昭和60年

年次経済報告

新しい成長とその課題

昭和60年8月15日

経済企画庁


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第3章 人口高齢化と経済活力

第1節 公的部門の拡大-その背景と影響

1 公的部門拡大の背景

(公的部門の拡大と社会保障支出)

第2次大戦後の西欧諸国では,政府活動の規模が経済に対して傾向的に拡大を続けてきた。ここで,各国政府活動の規模を,公企業を除いた中央政府,地方政府,社会保障基金の3部門から構成される一般政府の支出の国内総生産(GDP)に対する比率で比較してみよう( 第3-1表 )。これによれば,西ドイツ,イギリス,フランスでは,最近時点で50%前後にまで達しているほか,スウェーデンでは,実に70%近い水準となっている。また米国でも,政府支出の規模が徐々に拡大してきている。このような政府規模拡大の重要な要因は,各国における福祉国家の実現を目指した社会保障支出の増大である。この結果,欧州諸国では,社会保障負担の伸びが著しいものとなっている。

我が国においても,戦後医療保障,公的年金,公的扶助を中心として社会保障制度が充実されてきたが,昭和48年頃までは,経済の高度成長もあって社会保障支出(広義)のGNPに対する比率は6%前後で推移し,政府の規模も,先進国では例外的に20%程度で安定していた。しかし,47-48年に行われた年金と医療保険の大幅な給付の拡大に加え,第1次石油危機をきっかけとした日本経済の安定成長への移行もあって,最近では,社会保障支出がGNPの13.4%にまで急上昇しており,この間,公的部門のGNP比率が12%ポイント程度上昇した中でその7.3%ポイントを占めている( 第3-2図 )。この48年から58年の10年間の社会保障支出の増大の内訳をみると,年金が4.3%,医療が2.2%,その他が0.8%となっており,年金と医療給付の拡大が,社会保障支出拡大のほとんどを占めていることが分かる。

このように,公的部門が経済全体に占めるウエイトを高めてきた主因は,福祉国家の実現を目指した年金,医療費等への政策的な支出の拡大であった。ことに47-48年には,財政部門の中核となる一般会計の税収が極めて好調であったため,我が国の社会保障制度充実を求める世論の中で,急速な制度の拡大がなされた。すなわち,47年度の老人医療費の無料化に続いて,48年度には厚生年金保険,国民年金(拠出制)について給付が大幅に引き上げられるとともに,消費者物価指数を指標とする物価スライド制が導入されるなど,社会保障制度の飛躍的な充実がなされた。

これらの制度は,以下でみるように老人が最大の受益者となっているため,人口に占める老齢人口比率の上昇に伴って,その給付費も急速に増加する性質がある。我が国の人口は現在急速に高齢化しつつあり,それに伴い,今後社会保障支出の増大が予想される。

(財政赤字と財政錯覚)

48年頃の税収の大幅な伸びは,当時のインフレ加速化に伴う一時的なものであった。我が国の税収は,国民経済全体の課税所得に対応する,国民所得と法人企業在庫評価益の合計にほぼ対応して変動しているので,この「課税所得」の内訳をみることで,税収増加の要因を知ることができる( 第3-3図 )。この分析によれば,48年の著しい税収増加はインフレ率の上昇に伴う一時的な名目所得と在庫評価益の増加によるところが大きいことが分かる。このため,その後のインフレの鎮静化と実質成長率の低下により,税収の伸びは傾向的に低下を続けた。財政支出の傾向的拡大と,税収の伸びの低下は,48年から53年にかけて我が国の財政赤字を大きく拡大する要因となった。

国債発行により財政支出を賄う場合には,将来の税収により国債が償還されるため,国民全体としては,国債発行残高とほぼ同額の将来の租税負担を負っている。しかし,国民がそのような負担がないものと錯覚すれば,国債の負担について財政錯覚が存在することになる。すなわち,将来の税負担は誰が負担するか,どの時点で負担するかについて不確実であり,また遠い将来の負担については,本人ではなくその子孫に課されるものである。このため,国債に対応する将来負担については十分認識されず,国債残高も純資産であるとの財政錯覚が発生することが考えられる。この場合には,国債発行により賄われる財政支出のコスト意識が希薄化することにより,政府規模の拡大圧力が著しいものとなりうる。そこで以下,財政錯覚の内容について検討を加えることにしよう。

国民の間に財政錯覚が存在するかどうかは,政府の財政活動と国民経済の関係に大きな影響を与える。仮に財政錯覚が存在しない場合には,財政赤字は公共支出拡大への圧力や資源配分への悪影響をもたらさない。また,国債発行により財政支出を拡大した場合には,将来の税負担増に対応して民間が貯蓄を高めるため,その景気刺激効果は,増税で賄われた場合とほぼ同じになるからである。我が国の財政赤字の水準は,60年度予算における国債発行が11.7兆円,年度末での国債残高の見込みが133兆円と,著しく巨額のものとなっていることから,この点は,極めて重要な論点であるといえよう。

このような財政錯覚の存在は,消費関数を計測することによって検証することができる。すなわち,国民が保有する金融資産が消費に与える効果を考えた場合,その内の国債は,将来国民自身が負担する租税により償還されるため,財政錯覚が存在しない場合には,その価値は国民全体としてはゼロとなる。したがって,財政錯覚がなければ,国債残高はマクロの消費水準に影響を及ぼさないはずである。一方,金融資産のうち対外資産は,国民全体にとっても純資産であり,消費水準に影響を与えると考えられる。このことから,国債残高と対外資産を同時に説明変数に採用した消費関数を推定し,両者の係数を比較することにより,国債を純資産として錯覚している度合が計測できるはずである。以上の仮説の下に,消費関数を計測した結果が 第3-4表 である。

こうした計測結果については,保有者の感ずるリスクが国債と外国債で異なるほか,前提の置き方や定式化等によっても影響されるため,幅をもって考える必要があるものの,財政錯覚の程度が,かなり大きいことを示唆している。

財政赤字に伴う国債の負担について,国民の間にこのように財政錯覚が存在し,財政支出が国債で賄われる場合には,それが増税で賄われる場合に比して短期的には景気刺激効果が大きいものの,金利の上昇に伴い,設備投資に対するクラウディングアウトが生ずるおそれがある。また,財政錯覚と財政赤字の存在は政府規模を過大とし,資源配分を歪める面がある。

(政府の活動領域の変化)

このように財政赤字の負担について錯覚が存在し,国民の間で財政支出のコストが実際よりも低いと認識されている一方で,財政支出の内容も,次第に支出拡大圧力の強いものが増大してきている。すなわち,外交,国防,治安維持,治山・治水等,公共性が強い領域では,

    (1)受益者が広く,料金を課することが困難であり,

    (2)一人が消費しても,他の人の消費可能量がほとんど減少しない

等の理由から,市場では十分財が供給されず,政府の介入が必要とされている。これらの財は公共財と呼ばれ,政府により直接供給される場合が多い。一方,

    (1)料金を課すことが比較的容易で,

    (2)受益者に便益のかなりの部分が帰着する

ような財を政府が供給する場合には,準公共財と呼ばれる。現実の政府領域のうち,どれが純粋な公共財であり,どれが準公共財であるかは,この区分がそもそも程度の問題であることから,個々の項目ごとに考えていく以外にない論点である。しかし,あえて区分を試みると, 第3-5図 にみるように政府が公共的な目的から行う準公共財への支出が増大してきている。こうした準公共財では,その供給が受益者負担でなく,一般の税・公債金収入で賄われると,受益者による歳出拡大の圧力が強まりやすい。さらに,財政赤字は将来の税負担を高めるものであるが,こうした認識が財政錯覚の存在により一般に薄いことから,支出拡大が発生しやすい。特に,受益者が一部に集中し,負担が全納税者に薄まるような制度や財政支出は実現されやすく,財政支出は拡大しやすいと考えられる。

(政府規模と受益・負担のアンバランス)

このように,それぞれの国民が財政支出から受ける便益の程度と,その支出を賄うための負担の程度が異なることは,財政支出を拡大させる傾向がある。

すなわち,財政の所得再分配機能を捨象して考えると,純粋に経済効率面から最適な財政支出の水準は,公共財を一単位増加するコストの増分と,増加した財政支出による国民全体の受益の増分(将来の受益の現在価値を含む)がバランスするレベルである。しかし現実に財政支出を決定する場合には,必ずしもこの条件が成立しているとは限らないため,実際の水準は経済効率面からの最適な水準とは,一致しないこともありうる。

公的部門全体としてみると,社会福祉,教育,公衆衛生等では,受益は広く国民一般に及んでおり,財政支出から受ける便益は,所得の比較的低い層に手厚くなる傾向がある。これに対し,財政支出の負担ば所得の高い層に比較的重くなる傾向があるため,それぞれの所得層をみると,受益と負担の間に不一致が生じる面がある。一方,財政支出を決定する政治過程では,一人一票の原則の下で平等の参政権が確立されている。この結果,受益に比較して負担の軽い層が投票者の多数を占め,財政支出は拡大しがちになる面もある。

2 公的部門の拡大と資源配分

(財政赤字の後代負担)

これまでみてきたように,財政支出は種々の要因が複合的に作用して拡大する傾向がある。特に,近年の財政支出拡大の主因が年金と医療を中心とする社会保障支出となっているため,今後の我が国人口の急速な高齢化に伴って,更に強い支出拡大圧力が働くものと予想される。

現在,我が国の65歳以上人口比率は10%と,他の先進国の水準をかなり下回っているが,15年後の2000年には16%へと上昇し,1980年のスウェーデン並みに達した後,2020年前後には21-22%という極めて高い水準となる見通しである( 第3-6図 )。この結果,年金の受給者が増加するほか,医療費の負担も拡大しよう。これらの負担は,政府が関与しなくても,国民全体では誰かが負わなくてはならないものである。しかし政府が年金財政や医療保険の運営に直接関与していることから,その費用負担・受益の公平性,制度運営の効率性,そして,これらの制度の我が国経済に与える影響について,注意を払っていく必要がある。社会保障支出を中心とする財政支出の今後の急速な増大は,社会保険料,税金等の公的負担を重くするため,勤労意欲や企業の投資意欲にマイナスの影響を与えることが懸念され,さらに,我が国のマクロ的な貯蓄率をかなり低下させる可能性がある。こうした点については次節以降で詳しくみることとして,ここでは歳入の伸び以上にこのような財政支出が傾向的に拡大してきたことにより,60年度末で133兆円の巨額に達すると見込まれる国債残高の存在が資源配分に与える影響について考察してみよう。

まず財政錯覚の存在についてみると,先にみたように,国債の負担に対する錯覚が相当程度あると考えることが現実的である。このため,国債によって財政支出がファイナンスされると,その国債の将来の利払い・償還負担に対応する貯蓄が現在行われないため,将来の世代に対して負担を残すことになる。すなわち,現在の世代と将来の世代に分けて,それぞれの税負担という観点に立つと,公債償還時の将来の世代は元金支払いのための税負担を負うことになる。一方で,その時点の公債保有者は元金の支払いを受けるので,将来の世代全体としては,新たな負担は生じないようにも見える。しかし,将来の公債保有者は結局公債を現在の世代から買った時の代価を回収しているにすぎず税負担の分は,現在の世代から将来の世代へのネットの負担の転嫁になる( )。

さらに,公債発行に依存する財政運営は,財政錯覚の存在により当世代は負担を感じないため公的部門の規模を過大にしている場合があるが,公的部門の規模を過大にする要因は多くの場合,制度として財政の中に組み込まれている。

このため,過大な政府規模による資源配分のゆがみの継続という形での,国債の後代への負担が存在していると考えられる。また,国債の利払費の累増は,究極的にはそれを賄うための国民の租税負担率の上昇を招き,経済のサプライ・サイドに対して悪影響を与える。

(財政支出の将来便益)

財政支出の負担面の分析からは,国債の利払・償還により後代負担が発生しているとの示唆が得られる。しかし,財政全体の後代負担をみる上では,国債発行額のみならず財政支出の内容についても検討を加える必要がある。

すなわち,政府の負担により行われる資本形成は,そのコストに十分見合う社会全体への便益を将来生むものでなければならないことは言うまでもない。

また,固定資本形成として分類されない場合でも,その支出がなければ形成されなかった民間の資本形成を適切に助成し,その民間資本が外部効果をもたらす場合には,ネットで後代への便益を残すことがありうる。したがって,後代への便益という観点からみる限りでは,その財政支出が固定資本形成に分類されるか否かだけでは判断できないことに留意する必要がある。

現在の世代と将来の世代の負担能力を単純に比較することは困難であるが,次節以降でみるように,我が国の人口高齢化が海外に例をみないスピードで進むため,社会保障負担や老人の看護等で,将来の世代の負担が公私両面で大幅に高まることを避けることはできない。このような状況下で,現在の財政支出から受ける将来世代の便益に必ずしも見合わない巨額の財政赤字を発生させ,後代への負担転嫁を続けることは,正当化することができない。また,財政支出の内容についてもきめ細かく検討することにより見直しを進め,後代へ残す便益がより大きいものとなるようにしていくことが,現在の世代の緊急の課題である。

3 高齢化社会への対応

今後,我が国の公的部門が高齢化社会に対応して行くためには,財政支出の内容の効率化を進める必要がある。しかし財政支出には,過去の意思決定が歳出の中に組み込まれてしまっており,その内容を短期間で大幅に変更することは極めて困難になっている。

ちなみに,一般会計の歳出項目のうち,政府が他の経済主体と民事上の長期契約を結んでいるため,単年度の措置によっては歳出の削減を行うことが困難なものの占める割合をみてみよう。この観点から歳出内容を検討してみると,まず国債費を挙げることができる。国債費は過去の財政赤字の結果として,政府が国民に対して借入契約を結んだものであり,その利払い・償還が確実に行われなければならないことは言うまでない。次に,利子補給金の対象となる貸借契約については借り手の側に期限の利益(債権者側の都合により一方的に繰上償還を強制されることのない権利)があるため,その契約期限が終了するまでは,市場金利と設定金利の差を利子補給し続けることになる。また,年金・恩給関係費については,制度的に国庫負担率が定められていることから,高齢化の進展に伴う給付費の増加によって国庫負担は増加していくこととなる。また,制度改革が行われる場合でも,これにより国庫負担が急激に減少することは現実的ではない。さらに人件費についても,公務員数を早急に削減することは事実上困難である。

一般会計の歳出項目には現れていないものではあるが,同様の性格を持つものとして,国庫債務負担行為・継続費を考えることができる。これらは,既に政府が請負・売買契約を結んだものであるから,後年度に至って代金の支払いを行わないわけにはいかない。また出資金についても,それに伴う金利収入を逸失しているという点を考慮すると,配当や納付が行われる場合を除き出資金を回収しない限り,それに相当する利子補給金(出資金のシャドウ歳出)を支出じ続けているに等しいと考えることができる。

以上の項目は,過去の意思決定が現在の歳出を拘束しているという点で,最も硬直的な歳出項目と言うことができる。 第3-7図 においては,これらの項目の(歳出合計-地方交付税)に対する比率を示してあるが,これをみると,国債費(48年度6.1%→60年度23.7%),利子補給金(同0.9%→2.4%)及び年金・恩給関係費(同7.5%→10.7%)が上昇する一方で,人件費(同21.9%→17.9%)が低下しているが,全体としては,48年度の39.6%から60年度の59.0%へと,著しい上昇を示している( )。

さらに歳出の硬直性を考える上で,上記の歳出項目は,硬直的歳出項目の一部分を取り出したものにすぎないことに留意する必要がある。例えば,法律によって義務づけられている歳出項目も,その法律が改正されない限り支出することになる点,予算上は硬直的なものと見ることができる。上記の歳出項目中でも,年金・恩給関係費はこのような性格を持っているが,それ以外の項目で重要なものに60年度において3兆9,699億円にのぼる医療関係費がある。

このような財政支出の硬直性は,財政の資源配分機能を阻害する要因である。

しかしながら,財政支出の内容を毎年大きく変更することも必ずしも望ましいとは言えない。すなわち,政府の財政活動は,国民生活のあらゆる部門に深い関係を持っているため,しばしば大幅な制度変更が行われることにもなれば,財政を与件として行われている民間の経済活動への大きな撹乱要因となりうる。

例えば,年金制度についてその給付と負担の大規模な変更を頻繁に行うことは,人々の老後の生活設計を著しく不安定なものとしてしまう。また実際上,国民の間における制度変更の合意形成についても,極めて困難となろう。このため,財政改革には長期間の継続した取組が必要であり,なかんずく国民生活に密接な関係を持つ社会保障制度については,長期間にわたって維持しうる制度を十分な準備期間を持って確立する必要がある。

こうした観点からみると,今後我が国が確実に迎えることとなる高齢化社会に対応して,近年相次いで行われた年金,医療保険の両制度についての大幅な改革は,大きな意義を持つものであったといえよう。我が国の社会保障制度は,高齢化社会の荒海へゆっくりと進む大きな船である。その舵を安全に切れる時間は余り残されていない。