昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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第1章 円高下の日本経済

第6節 財政金融政策の動向

1. 行財政改革の推進と財政政策の動向

  (行財政改革の推進)

  政府は内外の環境変化の中で,臨時行政調査会及び臨時行政改革推進審議会(行革審)の答申等を最大限に尊重しつつ,国・地方を通ずる機構,制度及び施策の全般にわたり,その根本にまで遡った見直し・改革に取り組んでいる。60年度中の行政改革の進展についてみると,まず,60年4月1日から,電電公社及び専売公社の公共企業体としての経営形態が変更され,それぞれ日本電信電話株式会社及び日本たばこ産業株式会社として新たに発足するに至った。

  60年7月には行革審が,「行政改革の推進方策に関する答申」を提出した。これを受けて政府は,同答申を実施に移していくための具体的な手順・段取り等を盛り込んだ「当面の行政改革の具体化方策について」を9月に閣議決定した。

  このうち規制緩和に関する事項の一部は第103回臨時国会に規制緩和一括法案として提出され,成立をみた。

  また,12月には「昭和61年度に講ずべき措置を中心とする行政改革の実施方針について」(いわゆる61行革大綱)を閣議決定したが,この実施方針等に沿って,第104回通常国会に26件の行政改革関連法案が提出され,安全保障会議の設置,特殊法人の民間法人化など14件の成立をみた。

  行政改革の最重要課題の一つである国鉄の改革についても,7月に国鉄再建監理委員会から内閣総理大臣に対し,国鉄の現行経営形態を改め分割・民営化することを基本内容とした「国鉄改革に関する意見」が提出された。これを受けて政府は,同意見を最大限尊重し,改革の実施を図るため,10月に「国鉄改革のための基本的方針について」を閣議決定し,次いで余剰人員雇用対策,長期債務等の処理方策等についても,それぞれ閣議決定を行った。さらに,これらの方針に沿った国鉄改革関連法案を第104回通常国会に提出し,このうち「日本国有鉄道の経営する事業の運営の改善のために昭和61年度において緊急に講ずべき特別措置に関する法律」は5月に成立した。

  さらに,61年6月には行革審から,その最終答申として「今後における行財政改革の基本方向」が提出されたが,政府は,この答申を最大限に尊重しつつ,国,地方を通ずる行財政の改革を引き続き推進することとし,逐次所要の施策を実施に移すものとする旨閣議決定した。

  (財政政策の推移)

  我が国財政を取り巻く環境には一段と厳しいものがあり,財政の改革を強力に推進し,その対応力を回復する努力が続けられている。60年度予算においても,一般歳出(一般会計歳出から国債費,地方交付税交付金を除いた部分)は3年連続して対前年度減額となり,一般会計歳出の規模も,前年度比3.7%増に抑制された。また,地方財政計画においても,おおむね国と同一の基調にたち,経費全般について,その抑制が徹底して行われた。

  こうした中で一般会計の公共事業関係費は,前年度比2.3%減となったが,財政投融資等の活用により一般公共事業の事業費としては前年度を上回る水準(3.7%増)を確保することとなった。また,上半期における公共事業等の執行については,景気の動向に応じて機動的・弾力的運用を図るとともに,各地域の経済情勢に即した適切な施行を行うよう配慮された。

  10月の「内需拡大に関する対策」では,公共投資については,国庫債務負担行為4500億円(事業費ベース)など総額1兆8000億円程度の事業規模の追加を行うこととされた。さらに12月の「内需拡大に関する対策」では国庫債務負担行為を更に1500億円追加すること等が決定された。これらの決定に従い,60年度の補正予算で一般会計及び特別会計において,公共事業に係る国庫債務負担行為3987億円が追加計上され,これにより事業費として6000億円が確保された。

  60年度の公共工事請負金額は,前年度比3.4%増となった。また,地域別にみてもほとんどすべての地域で,前年度を上回った。なお,GNPベースの公的固定資本形成(実質)は,60年度全体では日本電信電話公社,日本専売公社の民営化の影響があって,前年度比6.9%減となった。四半期別にみると,前期比で4~6月は民営化の影響により7.7%減となった後,7~9月,10~12月はそれぞれ2.7%増,2.1%増と堅調に推移し,61年1~3月には,0.6%減となった。

  (厳しく編成された61年度予算)

  61年度予算についても,制度,施策の見直しを行うなど歳出の徹底した節減合理化を行うとともに,歳入面においても見直しを行い,公債の減額に最大限の努力を払うこととして編成された。

  この結果,一般歳出の規模は58年度以来4年連続して対前年度減額となり,一般会計歳出の規模も前年度比3.0%増の54兆886億円に抑制された。こうした中でも,補助金等については,すべてこれを洗い直し,既存の制度・施策の見直しを行うなど,量的・質的両面にわたり,徹底した整理合理化を行っている。また,地方財政計画においても,おおむね国と同一の基調にたち,生活関連施設の整備等に必要な地方単独事業費の確保に配意しつつ,経費全般について引き続き徹底した節減合理化が図られ,その総額は,前年度比4.6%増となった。

  一方,内需振興等の要請の中で第二の予算といわれる財政投融資計画については,内需の拡大,地方財政の運営など政策的な必要性を踏まえ,資金の重点的,効率的な配分に努めることとされた結果,その規模は22兆1551億円,前年度比当初6.2%増となり,近来なく増加した。

  一般会計の公共事業関係費については,厳しい財政状況の中で規模が圧縮され,一般会計では,6兆2233億円,前年度比2.3%減と3年連続してマイナスとなった。しかしながら,内需拡大の要請に対応しつつ,社会資本の計画的,着実な整備を推進するため,種々の工夫を行うことにより,一般公共事業の事業費としては13兆5472億円(前年度比4.3%増)を確保することとなった。

  また,61年4月の「総合経済対策」及び5月の閣議決定「昭和61年度上半期における公共事業等の事業施行について」において,61年度の公共事業等の事業施行について,上半期における契約済額の割合が過去最高を上回ることを目指して,可能な限り施行の促進を図ること,事業の配分に当たっては,各地域の経済情勢等に配慮すること,また地方公共団体においても,これに準じて事業の円滑な施行を図るため必要な措置を講ずるよう要請すること等が決定された。さらに同月の公共事業等施行対策連絡会議第1回会合において77.4%を目指して適切な公共事業等の施行を図ることが了承された。

  一方,歳入面においても,税制全般にわたる抜本的見直しとの関連に留意しつつ,住宅取得者の負担の軽減,民間活力の活用等を通じ内需の拡大等に資するため所要の措置を講ずるとともに,最近における社会経済情勢と現下の厳しい財政事情に顧み,税負担の公平化,適正化を一層推進する観点から租税特別措置の整理合理化等を行うほか,たばこ消費税の税率を臨時措置として引き上げることとされた。これらの税制改革の結果,61年度予算においては,初年度3410億円,平年度1540億円の増収が見込まれている。

  (税制の抜本的見直し)

  戦後の我が国の税制は,シャウプ勧告以来35年を経過し,最近の経済社会の変化を背景に様々なゆがみ,ひずみや重税感が指摘されるにいたっている。このような状況にかんがみ,税制調査会は60年9月内閣総理大臣の諮問を受けて,税制の抜本的見直しに着手した。税制の見直しに当たっては,諮問に述べられた公平,公正,簡素,活力,国民の選択などの諸概念を踏まえるとともに,国際性という視点にも配慮しつつ検討が進められてきた。また,税制の抜本的見直しは,税収増を目的とするものではなく,一方,現在の負担水準や財政状況などに顧みれば,税収減をもたらすものであってはならず,その眼目は税制のゆがみ,ひずみを除去し,安定的な歳入構造を確保することである。審議のとりまとめに当たっては,まず,税負担の軽減,合理化のための方策について明らかにし,次いでその財源確保のための方策等を含めた税制改革の全体的方向について明らかにすることとされた。

  61年4月,税調の特別部会より中間報告が提出され,まず,個人所得課税及び法人課税の負担の軽減・合理化に資する方策を中心に部分的に定性的な方向が示された。

  我が国の個人所得課税についてみると,その負担水準は諸外国に比べ相当低い状況にあるが,税率の累進構造から生ずる中堅所得階層を中心とした負担累増感の問題と,各種所得者間の不均衡感の問題が存在することは否めない。

  税率構造については,既に59年度の税制改正において,中堅所得階層の負担の緩和にも配慮しつつ,よりなだらかな累進構造を実現させる等の見地から,所得税や住民税の最高税率を引き下げ,また,所得税の税率の刻み数を減らす等の措置が採られたところである。中間報告では,税率構造全体として累進度を相当程度緩和し,簡素化を図るため,所得税と個人住民税を合計した最高税率を6割台に引き下げるとともに,税率区分の幅を拡大し,刻み数を大幅に削減する方向が示されている。

  サラリーマンの場合,事業所得者に認められている夫婦間の所得分与の方法や,実額による経費控除が認められていないことが,不公平感の一因と考えられる。そこで中間報告では,家事労働を行う配偶者の他方の配偶者の所得稼得への貢献といった事情をしん酌して特別控除を設けることや,給与所得者の勤務費用について実額控除が選択できるようにすることが示されている。

  一方,我が国の法人企業の税負担についていわゆる実効税率によりその推移をみると現在では5割を超えるに至っている。今後における法人課税の税率水準について,中間報告においては,我が国の税体系に占める法人課税の地位が先進諸外国に比して格段に大きいことに留意しつつ,諸外国の法人税率が概して低下傾向にあることにも配意し,そのあり方につき検討を行うべきであるとされた。そして,財政事情や財源確保の可能性にもよるところであるが,中期的にみて実効税率が5割を下回ることとなるように検討していくのが適当であるとされている。加えて,中間報告においては,税率水準と同時に,租税特別措置,引当金その他の課税ベースの在り方や,法人税・所得税の負担調整に関する基本的仕組みについても見直しを行うべきことが示されている。

  今後は,これら個人所得課税,法人課税の軽減・合理化方策の財源措置を含めた税制改革の包括的指針をとりまとめるべく,資産課税及び間接税並びに利子課税等所得・法人課税のうち残された問題について検討が進められることになっている。

  (国債の問題)

  以上見てきたように,財政改革は歳出歳入の両面から最大限の努力が払われており,その結果,新規に発行される国債の額は毎年度の予算において極力圧縮が図られている(61年度予算では,対前年度比7340億円減の10兆9460億円)。しかしながら,50年代を通じ急激に増加した国債(内国債)残高は60年度末には136.6兆円に上り,外国債,借入金及び政府短期証券と合計した政府債務残高は163.6兆円に達している。

  50年度以降の国債の大量発行の過程では,巨額の国債が発行,消化,流通の各局面において国民経済に円滑に受け入れられるよう種々の工夫や努力が重ねられてきた。すなわち,52年1月には割引国債の発行,53年6月には中期国債の公募入札,58年2月には超長期債の私募発行がそれぞれ開始されるなど国債の種類の多様化が図られるとともに,58年4月には銀行等による国債の窓口販売の開始,59年6月には銀行等によるディーリング(営業として行う既発債の売買)業務が開始されるなど国債の安定的な消化及び流通の円滑化を促進する措置が採られてきた。

  このように国債の種類の多様化等の措置が講じられてきたが,従来その発行の中心は10年債であったため,50年代を通じ発行された国債は60年度以降次々に償還期を迎え,償還に要する財源は60年度には10.3兆円,65年度には21.1兆円に達するものと見込まれている。これらの国債の大量の償還・借換えに円滑に対応するため,60年度には,①年度内に償還される短期の借換債の発行,及び②年度を越えた借換債の前倒し発行が可能になるよう所要の法改正が行われた。実際にも,60年度中に,短期国債約1兆円,61年度の借換債約1兆円の前倒し発行が行われた。また,国債の償還財源の充実に資するため,日本たばこ産業株式会社及び日本電信電話株式会社の株式の一部を国債整理基金特別会計に帰属させることとされた。

2. 金融の自由化と金融政策の動向

  60年度も金融の自由化が進展する中で,金融政策は引き続き緩和基調が保たれた。58年10月以来5.0%の水準にあった公定歩合は,61年1月,3月,4月に0.5%ずつ,計1.5%引き下げられ,各種の金利もこれに伴って低下した。

  (金融自由化の進展とマネーサプライ)

  60年度中も引き続き金融の自由化が進められた。60年3月の市場金利連動型預金(MMC)導入に続いて,6月には円建銀行引受手形(BA)市場の創設,また10月には預入単位10億円以上,61年4月には5億円以上の大口定期預金についての金利規則が撤廃された。一方,短期金融市場においては,証券会社によるCD及びBAの取扱い開始,公共債市場においては,銀行等に対するディーリング認可の拡大等,それぞれ市場仲介者の拡充が図られた。

  金融の自由化に伴う自由金利型金融商品の導入は,金融資産の構成にも影響を及ぼしてきている。金融の量的指標としてマネーサプライの推移をみると,M2+CDの平均残高(前年度比)は,58年度7.5%増,59年度7.8%増の後,60年度は8.7%増とやや高い伸びになった。この間,M1(現金通貨と預金通貨)の平均残高は,落ち着いた推移を示しており,マネーサプライの動向は準通貨(定期性預金),特に金利自由化が積極的に進められている法人保有の準通貨に影響されていることが分かる。

  そこで,第1-67図によって,M2+CD(月末残高)の対前年比増加寄与度の推移をみると,10億円以上の大口定期預金金利が自由化された10月以降,一般法人準通貨の寄与度が大きくなっている一方,CDの寄与度が小さくなっているのが特徴的である。また,末残ベースでみた短期的な変動は,預金通貨の動向にかなり影響されているが,年明け以降預金通貨の寄与度が低下しているのは,金利引下げを前に企業が手許流動性の圧縮を図ったためとみられる。

  (長期金利の動向)

  公社債の流通市場は,50年度以降の国債の大量発行,投資家の資金運用二-ズの高まり及び銀行等による公共債の窓口販売,ディーリング業務の開始等により順調に拡大している。60年度の債券売買高(東京店頭市場売買高)は2515兆円と,前年度の798兆円に比べ三倍以上に増加した。これは,金利先安感を反映して,機関投資家,一般事業法人及び債券ディーラー等が長期国債中心にキャピタル・ゲイン追求の短期売買を活発化させたこと,並びに,60年6月にディーリング業務を行う銀行等が増加するとともに,ディーリング開始後一年経過した銀行等について取扱い債券にかかる残存期間の制限が解除された(いわゆるフルディーリング)ことによるところが大きい。

  長期金利(長期債の流通相場)の動向をみると,59年秋口以降趨勢的に低下を続けていたが,60年10月下旬に,後に述べるように日本銀行の市場調節態度を反映して短期金融市場の金利が急上昇したことにより,金利先安感が後退し急上昇した。しかし,11月中旬以降,米国債券相場及び円相場の堅調等を反映して低下し,年明けに米国債券相場の軟調を反映して一時上昇したが,その後円相場の上昇,3度にわたる公定歩合の引下げに伴う短期金利の低下もあり,再び低下した。

  こうした長期金利の低下は,市場参加者の金利低下期待の強まりを反映したものであるが,その背景としては,①基本的には,金融緩和過程を通じて資金が潤沢に供給される一方で,企業の長期資金需要が伸び悩み,金融機関の長期資金運用意欲が高まったこと,②短期金利の低下に伴う長期債保有のファイナンス・コストの低下や短期資金運用意欲の減退,③国際資本移動の活発化に伴い,60年秋以降の米国の長期金利の低下が内外金利の裁定関係を通じて影響を及ぼしたこと,等が挙げられる。

  このことを定量的に把えるため,長期金利関数を推計してみると(第1-68図),国内の短期金利,米国の長期金利,国債売買回転率,国債発行残高及び卸売物価上昇率が長期金利に比較的有意に影響を与えていることが分かる。特に,国債の売買回転率はフルディーリングの開始以降,金利低下局面では急速な上昇がみられ,市場参加者の金利低下期待を表しているものと考えられる。

  (債券先物市場の創設)

  上述のような債券流通市場の規模の拡大に伴い,債券の価格変動に対するリスク・ヘッジの必要性の高まり,また国際金融資本市場育成の観点から,59年12月証券取引審議会は,長期国債を取引対象とし,機関投資家中心の債券先物取引市場を創設することを提言した。この提言に従って,60年10月に東京証券取引所に債券先物市場が創設された。

  先物取引は,利用目的別にヘッジ取引,裁定取引,投機取引に大別できるが,その中でもヘッジ取引は,近年の国債流通市場の拡大に対応して,機関投資家,金融機関,一般事業法人等の保有する債券の在庫の価格変動リスクを低減する有力な手段となるものである。

  ヘッジ取引とは,現物の価格変動リスクを減少させるため,先物市場で反対方向のポジションを取得する取引である。これによって,現物市場の価格変動リスクを,現物価格と先物価格との差(ベーシス)の変動リスクに置き換えることが可能となる(付注1-8)。そして,このベーシスの変動リスクは,現物価格そのものの変動リスクより小さいため,保有債券のリスク管理が容易となる。第1-69図は,現物価格と先物価格,及びベーシスの推移を示したものであるが,これによれば,現物価格と先物価格との連動性が極めて強いものとなっているため,ヘッジ取引を利用することによって,現物価格の変動リスクを,より小さいベーシスの変動リスクに置き換えることが可能であった。したがって,債券先物取引は,価格変動リスクをカバーするためのヘッジ取引として,有効に機能していると言えよう。

  (短期金利の動向)

  短期金融市場の規模は近年順調に拡大している。60年度についても,インターバンク市場では手形市場の残高がかなり増加した(60年度平残11.0兆円,対前年度比57.3%増)。オープン市場でもCD市場,現先市場がその規模を拡大している。債券現先市場は,CD市場の発展もあって近年その規模はやや縮小気味であったが,61年に入って日本銀行の政府短期証券(TB)市中売却が現先方法で行われるようになったこと,短期国債の現先売買高が拡大したこと等もあり,60年度末残高は6.3兆円,対前年度末比62.0%の増加となった。

  短期金融市場における金利の推移をみると,58年10月の公定歩合引下げ以降安定的に推移してきたが,60年10月下旬に,日本銀行が為替レートに配慮して資金不足の需給地合いをそのまま市場金利に反映させる市場調整を行ったことから,インターバンク金利が急上昇し,オープン市場金利もインターバンク市場との裁定関係から上昇した。

  59年秋口以降,長期金利の低下及び短期金利が高止まる中で,長短金利の格差縮小,逆転という現象が生じた。これまでにも金融引締め期において短期金利の急騰によって,こうした長短金利の逆転という現象が生じたことはあった。

  しかし,今回は,金融緩和過程において短期金利が高止まる中で,長期金利の低下傾向が続いた結果であるという点に特徴があった。10月下旬以降の金利の上昇局面では,長短金利は一時的にかなりの上昇を示し,その過程で長短金利の逆乖離の幅が拡大する局面もあった。

  短期金利は,円高が次第に確実なものと受けとめられ,日本銀行が12月中旬以降市場調節態度を変化させたことなどから低下し,年明け以降は資金需給が余剰期に入るとともに,1月下旬に公定歩合が引き下げられたため一段と低下した。公定歩合はその後,3月,4月にも引き下げられ,長短金利が低下する中で逆乖離幅は次第に縮小し,4月以降は長短金利の逆転現象も解消した。

  (公定歩合と貸出金利の低下)

  金融緩和は55年8月の公定歩合引下げ開始以来,6年近くに及んでおり,この間公定歩合は通算5.5%引き下げられた。前回の金融緩和は,第1次石油危機後の金融引締めの後,50年4月から54年3月までの5年間であったので,今回の緩和は既にそれを約1年上回っていることになる。公定歩合引下げに伴う,銀行のプライムレート(最優遇貸出金利)と約定平均金利(全国銀行)の推移を,長期,短期に分けて前回と今回の金融緩和期を比較してみると(第1-70図),特に,長期プライムレートの動きに変化がみられる。すなわち,短期プライムレートについては,公定歩合,預金金利の変更に伴い一定の幅をもって連動する形がなお保たれている。これに対し,近年の債券流通市場の拡大に伴い,国債をはじめ各種長期債の発行条件は流通市場の実勢を反映して弾力的に改定されるようになってきている。このため,金融債の発行条件にスライドして変更される長期プライムレートも図に示されるようにかなり頻繁に変更されるようになっている。このため,今回の緩和期においては過去の緩和期と違って,公定歩合が一年以上変更されないような状況の下でも長期プライムレートがたびたび変更され,長期貸出金利の変動にもその影響が及んでいる。また,短期貸出についても,いわゆるスプレッド貸しの形態で,短期金融市場の金利に直結した貸出金利の設定が一部で行われるようになっている。

  このように,最近の金融市場の動向を反映して,公定歩合と貸出金利との関係にも変化がみられる。今後の金融の自由化の一層の進展は,貸出金利と市場金利とのつながりを強め,市場原理をより有効に機能させる方向に働くものと考えられる。


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