昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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第1章 円高下の日本経済

第4節 国内生産と雇用の動向

  生産活動は,鉱工業生産が,輸出が横ばいとなる中で,弱含んだが,第三次産業が着実な伸びを続けるなど業種によりばらつきがみられる。こうしたことも反映して雇用の改善傾向は緩やかなものにとどまり,このところ雇用情勢は弱含みに推移している。また,物価の安定は依然続いており,それにもかかわらず,実質賃金の伸びは緩やかなものにとどまっている。

1. 弱含みに推移した鉱工業生産

  鉱工業生産は,58年初から急速な増加に転じ,59年度は前年度比9,9%増と順調に増加したが,60年度に入って年央から弱含みに推移し,3.5%増にとどまった。四半期別にみると,60年1~3月期には9期ぶりの前期比減少となった後,4~6月期には,一時増加したが,7~9月期からは,弱含み傾向で推移した。

  このように60年度に入り年央から鉱工業生産が弱含みに推移したのは,①国内需要が緩やかに増加する中で,輸出が横ばいで推移したことに加え,特に61年に入って製造業設備投資の増勢が鈍化したこと,②こうした需要の動きの中で,電気機械,鉄鋼等の一部の業種で在庫が積上がりをみせ,市況が低迷し,在庫調整が行われたことによる。また,急速に円高が進展したことは,第3節で述べたようなメカニズムを通じてこうした傾向を強める影響を与えたと考えられる。

  (低下基調となった輸出向け出荷)

  まず,鉱工業生産が弱含みに推移した要因を明らかにするため,鉱工業出荷の動きをみよう。鉱工業出荷は,年度当初に増加した後,弱含み一進一退の推移となった。これを内外需別にみると(第1-27図),59年度に高い伸びを示した輸出向けは,年度当初乗用車の輸出増等アメリカ向けを中心に持ち直したが,その後,低下基調で推移した。一方国内向けをさらに財別に分けてみると,生産財が半導体素子・集積回路,鉄鋼製品の減少などから低調に推移する中で最終需要財は,堅調な動きを続けていたが,年度末になり,弱含んだ。これは,消費財が緩やかながら着実な増加を続け,建設財が緩やかに持ち直す一方で,堅調な動きを続けていた資本財が,製造業の設備投資活動の増勢鈍化を反映して減少したことによるものである。

  (積み上がりのみられた在庫)

  次に鉱工業生産が弱含みに転じた第2の要因について生産者製品在庫の動きをみよう。今回の景気上昇局面における生産者製品在庫の動向には二つの特徴がみられた。その第一は,全体としての生産者製品在庫率の上昇が緩やかだったことである。これは,在庫水準を考慮しつつ生産調整を行う業種が多かったためと考えられる。このため,60年央以降には出荷が弱含みとなる中で,在庫は大幅に積み上がることなく弱含み横ばいで推移した。しかしながら,在庫率は上昇傾向で推移し,61年1~3月期(平均)には,101.5と前回の景気局面で在庫率が高まりをみせた55年7月(102.6)に近い水準にまで積み上がった。

  60年度に入ってからの生産者製品在庫の上昇は,半導体素子・集積回路を中心とする電気機械,輸出が急速に減少した鉄鋼業に加え,窯業・土石,紙パルプ,繊維などでもみられた。こうした動きを反映し電気機械,鉄鋼等では在庫調整が行われ,電気機械では半導体素子・集積回路を中心に在庫調整の進展がみられたが,鉄鋼等では在庫調整の進展が遅れており,依然高水準にある。さらに年度下期に入り新たに一般機械等で在庫の積み上がりがみられた。

  第2の特徴は,景気上昇期としてはかなり早い段階から在庫率が上昇している業種が広がっていたことである。どの程度の業種で在庫が上昇しているのか,その広がりをみるため,業種別製品在庫率DI(在庫率の季節調整値の三か月前比が上昇している業種の割合)(第1-28図)を試算してみると,59年初からDIは50%を超えていることが分かる。59年の在庫率DIの上昇は,出荷の好調な推移により在庫の積み増しが行われていたためと考えられるが,60年初に,在庫率DIが更に上昇したのは出荷の伸びが鈍化し在庫がやや積み上がり気味となったことによるものとみられる。その後は,引き続き在庫の積み上がりがみられる業種や,在庫調整の進展がみられる業種があるなどばらつきがみられ全面的な積み上がり局面を迎えるには至らず,在庫率DIは低下傾向となった。在庫率が上昇する業種が減少する傾向にあることは,在庫調整の進む業種の広がりを示すものである。しかし,全体としての製品在庫率は高まってきていることからそれが企業の生産態度に与える影響についてなお十分な注意が必要である。

  そこで在庫投資関数を推計し,最近の企業の在庫投資態度を詳しくみてみよう。第1-29図は製品在庫投資の変動を要因分解したものであるが,これによれば中期的にみて在庫投資の変動幅は以前よりやや小さくなっており,これには在庫管理技術の進歩とともに適正在庫水準が趨勢的に低下していること及び物価の安定を反映して投機的な投資がほとんどみられないことが寄与しているとみられる。また,出荷が弱含みとなっていることから,58,59年度にみられた出荷見込みによる積み増しはなくなっている。また,ストック調整要因は在庫投資を縮小させる方向に働いている一方で,意図せざる在庫による積み上がりが60年末に再び顕著になったことが分かる。61年1~3月期においては,半導体素子・集積回路を中心とする電気機械の在庫調整が進展したこともあって製品の在庫投資は,前期に比べ減少した。しかし,全体としての在庫水準から判断すると,在庫は引き続き調整が必要な局面にあると言えよう。

  ところで,流通在庫は,60年度末にかけてかなりの積み上がりがみられ,これが今後の製品在庫の動向にどのように影響を与えていくか注目される。そこで流通在庫の内容を販売業者在庫指数で業種別にみると(第1-30図),素材関連商品の積み上がりもあるものの,自動車,写真機・時計などの上昇の寄与が大きい。こうした業種はむしろ販売が堅調であったことにより,積極的に在庫を積み増したという性格が強いとみられ,流通在庫の積み上がりは必ずしも意図せざる積み上がりによるものとは言えないことが分かる。なお,GNPベースの実質民間在庫投資は,58年1~3月期を底に最終需要の増加に見合った積み増しが行われてきたが,60年度に入ってからは,在庫の積み上がりもみられたことから,一進一退となり,60年度は前年度に比べ10。9%の減少となった。

  (業種別にみた生産・出荷の動向)

  60年度に入り年央から鉱工業生産が弱含みに転じた要因を業種別の生産・出荷動向からみてみよう(第1-31図)。まず,加工型業種では,全体としては一進一退の推移となったが,業種別の内訳をみると年度内で好不調の業種交替がみられた。すなわち,年度上期には,生産全体をリードしてきた電気機械の増加テンポが鈍り,年央からは減少傾向を示した。電気機械の鈍化は,年度上期の鉱工業生産鈍化の主因となった。しかし,下期に入ると,電気機械が年末以降持ち直す一方で,これまで比較的堅調な増加を続けてきた一般機械が減少傾向に転じ,在庫の積み上がりがみられた。さらに,61年に入ってから,精密機械が輸出の減少を主因に減少した。次に各業種ごとの動向についてみよう。

  電気機械は高い伸びを続けてきたが,60年央以降急速に減少した。その内訳を品目別寄与度によってみると(第1-32図),最近の電気機械の動きは半導体素子・集積回路とVTRなどのラジオ・テレビ・音響装置の動きによるところが大きいことが分かる。とくに,半導体素子・集積回路は60年下期より,減少傾向にあり,その減少幅も大きかった。これは,アメリカのパソコン不況等を背景として半導体素子・集積回路を中心に60年初来輸出の伸びがなくなったことに加え,国内向けも総じて盛り上がりを欠く中で在庫が積み上がり,企業の生産態度が慎重になって在庫調整が行われたこと等による。しかし,年末以降には,出荷が輸出向け,国内向けとも,電子計算機,VTR,半導体素子・集積回路の持ち直しなどにより再び増加に転じ,半導体素子・集積回路を中心に在庫調整も進展したことから,生産も年末より増加をみせるようになった。

  一般機械の動向をみると生産は,60年9月から61年3月までに9.4%の大幅な減少となった。その内訳を品目別寄与度によってみると(第1-33図),ほとんどの品目で減少しているが,金属加工機械,化学機械等,製造設備用資本財比率の高い品目の寄与度が高い。金属加工機械の中ではFA関連の設備投資増加を背景に年度上期まで好調に推移していたNC工作機械,マシニングセンター等NC関連品目が減少しているのが注目される。その他には一般機械部品,事務用機械が10月以降減少している。また,内外需別出荷をみると,輸出向けはなお若干増加しているのに対し,国内向けが急速に減少していることが分かる。以上のように一般機械の中でも国内向け資本財,とりわけ製造設備用資本財の減少が目立っていることから,一般機械が減少局面に転じた主因は国内の製造業設備投資の増勢が鈍化したことにあると考えることができる。

  輸送機械についてみると,船舶・鉄道車両は減少したが,乗用車は輸出がアメリカ向けを中心に増加し,国内向けも新車の投入が活発であったこと等により好調であった。このため船舶,鉄道車両を除くと輸送機械の伸びは前年度比7.0%と比較的高いものとなった。しかし,年度末には乗用車が対米輸出自主規制枠の影響により減少したほか,トラックが輸出向けを中心に減少したことなどから自動車全体として弱含みがみられた。

  一方,素材型業種は,全体としてやや減少気味に推移した。すなわち,鉄鋼は,アメリカ向けの輸出自主規制の影響,中国向け輸出の減少で輸出向けが急速に鈍化,減少に転じ,内需向けも自動車向けが好調を維持したものの,その他の部門の需要が低調だったことから出荷が伸び悩んだ。このため在庫が積み上がり,国内市況が低迷を続ける中で在庫調整が行われた。繊維は需要が中東向けの低迷等による輸出不振などにより伸び悩んだことに加え,綿を中心とした輸入の増加などによる供給圧力の増大により市況が下落したことから生産調整が行われ,弱含みとなった。

  (調整局面から緩やかに回復する半導体生産)

  第1-32図でみたように電気機械の生産の鈍化の中でも半導体の生産の低下は大幅であった。しかし,年度下期には,半導体素子・集積回路の回復等により電気機械は持ち直し傾向にあり,鉱工業生産全体が弱含み傾向を続ける中で注目される。そこで以下では,半導体についてより詳しくみておくことにしよう。

  59年に至るまでの5か年に平均39.7%の成長率を記録した半導体集積回路の生産は,60年年初より,調整がみられた(第1-34図)。生産の伸びは急速に鈍化し,60年6月には生産金額で,7月には数量ベースで前年を下回り,在庫率も急激に上昇して,半導体集積回路在庫月数(生産者)は,59年9月の0.53か月から,8月には1.85か月とこれまでのピークに達し,価格も急速な低下を示した。半導体集積回路の平均出荷単価は,60年に入り急速に低下し,特にMOS型メモリの値下がりが激しい。

  こうした中で半導体は在庫調整が行われるとともに,在庫月数は除々に減少し,61年4月には1.22か月までになり,またアメリカのBBレシオも60年秋から上昇しはじめ,61年からは1を超え,4月には1.17にまで回復した。こうして,出荷が持ち直し,在庫率の低下がみられたことから生産は回復の方向に向かっていると考えられる。しかし価格は,下げ止まりをみせたものの依然低迷しているため,金額ベースではなお停滞している。また,アメリカのBBレシオも,5月には1.10に低下しているなど最近の動きはやや鈍く,アメリカ市場には不透明感が残っている。

  半導体には「シリコン・サイクル」と呼ばれる循環があることが知られている。すなわち,半導体を使用する最終製品の市場が好況になり,半導体が不足気味になると仮需が発生し,需要が過熱する。しかし,需要の鈍化とともに意図せざる在庫が増加し,生産調整が行われる。その後新たな最終需要製品市場の拡大に伴い再び半導体需要は上昇する。こうした循環は,世代交代による高集積度化に伴いビット当たり単価の低下と容量の拡大による一個当たりの機能の向上とあいまって新しい需要分野の拡大がもたらされる中で生みだされてきた。不況の深刻化の中で発表された,日本電子工業振興会「電子工業の長期展望」(60年8月)も,半導体の中長期的需要を65年にかけて年率29.1%と高い伸びを示すと見込んでいるように,半導体の不況は一時的・循環的なものと解されていた。最近の動きは半導体がシリコン・サイクルの下降局面から上昇局面に転じたことをうかがわせるものがある。しかし,製造業の生産活動が弱含んでいる中で半導体需要も今一つ力強さに欠けており,アメリカ市場も足踏み状態にあることから,本格的な回復にはしばらく時間がかかる可能性がある。

2. その他の生産活動

  (着実な伸び続く第三次産業)

  59年の経済活動別国内総生産(名目)をみると,第三次産業のウエイトは52.3%となっており,鉱工業生産の30.2%,建設業の7.5%に比べ,国民経済全体に占める比重は高まっている。

  第三次産業の生産活動の状況を第三次産業活動指数によってみると,60年度は前年度比3.2%増となり,59年度の4.1%増を下回ったが,鉱工業生産指数の伸びが大幅に鈍化したのに対して,緩やかではあるが着実な伸びを示した。

  これは,経済の拡大に伴う,資金需要の増加,生産活動に関連したサービス需要の高まり,荷動きの活発化等を反映して,金融・保険業が高い伸び(11.1%増)となったほか,物品賃貸業(16.7%増)を中心とした対事業所サービス業も堅調(7.4%増)だったことによる。

  (堅調に推移した建設投資)

  60年度の建設業の生産活動を実質建設投資額(建設投資推計)でみると,その約半分を占める民間建築の増加に支えられて,前年度比4.2%増となった。

  内訳をみると,建築は住宅,非住宅とも前年水準を上回り,土木は公共事業が増加に転じたが,公共事業以外は減少した。全体として,60年度の建設投資は堅調に推移したと言える。

  (前年度をわずかに上回る農業生産)

  60年度の農業生産は,農業生産総合で前年度をわずかに上回ると見込まれる。これは,耕種生産が米の2年連続の豊作や果実,麦類等の増加から豊作であった前年度をわずかに下回る程度になったこと,畜産生産が,豚,ブロイラー,生乳等を中心に増加し前年度をやや上回ったことによる。なお,60年度の農産物生産者価格は,野菜価格が上昇したものの生産者米価が据置かれたことや生産の増加した果実や畜産物の一部で価格が下落したことなどにより,前年度並の水準となった。

  我が国農業の動向をみると,需給については,米をはじめとして全般的な緩和傾向がみられる。まず,米については,生産過剰基調にあることから生産調整が行われており,水田面積の約20%にあたる57万4千ha(60年)が転作の対象となっている。みかん等他の多くの農産物についても需給は緩和傾向となっている。他方,自給率が低く生産の拡大が図られている麦や大豆の生産拡大は緩やかなものとなっており,なお供給の大部分を輸入に依存している。

  また,土地利用型農業を中心に生産性の向上に立ち遅れがみられ,我が国農業はより一層の生産性向上が求められている。このため,経営規模の拡大,生産基盤の整備,技術革新の推進等が必要である。経営規模の拡大を進める上では,最近,土地利用型部門にも緩やかながら農地流動化の進展していることが注目される。60年農業センサス(概要)においても耕地の貸借が経営耕地面積の5.6%(55年)から7.0%へ拡大している。また,農業就業者の高齢化が進行しており,高齢農家と中核農家の間の利用権設定や作業受委託等の活動を一層促進することが重要となっている。

3. 雇用と労働時間の動向

  (1)雇用の動向

  雇用情勢は景気回復に遅れ,59年下期より緩やかな改善を続けてきたが,60年央以降,鉱工業生産が弱含み傾向で推移したこと等を反映して製造業を中心に足踏みがみられるなど,年度の上期と下期では対照的な動きがみられた。これには60年9月末からの急速な円高の進展に伴う製造業を中心とした企業の景況感,収益の後退も影響していると考えられる。

  (年度下期より足踏みのみられた雇用情勢)

  製造業の所定外労働時間は,59年度当初より第1次石油危機前並みの高い水準を維持してきたが,60年央より低下傾向がみられた(第1-35図)。とくに鉄鋼,輸送用機械等の輸出関連業種では急速な円高の進展もあって年末から低下幅が拡大した。

  次に,労働力需給の動きをみると,まず新規求人数は58年度,59年度に着実な増加を示してきたが,①58,59年度の増加を主導した製造業の新規求人数が60年4~6月期以降前年同期比で減少に転じたこと,②サービス業等を中心に底固く推移していた非製造業においても,61年1~3月期以降,卸・小売業が減少に転じたこと等から,弱含みの動きとなった。製造業の内訳をみると,輸送用機械,電気機械,一般機械等の輸出関連業種で大きく減少している。こうしたことを背景として従来より好調に推移してきたパートタイム求人も61年に入り,伸びに鈍化がみられる。

  次に求職の動きについてみると,新規及び有効求職者数は,60年央まで減少してきたがその後増加に転じた。また離職求職者の動向を示す雇用保険受給資格決定件数及び受給者実人員も同様な動きを示している。この結果,新規求人倍率は60年1~3月期に1.00倍と55年以来の高水準となった後,弱含みに推移し,60年度では0.95倍と59年度(0.97倍)を下回った。また,有効求人倍率も60年4~6月期の0.69倍をピークとして緩やかな低下傾向を示した。

  59年度に低下基調で推移した完全失業率は60年下期より上昇傾向を示し,61年4月には2.9%と高水準となった。失業率を男女別にみると,58年央以降女子の失業率が男子の失業率を上回って推移している。こうした要因についてみるため,男女別の失業率をUV分析(失業・欠員分析)を用いて,均衡失業率と需要不足失業率に分けてみよう(第1-36図)。女子の均衡失業率は近年総じて男子を上回るテンポで上昇しており,一方,女子の需要不足失業率は,56年以降59年にかけて男子の需要不足失業率と似たテンポで上昇してきたが,59年において男子の需要不足失業率が低下する中で女子の需要不足失業率は高止まりの傾向がみられ,60年下期以降男子と同様に上昇を示している。このように近年女子の失業率が高くなっている背景には,就業構造の第3次産業化等の構造的要因により均衡失業率が高水準となっていることに加え,女子比率が高いと考えられる卸・小売業や製造業の電気機械産業での新規求人が弱含みに推移するなど,業種間のばらつきも寄与していると考えられる。事業主都合解雇者数(雇用保険業務統計)の動きをみると,産業計では61年2月より前年を上回って推移しており,製造業とくに輸出関連業種では60年下期よりかなり高い水準で推移している。

  一方雇用者数については60年上期,前年同月比でみて比較的高い伸びを示していた製造業で60年下期から増勢が鈍化したものの,サービス業などで比較的堅調な動きがみられ,緩やかな増加が依然続いている。また,日本銀行「全国主要企業短期経済観測」(61年5月調査)によると,製造業では幾分雇用過剰感が出ているものの,非製造業においては雇用の増加予想が依然根強い(第1-35図)。

  このように60年度以降の雇用情勢をみると,雇用者数については,緩やかな増加が依然続いているものの,労働力の需給については,求人倍率は低下し,失業率が過去最高となるなど弱い動きとなっている。

  (円高の雇用への影響と対策)

  大幅な円高の進展は,輸出型産地のみではなく,マクロの雇用情勢にも影響を与えるものと考えられる。

  労働省「労働経済動向調査」(61年2月調査)により,60年9月下旬以来の円高の影響を製造業についてみると,61年1~3月期の実績見込みの生産量が当初見込み(円高前の見込み)に比べ「減少する」とする事業所は30%,「変わらない」は37%,「わからない」は31%となっている。円高により「生産量が減少する」又は「合理化によって現在の為替レートでも採算がとれるから生産量が変わらない」とする事業所のうち49%の事業所が雇用面で何らかの対策を採るとしている。

  また円高が各産業に及ぼす影響に関し主要産業について労働省が行ったヒアリング結果(61年5月実施)によれば,各業種とも生産等が減少するなど厳しい状況にあるが,特に構造的要因もあってこれまでに生産が減少していた造船業,非鉄金属製錬業,アルミニウム製錬業,鉄鋼業では円高の影響も加わり一層の減産が見込まれ,雇用に大きな影響がみられる。また,従来好調であった自動車製造業においても収益の後退から,季節工の不補充等の形で雇用への影響がみられる。

  61年5月調査の「労働経済動向調査」により,製造業における生産動向をみると,前回調査に比べ厳しい見通しとなっており,これに伴い所定外労働時間及び雇用についても減少を見込む事業所が増加している。こうした中で機械関連業種を中心に「残業規制」,「中途採用の削減・停止」等,雇用調整の実施を予定する事業所の割合も増加してきている(第1-35図)。

  鉄鋼や輸送用機械等円高の影響を受けやすい輸出関連業種について所定外労働時間,新規求人,事業主都合解雇者数の動きをみると,総じて60年下期より弱含みの動きがみられるようになってきている(第1-37図)。こうした動きがすべて60年9月以降の急速な円高進展による影響によるものとは考えにくいが,60年10~12月期以降製造業の輸出関連業種を中心にこうした動きがよりはっきり出ていることなど,円高の影響がこれらの業種を中心に少なからず現れてきているといえよう。

  円高の影響等により生産量が減少した場合,企業は短期的には所定外労働時間を減らすことで労働投入量の減少を図りつつ,長期的には雇用を減少させていくことが考えられる。ここでは雇用と労働時間についての調整モデルを用い,生産量が1%減少した場合における雇用と労働時間の調整過程をみよう(第1-38図),(付注1-6参照)。

  まず製造業全体について生産量が1%減少した場合の雇用,労働時間への影響についてみると,①所定外労働時間は当期に2.7%減少した後減少幅が緩やかに縮小する。②雇用者数は当期に0.08%減少した後,次期以降も緩やかに減少する。

  次に,製造業の輸出関連業種について,雇用面の対応の仕方をみると,電気機械,精密機械では雇用・労働時間の調整が比較的速やかに実施されるのに対し,鉄鋼,一般機械では前者に比べ雇用・労働時間の調整が緩やかとなっている。以上の分析は企業の費用最小化行動を前提としたものであるが,円高の急速な進展に伴う企業の先行き不安感等により,より大きな対応がとられる可能性がある点については留意が必要である。

  次に,円高等の急激な経済変動によって影響を受ける業種に対する雇用対策についてみると,従来からこうした業種については雇用調整助成金の対象業種として指定し,当該業種の事業主が休業,教育・訓練等を行う場合には,その間の賃金の一部を助成し失業の予防を図るとともに,やむをえず当該業種から離職者が発生した場合には,雇用保険の失業給付の延長を行っている。とくに最近の急速な円高の進展等に対応し,雇用調整助成金の業種指定を機動的に行っている。また,中長期的に構造的な要因により不況に陥っている業種,地域についても,特定不況業種,特定不況地域に指定し,雇用調整助成金の活用を通じて失業の予防に努めている。さらに離職者の発生が余儀なくされる場合にはきめ細かな就職指導,機動的な職業訓練を実施し,当該業種からの離職者に対しては雇用保険の失業給付の延長を行うほか,これらの離職者を雇用する事業主に対して特定求職者雇用開発助成金を支給すること等により離職者の生活の安定と再就職の促進を図っている。上述の分析でみたように円高等の理由により生産量の減少が等しく生じた場合においても,雇用面への影響は,業種毎の雇用形態や作業形態,余剰人員の有無等により大きく異なっており,雇用対策の実施に当たっては,こうした業種ごとの影響の相違も十分踏まえつつ,きめ細かな対策を適切に行っていく必要があろう。

  (2)労働時間の動向

  (労働時間の現状)

  労働時間の現状について労働省「毎月勤労統計調査」によってみると,60年度の平均月間総実労働時間は,調査産業計で176.0時間,前年度比0.3%減と3年ぶりに減少した。内訳をみると,所定内労働時間は161.1時間(前年度比0.4%減)なのに対して,所定外労働時間は14.9時間(同1.2%増)となった。

  我が国の労働時間は,長期的にみると高度経済成長とともに大幅な短縮を遂げてきた。しかし第1次石油危機後,そのテンポに鈍化がみられ,こうした鈍化傾向もあって,現在の我が国の年間労働時間は欧米先進国と比較して長いものとなっている(第1-39図)。この結果,生産労働者についてアメリカと比較してみると,我が国の労働者はアメリカの労働者より年間250時間すなわち1.5か月も余分に働いていることになる。

  これは,我が国では,①週休2日制の定着が遅れていること,②年次有給休暇の付与日数,消化日数が低いこと,③所定外労働時間が長いこと等による。

  すなわち,欧米先進諸国においては,①週休二日制が定着するとともに,②年次有給休暇の平均的な付与日数は20~30日に達しているなど労働条件が大きく異なっている。

  労働時間の短縮は,経済成長の成果の基本的な配分の一つであり,各国とも経済成長を通してその成果を労働時間短縮に振り向けてきた。我が国経済は,第1次石油危機後,鈍化したとはいえ欧米先進諸国と比べなお高い成長水準を維持しているが,労働時間の短縮の面では先進工業国の中で最も遅れた国の一つとなっている。

  (労働時間短縮が進まない背景)

  我が国の所定外労働時間が欧米諸国と比べて長いのは,我が国では,いわゆる「終身雇用慣行」のもとで,所定外労働時間が雇用のバッファになっており,長くならざるを得ないとの指摘もある。ここでは特に,第1次石油危機以降に労働時間の短縮に鈍化傾向がみられる理由を明らかにするため,雇用者数と労働時間の調整モデルを用いて製造業について生産量が1%増加した場合の企業の雇用面の対応を,第一次石油危機の前後に分けてみてみよう。

  まず第一次石油危機前においては,生産量1%の増加に対して,当期においては所定外労働時間が1.0%,次期においては1.2%程度増加し,その後雇用者数の増加速度が速いこともあって,所定外労働時間は着実に減少する。これに対し,第1次石油危機後においては生産量1%の増加に対して所定外労働時間は当期に2.6%と大きく上昇した後,雇用者数の増加に対応して緩やかに減少する。しかし第1次石油危機後においては生産増に伴う雇用者数の増加速度が遅いこともあって所定外労働時間の減少幅は第1次石油危機前と比べ更に緩やかなものとなっており,高止まりの傾向がみられる(第1-40図)。以上のように長期的にみた雇用の弾性値は0.4~0.5程度と大きな変化はみられないものの,雇用者数の増加速度は第一次石油危機の前後で大きく異なっている。このととは,企業が安定成長期に入り,生産増加に対して所定外労働時間の増加やパートタイム労働者の増加で対応し,常用労働者の雇い入れに際しては慎重な態度を示すようになってきたことと対応する。さらに近年では所定外労働時間のうち恒常的に行われている部分が増加してきており,こうした長い所定外労働時間を前提にした上で企業活動が行われている面も強い。

  さらに,我が国において,このように所定外労働時間が長いのは,労働者の側では余暇選好が強まっているにもかかわらず残業手当が必需的な収入になっている面もあり,依然として収入の増加を望む傾向も根強く存在するといったような要因がある。

  また,時間外労働に対して割増賃金を支払う方が労働者を新たに雇い入れる場合の費用と比較して低いこともあって企業としても新たに人を雇うより,所定外労働時間の増加で対応しようとするインセンテイブが働きやすいといった要因もあると考えられる(第1-41表)。

  さらに我が国のように企業間における激烈な競争が存在する中で時短を積極的に推進していくためには,法律の改正等足並みをそろえた対応も必要となる。

  60年末に出された労働基準法研究会の最終報告では,今後の労働時間法制の基本的な方向として,①労働時間の規制は1週間単位の規制を基本として1週の労働時間を短縮し,1日の労働時間は1週の労働時間を各日に割り振る場合の基準として考えていくことが適当,②その場合の1週を単位とする「法定労働時間」は原則として(現行の48時間から)45時間とすることが適当としている。

  こうした法定労働時間の短縮は,長期的には総労働時間を短縮し,長期的な雇用の増加にも結びつくことが期待される。そこで雇用・労働時間調整モデルを用いて,こうした法定労働時間短縮の業種別の影響をみよう。このモデルに含まれる雇用者一人当たり目標労働時間を法定労働時間と考え,法定労働時間が短縮された場合の効果を試算すると次のようなことが分かる()(第1-42図)。

      ①法定労働時間が1%短縮された場合,所定外労働時間は製造業,卸・小売業とも当初増加するものの,その後,緩やかに縮小する。

      ②雇用者の増加速度をみると,製造業では1期目に0.04%増加するの対し,卸・小売業では0.12%の増加となっている。これは,卸・小売業では製造業に比べ雇用吸収力が高いことを示している。

      ③製造業について業種別に雇用面の対応の相違をみると,作業形態等の相違を反映して異なった対応がみられる。すなわち精密機械,電気機械などの加工組立型業種では雇用の増加速度が速いのに対し,鉄鋼,非鉄金属等素材型業種では雇用の増加速度が遅い。

  以上の結果はあくまで一つの試算として考えるべきではあるが,法定労働時間の短縮は業種毎にその波及速度にばらつきはあるものの,方向として総実労働時間の短縮及び雇用の増大に寄与するものと考えられる。

  また,年次有給休暇の取得率が低いことの背景には,組合や労働者個々人の努力や認識が不足している面も大きいと考えられるが,同時に,①あらかじめ,年次有給休暇の取得等を見込んで労働者を配置しようとする企業が少ないこと,②年次有給休暇の取得率を精皆勤手当や賞与の査定等に考慮するなど賃金面からの抑制が一部残っているとみられること,等改善すべき余地は大きい。また年次有給休暇の計画的消化も積極的に行っていく必要がある。今後は,労働者の側ではこうした年休を積極的に活用し,ゆとりのある生活を営むよう努力するとともに,企業にあっては労働者が年休を取りやすい環境を作っていく努力が必要であろう。

  (労働時間短縮の方向)

  労働時間の短縮は,技術革新,高齢化等の進展する中で,勤労者の健康の確保と生活の充実,経済社会,企業の活力の維持増進,長期的にみた雇用機会の確保といった観点から重要性を増しているのみならず,ゆとりと活力のある経済社会の実現,先進国としてよりふさわしい労働条件の確保等の観点から重要である。また,労働時間の短縮は消費機会の増大を通じる内需拡大といった観点からも重要であり,企業規模,業種,業態等の実情を踏まえつつ進めていくことが必要である。

  「国民生活に関する世論調査」によると,余暇に対する選好の推移は,50年から60年にかけて一貫して強まっている。さらにこれを時系列要因とコホート要因に分けると,いずれの年齢層でも時系列的な要因で余暇への選好を大きく強めている(第1-43図)。こうした余暇選好の強まりは,時短への要求を強めるとともに,時短に伴う消費支出の増大にも寄与するものと考えられる。

  時短と消費の関係をみるために,勤労者世帯の消費支出と可処分所得及び労働時間の関係をみると(第1-44表),勤労者世帯の消費支出に対し,総実労働時間はかなり有意に負の影響を与えている。これを所定内と所定外に分けると,所定内労働時間の弾性値は総実労働時間の弾性値より大きく,かつより有意であるのに対し,所定外労働時間は消費支出に有意な影響を与えていない。これは,所定内労働時間の短縮がしばしば週休2日制の実施等と並行して行われることにより,それだけ余暇活動を引き起こしやすいためと考えることもできる。いずれにせよ消費機会増大を通じる内需拡大と言った観点からも時短を積極的に推進していくことが必要である。

  我が国の労働者は第1次石油危機以降減量経営の中で労働時間がむしろ長くなるような形で働き,経済の拡大に貢献してきた。しかし,我が国の経済力からみると,経済発展の成果をより積極的に労働時間の短縮に結びつけることが可能であるとともに,我が国の国際社会における地位にふさわしい労働条件の確保が各国から求められていると言えよう。