昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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第2章 新しい産業発展の潮流

第2節 転換期を迎える我が国の貿易・産業構造

  前節では,今日の日・米それぞれの貿易収支不均衡是正のためには,我が国,アメリカの双方がその経済構造の黒字,赤字体質を変化させて行くことが基本的条件として極めて重要であることを指摘した。本節では,我が国及びアメリカの経済構造の黒字及び赤字体質を示す輸出入の所得弾性値等の違いの背景につき企業行動の特質を含めて1.で整理する。次いで,我が国についてはその体質を変える環境の変化が生じつつあること,また,その体質を変えて行くために国内産業の活性化が是非とも必要であることを2.3.4.において述べる。

1. 我が国経済の黒字体質と企業行動の特徴

  (高まった輸出比率,低下した輸入比率)

  我が国の総需要に占める輸出等の割合は,昭和40年代10.6%,50年代13.0%,60年には14.6%と,上昇傾向をたどってきた。実質ベース(55年価格)では40年代8.1%,50年代13.1%,60年代16.6%と,その傾向は一層顕著に現れている(第2-8図)。製造業の売上高に占める輸出比率を主要企業についてみても,製造業平均が25.6%,うち鉄鋼31.4%,一般機械31.6%,電気機械37.3%,輸送機械43.1%(いずれも「59年度主要企業経営分析」)と機械業種を中心に3~4割に達している業種が多い。

  他方,輸入等の総供給に占める割合は二度の石油危機による原油価格の急上昇から,40年代9.8%,50年代12.2%と上昇しているが,第2次石油危機以降はかなり低下し,60年には11.2%と50年代初頭並みとなり,実質ベースでは,49年を境に低下傾向に転じ,60年には12.9%と40年代半ばの水準まで落ちてきているなど,供給面における輸入比率の低下傾向が目立ってきた。

  我が国経済の「黒字体質」とは,このような需要・供給両面にみられる現象の複合的特質であり,いわゆる「輸出依存型」という表現は必ずしも適切ではないと思われる。第2-8図にみられるように,確かに我が国の総需要に占める輸出比率は上昇してきているものの,総供給に占める輸入比率はアメリカでかなり上昇している一方で,我が国は最近低下しており,輸出とともに輸入の差異も大きい。したがって,我が国経済の黒字体質を考える場合輸出面と同時に輸入面にも多くの目配りが必要であると言えよう。

  (高い輸出の所得弾力性)

  総需要に対する輸出比率の高まりをもたらした要因としては,第1に貿易依存度が我が国に限らず各国において高まるなど,国際間の相互依存関係が傾向的に強まってきたことが挙げられる。例えば,かつて典型的な自給型経済とみられていたアメリカでは,輸出の対GNP比率は1960年代6.0%,70年代9.4%,80年代11.0%,と着実に上昇してきている。第2は,我が国の場合,第1次石油危機を境として高度成長から安定成長へと移行し,この過程で内需の伸びがシフトダウンしたことである。そして,とくに経済体質面にかかわる第3の要因として,我が国の輸出が世界輸入の伸びをほぼ恒常的に上回る高い成長を続けたことが重要である。

  我が国の輸出が増えやすい要因は前節の分析に従えば,高い輸出の所得弾力性によって表現されるが,このような高い弾力性は次の二つの原因から生じていると思われる。

  第1は輸出市場の地域別構成にみられる特徴である。第2-9図は,輸出数量関数に係る日米両国の所得弾力性を計測期間を移動してその変化を示したものであるが,計測された弾力性は必ずしも安定的な値を示しているとは言い難い。特に我が国については,波動を伴って大きく変化している。これは,我が国の輸出市場として最も関連の深いアメリカの景気動向を強く反映しているためと思われる。即ち,アメリカの景気が後退した1970年,74~75年,80~81年を多く含む期間(前掲図中計測期間⑫~⑱等)に計測された弾性値は概して小さく,逆に好況が続いた60年代や急成長を示した83~84年を多く含む期間に計測された弾性値は比較的高いという関係がみられる。特に,最近時の弾性値(2.21)は,アメリカのみならず,我が国輸出でウェイトの高い東南アジアや中国で,世界の輸入需要に比べ相対的に高い輸入の増加があったことも響いているものと考えられる。このように弾性値の値はかなり振れるものである点は十分に注意してみる必要があろう。

  第2の理由は,商品構成上にみられる特徴である。第2-9図にみるように,輸出市場動向の振れを考慮しても我が国の所得弾力性がアメリカのそれを平均的に上回っていることは間違いない。これは,我が国が輸出商品の構成を,その時々において,世界で需要増加幅が相対的に大きい商品群に柔軟に適応させてきたことを示すものであろう。いま,最近15年間を二つの時期に分けて,我が国の主な輸出商品(29品目)の輸出総額に対する増加寄与率を,世界貿易額上での増加寄与度が高い順に対応させて累積度表を作ると(第2-10図),いずれの時期においても45゜線より下に偏ったカーブを描いており,世界貿易額でより大きく増加した商品に我が国輸出商品が特化してきたことが分かる。

  また,累積カーブをみると,中位辺りで雑製品,衣類等を中心に中進国の輸出増加等を反映して曲線にややゆがみがみられるものの,上位の商品については明瞭な特化が観察される。このため,両期間で世界貿易増加額3位までの商品の我が国における輸出増加に対する寄与率がいずれも4割近くに達するなど輸出商品の集中化現象が生じている点にも注目する必要がある。

  なお,品目別にみても両期間において世界貿易額寄与度は自動車・部品が第1位であったが我が国でも同商品がともに第1位である。世界貿易額上20位から2位に寄与度を高めた事務用機器は,我が国輸出でも14位から3位へ急上昇した。さらに,世界貿易額で8位から3位に上昇した電池・電球・半導体は我が国でも8位から3位へと寄与度を高めた。一方,世界貿易額で3位から13位に寄与度が低下した鉄鋼は,我が国輸出でも2位から8位に低下している。

  (低い輸入の所得・価格弾力性)

  需要側で輸出比率が高まった一方,供給側では輸入比率が低下してきた。総供給に占める輸入比率が近年低下してきた理由としては第1節でみたように我が国の輸入の所得弾力性が1を下回る低い水準にあることによるが,このほか,輸入の価格弾力性が低いこともその一因と考えられる。もちろん,価格弾力性の低さは,石油危機のように,相対価格が不利化する場合には,輸入が余り減らないという側面を持っているが,55年以降については,輸入の相対価格が有利化する中でも,輸入が余り増えなかった一因であったことは事実であろう。

  両弾力性が低い理由としては,(1)製品輸入比率が低かったこと,(ii)産業構造の高付加価値化の進展により原燃料輸入が伸び悩んだこと,(iii)企業の国内生産への指向が高いこと,などが考えられる。

  (i)低い製品輸入比率

  第1章でも指摘したように,我が国の製品類の輸入に関する所得,価格弾力性は各々1.90,0.61と原燃料に係るそれ(各々0.22,0.18)に比べてかなり高い。国際的にみても同様の傾向にあるとすれば,製品輸入比率の大小が全体の弾力性の大きさを左右することとなろう。我が国の製品輸入比率は27.1%(1984年)と,アメリカ(68.6%),西ドイツ(58.6%),フランス(59.3%)などに比べこれまでは低かった(日本銀行「国際比較統計」による)。これは,①天然資源賦存状況が乏しい条件下で,我が国としては原材料を輸入し加工した製品を輸出する,いわゆる加工貿易による経済成長を選択せざるを得なかったこと,②近隣に我が国と同等の工業力を有する国が存在せず,欧州諸国のような工業製品の相互補完関係が成立しにくかったこと,など我が国経済の歴史的,地理的条件に負うところが大きい。

  (ii)産業構造の高付加価値化の進展

  第2は,原燃料輸入の弾性値が極めて低いこととも関連するが,我が国産業構造が需要構造のソフト化・サービス化や二度の石油危機を通じて進められた省資源・省エネルギー努力によって高付加価値産業へと柔軟に転換してきたことである。第2-11図は,55年から59年までの主要業種の生産増加額(55年実質価格)と当該産業の原材料輸入比率を示したものであるが,業種別生産額の伸びは,①最終需要の中で輸出の伸びが相対的に高かったこと,②国内需要の面では,情報化・ソフト化・サービス化が進展し,それに対応した消費・設備投資が相対的に高い伸びを示したこと,③中間投入構造におけるエレクトロニクス化,サービス化,省エネ化等が進展したこと,などを反映して,原材料輸入比率の低い,コンピュータ,一般機械,対事業所サービス等の伸びが高くなった一方,原燃料を中心に輸入比率の高い石油・石炭,化学,繊維,鉄鋼等の素材型製造業では,その伸びが極めて緩やかなものに止まった。こうした産業構造の変化によって,特に原材料輸入が増えにくい傾向が生まれてきている。

  産業構造の高付加価値化の動きを日米の製造業について比較してみると(第2-12表),我が国では1976年から84年までに中間投入比率(1一付加価値率)は0.59%ポイント低下しているが,これは第1に一般機械,電気機械等付加価値率の高い業種への転換が急テンポで進んだことによる業種構成変化の寄与が大きかったこと,第2に投入原単位の引下げや高付加価値商品へのシフトを反映した個別業種内の高付加価値化への努力も寄与している。これに対し,アメリカでは不況であった82年までしか統計が利用できないため,期間を揃えて我が国と比較してみると,両国とも82年が景気ボトム期に当たっていたため中間投入比率は上昇する形となっているが,その内容をみると,アメリカでは,業種構成の高付加価値化,個別産業内の高付加価値化とも我が国に比べ,そのテンポが緩やかなものに止まっていることを窺わせる。

  (iii)高い国内生産への指向

  需要が増加した場合これを国内で生産するか,海外で調達するかが工業製品輸入には大きく影響する。日米両国について,最近の財別需要動向と輸入の動きを比べてみると(第2-13図①),80年から84年にかけて,日米とも耐久消費財,資本財,非耐久消費財,中間財の順に需要の伸びが高く,同じ方向に需要変化が生じていることが分かるが,各財に対する輸入の伸びは両国で大きく異っている。我が国の場合,需要の伸びが低い中間財では輸入が需要の伸びを上回って増加しているものの,需要の伸びが高い資本財,耐久消費財,非耐久消費財では輸入の伸びは需要の伸びを下回り,輸入比率は低下している。一方,アメリカでは,各財の輸入の伸びは需要の伸びの2~3倍に達しており,この間の輸入比率は急上昇している。これは,我が国においては,需要増加の大きい分野では積極的な設備投資によって国内生産増で需要増を賄う指向が強いのに対し,アメリカでは,需要が増加している分野では,その多くを海外調達に頼る傾向があることを示している。アメリカのこうしたout-sourcingの動きは,例えば,我が国の機械メーカーの4割近くがOEM契約による輸出を行っていること(第2-14図①)や,アメリカの東南アジア向け直接投資とアメリカの同地域からの輸入が電気機械,一般機械などを中心にかなり高い相関関係を示していること(第2-14図②)などによく表れている。

  このような供給対応面における日米の違いは為替相場の影響によるところも大きいことに留意する必要があるが,両国の工業製品輸入に係る弾カ性が我が国に比ベアメリカではかなり高いことを示唆するものであり,とくに我が国の場合,需要の伸びが低い中間財が工業製品輸入に占めるウェイトが高い一方,アメリカでは需要の伸びが高い資本財,耐久消費財の工業製品輸入に占めるウェイトが高いことも,製品輸入全体に係る伸び率の差をもたらしているものと考えられる(第2-13図②)。

  (黒字体質と我が国企業行動の特徴)

  輸出面における需要の伸びの高い商品への機敏な適応力や輸出商品の集中化,輸入面にかかわるハイテンポな高付加価値化の進展,国内生産指向の強さといった現象の背景としては,我が国企業が(i)長期的な経営戦略に立って,規模の経済性を追求する傾向が強かったこと,(ii)その中で,特に「技術力」の向上による対外競争力の強化を通じて輸出需要を取り込んできたという特質が指摘できよう。

  (1)規模の経済性の追求

  企業が生産規模の拡大を図ろうとするのは,多くの場合生産量の増加につれて単位当たり生産コストが低下することのほか,より基本的には,商品の成長段階においてできるだけ早く高い市場シェアを獲得することによって,コスト,技術力,初期設備投資負担等の面で新規参入コストを高め,それによって創業者利得と長期に亘る売上高の安定的拡大が可能であると考えていることによる。我が国の場合,終身雇用制を前提に長期的視点に立った経営意識が強いと言われており,このような動機に基づく生産規模拡大意欲が高かったと思われる。例えば,日米企業の経営目標に関する比較調査などでみても(第2-15図①)我が国では「市場占有率」が第1位となっているが,アメリカでは,「収益率」が際立って高く「市場占有率」は第3位に止まっている。

  こうした規模の拡大指向は,当然それを満たす市場(需要)を必要とする。我が国の代表的成長商品ではその市場として国内のみならず,海外市場が強く意識されてきた。第2-15図②はいくつかの成長商品について生産,輸出,生産単価を示したものであるが,量産化に伴って単位当たり生産コストが急激に低下していることは明らかである。ただ,その生産量の拡大がカラーテレビ,VTR,電卓ではほとんどが輸出市場の拡大によって支えられていた。こうした傾向はその程度の大小はあれ乗用車を含め我が国の多くの成長商品にみられるものであり,いわば輸出を売上高の重要な構成要素として経営の拡大が図られてきたといえる。特に我が国の場合,企業間の競争意識が激しく,そのことが,規模拡大の指向を更に刺激し,設備投資の拡張を生み出したと考えられる。

  このような規模の拡大指向は,競争意識とあいまって成長商品の生産を国内に集中する傾向を促し,それが産業の高付加価値化を促進する一要因となった。

  また,その結果として,輸出面では成長商品において特に高い増加を示す現象が生み出されたとみることができる。

  (ii)製品の質的競争力の向上

  需要を取り込むためには,その製品に競争力がなくてはならない。競争力は,価格競争力と非価格競争力に分けて考えることができる。規模の拡大はコストの急激な低下をもたらすことは事実であろうが,価格競争力の強化のみでは,長期に亘る輸出の高い伸びをもたらすことはできなかったであろう。例えば,我が国のドルベース輸出価格は1970年から84年までで2.6倍となっているが,これは,先進工業国全体の輸出価格上昇率(2.7倍)とほぼ等しく,輸出増加が相対価格の有利化によってもたらされたものでないことを物語っている。

  また,日米の賃金コストをみても,行き過ぎたドル高が生じる前の75年から80年を比較すると我が国製造業の円ベース賃金コストはこの間,生産性の高い上昇を反映して0.2%の上昇とアメリカ(32.5%の上昇)をかなり上回るパフォーマンスを示したが,為替レートの上昇によってドル換算では,31.2%の上昇となり,結局アメリカとほぼ同率の上昇率となっている。このように,変動相場制を前提とし,短期のオーバーシュート現象を別とすれば長期的には,平均的にみた価格競争力の変化についてはある程度為替相場の変動によって調整されてきているとみてよかろう。むしろ長期に亘る輸出の高い伸びは70年当時からの価格競争力に加え,質的な競争力が高まったことによるところが大きいとみられる。

  質的競争力は,品質,性能にはじまり,デザイン,納期,付帯サービス,ニーズへの適応力等様々な要因によって形成されるため,定量的な分析は難しいものの,乗用車における故障率の低さやアフターサービスの良さ,VTRなどの画質の鮮明さ等我が国輸出商品の質の高さは一般的に認められているところである。今これら複合的な質の状態を総称して「技術」と呼べば,我が国輸出の高い伸びはこの「技術」によって多く支えられてきたと言ってよいであろう。

  高い「技術力」を生み出した背景としては,既に高度の技術が確立した素材産業,部品産業等周辺業種,適応力に優れた中小下請企業が存在していたこと,また,導入技術の改良を中心とする研究開発が重点的に行われ,TQCにみられるような現場での品質向上運動,多様な需要に応ずるためのFMSシステムの導入,工作機械,産業ロボットの導入等のプロセス・イノベーションが集中的に進展したことなどが指摘できるが,このほか,我が国の消費者,需要家の厳しいニーズの要求水準がそうした質的向上を促したであろうことも重要である。このような「技術」水準の一つの指標として技術輸出入の動向をみてみると,対世界では着実に上昇し,対米でもそのレベルは徐々に高まっており,我が国が欧米との技術ギャップを着実に縮小し,一部では凌駕するまでに至っていることを示している(第2-16図)。

  個別商品の国際的にみた「技術」力の相対的地位の向上が結果として世界貿易の中で我が国の輸出が相対的に高い伸びを示す要因となり,「技術」力の相対的向上の著しい商品では輸出が急増しがちとなった。また,これまでの「技術」力の向上が,良質な労働力,優秀な素材・部品等周辺業種,適応力に優れた中小下請組織の存在等に支えられていたこともあり,生産拠点の海外への移行が遅れ,生産力の増加が専ら国内に集中化し,国内生産指向を高める一因ともなったとみられる。

2. 我が国産業発展の現局面

  (変化する貿易環境と黒字体質)

  輸出が増えやすく,輸入が増えにくい我が国経済の黒字体質は,上記のような企業行動の特質とも関連してかなり構造的な側面を有していることは事実であろう。しかし,近年そのような体質を変える環境の変化が生じつつある点に注目する必要がある。第1の変化は,我が国輸出商品の多くが貿易摩擦の激化や中進国の輸出競争力強化を反映して次第に成熟化しつつあること,第2は,企業活動の国際的展開が徐々に活発化してきていること,第3は,こうした動きが昨年からの急速な円高進行の下で促進される可能性があることである。以下2節2,3,4でこれらにつき概観する。

  (産業発展の雁行形態論)

  我が国産業発展の形態を国際貿易と産業間比較優位構造変化の下で位置付けたプロダクトサイクルの理論として「雁行形態的発展論」がある。

  一産業の発展は,典型的には輸入,輸入代替,輸出成長,成熟,逆輸入のプロダクトサイクルを描くと考えられる。輸入段階は新商品が輸入を通じて導入され,国内需要が徐々に拡大していく過程であり,それに伴って模倣または技術導入による国産化が試みられる。つぎに輸入代替段階には国内需要の成長が著しく,それに誘発されて国内生産がそれを上回って拡大し,徐々に輸入を代替して行く。国内需要の伸びが鈍化してそれを輸出が補って生産拡大が続くのが輸出成長段階である。次の成熟段階になると,内需も停滞し輸出も伸び悩んで,生産は停滞気味となる。輸出の伸び悩みは後進国の追い上げ等によるものであり,これが深化すると後発国の廉価な輸入品が流入して国内生産縮小に拍車をかけ,逆輸入段階に至る。

  この間,それぞれの段階に応じて,品質,投資,技術等も変化を辿る。商品のコスト,品質は輸入期には劣位に止まるものの,輸入代替期にはキャッチアップし,輸出成長期に優位性を確立するが,成熟期以降は後発国の追い上げからその優位性は次第に後退していく。投資・技術面でも,最初は技術の導入と国産設備の試験化からはじまり,プロセス・イノベーションを経て,輸出成長段階では,量産化技術が確立するとともに,生産技術は標準化され,海外直接投資による技術の移転もはじまる。その後,技術の標準化,成熟化が進むにつれ,より有利な立地を求めて現地生産が増加し,輸出が減少する局面に入る。

  さらに,このような一産業の発展パターンが,比較優位構造の変化を通じて多くの産業で雁の飛ぶ様に似て次々と生起し,それによって一国の産業構造変化をもたらしていく。

  我が国について,輸出入差を指標として,産業のこうした変遷をみると(第2-17図),雁行形態が比較的明瞭に観察される。これによると,我が国では,鉄鋼,テレビ,自動車の後も,工作機械,事務用機器,半導体,コンピュータ等次々と大型の輸出商品が登場してきたことが分かるが,注目すべき点として,最近では,我が国輸出商品の多くが成熟段階に差しかかりつつあることである。各商品を前述した発展段階ごとに当てはめて分類してみると,衣類,家具等は逆輸入期,鉄鋼,プラスチック,糸等は成熟期,自動車,工作機械,事務用機器等は成長後期,半導体,コンピュータ等が成長期,航空機が輸入期に当たると考えられる。このように,我が国の主要輸出商品は,多くが成長後期以降に差しかかっていることは否定できない。

  輸出の伸びが鈍り,輸入が増える段階への変化は,①鉄鋼,合繊,化学等にみられるような中進国の競争力向上や②自動車,工作機械,事務用機器等のように,成長期にあっても,輸入国の制限的措置やそのような措置に対する予防的配慮などから,海外に生産拠点を移すことなどによってもたらされる。現在我が国では,①に当たる商品の成熟化とともに,大幅な経常収支黒字の下での個別業種での貿易摩擦の高まりから②のケースで輸出の伸びが鈍り,輸入が増える段階へ移行する商品も増えている。

  (アメリカ,韓国の貿易発展)

  我が国の輸出商品が次第に成熟化しつつある中で,アメリカ,韓国の動向を我が国と同様に輸出・入の特化状況としてみると(第2-17図),我が国とはかなり異なった動きがみられる。

  まずアメリカでは,80年以降行き過ぎたドル高によってすべての商品で輸入特化方向への動きがみられるが,60年以降の長期でみても,鉄鋼,自動車をはじめ,ほとんどの商品で傾向的に輸入特化方向に移行してきている。これに対し,韓国ではアメリカとは逆に60年以降ほとんどの商品が輸出特化方向に向かって移動しており,極めて対照的な動きを示している。

  一般に長期間についてみれば,各国は比較優位を持つ産業にその貿易構造を動態的に変化させていくと考えられているが,アメリカ,韓国のように貿易財全般に亘る一方的な輸入ないし輸出特化傾向が生じている点は注目される動きといわねばならない。これには,第2-18図にみられるように,①80年代に入ってからアメリカの輸出価格が他国に比べ異例な高さに達するなど,為替レートのオーバーシュートが長く続き,これがアメリカのほとんどの貿易財で競争力を低下させる原因となったこともあるが,②こうした為替相場の短期的オーバーシュート現象を除けば各国の輸出価格(ドルベース)はほとんどパラレルに動いており,基本的には前述したような総合的「技術」水準の各国間での相対的関係が長期での偏りを生み出しているものと考えられ,この場合でいえば,韓国により有利に,アメリカにより不利に「技術」力関係が移行してきていることによると考えられる。

  韓国では外国資本の移入や技術導入等により,着実に日米欧との技術格差を縮小してきた。例えば,海外からの直接投資受入額は,70~75年平均1.5億ドル,81~85年平均3.1億ドルと急激に増加しているほか,我が国からの技術輸出も,75年16百万ドル,80年23百万ドル,84年には63百万ドルへと大幅に増加してきた。一方,アメリカでは,企業のグローバルな世界戦略を反映して,前段でみたように海外に生産拠点を求める動きが強く,電気機械,輸送機械等,現在の貿易の中心的地位を占める業種で生産力,技術力が海外に移転し,国内に残った産業の「技術」力が相対的に低下傾向にあるためと考えられる。ちなみに統計はやや古いものの,アメリカの多国籍企業()229社の1981年における海外子会社の生産額は4,875億ドルと同年のアメリカの全輸出額2,337億ドルの約2.1倍にも達している。

  このような各国の総合的「技術」水準の相対関係の変化は,為替相場が単に,例えば購買力平価でみた価格競争力を反映した水準で推移した場合では調整しきれない貿易収支の長期的不均衡を生み出しているとも考えられ,いわば資本輸出の段階を示す国際収支発展段階説を実物貿易としての産業発展パターンから主体的に説明する一つの根拠を提供するものであるといえよう。第1節でみたような日米韓の輸出の所得弾力性の違い日本2.21,アメリカ1.13,韓国4.21)ないし輸出入所得弾力性格差(日本3.05,アメリカ0.67,韓国5.64)はこのような一国の産業発展の段階を示唆するとともに,貿易収支率はこの傾向を素直に表している(第2-19図)。即ち,アメリカでは1960年代初頭から傾向的に収支は悪化方向を,韓国は傾向的な改善傾向をそれぞれ辿ってきた。

  我が国は,アメリカと韓国のちょうど中間に位置し,成長産業もあるが成熟産業もかなり増える段階に達している。今後我が国が新たな成長商品を開発できない場合,アメリカ型の成熟過程に意外と早く進んで行く可能性もある。

3. 企業活動の国際的展開

  (増加を続ける海外直接投資)

  海外との貿易摩擦が強まり,中進国のキャッチアップが進んでくる中で,これまで輸出に偏っていた企業の国際展開は,海外直接投資及びそれによる企業内分業,技術・資本提携等広範な形で展開しはじめており,こうした企業の新しい国際的事業展開は,我が国の黒字体質を転換していく一つの動因となろう。

  我が国の海外直接投資は昭和59年度で101.6億ドルと初めて100億ドルを突破した後,60年度には122.2億ドルと,史上最高を更新し続けている。戦後の昭和26年に再開された我が国の海外直接投資は,政府の自由化措置を節目として,勃興期(26~46年度),第1次拡大期(47~55年度),第2次拡大期(56年度以降)に分けられようが,それぞれの期における年平均投資額は2.1億ドル,35.6億ドル,94.3億ドルと最近急激に増加してきている。最近5年間での投資増加の内容を業種別にみると,金融の国際化に対応する金融・保険業,長期的な海運不況もあり便宜置籍船のための海外子会社への貸付が増加した運輸業,リース業など非製造業の増加が目立つが,製造業でも一般機械,電気機械,輸送機械などがとくに北米,欧州等の先進国向けを中心に拡大しており,第1次拡大期の12.6億ドル(年平均)から最近5年間平均で23.7億ドルヘ倍増している(第2-20図)。

第2-21表 海外直接投資の変動要因

  製造業の動きをやや詳しくみると第1次拡大期にはエネルギーコストや労働コスト面の有利性などもあり鉄・非鉄,化学,繊維などが高いウェイトを占めていたが,最近では自動車,自動車部品を中心とする輸送機械,家電,エレクトロニクスを中心とする電気機械,事務用機器,工作機械等の一般機械などで増加が著しい。55年度と60年度を比較すると,これら機械業種のウェイトは34.4%から63.4%へと大幅に上昇している。

  このように,今日我が国貿易財で比較優位を持ち,発展段階でも成長期に当たっているこれら商品での直接投資活発化は,前段で述べた商品サイクルを,生産,技術の移転によって圧縮化させる作用を持っていると考えられる。

  製造業の海外直接投資がどのような動機で行われているかは,かなり複雑であるが,いま,北米向け,アジア向けに分けて,直接投資を賃金格差,輸入割合,我が国設備投資などで回帰してみると(第2-2表),①賃金コストが有利化した場合,対北米,対アジア向けともある程度我が国の直接投資を促す。②我が国輸出が当該国の輸入に占める割合が高まると直接投資が増加する。これは,我が国にとって市場が拡大している場合にはその需要をより内部に取り込もうとするインセンティブが働くほか,輸入国側での制限的な動きが生じやすくなること等によると考えられよう。③我が国設備投資が活発な時は直接投資も増える。④輸入割合のかわりにアメリカの失業率や貿易収支等を総合的に表した経済緊張誘因指標を加えてみると,その相関はかなり高い。北米向けについては貿易摩擦回避型の投資動機が存在することを窺わせる。

  特に,貿易摩擦に対応して海外に進出しようとする傾向は機械業種を中心に最近かなり高まっており,例えば,当庁「企業行動に関するアンケート調査](61年2月調査)によれば,輸入規制への今後の対応策として「自社独自の海外現地生産」を挙げる割合が製造業全体で30.9%,加工型業種では46.2%,「外国企業との提携による海外現地生産」を回答した割合が製造業では38.5%,加工型業種では47.7%に達している。貿易摩擦回避型の直接投資は,地域によっては生産コスト面等で相対的に割高となる可能性もある。また,前述のような我が国の輸出競争力を支えた「技術」を育んだ優れた周辺産業の存在等のメリットを失うことにもなろう。しかし,企業経営の国際的展開の中で,単に輸出制限の回避やマーケットシェアの維持に止まらず,急速に内外市場が一体化する環境下での製品需要地生産のメリット(マーケットニーズの把握,アフターサービスの充実等)を享受し,また進出企業の優れた生産技術,工程管理技術により競争力そのものを高める努力が必要となろう。海外直接投資は,我が国企業経営の国際性に関する一つの試金石でもあろう。

  (直接投資の影響)

  海外直接投資は,単純には投資国にとっては,既往輸出を代替し,結果として国内生産に対しマイナスの影響を及ぼす可能性があり,アメリカでは従来から企業の海外進出に当たってこうした議論が行われていた。しかし,我が国については,通商白書によれば海外現地生産規模が製造業でみて国内生産の約2%(58年度)とアメリカ(約20%,1982年)に比べ,未だかなり低いことに加え,以下のような事情から,今までのところ現実的な影響は小さかったと思われる。

  昭和57年までの我が国海外直接投資の貿易収支への影響(これは極めて複雑であり,かつ広範にわたるため,そのすべてを分析することは難しい)を試算してみると(第2-22図),海外生産高を100とした場合,貿易収支の赤字化効果は海外生産がすべて輸出を代替するとした場合で66%(ケース①),海外生産が輸出の一部を代替するとした場合はわずかに3%(ケース②)となっており,現実には,この中間辺りにあると考えられ,海外生産が単純にその分の国内生産を代替するものではないことが分かる。これは,これまで現地生産に要する原材料・部品を我が国から調達するケースが特に機械産業では多かったこと(原材料輸出額),素材産業では,海外への生産移転によってこれまで輸入していた原料の輸入が減少すること(輸入転換額),現地生産が単に輸出の代替でなく,需要の伸びにつれて輸出を補完して行われる可能性があること,等が影響しているためである。

  って着実に増加することが見込まれ,また,貿易摩擦の高まりに対応する現地生産は輸出を代替する(輸出転換額)意味合いも強まると考えられ,さらにNICs諸国の技術力の向上とともに日本への逆輸入の増加も考えられる(逆輸入額)ため,貿易収支面への赤字効果は徐々に大きくなって行く可能性がある。

  (国際分業の進展と貿易構造の高度化)

  以上みてきたように,商品サイクルの成熟化や海外事業活動の活発化は国際分業の進展とともに貿易構造の変化をもたらしている。日米韓の輸出入特化状況を代表的産業について再掲しその国際間の移行状況を示したのが,第2-23図である。衣類,鉄鋼,自動車のいずれの産業も徐々にアメリカから日本へそして韓国へと移行し,同時に衣類から鉄鋼,自動車へと技術集約度の低い順にその過程が進行しており,産業が国際間で移動していることを窺わせる。ただ,こうした移行はその産業が全面的に後発国に移管するのではなく,産業内での付加価値の高い商品と低い商品とに先発国,後発国が特化することによって,新しい産業内分業が成立して行くという補完的作用を伴いつつ生じている。例えば我が国とアジアNICsのこうした産業内分業の現状を半導体,化学についてみると(第2-24図),半導体では,ダイオード,ゲルマニウム等の個別半導体は,我が国から輸出するとともにNICsからの輸入も多く輸出特化度は75%と集積回路に比べ低くなっているが,集積回路では輸出特化度は93%と我が国側の一方的輸出となっている。また,化学についても汎用的なポリエチレン,ポリスチレン,塩ビ樹脂等では,NICs輸入品の割合は相対的に高いが,情報機器等に使われるフェノール樹脂,アミノ樹脂,アルキド樹脂等の特殊樹脂では我が国からの輸出がほとんどとなっている。

  このように,アジアNICsの台頭と補完的関係を築く動きとともにそれを積極的に活用する企業内分業の動きもみられる。例えば,我が国機械産業の現地子会社の販売先をみると在北米子会社では現地販売は97%を占め,いわば消費地立地型の性格が強いがアジア子会社では現地販売は61%に止まり,12%は我が国へ逆輸出されているほか,27%は第3国輸出に振向けられているなど,アジア地区を生産拠点としてグローバルな活動を図っている姿が窺われる。

  企業のこうした国際分業体制の変革は我が国産業構造の高付加価値化とあいまって次第に我が国全体の貿易構造を変質させてきた。第2-25図にみるように我が国の貿易構造は,これまで長らく原燃料を輸入し,それを加工して輸出するいわゆる加工貿易型であったが,近年は輸入面では原燃料のウェイトが低下するなかで中間財を中心とする製品輸入がシェアを高める一方,輸出面では素材型商品のシェアが漸次低下し,機械類のような高度加工製品の割合が高まるなど,次第に加工貿易型から中間財輸入・高度加工製品輸出型へとその構造を高度化してきており,今後,この流れは国際分業の進展とともにより鮮明化していこう。

4. 円高の貿易・産業構造への影響

  (円高と黒字体質の改善)

  円相場は61年5月末で170円/ドル程度と直近のボトムだった60年2月に比べ約35%(欧州方式による)の大幅な上昇を示した。円相場の上昇は第1章でもみたようにそれ自身価格効果を通じて貿易収支に影響を及ぼす。それと同時に,企業活動の国際的展開や輸出商品の成熟化テンポを促進することで,我が国の黒字体質を変化させる可能性がある。その主要な誘因は以下の三点であろう。

  第1の要因は海外生産のコストが相対的に低下し,海外直接投資を促す可能性があることである。既に,我が国の海外直接投資に対し,賃金格差要因が有意な影響を及ぼしたとみられることを指摘した。いま,日本,アメリカ,西ドイツ,韓国につき84年の平均賃金(製造業)をベースに直近の為替レートと84年平均レートとでそれぞれドル換算し比較してみると(第2-26図),我が国の1人当たり賃金水準は170円/ドルの水準でみるとアメリカに対し54%から76%へと相対的に水準が高まることとなるほか,対韓国と比べた場合,84年実績ベースでは4.2倍だったものが170円/ドルでは6.4倍へと急激に不利化することが分かる。

  第2の要因は,為替変動リスクを分散しようとする動きが強まる可能性があることである。我が国の主要企業のうちとくに機械業種では,これまでの輸出成長の過程で売上高に対する輸出比率が4割近くまで高まってきたが,今回の急激な円高で為替相場変動に対する収益面の脆弱性を強く認識し,そうした為替変動の影響をなるべく中立化させるため,海外への生産にウェイトを置こうとする動きが強まってくる可能性がある。

  第3は中進国の追い上げが激しくなり,成熟商品ではそのサイクルが圧縮されて進行する可能性があることである。第2-27図①は80年から84年までの賃金コスト(ドル換算)を示したものであるが日米で比較すると我が国では,この間ドルベースでの賃金コストは,円安もあって0.3%の上昇に止まり,アメリカ(11.8%)に対し有利化したが,今回の円高(昭和60年平均239円/ドルから61年5月末170円/ドル程度へと約40%の上昇)によって,その有利性はなくなり,逆にかなり不利化したと考えられる。ただし,我が国とアメリカとの生産性上昇率をみると,1975年から84年までで,ほぼすべての業種で我が国が上回ってきており,今後ある程度はそれによって吸収し得る余地もあろう。しかし,対韓国との比較では,製造業のドルベース賃金コストでみて韓国は80年から84年で14%もの低下を実現しており,業種別の生産性をみても機械業種はともかく,素材業種では,生産性の伸びでも我が国をかなり土回っている業種が多い。このように韓国との対比で我が国の賃金コストが不利化している下で,むしろウォンの対円相場が下落している現状では,その格差は更に増幅されることとなり,とくに成熟過程にある素材製品や機械のうちでも汎用的なものは,その成熟化サイクルが圧縮されて表れる可能性が強い。既に,61年に入ってからの我が国のアジアNICsからの製品輸入は,化学,事務用機器,精密機械,鉄鋼などを中心に前年比1.3倍から1.6倍の増加となっており,対世界の伸びを大きく上回るとともに過去6年間のNICsらの輸入の平均伸び率よりもかなり高い増加を示しはじめている(第2-27図②)。

  (円高と輸入競合品産業)

  円高は単に輸出産業の競争力低下という問題としてのみならず,輸入品競合産業及び国内産業全般の調整問題として捉える必要がある。

  我が国はこれまで国内に競合産業が余りない原燃料の輸入が中心だっただけに,円高の輸入面への影響は,輸入品コストの低下という形でメリットが大きかったが,中進国が次第にキャッチアップしつつあり,製品輸入の割合が増加してきた今日では,コストの低下とともに輸入品との競合が産業調整問題として次第にその比重を高めてこよう。

  いま,卸売物価のうち国内品,輸入品の共通商品を取出して60年2月から61年4月までの変化率をみると(第2-28図),輸入品は,ウイスキー,絹織物,作業衣,乗用車等では値下がり率は小幅に止まっているものの,その他の商品ではおおむね3割程度下落している。国産品もウイスキー,タイル,乗用車,革靴などでは低下していないものの,その他の商品では輸入品価格の大幅な下落に伴って5~40%の幅でかなりの値下がりがみられる。特に国内需給の緩和している綿糸,綿織物,鉄くず等では,輸入品の下落を上回る価格低下が生じている。このような価格低下とともに,販売量への影響も無視し得ない。前記「企業行動アンケート調査」によれば,有力な輸入競合品がある企業のうち昨年9月下旬以降の円高によって「主力製品の国内販売に影響があった」とする企業の割合は66%に達しており,前回の円高時に比べその割合が上昇している(第2-29図)。なかでも価格,数量両面で影響が出るとする企業の割合は,前回円高時に比べ約2倍に増加しているほか,これまで影響はないとする企業の7割が,今後は影響が出るとしている。

  これら輸入品と競合する産業においては,コストの引下げや高付加価値商品への転換等によってその困難を克服していくことが期待される。

  (円高と国内産業の活性化)

  円高による国内産業の調整に関し重要な点は,国際競争にさらされることの少ない産業分野での活性化の問題である。

  アメリカでは1972年から1985年までで生産者物価,消費者物価はそれぞれ2.51倍(年率7.3%),2.57倍(同7.5%)とほぼ同程度の上昇率であったが,我が国では同じ期間に国内工業製品卸売物価,消費者物価はそれぞれ1.95倍(年率5.3%),2.44倍(同7.1%)と両者には大幅な上昇率格差が生じており,昭和30年代後半からみられた両者の乖離現象が2度の石油危機をはさんだ時期においても続いていることを示している。これは,卸売物価では高い生産性上昇率を示す機械業種等の貿易財が大宗を占めている一方,消費者物価には国際競争にさらされることが少なく,生産性上昇率が相対的に低い業種の財・サービスが多く含まれているためである(第2-30表①)。

  いま,我が国のいくつかの消費財等について,労働時間で測った実質価格をアメリカと比較してみると(第2-30表②),先のような事情を反映して,我が国で相対的に生産性上昇率の低い分野や高い土地価格の影響を受ける分野では,その価格がアメリカに比べ高い傾向がみられる。もちろん,こうした個別商品価格の比較に当たっては,商品の品質,規格の問題のほか,その国特有の諸条件(国民の嗜好,国土の広さ,気候,地理的条件等)に十分留意する必要があり,単純な比較は困難であることはいうまでもない。

  このように我が国経済に,貿易に強く関連し高い生産性上昇率を実現している分野と国際競争にさらされにくく低い生産性の上昇率に止まっている分野とが併存する中で,円高が進行する場合には,貿易財部門では限界的輸出産業や輸入品競合産業で構造転換のための調整コストが必要になるが,その結果として生産性が高まる。一方,国際競争にさらされることの少ない分野は,生産性の上昇が円高によりもたらされることがないため,消費者の実質的購買力は,円の対外価値の上昇ほどには向上しないという事態が生ずる。今後,生産性上昇率の低い分野や内外価格差が大きく広がっている商品については,生産性の向上や適正な競争の促進などにより内外価格差を是正する努力が極めて重要な課題となってきている。

5. 新しい成長の源泉

  (変化する黒字体質)

  我が国の経常収支黒字は,当面,円高のJカーブ効果や原油値下がりの影響,さらに1節でみたような不均衡の累積効果等もあってその縮小は容易ではないが,以上みてきたように,やや長い眼でみれば我が国の黒字体質は徐々に変化していく兆しも出てきている。中進国の技術的キャッチアップや為替面での不利化などから輸出商品の成熟化サイクルが圧縮化されて生ずる可能性が強く,また,成長商品における海外生産への移行の動き等が一層活発化してくると考えられるからである。

  (技術力の向上と内需の自立的成長源泉)

  上記のような黒字体質の変化に伴い今後,輸出の伸びが緩やかとなる一方,輸入の伸びが次第に高まってくるものと考えられるが,このことは,他の条件を一定とすれば,外需が我が国の成長や雇用の源泉とはならないことを意味しよう。

  第2-31図は,昭和40年代から最近までの実質経済成長率とそれに対する輸出の寄与を,①輸出による付加価値誘発効果,②それがさらに消費支出,投資へと波及した効果とに分けて示したものである。この分析による限りでは40年代半ばには,輸出による付加価値誘発効果,1次波及効果を合わせても成長への寄与は6分の1程度であったが,50年代の後半には,その寄与は5割以上に達しており,輸出の増加が我が国の成長に果たしてきた役割の大きさが示されている。

  今後の成長を考える場合,引き続き我が国としては,輸出の増加にある程度期待せざるを得ない。ただその場合,当然輸入の増加が並行している必要があると同時に,輸出商品も摩擦を引き起こしがちな相手国産業と競合するものからより技術集約度が高い高度な商品に転換していくことが長期的視点から極めて重要である。そのためにも,これまでのキャッチアップ型の技術開発から創造的技術開発が強く求められている。

  一方,内需面についても,40年代には,3Cをはじめとする物的消費ニーズが強く,住宅の量的充足への欲求も続いていたことから,設備投資の大型化の動きともあいまって主要な成長要因となっていた。50年代に入ってからは,内需による成長寄与は40年代と比較すれば低下したことは否めない。しかしながら,内需についてみると,物的量的充足に加え,サービスに対する需要や物についても質的充足を求める動きが強まるなどの点が指摘されている。今後は,内需においてもサービスや質的充足を求める動きを含めた新しい成長源泉を創出していくことは極めて重要な課題となってきている。