の補充に対応する住宅建設の部分を「建て替え等」と呼ぶ。

  建て替え等の需要が高まっている背景には,住宅ストックの老朽化,陳腐化があったとみられる。持家ストックの53年から58年の間の推移を建設された時期別・地域別にみると,大都市圏,地方圏とも古い家屋の減少が進んでいることが分かる。これを地域別にみると,大都市圏では35年以前に建てられた家屋の減少が進んでいるものの,後に見るように,東京圏・大阪圏等では,戦後の早い時期,45年以前に建てられた住宅のうちに質的に劣悪なものがかなり含まれており (後出第3-11図),依然として建て替えの必要性は高いとみられる。また,地方圏では大都市圏に比べ戦前に建てられた住宅年齢の高い家屋が多く残存している上に,53年から58年の間の減少率も大都市圏より大きいことからこの部分の建て替え需要が強いことが分かる。また,持家系住宅のうち木造・防火木造家屋の建築時期別ストック数の推移を推計してみると(第3-5図②③),古い家屋は次第に減っており,そのテンポは50年代になってやや加速しているが,全体の新設着工戸数の減少もあって,築後10年以上経った住宅ストックの比率は上昇し,60年には7割を超えるに至っている。

  このように木造を中心に持家系住宅の老朽化が進んでいることは,持家の建て替え需要増をもたらしている。

  建て替え等が増加することは,住宅建設戸数の変動を大きくする可能性がある。建て替えの動機は,上記の持家全体の建設動機と大きくは変わらないだろうが,既に一応全ての世帯が既存家屋に住んでいるという意味で,建て替え需要は金利等の条件変化に対してより感応的であるとみることができる。

  この点について,日本に比して住宅ストックの充足度が高く,必需財としての性格が弱いことなどから景気感応度が高いアメリカの住宅建設についてみると(第3-6図),民間新設住宅着工戸数は,住宅ローン金利の動き等を敏感に反映して大幅に変動していることが分かる。

  (貸家建設の動向)

  持家系住宅の建設が50年代後半に伸び悩む一方で,貸家の建設は55年度を底に大幅な増加を続け,「貸家建設ブーム」の様相を呈している。新設住宅着工戸数に占める貸家住宅の比率は,55年度の24.4%から上昇を続け,60年度には43.5%に達した。

  貸家建設の特徴の第1は,一戸当たり床面積が50年代後半に減少傾向にあったことである。貸家の一戸当たり床面積は55年度の57.1m2から59年度の46.5m2まで小さくなり,60年度は46.8m2となっている。しかし,このことは必ずしも貸家の質が低下していることを意味するものではない。大都市圏の単身者用の貸家などが増加すれば,一戸当たり床面積は当然狭くなるが,問題は新しく建設される貸家が既存の貸家ストックに比べて質的に改善しているかどうかである。

  そこで,第2に貸家建設が全く新規に建っているのか老朽化した質的に悪い貸家に入れ替わる形で建設されているのかであるが,前出第3-5図①をみると,貸家のストックは53年から58年の間ほとんど増加していない。このことは,より老朽化した貸家が消滅し,かわりに新しいニーズに合った新規の貸家が建っていると考えるべきであろう。「住宅統計調査」による貸家の設備の状況等からみても貸家の質的向上は進みつつあると思われる。

  第3に,大都市圏と地方圏に分けてみると(前出第3-5図①),両者とも40年代後半以降に建った貸家ストックが既存ストックの半分程度を占めている。ストック数をみると,地方圏は53年から58年の間にやや増加している一方,大都市圏ではわずかに減少しており,建て替えが進んだとみられる。

  (貸家需要の増加の背景)

  貸家建設の増加を支えている要因として,人々の貸家ニーズの増加や,その背景にある住み替えパターンの強まりを挙げることができる。

  第3-7図は世帯主の年齢別に,44~48年の間と,54~58年の間の,住み替えを行った世帯の年齢別構成比を示したものである。これでみると親族の家から借家へ移るのは20歳台が最も高く,借家から持家へ移るのは30歳台がピーク,持家から持家へ移るのは40歳台がピークであるが,44~48年と54~58年を比べると,年齢別構成比による住み替えパターンが強まっていること,とくに25歳未満世帯の親族の家から借家へ住み替えた構成比は大幅に高まっていることがわかる。このことと,15~24歳人口及び25歳未満の借家へ住み替えた世帯数の増加とがあいまって小規模貸家の建設を支えているとみられる。

  貸家ニーズの高まりは,一応先に述べた持家需要の伸び悩みと裏腹の関係にあると考えることができる。持家を持とうとする意欲が弱い場合には人々は当面貸家に住むだろうからである。しかし,この場合には,ある程度持家と代替し得る良質な貸家が求められることとなる。

  良質な貸家ニーズに応えられない貸家ストックは取り壊され,建て替えられなければならない。建設省「空き家実態調査結果(昭和60年)」によれば(第3-8図),空き家となっている家屋のうち入居を募集している率は55年の65%から60年には45%に減った一方,改善計画のための待機は16%から31%へと増加しており,とくにこのうち建て替え待ち(住宅への)の比率は5%から17%へと大きく増加している。60年における改善計画のための待機の家屋のうち,9割以上が貸家であることから貸家の建て替え意欲は近年増加しているとみられる。

  とくに,いわゆる木賃アパートでは老朽化が進み,貸家ニーズに合致すべく建て替えが進むものとみられる。東京都区部の場合を例にとると,木造集合住宅(その8割は木賃アパートとみられる)は都心から10km圏,環状7号線の内側付近で最も高密度となりながら広く分布しており(第3-9図),今後も建て替えニーズは強いと考えられる。

  (貸家建設の要因)

  こうした貸家ニーズの高まりを背景に,先に述べたように貸家建設も著増した。貸家住宅着工をもたらした供給側の要因としては,①家賃/貸家建築費比率が引き続き上昇したこと,②民間ローン金利が低下したこと,③木造住宅を中心に老朽化が進展していること,④地価上昇率がおおむね鈍化傾向を続けていること等を背景に土地供給者が土地の有効利用を図ろうとしていると考えられること,といった要因が挙げられる。他方,需要側の要因として,近年減少傾向から増加傾向に転じている若年層(15~24歳)の増加や小規模世帯の増加といった要因もあると考えられる。

  とくに貸家建設は,金融動向(実質金利)や家賃の相対価格には敏感であると思われる。そこで,これら要因を説明変数とする貸家着工戸数関数を作成し,貸家着工の増減への要因別寄与を試算したのが第3-10図である。これによると,まず,家賃の相対価格の有利化は59年度を除き,56年度以降60年度まで貸家着工を増加させる主因となってきた。次に,建設工事費上昇分を差し引いた実質金利は55,56年度には上昇し,貸家着工の減少要因となっていたが,59年度には低下し,着工増の主因となった。このように,貸家建設には価格・金利要因が敏感に働いていることが分かる。なお,このほか,新規貸家需要世代である15~24歳人口の増加は57年度以来,また地価の安定化傾向は56年度以来コンスタントに貸家建設の増加要因として働いている。現在,建築工事費が落ち着いているところから家賃の相対価格の有利化は続いている。貸家需要層の増加も続こう。さらに,上述のような貸家の老朽化が進む中で,貸家の建設も最近までの堅調な推移が続くと思われる。ただ,ここでも持家の場合と同様に,建築費の上昇などが起こらないことが重要である。

2. 住宅ストック充実の課題

  (基本的考え方)

  住宅ストックの質的充実は国民のニーズに合致したものであり,また内需拡大という観点からも期待されており,良質な住宅ストック及び住環境を将来に残さなければならない。前項で述べた住宅建設の動向を踏まえ,住宅及び住環境の質的充実のための課題を考えてみよう。この場合,大都市圏と地方圏とで,住宅事情は異なり,対応の方向も異なると思われる。

  (住宅建設5箇年計画)

  住宅の質の向上対策については,61年度を初年度とする「第五期住宅建設5箇年計画」(61年3月25日閣議決定)でも強調されている。同計画は,良質な住宅ストック及び良好な住環境の形成を図ることを基本目標としている。計画は,公的機関による住宅建設の促進を民間では十分対応できない分野を中心に行うこととし,公と民の役割を明確にした上で,とくに次の点について新たに考慮している。

      ① 既存ストックの有効活用。ここでは公共賃貸住宅相互間の住み替えの円滑化,共同住宅の大規模修繕等を円滑にするための体制整備,狭小化あるいは老朽化した公共賃貸住宅ストックの建て替え,増改築等による良質化等が指摘されている。

      ② 都市における良好な居住空間の確保。ここでは,地域ごとの特性を踏まえ,職住近接,インナーシティの活性化を図ること,都市再開発諸事業の円滑化,都市型共同住宅の供給促進等が指摘されている。

      ③ 高齢化の進展に対する対応。高齢者向けの住宅対策として,その多様な住まい方に応じた住宅の供給,地域住民との交流,医療福祉施策との適切な連携等,きめ細やかな対応に努めることとされており,また,障害者等についても適切な配慮を行うこととされている。

  「居住水準の目標」として,同計画は「最低居住水準」(夫婦と子供2人の標準世帯の場合3DK50m2など)と「誘導居住水準」(同じく夫婦と子供2人の標準世帯の場合,都市の中心及びその周辺における共同住宅居住を想定した「都市居住型」では3LDK91m2など,郊外及び地方における戸建住宅居住を想定した「一般型」では3LDKS(Sは余裕室)123m2など)を定め,計画期間中できる限り早期にすべての世帯が最低居住水準を確保できるようにするとともに,75年(西暦2000年)を目途に,半数の世帯が誘導居住水準を確保できるようにすることを目標として,国民の居住水準の向上に努めることとしている。ちなみに,第4期計画では「最低居住水準」と「平均居住水準」とされていたが,第4期計画の平均居住水準と第5期計画の誘導居住水準の主な相違点は付表3-1①のとおりである。総じて第5期計画は,居住室,住戸規模においてスペースを広げたこと,「一般型」においては「余裕室」を確保することとしたこと,性能,設備等について質を向上させたこと,中高齢単身世帯や高齢者同居世帯に配慮していること,等が特徴である。

  (大都市圏における課題)

  大都市圏においては,住宅及び住環境の質的改善に対するニーズは特に高く,緊急な対応を迫られている。建設省「住宅需要実態調査」(昭和58年)によれば,住宅に対し不満がある世帯は東京圏では50%,大阪圏では51%に上る。

  これに対し,その他の地域は43%となっており,大都市圏で特に高いことが分かる。また,前記の第5期住宅建設5箇年計画における最低居住水準の面積要件を,大都市圏では現在のところ15%の世帯が満たしていない。

  これを建築時期別,地域別に更に詳しくみたものが第3-11図である。東京圏,大阪圏,沖縄が全体的に最低居住水準未満世帯の割合が大きいことが分かる。また建築時期別にみると,終戦前に建築され残存している住宅は,地方圏では相対的に良好なストックであるのに対し,東京圏,大阪圏,沖縄では水準の低い住宅が多い。また,この圏域では,終戦時~45年までに建築された住宅の水準も低く,量的充足が喫緊の課題であり,質的向上が遅れたことの影響がうかがわれる。更に注目すべきは,東京圏において46~50年に建築された住宅に居住する世帯のうち最低居住水準に満たない世帯が15.6%に上り,この時期に質的に問題のある住宅が相当数再生産されていたことが分かる。この時期は,ミニ開発等,既成市街地における小規模開発が社会的問題となった時でもある。良質な住宅ストックを次代に残すという観点から,秩序ある計画的な住宅・宅地供給策が重要であることを示唆していると言えよう。

  大都市圏における住宅や住環境への不満が高いことの背景の一つとして高い地価がある。我が国の急速な経済力の拡大とその大都市部への高度な集積により,とくに大都市圏における土地の経済的価値の高まりは著しい。最近,東京都心部を中心に地価が上昇していることは第1章で述べたが,これは高度情報化の進展,サービス化,海外企業の我が国への進出といった背景を持っていることに留意しなければならない。東京では,58年度以降事務所建設が大幅に増えているにもかかわらず,ビル需給の逼迫が著しい(第3-12図)。

  大都市圏の住宅建設の課題には,限られた都市空間を多くの用途にどのように配分するかの問題が前提にあり,この観点から次のような課題がある。第1に,大都市圏中心部に生活空間を確保するため,住宅地としての高度利用化の方策を検討していくことである。このためには,都市基盤施設の整備,土地利用規制の見直し等を行いつつ,地域の特性に応じた住宅の共同化,中高層化等を進めるべきである。第2に,良質な貸家の供給が住宅政策面からも更に評価されるべきである。貸家の増加は平均1戸当たり床面積の減少をもたらすが,それ自身は質の向上を伴い貸家ニーズに応えている面もあり,必ずしも否定的に捉えるべきではない。第3に,地価安定のため,宅地の供給が増加するよう政策努力が必要である。宅地供給量(既成市街地,新市街地)は47年度の2万3,400haをピークに減少に転じ,50年代後半になって下げ止まったものの停滞状態にある(59年度10,800ha)。このため今後とも宅地供給を促進するような施策の推進が必要である。

  以上述べた課題にいかに対応していくべきかについては更に後述する。

  (地方圏における課題)

  地方圏においては,住宅は量的には充足されており,また住宅規模が比較的大きいこと,住環境に対する不満も比較的少ないこと等,大都市圏に比べれば住宅・住環境は良好であるとみられる。「住宅問題は大都市固有の問題である」との主張も見られる。しかし,前述のように,地方圏においては特に古い家屋が残存している。このため,建て替えへの潜在需要が強いのではないかと思われる。内需拡大という要請からも,地価上昇を招きにくい地方圏での建て替えを中心とする需要は期待をかけられるものであろう。

  建て替えは,前項で見たように,住宅ローン金利をはじめとする環境条件に敏感に反応するとみられる。また,地方圏では公的資金を利用した住宅建設が高いウェイトを持っている。このため,60年秋以降の住宅ローン金利の一段の低下や住宅金融公庫の融資条件改善などが次第に効果を現してくることが期待される。

  (住宅政策の検討)

  これまで述べてきたように,住宅の質の改善は我が国にとっての急務であり,住宅建設や増改築等に対する政策面からの支援も必要であろう。

  住宅に関する政策は多岐にわたる。我が国の住宅政策のうち持家取得及び貸家建設に係る政策を,予算面からみると,第3-13表のとおりである。予算は事業費ベースでみて,61年度予算で計約6兆円,うち持家取得関連が約5兆円(約83%),貸家建設関連が約1兆円(約17%)となっている。60年度当初に比べると,とくに住宅金融公庫の個人住宅貸付において大幅な拡充が行われた。さらに税制面においても,61年度税制改正において住宅取得促進税制を創設し,住宅取得資金に係る贈与税の特例の拡充を図る等の措置が講じられた。

  各国における住宅に関する施策は,それぞれの国における長い歴史や社会事情等が反映されてきているものであるので,それを単純に比較することはできないが,ここでは特に米英日の持家促進政策について順にみる。

  アメリカの場合,非事業用の借入金利はすべて所得控除の対象となっており,住宅ローンについても全返済期間につき制限額がなく控除が認められている。

  また,地方政府の不動産税の支払相当額も所得控除されることとなっている。

  ローン及び不動産税の所得控除については,所得,規模上の要件はない。したがってこの制度は優遇度が高い反面,住宅所有が低所得階層では相対的に少ないこと等から生ずる逆進性,高額所得者による住宅サービスの過剰消費が問題点とされてきている。

  アメリカについて横軸に調整総所得階層別の累積還付者数の割合,縦軸に調整総所得階層別の累積歳入額の割合を取り,所得分配のローレンツ曲線に相当する図を描いたのが第3-14図①である。これによれば,アメリカは所得階層が高いほど減税額が大きくなっており,ジニ係数は37%に及ぶ。かなり高所得者に有利な制度と言える。

  イギリスでは,従来,住宅ローン利子の所得控除制度,その後低所得者層にも配慮した選択モーゲジ制度(option mortgage scheme)があった。1984年にはMIRAS(Mortgage Interest Relief at Source)が発足し,支払利子額の30%(基礎税率分)を政府が建築組合等に支払い,建築組合等は低利で融資することにより補助が行われることになった。なお,限界所得税率が30%を超えており,所得税から控除されるべき額が支払利子の30%よりも多い場合には,従来どおりの方式で控除が行われている。また,利子所得控除は借入額のうち最初の30,000ポンドについて適用される。この制度は,持家取得に役立っている反面,逆進的であること,持家率の増加に比して財政負担の増加率が過大であることが問題点として挙げられている。

  イギリスについて横軸に所得階層別の累積適用対象世帯数の割合,縦軸に所得階層別の累積減税・補助総額の割合を取り,同様の図を描くと第3-14図②になる。これによれば,ジニ係数は21%である。アメリカに比してジニ係数が低いのは,低所得者層にも配慮した選択モーゲジ制度があったこと,控除対象の借入額に上限が設けられていること(1974年度当時は25,000ポンド),等によると思われる。

  日本については,公的住宅金融機関として住宅金融公庫が中心的な役割を果たしていることが持家政策上の特徴であろう。

  日本について,58年度に新たに住宅金融公庫の個人住宅(一般貸付け)建設資金制度を利用した世帯(世帯主のみ考慮した)が,公庫ローン・民間ローンを1年間返済し,民間ローンについて住宅取得控除(控除率18%,控除限度額15万円)を1年分利用したと仮定して,それらの世帯が受ける住宅金融公庫の融資を通じた補助金と減税額の合計を年収階級ごとに試算してみる。住宅金融公庫の補助金の額としては利用者が住宅金融公庫の資金調達金利(ここでは7.3%とした)で借りたとした時の割賦金と利用者が実際に借りる場合の借入金利による割賦金との差を取った。第3-14図③は,住宅金融公庫の補助金及び住宅取得控除による歳入減のグラフである。日本について言えば,①公平が保たれていること(45度線よりも上にある),②年収が一定以上(給与所得のみの者の場合,1,000万円以上)の人は高額所得者として金利が政令金利になること(このグラフでは高額所得者はいないものとして計算した),③住宅取得控除に所得要件(58年度当時,所得800万円以下(このグラフでは全員がこの要件を満たすものとした))があること,により,高所得者の有利性の程度は低いものと考えられる。

  住宅取得を援助する政策としては,このように,その援助規模とともに所得分配に対する公平性が確保されることが重要であると考えられる。

  (地価上昇を生じにくい住宅・宅地供給策)

  大都市圏においては,地価の高水準が住宅や住環境の質の向上にとって大きな障害となっており,地価上昇を最小限に止めつつ住宅・宅地の供給を円滑に進めていくことが重要であることは言うまでもない。限られた宅地供給の下では,住宅建設を政策努力によって喚起しても,その大きな部分が地価上昇によって吸収されてしまい,内需の拡大にもストックの蓄積にも十分つながらないという事態も考えられる。既に述べたように,大都市圏の高い地価や最近の大都市中心部を中心とした地価上昇が,高度情報化の進展やサービス化等の進展を背景にした実需による限り,投機的土地取引の抑制措置を図ることは当然としても,実需を無視して高水準の地価や地価上昇を直接一律に抑制することは困難と考えざるを得ない。

  以下では,地価上昇をできる限り回避しつつ住宅・宅地供給を進めていくための諸施策について検討する。

  第1に必要なことは,地価の負担を緩和することのできる土地所有者参画型の供給手法の積極的推進である。このためには,土地区画整理方式や農住組合方式はもとより,借地方式等を幅広く活用していく必要がある。とくに,大都市圏において住宅地としての高度利用を図っていくためには,住民参加型の都市再開発が重要になってこよう。現在,大都市圏の既成市街地には小規模な土地所有者が多い。東京都区部の場合,小規模個人宅地(100m2未満)所有者の割合が60年で45%に上る(最高は中央区で72%。東京都資料による)。小規模土地所有者等の地権者が複雑に入り組んでいる現状で都市再開発は容易ではなく,長期的な努力が必要とされよう。都市再開発を住民参加型で行っていくためには,行政側の的確な援助誘導が必要なことは言うまでもないが,民間の活力を引き出すためにも,良好な住環境の形成に十分配慮しつつ,適切な規制緩和が必要となる。

  ここで留意すべきは,土地の高度利用を更に進め,円滑な経済活動を保つためには,道路等の社会資本の整備も重要であり,そうすることにより規制緩和の効果もより一層発揮しうるという点である。この点について,マンションなど共同住宅の容積率の決定要因を数量化理論I類により試算したのが第3-15図である。これは,現実の土地利用の高度化(中高層化)の状況に対して指定容積率等の要因がどのように影響を与えるかを分析するものであるが(),結果をみると,実際の容積率を決定する要因(ここでは指定容積率,前面道路幅員,敷地面積をとった)の中で,最も大きいのは敷地面積である。また,指定容積率が高いほど実際の容積率が高いのは当然であるが,それと同程度に道路幅員も重要な決定要因となっている。これは,道路の幅員が広がることにより,交通,環境,安全等の観点から敷地の高度利用の可能性が高まるためと考えられる。

  第2に,良好な貸家ストックの形成のための諸施策を更に積極的に推進していくことである。まず,木造賃貸住宅地区総合整備事業等の活用による老朽化した既存の民営賃貸住宅の建て替え及び住宅金融公庫の土地担保賃貸住宅融資制度等の活用による民営賃貸住宅の新規供給の推進が重要である。この場合,多様な住宅ニーズに対応するため,小規模貸家のみならず,持家の代替となるべき相対的に大規模な貸家の供給にも配慮が求められよう。また,公共賃貸住宅の的確な新規供給を図るとともに,老朽,狭小化した既存ストックの建て替え,増改築を進めていくことも必要である。

  このほか,円滑な宅地供給を進めるため,地域の実態に即した適切な線引きの見直しや開発許可制度の適切な運用等の措置を引き続き実施していくとともに,多様化・高度化する新たな住宅・宅地需要に的確に対処していくことも肝要である。

  (新しい住宅需要の動き)

  以上述べてきたように,国民の住宅や住環境改善へのニーズは大きいが,一方でとくに大都市圏においては宅地供給の制約,土地の経済価値が高いことによる高地価,さらに小規模地主等の地権が複雑に入り組んでいることによる再開発の困難など,根本的な改善には長い期間を要することは避けられない。したがって,既存の市街地やその周辺において住宅・住環境改善の努力を続けるべきことはもとよりであるが,それとともに人口の分散化なども併せて推進される必要がある。こうした状況で,本章第2節に述べるような新しい社会資本整備の動きは,住生活にも新たな潮流を引き起こすことを期待できるのではないだろうか。ここでは,やや例示的ではあるが,新しい動きの芽となるようなケースをいくつか述べよう。

  第1は,地方での高度技術都市建設の動きである。大学や研究機関を核とし,ハイテク産業を中心として,地域内や他の各地域とオンライン・ネットワークで結んで地域経済の活性化を図ろうとする多くのプロジェクトが進められているが,人口の地方定住,住生活の充実の面からも注目される動きである。こうしたケースの原型は筑波研究学園都市にみられる。①首都東京への過度の人口集中緩和,②国等の試験研究・教育機関の研究環境の改善,施設の共同利用の促進等を図るため,38年9月の閣議了解以来建設が進められ,現在では人口約15万2千人,予定された46の国等の試験研究・教育機関の移転・新設が完了し,約1万1千人の職員が従事している。研究学園地区においては,公共公益施設のうち道路,上下水道,公園等の基盤的な施設は概成し,教育施設,商業施設等も人口の増加に応じ順次整備を進めてきている。今後は周辺開発地区において民間の研究機関,企業等の積極的な導入を図り,研究学園地区と一体的に整備するとともに,居住する人々の定住志向を高めるため,研究者をはじめとする居住者のライフスタイルに応じた住宅や民間企業等の進出に対応した計画的な住宅地の供給を図る必要性が指摘されている。

  また,テクノポリス構想(55年に提案)など高度技術都市の建設も地域の開発,人口の地方分散に資するものと考えられる。

  第2は,現在進められている,あるいは完成を見た,ビッグプロジェクトの住生活への影響である。いくつかの例を挙げよう。

      ① 東京湾横断道路については,首都圏の諸機能の再編成,千葉南部地域の開発に寄与することが期待され,新たな住宅ニーズも出てこよう。

      ② 本州四国連絡架橋については,本州・四国のそれぞれに生活利便の向上,生活圏の拡大,地域の産業立地をもたらし,人口の定着を促進することが期待される。

      ③ 関西国際空港をはじめとする空港の建設・拡充に伴う産業の立地,アクセス交通の整備等により新たな住宅ニーズも出てこよう。例えば関西国際空港建設に伴う一般道路,自動車専用道路等,鉄道,住宅等関連基盤施設が整備されることにより,泉南地区の開発も促進される。即ち,関西国際空港の立地に伴う関連施設の整備について「関西国際空港関連施設整備大綱」(60年12月)が決定され,これに基づいて,大阪府泉佐野駅上地区の市街地再開発,大阪府の和泉中央丘陵の宅地造成,大阪府の泉佐野日根野の土地区画整理等を進めることとしている。また,地方空港のジェット化や小型航空機によるコミューター輸送システムなども,周辺の地域社会の発展に資することが期待される。

      ④ 新幹線の整備に伴って遠距離通勤の可能性も出てくる。国鉄の新幹線定期利用客数は,59年度は延べ155万2千人で,全国定期利用客数延べ44億8千万人の0.035%にすぎないが,新幹線に定期(通勤)が発売されたのが58年2月であり,この比率は増加している。

  第3に,余暇時間の増加やオンライン・ネットワーク化の進展は,職場と家庭生活の場としての住宅の関係を多様なものにしよう。余暇時間の増加により,週末や長期休暇を別荘等で過ごすライフスタイルも今後増えてくると考えられる。逆に,平日は職場近くに居住し週末に自宅で過ごすケースも増えよう。さらに,オンライン・ネットワークの発達により「在宅就業」(自宅に端末を置いてメインオフィスと通信しながら仕事を進めること)や「サテライトオフィス」(通常の在宅就業で使われる通信端末機器の他に会議設備,飲食設備,休養設備等を備えたオフィス。場所はどこにあってもよい)での勤務も増えていくものと思われる。こうした就業形態の住宅問題に及ぼすメリットとしては,「通勤からの解放」,「住宅難の解消」,障害としては「自宅にワークスペースを確保するのが難しいこと」,「アパートなどでは,騒音源となる可能性があること」が挙げられる(郵政省「通信・放送を基盤とした新しい家庭生活様式に関する調査研究報告書」59年3月)。